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第8章 蒼氷姫

1 魔道通信機

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「もう……ゆるして……。これ以上されたら……狂っちゃう……」
 ビックンッ、ビックンッと痙攣が止まらない総身を寝台の上に投げ出すと、アトロポスは涙で頬を塗らしながらバッカスに訴えた。全身を凄まじい愉悦が駆け巡り、随喜の涙が止まらなかった。歓悦の極みを告げる言葉を何度も叫ばされた唇からは、ネットリとした涎が垂れ落ちて寝台に染みを描いていた。

 二日ぶりのバッカスの責めは、凄まじかった。絶頂して痙攣しているにもかかわらず、アトロポスは更なる高みへと押し上げられた。限界を超える官能の愉悦に狂わされ、アトロポスは何度も許しを乞いながら泣き叫んだ。

(こんなに凄いの……初めて……)
 アトロポスは官能に蕩けきった瞳で、バッカスの顔を見つめた。その精悍な顔が近づくと唇が塞がれ、ネットリと舌を絡められた。
(またされるの……? もう、おかしくなっちゃう……)
 女の悦びを刻みつけられた躰は痙攣し続け、四肢の先端まで甘く痺れていた。アトロポスが挿し込まれた舌の動きに応えていると、やや苦みのある液体が流し込まれてきた。

(中級回復ポーション? それにしては味が違う……)
 三度に分けて流し込まれた液体を飲み終えると、全身の痙攣が治まり急激に体力が戻ってきた。アトロポスはバッカスの首に両手を廻すと、自ら積極的に舌を絡めた。
 長く濃厚な口づけを終えると、細い唾液の糸を引きながらバッカスが唇を離した。

「上級回復ポーションだ。よく効くだろう?」
 悪戯そうな笑みを浮かべながら、バッカスが告げた。一本で白金貨三枚もする上級回復ポーションは、四肢の欠損さえも復元する。決して、こんなことに使うような代物ではなかった。
「絶対にポーションの使い方、間違っているわよ。でも、おかげで体力も戻ったわ、ありがとう」
 寝台の上に半身を起こしながら、アトロポスが笑顔で告げた。

「さっき、朝の五つ鐘が鳴った。そろそろ出かける準備をしよう。先に風呂にでも入ってくるか?」
「うん、そうするわ。それから……」
 黒曜石の瞳に優しい光を映しながら、アトロポスがバッカスを見つめた。
「ん? 何だ……?」
「あんなに凄かったの、初めてよ……。でも、少しは手加減してね、身が持たないわ……」
 バッカスの耳元で囁くと、アトロポスは彼の左頬に口づけをした。そして、寝台から下り立つと、美しい裸身を晒したまま寝室から出て行った。

(俺も、あんなに乱れたアトロポスを見たのは初めてだぜ……)
 口づけされた左頬を抑えると、バッカスがニヤリと笑いを浮かべた。二日ぶりの愛の交歓は、お互いに充実した喜びを与えるとともに、より二人の絆を深めたようだった。


 『暁の女神亭』の一階で朝食を食べ終えると、アトロポスたちはそのままギルドへ向かった。ギルドの入口にある観音扉を押して中に入ると、アトロポスはミランダに挨拶をして二階のギルドマスター室へ向かった。
 ノックをして名乗ると、中からアイザックが入室を許可してきた。

「おはようございます、アイザックさん、クロトー姉さん」
「おはようございます、ギルマス、クロトーの姉御」
 入口で挨拶をしたアトロポスたちに、アイザックはソファを勧めながら言った。
「おはよう。今日は早いな。どうした?」
「二人とも顔色がいいわね。ちゃんと効果あるでしょ、あの付与」
 クロトーの冷やかしにバッカスが苦笑いを浮かべた。そして、アトロポスは真っ赤になって俯いた。

「今日はギルマスにお願いがあって来ました。魔道通信機の使用許可をもらいたいんですよ。昨日、アトロポスから<星月夜スターリー・ナイト>のメンバーがアルティシア姫を護衛してユピテル皇国に行ったことを聞きました。そろそろ帰路につく頃みたいですが、まだユピテル皇国のギルド本部にいたら話を聞きたいんです」
 恥ずかしそうに俯いているアトロポスに代わって、バッカスがアイザックに告げた。

「そう言えば、もうそれくらいの時期ね。あたしとしたことが、魔道通信機の存在を忘れていたわ。バッカスは良く知っていたわね」
 感心しながらクロトーがバッカスに告げた。
「俺もそういう物があるってことしか知りませんでしたが……。アトロポスの話を聞いていて思い出したんですよ」
「ウォルフたちがユピテル皇国に向かってから、何日くらい経つんだ?」
 アイザックが横に座るクロトーに向かって訊ねた。

