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第2章 櫻華の嵐

7 もう一人の女豹

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 姫川ひめかわ玲奈れなはそのメールを受け取ったとき、美しく整った眉を顰めた。差出人は、十年以上も前に何度か寝た男だった。その男は、玲奈よりも二歳年下だった。当時の玲奈は東京大学法学部の三年で、相手の男は同じ空手部の一年だった。
「あいつ……、今頃になって何の用なの……?」
 玲奈の脳裏に、十二年前の男との想い出がフラッシュ・バックした。


 父親が警視庁に勤めていることもあり、玲奈は幼い頃から空手を習っていた。その長年の努力が実を結び、高校三年のインターハイ東京予選では見事優勝を果たした。残念ながら本戦では二回戦で敗退したものの、インターハイに出場したことは玲奈の大きな自信に繋がった。

 厳格な父親に育てられ幼い頃から勉学と空手だけに打ち込んできた玲奈は、先輩を先輩とも思っていないその男の態度が目に余った。ある時、その男と道場で二人きりになった玲奈は、思い切って注意をした。
「神崎君、あなた一年なんだから少し口の利き方に注意しなさい。こう見えても、あたしはあなたより二つも年上なのよ」
 だが、その男……神崎純一郎は、ニヤリと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべると玲奈に向かって言い放った。

「俺よりも弱い女に、偉そうに指図される覚えはねえな。俺に勝てたら言うことを聞いてあげますよ、姫川先輩・・
 滅多に人前で怒ったことがない玲奈だったが、さすがにカチンと頭に来て叫んだ。
「あんたねえッ……! 分かったわッ! 8ポイント先取の「組み手」でいい? あたしが勝ったら、絶対にその態度を改めてもらうわよッ!」
「ああ……。だが、俺が勝ったらどうするんだ?」
「あんたの言うことを、何でも一つ聞くわッ!」
 売り言葉に買い言葉で、玲奈はつい口走ってしまった。すぐに後悔したが、すでに後の祭りだった。

「武道家に二言はねえよな? では、俺が勝ったらあんたをもらうぞ」
「え……?」
 一瞬、神崎が何を告げたのか玲奈は理解できなかった。そして、その意味に気づくと、カアッと顔を赤らめながら叫んだ。
「バカなこと言わないでッ! そんなこと、あたしが承知するとでも……」
「女の分際で、男を従わせようってんだ。てめえの体くらい張るのが当然だろう? それとも、勝つ自信がねえのか? だったら、今のうちに詫びを入れることだな」

(何てヤツなの……? 年下のくせに、あたしを舐めきってるッ! こうなったら、本気で痛い目を見せてやるわッ! 手加減なんてしてやらないからッ!)
「分かった。それでいいわ。グローブをつけなさいッ!」
 そう告げると、玲奈は愛用している赤のグローブを着用し始めた。「組み手」の試合では、お互いが赤帯に赤グローブ、青帯に青グローブを身につけるのがルールだった。

 空手の試合には、「組み手」と「形」がある。
 「組み手」は実戦形式の寸止め試合で、スコアは技の難易度によって変わる。中段突きや上段突きは1ポイントで有効、中段蹴りは2ポイントで技ありとなる。そして、相手を倒して的確な箇所に突きを放ったり、上段蹴りが決まると3ポイントで一本だ。試合終了時にポイントが多い方、または先に8ポイント差をつけた方が勝利となる。
 ただし、八メートル四方の競技エリア内から出たり、相手から逃げ回るような不活動行為をしたり、相手の体を掴んだりするとペナルティが課せられた。ペナルティは二つのカテゴリーに分けられ、どちらかのカテゴリーで四回注意を受けると即失格となるのだ。

 一方、「形」とは美しさと力強さの融合とも言われ、攻撃と防御を取り混ぜた演舞の競い合いだ。百二種類の中から「形」を選択し、スピード、立ち方、正確な呼吸法、タイミング、流れるような動きなどを組み合わせた演舞を行う。
 一人が「形」の演舞を終えると、次の者が続いて演舞を披露する。そして、技術点テクニカル・ポイントが七割、競技点アスレチック・ポイントが三割の合計点を競い合うのだ。

