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第2章 櫻華の嵐

10 真夏の風

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「あッ……いやッ……やめて、麗華……あッ、だめッ……あぁああッ……!」
 赤いマニキュアを付けた細い指が白い乳房を揉みしだき、ツンと突き勃った乳首を摘まみ上げてコリコリと扱いた。水島麗華は瑞紀の左胸に咲く真紅の薔薇を舐め上げると、ガチガチに尖った薄紅色の乳首を唇で啄み、甘噛みしながら先端を舌で舐った。
 右手には黒光りするバイブレーターを握り締め、濡れた花唇を抜き差ししながら圧倒的な快感で瑞紀を責め続けた。ウィーンという駆動音が響き渡り、肉太の張形がウネリながら粒だった肉襞の天井部Gスポットを何度も抉った。

「あッ、あッ……だめッ……また、イクッ……! 許してッ……イクぅううッ!」
 大きく背中を仰け反らせると、ビクンッビクンッと総身を痙攣させながら瑞紀は絶頂オーガズムを極めた。太いバイブレーターを咥え込んだ花唇から、プシャッという音とともに愛蜜が迸った。これが何度目の絶頂なのか、瑞紀にはすでに分からなくなっていた。ただ一つはっきりしているのは、助けに来た親友の手で終わりのない官能地獄に堕とされていることだけだった。

「もう……許して……。おかしく……なっちゃう……」
 随喜の涙で頬を濡らし、ワナワナと震える唇から涎の糸を垂らしながら瑞紀が哀願した。その両手脚はX字型に開かれ、ベッドの四隅に縄で括りつけられていた。
(さっきの麻薬コカインが残ってて……体中が敏感に……。こんなにイカされ続けたら……狂っちゃう……)
 すでに全身の痙攣は止まらなくなり、大きく開かれた両脚の間には溢れ出た大量の愛蜜がシーツに淫らな模様を描いていた。

「助けに来てくれてありがとう、瑞紀……。あたしのせいで捕まって、ごめんね……。せめて、今だけはいっぱい気持ちよくしてあげる……」
 麗華が瑞紀の耳元で囁いた。その言葉は、麗華にまだ正常な意識が残っている証拠だった。
「麗華、あなた……んッ……んくッ……」
 そのことを確認しようとした瑞紀の唇を、麗華が塞いだ。それは、今は何も言うなという意思表示のようにも瑞紀には思えた。麗華が瑞紀の舌を絡め取った。そして、濃厚な口づけを交わしながら、麗華は女同士であるが故に知る快感のツボを的確に責め立ててきた。

「んッ……ん、んくッ……んあッ……んめッ……ん、んんぅッ……!」
(麗華のキス……、気持ちいいッ……! また、イッちゃうッ! だめッ! イクッ……!)
 舌を絡まされ、乳房を揉み上げられ、乳首を摘ままれた。敏感な真珠粒クリトリスを扱かれ、太いバイブレーターでGスポットを擦られ、肉襞を抉りながら最奥まで貫かれた。
 女が感じるありとあらゆる性感帯を同時に責められ、瑞紀は快美の火柱に全身を灼かれながら禁断の絶頂オーガズムを何度も極めた。

(女同士が……こんなに……気持ちいい……なんて……)
 ハア、ハアと火の吐息を漏らしながら、瑞紀は麗華の顔を見つめた。その黒瞳からは随喜の涙が溢れ出て、幾筋も頬を伝って流れ落ちていた。
 最も触れて欲しい場所を、理想的なタイミングで、最高の力加減で麗華は責めてきた。そこには男のような乱暴さも性急さもまったくなかった。それは、女だからこそ知る女の快感を完璧に理解したセックスだった。

「可愛いわ、瑞紀……。こんなに感じて……」
「あッ、あっああッ……!」
 麗華が熱い息を吹きかけながら、瑞紀の左耳に舌を入れてピチャピチャと音を立てながら舐り始めた。脳髄を直接舐め回されているような快感に、瑞紀は白い喉を仰け反らせながら喘いだ。

「また、イキそうなんでしょ、瑞紀……?」
 麗華は左手で右の乳房を揉みしだきながら、痛いほど突き勃った乳首を指先で捏ね回した。そして、右手は中指と薬指を揃えて花唇に挿し入れ、鉤状に折り曲げながら粒だった天井部分Gスポットを激しく擦り上げた。麗華の手の動きに呼応して、プシャプシャッと音を立てて秘唇から愛液が飛び散った。

