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第5章 緊急指名手配
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緊急シグナルが響きわたった。
「何だッ……?」
ディア・ハンターのパイロットが叫んだ。
遙か前方の空間が光った。
(マズル・フラッシュ!)
SH(スペシャル・ハンター)として幾多の戦場を駆け抜けてきたテアは、その光が戦闘機から放たれた機銃の閃光であることを即座に認識した。
「……! 危ないッ!」
テアがパイロットに体当たりし、操縦桿を左に倒した。
ディア・ハンターが左急旋回をしながら下降する。凄まじい横Gが二人を襲った。
「何をする……!」
パイロットが激昂して叫ぼうとした。
ズドーンッ!
それを制するかのように、ディア・ハンターの機体が爆音とともに激しく揺れた。
「敵襲よ!」
プルシアン・ブルーの瞳に真剣な光を浮かべながら、テアが短く告げた。
「何ッ?」
「第二波が来るわ! 右旋回して!」
テアが状況を把握していないパイロットを怒鳴りつけた。
「どういう事……」
「ぼやっとしてんじゃないわよ! 死にたいの?」
テアが操縦桿を右に引いた。
機が強烈な横Gとともに急旋回する。
「……!」
(あれは……)
テアが遙か前方から迫り来る敵機を確認して驚愕した。
(高機動戦闘機AMG-19? あれを保有しているのは……)
「電子手錠を外して!」
テアが叫んだ。
「そんなこと出来るか! おまえは護送中の犯罪者だ。冗談じゃない!」
パイロットが即座に答えた。テアはA級指名手配犯としてGPS惑星警察局に護送されている最中であった。
「<テュポーン>の攻撃よ! 射撃手なしで戦える相手じゃないわ! 電子手錠が無理なら、ESP抑制リングを外して!」
<銀河系最強の魔女>と呼ばれ、クリミナル・エスパー達から恐れられている女性を護送しているのである。当然、テアには対ESP用電子手錠と、ESP能力を十万分の一に抑制するESP抑制リングが額にはめられていた。
「<テュポーン>だと……」
パイロットはその名を聞くと、愕然とした。
銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>。
GPS(銀河系監察宇宙局)、SHL(宇宙平和連邦)、FP(自由惑星同盟)全てにわたり、その巨大な組織は銀河系を席巻していた。
GPS管轄内の<テュポーン>の支部は、確認されているだけでも五千をはるかに越える。単純計算で、GPS管轄内の各惑星国家に少なくとも三支部はある計算である。
<テュポーン>に関与する人間は五億人とも十億人とも言われ、その実数は不明であった。
また、<テュポーン>は麻薬のみならず、暗殺ギルド、商業ギルド、工業ギルドなどを有し、その経済力および軍事力はGPSを凌駕するとも言われている。その上、彼らは強力な未登録ESPを数多く抱えており、惑星警察レベルが対抗できる組織ではなかった。
SD一三〇五年五月。
GPS特別犯罪課の誇るSHチーム<スピリッツ>が、<テュポーン>の総本部人工惑星ジオイドに潜入した。彼らのうち一人は有史以来最強と呼ばれたESPであり、もう一人は<銀河系最強の魔女>と呼ばれる女性であった。
その結果、全宇宙最強のESPと呼ばれたジェイ=マキシアンは、自らの生命と引き替えに人工惑星ジオイドを<サイコ・ノヴァ>で消滅させ、<銀河系最強の魔女>は<テュポーン>の凄まじい攻撃を受け、左腕を失う重傷を負ったのであった。
ズドーン!
強烈な震動がディア・ハンターを襲った。
高機動戦闘機AMGー19が放った小型レーザーキャノン砲が、左エンジンを貫通したのである。
テアたちは凄まじい勢いでフロントガラスに叩きつけられた。
「くッ……!」
パイロットの方を見て、テアは愕然とした。彼の頸は、生きている人間には絶対不可能な方向に折れ曲がっていた。
『左主力エンジン被弾。消火不可能。あと五秒で爆発します。ベイル・アウトして下さい』
ディア・ハンターのバイオ・コンピューターが告げた。
「……!」
テアは緊急脱出レバーを引いて驚愕した。
(動かない……!)
