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第8章 蒼氷姫
5 薄紅色の秘薬
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翌日、宿泊した下級宿の一階にある食堂で朝食を食べながら、<守護天使>の三人は額を付け合わせてヒソヒソと小声で話をしていた。
「いい? 今晩の見張りはバッカスさんだから、うちらからはイーディスが出るのよ」
「うん、分かった……」
キャシーの言葉に頷いたイーディスに、マーサがニヤリと笑いを浮かべながら告げた。
「イーディスにいい物をあげるわ」
「何、これ?」
マーサがテーブルに置いた小瓶を見て、イーディスが彼女の顔を見つめた。高さ四セグメッツェほどの透明な容器には黒い蓋がされており、中には薄紅色の液体が入っていた。
「媚薬よ……」
「び、びや……!」
大声を上げようとしたイーディスの口を、マーサが素早く押さえた。
「騒がないでよ、イーディス。首都レウルーラの魔道具屋で売ってたのよ。何かの役に立つかと思って、買っておいて良かったわ」
「そんなもの、何で……?」
媚薬を何かに役立てようと思い立ったマーサの考えが、イーディスには理解できなかった。理由を追及するようなイーディスの視線に、マーサが苦笑いを浮かべた。
「まあ、結果的には役立ちそうだからいいじゃない? 店員の魔道士が言うには、凄く強力な媚薬なんだって。これをお茶かお酒に一滴垂らして、バッカスさんに飲ませなさい」
「飲ませたら、どうなるの?」
興味と怖れとが混在した碧眼で、イーディスがマーサを見つめた。
「さあ……? どうなるのかは、お楽しみね。上手くすれば、バッカスさんに抱いてもらえるかもよ?」
「だ、抱いて……?」
異性と付き合ったこともないイーディスは、当然未経験だった。カアッと顔を赤く染めると、イーディスは恥ずかしそうに俯いて黙り込んだ。
「なるほど……。バッカスさんがイーディスを抱いているところを、アトロポスに見せたら面白そうね。二人の仲が険悪になることは間違いないわよ」
ニヤリと笑いながら告げたキャシーの言葉に、マーサに頷いた。
「あたしたちはこっそりと二人の様子を見ていて、バッカスさんがイーディスに襲いかかったらアトロポスを呼びに行くのもいいわね。アトロポスがどんな顔をするか、楽しみだわ」
「お、襲いかかる……?」
男に襲われた経験など今までにないイーディスは、驚きに碧眼を大きく見開いた。
「心配しなくても大丈夫よ。最後までされないうちに、アトロポスを呼びに行ってあげるから。さすがに初体験が強姦じゃ、洒落にならないしね」
「強姦って……」
楽しそうに告げたキャシーの言葉に、イーディスは不安になってきた。ただでさえバッカスの力には勝てそうもないのだ。本当に襲われたらどうなるのか、イーディスは貞操の危機を感じて蒼白になった。
「おはようございます。昨夜はお疲れ様でした」
突然、背後から声を掛けられ、イーディスはビクンッと体を揺らすと慌てて振り返った。そこには、笑顔を浮かべたアトロポスとバッカスが並んで立っていた。
「おはようございます。朝から仲が良さそうですね」
ニッコリと笑みを浮かべながら告げたキャシーの言葉に、アトロポスの顔が赤く染まった。
「いえ、そんなことは……。今日も一日よろしくお願いします」
恥ずかしそうにそう言うと、アトロポスとバッカスは空いているテーブルの方へ歩いて行った。
「見た、今のアトロポスの顔? あれって、絶対にバッカスさんとやったわよ」
「間違いないわね。イーディス、負けてなんかいられないからね」
キャシーとマーサが小声でイーディスに声援を送ってきた。その言葉に頷くと、イーディスは激しい嫉妬心とともに決意した。
(やっぱり、一日でも早くバッカスさんを自由にしてあげないと……。そのためなら、体を張るくらい何でもないわ)
イーディスはテーブルの上に置かれた媚薬の小瓶を固く握りしめた。
その日、一行は魔獣や盗賊団に遭遇することもなく、順調に旅程を終えた。次の予定地であるユーディンという町まであと半日というところで日が暮れたため、野宿の準備に入った。