 玲奈がインターハイ東京予選で優勝したのは、この「形」だった。「形」であれば、神崎に絶対に負けない自信があった。だが、怒りに我を忘れた玲奈は、勝負に自分から「組み手」を選択してしまった。
 空手においても体重差による有利不利は存在した。オリンピックでは男子は67㎏級、75㎏級、75㎏超級に分かれ、女子は55㎏級、61㎏級、61㎏超級に種別される。神崎の身長は百八十センチ近くもあり、体重は優に70㎏を超えていると思われた。50㎏の玲奈にとっては、戦う前から自分の不利は明白だった。その上、男と女の筋力の違いも大きい。

(力で不利なら、スピードで圧倒してやるわッ!)
「試合開始の合図は……?」
 開始線に向かい合って立ち、お互いに一礼すると玲奈が訊ねた。
「いつでもいいぞ。玲奈が決めろ」
「先輩を呼び捨てにしないでッ! いくわよ、始めッ!」
 そう叫ぶと同時に、玲奈は全力で駆け出した。そして神崎の直前で体を捻ると、右の回し蹴りで顔面を狙った。本来であれば寸止めなしの攻撃はペナルティなのだが、玲奈はこの試合に限りそのルールを無視した。

(もらったッ!)
 助走に加えて遠心力を乗せた右上段回し蹴りは、理想的な弧を描いて神崎の右頬にその破壊力を叩きつけた。
(そんなッ……?)
 だが、神崎はその衝撃を右腕一本で受け止めると、軸足にした玲奈の左足を凄まじい速度で払った。

「くッ……!」
 自分の体が宙に浮いたと感じた次の瞬間には、玲奈は背中から畳に叩きつけられた。予想もしていない衝撃に呼吸が止まり、玲奈は強く両目を閉じた。そして、左胸をわしづかみにされた感触に、驚いて目を見開いた。
「思っていたよりもでかいな。柔らかいし、揉み応えもいい……」
 神崎は倒れた玲奈の左胸に突きを放ち、寸止めしたその手で左乳房を掴んだのだ。
「離しなさいッ!」
 玲奈は恥辱に顔を赤らめると、神崎を睨みながら叫んだ。

「先取りと3ポイントだな」
 先取りとは、先にポイントを得ることを言い、試合終了時に同ポイントの場合は先取りを持っている方の勝利となった。
「格上相手に、いきなり大技なんて当たるはずないだろう? もう少し冷静になった方がいいぞ、玲奈……」
 ニヤリと笑いながらそう告げると、神崎は玲奈の右手を掴んで立ち上がらせた。

(口惜しいけど、彼の言うとおりだわ。思っていた以上に、こいつは強い……。でも、絶対に負けるわけにはいかないッ!)
 今の対戦で、神崎の実力が自分よりも遥かに上であることを玲奈は悟った。このままま「組み手」を続けても、神崎に勝つことはできそうになかった。
(それならば、こっちの土俵で戦えばいいわッ!)
 再び開始線に立つと、一礼してから玲奈が叫んだ。

観空大かんくうだいッ……!」
 その叫びとともに、玲奈が人差し指から小指までを真っ直ぐに揃えると、左右の親指と四本指で△を作った。そして、両手を掲げてその△から空を観た・・・・。これが「観空大」と呼ばれる「形」の開始型だ。この「観空大」で、玲奈はインターハイ東京予選を勝ち抜いたのだ。

 「観空大」は、二十五の「形」が組み合わさった攻守一体の技の集大成だ。玲奈は得意の「観空大」を、神崎との「組み手」に取り入れたのだ。本来、演武である「形」と、実戦である「組み手」は同じ空手でもまったく異なる。玲奈の流れるように美しい演舞から繰り出される貫手や突き、足蹴りに神崎は翻弄された。

(いけるッ……!)
「たあぁあッ……!」
 鋭い貫手を放った直後、玲奈は宙に躍り出て右上段蹴りを放った。だが、神崎は玲奈の動きを完全に読んでいた。咄嗟に体を右に開くと、左上腕部を当てて玲奈の蹴りを受け流し、そのまま宙に浮く玲奈の背中目掛けて右回し蹴りを放った。

「ぐはッ……!」
 空中では一切の防御もできずに、玲奈は神崎の蹴りをまともに受けて畳に叩きつけられた。凄まじい激痛に呼吸が止まり、ゴホゴホと咳き込んだ。
「悪かった……。想像以上に鋭い蹴りだったから、手加減する余裕がなかった。大丈夫か……?」
 神崎が左手で胴着の上から玲奈の背中をさすってきた。

