愛するあなたのために薔薇は舞う

椎名 将也

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第4章 愛と硝煙の日々

1 未来への道

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 ダンッ……ダンッ……ダンッ……!

 <星月夜シュテルネンナハト>の地下にある射撃訓練場ファイアリング・レンジに、9mmパラベラム弾特有の銃声が鳴り響いた。
 早瀬はるかはマガジン・リリース・ボタンを押して空になったマガジンを抜き去ると、新しいマガジンを挿し込んでベレッタM92Xの安全装置をロックした。射座の横に設置された自動採点装置のモニターには、1500/1500と表示されていた。標的中心円ブルズ・アイ命中率100.000パーセントだった。

「さすがだな、ハルカ……。初めて握った銃で満点が出せる奴なんて、特別捜査官エージェントにも滅多にいないぞ」
 手放しで褒めたアラン=ブライトの言葉に、はるかは防音イヤーマフを外しながら笑顔で答えた。
「これ、ちょっと重いけど、その分凄く安定しますね。これも候補に入れます」

 ここ数日、西新宿署での勤務が終わると、はるかは<星月夜シュテルネンナハト>にアランを訪ねて様々な自動拳銃マシンピストルを撃ちに来ていた。銃器マニアのはるかにとって、その時間は何にも勝る至福の時であった。
 数十種類の自動拳銃マシンピストルの中からはるかが候補に選んだものは、グロッグ34、ワルサーPPQ、CZ-P09、ベレッタM92Xの四挺であった。

「M92Xは精密射撃用の競技モデルだから、スチール製のフレームが使われているんだ。そのため、重さが1,350gもある。普通のM92Fが970gだから、380gも重いぞ。普段使いにはきついんじゃないか?」
 アランが愛用しているワルサーPDP-VP5の重さが695gだ。瑞紀のM93RMK2でさえ、880gなのだ。PDPの倍近い重量があるM92Xを常時携帯することは、女性のはるかにとって楽ではないはずだった。

「そうですね……。確かに、持ち歩くにはちょっと重すぎますよね……。撃ちやすいんだけどなぁ……」
 残念そうな表情ではるかがM92Xを見つめた。苦笑いを浮かべながら、アランがアドバイスをした。
「それとほぼ同じ性能の軽量バージョンがあるぞ。撃ってみるか?」
「ホントですかッ! ぜひ、お願いしますッ!」
 アランの提案に、はるかは大きな黒瞳を輝かせながら叫んだ。アランがM92Xを銃器保管金庫に戻すと、代わりに一挺の自動拳銃マシンピストルをはるかに手渡しながら告げた。

「ベレッタM90-3rdサードだ。樹脂製フレームとステンレス製スライドの組み合わせだから、重さも870gしかない」
「確かに軽いですね。それに、M92Fよりもグリップが細くて握りやすいわ」
 M90-3rdを手に取って、はるかは驚きの表情を浮かべた。一般的に銃の銃把グリップは男性の手のサイズに合った物が多い。女性のはるかにとって、なかなかしっくりと来るグリップは少なかった。

「では、試射しますね」
 防音イヤーマフを付けると、はるかはマガジン・リリース・ボタンを押して一度マガジンを引き抜いた。そして、十七発の全弾が装弾されていることを確認すると、再びマガジンを装填して安全装置を解除した。
(構えた感じもいいわね。あとは、実際に撃ったときの感触フィーリングはどうかな?)
 五十メートル先の標的ターゲットに銃口を向けると、リアサイトの間からフロントサイトの赤い点を覗いて標的中心円ブルズ・アイの中心に照準を合わせた。

 ダンッ……!

 ダブルアクションのまま銃爪トリガーを引き絞ると、9mmパラベラム弾特有の銃撃音とともに標的中心円ブルズ・アイの中心部に弾丸が命中した。
(軽いわりには銃口の跳ね上がりマズルジャンプもそれほど大きくない……。銃爪トリガーの重さもちょうどいいわ……)
 はるかは満足そうな笑みを浮かべると、続けて銃爪トリガーを引いた。

 ダンッ……ダンッ……ダンッ……!

 十七発の銃弾がすべて標的中心円ブルズ・アイに着弾した。空になったマガジンを抜き取ると、はるかは新しいマガジンを装填して銃爪トリガーを引き絞り続けた。

 ダンッ……ダンッ……ダンッ……!
 ダンッ……ダンッ……ダンッ……!
 ダンッ……ダンッ……ダンッ……!

