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第8章 蒼氷姫
4 襲撃
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アトロポスとバッカスが剣士クラスSだと知った途端、カールトンの態度はがらりと変わった。
「まさか、お二人が冒険者ランクSパーティ<闇姫>だとは思いもしませんでした。ローズさんもお人が悪い。最初から言ってくだされば良かったのに……」
揉み手をしながらカールトンがアトロポスに告げた。その態度にうんざりしながらも、雇い主を無碍にも出来ずにアトロポスは笑顔を浮かべた。
「それなりに剣の腕には自信があると言ったと思いますが……。はっきりと剣士クラスSと明かさなかったことはお詫びします」
「いえいえ……。剣士クラスSがお二人もいらっしゃれば、どんな魔獣や盗賊団が出ても安心です。私どもとしても、お二人には出来る限りの便宜を図らせて頂きますので、どうぞご期待ください」
卑屈に思えるほどの腰の低さで、カールトンがアトロポスに頭を下げた。
「いえ……。私たちも<守護天使>の三人も、同じ護衛ですから待遇に差はつけないでください」
「ランクSパーティとランクDパーティでは、全然違いますよ。途中の村や町でも別の宿にさせていただきますので、ご安心を……」
あくまで特別待遇をしようとするカールトンに、アトロポスはため息をついた。すると、バッカスが横から口を挟んだ。
「カールトンさん、俺たちは<守護天使>と同じように扱って欲しいと言っているんだ。その希望を通してもらえないのであれば、この護衛依頼は今すぐにでも辞める。依頼料は白金貨四枚だから、違約金はその三倍の白金貨十二枚だよな? すぐにでも支払おうか?」
強面の顔で脅しつけたバッカスに、カールトンが震えながら言った。
「め、滅相もありません。お、仰るとおり、<守護天使>の三人と同じ待遇にさせていただきます。ですから、どうか護衛を続けてください」
その言葉どおり、その日の昼食は<守護天使>と同じメニューだった。ただし、その内容は昨日よりも数段グレードアップしていた。
「なんか、今日のお昼って豪華じゃない?」
「そうね。前菜やスープまでついているわ」
「よくわかんないけど、美味しいならいいんじゃない?」
アトロポスとバッカスは顔を見合わせて肩を竦めたが、<守護天使>が喜んでいるのなら良しとすることにした。
その日の夕方、一行は最初の目的地であるラインゾーネという村に到着した。カールトンによると、村の人口は二百人ほどで果実の栽培が盛んな村だと言うことだった。
村には宿屋が二軒あり、中級宿にカールトンたちが、下級宿に<守護天使>とアトロポスたちが泊まることになった。部屋数が足りず、中級宿に全員を泊めることが不可能だったのだ。カールトンはアトロポスたちだけでも中級宿に泊めてくれようとしたが、アトロポスは固辞した。
「懐かしいわ。王宮から逃げ出して初めて泊まった宿がこんな感じだったのよ」
二十平方メッツェくらいの広さに、二人用の寝台が一つ置かれているだけの質素な部屋を見渡しながらアトロポスが告げた。
「そうか。俺はお前と知り合うまではこんな部屋しか泊まったことがなかったけどな」
「それは、娼館や博打で散財してたからでしょ?」
ジロリとアトロポスに睨まれると、バッカスは失言に気づいて慌てて話題を変えた。
「それはそうと、あんまり<守護天使>に情を移しすぎるなよ。彼女らがクラスAならともかく、クラスDじゃ<闇姫>に入れることは無理だぞ」
バッカスは初めて共同で依頼を受注し、歳も近いイーディスたちにアトロポスが気を許しすぎているような気がした。仲良くなることは構わないが、一線は引くべきであることをアトロポスが忘れているのではないかと思った。
「分かってるわ。私、今まで歳が近い女友達ってほとんどいなかったから……。でも、バッカスが言いたいことは分かるわ。気をつける、ありがとう」