「あッ、いやッ……もう、だめッ……イッちゃうッ……!」
「今度で何回目……? 八回……九回目かしら?」
 そう告げると、麗華は体をずらして瑞紀の股間に顔を埋めた。そして、赤いマニキュアを塗った指先で、真っ赤に充血した真珠粒クリトリスをコリコリと捏ね回した。
「ひッ、だめぇえッ……そこッ……いやぁああ……!」
 長い黒髪を振り乱しながら、瑞紀が激しく首を振った。拘束された縄を両手で握り締めると、瑞紀は快感を追い求めるように自分から淫らに腰を振り始めた。

真珠粒クリトリスをこんなに勃起させて……。イヤらしい娘ね、瑞紀は……」
 そう告げると麗華は、真っ赤に充血した真珠粒クリトリスをヌメリと舌で舐め上げた。その瞬間、瑞紀はグンッと白い喉を仰け反らせると全身をビクンッビクンッと痙攣させて絶頂オーガズムを極めた。

「凄い締め付けね……。指がちぎれそうよ、瑞紀……。でも、もっと気持ちよくしてあげるわ……」
 愉悦アクメを噛みしめて硬直しているにも拘わらず、麗華はピチャピチャと音を立てて真珠粒クリトリスを舌で嬲り続けた。同時に、二本の指で天井部Gスポットを刺激しながら激しく抜き差しを続けた。

「だめぇえッ! いま、イッてるッ! いやぁああ……!」
「許してぇえッ! また、イッちゃうッ! アッ、アッ、アァアアッ……!」
「イクの止まらないッ! だめぇえッ! 狂っちゃうッ! アァアアッ……!」
 女の快感を最も知るのは女だ。その女の指と舌で同時にクリトリスとGスポットを嬲られ、瑞紀は半狂乱になった。黒髪を振り乱し、随喜の涙を流し、涎の糸を垂らしながら、ベッドの上をのたうち回った。絶頂した瞬間に、次の絶頂が襲ってきた。紛れもない絶頂地獄に、瑞紀は全身の細胞を蕩かされ、意識さえドロドロに灼き蕩かされた。

「許してぇッ! もう、だめぇえッ! 死んじゃうッ! アッ、アァアアーッ……!」
 濡れ光る秘唇から、シャアァアーッと音を立てて黄金の水が虚空に弧を描いて迸った。ビックンッビックンッと凄まじい痙攣に襲われた裸身を、瑞紀はグッタリと弛緩させて寝台に沈み込んだ。
 限界を遥かに超える快美の奔流に支配され、瑞紀は四肢の先端まで痺れて指一本動かせなかった。閉じた睫毛はピクピクと震え、乱れ髪を咥えた唇からはネットリとした涎が垂れ落ちていた。汗が濡れ光る裸身はビクッビクッと痙攣を続け、股間から溢れた愛液と失禁で白いシーツはビッショリと濡れていた。

「どう、瑞紀……? 気持ちよかった……?」
 汗で頬に貼り付いた瑞紀のほつれ髪を指でかき上げながら、麗華が訊ねた。瑞紀は重い瞼を開いて麗華を見上げると、コクリと小さく頷いた。
(こんなに……気持ちいいの……初めて……。こんなの知ったら……戻れなくなる……)
 コカインを射たれて性感が上がっている状態で、女の体を最も知っている同性とのセックスは、かつて経験したことがないほどの快感を瑞紀の体に刻み込んだ。

「瑞紀、声を出さないで聞いて……」
 麗華が瑞紀の左耳に唇を寄せると、小声で囁いた。
「今のセックスで、あいつら完全に油断しているわ。あたしが瑞紀の縄を解いて、ベレッタを渡す。そしたら、あいつらを撃って……」
(麗華……!)
 今の麗華の言葉は、彼女が完全に正気を取り戻している何よりの証拠だった。瑞紀は麗華の顔を見つめると、小さく頷いた。

「ずいぶんと気分を出していたな、二人とも……。では、そろそろゆずりは瑞紀を犯すとするか……」
 一条が赤いシャツを脱ぎ捨て、般若の刺青を見せた。
「では、麗華は俺が抱いてやります。加藤、お前は後で二人とも抱かせてやるから、少し我慢していろ……」
「は、はい……」
 若頭補佐である九鬼の命令は絶対だ。その言葉に、加藤が残念そうな表情を浮かべながら頷いた。