「今のは……ゴホッ……3ポイントね……ゲホッ、ゴホッ……」
 痛みのあまり涙が溢れ、神崎の顔が滲んで見えた。玲奈は神崎に縋りながら立ち上がると、再び開始線に向かって歩き出した。ポイントは6:0だった。あと2ポイントで玲奈の敗北だ。だが、今のダメージが大きすぎて、全身に力が入らなかった。
(口惜しい……。勝てない……)

「もう、やめておけ……。あんたの見事な「観空大」に免じて、引き分けにしてやるよ」
「引き分け……?」
 玲奈は思わず神崎の顔を見つめた。もはや勝ちの見えない玲奈にとって、神崎の提案はこの上なく魅力的だった。「俺が勝ったらあんたをもらう」という約束も無効になるからだ。
 だが、武道家としての玲奈の自尊心プライドが、その選択を許さなかった。

「バカ言わないでッ! まだ負けたわけじゃないわッ!」
「気が強い女だな。そう言う女は嫌いじゃないぜ。分かった、すぐに終わらせてやる」
 そう告げると、神崎は開始線に立った。
 そして、お互いに一礼をした瞬間、神崎が凄まじい速度で肉迫してきた。
(速いッ……!)
 両手を目の前で交差すると、玲奈は右脚を大きく後ろに引いて腰を落とした。神崎の攻撃による衝撃から身を守るためだった。

「くッ……!」
(やられるッ……!)
 神崎の右回し蹴りが、凄まじいスピードで玲奈の右顔面に迫った。避ける暇さえもなかった。玲奈は腕が折られるのを覚悟で、眼をつぶりながら右腕で神崎の蹴りを受け止めた。
 だが、右腕には何も衝撃がなかった。神崎が寸止めしたことに気づいた瞬間、トンッと右脇腹を蹴られた。寸止めした左足が軽く当たっただけだった。

「左中段蹴り、2ポイントだ。合計で8ポイント……。俺の勝ちだ」
 神崎が楽しそうな笑みを浮かべながら告げた。その子供のような笑顔を見た瞬間、玲奈の中から神崎に対する怒りが氷解した。
「完敗ね……。ムカつくけど、あんたの態度は大目に見てあげるわ」
 玲奈が右手を差し出しながら、神崎に笑顔で告げた。だが、神崎は玲奈の右手を握り締めると、力任せに引き寄せた。

「きゃッ……!」
 神崎は玲奈の体を抱きすくめると、耳元で囁くように告げた。
「本当に生意気な女だな、玲奈……。だが、約束は守ってもらうぞ。今からお前は、俺の女だ……」
「何を言って……んッ、あッ……!」
 玲奈の唇を塞ぐと、神崎が舌を挿し込んできた。ネットリと舌を絡め取られ、濃厚に口づけをされた。

「やめ……んッ……んはッ……!」
(何これ……こんなキス……知らない……)
 玲奈の全身から力が抜けていき、膝がガクガクと笑い始めた。
(気持ちいい……こんなの、初めて……だめッ……おかしくなる……)
 全身がビクッビクッと痙攣を始めた。腰骨がカアッと熱くなり、紛れもない快感が背筋を舐め上げた。閉じた瞼の裏側に、チカチカと閃光が瞬いた。快美の潮流が奔流となって全身に広がっていった。

(恐い……何か来るッ! だめッ……あたしッ……だめぇえッ!)
 次の瞬間、ビクンッビックンッと激しく痙攣すると、玲奈はぐったりと神崎に体を預けた。
「キスだけで、イッたのか……?」
 ネットリとした涎の糸を繋げて唇を離すと、神崎が驚いたように告げた。

「ハァ……ハァ……ハアァ……」
(イッた……? 今のが……? でも、凄く……気持ちよかった……)
 ボウッと官能に蕩けた瞳で玲奈は神崎を見つめた。その耳元で、神崎が熱い息を吹きかけながら囁いた。
「ついて来い、玲奈……。俺がお前を、女にしてやる」
 神崎の言葉に小さく頷くと、玲奈は再び顔を上げて眼を閉じた。神崎の唇が玲奈の濡れた唇に重なった。濃厚な口づけを交わし合う唾液のヌメリ音と、玲奈の熱い喘ぎ声が薄暮の道場に響き渡った。