配給された夕食を食べ終わると、アトロポスはバッカスに意識伝達を送った。
『後は任せるわね。私も起きている間は索敵を続けるけど、何かあったら意識伝達で連絡して』
『分かった。昨夜は無理させちまったから、今日はゆっくりと休んでいろ』
『ばか……。知らないわよ、もう……』
盗賊団が出たため中途半端に放り出したことを悪いと思ったのか、昨夜のバッカスはアトロポスをいつも以上に激しく責め立てた。声が嗄れるまで啼き乱されたことを思い出すと、アトロポスは恥ずかしさのあまり真っ赤に染まった。
「どうしたんですか、アトロポスさん? 大丈夫?」
突然、顔を赤らめて俯いたアトロポスの様子に、キャシーが首を傾げながら声を掛けた。
「い、いえ……。何でも……」
「そうですか……。今晩の見張りは、バッカスさんとイーディスですね。バッカスさん、イーディスをよろしくお願いします」
内心の思惑をひた隠しながら、キャシーが笑顔でバッカスに告げた。
「ああ。イーディス、よろしく頼む」
キャシーの言葉に頷くと、バッカスがイーディスの方を振り向いて告げた。
「は、はい……。こちらこそ……」
キャシーと違い、腹芸などできないイーディスは、緊張しながらバッカスに頭を下げた。ドキンドキンと早鐘を打つ鼓動がバッカスに聞こえないかと、イーディスはそれだけを気にしていた。
「じゃあ、あたしたちはこれで……。イーディス、よろしくね」
「がんばってね、イーディス」
ニヤリと微笑んだマーサの顔を見て、イーディスの緊張は更に高まった。
「私もそろそろ行くわ。バッカス、頼んだわよ」
「ああ、任せろ」
席を立ったアトロポスに、バッカスは笑顔で力強く頷いた。バッカスに笑顔で頷き返すと、アトロポスはキャシーたちとともにその場から立ち去っていった。
燃えさかる焚き火の前には、バッカスとイーディスの二人だけが残された。
焚き火に枯れ枝を焼べていると、イーディスが突然声を掛けてきた。
「バ、バッカスさん、喉渇きませんか?」
「いや、別に……。食事の時にエールを飲んだし、大丈夫だ」
「あ、あたし、お茶を持ってきたんです! 今、入れますね!」
明らかに挙動不審な様子で、イーディスは自分の鞄から水筒とカップを取り出した。
「は、はい、どうぞ……」
「ああ、ありがとう」
無碍に断るのもどうかと思い、バッカスは差し出されたカップを受け取った。中には緑黄茶らしき山吹色の液体が入っていた。一口飲んでみると、普通の緑黄茶とは違い、妙な甘みが口に残った。
「の、喉が渇いているなら、一気に飲んじゃっていいですよ! まだ、たくさんありますから……」
そう言うと、イーディスは水筒を持ち上げてバッカスの目の前で振った。ポチャポチャと中身の緑黄茶が揺れる音がした。
「いや、大丈夫だ。お前も飲んだらどうだ?」
「あ、あたしは別に……喉が渇いてないので……」
緊張のあまりカラカラに乾ききった声で、イーディスが答えた。イーディスの碧眼がバッカスの様子を観察するように見つめていた。
イーディスはマーサの言葉を聞き逃していた。マーサはこの媚薬をお酒かお茶に一滴垂らすように言ったのだった。だが、イーディスは小さな水筒に入れた緑黄茶に、小瓶に入った媚薬すべてを注ぎ込んだのだ。その効果は劇的だった。そして、イーディスは身をもって媚薬の恐ろしさを知ることになった。
ドクンッ……!
激しい鼓動を感じ、バッカスが濃茶色の瞳を見開いた。
ドクンッ、ドクンッ……!!
心臓が早鐘を打ち始め、全身が熱を発したように急激に熱くなってきた。
(な、何だ、これは……?)
苦しいほどの動悸がして、バッカスは思わず右手で胸を押さえた。同時に息苦しさを感じ、ハッ、ハッと喘ぐように空気を求めた。
(どうしたってんだ、いったい……!?)
腰から下が熱くなり、下半身が熱を持ってきた。自分が勃起していることに気づくと、バッカスは愕然とした。
(十六、七のガキじゃあるまいし、何なんだ、いったい……?)
バッカスは目の前にいるイーディスから、発情した女の匂いを嗅ぎ取った。
(いや、発情しているのは、この俺だ!? イーディスに手なんか出したら、アトロポスに顔向けできねえッ!)