「あの政変クーデターの翌日だから、一ヶ月ちょっとね」
「そうか。まだユピテル皇国にいるかどうか、ぎりぎりだな。取りあえず、向こうの本部と連絡してみるか?」
「お願いします、ギルマス」
 アイザックの言葉に、バッカスが頭を下げた。それを見て、アトロポスも慌てて彼に倣った。


 魔道通信機はギルマス室の中にある扉の向こうに設置されていた。四人はそのままその部屋に足を踏み入れた。
「これが、魔道通信機……。大っきい……」
 初めて魔道通信機を見たアトロポスは、思わず感嘆の声を上げた。
「俺も初めて見るが、思っていたよりもデカいんですね」
 身長百九十五セグメッツェのバッカスが、魔道通信機を見上げながら告げた。

 魔道通信機は円柱状の本体の上部に球体が乗っている形状をしていた。一見すると巨大な小芥子こけしのような形だった。高さは三メッツェ以上あり、上部の球体の直径は七十セグメッツェくらいだった。本体は直径八十セグメッツェほどで、どちらかというと寸胴型ずんどうがたであった。
 床から百五十セグメッツェくらいの高さに操作盤があり、スイッチが二つと右手の手形があった。

「この緑色のスイッチが電源で、押すと通信が可能になる。逆に、下の赤いスイッチを押すと電源が切れて、通信が終了する。この手形の部分に右手を重ねて、魔力を流しながら通話したい支部を思い浮かべるんだ」
 アイザックが操作方法をアトロポスたちに説明した。

「意外と簡単なんですね。誰でも出来そう……」
「そうでもないぞ。クラスSレベルの魔力がないと稼働しない仕組みになっている。だから、この通信機を使用する許可を出すのはクラスS以上と決められているんだ」
 魔道通信機の使用がクラスS以上となっている現実的な理由があったと知り、アトロポスは納得した。こんな便利なものならば、全員に開放すればいいのにと思っていたのだ。

「では、早速動かしてみるぞ」
 そう告げると、アイザックは手形の部分に右手を重ねた。同時に、アイザックの全身が土属性特有の茶色い覇気に包まれた。その色が徐々に濃くなり、黒に近い濃茶色に変わっていった。
「では、通信を始めるぞ」
 アイザックが左手で手形の横にある緑色のスイッチを押した。しばらくすると、上部の球体が輝き始め、声が聞こえてきた。

『こちら、ユピテル皇国冒険者ギルド・イシュタール本部です。私はグランド・ギルドマスターのグランヴィルです』
(……! 本当に通じたッ!)
 黒曜石の瞳を大きく見開くと、アトロポスはバッカスの顔を見つめた。彼も驚きに濃茶色の瞳を見開いていた。

「こちら、レウルキア王国冒険者ギルド・ザルーエク支部です。私はギルドマスターのアイザックと申します。突然のご連絡で申し訳ありません。当ギルド所属の冒険者ランクSパーティ、<星月夜スターリーナイト>がそちらにいるか確認させてください」
 アイザックが自己紹介と用件を簡潔に述べた。

『<星月夜スターリー・ナイト>ですか? たしかに本ギルドに滞在しておりましたが、二日前に立ちました。<星月夜スターリー・ナイト>はあの有名な『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』クロトーさんがリーダーをしているパーティだそうですね。今回、クロトーさんは同行されていませんでしたが、是非一度ユピテル皇国にもお越し頂けるようにお伝えください』
 グランヴィルの口調から、本当にクロトーに会えなかったことを残念に思っていることが伝わった。

「はい。必ず伝えます。ご存じでしたら教えて頂きたいのですが、<星月夜スターリーナイト>はどのルートを通ってレウルキア王国に戻るか言っていましたか?」
 レウルキア王国からユピテル皇国に向かう道は、二つあった。アストリア共和国に近い東廻りと、反対側の西廻りのルートだった。
『申し訳ありませんが、聞いておりません。ですが、西廻りルートの方が大きな街が多いので、そちらを通るのが一般的だとは思いますが……』
 東廻りルートは、アストリア共和国との国境に近いため、街の規模も小さく数も少なかった。