今の衝撃でベイル・アウト装置が故障したのか。
テアの背筋を戦慄が走った。
「動いてッ……!」
ベイル・アウト・レバーを何度も引いた。
今のテアには、ESP抑制リングによって、テレポートはおろか、ディア・ハンターの特殊クリスタル加工されたフロント・シールドを破壊することさえ不可能だった。
デジタル表示された爆発までの時間は三秒を切った。
「動いてぇッ!」
テアが絶叫した。
二秒前……。
(ジェイ、助けてッ……!)
長い淡青色の髪が振り乱れる。
一秒前……。
「ジェイ……ッ!」
テアの絶叫は、凄まじい爆音にかき消された。
GPS最新鋭戦闘ヘリコプター<ディア・ハンター>が、惑星ファラオの夜空を切り裂く閃光と化した。
惑星イリス。
銀河の至宝と呼ばれる美しい惑星である。海洋比率七十五パーセント。五つの大陸に先史文明の遺跡を残し、銀河歴史学的価値も高い惑星であった。
SD五四五年(イリス世紀元年)に人類が初めてこの惑星に移民して以来、銀河系で唯一王制を執っている惑星国家である。初代聖王シュワイツ一世から数えて七十四代目に当たるオーディン三世の治世は、今年で十二年目であった。この間、惑星イリスには大きな戦乱もなく、人々は自由と繁栄を満喫していた。
総人口一億三千万人の約四十パーセントは、聖都オディッセアがあるカストル大陸に集中しており、イリス宮殿を中心に巨大な都市を形成していた。
惑星イリスの表玄関とも言われるクリュティエ宇宙港は、聖都オディッセアから南南西約五百キロメートルの場所に位置している。
SD一三〇六年七月十日午前八時。
ジェシカ=アンドロメダはクリュティエ宇宙港に愛機<ミューズ>を着陸させ、入国審査を終えて入国ゲートに向かっていた。
彼女はゲートを抜けると、立ち止まって周囲を見廻した。ウィーク・エンドの宇宙港は、家族連れや恋人達でごった返していた。
(こんな中から探し出せって言うの……)
ジェシカは溜息をついた。
シュン=カイザード。
元GPSアクロバット・チーム<ノヴァ>のエース・パイロット。毎年一回開催されるGPS主催の銀河系大演習で、彼らの実演するアクロバット飛行は、GPS戦闘機乗りの憧れの的となっていた。
ジェシカは<ミューズ>で航行中に、シュン=カイザードについてのあらゆる情報を入手した。
SD一三〇五年九月、シュンは<ノヴァ>のエース・パイロットの地位をあっさりと捨て、GPSを脱走している。その理由は定かではないが、同年五月に殉死した彼の義兄ジェイ=マキシアンの復讐が濃厚であると推測されていた。それ以来、彼はGPSからD級指名手配犯として追われている。
(シュンが仇敵として追っているのが、テアって訳ね。そして、彼はテアの生命を狙った。しかし、相手は<銀河系最強の魔女>……。そう簡単に倒せるはずないわね)
ジェシカは自分が引き出した結論を思い起こした。
(問題は、彼がどうしてMICチップを手に入れたかだわ……)
MICチップは、言ってみればSHの遺言状のようなものだ。そう簡単に他人に託すものではなかった。
「……!」
ジェシカは違和感を感じ、改めて周囲を見渡した。
(何かあったのかしら?)
