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第9章 獅子王と氷姫
6 獅子の思惑
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「ごめんね、シリウス。ずいぶんとご無沙汰しちゃったわね」
久しぶりに会いに来た主人に甘えるように嘶くと、シリウスは何度もアトロポスに鼻を擦りつけてきた。
「エクリプスも、久しぶりだな。悪かった、そんなに怒るなよ」
グリグリと鼻を擦りつけられ、バッカスが笑いながらエクリプスの鬣を撫ぜた。
「凄い馬……」
王宮随一の軍馬だと聞いていたが、近くで見ると普通の馬よりも二回りは大きかった。シリウスたちと比べると、イーディスは自分が借りた馬がひどく貧相に思えた。
「ザルーエクとレウルーラって、普通だと馬で六ザン以上かかるでしょ? シリウスたちの脚なら、四ザン半で着くのよ」
アトロポスの言葉に、イーディスは驚いた。それほどの駿馬についていける馬が、普通に売っているとはとても思えなかった。
「そろそろ朝の五つ鐘が鳴る頃だ。待ち合わせ場所に急ごう」
「そうね、シリウス、行きましょう」
そう告げると、アトロポスとバッカスはシリウスたちの手綱を曳いて歩き出した。イーディスも慌てて借り馬の手綱を持って二人と二頭の後を追いかけた。
「あの団体じゃないかしら?」
アトロポスが百メッツェほど先にある荷馬車の集団を指しながら言った。
「荷馬車も十台あるし、冒険者も男四人、女四人いるな。間違いないだろう」
「イーディス、剣士クラスSだってことは内緒だからね?」
「またなの? まったく……」
アトロポスたちと初対面の時も、剣士クラスSだというのを隠されていたことを思い出して、イーディスが苦笑いを浮かべた。
(でも、自分が剣士クラスSになったら、その方が面白いってよく分かるわ)
「すみません、こちらセレンティアに向かう商団ですか? 護衛依頼を受けたパーティなんですが……」
にこやかな笑顔を浮かべながら、アトロポスが商人の一人に訊ねた。もちろん、一番身なりの良い商人を選んでいた。
「はい。私はこの商団の責任者で、ルーズベルトと申します。よろしくお願いします」
中肉中背で黒い顎髭を生やした男が告げた。身長は百七十セグメッツェくらいで、商人らしい人当たりの良い雰囲気を持つ黒髪黒瞳の男だった。
「私たちは剣士三人のパーティです。私はローズ、こちらがバッカスとイーディスです」
「バッカスです。よろしく」
「イーディスと言います。よろしくお願いします」
簡単な自己紹介を終えると、ルーズベルトが他の二パーティに声を掛けた。
「護衛して頂くパーティが揃いましたので、旅程の説明をいたします。私どもは、セレンティアの商人で、首都レウルーラからの帰り道です。荷馬車にはレウルーラやザルーエク、ダスガールで仕入れた商品が積んであります。皆様には、これらの商品と私どもの護衛をして頂きます。セレンティアまでの街道は、最近盗賊団が出没しているとのことです。盗賊団の人数は分かりませんが、襲われた時には撃退をお願いいたします」
そこで、ルーズベルトは言葉を切り、冒険者たちの顔を見渡した。特に<獅子王>の四人とバッカスを見て、安心したように話を続けた。
「今回は三パーティ、合計十一名の冒険者が揃っているので、私どもとしても安心して旅を続けられます。セレンティアまでは十日間の予定です。食事は朝、昼、晩の三食を提供いたします。冒険者の方たちは、一台目、三台目、五台目、七台目、十台目の馬車に分乗をお願いします。夜もその馬車を使って頂いて構いません。それと、夜中は各パーティから一人ずつ見張りを出してください。それでは、分乗する馬車や見張りの順番を打ち合わせてください。打ち合わせが終わりましたら出発するので、声を掛けてください」
話を終えると、ルーズベルトは他の商人たちの元に戻っていった。