 マガジン三本を撃ち終えると、はるかは満足げな笑顔を浮かべながら射撃用ゴーグルと防音イヤーマフを外した。射座の横にある自動採点装置のモニターには、5080/5100の数字が映っていた。標的中心円ブルズ・アイ命中率99.607パーセントだった。五十一発中五十発が標的中心円ブルズ・アイに着弾し、残りの一発もそのすぐ近くの八十点円という信じられないほどの高得点だった。

「凄いな……」
 アランが眼を丸くしながら呆然と呟いた。初めて握った銃でこれほどの得点を叩き出す者は、特別捜査官エージェントの中にもいなかった。
「気に入りました。これにしますッ!」
 新しいマガジンを装着してM90-3rdの安全装置をロックすると、はるかは満面に笑みを浮かべながらアランに告げた。

 ベレッタM90-3rdの基本性能は、M92Fと大きくは変わらない。9mmパラベラム弾の他に9mmIMI弾、.40S&W弾を装填可能で、銃口初速は381m/s、有効射程距離は50mだ。M90-3rdの特徴としては、フレーム先端下部にあるピカティニー・レールに、レーザーサイトなどのアクセサリーを装着することが可能なことだ。その他にもスケルトン・ハンマーの採用、照準器サイトの改良、装弾数の増加といった変更が加えられていた。

 中でもはるかがM90-3rdを選択した理由は、照準の合わせやすさと銃口の跳ね上がりマズルジャンプの小ささの他に、グリップの形状だった。数十種類の自動拳銃マシンピストルの中で、最もはるかの手に合ったグリップだったのだ。

「分かった。では、その銃の携帯を申請しておいてあげるよ、ハルカ……」
「え……? でも、あたしはまだ部外者ですよ? いいんですか?」
 アランの言葉に驚いてはるかが訊ねた。西新宿署を退職して<星月夜シュテルネンナハト>へ入る意志を固めているとは言え、はるかはまだ入社試験さえ受けていなかったのだ。

「今朝、はるかを見習いアプレンティス特別捜査官エージェントとして登録しておいた。まあ、アルバイトみたいなものだ。正式に<星月夜シュテルネンナハト>に入社したら、見習いアプレンティスの文字が取れるぞ」
「アランさん……」
 強引なアランの勧誘に、はるかは驚くと同時に呆れた。まだ西新宿署に退職届さえ出していないのだ。

「これ程のガンナーをスカウトしないなんて、<星月夜シュテルネンナハト>にとっては大きな損失だ。絶対に入社して、特別捜査官エージェントになってくれ」
「はいッ! ありがとうございます、アランさん」
 アランの言葉に、はるかは心から嬉しそうな声で答えた。自分の射撃を認めてくれたことも勿論だが、アランに勧誘されたことがはるかには何よりの喜びだった。
(アランさんって格好いいだけじゃなく、<星月夜シュテルネンナハト>のトップ・エージェントだって聞いたわ。こんな素敵な人と一緒に仕事ができるなんて、夢みたい……)

「ここにいたのか、アラン……」
 うっとりと陶酔の表情を浮かべていたはるかの後ろから、バリトンの渋い声が響き渡った。驚いて振り向くと、精悍な男と美しい女性が肩を並べながら射撃訓練場ファイアリング・レンジに入ってきた。

「リューセイか、どうした……?」
 普段よりも厳しい表情を浮かべている龍成に、アランが怪訝な顔で訊ねた。
「姫川玲奈警視の居場所が分かった……」
「姫川課長のッ! ホントですかッ!」
 龍成の言葉に、はるかがパッと顔を輝かせながら叫んだ。

「えっと、こちらは……?」
 はるかと初対面の龍成が、説明を求めるようにアランの顔を見つめた。
「西新宿署組織犯罪対策課のハルカ=ハヤセ巡査だ。ヒメカワ警視の部下だよ。ハルカ、こちらは特別捜査部の特別捜査官エージェントでリュウセイ=シロガネとリオ=サイオンジだ」

「白銀です。初めまして……」
「西園寺です。よろしくお願いします」
 アランの紹介を受けて、龍成と凛桜が簡単に自己紹介をしてきた。
「早瀬はるかです。こちらこそ、よろしくお願いします」
 はるかは慌てて二人に挨拶を返した。