 東京大学と言えば赤門が有名だが、その他に正門を始め多くの門がある。その中の鉄門は、都営メトロ千代田線の湯島駅に最も近い門だった。
 玲奈は神崎とともに鉄門を抜け、湯島駅近くにあるラブホテルに連れ込まれた。「ホワイト・パレス」という名のホテルは、その名の通り白亜の宮殿のような外見をしていた。最上階の五階の部屋にチェック・インすると、玲奈は物珍しそうに部屋の中を見渡した。

「ラブホテルってもっと陰湿なイメージがあったけど、ずいぶんとお洒落で近代的なのね」
 緊張を誤魔化すように明るい口調で告げた玲奈を、神崎は面白そうに見つめた。
「玲奈は初めてか、こういうところは……?」
「当然でしょ。あんたは、大分慣れているみたいだけどね……」
 自分より二歳年下ということは、神崎はまだ十九歳のはずだった。それなのに先ほどのキスといい、ラブホテルで堂々と寛いでいる様子といい、神崎は何人もの女を知っているようだった。

「そんなに緊張してると喉が渇くだろう? ミネラルウォーターでいいか?」
 備え付けの冷蔵庫から、神崎がペットボトルを一本取りだしてキャップを開けた。そして、ベッドに腰掛けている玲奈の隣に腰を下ろすと、自ら口に含んだ。
(あたしにくれるんじゃなかったの?)
 そう思った次の瞬間に、玲奈は唇を塞がれた。そして、神崎の舌とともに冷たいミネラルウォーターが流し込まれた。

「んくッ……ん、んくッ……けほッ……ごほッ……!」
 驚きのあまり、玲奈は上手く飲み込めずにむせ返った。こんな飲まれ方をされたのは、生まれて初めてだった。
「な、何するのよ……こほッ……ビックリするでしょ!」
 涙目になりながら文句を言う玲奈に、神崎が笑いながら告げた。
「お前、男と付き合ったことないだろう?」

「バカにしないでッ! あたしだって、男の一人や二人、付き合ったことあるわよッ!」
 恥ずかしさのあまり、玲奈は顔を真っ赤に染めながら叫んだ。だが、実際は高校二年の時に一ヶ月交際しただけだった。その男とは同学年で一度だけキスをしたが、お互いに受験勉強が忙しくなって自然消滅してしまった。それを付き合ったと言えるのかどうか、玲奈には自信がなかった。

「だが、少なくても今はフリーのようだな? そうでなければ、こんな下着を身につけないだろう?」
 そう告げると、神崎は両手で玲奈のTシャツの裾を掴み、一気にずり上げて脱がせた。
「きゃッ……! 何するのよ、変態ッ!」
 玲奈が慌てて両手で胸を隠した。その白く豊かな胸には、白いスポーツブラが着けられていた。

「男とホテルに来るのに、スポーツブラを着けてるヤツなんて初めて見たぞ」
 神崎が楽しそうに笑いながら告げた。その言葉にカアッと顔を赤く染めながら、玲奈が文句を言った。
「空手の練習がある日だったんだから、仕方ないでしょッ!」
「まあ、玲奈は美人だしスタイルもいいから、どんな下着を着ていても関係ないけどな」
「え……?」
 神崎の言葉に驚いて、玲奈が彼の顔を見つめた。男性からそんなことを言われたのは初めてだった。

「下はどんなのを履いているんだ?」
「ちょっと……やだッ……あッ、いやッ……!」
 デニムのジーンズのボタンを外すと、神崎が一気に足首までずり下げた。玲奈が真っ赤に顔を染めながら、慌てて両手でピンクのパンティを隠した。
(こいつ、間違いなく処女だな……)
 白いスポーツブラとフリル付きのピンクのパンティというアンバランスさに、神崎は楽しそうな笑みを浮かべた。上下不揃いの下着を着けた女を見たのは初めてだったのだ。

「あたしばっかり、恥ずかしいじゃないッ! あんたも脱ぎなさいよッ!」
 白い肌を真っ赤に染めながら叫ぶ玲奈に、神崎はふと笑いを収めながら告げた。
「脱いでもいいが、驚くなよ……」
「何が……?」
 真紅のサテンのシャツと黒いタンクトップを脱ぎ捨てると、神崎は引き締まった体を玲央の目の前に晒した。ガッシリとした僧帽筋と厚い胸筋の下には、見事に八つに割れた腹筋があった。