「よお、俺は<獅子王>のリーダーで、槍士クラスAのルーカスだ。二つ名は『竜殺槍』だ。この槍で木龍を倒したことからつけられた。よろしくな」
身長百八十五セグメッツェほどの精悍な容貌をした男が、バッカスに向かって右手を差し出した。燃えるような赤毛と赤茶色の鋭い眼が印象的な男だった。膝まである長い漆黒の革鎧を着ており、右手に持った槍の穂先は銀色の光を放っていた。どうやらオリハルコンを加工して作られた特注品のようだった。
「剣士クラスのバッカスだ。見ての通り、若い女二人とのパーティだから、大した働きは出来ないが、よろしく頼む」
バッカスが差し出されたルーカスの右手を握りながら告げた。
「あんた、ずいぶんと強そうだが、クラスは何だ?」
「剣士クラスAを目の前にしたら、恥ずかしくて言えないクラスだ。聞かないでくれ」
苦笑いを浮かべながら誤魔化したバッカスを見据えながら、ルーカスが告げた。
「まあいい……。そっちの美人二人は?」
「バッカスと同じパーティのローズです。剣士クラスですが、冒険者になってまだ二ヶ月も経たない駆け出しです。よろしくお願いします」
ニッコリとよそ行きの笑顔を浮かべながら、アトロポスが告げた。実際に冒険者登録して二ヶ月弱なので、嘘は言っていなかった。
「あたしはイーディス。同じく剣士クラスです。よろしくお願いします」
簡単に自己紹介を済ませたイーディスに、ルーカスが赤茶色の眼を輝かせた。
「あんた、凄え美人だな。スタイルも抜群だ。この依頼が終わったら、飯でも付き合わねえか?」
「いえ……。そういうのはちょっと……」
イーディスが助けを求めるようにバッカスを見つめた。
「おいおい、初対面で人の女を口説かないでくれ。二人とも俺の大切な恋人なんだ」
笑いながら告げたバッカスの言葉に、ルーカスは本気で残念そうな表情を浮かべた。
「悪かった。あんまり俺好みのいい女だったもんで、つい……な。あんたに喧嘩を売るつもりはねえ。許してくれ」
自分より格下だと告げたバッカスに、ルーカスは素直に頭を下げた。その行為に、バッカスとアトロポスは好感を持った。
「分かってる、気にするな。ところで、俺たちは三人とも馬で来ている。先導するから、先頭の荷馬車を担当したいんだが、いいか?」
「ああ、構わねえ。それなら、俺たちは三台目と最後尾を担当する。さすがにクラスCの女パーティに最後尾は任せられねえからな」
「よろしく頼む。俺たちもあんたらの足を引っ張らないようにするよ」
そう言うと、バッカスは片手を上げてルーカスに挨拶をした。そして、振り向くとイーディスの表情を見て頭を掻いた。
「イーディス、悪い。ああ言った方が丸く収まるんだ」
バッカスに大切な恋人だと紹介され、イーディスは真っ赤になって固まっていたのだった。
アトロポスはバッカスとイーディスを連れて、<鳳蝶>に挨拶に行った。<鳳蝶>の四人は、それぞれが個性的な女性たちだった。
「私たちは三人のパーティです。私はローズ。彼の名前はバッカス、彼女はイーディスです」
「バッカスだ。よろしく頼む」
「イーディスです。よろしくお願いします」
アトロポスたち三人を見つめると、リーダーらしき女性が告げた。
「あたしは<鳳蝶>のリーダーで、クリスティーン。剣士クラスCよ。あんたたち、パーティ名もクラスも言わないって、どういうつもりなの?」
クリスティーンは相当気が強そうに見えた。背中まで真っ直ぐに伸ばした銀色の髪と、やや釣り上がった碧い瞳が印象的な女性だった。そのきつい眼差しと一文字に引き結んだ唇が意志の強さを示していた。身長はイーディスとほぼ同じで、百七十セグメッツェくらいだった。細い肢体を銀色の金属鎧で覆っており、左腰には両手長剣を差していた。
「すみません。まだ冒険者になって二ヶ月足らずなので、こういったことに慣れてないんです。バッカス、お願い……」
アトロポスがバッカスに丸投げをした。
「俺は剣士のバッカスだ。パーティ名はまだ決めてないんだ。先日、別のパーティから独立したばっかりなもんでな。クラスはあんたと変わらないくらいだ。もっとも、剣の腕はあんたの方が俺たちより上みたいだがな」