空港警備にしては、惑星警察官の数が異様に多かった。
通常、宇宙港の警備は地方警察の管轄である。余程の事件が発生しない限り、惑星警察官が多数配置されることは稀であった。惑星警察官と地方警察官では、携帯している武器はもちろん、警官自体の訓練レベルまで雲泥の差がある。
GPSの行政機構は、大きく分けて三種類に分類されていた。まず、各星系内の犯罪を取り締まる星域警察。これは、GPS宇宙軍直属の行政機関である。次に、各惑星国家に属する惑星警察がある。そして最後に、各自治都市が管轄する地方警察である。
(そう言えば地方警察官の姿がないわ)
ジェシカは、この人員配置の裏にある事件の匂いを敏感に感じ取った。
(入国審査はそんなに厳しくなかった。と言うことは、この惑星イリスで何か起こっている……)
彼女はこの三日間、ほとんどHD空間で過ごしていた為、GPSニュース等は見ていなかった。
(最後の一時間でもSHシークレット情報を入手しておけば良かった……)
SHシークレット情報とは、GPS特別犯罪課がSHのみに流す最新情報であり、通常のニュースでは流されない極秘情報や裏情報も豊富であった。
(今さら後悔しても遅いわ。それより、シュン=カイザードを見つけ出さなくては……)
ジェシカは気を取り直して、第二ロビーに向かった。
「ジェシカ=アンドロメダ大尉ですね」
彼女が第二ロビーに足を踏み入れた途端、一人の男が声をかけてきた。
「……」
ジェイ=マキシアン亡き後、彼女はテアと双璧をなす超一流のSHである。当然、彼女をSHと知って襲ってくる犯罪者も数多い。
ジェシカはすぐに戦闘態勢に入れるように、それとなく身構えながら男の出方を待った。
背の高い、精悍な男であった。年齢は三十代前半くらいか。黒いスリーピースの上からでも、鍛え抜かれた筋肉を見て取れた。
(……! この男、ESPだわ!)
ジェシカは男の思考がブロックされていることに気づいた。
「私はシュン=カイザードの代理人です。彼は今、インペリアル・ホテルで待っています。エアカーを用意しておりますので、ご同行願います」
男はそう言うと、ジェシカを促すように歩き出した。
「待ちなさい。人違いじゃなくて?」
ジェシカが彼の背中に声をかけた。
「私はあなたがこの惑星イリスに着陸した時から見ておりました。ご心配なく。あなたにとっても有益な情報を提供できると思いますよ」
男が振り向いて答えた。
「……」
(見ていた……?)
ジェシカは驚いた。彼女はAクラスのESP能力を有している。その彼女に気づかれることなく、この男はジェシカを監視していたのだ。
(この男、油断できないわ)
ジェシカは男の後を歩き出しながら思った。
(私と同等か、それ以上のESPを有している?)
SHにはGPSに登録されているESPの全リストが配布されている。その中で、最強のESPクラスであるΣナンバーは、現時点で<銀河系最強の魔女>テア=スクルトただ一人である。次のクラスであるAクラスESPはジェシカを含み、GPS管轄宙域内に七名しかいない。
(未登録ESP……?)
ジェシカはBクラス以上の能力を持つESPは全て把握していた。その中にこの男はいなかった。
「あなたの名前は?」
ジェシカが男に訊ねた。
「ジュリアスと呼んで下さい」
「ジュリアス……何?」
「コードネームです。本名は忘れました」
(コードネーム?)