 神崎が後ろを向いて背中を見せた。その瞬間、玲央の黒瞳が驚愕に大きく見開かれた。
「あんた……それって……?」
 神崎の背中には、美しい女性が微笑んでいた。紫色の長い髪を高く結い上げ、額の中心にある白毫びゃくごうが神秘的な印象を放っていた。女性の後ろには二重の円が描かれており、高貴な後光を表現していた。

「まだ彫っている途中だが……、聖観音しょうかんのんだ。観音様は三十三の姿に変わるそうだが、その本来の姿がこの聖観音だ。驚いたか……?」
「あんた、いったい……」
 玲奈の視線は美しい聖観音に釘付けになった。不思議と恐いという気持ちはなかった。どちらかと言えば、その聖観音からは暖かい安らぎと慈母のような優しささえ感じた。

「俺自身はまだ盃をもらってねえが、俺の育ての親は指定暴力団<櫻華会>会頭の鳴門讓司だ。三歳の時に事故で両親を亡くした俺を、会頭おやじは実の息子のように育ててくれた。その恩に報いるためにも、俺は近いうちに<櫻華会>の盃をもらう」
 初めて聞く神崎の生い立ちに、玲奈は驚きと戸惑いを隠せなかった。
「両親が事故で……、育ての親がヤクザって……」

「そんなことは、今は関係ない……。今から俺がお前を女にしてやる。何があっても俺だけを見て、俺だけを感じていろ。そうすれば、何も心配することなんてない……」
「年下のくせに生意気……んッ……んあッ……」
 玲奈の抗議の言葉を遮るように、神崎が唇を塞いできた。熱く舌を絡められると、ゾクゾクとした喜悦が背筋を這い上がり、四肢の先端まで甘く痺れた。玲奈はたどたどしいながらも、自ら積極的に舌を絡めた。

 神崎がゆっくりと玲奈の体をベッドに押し倒した。そして、スポーツブラをずり上げると、プルンと揺れ出た白い乳房を優しく揉み上げてきた。そして、唾液の糸を垂らして唇を離すと、玲奈の首筋に舌を這わせながら右の耳たぶを甘噛みした。熱い息とともに耳穴に舌を挿し込まれると、玲奈はビクンと顎を突き出して仰け反った。

「ひッ……いやッ……あッ、だめッ……アッ、アッ、アァアッ……!」
 脳髄を直接舐られるような喜悦に、玲奈は自分でも聞いたことがないような喘ぎ声を上げた。
(こんな……恥ずかしい声……あたしが……)
 玲奈は慌てて唇を噛みしめると、右手で口元を塞いだ。そうしないと、声が漏れ出るのを防げそうになかった。

「感じてるなら、声を出していいぞ。その方が楽しめる……」
「感じてなんて……あッ、いやッ……だめッ……!」
 神崎が右の乳房を揉みしだきながら、ツンと突き勃った薄紅色の蕾を指先で摘まみ上げた。そして、コリコリと扱き上げながら、円を描くように転がした。同時に右手で左乳房を絞り上げると、硬く屹立した媚芯を唇で啄んだ。軽く歯を当てて甘噛みしながら、舌先でコロコロと嬲りだした。

「あッ……だめッ……それッ、いやッ……あッ、あひッ……あッ、あッ、だめぇッ……!」
 玲奈は乳首が女の性感帯であることを、生まれて初めて実感させられた。白い胸を揉みしだかれると甘い愉悦が全身に広がり、そそり勃った乳首からは峻烈な快感が脳天に雷撃を落とした。
(胸がこんなに……気持ちいいなんて……! あたし……また、おかしくなるッ……!)
 全身がビクッビクンッと痙攣を始めたのが、自分でも分かった。玲奈は快感から逃れようとするかのように、イヤイヤと首を振った。セミロングの黒髪が白いシーツの上を舞い乱れ、昂ぶった女の色香を撒き散らした。

「もう、イキそうなのか? 処女のわりには感じやすい体だな? だが、初めてならもっと楽しませてやる……」
「何……いやッ……! やだ、こんな……恥ずかしいッ!」
 神崎はスポーツブラをずり上げて顔を抜くと、両手を万歳させた格好のまま手首をブラジャーで縛り上げた。そして、豊かな乳房と尖りきった乳首を同時に手で弄びながら、玲奈の脇下にネットリと舌を這わした。