強面の顔に獰猛な笑みを浮かべながらバッカスが告げた。気の弱い女なら、震え上がりそうな表情だった。
「そう。それなら仕方ないわね。そっちの子は?」
「あたしはイーディスです。二人と同じく剣士クラスです。よろしくお願いします」
イーディスの自己紹介を聞いて、クリスティーンが眉を顰めた。
「あんたたち、三人とも剣士クラスなのね? 盾士も遠距離職も回復職もいないなんて、何考えてるの?」
「さっき言っただろう? 独立したばかりだって。これから募集していく予定なんだ。よかったら、俺たちのパーティに入るか?」
バッカスが笑いながらクリスティーンに告げた。
「馬鹿言わないで! あたしが入ったら剣士クラスが四人じゃない? あんたがリーダーなんでしょ? もう少し計画性を持った方がいいわよ」
「ああ、そうするよ。他のメンバーを紹介してくれ」
バッカスがクリスティーンの後ろにいる三人の女性に視線を移した。
「あたしは魔道士クラスCのイライザよ。得意な魔法は風属性。あたしらに変な気を起こそうとしたら、風の刃で切り刻むから気をつけな」
イライザもクリスティーンに負けないくらい気が強そうだった。女性にしては身長が高く、百八十セグメッツェ近くもあった。魔道士と言うよりも盾士と言った方が似合いそうなくらいガッシリとした体型で、腰につけた魔道杖には紫色の宝玉がついていた。おそらく小飛竜かガーゴイルのような飛翔系の魔物の宝玉だと思われた。
「私はコーディリアです。術士クラスCです。よろしくお願いします」
コーディリアは前の二人と正反対に、大人しそうな女性だった。年齢も一番若そうで、イーディスと同じ二十歳前後に見えた。ウェーブのかかった金髪を肩まで流し、大きな碧い瞳とそばかす顔が愛らしかった。魔道杖は木製で、緑色の宝玉も小さかった。
「最後はあたいね。シャロンよ。盗賊クラスCだけど、本物の盗賊じゃないから勘違いしないでよね。盗賊団が出たら真っ先に教えて上げるから、撃退は任せたよ。あたいは荒事向きじゃないんで、よろしくね」
まだ二十歳を少し過ぎたくらいなのに、妙に擦れた感じの女性だった。不遇職と言われる盗賊クラスを選んだことからして、年齢よりも様々な経験を積んでいるのかも知れなかった。
「<獅子王>のリーダー、ルーカスより伝言だ。<鳳蝶>は五台目と七台目の荷馬車を担当して欲しいそうだ。先頭は俺たち三人が、三台目と最後尾は<獅子王>が受け持つことになった。よろしく頼む」
バッカスの言葉に、クリスティーンが文句を言った。
「あたしたち抜きで、何勝手に決めてるのよ! 女四人だけのパーティだからって、舐めてるんじゃないの!?」
「それは違いますよ、クリスティーンさん。ルーカスさんは一見乱暴そうに見えますが、ずいぶんと紳士的でした。馬で来ている私たちが先頭の荷馬車を希望したら、そのフォローをするように三台目を担当すると言ってくれました。危険の多い最後尾も、率先して自分たちで受け持つと言い切りました。女性を危険な眼に遭わせたくないと考えていることが、十分に伝わってきましたよ」
アトロポスの説明に、クリスティーンがチッっと舌打ちをした。
「それが舐めてるって言うのよ。まあ、いいわ。そんなに危険が好きなら、勝手に最後尾を担当してればいいわよ。あたしたちには関係ないしね」
クリスティーンの言い方に、アトロポスはカチンと頭に来た。だが、文句を言おうとしたアトロポスの腕をバッカスが素早く掴んだ。
「では、そういうことで、五台目と七台目は任せたぞ。これから十日間、よろしくな」
バッカスは右手を上げて<鳳蝶>の四人に挨拶すると、アトロポスとイーディスを連れてその場を立ち去った。
バッカスはその足でルーズベルトに打ち合わせが完了したことを告げに行くと、エクリプスに騎乗して商団の先頭に移動した。そして、ルーズベルトの出発の合図とともに、商団を先導し始めた。バッカスの右隣をアトロポスが、左隣をイーディスがそれぞれ騎乗しながら進んだ。