ジェシカが怪訝な表情を浮かべた。GPS情報部でもない限り、コードネームを使用する組織は稀である。
ジュリアスが、クリュティエ宇宙港の地下駐車場に停めてあった装甲エアカーの助手席のドアを開けた。
「何処へ行く?」
ジェシカがそれに乗り込もうとした瞬間、背後から若い男の声が聞こえた。
「……!」
「……!」
ジェシカとジュリアスは、ほとんど同時に振り向いた。
「ジェシカ、そいつから離れろ!」
声の主は叫ぶと同時に、ジュリアスに向かって九ミリ・パラペラ弾を発砲した。
「シュン=カイザード!」
若い男が記憶にあるシュンの姿に一致することを確認すると、ジェシカは即座にジュリアスから離れて彼の方へ駆け出した。
「くそッ!」
ジュリアスは装甲エアカーを盾にし、高出力レイガンで反撃を始めた。
「これを使え!」
シュンがジェシカにSRW197オートマグナムを投げて寄こした。
「どういう事ッ?」
ジェシカはSRW197のセーフティを解除し、ジュリアスに向かって撃ちながら叫んだ。周囲は一瞬にして、硝煙と爆音に席巻された。
「<テュポーン>のバイオ・ソルジャー・タイプⅣだ。油断するな! 従来のバイオ・ソルジャーと違い、強力なESPを持ってるぞ!」
「<テュポーン>……?」
ジェシカの表情が引き締まった。惑星アルピナで、テアとともに闘ったソルジャー=シリウスの顔がジェシカの脳裏に甦った。
「素人は引っ込んでなさい!」
ジェシカがシュンに向かって叫んだ。
次の瞬間、長い漆黒の髪が風もないのに舞い上がった。同時に、彼女の全身からESP特有の光彩が放たれた。
「うわああ……!」
装甲エアカーの影に隠れていたジュリアスの体が、突然空中に浮かんだ。
「ハァアアッ!」
ジェシカが凄まじいプレッシャーを放出した。周囲のエアカーが一気に吹き飛んだ。
「ぐううう!」
ジュリアスが全霊を込めてESPシールドを張って対抗する。
「なかなかやるわね。でも、ソルジャー=シリウスの比じゃないわ!」
ジェシカはそう言うと、両手を高く上げた。
「……!」
シュンが驚愕して、ジェシカの顔を見つめた。
ジェシカは頭上に翳した両手から超烈なESPを放ち、<ESPソード>を形成した。
<ESPソード>とは、ESPエネルギーによって作られた剣であり、Aクラス以上の能力者でないと不可能な攻撃である。その破壊力は、強力なものでは二千メートル級の山をも消滅させると言われている。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、ジェシカが<ESPソード>をジュリアスに投げつけた。
「ぎゃああああ……!」
凄まじい断末魔の絶叫を上げ、ジュリアスの体が粒子分解し消滅した。
「説明しなさい」
ジェシカが、何事もなかったようにシュンに訊ねた。
「さすが、トップクラスのSHだ。だが、テアほどじゃなさそうだな」
シュンはジェシカの質問を無視すると、ニヤリと笑みを浮かべながら告げた。
「……」
「それより、早く逃げないと惑星警察官が押し寄せて来るぞ」
シュンは周囲を見渡しながら言った。
<ESPソード>の衝撃で、地下駐車場の大半が瓦礫と化していた。数十台のエアカーがぶつかり合い、炎上しているものもあった。
シュンは駐車場の隅に停めてあるエアカーに乗り込み、ジェシカを促した。
「盗難車じゃないぜ。心配するな」
「<テュポーン>の歓迎を受けるなんて、聞いていないわよ」
ジェシカがナビゲーターズ・シートに座ると同時に言った。
「あんた、もしかしてあの事件を知らないのか?」
「事件……?」
ジェシカが怪訝な顔をした。
「それでもSHか? それとも、SHの情報力ってその程度なのか?」
「私はついさっきまでHDしていたのよ。通常空間の電波なんて届かないわ」
「ホテルを取ってある。奴が言ってたインペリアル・ホテルほどゴージャスじゃないがね。三十分ほどで着く。それまでにあんたに見てもらいたい物がある」
シュンが呆れた顔をして言った。
「案内して……」
ジェシカが短く告げた。
「テアが大事件に巻き込まれた」
二人を乗せたエアカーが、クリュティエ宇宙港の地下駐車場を後にし、時速百二十キロで飛行を始めた。
「大事件……?」
「これを見てくれ」
シュンはハイウェイに入ると、恒星間受信システムのスイッチをオンにした。
「……!」
ジェシカがニュースに映し出された人物を見て驚愕した。
長い淡青色の髪。左頬のy字型の裂傷。そして、強い意志を映したプルシアン・ブルーの瞳。
モニターには、銀河系で最も美しい魔女の顔が映し出されていた。<緊急指名手配>の文字とともに……。
「何だッ……?」
ディア・ハンターのパイロットが叫んだ。
遙か前方の空間が光った。
(マズル・フラッシュ!)