「ひッ……! いや、そんなとこッ……! あひッ……だめッ……いやぁあッ……!」
 腋の下も性感帯であることを、玲奈は教え込まれた。くすぐったさと同時にゾクゾクとした喜悦が背筋を舐め上げ、乳首が痛いほど硬くそそり勃った。恥ずかしい声が止まらなくなり、熱い喘ぎと一緒に涎が糸を引いて垂れ落ちた。全身が細かく痙攣し続け、瞼の裏にチカチカと閃光が走った。

「まだイクなよ、玲奈……。もっといいことを教えてやる……」
 神崎の右手が左乳房から外れた。そして、引き締まった脇腹を撫ぜながら腰まで降りると、ピンクの小さな布の中に入り込んで柔らかい叢をかきわけた。
「アッ、イヤッ……! そこ、だめッ……!」
 女の最も秘めたい部分を指で擦られ、玲奈は拘束された両手を頭上から下ろして神崎の右手を掴んだ。

「そんなに恥ずかしいか……?」
 神崎が羞恥のあまり真っ赤に染まった玲奈の顔を見下ろして訊ねた。
「お願い……やめて……」
 神崎の言葉にコクコクと頷きながら、玲奈が小声で囁いた。その可憐な様子を見つめると、神崎がパンティから手を引き抜いて優しい口調で告げた。
「分かった……。一度・・、やめてやるよ」
 玲奈がホッと胸を撫で下ろした瞬間、神崎がピンクの布地を一気にずり下げて玲奈の両脚から抜き去った。

「きゃあッ……! いやぁああ……!」
 羞恥に満ちた玲奈の悲鳴を聞き流すと、神崎が再び濡れた花唇を嬲りだした。今度の責めは玲奈の予想を遥かに超えていた。指先で拭い取った蜜液を、花唇の上にある肉の突起に塗りつけてきたのだ。
「ひぃいいいッ……! だめぇえッ……!」
 白い顎をグンッと突き出して、玲奈が大きく仰け反った。生まれて初めての凄まじい快感が、玲奈の全身を突き抜けた。

「いやぁあッ……! そこ、やだぁあッ! だめぇッ……許してぇッ……!」
 女の最も敏感な突起に加えられる暴虐に、玲奈は激しく首を振りながら悶え啼いた。
 だが、それさえも玲奈にとっては女にされるための前奏曲プレリュードでしかなかった。神崎が慣れた手つきで、突起の薄皮をクルンと剥き上げた。
「ひぃいいッ……!」
 峻烈な快感が背筋を突き抜け、玲奈がビクンッと大きく仰け反った。だが、次の瞬間、生まれて初めて経験する官能の奔流が、玲奈の全身を快美の火柱となって灼き尽くした。

「だめぇええッ……!」
 剥き出しにされた真珠粒クリトリスをコリコリと転がしながら、神崎が愛蜜を塗りつけてきたのだ。女の最大の弱点を集中的に攻められ、玲奈はビックンッビックンッと総身を激しく痙攣させると生まれて初めての絶頂オーガズムを極めた。
 腰骨が灼き溶け、背筋が燃え上がり、脳天に凄まじい雷撃が直撃した。目の前の閃光が真っ白な爆発に変わり、意識さえもドロドロに灼き溶けた。
 大きく見開いた黒瞳から随喜の涙がツッツゥーと流れ落ち、ガチガチと歯を鳴らしている唇からは涎がトロリと溢れ出て細い糸を引きながら垂れ落ちた。

「ハッ……ハヒッ……ハァ……ハッ、ハアァ……」
(何……今の……体が……溶ける……)
 凄絶な硬直から解き放たれると、玲奈がグッタリと弛緩して寝台に沈み込んだ。赤く上気した裸身はビクンビクンッと痙攣を続け、涎の糸を引いている唇からは火の吐息がせわしなく漏れ出た。想像を絶する快感に支配され、四肢の先端まで甘く痺れて指一本動かせなかった。

「どうだった、初めての絶頂オーガズムは……? 気持ちよかったか……?」
 その問いかけに答えることさえできずに、玲奈は官能に蕩けきった瞳で神崎を見つめた。
(今のが……絶頂オーガズム……? 凄い……こんなの……おかしくなる……)
「気持ちよすぎて、声も出ないか……? では、もう一回、味わわせてやるよ」
 神崎の言葉に、玲奈はフルフルと首を振った。
(こんなの……続けられたら……狂っちゃう……)