「情報ありがとうございます。また何かありましたらよろしくお願いいたします」
『こちらこそ……。国同士のしがらみは色々あっても、冒険者ギルドに国境はありませんから……。それでは、また……。失礼します』
「ありがとうございました。失礼いたします」
 そう告げると、アイザックは赤いスイッチを押して通信を切った。馬で一月もかかる距離にあるユピテル皇国と直接会話していたことに、アトロポスは驚きとともに感動していた。

(魔道通信機は、大昔の技術で造られたって言っていたわね。今は亡き失われた技術ってことなのかしら? これほど素晴らしい技術が残っていたなんて……)
 おそらく、現在の技術力では、このような機械を造り出すことなど不可能だろうと思われた。
(他にも素晴らしい物が残っているかも知れないわね……)
 機会があれば、是非見てみたいとアトロポスは思った。

「残念だが、<星月夜スターリー・ナイト>はすでにユピテル皇国のギルド本部を出発しているようだ。彼らが帰ってくるのを待つか?」
「いえ。私たちもユピテル皇国に向かいます。西廻りルートの途中で会えるかも知れませんし、もし会えなければ、向こうに着いてから魔道通信機で連絡を入れます」
 昨日、バッカスと相談した内容を、アトロポスがアイザックに告げた。

「ローズ、ユピテル皇国のギルド本部に行くまでは、冒険者ギルドがある街がいくつもあるわ。それぞれのギルドに着いたら、必ず<星月夜スターリー・ナイト>の情報を確認しなさい。特に、大きな街にあるギルド支部には必ず魔道通信機が置いてあるから、それを借りてあたしかアイザックに連絡を入れなさい」
 クロトーのアドバイスに、アトロポスは感謝しながら頷いた。

「分かりました、クロトー姉さん。必ずそうします」
「では、気をつけていくのよ。バッカス、ローズを頼むわね」
 クロトーがバッカスの濃茶色の瞳を真っ直ぐに見つめながら告げた。
「はい。任せてください、クロトーの姉御。俺はアトロポスの護衛ですから……」
 そう告げると、バッカスは獰猛な笑みを浮かべた。クロトーはそれに頷くと、アトロポスの体を抱きしめた。

「クロトー姉さん……?」
「いい、ローズ。あなたはたしかに強いわ。でも、それは魔獣が相手である場合よ。魔獣より人間の方が怖い場合も多いわ。何かあれば、バッカスを頼りなさい。覇気はあなたより小さいかも知れないけれど、冒険者としては遥かにあなたよりも経験を積んでいるわ。それを忘れないようにね」
 クロトーがアトロポスの体を強く抱きしめてきた。アトロポスもクロトーの愛情を感じて、彼女の体を抱きしめ返した。

「はい、分かっています。では、行ってきます」
「気をつけてね、ローズ。バッカス、よろしくね」
「分かりました、行ってきます」
「気をつけて行けよ、二人とも」
 最後はお互いに握手を交わして、アトロポスとバッカスはギルドマスター室を後にした。


 一階に下りると、バッカスは受付の右側にあるアイテム買い取り所兼販売所カウンターの奥にいる男性に声を掛けた。以前にアトロポスが属性判定紙を買った熊のような男性職員だった。
「おっさん、上級回復ポーションと上級魔力回復ポーション、それと中級回復ポーションを二十本ずつくれ。それから、携帯食を五十食分と水入りの水筒を五十本頼む」
 バッカスの注文に、熊の店員が驚愕の表情を浮かべた。

「あんた、そんなに買って持てるのか?」
「クロトーの姉御に魔法付与してもらった鞄があるから大丈夫だ。全部でいくらだ?」
 ニヤリと笑うと、バッカスは背中の次元鞄を右の親指で指差した。
「ちょっと待ってろ、今計算する……」
 そう言うと、熊の店員は慌てて算盤を弾きだした。

「全部で白金貨百七十一枚だ。百七十枚にまけてやるよ」
「悪いな。これで決済を頼む」
 プラチナ製のギルド証を店員に渡しながら、バッカスが獰猛な笑みを見せた。どこから見ても、店員を脅しつけている悪役のような顔だった。
(この顔が喜んでいる顔だって、何人の人が分かるのかしら?)
 アトロポスは、バッカスの横顔を愛おしそうに見つめながら微笑んだ。

 注文した商品がカウンターに並べられると、アトロポスはその中からいくつか手に取って腰の小物入れと闇龍の外套ナハトドラーク・ケープの内ポケットに入れた。
 右腰には上級回復ポーションを三本、左腰には上級魔力回復ポーションを三本差し、内ポケットには携帯食五食分と水筒三本を入れた。クロトーの重量軽減と収納増加の魔法付与のおかげで、ほとんど重さを感じなかった。残った物はすべてバッカスが次元鞄にしまい込んだ。

