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第1章 女豹蹂躙

4 それぞれの洞察

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「誰だ、お前……?」
 聞き覚えのない男の声がスマートフォンのスピーカーから伝わって来たとき、早川義一は怪訝な表情を浮かべながら誰何すいかした。この電話番号は<櫻華会>の構成員以外に知っている者はほとんどいないはずだった。

「水島俊誠と言います。昨日、瑞紀さんとそちらにお邪魔した……」
 その言葉で、義一はゆずりは瑞紀の横にいた男の顔を思い出した。
(そう言えば、姉御のそばに冴ねえヤツがいたっけか……?)
 『櫻華おうかの若獅子』と異名をとる若頭の神崎純一郎を目の前にして、瑞紀はまったく臆することなく対等に渡り合った。義一たちの脅しにも顔色一つ変えない度胸と、コーラの空き缶を正確に撃ち抜いた銃の腕前に、「姉御」という言葉が自然に義一の口から出た。その瑞紀は、とても彼女自身と釣り合いの取れない若い男を連れていたのだった。

「その水島さんが何の用っすか? 姉御からの伝言ですか?」
 この携帯番号は瑞紀に教えたはずだ。仲間とはいえ、瑞紀が簡単に他人に個人情報ばんごうを教えるとは思えなかった。
「緊急で神崎さんと連絡を取りたいんです。そこにいたら、変わってもらえませんか?」
若頭かしらと……?」
 義一は一番奥の席に座っている神崎の顔を見つめた。その視線に気づいた神崎が、義一に声をかけた。

「どうした、義一……? 誰からだ……?」
「はいッ! 昨日、姉御と一緒にいた男からですッ!」
 義一の言葉に、神崎の表情が厳しく引き締まった。瑞紀からではなくあの青年から連絡が来たということは、瑞紀の身に何かあった可能性に気づいたのだ。
「貸せッ!」
 神崎の言葉に、義一が駆け寄ってスマホを渡した。

「代わった。神崎だ。瑞紀はどうした……?」
「急用だと言って出かけました。それも、いつものバッグを机に置いたまま……」
「何だと……?」
 瑞紀のバーキンには、ベレッタM93Rが入っていることを神崎は知っていた。つまり、故意にベレッタを置いていったと言うことだ。

「どこに行った?」
「分かりません。二、三日戻らないかも知れないと……。訳の分からない言葉を俺に囁いて……」
 俊誠の動揺が神崎にも伝わった。相手を刺激しないように、神崎は冷静な口調で訊ねた。
「瑞紀は何て言った? 大事なことだから、一言一句間違えるな……」
「はい……。『ミサキライ、ヒトサンマルマル、ケーピーエイチ』と……」
 神崎は頭の中でその言葉を繰り返した。

(ヒトサンマルマルは、軍隊で使う作戦時間の暗号だ。つまり、13:00ってことだな)
 神崎は左腕にはめた金無垢のロレックスを見た。十三時二十五分を指していた。すでに二十五分も経過していた。
(ケーピーエイチ……K.P.Hは場所だ。新宿でその頭文字の場所は……京王プラザホテルか?)
(ミサキライは何だ? ミサ嫌い? 教会のことか……?)

「おい、お前の仲間にミサという女はいるか?」
「いません……。美咲ならいますけど……」
 俊誠の言葉を聞いて、神崎の脳裏でピースが繋がった。
(美咲ライ……? 美咲ラチ……美咲拉致だッ! 美咲って女が拉致され、瑞紀が呼び出されたッ! それが十三時、京王プラザホテルかッ!?)
 それを俊誠に告げようとして、神崎はハッと思いとどまった。

「お前、どこから電話している……?」
「どこって……<ゆずりは探偵事務所>からですけど……?」
「自分のスマホからか……?」
「いえ、事務所の固定電話からです……」
 俊誠の答えを耳にした瞬間、神崎はカッと頭に血が上った。瑞紀がこんなまどろっこしい伝言を残したと言うことは、盗聴を警戒したからに違いなかった。つまり、この会話は敵に筒抜けということだった。

「お前はすぐに家に帰れッ! これは、命令だッ! 逆らったら、死ぬまで追い込みかけるぞッ!」
 神崎は凄まじい声で俊誠を怒鳴りつけた。<櫻華の若獅子>の名に相応しい迫力に満ちた怒声だった。
「ひッ……! わ、分かりました……し、失礼しますッ!」
 そう告げると、俊誠は一方的に電話を切った。
(これでいいッ! このガキは何も分かっちゃいないッ! 足手まといだッ!)