 だが、玲奈の拒絶など無視すると、神崎はビクビクッと痙攣している彼女の両脚を大きく開いた。そして、ビッショリと濡れそぼった花唇に右の中指を挿し入れ、鉤状に折り曲げながら天井の粒だった箇所を刺激し始めた。同時に真っ赤に充血した真珠粒クリトリスに顔を近づけると、ネットリと舌で舐り始めた。その上、左手で玲奈の右乳房を揉みしだき、指先でツンと突き勃った媚芯をコリコリと扱き始めた。

「ひぃいいッ……! だめぇえッ……! いやぁあああッ……!」
 絶頂したばかりの女体が、乳房、乳首、真珠粒クリトリス、Gスポットと女の四大弱点を同時に責められたら堪ったものではなかった。どこからどの快感が走り抜けているのかさも分からずに、玲奈は全身を痙攣させながら激しく首を振って啼き叫んだ。次の瞬間、官能の奔流が火焔の火柱となって、玲奈の全身を灼き尽くした。

「だめぇッ! アッアァアアッ……!」
 ビックンッビックンッと総身を激しく痙攣させると、玲奈は二度目の絶頂を極めた。その瞬間、プシャアッという音とともに、虚空に弧を描きながら花唇から蜜液が迸った。
 想像を遥かに超える快感が意識さえ灼き溶かし、全身の細胞がドロドロに溶け崩れた。ガクガクと震えながら歓喜の愉悦を噛みしめると、玲奈はグッタリと弛緩してガクリと首を折った。壮絶すぎる極致感オルガスムスに失神したのだ。

「少し刺激が強すぎたか……? まあ、いい……。意識を取り戻したら、ちゃんと女にしてやるから楽しみにしていろ、玲奈……」
 そう告げると、神崎は優しい眼差しで玲奈を見つめた。そして、愛おしそうに玲奈の黒髪を右手で撫ぜ始めた。
 窓の外から差し込んだ月明かりが、二人の行く末を見守るかのように二つの影を一つに交差させた。


(あれから、あたしはあいつに女にされた……。そして、この体に女の悦びを徹底的に刻み込まれた……)
 リスト・タブレットのバーチャル・スクリーン画面に表示されたメールの差出人名を見据えると、玲奈は懐かしさと腹立たしさと愛おしさが混ざり合った感情が沸き立つのを覚えた。
(あたしを夢中にさせておきながら、一方的にあたしを捨てた男……。その男が、今頃になって何の用なの……?)

 男の名前は、神崎純一郎。指定暴力団<櫻華会>若頭だった。
 そして、今の玲奈は警視庁西新宿署組織犯罪対策課長で、<西新宿の女豹>との異名を持つキャリア警視だ。神崎のような暴力団員を逮捕し、拘束することが仕事だった。
 その神崎が、玲奈のプライベート・アドレスにメールをしてきた。十二年前に教えたアドレスだった。

『神崎だ。突然、すまない。大切な女が、<一条組>組長の一条天翔たかとに拉致された。<星月夜シュテルネンナハト>の情報力を持ってしても、居場所が分からない。どうか、玲奈の力を貸して欲しい。どんなことでもする。助けて欲しい』

 あの自信家の神崎には似つかわしくない文面だった。
 <一条組>は神崎のいる<櫻華会>の下部組織だ。まして、一条天翔たかとは神崎と同じ<櫻華会>の若頭だ。今回の拉致が、<櫻華会>の跡目争いであることなど一目瞭然だった。

(あの純一郎が<星月夜シュテルネンナハト>に依頼をした。それでも解決できずに、あたしにも助けを求めている。十二年前に捨てた女に……)
 玲奈は神崎のメールを無視しようと思った。捨てられた男に力を貸す謂れなどないし、それ以前に警察とヤクザという関係なのだ。玲奈は神崎のメールを消去しようとして、指を止めた。そして、しばらくの間考え込むと、口元に笑みを浮かべた。

(どんなことでもする……ね。そこまで言うのなら、力を貸してあげてもいいわよ、純一郎……。その代わり、十二年前の借りはきっちりと返してもらうわ……)
 麗華はリスト・タブレットを操作すると、神崎純一郎の電話番号を表示させて通話アイコンをプッシュした。
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