「それにしても、あのクリスティーンって女の態度はどうなの? あんなんじゃ、敵を作るだけじゃない?」
三人の会話が他に聞こえないことを確認すると、アトロポスが文句を言った。
「そう怒るな、アトロポス。たぶん、あれは故意に他人と距離を置いているんだと思う。何があったかは知らないが、ああいう態度は他人に傷つけられた奴が取ることが多いんだ。覚えておいた方がいい」
バッカスの言葉に、アトロポスは驚いて彼の顔を見つめた。
「そうなの?」
「ああ……。クリスティーンが必ずしもそうかは分からないが、一般的にそういうことが多いって話だ。俺は何人もそんな奴を知っている」
バッカスが自分より八歳も年上であることを、アトロポスは改めて認識した。冒険者としても、人間としても、バッカスはアトロポスよりも多くの経験を積んでいた。
(さすが、バッカスさんだわ。やっぱり、頼りになる。アトロポスにはこういった大人の男性が必要ね……)
イーディスはバッカスの横顔を見つめると、誇らしい気持ちになった。<闇姫>のリーダーはアトロポスでも、精神的な柱はバッカスであることを確信した。
(それよりも、あのルーカスの方が俺には気になるな。ルーカス自身は悪い奴じゃなさそうだが、メンバーを紹介しなかったのは何故だ? 初対面ならメンバー全員を連れて挨拶に来るのが常識だろう? 何か、紹介できない理由でもあるのか?)
その懸念が大きな火種となって燻っていることに、バッカスはまだ気づいていなかった。
久しぶりに会いに来た主人に甘えるように嘶くと、シリウスは何度もアトロポスに鼻を擦りつけてきた。
「エクリプスも、久しぶりだな。悪かった、そんなに怒るなよ」
グリグリと鼻を擦りつけられ、バッカスが笑いながらエクリプスの鬣を撫ぜた。
「凄い馬……」
王宮随一の軍馬だと聞いていたが、近くで見ると普通の馬よりも二回りは大きかった。シリウスたちと比べると、イーディスは自分が借りた馬がひどく貧相に思えた。
「ザルーエクとレウルーラって、普通だと馬で六ザン以上かかるでしょ? シリウスたちの脚なら、四ザン半で着くのよ」
アトロポスの言葉に、イーディスは驚いた。それほどの駿馬についていける馬が、普通に売っているとはとても思えなかった。
「そろそろ朝の五つ鐘が鳴る頃だ。待ち合わせ場所に急ごう」
「そうね、シリウス、行きましょう」
そう告げると、アトロポスとバッカスはシリウスたちの手綱を曳いて歩き出した。イーディスも慌てて借り馬の手綱を持って二人と二頭の後を追いかけた。
「あの団体じゃないかしら?」
アトロポスが百メッツェほど先にある荷馬車の集団を指しながら言った。
「荷馬車も十台あるし、冒険者も男四人、女四人いるな。間違いないだろう」
「イーディス、剣士クラスSだってことは内緒だからね?」
「またなの? まったく……」
アトロポスたちと初対面の時も、剣士クラスSだというのを隠されていたことを思い出して、イーディスが苦笑いを浮かべた。
(でも、自分が剣士クラスSになったら、その方が面白いってよく分かるわ)
「すみません、こちらセレンティアに向かう商団ですか? 護衛依頼を受けたパーティなんですが……」
にこやかな笑顔を浮かべながら、アトロポスが商人の一人に訊ねた。もちろん、一番身なりの良い商人を選んでいた。
「はい。私はこの商団の責任者で、ルーズベルトと申します。よろしくお願いします」
中肉中背で黒い顎髭を生やした男が告げた。身長は百七十セグメッツェくらいで、商人らしい人当たりの良い雰囲気を持つ黒髪黒瞳の男だった。
「私たちは剣士三人のパーティです。私はローズ、こちらがバッカスとイーディスです」
「バッカスです。よろしく」
「イーディスと言います。よろしくお願いします」
簡単な自己紹介を終えると、ルーズベルトが他の二パーティに声を掛けた。