 神崎はスーツの内ポケットからマルボロのパッケージを取り出すと、一本抜いて口に咥えた。近くにいた義一が安物の使い捨てライターに火をつけて差し出してきた。それに気づきもせずに愛用しているデュポンのガスライターで火をつけると、大きく煙を吸い込んだ。
(瑞紀が俺を選んだ理由は何だ? こんな場合、あいつ・・・を頼るのが一番のはずだ。そうか……! あいつにも監視の手が伸びてるってことかッ!)
 神崎は革張りのソファに背をもたせると、マルボロを持った右手を横に差し出した。義一がすかさず灰皿を差し出してきた。そこに灰を落とすと、神崎は考えを進めた。

(瑞紀が警戒し、事務所の女を誘拐できる相手となると、<蛇咬会じゃこうかい>か……。さすがに正面切って相手をするのは、俺の手に余るな……。腹立たしいが、あいつ・・・の力を借りるしかねえ!)
「義一ッ!」
「はいッ!」
「<星月夜シュテルネンナハト>本部に行って、白銀龍成という男に伝えろッ! メモは取るなッ! 俺の言葉を一言も間違えずに暗記しろッ!」
「は、はいッ……!」
 義一が緊張しながら頷くのを確認すると、神崎は伝言を伝えた。

「美咲という女が拉致された。十三時、京王プラザホテル。瑞紀が向かった。盗聴防止機能付の電話で至急連絡を求む」
「美咲らち……? 京王プラザ……ですか?」
 義一の顔をギロリと睨みつけると、神崎が告げた。
「白銀をすぐにここに連れてこいッ! それだけでいいッ! 急げッ!」
「は、はいッ……!」
 神崎の命令を受けて、義一が急いで事務所から飛び出していった。

(白銀には、詳しいことは俺から伝えればいい……)
 もう一度大きくマルボロを吸い込むと、神崎は灰皿でもみ消した。そして、スマホを操作して別の人間に電話をかけた。
「久しぶりだな、オリさん。俺だ。瑞紀のバッグを持って、すぐに事務所に来てくれ。緊急事態だ。詳しいことは会って話す」
 一方的にそう告げると、神崎は通話を切った。相手は瑞紀の部下、錦織雄作だった。錦織とは彼が警視庁西新宿署の組織犯罪対策課にいた頃から、旧知の仲だった。もっとも、刑事とヤクザというライバル同士であったが……。

(ベレッタM93Rを置いていくなんて、無茶にも程があるぞ……)
 必要な手配を終えると、神崎はもう一本吸おうとマルボロのパッケージに手を出した。だが、パッケージの中はすでに空だった。それを片手でくしゃっと丸めると、神崎はゴミ箱に投げ入れた。
(お前を無事に助け出せたら、禁煙してやるよ……。だから、無事でいろ、瑞紀……)
 窓の外に視線を向けた。南向きの窓には、雲一つない蒼穹が広がっていた。


 スマホに表示されたその名前を見て、錦織雄作は驚きに目を見開いた。三年前に登録したきり、一度もかかってきたことのない相手だった。錦織は大きく深呼吸をしてから、通話のアイコンを押した。
「錦織だ……」
『久しぶりだな、オリさん。俺だ。瑞紀のバッグを持って、すぐに事務所に来てくれ。緊急事態だ。詳しいことは会って話す』
 相手は名乗りもせずに、一方的に用件を告げると通話を切った。三年ぶりにかかってきた電話とは思えなかった。

(神崎……。どういうことだ、いったい……?)
 電話の相手は、神崎純一郎……。指定暴力団<櫻華会>の若頭だった。錦織は、右目の縁に刻まれた刀傷を持つ神崎の容貌を思い出した。