「それで、ヒメカワ警視はどこにいるんだ?」
 はるかが名乗り終えるのを待って、アランが龍成に訊ねた。
「イタリアだ。シチリア島の西南にあるファヴィニーナ島に囚われているらしい。<櫻華会>の神崎からの情報だ」
「カンザキか……。裏は取れてるのか?」
 暴力団の若頭が情報源と聞き、アランが眉を顰めた。

「まだだ。だが、瑞紀が調べてきた情報らしい。恐らく、M93RMK2ベレッタでシチリアン・マフィアを脅したんだろう。それなりに信頼できると思うが……」
「ミズキが……。相変わらず無茶をするヤツだな……」
 龍成の意見に同意するように頷きながら、アランが告げた。
「神崎さんは瑞紀ちゃんと一緒に、今夜の便でシチリアに向かうみたいよ。あたしたちも足を確保しないと……」
 凛桜が龍成の顔を見上げながら、アランに言った。

 その時、はるかのリスト・タブレットに着信が入った。ヴァーチャル・スクリーンに表示された名前は、組織犯罪対策課の先輩である中西勇介だった。
「すみません、ちょっと署から電話が……」
 そう告げると、はるかはアランたちから離れて通話スイッチを押した。彼らに通話内容が聞こえないように、左耳の骨伝導スピーカーと奥歯のマイクを選択した。

『早瀬、今どこにいる……?』
 電話に出た瞬間に、勇介が焦った口調で訊ねてきた。
「えっと……、家に帰る途中にちょっと寄り道をしていて……」
 <星月夜シュテルネンナハト>で自動拳銃マシンピストルを選んでいたとは言えずに、はるかが誤魔化した。余程の緊急要件なのか、勇介はそれ以上追求をして来なかった。

『すぐに歌舞伎町二丁目に来られるか?』
「は、はいッ! 何か事件ですか?」
 切羽詰まった勇介の口調に、はるかは慌てて訊ねた。
『バーでの銃乱射事件だ。初動の話だと、自動拳銃マシンピストルを持った女が三人のイタリア人を撃ち、店内に銃弾を乱射して逃亡したそうだ』
 勇介の言葉を聞いて、はるかは思わずアランたちの顔を見つめた。あまりにもタイミングがよく、どこかで聞いたような話だった。

「その被疑者は特定できているんですか?」
『いや……。姫川玲奈と名乗ったらしいが、偽名に決まっている。撃たれた三人はいずれも、左肩に三発ずつ喰らっているようだ』
3点射スリー・ポイント・バースト……。間違いないわ。どうしよう……?)
 3点射スリー・ポイント・バーストができる自動拳銃マシンピストルを持つ女など、他にいるはずはなかった。

「えっと、今……ちょっと、飲んじゃいまして……」
『酔っ払ってるのかッ!』
「は、はい……すみませんッ!」
『非番の時以外には酒を飲むなと教えただろうッ!』
 左耳たぶの骨伝導スピーカーから、勇介の怒号が脳天に響き渡った。

「ご、ごめんなさいッ……! 始末書は、後で提出しますので、今夜は……」
『分かったッ! 今日はもういいッ! 明日、遅れずに出勤しろッ!』
 そう告げると、勇介は通話を切った。はるかはハアッとため息をつくと、アランの所に戻った。

「アランさん、ゆずりはさんがどうやって姫川課長の居場所を突き止めたのか、分かりました……」
「今の連絡でか……?」
「はい。歌舞伎町二丁目のバーで、イタリア人三人の肩をM93RMK2で撃ったようです。そして、店中にフルオート射撃をして逃亡しています……」
 はるかの報告に、アランたちは絶句した。殺してはいないとは言え、傷害と器物破損、銃刀法違反の重罪だった。

「瑞紀のヤツ……」
 眉間に皺を寄せながら呟いた龍成の右腕にそっと触れながら、凛桜が告げた。
自棄やけになってるんだわ……」
 第三視聴覚室の外で見た瑞紀の涙を思い出し、凛桜は彼女が自暴自棄になっていることを確信した。