「護衛して頂くパーティが揃いましたので、旅程の説明をいたします。私どもは、セレンティアの商人で、首都レウルーラからの帰り道です。荷馬車にはレウルーラやザルーエク、ダスガールで仕入れた商品が積んであります。皆様には、これらの商品と私どもの護衛をして頂きます。セレンティアまでの街道は、最近盗賊団が出没しているとのことです。盗賊団の人数は分かりませんが、襲われた時には撃退をお願いいたします」
そこで、ルーズベルトは言葉を切り、冒険者たちの顔を見渡した。特に<獅子王>の四人とバッカスを見て、安心したように話を続けた。
「今回は三パーティ、合計十一名の冒険者が揃っているので、私どもとしても安心して旅を続けられます。セレンティアまでは十日間の予定です。食事は朝、昼、晩の三食を提供いたします。冒険者の方たちは、一台目、三台目、五台目、七台目、十台目の馬車に分乗をお願いします。夜もその馬車を使って頂いて構いません。それと、夜中は各パーティから一人ずつ見張りを出してください。それでは、分乗する馬車や見張りの順番を打ち合わせてください。打ち合わせが終わりましたら出発するので、声を掛けてください」
話を終えると、ルーズベルトは他の商人たちの元に戻っていった。
「よお、俺は<獅子王>のリーダーで、槍士クラスAのルーカスだ。二つ名は『竜殺槍』だ。この槍で木龍を倒したことからつけられた。よろしくな」
身長百八十五セグメッツェほどの精悍な容貌をした男が、バッカスに向かって右手を差し出した。燃えるような赤毛と赤茶色の鋭い眼が印象的な男だった。膝まである長い漆黒の革鎧を着ており、右手に持った槍の穂先は銀色の光を放っていた。どうやらオリハルコンを加工して作られた特注品のようだった。
「剣士クラスのバッカスだ。見ての通り、若い女二人とのパーティだから、大した働きは出来ないが、よろしく頼む」
バッカスが差し出されたルーカスの右手を握りながら告げた。
「あんた、ずいぶんと強そうだが、クラスは何だ?」
「剣士クラスAを目の前にしたら、恥ずかしくて言えないクラスだ。聞かないでくれ」
苦笑いを浮かべながら誤魔化したバッカスを見据えながら、ルーカスが告げた。
「まあいい……。そっちの美人二人は?」
「バッカスと同じパーティのローズです。剣士クラスですが、冒険者になってまだ二ヶ月も経たない駆け出しです。よろしくお願いします」
ニッコリとよそ行きの笑顔を浮かべながら、アトロポスが告げた。実際に冒険者登録して二ヶ月弱なので、嘘は言っていなかった。
「あたしはイーディス。同じく剣士クラスです。よろしくお願いします」
簡単に自己紹介を済ませたイーディスに、ルーカスが赤茶色の眼を輝かせた。
「あんた、凄え美人だな。スタイルも抜群だ。この依頼が終わったら、飯でも付き合わねえか?」
「いえ……。そういうのはちょっと……」
イーディスが助けを求めるようにバッカスを見つめた。
「おいおい、初対面で人の女を口説かないでくれ。二人とも俺の大切な恋人なんだ」
笑いながら告げたバッカスの言葉に、ルーカスは本気で残念そうな表情を浮かべた。
「悪かった。あんまり俺好みのいい女だったもんで、つい……な。あんたに喧嘩を売るつもりはねえ。許してくれ」
自分より格下だと告げたバッカスに、ルーカスは素直に頭を下げた。その行為に、バッカスとアトロポスは好感を持った。
「分かってる、気にするな。ところで、俺たちは三人とも馬で来ている。先導するから、先頭の荷馬車を担当したいんだが、いいか?」
「ああ、構わねえ。それなら、俺たちは三台目と最後尾を担当する。さすがにクラスCの女パーティに最後尾は任せられねえからな」
「よろしく頼む。俺たちもあんたらの足を引っ張らないようにするよ」
そう言うと、バッカスは片手を上げてルーカスに挨拶をした。そして、振り向くとイーディスの表情を見て頭を掻いた。
「イーディス、悪い。ああ言った方が丸く収まるんだ」
バッカスに大切な恋人だと紹介され、イーディスは真っ赤になって固まっていたのだった。