バッカスは歯を食いしばって、燃え上がる欲望を抑え込んだ。だが、その目は血走り、その視線はイーディスの豊かな胸やくびれた腰つき、女らしい丸みを帯びた尻や太ももに釘付けになった。
「バッカスさん? 大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですけど……?」
心配そうに覗き込むイーディスの整った顔の中で、紅い唇がバッカスの理性を消し飛ばした。
「アトロポス!」
バッカスは愛する女の名を叫ぶと、左腕をイーディスの背中に回して力尽くで抱き寄せた。そして、右手でイーディスの後頭部を押さえつけ、強引に唇を奪った。
「バッカスさ……んっ、いやッ……んっ、んくっ……」
無理矢理入ってきたバッカスの舌が、イーディスの口腔を暴れ回り、濃厚に舌を絡め取った。
(そんな……! 初めての口づけなのに、こんなの……イヤッ!)
貪るように唾液を吸われ、激しく舌を絡められながらイーディスは全力でバッカスの体を押し返そうとした。だが、その強靱な筋肉に覆われた体は、イーディスの抵抗などものともしなかった。
バッカスがイーディスを地面に押し倒し、覆い被さるようにのし掛かってきた。その間も、唇は塞がれ舌を絡まされたままだった。
(イヤ、こんなの……! キャシー、マーサ、助けてッ!)
声も出せずにイーディスは心の中で叫んだ。だが、バッカスは左手でイーディスの両腕を背中に拘束すると、右手で革鎧の紐を解き始めた。四箇所ある紐をすべて解くと、バッカスは革鎧の前を大きく広げた。そして、白い胸当てをずり上げると、形良く盛り上がった左の乳房を右手で揉みしだき始めた。
(犯されるッ! いやあぁあ……!)
快感など一欠片も感じずに、イーディスの心は恐怖で染まり上がった。きつく閉じた両目から涙が溢れ出て頬を伝って流れ落ちた。
「あれ、やばいんじゃない?」
「早く、アトロポスを呼びに行こうッ! 急がないと本当にイーディス、やられちゃうよ!」
荷馬車の影から二人の様子を見ていたキャシーとマーサが、蒼白な表情で頷きあった。そして、全力でアトロポスのいる最前列の荷馬車に向かって走り出した。
「いい? 今晩の見張りはバッカスさんだから、うちらからはイーディスが出るのよ」
「うん、分かった……」
キャシーの言葉に頷いたイーディスに、マーサがニヤリと笑いを浮かべながら告げた。
「イーディスにいい物をあげるわ」
「何、これ?」
マーサがテーブルに置いた小瓶を見て、イーディスが彼女の顔を見つめた。高さ四セグメッツェほどの透明な容器には黒い蓋がされており、中には薄紅色の液体が入っていた。
「媚薬よ……」
「び、びや……!」
大声を上げようとしたイーディスの口を、マーサが素早く押さえた。
「騒がないでよ、イーディス。首都レウルーラの魔道具屋で売ってたのよ。何かの役に立つかと思って、買っておいて良かったわ」
「そんなもの、何で……?」
媚薬を何かに役立てようと思い立ったマーサの考えが、イーディスには理解できなかった。理由を追及するようなイーディスの視線に、マーサが苦笑いを浮かべた。
「まあ、結果的には役立ちそうだからいいじゃない? 店員の魔道士が言うには、凄く強力な媚薬なんだって。これをお茶かお酒に一滴垂らして、バッカスさんに飲ませなさい」
「飲ませたら、どうなるの?」
興味と怖れとが混在した碧眼で、イーディスがマーサを見つめた。
「さあ……? どうなるのかは、お楽しみね。上手くすれば、バッカスさんに抱いてもらえるかもよ?」
「だ、抱いて……?」
異性と付き合ったこともないイーディスは、当然未経験だった。カアッと顔を赤く染めると、イーディスは恥ずかしそうに俯いて黙り込んだ。
「なるほど……。バッカスさんがイーディスを抱いているところを、アトロポスに見せたら面白そうね。二人の仲が険悪になることは間違いないわよ」
ニヤリと笑いながら告げたキャシーの言葉に、マーサに頷いた。
「あたしたちはこっそりと二人の様子を見ていて、バッカスさんがイーディスに襲いかかったらアトロポスを呼びに行くのもいいわね。アトロポスがどんな顔をするか、楽しみだわ」
「お、襲いかかる……?」
男に襲われた経験など今までにないイーディスは、驚きに碧眼を大きく見開いた。
「心配しなくても大丈夫よ。最後までされないうちに、アトロポスを呼びに行ってあげるから。さすがに初体験が強姦じゃ、洒落にならないしね」
「強姦って……」
楽しそうに告げたキャシーの言葉に、イーディスは不安になってきた。ただでさえバッカスの力には勝てそうもないのだ。本当に襲われたらどうなるのか、イーディスは貞操の危機を感じて蒼白になった。