「あたし、まだ瑞紀と愛し合いたいわ。今のは一方的にあたしが瑞紀を愛してあげただけよ。お互いに愛し、愛されたいの……」
 麗華が官能に蕩けきった瞳で一条を見上げながら懇願した。その迫真の演技に、一条は麗華が正気を取り戻しているなどとは思いもしなかった。
「ほう……。麗華はレズに目覚めたのか? いいだろう。では、ゆずりはの縄を解いてやれ」
 楽しそうな笑みを浮かべながら、一条が九鬼に命じた。

「組長……。ゆずりはは合気道の達人です。自由にするのは危険かと……」
「こんな状態で何ができる……? 心配するな……」
 ベッドの上でビクンッビクンッと痙攣を続けている瑞紀を見つめると、一条が九鬼の用心を笑い飛ばした。九鬼も改めて瑞紀の状態を確認すると、ゆっくりとベッドに近づいた。そして、サイドテーブルの上にベレッタM93RMK2を置いて、瑞紀の右手を拘束している縄を解き始めた。

(ベレッタはすぐ後ろ……。左手を伸ばせば届くわ。後はタイミング……。九鬼が瑞紀の脚の縄を解くときだわ……)
 麗華は左手で亜麻色の髪をかき上げながら、チラリと後ろを向いてベレッタの位置を確認した。九鬼が瑞紀の右手の縄を解き終えた。だが、彼はすぐに他の縄を解こうとしなかった。目の前で絶頂の余韻に震えている瑞紀の裸体に興味を覚えたのだ。

「こんなに乳首を尖らせやがって……。イヤらしい女だ……」
 九鬼が両手で瑞紀の乳房を揉みしだき始めた。そして、指先で硬く屹立した淡紅色の乳首を摘まみ上げると、コリコリと扱きだした。
「んッ、あッ……いやッ、やめてッ……アッ、アッ、アァア……」
 突然、乳房を揉みしだかれ、乳首を嬲られた瑞紀は、甘い声で喘ぎだした。何度も絶頂を極めた直後に女の弱点を責められ、全身に広がる快感に抗えなかったのだ。

「あッ……いやッ……そこッ……だめぇッ……!」
 ビクンッと裸身を仰け反らせると、瑞紀は長い髪を振り乱して悶え啼いた。九鬼が左手で乳房と乳首を嬲りながら、右手で真珠粒クリトリスに蜜液を塗り込み始めたのだ。
(だめッ……感じちゃ……! イカされたら、撃てなくなるッ……!)
 腰骨を灼き溶かすような快感が背筋を舐め上げてきた。瑞紀は唇を噛みしめながら、襲いかかる愉悦を押し殺した。だが、九鬼は執拗に真珠粒クリトリスを嬲り続けた。その峻烈な快感に、瑞紀の総身がビクッビクッと痙攣を始めた。

(瑞紀ッ……! 我慢してッ! イッちゃだめッ! 最後のチャンスなのよッ!)
 麗華の祈りを嘲笑うかのように、瑞紀が切羽詰まった嬌声を上げた。
「アッ、アッ……いやぁッ! だめッ、それッ……! いやッ、あッ、いやぁあッ……!」
 瑞紀が自由になった右手を麗華の方へ伸ばして、手を開いた。それが、ベレッタを寄越せという合図だと気づいた瞬間、麗華は上半身を左後ろに捻った。そして、左手でサイドテーブルの上に置かれたベレッタの銃身バレルを掴むと、銃把グリップを瑞紀の右手に押しつけた。

「瑞紀ッ! お願いッ!」
「くうぅッ……!」
 瑞紀が下唇をギュッと噛みしめた。鉄臭い血の味を舌に感じた瞬間、瑞紀はベレッタM93RMK2を右手で握り締めた。同時に親指で安全装置セイフティを解除すると、躊躇わず至近距離から九鬼に向かって銃爪トリガーを引き絞った。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ……!