アトロポスはバッカスとイーディスを連れて、<鳳蝶>に挨拶に行った。<鳳蝶>の四人は、それぞれが個性的な女性たちだった。
「私たちは三人のパーティです。私はローズ。彼の名前はバッカス、彼女はイーディスです」
「バッカスだ。よろしく頼む」
「イーディスです。よろしくお願いします」
アトロポスたち三人を見つめると、リーダーらしき女性が告げた。
「あたしは<鳳蝶>のリーダーで、クリスティーン。剣士クラスCよ。あんたたち、パーティ名もクラスも言わないって、どういうつもりなの?」
クリスティーンは相当気が強そうに見えた。背中まで真っ直ぐに伸ばした銀色の髪と、やや釣り上がった碧い瞳が印象的な女性だった。そのきつい眼差しと一文字に引き結んだ唇が意志の強さを示していた。身長はイーディスとほぼ同じで、百七十セグメッツェくらいだった。細い肢体を銀色の金属鎧で覆っており、左腰には両手長剣を差していた。
「すみません。まだ冒険者になって二ヶ月足らずなので、こういったことに慣れてないんです。バッカス、お願い……」
アトロポスがバッカスに丸投げをした。
「俺は剣士のバッカスだ。パーティ名はまだ決めてないんだ。先日、別のパーティから独立したばっかりなもんでな。クラスはあんたと変わらないくらいだ。もっとも、剣の腕はあんたの方が俺たちより上みたいだがな」
強面の顔に獰猛な笑みを浮かべながらバッカスが告げた。気の弱い女なら、震え上がりそうな表情だった。
「そう。それなら仕方ないわね。そっちの子は?」
「あたしはイーディスです。二人と同じく剣士クラスです。よろしくお願いします」
イーディスの自己紹介を聞いて、クリスティーンが眉を顰めた。
「あんたたち、三人とも剣士クラスなのね? 盾士も遠距離職も回復職もいないなんて、何考えてるの?」
「さっき言っただろう? 独立したばかりだって。これから募集していく予定なんだ。よかったら、俺たちのパーティに入るか?」
バッカスが笑いながらクリスティーンに告げた。
「馬鹿言わないで! あたしが入ったら剣士クラスが四人じゃない? あんたがリーダーなんでしょ? もう少し計画性を持った方がいいわよ」
「ああ、そうするよ。他のメンバーを紹介してくれ」
バッカスがクリスティーンの後ろにいる三人の女性に視線を移した。
「あたしは魔道士クラスCのイライザよ。得意な魔法は風属性。あたしらに変な気を起こそうとしたら、風の刃で切り刻むから気をつけな」
イライザもクリスティーンに負けないくらい気が強そうだった。女性にしては身長が高く、百八十セグメッツェ近くもあった。魔道士と言うよりも盾士と言った方が似合いそうなくらいガッシリとした体型で、腰につけた魔道杖には紫色の宝玉がついていた。おそらく小飛竜かガーゴイルのような飛翔系の魔物の宝玉だと思われた。
「私はコーディリアです。術士クラスCです。よろしくお願いします」
コーディリアは前の二人と正反対に、大人しそうな女性だった。年齢も一番若そうで、イーディスと同じ二十歳前後に見えた。ウェーブのかかった金髪を肩まで流し、大きな碧い瞳とそばかす顔が愛らしかった。魔道杖は木製で、緑色の宝玉も小さかった。
「最後はあたいね。シャロンよ。盗賊クラスCだけど、本物の盗賊じゃないから勘違いしないでよね。盗賊団が出たら真っ先に教えて上げるから、撃退は任せたよ。あたいは荒事向きじゃないんで、よろしくね」
まだ二十歳を少し過ぎたくらいなのに、妙に擦れた感じの女性だった。不遇職と言われる盗賊クラスを選んだことからして、年齢よりも様々な経験を積んでいるのかも知れなかった。
「<獅子王>のリーダー、ルーカスより伝言だ。<鳳蝶>は五台目と七台目の荷馬車を担当して欲しいそうだ。先頭は俺たち三人が、三台目と最後尾は<獅子王>が受け持つことになった。よろしく頼む」
バッカスの言葉に、クリスティーンが文句を言った。
「あたしたち抜きで、何勝手に決めてるのよ! 女四人だけのパーティだからって、舐めてるんじゃないの!?」