 三年前、神崎とは一度だけ酒を酌み交わしたことがあった。神崎の女の一人が経営するスナックのカウンターでのことだった。客は神崎と錦織以外にはいなかった。錦織の立場を気遣った神崎が、ママに頼んで入口の扉に鍵をかけさせ、他の客が入って来られないようにしたのだ。

「あんたとは一度腹を割って話してみたかった。オリさんって呼んでいいか?」
 思いの外に人懐っこい笑いを見せながら、神崎が告げた。
「ヤクザと馴れ合うつもりはねえ。と言いたいところだが、今日は非番だ。好きに呼んでくれ」
「ありがとうよ、オリさん……。別に俺はあんたと取引するつもりはねえから、安心してくれ」
 ヤクザと刑事の間で、司法取引は発生しない。司法取引の権限があるのは警視庁ではなく、検察庁だからだ。神崎が告げた取引というのは、金銭を渡すことでガサ入れ情報などを得る癒着という意味だった。

「明日、俺は若頭に就任する。知っての通り、この世界では会頭おやじに次ぐナンバー2だ」
 グラスに三分の一ほど残ったレミーマルタン・ナポレオンをグッと飲み干すと、神崎が告げた。
 若頭という職は単なる子分の筆頭ではない。最終的な責任は親分が負うものの、実質的に組織を運営する権限を持つ組織の実行責任者であり、<櫻華会>における次期会頭候補であった。

「今日はその前祝いか? それにしちゃ、相手が刑事デカ一人ってのは寂しいんじゃねえのか?」
極道やくざってのは、世間じゃ最下層の人間くずの集まりだ。政界や財界、企業や個人を問わず、金のある木に寄生して蜜を吸い上げる。俺もそんな稼業にどっぷりと浸かってる。綺麗事なんぞ、言うつもりもねえ……」
 カウンターにいるママが神崎の空いたグラスにレミーマルタンを注いだ。

「だが、そんな俺にも小さな夢がある……。日本全国なんてことは言わねえ。新宿の……<櫻華会>のシマだけでいい。すべての麻薬ヤクをなくしたい」
麻薬ヤクってのは、お前らヤクザの大きな収入シノギじゃねえのか?」
 神崎の言葉に驚いて、錦織が訊ねた。
「確かに、麻薬ヤクってのは儲かる。だが、同時に人を廃人にする……。俺の母親は覚醒剤中毒で死んだ。母親に覚醒剤の味を覚えさせたのは、俺の父親だ……」
「……」
 錦織はカウンターに置かれたグラスを手に取ると、琥珀色の液体を一気に呷った。ママが黙って錦織のグラスにレミーマルタンを満たした。

「オリさん、覚醒剤の末期症状って知ってるかい? 幻聴や幻視が現れて、常に強迫観念に追われるんだ。誰かに殺される、殺される前に殺してやる……そうなった母親は、包丁を持って俺に斬りつけてきた。俺のこの傷はその時のものだ……」
 口元に自嘲を浮かべながら、神崎が右目の横にある五センチほどの刀傷を指した。

「俺がまだ六歳の頃の話だ。実の母親に殺されかけたガキが、まともな人間になれるはずねえわな。だから、俺は俺みたいな大人になるガキがいなくなるように、この街からすべての麻薬ヤクを追い出したいんだ」
「ヤクザが麻薬まやくの撲滅だと……? つまんねえ話を聞いたな。俺は帰るぞ……。ママさん、ご馳走さま。勘定だ……」
 そう告げると、錦織は上着の内ポケットから財布を出し、五万円を抜き取ってカウンターに置いた。

「錦織さん、多すぎます……」
「釣りはいらねえ。どっかのバカの昇進祝いだ」
 そう告げると、錦織はカウンターから立ち上がった。
「オリさん、連絡先を教えておいてくれないか?」
 レミーマルタンを飲み干すと、神崎が口元に笑みを浮かべながら錦織を呼び止めた。