「それならいい。ところで、今も索敵をしているのか?」
部屋に入っても索敵魔法が付与されている闇龍の外套を着たままでいるアトロポスに、バッカスが訊ねた。
「うん。一応、護衛の依頼だしね……」
「そのままじゃ、何も出来ないな。天龍の革鎧だけ脱がないか?」
「え……? それは……」
バッカスの告げた意味を理解して、アトロポスの顔が真っ赤に染まった。
「まさか、護衛依頼中にもするつもりなの?」
「こうして宿に泊まるんだ。当然だろ? 天龍の革鎧を脱いで、闇龍の外套だけを着ていればいいさ」
ニヤリと笑みを浮かべながら告げたバッカスの言葉に、アトロポスは首筋まで真っ赤になった。素肌の上に外套だけを羽織った格好で抱かれるなど、恥ずかしすぎた。
「嫌よ、そんな恥ずかしい格好……。それに、闇龍の外套が汚れちゃうわ……」
「大丈夫さ。お前が上になればいい」
バッカスの言葉に、アトロポスはカアッと赤面した。恥ずかしさと期待で胸の鼓動がドキドキと速まった。寝台の上に横たわったバッカスの上で、何度も歓喜の愉悦に狂わされた自分を思い出したのだ。
「でも、あの最中に索敵なんて出来な……んっ、あっ……」
アトロポスの抗議の言葉を塞ぐように、バッカスが唇を重ねてきた。ネットリと舌を絡められて力が抜けたアトロポスから、バッカスは天龍の革鎧を脱がせ始めた。
「だめ……バッカス……いや……あッ、やめ……あ、あぁ……」
夜の帳が下り始めた下級宿の室内に、アトロポスの熱い喘ぎ声が響き始めた。
「あッ……いやッ……それ、だめッ……凄いッ! あ、あぁああ……!」
激しく下から突き上げられ、アトロポスは長い髪を舞い乱しながら悶え啼いた。腰を灼き溶かすような悦楽が背筋を舐め上げ、黒曜石の瞳から溢れた涙が頬を濡らしていた。熱い喘ぎを漏らしている唇の端からは、ネットリとした涎の糸が垂れ落ちた。
瞼の裏に白い閃光がチカチカと瞬き、歓悦の極みに近づいていることが分かった。
(ウソ……、こんな時に……!?)
突然、アトロポスの脳裏に二十を超える赤い点が光った。村の中であることから、魔獣の可能性は低かった。
(盗賊団……? そんな……!?)
赤い点は向かい側の中級宿を取り囲んでいた。魔獣が宿を選んで襲うはずはないことから、盗賊団であることはもはや疑いがなかった。
「バッカス……まって……あッ、だめッ……盗賊団が……あ、あっ、いやぁ……」
アトロポスの言葉に、バッカスの動きが止まった。突然途絶えた快楽に、アトロポスの躰が名残惜しそうに震えた。
「盗賊団だと? どこだ? 人数は?」
一流の冒険者だけあり、バッカスは表情を引き締めるとアトロポスの中から自分自身を抜き去った。
「あ、ああ……」
(こんな状態でやめられたら、私……)
官能に蕩けきった瞳で、アトロポスは不満そうにバッカスを見つめた。ビクン、ビクンと痙攣している自分の躰が悦楽の続きを欲しているのを、アトロポスは切ないほど自覚した。絶頂の寸前で行為を止められることが、女にとってこれほど辛いことだとアトロポスは初めて知った。
「はぁ……はぁ……カールトンさんたちが……はぁ……泊まっている宿を……囲んでるわ……二十人くらい……はぁ、はぁ……」
熱い喘ぎを漏らしながら、アトロポスがバッカスに告げた。赤く紅潮した頬に乱れた黒髪が汗で貼り付き、濃艶な女の色香を放っていた。
「分かった。俺が行く。お前はここで待っていろ」
厳しい表情でそう告げると、バッカスは寝台から下り立って火龍の革鎧を身につけだした。そして、壁に立て掛けた火焔黒剣を掴むと、左腰の剣帯に差してアトロポスに口づけをした。
「では、行ってくる……」
「待って……私も……」
アトロポスは寝台から起き上がろうとしたが、全身が甘く痺れて腰に力が入らなかった。半身を支えている両手がブルブルと震えていた。
「心配するな、すぐ戻る。続きは、帰ってきてからだ……」
そう告げると、バッカスは入口の扉を開けて部屋から出て行った。
(何で、こんな時に……もうッ!)