「それは違いますよ、クリスティーンさん。ルーカスさんは一見乱暴そうに見えますが、ずいぶんと紳士的でした。馬で来ている私たちが先頭の荷馬車を希望したら、そのフォローをするように三台目を担当すると言ってくれました。危険の多い最後尾も、率先して自分たちで受け持つと言い切りました。女性を危険な眼に遭わせたくないと考えていることが、十分に伝わってきましたよ」
アトロポスの説明に、クリスティーンがチッっと舌打ちをした。
「それが舐めてるって言うのよ。まあ、いいわ。そんなに危険が好きなら、勝手に最後尾を担当してればいいわよ。あたしたちには関係ないしね」
クリスティーンの言い方に、アトロポスはカチンと頭に来た。だが、文句を言おうとしたアトロポスの腕をバッカスが素早く掴んだ。
「では、そういうことで、五台目と七台目は任せたぞ。これから十日間、よろしくな」
バッカスは右手を上げて<鳳蝶>の四人に挨拶すると、アトロポスとイーディスを連れてその場を立ち去った。
バッカスはその足でルーズベルトに打ち合わせが完了したことを告げに行くと、エクリプスに騎乗して商団の先頭に移動した。そして、ルーズベルトの出発の合図とともに、商団を先導し始めた。バッカスの右隣をアトロポスが、左隣をイーディスがそれぞれ騎乗しながら進んだ。
「それにしても、あのクリスティーンって女の態度はどうなの? あんなんじゃ、敵を作るだけじゃない?」
三人の会話が他に聞こえないことを確認すると、アトロポスが文句を言った。
「そう怒るな、アトロポス。たぶん、あれは故意に他人と距離を置いているんだと思う。何があったかは知らないが、ああいう態度は他人に傷つけられた奴が取ることが多いんだ。覚えておいた方がいい」
バッカスの言葉に、アトロポスは驚いて彼の顔を見つめた。
「そうなの?」
「ああ……。クリスティーンが必ずしもそうかは分からないが、一般的にそういうことが多いって話だ。俺は何人もそんな奴を知っている」
バッカスが自分より八歳も年上であることを、アトロポスは改めて認識した。冒険者としても、人間としても、バッカスはアトロポスよりも多くの経験を積んでいた。
(さすが、バッカスさんだわ。やっぱり、頼りになる。アトロポスにはこういった大人の男性が必要ね……)
イーディスはバッカスの横顔を見つめると、誇らしい気持ちになった。<闇姫>のリーダーはアトロポスでも、精神的な柱はバッカスであることを確信した。
(それよりも、あのルーカスの方が俺には気になるな。ルーカス自身は悪い奴じゃなさそうだが、メンバーを紹介しなかったのは何故だ? 初対面ならメンバー全員を連れて挨拶に来るのが常識だろう? 何か、紹介できない理由でもあるのか?)
その懸念が大きな火種となって燻っていることに、バッカスはまだ気づいていなかった。
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・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
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謝罪に、神の管理者と呼ばれる者が出てきても、神と名乗る者が出てきても、山を一言で消し飛ばせる者が出てきても、みんな笑っておしまい。
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完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
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これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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