「ヤクザに連絡先を教える刑事デカがどこの世界にいる?」
 錦織は手帳に自分の携帯番号を走り書きし、そのページを破ってカウンターの上に置いた。
「ママさん、店が暇なときには連絡をくれ。顔を出させてもらうよ」
「はい、お待ちしています……」
 嬉しそうに笑顔を浮かべながら、ママが錦織を見送るためにカンターから出て来た。

 店から出ようと錦織はドアノブに手をかけたが、鍵がかけられていた。人払いをするために、神崎が鍵をかけさせたことを思い出した。
「すみません、今開けますね……」
 ママが、ドアの上下に付けられている内鍵のロックを外した。錦織は再びドアノブを廻して扉を開いた。

 その時、錦織のスマホに着信が入った。画面を見ると、知らない番号が表示されていた。
「オリさん、俺の番号だ。何かあったら連絡をくれ……」
 カウンターで背を向けながら、神崎が告げた。勝手に錦織が置いたメモに電話をかけたようだった。
「バカ言うんじゃねえ。店を出た瞬間に削除してやるよ……」
 笑いながらそう告げると、錦織はママに見送られながら店を出た。店の名前は、『再会リユニオン』だった。


 新宿西口にある<星月夜シュテルネンナハト>本部ビルに到着したとき、早川義一はその壮大さに目を瞠った。広い敷地に建てられた地上十六階建ての巨大なビルは、低層階に流線型の建物外観ファサードを備え、高層フロアはすべてガラス張りであった。広い駐車場には一般車だけでなく軍用ジープや装甲車両も多数駐車しており、民間軍隊と呼ばれるに相応しい威容と規模を兼ね備えていた。

 一階のエントランスに入ると、広大なフロアの正面に紺色の制服を着た女性が座る受付が三つあった。その中で最も義一好みの受付嬢がいる右側の受付に向かうと、義一はゴホンと咳払いをしてから告げた。
「白銀龍成って人、いるかい?」
「特別捜査部の白銀でしょうか? 失礼ですが……?」
 紺色のベストを盛り上げている左胸には、「西園寺さいおんじ」と書かれたネームプレートが付けられていた。西園寺は微笑みを浮かべていたが、彼女の胸に気を取られていた義一はその黒い瞳に浮かんでいる不信と警戒にまったく気づかなかった。

「俺は早川義一。若頭かしら……いや、神崎さんの使いで来た。白銀って人を呼んでくれ……ください」
「少々お待ちください……」
 そう告げると、西園寺は受付の電話から受話器を取り上げて耳元に当て、短く一言だけ告げた。
「ミッション4発動……」
 次の瞬間、屈強な四人のガードマンがワルサーPPQマークⅡを右手に構えながら駆け寄って来て、義一を取り囲んだ。

「なッ……!」
 一瞬のうちに四つの銃口に晒され、義一は驚愕の余り言葉を失って立ち尽くした。助けを求めるように西園寺の方を見た義一の眼は、限界まで大きく見開かれた。微笑みを浮かべていたはずの西園寺が厳しい視線で義一を見据えながら、両手でワルサーPPKの銃口を真っ直ぐに向けていたのだ。

(何なんだ、いったい……?)
 警備員の一人がワルサーPPQマークⅡを構えながら義一に近づき、ボディチェックを始めた。そして、スマホと財布を取り上げると、財布の中身を確認しだした。
「早川義一。二〇三九年三月三日生まれ。住所は、東京都新宿区大久保……」
 警備員が読み上げた免許証の内容を、西園寺の横に座る受付嬢がPCに打ち込んで照合した。

「指定暴力団<櫻華会>の構成員です。過去に補導歴二回。喧嘩と無免許運転によるスピード違反です」
「よし、取調室に連れて行け。西園寺さんは白銀特別捜査官エージェントに連絡を……」
「分かりました……」
 今度こそ本当の笑顔を浮かべると、西園寺は再び受話器を取り上げて、特別捜査部に内線を繋いだ。