「それで、警察はミズキに逮捕令状を取ったのか?」
 龍成たちの気持ちを察して、アランがはるかに訊ねた。
「まだです。というか、まだ犯人がゆずりはさんであることに気づいていないようです。でも、鑑識が撃たれたイタリア人の傷を調べたら、3点射スリー・ポイント・バーストであることはすぐにバレるはずです。3点射スリー・ポイント・バーストが可能な自動拳銃マシンピストルを持つ女性なんて、日本中を探してもゆずりはさんしかいません」

 3点射スリー・ポイント・バースト機能を有する自動拳銃マシンピストルは、ベレッタ社のM93系しかなかった。そして、民間に販売されていないM93系を持つ者など、調べればすぐに特定されることは明白であった。

「ミズキはカンザキと一緒に今夜の便でイタリアに向かうと言ったな? 俺たちも急ごうッ! すぐにフジイ部長を交えてブリーフィングを行うぞッ! ミズキの情報を元にヒメカワ警視を救出して、彼女の刑の軽減を求めるか、司法取引に持ち込むぞッ!」
 アランが即断して叫んだ。そうしないと、瑞紀は間違いなく有罪となって刑務所行きだった。

「分かったッ! 特別捜査部に戻ろうッ!」
「はいッ!」
 龍成の言葉に、凛桜が頷きながら同意した。
「待ってくださいッ! お願いしますッ! あたしも一緒に連れて行ってくださいッ!」
「ハルカ……?」
 はるかの申し出に、アランが驚いて彼女の顔を見つめた。

「警察では、イタリアにいる姫川課長を助け出すことはできませんッ! <星月夜シュテルネンナハト>ならば、ヨーロッパにも支社があるんじゃないですか? お願いします、あたしにも協力させてくださいッ!」
 はるかがアランたちに頭を下げながら叫んだ。彼女の言うとおり、西新宿署はおろか、警視庁でもイタリアまで捜査の手を伸ばすことは不可能だった。

「アラン、部外者を連れて行くわけにはいかないぞ!」
 龍成が鋭い視線でアランを見据えながら告げた。
「まあ、ハルカはまったくの部外者というわけでもない。今朝、彼女は<星月夜シュテルネンナハト>の見習いアプレンティス特別捜査官エージェントになった……」
見習いアプレンティス……」
 苦笑いを浮かべながら告げたアランの言葉に、凛桜が驚いてはるかの顔を見つめた。

「ハルカの射撃の腕は、ミズキに勝るとも劣らないんだ。だから、俺は彼女をスカウトして見習いアプレンティス特別捜査官エージェントに申請した。それが今朝受理されたのさ」
「瑞紀と同じくらいの腕前だと……?」
 瑞紀の射撃技術を良く知る龍成が、驚愕してはるかの顔を見た。
「そこのモニターの点数を見てみろ。たった今、ハルカが叩き出した得点だ」
 アランが示した先にある自動採点装置には、「5080/5100、標的中心円ブルズ・アイ命中率99.607パーセント」の文字が表示されていた。

「凄い……」
 茶色い瞳を大きく見開きながら、凛桜がモニターの数字を見つめた。龍成も言葉を失って、凛桜と同じくモニターを見据えていた。
「俺やリューセイでさえ、自己最高得点ベスト・レコードは92パーセント台だ。特別捜査官エージェントたちの平均値が82.5パーセントくらいだから、ハルカのレベルがどれだけ飛び抜けているかわかるだろう?」
「あたしのベスト、78.275……」
 ボソリと凛桜が呟いた。

「まあ、凛桜にはヘリ・パイロットとしての技術があるから、気にするな……」
「うん……」
 龍成のフォローに、凛桜が嬉しそうに微笑んだ。
「分かった。彼女にも協力してもらおう。だが、西新宿署の方は大丈夫なのか?」
「えっと……、何とかします……」
(後で退職願をメールしておかないと、絶対に懲戒免職クビだわ……)

「よし、そうと決まったら急ぐぞッ!」
 アランの言葉に頷くと、龍成たちは彼の後に続いて射撃訓練場ファイアリング・レンジの入口に向かって走り始めた。
(姫川課長、待っていてくださいッ! 必ず助けに行きますから……!)
 右手に持ったM90-3rdを左脇のショルダーホルスターに差すと、はるかはアランの後を追って駆け出した。

 その一歩一歩が彼女の新しい人生へと続いていることに、はるかはまだ気づいていなかった。
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