SH(スペシャル・ハンター)として幾多の戦場を駆け抜けてきたテアは、その光が戦闘機から放たれた機銃の閃光であることを即座に認識した。
「……! 危ないッ!」
テアがパイロットに体当たりし、操縦桿を左に倒した。
ディア・ハンターが左急旋回をしながら下降する。凄まじい横Gが二人を襲った。
「何をする……!」
パイロットが激昂して叫ぼうとした。
ズドーンッ!
それを制するかのように、ディア・ハンターの機体が爆音とともに激しく揺れた。
「敵襲よ!」
プルシアン・ブルーの瞳に真剣な光を浮かべながら、テアが短く告げた。
「何ッ?」
「第二波が来るわ! 右旋回して!」
テアが状況を把握していないパイロットを怒鳴りつけた。
「どういう事……」
「ぼやっとしてんじゃないわよ! 死にたいの?」
テアが操縦桿を右に引いた。
機が強烈な横Gとともに急旋回する。
「……!」
(あれは……)
テアが遙か前方から迫り来る敵機を確認して驚愕した。
(高機動戦闘機AMG-19? あれを保有しているのは……)
「電子手錠を外して!」
テアが叫んだ。
「そんなこと出来るか! おまえは護送中の犯罪者だ。冗談じゃない!」
パイロットが即座に答えた。テアはA級指名手配犯としてGPS惑星警察局に護送されている最中であった。
「<テュポーン>の攻撃よ! 射撃手なしで戦える相手じゃないわ! 電子手錠が無理なら、ESP抑制リングを外して!」
<銀河系最強の魔女>と呼ばれ、クリミナル・エスパー達から恐れられている女性を護送しているのである。当然、テアには対ESP用電子手錠と、ESP能力を十万分の一に抑制するESP抑制リングが額にはめられていた。
「<テュポーン>だと……」
パイロットはその名を聞くと、愕然とした。
銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>。
GPS(銀河系監察宇宙局)、SHL(宇宙平和連邦)、FP(自由惑星同盟)全てにわたり、その巨大な組織は銀河系を席巻していた。
GPS管轄内の<テュポーン>の支部は、確認されているだけでも五千をはるかに越える。単純計算で、GPS管轄内の各惑星国家に少なくとも三支部はある計算である。
<テュポーン>に関与する人間は五億人とも十億人とも言われ、その実数は不明であった。
また、<テュポーン>は麻薬のみならず、暗殺ギルド、商業ギルド、工業ギルドなどを有し、その経済力および軍事力はGPSを凌駕するとも言われている。その上、彼らは強力な未登録ESPを数多く抱えており、惑星警察レベルが対抗できる組織ではなかった。
SD一三〇五年五月。
GPS特別犯罪課の誇るSHチーム<スピリッツ>が、<テュポーン>の総本部人工惑星ジオイドに潜入した。彼らのうち一人は有史以来最強と呼ばれたESPであり、もう一人は<銀河系最強の魔女>と呼ばれる女性であった。
その結果、全宇宙最強のESPと呼ばれたジェイ=マキシアンは、自らの生命と引き替えに人工惑星ジオイドを<サイコ・ノヴァ>で消滅させ、<銀河系最強の魔女>は<テュポーン>の凄まじい攻撃を受け、左腕を失う重傷を負ったのであった。
ズドーン!
強烈な震動がディア・ハンターを襲った。
高機動戦闘機AMGー19が放った小型レーザーキャノン砲が、左エンジンを貫通したのである。
テアたちは凄まじい勢いでフロントガラスに叩きつけられた。
「くッ……!」
パイロットの方を見て、テアは愕然とした。彼の頸は、生きている人間には絶対不可能な方向に折れ曲がっていた。
『左主力エンジン被弾。消火不可能。あと五秒で爆発します。ベイル・アウトして下さい』
ディア・ハンターのバイオ・コンピューターが告げた。
「……!」
テアは緊急脱出レバーを引いて驚愕した。
(動かない……!)