「おはようございます。昨夜はお疲れ様でした」
突然、背後から声を掛けられ、イーディスはビクンッと体を揺らすと慌てて振り返った。そこには、笑顔を浮かべたアトロポスとバッカスが並んで立っていた。
「おはようございます。朝から仲が良さそうですね」
ニッコリと笑みを浮かべながら告げたキャシーの言葉に、アトロポスの顔が赤く染まった。
「いえ、そんなことは……。今日も一日よろしくお願いします」
恥ずかしそうにそう言うと、アトロポスとバッカスは空いているテーブルの方へ歩いて行った。
「見た、今のアトロポスの顔? あれって、絶対にバッカスさんとやったわよ」
「間違いないわね。イーディス、負けてなんかいられないからね」
キャシーとマーサが小声でイーディスに声援を送ってきた。その言葉に頷くと、イーディスは激しい嫉妬心とともに決意した。
(やっぱり、一日でも早くバッカスさんを自由にしてあげないと……。そのためなら、体を張るくらい何でもないわ)
イーディスはテーブルの上に置かれた媚薬の小瓶を固く握りしめた。
その日、一行は魔獣や盗賊団に遭遇することもなく、順調に旅程を終えた。次の予定地であるユーディンという町まであと半日というところで日が暮れたため、野宿の準備に入った。
配給された夕食を食べ終わると、アトロポスはバッカスに意識伝達を送った。
『後は任せるわね。私も起きている間は索敵を続けるけど、何かあったら意識伝達で連絡して』
『分かった。昨夜は無理させちまったから、今日はゆっくりと休んでいろ』
『ばか……。知らないわよ、もう……』
盗賊団が出たため中途半端に放り出したことを悪いと思ったのか、昨夜のバッカスはアトロポスをいつも以上に激しく責め立てた。声が嗄れるまで啼き乱されたことを思い出すと、アトロポスは恥ずかしさのあまり真っ赤に染まった。
「どうしたんですか、アトロポスさん? 大丈夫?」
突然、顔を赤らめて俯いたアトロポスの様子に、キャシーが首を傾げながら声を掛けた。
「い、いえ……。何でも……」
「そうですか……。今晩の見張りは、バッカスさんとイーディスですね。バッカスさん、イーディスをよろしくお願いします」
内心の思惑をひた隠しながら、キャシーが笑顔でバッカスに告げた。
「ああ。イーディス、よろしく頼む」
キャシーの言葉に頷くと、バッカスがイーディスの方を振り向いて告げた。
「は、はい……。こちらこそ……」
キャシーと違い、腹芸などできないイーディスは、緊張しながらバッカスに頭を下げた。ドキンドキンと早鐘を打つ鼓動がバッカスに聞こえないかと、イーディスはそれだけを気にしていた。
「じゃあ、あたしたちはこれで……。イーディス、よろしくね」
「がんばってね、イーディス」
ニヤリと微笑んだマーサの顔を見て、イーディスの緊張は更に高まった。
「私もそろそろ行くわ。バッカス、頼んだわよ」
「ああ、任せろ」
席を立ったアトロポスに、バッカスは笑顔で力強く頷いた。バッカスに笑顔で頷き返すと、アトロポスはキャシーたちとともにその場から立ち去っていった。
燃えさかる焚き火の前には、バッカスとイーディスの二人だけが残された。
焚き火に枯れ枝を焼べていると、イーディスが突然声を掛けてきた。
「バ、バッカスさん、喉渇きませんか?」
「いや、別に……。食事の時にエールを飲んだし、大丈夫だ」
「あ、あたし、お茶を持ってきたんです! 今、入れますね!」
明らかに挙動不審な様子で、イーディスは自分の鞄から水筒とカップを取り出した。
「は、はい、どうぞ……」
「ああ、ありがとう」
無碍に断るのもどうかと思い、バッカスは差し出されたカップを受け取った。中には緑黄茶らしき山吹色の液体が入っていた。一口飲んでみると、普通の緑黄茶とは違い、妙な甘みが口に残った。
「の、喉が渇いているなら、一気に飲んじゃっていいですよ! まだ、たくさんありますから……」
そう言うと、イーディスは水筒を持ち上げてバッカスの目の前で振った。ポチャポチャと中身の緑黄茶が揺れる音がした。
「いや、大丈夫だ。お前も飲んだらどうだ?」
「あ、あたしは別に……喉が渇いてないので……」
緊張のあまりカラカラに乾ききった声で、イーディスが答えた。イーディスの碧眼がバッカスの様子を観察するように見つめていた。
イーディスはマーサの言葉を聞き逃していた。マーサはこの媚薬をお酒かお茶に一滴垂らすように言ったのだった。だが、イーディスは小さな水筒に入れた緑黄茶に、小瓶に入った媚薬すべてを注ぎ込んだのだ。その効果は劇的だった。そして、イーディスは身をもって媚薬の恐ろしさを知ることになった。
ドクンッ……!