 3点射スリー・ポイント・バースト特有の連射音が響き渡った。三発の9mmパラベラム弾が、九鬼の顔面に撃ち込まれた。
 一発目は鼻と唇の間にある口輪筋に着弾し、上の中切歯まえばから犬歯までを粉砕した。弾丸はその速度と破壊力を維持したまま、第一頸椎を破壊して項靱帯こうじんたいをズタズタにしながら後頭部から飛び出した。
 二発目の銃弾は、両目の中心にある鼻根に命中した。その衝撃で視神経を引きちぎりながら眼球が飛び出した。銃弾自体は視床下部を貫通し、小脳にダメージを与えて後頭部から射出した。
 そして、三発目は悲惨だった。眉間から入った弾丸は前頭葉から脳梁を破壊しながら、大脳に達した。それも硬い頭蓋に反射して跳ね返り、頭頂葉を粉砕しながら頭頂から脳漿を噴出させながら勢いよく飛び出した。

(やった……)
 眼球を失った眼孔から血の涙を流しながら、九鬼がゆっくりと後ろ向きに倒れた。ハァハァと官能に染まった息を吐きながら、瑞紀がその様子を見つめた。
「瑞紀、危ないッ!」
 麗華が両手で瑞紀の体を押しのけた。

 ダーンッ……!

 腹の底に響き渡る銃声が響き渡り、麗華の胸の中心から鮮血が噴き出した。一条がS&W696で麗華を撃ったのだ。いや、正確に言えば瑞紀を狙った一条の銃口に気づき、麗華が自分の身を犠牲にして撃たれたのだ。

「麗華ッ……!」
 瑞紀はベッドに倒れ込んだ麗華を視界の片隅で見ると、M93RMK2の銃口を一条に向けて銃爪トリガーを引き絞った。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ……!

 立て続けに響き渡った銃声とともに、一条が左胸から鮮血の華を咲かせて後ろへ倒れ込んだ。三発の銃弾は、一条の左胸に着弾して心臓を粉砕した。即死だった。
 だが、瑞紀はM93RMK2のフロントサイトを右にずらすと再び銃爪トリガーを絞った。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ……!

 胸の中心に三発の銃弾を受けた加藤が、驚愕の表情を浮かべながらゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。心臓を撃ち抜かれた一条と違い、即死できなかったことが加藤の不幸だった。生に取りすがるかのようにビクンッビクンッと全身を痙攣させながら、加藤は緩慢な死を迎えた。

「麗華ッ! しっかりしてッ!」
 瑞紀はM93RMK2をベッドの上に置くと、急いで左手の縄を外した。そして、ベッドを真っ赤に染めながら上半身を横たえている麗華を抱き起こした。豊かな乳房の中央からドクンッドクンッと鮮血が噴出していた。麗華は薄らと眼を開いたが、すでに何も見えていないようだった。
 焦点の定まらない瞳で瑞紀を探しながら、麗華が呟いた。

「純一郎に……愛してると……」
 それがこの世で最期の麗華の言葉だった。ガクリと首を落とした麗華の体を抱きしめて、瑞紀が絶叫した。
「麗華ぁあッ……!」
 だが、瑞紀には親友の死を悲しむ時間さえ与えられなかった。銃声を聞きつけた男たちの足音が、寝室の前に殺到してきたのだ。事務所にはあと十四人の男がいたはずだ。

 瑞紀は麗華の上半身をベッドに横たえると、右手でM93RMK2を掴んだ。そして、発射モードの切替レバーを「SEMI」にセットすると、両脚を拘束している縄を撃った。9mmパラベラム弾が縄を引きちぎりながらベッドに突き刺さった。

(マガジンには、あと二十八発……)
 M93RMK2は薬室チェンバーの一発とマガジンの三十八発を合わせて、三十九発の9mmパラベラム弾を装弾していた。3点射スリー・ポイント・バーストで九鬼、一条、加藤の三人を倒した時に九発、両脚の縄を切るのに二発を使った。残り二十八発なら3点射スリー・ポイント・バーストが七回撃てるが、相手は十四人だ。瑞紀はM93RMK2の発射モードを単射セミオートのままにした。

(予備のマガジンは、バーキンの中……)
 エルメスのバーキンは、ドアのすぐ横に放置されていた。この部屋のドアは廊下側に開く。内開きであればドアの影に隠れられるが、外開きではドアが開いた瞬間に射殺される可能性が高かった。マガジンを取りに行くことは危険すぎる行為だった。

(入って来ない……?)
 男たちはドアの目の前で躊躇しているようだった。そのことは、男たちに銃撃戦の経験がないことを瑞紀に教えるには十分だった。
(それならば……)
 瑞紀は発射モードの切替レバーを「FULL」に変更した。そして、トリガーガードの先にあるフォア・グリップを下ろすと、左手で握った。こうすることで、サブマシンガンのように両手でM93RMK2を維持することが可能になるのだ。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ……!