今の衝撃でベイル・アウト装置が故障したのか。
テアの背筋を戦慄が走った。
「動いてッ……!」
ベイル・アウト・レバーを何度も引いた。
今のテアには、ESP抑制リングによって、テレポートはおろか、ディア・ハンターの特殊クリスタル加工されたフロント・シールドを破壊することさえ不可能だった。
デジタル表示された爆発までの時間は三秒を切った。
「動いてぇッ!」
テアが絶叫した。
二秒前……。
(ジェイ、助けてッ……!)
長い淡青色の髪が振り乱れる。
一秒前……。
「ジェイ……ッ!」
テアの絶叫は、凄まじい爆音にかき消された。
GPS最新鋭戦闘ヘリコプター<ディア・ハンター>が、惑星ファラオの夜空を切り裂く閃光と化した。
惑星イリス。
銀河の至宝と呼ばれる美しい惑星である。海洋比率七十五パーセント。五つの大陸に先史文明の遺跡を残し、銀河歴史学的価値も高い惑星であった。
SD五四五年(イリス世紀元年)に人類が初めてこの惑星に移民して以来、銀河系で唯一王制を執っている惑星国家である。初代聖王シュワイツ一世から数えて七十四代目に当たるオーディン三世の治世は、今年で十二年目であった。この間、惑星イリスには大きな戦乱もなく、人々は自由と繁栄を満喫していた。
総人口一億三千万人の約四十パーセントは、聖都オディッセアがあるカストル大陸に集中しており、イリス宮殿を中心に巨大な都市を形成していた。
惑星イリスの表玄関とも言われるクリュティエ宇宙港は、聖都オディッセアから南南西約五百キロメートルの場所に位置している。
SD一三〇六年七月十日午前八時。
ジェシカ=アンドロメダはクリュティエ宇宙港に愛機<ミューズ>を着陸させ、入国審査を終えて入国ゲートに向かっていた。
彼女はゲートを抜けると、立ち止まって周囲を見廻した。ウィーク・エンドの宇宙港は、家族連れや恋人達でごった返していた。
(こんな中から探し出せって言うの……)
ジェシカは溜息をついた。
シュン=カイザード。
元GPSアクロバット・チーム<ノヴァ>のエース・パイロット。毎年一回開催されるGPS主催の銀河系大演習で、彼らの実演するアクロバット飛行は、GPS戦闘機乗りの憧れの的となっていた。
ジェシカは<ミューズ>で航行中に、シュン=カイザードについてのあらゆる情報を入手した。
SD一三〇五年九月、シュンは<ノヴァ>のエース・パイロットの地位をあっさりと捨て、GPSを脱走している。その理由は定かではないが、同年五月に殉死した彼の義兄ジェイ=マキシアンの復讐が濃厚であると推測されていた。それ以来、彼はGPSからD級指名手配犯として追われている。
(シュンが仇敵として追っているのが、テアって訳ね。そして、彼はテアの生命を狙った。しかし、相手は<銀河系最強の魔女>……。そう簡単に倒せるはずないわね)
ジェシカは自分が引き出した結論を思い起こした。
(問題は、彼がどうしてMICチップを手に入れたかだわ……)
MICチップは、言ってみればSHの遺言状のようなものだ。そう簡単に他人に託すものではなかった。
「……!」
ジェシカは違和感を感じ、改めて周囲を見渡した。
(何かあったのかしら?)