悦楽の頂点を極める直前で放り出された女体は、狂おしいほどに昂ぶっていた。このままでは気が狂いそうだった。
アトロポスは寝台からゆっくりと下り立つと、バッカスの次元鞄から中級回復ポーションを取り出した。そして、栓を抜くと一気に飲み干した。
「人の楽しみを邪魔した恨みは大きいわよ! 覚悟しなさいッ!」
激しい怒りを黒瞳に湛えると、アトロポスは<蒼龍神刀>を掴んでバッカスの後を追うように部屋を出て行った。
部屋の中には、天龍の革鎧が残されていた。怒りのあまり頭に血が上ったアトロポスは、白い裸身の上に闇龍の外套を羽織っただけの姿で部屋を飛び出したのだった。
「ひぃい! た、助けて……」
喉元に白刃を突きつけられ、カールトンが蒼白な表情で告げた。
「こいつの生命を助けたければ、手を出すんじゃねえぞ!」
赤いバンダナを頭に巻いた男が、バッカスを見据えながら叫んだ。どうやら、この盗賊団の首領のようだった。
バッカスの横には、騒ぎを聞きつけて駆けつけた<守護天使>三人の姿があった。
「どうします、バッカスさん?」
イーディスが右に立つバッカスを見上げながら小声で訊ねた。足捌きや動きを見ると、盗賊団の男たちの力量は、自分よりも下であることがイーディスにも分かった。
二十人ほどいる盗賊団のうち、首領を含めて五人が商人たちの首に白刃を突きつけていた。残りは荷馬車や宿の部屋から商団の積み荷を運び出していた。宿の店主たちはその様子をガタガタと震えながら、離れた場所から見つめていた。
「人質を取っている五人は俺が担当する。イーディスたちは、他の連中を頼む。俺の合図で、一斉に攻撃を始めてくれ」
「はい!」
「分かりました」
「任せて!」
バッカスの言葉に、<守護天使>の三人が小声で答えた。
(そうは言ったものの、人質たちに怪我を負わせないようにするのは厄介だな。仕方ねえ、少しくらい怪我しても、ポーションで治すか……)
そう考えていたバッカスのすぐ横を、一陣の黒い疾風が走りすぎていった。次の瞬間、男たちの絶叫とともに、剣を掴んだ右腕が五本、宙を舞った。
「腕がぁ……!」
「ぎゃああ! 痛えッ!」
「ひぃいいい!」
利き腕を無くして地面を転げ回る首領たちを無視すると、アトロポスは残りの盗賊団の腕を次々と斬り落としていった。周囲は噴き上がる鮮血と男たちの絶叫に席巻された。
「ひ、ひぃえぇ……」
あまりの凄惨さに、カールトンが腰を抜かしながらガクガクと震えていた。他の商人たちも蒼白な表情で後ずさりながら、アトロポスを見つめていた。
「イーディスさん」
「は、はいッ!」
呆然と成り行きを見守っていたイーディスが、アトロポスの言葉にビクンッと体を震わせた。
「自衛団を呼んできてもらえますか? こいつらの逮捕と処置をお願いしたいので……」
「わ、分かりました」
イーディスはその場から逃げるように村の中心部に向かって走り出した。キャシーとマーサも慌てて彼女の後を追いかけていった。
「カールトンさん、怪我はありませんか?」
首領の返り血で顔中を真っ赤に染めたカールトンに向かって、アトロポスが笑顔で告げた。アトロポス自身は、一滴の返り血も浴びていなかった。
「は、はい……。お、お、おかげ様で……」
二十人の男が片腕を失って転げ回る惨状に、カールトンはガクガクと全身を震わせながらアトロポスに頷いた。
「どうする、アトロポス? こいつらにポーションを飲ませるか?」
「必要ないわ。処置が早ければ、死にはしないでしょう?」