 入口のドアに向けてM93RMK2を構えると、瑞紀は逆S字に銃口を動かしながらフルオート射撃を行った。瑞紀のいるベッドからドアまでの距離は、五メートルもない。その距離であれば、厚さ四、五センチの木製のドアなど、9mmパラベラム弾で十分に貫通可能だった。
 ドアの目の前に立っていた男たちの絶叫が聞こえた。

(三人ね……)
 声の違いから、三人の男を倒したことを瑞紀は実感した。残った男たちがドアから離れる気配と足音が聞こえた。
(今だッ……!)
 瑞紀はベッドから飛び降りると、ドアの近くにあるバーキンに向かって走り出した。そして、左手でバーキンの中から三本の予備マガジンを取り出すと、薬室チェンバーに一発装弾してからマガジン・リリース・ボタンを押してマガジンを引き抜いた。今のフルオート射撃で、残弾数が五発になったからだ。

 新しいマガジンを装着すると、瑞紀はドアのある壁に沿って部屋の隅まで移動し、片膝を立てて座り込んだ。この位置であれば、ドアから入ってきた男には気づかれにくく、逆に瑞紀は男が入ってきた瞬間に撃つことが可能だからだ。
(残りは十一人……。予備マガジンも二本あるから、弾は十分だけど……)
 M93RMK2に装弾した三十九発の他に、三十八発のマガジンが二本と残弾数四発のマガジンが一本ある。全部で百十九発撃つことが可能だった。

(ここは二十一階……。どっちにしろ、あとの十一人を倒さない限りはここから脱出できない)
 たとえ窓があったとしても、飛び降りるわけにもいかなかった。瑞紀は壁に耳を当てて廊下の様子を窺った。
 その時、複数の足音が近づいてきた。同時に銃声が響き渡った。

 ダンッ……ダンッ……!
 ダンッ……ダンッ……ダンッ……!
 ダンッ……ダンッ……!

 聞き慣れた9mmパラベラム弾の音だった。それも連射ではない単発セミオートの銃声が複数聞こえた。廊下を挟んだ事務所の方から、騒然とした雰囲気が伝わって来た。
(何……? <一条組>の応援が到着した……?)
 もしそうであれば、最悪のシナリオだった。<一条組>の構成員は三十三名だ。そのうち、一条を含む六人を倒していたが、あと二十七人はいるはずだ。応援が何人来たのか不明だが、十一人が二倍以上になった可能性は十分にあった。

(リスト・タブレットは……?)
 バーキンの中にはリスト・タブレットはなかった。全裸になったときに、衣服と一緒に外したのだ。部屋の中央に飛散したブラジャーの側に、リスト・タブレットが置かれていた。だが、そこはドアの正面だった。ドアが開かれた瞬間に銃撃される可能性が最も高い場所だ。瑞紀は応援を呼ぶことを諦めた。

(やはり、男たちが入ってきた瞬間を狙って銃撃するしかないわ……)
 いつの間にか、外がシンッと静まりかえっていた。瑞紀はM93RMK2の発射モードを「3shot」に切り替えると、銃口をドアに向けた。
 次の瞬間、バタンと音を立ててドアが廊下側に開かれた。だが、誰も入って来なかった。
(素人じゃないッ!)
 瑞紀のうなじがゾクッと逆立った。その直感を裏付けるように、二つの人影が同時に室内に飛び込んできた。

(まずいッ……!)
 勢いよく前転しながら飛び込んできた人影に照準を合わせた瞬間、彼の体を盾にして奥の男が瑞紀に銃口を向けた。
(撃たれるッ!)
 どちらかを撃っている間に、もう一人から攻撃されることが確実だった。紛れもなくプロの動きだった。それも、コンマ一秒の戦いを生き抜いてきた一流のプロの動きだ。

「瑞紀ッ!」
 手前の男に向かって銃爪トリガーを引こうとした瞬間、奥の男が叫んだ。聞き覚えがある、いや聞き間違いようのない声だった。
「龍成ッ……!」
 この世で瑞紀が最も愛する男の姿が、そこにあった。瑞紀は立ち上がって龍成の元に駆け出した。そして、迷いもせずに彼の胸に飛び込んだ。龍成は上着を脱ぐと、瑞紀の肩に掛けながら言った。