 旅に必要な品々を買い終えると、アトロポスたちは掲示板に貼られている依頼書を見に行った。
「相変わらずガラが悪いわね」
 掲示板に貼られているバッカスの昇格辞令を見て、アトロポスが笑った。そこに描かれていたバッカスの似顔絵は、どう見ても赤鬼そのものだった。

「ギルドの絵描きは絵心がないんじゃねえか? 実物はもっといい男だろうに……」
 ムスッとした表情でバッカスが文句を言った。
「そうね。実物の方がまだマシ・・よね」
 笑いながらそう告げると、アトロポスは昇格辞令を見つめた。


 【昇格辞令】

 氏名 :バッカス
 二つ名:猛牛殺しオックス・キラー
 クラス:剣士クラスS(前、剣士クラスA)
 パーティ名:<闇姫ノクス・コンチュア
 所属 :レウルーラ本部


「さすがにユピテル皇国までの護衛依頼はないな。西廻りルートだと、主な街は……」
 頭の中でユピテル皇国との国境までにある主要な街の名前を思い出しながら、バッカスは依頼書を探した。
「おお、これなんかいいんじゃないか?」
 バッカスが指差した依頼書を、アトロポスが見つめた。


【ダスガールまでの護衛依頼(C級)】

・ダスガールまで荷馬車五台を護衛する。食事付き、二パーティまで。
・報酬……白金貨四枚
・期限……十五日以内
・依頼達成ポイント……五千ポイント


「ダスガールって、どこ?」
「ここから馬で七日くらいのところにある街だ。馬車だと十日くらいかな? 西廻りルートで最初にある中規模の都市だよ。そこまでの間には小さな村や町しかない」
 アトロポスの質問に、バッカスが獰猛な笑顔で答えた。内心、アトロポスに頼られて嬉しいのだった。

「いいんじゃない? それにしましょう」
「分かった。詳しい話を聞いてこよう」
 バッカスは依頼書を掲示板から剥がすと、ミランダの元へ向かった。アトロポスも彼の後に続いた。

「ミランダさん、これってまだ空いているかい?」
 依頼書をミランダに渡しながら、バッカスが訊ねた。
「大丈夫ですよ。さっき、申し込んだパーティがいましたが、あと一パーティ空いています」
「出発はいつだ?」
 笑顔で応えたミランダに、バッカスが訊いた。

「今日の昼の二つ鐘に、正門前広場ですね。今からなら十分に間に合います」
 先ほど昼の一つ鐘が鳴ったばかりなので、まだニザン近くは余裕があった。ゆっくりと昼食を食べてちょうどよいくらいだった。
「では、これを受注するよ。もう一つのパーティの情報を教えてくれ」
 依頼を共同で受注する場合には、相手のパーティの情報が不可欠だった。相手が評判のよくないパーティだったりした場合には、トラブルになるケースもあるからだ。

「ランクDパーティ<守護天使ガルディエーヌ>という女性三人のパーティです。綺麗な娘たちなので、ローズさん心配ですね」
 笑いながら告げたミランダの言葉に、アトロポスはチラッとバッカスの顔を見つめた。
(あ……、ニヤついている! まったく……)
「そんなことありませんよ。バッカスのことは信用していますから……」
 笑顔でミランダにそう告げながら、アトロポスはバッカスの左足をギュッと踏みしめた。

「くッ……!」
「どうしました、バッカスさん?」
「い、いや……何でもない……」
 慌ててミランダに弁解したバッカスの脳裏に、アトロポスの意思伝達が届いた。

『綺麗な娘って聞いただけで、鼻の下伸ばさないでよね』
『そんなことないって……。考えすぎだよ……』
『それならいいけど……、浮気なんてしたら手足を斬り落とすからね』
『わ、分かってるって……』

「それじゃあ、手続きしてきますので、ギルド証を貸してください」
 ミランダにギルド証を手渡すと、アトロポスがジト目でバッカスを見つめた。バッカスは顔を引き攣らせながら、アトロポスの耳元で囁いた。
「心配するな。俺が抱きたいのはお前だけだよ。昨日でよく分かったろ?」
「……!」
 バッカスの言葉に、アトロポスは真っ赤に染まった。昨夜の激しい愛の交歓を思い出したのだ。

(ばかッ! こんなところで、何言い出すのよ?)
 アトロポスの心の中で、バッカスに対する想いは日に日に大きくなっていた。
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