地面をのたうち回っている男たちを見つめながら言ったバッカスの言葉を、アトロポスはバッサリと切って捨てた。バッカスと愛し合う時間を邪魔されて、アトロポスの怒りは大きかったのだ。
「そうだな……。後は自衛団に任せるとするか……」
そう告げると、バッカスは盗賊団の男たちに同情の視線を送った。
一方、自衛団を呼びに走りながら、<守護天使>の三人は興味津々の表情で会話をしていた。
「さすが『夜薔薇』ね。顔色一つ変えないで、盗賊団たちの腕を斬り落とすなんて……」
「それもそうだけど、アトロポスさん、外套の下、裸じゃなかった?」
イーディスの言葉より、外套一枚を羽織っただけのアトロポスの姿に、キャシーは大きな茶色い瞳を輝かせながら告げた。彼女は、漆黒の外套が捲れ上がった瞬間に、アトロポスの白い胸が揺れているのを見たのだった。
「そうだったね。きっと、バッカスさんとお楽しみの最中だったんじゃない? それを邪魔されて怒ったとか……?」
マーサの言葉は、限りなく真実を突いていた。
(そんな……。バッカスさんと……。そんなの、嫌だ……)
イーディスの胸に、激しい嫉妬が渦巻いた。アトロポスに脅されて、バッカスが嫌々ながらも彼女の相手をしている情景が目に浮かんだ。
(一日も早く、バッカスさんをあの女から解放してあげないと……)
イーディスは美しい碧眼に真剣な光を浮かべながら、どうしたらアトロポスをバッカスから引き離せるかを考え始めた。
「まさか、お二人が冒険者ランクSパーティ<闇姫>だとは思いもしませんでした。ローズさんもお人が悪い。最初から言ってくだされば良かったのに……」
揉み手をしながらカールトンがアトロポスに告げた。その態度にうんざりしながらも、雇い主を無碍にも出来ずにアトロポスは笑顔を浮かべた。
「それなりに剣の腕には自信があると言ったと思いますが……。はっきりと剣士クラスSと明かさなかったことはお詫びします」
「いえいえ……。剣士クラスSがお二人もいらっしゃれば、どんな魔獣や盗賊団が出ても安心です。私どもとしても、お二人には出来る限りの便宜を図らせて頂きますので、どうぞご期待ください」
卑屈に思えるほどの腰の低さで、カールトンがアトロポスに頭を下げた。
「いえ……。私たちも<守護天使>の三人も、同じ護衛ですから待遇に差はつけないでください」
「ランクSパーティとランクDパーティでは、全然違いますよ。途中の村や町でも別の宿にさせていただきますので、ご安心を……」
あくまで特別待遇をしようとするカールトンに、アトロポスはため息をついた。すると、バッカスが横から口を挟んだ。
「カールトンさん、俺たちは<守護天使>と同じように扱って欲しいと言っているんだ。その希望を通してもらえないのであれば、この護衛依頼は今すぐにでも辞める。依頼料は白金貨四枚だから、違約金はその三倍の白金貨十二枚だよな? すぐにでも支払おうか?」
強面の顔で脅しつけたバッカスに、カールトンが震えながら言った。
「め、滅相もありません。お、仰るとおり、<守護天使>の三人と同じ待遇にさせていただきます。ですから、どうか護衛を続けてください」
その言葉どおり、その日の昼食は<守護天使>と同じメニューだった。ただし、その内容は昨日よりも数段グレードアップしていた。
「なんか、今日のお昼って豪華じゃない?」
「そうね。前菜やスープまでついているわ」
「よくわかんないけど、美味しいならいいんじゃない?」
アトロポスとバッカスは顔を見合わせて肩を竦めたが、<守護天使>が喜んでいるのなら良しとすることにした。