「無事か……?」
「ええ……。でも、私を庇って麗華が……」
 白いシーツを真っ赤に染めながら、水島麗華が上半身をベッドに埋めていた。もう一人の男が自分の上着を脱いで麗華の裸身に掛けた。
「アラン……?」
 白銀龍成と双璧を成す特別捜査官エージェントのアラン=ブライトだった。アランは無言で瑞紀に頷くと、麗華の遺体に向かってそっと十字架を切った。

 アランが掛けた漆黒の上着とコントラストを描くように、亜麻色の髪が白いシーツに広がっていた。瑞紀は麗華に近づくと、膝立ちになって彼女の顔を見つめた。最期に最愛の人に愛を告げたためか、麗華は満足そうな笑みを浮かべて眠っていた。

(麗華……。あなた、バカよ……。私を庇って死ぬなんて……。あなたの最期の言葉を、神崎さんに伝えろなんて……。そんな大事なこと、何で自分で言わないのよ……)
 瑞紀は顔にかかった亜麻色の髪を優しくかき上げると、そっと麗華の頬に口づけをした。
 廊下を隔てた事務所からは、<一条組>の男たちを制圧した<星月夜シュテルネンナハト>の特別捜査官エージェントの声が聞こえてきた。


 <一条組>による水島麗華拉致事件が一応の解決を見てから、一週間が経過した。
 神崎純一郎は、麗華の葬儀に行かなかった。そして、自分の身代わりとなって麗華が死んだと告げた瑞紀に対しても、一言も文句を言わなかった。麗華の最期の言葉を瑞紀が伝えたときも、「そうか……」と短く告げただけだった。

 純一郎は麗華を殺したのは、自分だと考えていた。麗華は自分と知り合ったために、自分を愛したために、そして、自分が麗華を愛したために彼女は死んだ。だから、麗華を弔うのならば、葬儀ではなく自分一人で弔いたかった。麗華と二人だけで話をしたかった。

 麗華は、実家のある横浜の外人墓地に埋葬された。
 以前は、外人墓地に埋葬される者は生前に外国籍を持ち、死亡したときに戸籍が神奈川県内にあることが条件だった。だが、三年前の世界同時電子テロを境に、埋葬条件が大幅に緩和された。現在では、血縁者に外国人がいれば国籍は問われなくなり、戸籍の場所も不問となった。
 亡くなった母親がスイス人である麗華は、母と同じ場所に眠ることができたのだ。

 八月の太陽が照りつける午後に、白いスーツに身を包んだ純一郎が麗華の墓の前に立った。その両手には鮮やかな赤い花束を抱えていた。純一郎は麗華の墓にその花を献じると、膝立ちになりながら呟いた。

「お前の好きな花も、俺は知らなかった……。だから、これは俺が勝手に選んだ花だ。気に入らなければ、捨てて構わねえぞ……」
 純一郎が献じた花の名は、アルペンローゼだった。アルプスの薔薇とも言われるピンクがかった赤い花だ。

「お前と初めて会った店……『再会リユニオン』を覚えているか? この花の花言葉は、『再会』だそうだ。ヤクザの若頭が、花言葉なんて似合わねえよな?」
 純一郎が滅多に見せない優しい笑みを浮かべた。

「お前の最期の言葉を、瑞紀から聞いた……。『愛してる』だと……? バカか、麗華? そんなもん、言われなくても分かってる……」
 純一郎は自分の声が震えているのに気づいた。だが、それを無視して、麗華に話し続けた。
「お前にはまだ言ってなかったな……。麗華、お前を愛してる……。だから、この花にした。いつか、どこかで必ず再会するぞ……」
 墓に書かれた「Reika Mizushima」の文字が滲んだ。

 純一郎は麗華の墓石の横の土を手で掘った。そして、その小さな穴の中に、天鵞絨ビロードの小箱をそっと置いた。
「大したもんじゃねえが、あの世とやらで付けておけ。サイズは瑞紀に訊いたから、たぶん間違いねえはずだ……」
 そう告げると、純一郎は再び土をかけて天鵞絨ビロードの小箱ごとダイヤモンドのエンゲージリングを埋めた。

「たまには顔を見せに来てやる。達者でいろ……っていうのも変か。じゃあな、麗華……」
 純一郎は立ち上がると、しばらくの間、墓石に彫られた麗華の名前を見つめた。そして、濃いレイバンのサングラスを掛けると、踵を返して歩き出した。

 灼熱の夏に不似合いな、優しく温かい風が純一郎を包み込んだ。その風は、純一郎が外人墓地を出るまで彼の周りに纏わり付いていた。
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