激しい鼓動を感じ、バッカスが濃茶色の瞳を見開いた。
ドクンッ、ドクンッ……!!
心臓が早鐘を打ち始め、全身が熱を発したように急激に熱くなってきた。
(な、何だ、これは……?)
苦しいほどの動悸がして、バッカスは思わず右手で胸を押さえた。同時に息苦しさを感じ、ハッ、ハッと喘ぐように空気を求めた。
(どうしたってんだ、いったい……!?)
腰から下が熱くなり、下半身が熱を持ってきた。自分が勃起していることに気づくと、バッカスは愕然とした。
(十六、七のガキじゃあるまいし、何なんだ、いったい……?)
バッカスは目の前にいるイーディスから、発情した女の匂いを嗅ぎ取った。
(いや、発情しているのは、この俺だ!? イーディスに手なんか出したら、アトロポスに顔向けできねえッ!)
バッカスは歯を食いしばって、燃え上がる欲望を抑え込んだ。だが、その目は血走り、その視線はイーディスの豊かな胸やくびれた腰つき、女らしい丸みを帯びた尻や太ももに釘付けになった。
「バッカスさん? 大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですけど……?」
心配そうに覗き込むイーディスの整った顔の中で、紅い唇がバッカスの理性を消し飛ばした。
「アトロポス!」
バッカスは愛する女の名を叫ぶと、左腕をイーディスの背中に回して力尽くで抱き寄せた。そして、右手でイーディスの後頭部を押さえつけ、強引に唇を奪った。
「バッカスさ……んっ、いやッ……んっ、んくっ……」
無理矢理入ってきたバッカスの舌が、イーディスの口腔を暴れ回り、濃厚に舌を絡め取った。
(そんな……! 初めての口づけなのに、こんなの……イヤッ!)
貪るように唾液を吸われ、激しく舌を絡められながらイーディスは全力でバッカスの体を押し返そうとした。だが、その強靱な筋肉に覆われた体は、イーディスの抵抗などものともしなかった。
バッカスがイーディスを地面に押し倒し、覆い被さるようにのし掛かってきた。その間も、唇は塞がれ舌を絡まされたままだった。
(イヤ、こんなの……! キャシー、マーサ、助けてッ!)
声も出せずにイーディスは心の中で叫んだ。だが、バッカスは左手でイーディスの両腕を背中に拘束すると、右手で革鎧の紐を解き始めた。四箇所ある紐をすべて解くと、バッカスは革鎧の前を大きく広げた。そして、白い胸当てをずり上げると、形良く盛り上がった左の乳房を右手で揉みしだき始めた。
(犯されるッ! いやあぁあ……!)
快感など一欠片も感じずに、イーディスの心は恐怖で染まり上がった。きつく閉じた両目から涙が溢れ出て頬を伝って流れ落ちた。
「あれ、やばいんじゃない?」
「早く、アトロポスを呼びに行こうッ! 急がないと本当にイーディス、やられちゃうよ!」
荷馬車の影から二人の様子を見ていたキャシーとマーサが、蒼白な表情で頷きあった。そして、全力でアトロポスのいる最前列の荷馬車に向かって走り出した。
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