その日の夕方、一行は最初の目的地であるラインゾーネという村に到着した。カールトンによると、村の人口は二百人ほどで果実の栽培が盛んな村だと言うことだった。
村には宿屋が二軒あり、中級宿にカールトンたちが、下級宿に<守護天使>とアトロポスたちが泊まることになった。部屋数が足りず、中級宿に全員を泊めることが不可能だったのだ。カールトンはアトロポスたちだけでも中級宿に泊めてくれようとしたが、アトロポスは固辞した。
「懐かしいわ。王宮から逃げ出して初めて泊まった宿がこんな感じだったのよ」
二十平方メッツェくらいの広さに、二人用の寝台が一つ置かれているだけの質素な部屋を見渡しながらアトロポスが告げた。
「そうか。俺はお前と知り合うまではこんな部屋しか泊まったことがなかったけどな」
「それは、娼館や博打で散財してたからでしょ?」
ジロリとアトロポスに睨まれると、バッカスは失言に気づいて慌てて話題を変えた。
「それはそうと、あんまり<守護天使>に情を移しすぎるなよ。彼女らがクラスAならともかく、クラスDじゃ<闇姫>に入れることは無理だぞ」
バッカスは初めて共同で依頼を受注し、歳も近いイーディスたちにアトロポスが気を許しすぎているような気がした。仲良くなることは構わないが、一線は引くべきであることをアトロポスが忘れているのではないかと思った。
「分かってるわ。私、今まで歳が近い女友達ってほとんどいなかったから……。でも、バッカスが言いたいことは分かるわ。気をつける、ありがとう」
「それならいい。ところで、今も索敵をしているのか?」
部屋に入っても索敵魔法が付与されている闇龍の外套を着たままでいるアトロポスに、バッカスが訊ねた。
「うん。一応、護衛の依頼だしね……」
「そのままじゃ、何も出来ないな。天龍の革鎧だけ脱がないか?」
「え……? それは……」
バッカスの告げた意味を理解して、アトロポスの顔が真っ赤に染まった。
「まさか、護衛依頼中にもするつもりなの?」
「こうして宿に泊まるんだ。当然だろ? 天龍の革鎧を脱いで、闇龍の外套だけを着ていればいいさ」
ニヤリと笑みを浮かべながら告げたバッカスの言葉に、アトロポスは首筋まで真っ赤になった。素肌の上に外套だけを羽織った格好で抱かれるなど、恥ずかしすぎた。
「嫌よ、そんな恥ずかしい格好……。それに、闇龍の外套が汚れちゃうわ……」
「大丈夫さ。お前が上になればいい」
バッカスの言葉に、アトロポスはカアッと赤面した。恥ずかしさと期待で胸の鼓動がドキドキと速まった。寝台の上に横たわったバッカスの上で、何度も歓喜の愉悦に狂わされた自分を思い出したのだ。
「でも、あの最中に索敵なんて出来な……んっ、あっ……」
アトロポスの抗議の言葉を塞ぐように、バッカスが唇を重ねてきた。ネットリと舌を絡められて力が抜けたアトロポスから、バッカスは天龍の革鎧を脱がせ始めた。
「だめ……バッカス……いや……あッ、やめ……あ、あぁ……」
夜の帳が下り始めた下級宿の室内に、アトロポスの熱い喘ぎ声が響き始めた。
「あッ……いやッ……それ、だめッ……凄いッ! あ、あぁああ……!」
激しく下から突き上げられ、アトロポスは長い髪を舞い乱しながら悶え啼いた。腰を灼き溶かすような悦楽が背筋を舐め上げ、黒曜石の瞳から溢れた涙が頬を濡らしていた。熱い喘ぎを漏らしている唇の端からは、ネットリとした涎の糸が垂れ落ちた。
瞼の裏に白い閃光がチカチカと瞬き、歓悦の極みに近づいていることが分かった。
(ウソ……、こんな時に……!?)