「こちら、受付の西園寺です。白銀特別捜査官エージェントに指定暴力団<櫻華会>の早川義一という構成員が面会を求めています」
「分かりました。少々お待ちください……」
 しばらくの間、保留音のメロディが流れた後に白銀の声が受話器から聞こえてきた。
「白銀だ。早川というヤツは知らないが、<櫻華会>の神崎とは知らない仲じゃない。会いに行こう。場所は……?」
「第三取調室に連行しました」
「分かった。すぐに行く……」
 白銀が電話を切ったことを確認してから、西園寺は受話器を置いた。

(白銀さんと話をしちゃった……。声も渋くて格好いいな……)
 嬉しそうな笑みを浮かべると、西園寺は警備員に連行されていく早川の後ろ姿を見つめた。
(ヤクザもたまには役に立つものね……。これがきっかけで白銀さんと仲良くなれたら、交通違反くらいはもみ消してあげるわよ)
 <星月夜シュテルネンナハト>のトップ・エージェントである白銀の顔を思い浮かべながら、西園寺は心の底から楽しそうな笑顔を浮かべた。


「特別捜査部の白銀特別捜査官エージェントをお連れしました」
 龍成を先導しながら三階の第三取調室に着くと、西園寺凛桜りおは入口扉の左右に立つ警備員に敬礼しながら告げた。
「お疲れ様です、白銀特別捜査官エージェント。早川義一はこの中におります。確認しましたが、武器は所持していません」
 凛桜に返礼を返すと、右側に立っている警備員が龍成に報告した。

「ご苦労様。では、面会します。西園寺さんだっけ? 悪いけど同席してもらってもいいかな……?」
「は、はい……。よろこ……いえ、ご一緒いたします」
 突然、龍成から同席を頼まれて、凛桜は満面の笑顔を浮かべながら告げた。被疑者を尋問する際には、最低でも二名で行うというのが<星月夜シュテルネンナハト>のルールだった。安全面を第一に考慮した措置だったが、一人が尋問している間にもう一人が調書を作成するという実務的な意味合いもあった。そして、捜査官が一人の場合には尋問に同席して調書を作成するということも、受付嬢に与えられた業務の一つだった。

(ラッキーッ……! 白銀さんと一緒に尋問に立ち会えるなんて……! あのヤクザに感謝しないと……)
 警備員が第三取調室の扉を開けると、白銀が軽く一礼して中に入った。凛桜も警備員に頭を下げながら、白銀に続いて取調室に足を踏み入れた。

「あんたが白銀さんかッ……? いきなり銃を突きつけるなんて、<星月夜シュテルネンナハト>はいったい何なんだッ……!」
 取調室に入ってきた龍成の姿を確認すると、調査机の奥にあるパイプ椅子に座りながら義一が叫んだ。その態度にカッときて、凛桜が義一に負けない声で怒鳴りつけた。

「チンピラ風情が、白銀さんになんて口の利き方をしてんだッ! ここをどこだと思ってんだ、この野郎ッ! 民間軍隊とも呼ばれる<星月夜シュテルネンナハト>だぞッ! 舐めた口利いてんじゃないよッ!」
 驚いた表情で自分を見つめている龍成の視線に気づき、凛桜はハッとして口をつぐんだ。義一も驚愕に大きく目を見開いて、凛桜を見つめていた。
(やばいッ……! また、やっちゃった……)

「ハッハッハハ……! ツンと澄ました美人だと思ってたが、面白い娘だな、西園寺さんって……。嫌いじゃないぞ、そういうのは……」
「い、いえ……あの、失礼しました……」
 真っ赤になって俯くと、凛桜は自己嫌悪に浸った。
(きっと、白銀さんに幻滅された……)

「では、話を聞こうか……? 調書を頼む、西園寺……?」
凛桜りおですッ! 凜とした桜と書いて、凛桜ですッ!」
 龍成が自分のファーストネームを訊ねていることに気づくと、凛桜は勢い込んで告げた。
「そうか……。凛桜、調書を頼む」
「は、はいッ!」
(白銀さんに呼び捨てにされたッ!)
 天にも昇る心地で龍成の隣りに腰を下ろすと、凛桜はノート型タブレットを開いてワープロソフトを立ち上げた。