空港警備にしては、惑星警察官の数が異様に多かった。
通常、宇宙港の警備は地方警察の管轄である。余程の事件が発生しない限り、惑星警察官が多数配置されることは稀であった。惑星警察官と地方警察官では、携帯している武器はもちろん、警官自体の訓練レベルまで雲泥の差がある。
GPSの行政機構は、大きく分けて三種類に分類されていた。まず、各星系内の犯罪を取り締まる星域警察。これは、GPS宇宙軍直属の行政機関である。次に、各惑星国家に属する惑星警察がある。そして最後に、各自治都市が管轄する地方警察である。
(そう言えば地方警察官の姿がないわ)
ジェシカは、この人員配置の裏にある事件の匂いを敏感に感じ取った。
(入国審査はそんなに厳しくなかった。と言うことは、この惑星イリスで何か起こっている……)
彼女はこの三日間、ほとんどHD空間で過ごしていた為、GPSニュース等は見ていなかった。
(最後の一時間でもSHシークレット情報を入手しておけば良かった……)
SHシークレット情報とは、GPS特別犯罪課がSHのみに流す最新情報であり、通常のニュースでは流されない極秘情報や裏情報も豊富であった。
(今さら後悔しても遅いわ。それより、シュン=カイザードを見つけ出さなくては……)
ジェシカは気を取り直して、第二ロビーに向かった。
「ジェシカ=アンドロメダ大尉ですね」
彼女が第二ロビーに足を踏み入れた途端、一人の男が声をかけてきた。
「……」
ジェイ=マキシアン亡き後、彼女はテアと双璧をなす超一流のSHである。当然、彼女をSHと知って襲ってくる犯罪者も数多い。
ジェシカはすぐに戦闘態勢に入れるように、それとなく身構えながら男の出方を待った。
背の高い、精悍な男であった。年齢は三十代前半くらいか。黒いスリーピースの上からでも、鍛え抜かれた筋肉を見て取れた。
(……! この男、ESPだわ!)
ジェシカは男の思考がブロックされていることに気づいた。
「私はシュン=カイザードの代理人です。彼は今、インペリアル・ホテルで待っています。エアカーを用意しておりますので、ご同行願います」
男はそう言うと、ジェシカを促すように歩き出した。
「待ちなさい。人違いじゃなくて?」
ジェシカが彼の背中に声をかけた。
「私はあなたがこの惑星イリスに着陸した時から見ておりました。ご心配なく。あなたにとっても有益な情報を提供できると思いますよ」
男が振り向いて答えた。
「……」
(見ていた……?)
ジェシカは驚いた。彼女はAクラスのESP能力を有している。その彼女に気づかれることなく、この男はジェシカを監視していたのだ。
(この男、油断できないわ)
ジェシカは男の後を歩き出しながら思った。
(私と同等か、それ以上のESPを有している?)
SHにはGPSに登録されているESPの全リストが配布されている。その中で、最強のESPクラスであるΣナンバーは、現時点で<銀河系最強の魔女>テア=スクルトただ一人である。次のクラスであるAクラスESPはジェシカを含み、GPS管轄宙域内に七名しかいない。
(未登録ESP……?)
ジェシカはBクラス以上の能力を持つESPは全て把握していた。その中にこの男はいなかった。
「あなたの名前は?」
ジェシカが男に訊ねた。
「ジュリアスと呼んで下さい」
「ジュリアス……何?」
「コードネームです。本名は忘れました」
(コードネーム?)