突然、アトロポスの脳裏に二十を超える赤い点が光った。村の中であることから、魔獣の可能性は低かった。
(盗賊団……? そんな……!?)
赤い点は向かい側の中級宿を取り囲んでいた。魔獣が宿を選んで襲うはずはないことから、盗賊団であることはもはや疑いがなかった。
「バッカス……まって……あッ、だめッ……盗賊団が……あ、あっ、いやぁ……」
アトロポスの言葉に、バッカスの動きが止まった。突然途絶えた快楽に、アトロポスの躰が名残惜しそうに震えた。
「盗賊団だと? どこだ? 人数は?」
一流の冒険者だけあり、バッカスは表情を引き締めるとアトロポスの中から自分自身を抜き去った。
「あ、ああ……」
(こんな状態でやめられたら、私……)
官能に蕩けきった瞳で、アトロポスは不満そうにバッカスを見つめた。ビクン、ビクンと痙攣している自分の躰が悦楽の続きを欲しているのを、アトロポスは切ないほど自覚した。絶頂の寸前で行為を止められることが、女にとってこれほど辛いことだとアトロポスは初めて知った。
「はぁ……はぁ……カールトンさんたちが……はぁ……泊まっている宿を……囲んでるわ……二十人くらい……はぁ、はぁ……」
熱い喘ぎを漏らしながら、アトロポスがバッカスに告げた。赤く紅潮した頬に乱れた黒髪が汗で貼り付き、濃艶な女の色香を放っていた。
「分かった。俺が行く。お前はここで待っていろ」
厳しい表情でそう告げると、バッカスは寝台から下り立って火龍の革鎧を身につけだした。そして、壁に立て掛けた火焔黒剣を掴むと、左腰の剣帯に差してアトロポスに口づけをした。
「では、行ってくる……」
「待って……私も……」
アトロポスは寝台から起き上がろうとしたが、全身が甘く痺れて腰に力が入らなかった。半身を支えている両手がブルブルと震えていた。
「心配するな、すぐ戻る。続きは、帰ってきてからだ……」
そう告げると、バッカスは入口の扉を開けて部屋から出て行った。
(何で、こんな時に……もうッ!)
悦楽の頂点を極める直前で放り出された女体は、狂おしいほどに昂ぶっていた。このままでは気が狂いそうだった。
アトロポスは寝台からゆっくりと下り立つと、バッカスの次元鞄から中級回復ポーションを取り出した。そして、栓を抜くと一気に飲み干した。
「人の楽しみを邪魔した恨みは大きいわよ! 覚悟しなさいッ!」
激しい怒りを黒瞳に湛えると、アトロポスは<蒼龍神刀>を掴んでバッカスの後を追うように部屋を出て行った。
部屋の中には、天龍の革鎧が残されていた。怒りのあまり頭に血が上ったアトロポスは、白い裸身の上に闇龍の外套を羽織っただけの姿で部屋を飛び出したのだった。
「ひぃい! た、助けて……」
喉元に白刃を突きつけられ、カールトンが蒼白な表情で告げた。
「こいつの生命を助けたければ、手を出すんじゃねえぞ!」
赤いバンダナを頭に巻いた男が、バッカスを見据えながら叫んだ。どうやら、この盗賊団の首領のようだった。
バッカスの横には、騒ぎを聞きつけて駆けつけた<守護天使>三人の姿があった。
「どうします、バッカスさん?」
イーディスが右に立つバッカスを見上げながら小声で訊ねた。足捌きや動きを見ると、盗賊団の男たちの力量は、自分よりも下であることがイーディスにも分かった。
二十人ほどいる盗賊団のうち、首領を含めて五人が商人たちの首に白刃を突きつけていた。残りは荷馬車や宿の部屋から商団の積み荷を運び出していた。宿の店主たちはその様子をガタガタと震えながら、離れた場所から見つめていた。
「人質を取っている五人は俺が担当する。イーディスたちは、他の連中を頼む。俺の合図で、一斉に攻撃を始めてくれ」
「はい!」