「<櫻華会>の構成員が、俺に何の用だ?」
 義一の眼を真っ直ぐに見据えながら、龍成が訊ねた。
若頭かしらから、あんたを事務所に連れてこいって命令されたんだ……」
「神崎が俺を……?」
 義一の言葉に、龍成は首を傾げた。

 <櫻華会>若頭の神崎純一郎とは、過去に二回だけ面識があった。いずれも、大学時代の全日本大学空手選手権の決勝戦だった。龍成と神崎は同学年で、一年生の時には神崎が、二年生の時には龍成が全国優勝をしたのだった。三年生の春に神崎が大学を中退してからは、彼と会ったことはなかった。神崎が指定暴力団<櫻華会>の幹部であることを知ったのは、龍成が<星月夜シュテルネンナハト>の特別捜査官エージェントになってからだった。

「姉御の件で、至急あんたに会いたいそうだ……」
「姉御……?」
ゆずりは瑞紀……」
 その名前を耳にした瞬間、龍成は椅子を蹴倒して立ち上がり、義一の胸ぐらを掴んでいた。<櫻華会>が瑞紀を拉致したのだと思ったのだ。
「瑞紀をどうしたッ……!」
「く、くるしい……」
 凄まじい力で胸ぐらを掴まれ、義一が苦悶の表情を浮かべながら喘いだ。

「白銀さんッ!」
 驚きに目を見開きながら凛桜が立ち上がると、龍成の左腕に縋りながら叫んだ。それに気づき、龍成は義一の胸ぐらから右手を外した。
「ケホッ……ゲホッ……」
「瑞紀に指一本触れてみろッ! <櫻華会>をぶっ潰してやるぞッ!」
 凄まじい龍成の剣幕に両手を振りながら、義一が慌てて言った。

「ち、違う……姉御の仲間が攫われたんだ。姉御は一人で助けに向かったらしい。若頭かしらは姉御を助けるために、あんたの力を借りたいらしい……」
「何だとッ……! いつの話だッ!」
「今日十三時、京王プラザホテルって言っていた……」
 義一の言葉に、龍成は左腕のリスト・タブレットを見た。十四時十分だった。一時間以上も経過していた。

「凛桜、十三時頃の京王プラザホテル周辺の防犯カメラをすべて洗えッ! 瑞紀の映った映像を虱潰しに探してくれッ! たぶん、車に乗せられたはずだッ! そのナンバーと持ち主を知りたいッ!」
「は、はいッ!」
 凛桜がタブレットを操作して、<星月夜シュテルネンナハト>のデータ・サーバーにアクセスした。そして、時間と場所を指定して、ゆずりは瑞紀の画像とリンクさせた。

「ありましたッ! 十三時一分、京王プラザホテル前ロータリーの映像ですッ! ゆずりはさんが男と一緒に黒いワンボックスに乗り込んでいますッ!」
「ナンバーから持ち主を検索しろッ!」
「はいッ……」
 凛桜が赤いマニキュアを付けた指先で、キーボードを素早く叩いた。

「持ち主は……中国系マフィア<玉龍会ぎょくりゅうかい>のフロント企業、株式会社エンタープライズですッ!」
「分かったッ! 凛桜はこのことを特別捜査部の藤木部長に報告ッ! それと、都内のNシステムにアクセスしてワンボックスの目的地を調べてくれッ! 分かり次第、<星月夜シュテルネンナハト>専用回線で俺に連絡しろッ!」
「は、はいッ!」
 龍成の命令を受けてタブレットを閉じると、凛桜はそれを小脇に抱えて駆け足で第三取調室から出て行った。

「お前は俺と一緒に来いッ! 神崎のところへ案内しろッ!」
「は、はいッ……!」
 <星月夜シュテルネンナハト>トップ・エージェントの判断力と実行力を目の当たりにして、義一は圧倒されながら頷いた。

(瑞紀、無事でいろッ……!)
 一年前の拉致事件が頭によぎったが、龍成はそれを振り払うように顔を振ると、義一を引き立てながら第三取調室から飛び出していった。
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