ジェシカが怪訝な表情を浮かべた。GPS情報部でもない限り、コードネームを使用する組織は稀である。
ジュリアスが、クリュティエ宇宙港の地下駐車場に停めてあった装甲エアカーの助手席のドアを開けた。
「何処へ行く?」
ジェシカがそれに乗り込もうとした瞬間、背後から若い男の声が聞こえた。
「……!」
「……!」
ジェシカとジュリアスは、ほとんど同時に振り向いた。
「ジェシカ、そいつから離れろ!」
声の主は叫ぶと同時に、ジュリアスに向かって九ミリ・パラペラ弾を発砲した。
「シュン=カイザード!」
若い男が記憶にあるシュンの姿に一致することを確認すると、ジェシカは即座にジュリアスから離れて彼の方へ駆け出した。
「くそッ!」
ジュリアスは装甲エアカーを盾にし、高出力レイガンで反撃を始めた。
「これを使え!」
シュンがジェシカにSRW197オートマグナムを投げて寄こした。
「どういう事ッ?」
ジェシカはSRW197のセーフティを解除し、ジュリアスに向かって撃ちながら叫んだ。周囲は一瞬にして、硝煙と爆音に席巻された。
「<テュポーン>のバイオ・ソルジャー・タイプⅣだ。油断するな! 従来のバイオ・ソルジャーと違い、強力なESPを持ってるぞ!」
「<テュポーン>……?」
ジェシカの表情が引き締まった。惑星アルピナで、テアとともに闘ったソルジャー=シリウスの顔がジェシカの脳裏に甦った。
「素人は引っ込んでなさい!」
ジェシカがシュンに向かって叫んだ。
次の瞬間、長い漆黒の髪が風もないのに舞い上がった。同時に、彼女の全身からESP特有の光彩が放たれた。
「うわああ……!」
装甲エアカーの影に隠れていたジュリアスの体が、突然空中に浮かんだ。
「ハァアアッ!」
ジェシカが凄まじいプレッシャーを放出した。周囲のエアカーが一気に吹き飛んだ。
「ぐううう!」
ジュリアスが全霊を込めてESPシールドを張って対抗する。
「なかなかやるわね。でも、ソルジャー=シリウスの比じゃないわ!」
ジェシカはそう言うと、両手を高く上げた。
「……!」
シュンが驚愕して、ジェシカの顔を見つめた。
ジェシカは頭上に翳した両手から超烈なESPを放ち、<ESPソード>を形成した。
<ESPソード>とは、ESPエネルギーによって作られた剣であり、Aクラス以上の能力者でないと不可能な攻撃である。その破壊力は、強力なものでは二千メートル級の山をも消滅させると言われている。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、ジェシカが<ESPソード>をジュリアスに投げつけた。
「ぎゃああああ……!」
凄まじい断末魔の絶叫を上げ、ジュリアスの体が粒子分解し消滅した。
「説明しなさい」
ジェシカが、何事もなかったようにシュンに訊ねた。
「さすが、トップクラスのSHだ。だが、テアほどじゃなさそうだな」
シュンはジェシカの質問を無視すると、ニヤリと笑みを浮かべながら告げた。
「……」
「それより、早く逃げないと惑星警察官が押し寄せて来るぞ」
シュンは周囲を見渡しながら言った。
<ESPソード>の衝撃で、地下駐車場の大半が瓦礫と化していた。数十台のエアカーがぶつかり合い、炎上しているものもあった。
シュンは駐車場の隅に停めてあるエアカーに乗り込み、ジェシカを促した。
「盗難車じゃないぜ。心配するな」
「<テュポーン>の歓迎を受けるなんて、聞いていないわよ」
ジェシカがナビゲーターズ・シートに座ると同時に言った。
「あんた、もしかしてあの事件を知らないのか?」
「事件……?」
ジェシカが怪訝な顔をした。
「それでもSHか? それとも、SHの情報力ってその程度なのか?」
「私はついさっきまでHDしていたのよ。通常空間の電波なんて届かないわ」
「ホテルを取ってある。奴が言ってたインペリアル・ホテルほどゴージャスじゃないがね。三十分ほどで着く。それまでにあんたに見てもらいたい物がある」
シュンが呆れた顔をして言った。
「案内して……」
ジェシカが短く告げた。
「テアが大事件に巻き込まれた」
二人を乗せたエアカーが、クリュティエ宇宙港の地下駐車場を後にし、時速百二十キロで飛行を始めた。
「大事件……?」
「これを見てくれ」
シュンはハイウェイに入ると、恒星間受信システムのスイッチをオンにした。
「……!」
ジェシカがニュースに映し出された人物を見て驚愕した。
長い淡青色の髪。左頬のy字型の裂傷。そして、強い意志を映したプルシアン・ブルーの瞳。
モニターには、銀河系で最も美しい魔女の顔が映し出されていた。<緊急指名手配>の文字とともに……。
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