「分かりました」
「任せて!」
バッカスの言葉に、<守護天使>の三人が小声で答えた。
(そうは言ったものの、人質たちに怪我を負わせないようにするのは厄介だな。仕方ねえ、少しくらい怪我しても、ポーションで治すか……)
そう考えていたバッカスのすぐ横を、一陣の黒い疾風が走りすぎていった。次の瞬間、男たちの絶叫とともに、剣を掴んだ右腕が五本、宙を舞った。
「腕がぁ……!」
「ぎゃああ! 痛えッ!」
「ひぃいいい!」
利き腕を無くして地面を転げ回る首領たちを無視すると、アトロポスは残りの盗賊団の腕を次々と斬り落としていった。周囲は噴き上がる鮮血と男たちの絶叫に席巻された。
「ひ、ひぃえぇ……」
あまりの凄惨さに、カールトンが腰を抜かしながらガクガクと震えていた。他の商人たちも蒼白な表情で後ずさりながら、アトロポスを見つめていた。
「イーディスさん」
「は、はいッ!」
呆然と成り行きを見守っていたイーディスが、アトロポスの言葉にビクンッと体を震わせた。
「自衛団を呼んできてもらえますか? こいつらの逮捕と処置をお願いしたいので……」
「わ、分かりました」
イーディスはその場から逃げるように村の中心部に向かって走り出した。キャシーとマーサも慌てて彼女の後を追いかけていった。
「カールトンさん、怪我はありませんか?」
首領の返り血で顔中を真っ赤に染めたカールトンに向かって、アトロポスが笑顔で告げた。アトロポス自身は、一滴の返り血も浴びていなかった。
「は、はい……。お、お、おかげ様で……」
二十人の男が片腕を失って転げ回る惨状に、カールトンはガクガクと全身を震わせながらアトロポスに頷いた。
「どうする、アトロポス? こいつらにポーションを飲ませるか?」
「必要ないわ。処置が早ければ、死にはしないでしょう?」
地面をのたうち回っている男たちを見つめながら言ったバッカスの言葉を、アトロポスはバッサリと切って捨てた。バッカスと愛し合う時間を邪魔されて、アトロポスの怒りは大きかったのだ。
「そうだな……。後は自衛団に任せるとするか……」
そう告げると、バッカスは盗賊団の男たちに同情の視線を送った。
一方、自衛団を呼びに走りながら、<守護天使>の三人は興味津々の表情で会話をしていた。
「さすが『夜薔薇』ね。顔色一つ変えないで、盗賊団たちの腕を斬り落とすなんて……」
「それもそうだけど、アトロポスさん、外套の下、裸じゃなかった?」
イーディスの言葉より、外套一枚を羽織っただけのアトロポスの姿に、キャシーは大きな茶色い瞳を輝かせながら告げた。彼女は、漆黒の外套が捲れ上がった瞬間に、アトロポスの白い胸が揺れているのを見たのだった。
「そうだったね。きっと、バッカスさんとお楽しみの最中だったんじゃない? それを邪魔されて怒ったとか……?」
マーサの言葉は、限りなく真実を突いていた。
(そんな……。バッカスさんと……。そんなの、嫌だ……)
イーディスの胸に、激しい嫉妬が渦巻いた。アトロポスに脅されて、バッカスが嫌々ながらも彼女の相手をしている情景が目に浮かんだ。
(一日も早く、バッカスさんをあの女から解放してあげないと……)
イーディスは美しい碧眼に真剣な光を浮かべながら、どうしたらアトロポスをバッカスから引き離せるかを考え始めた。
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『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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