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第7章 戦慄の悪夢

9 漆黒の宝石

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「今回の買取額は、ザルーエク支部での最高額だった。明細はそこに書いてあるとおりだが、合計で白金貨百六万六千枚だ。内訳は水龍三体が合計で白金貨百三万四千枚。水龍の魔石が四つで二万枚、S級魔獣十体が五千枚、A級魔獣七十体が七千枚だ。四人で分けると、単純計算で一人二十六万六千五百枚になる」
 大きなため息と共に告げたアイザックの言葉に、クロトーを除く三人は顔を引き攣らせて固まった。

「ひ、百六万六千枚って……」
「一人、二十六万六千五百枚……?」
「凄いなあ、一度のダンジョンでこんな金額は初めてだ……」
 三人がそれぞれ驚愕の声を上げるのを見て、クロトーがアイザックに告げた。

「今回はあたしもいただくわね。そうね、十万だけもらって、あとの十六万六千枚はギルドに寄付するわ」
「いいのか、姉御……?」
「『風魔の谷』の後処理にお金がかかるでしょう? まあ、これくらいはしないとね」
 ニッコリと笑顔を浮かべながら、クロトーが告げた。

「じゃあ、私も寄付します!」
「仕方ねえ、俺も……」
「ええ……? しょうがないなあ、僕だけもらうわけに行かないじゃん」
 アトロポスの言葉を皮切りに、三人全員が寄付を申し出た。

「あなたたちは当然の権利として、きちんと全額もらっておきなさい。あたしはこれでもザルーエク支部の幹部の一人だからね。ギルドの財政を考えるのは幹部の大切な仕事なのよ」
「悪いな、姉御。助かる……」
 アイザックが苦笑いを浮かべながら、クロトーに礼を言った。

「でも、クロトー姉さん……」
「いいから、あなたたちはそのままもらいなさい。それだけの仕事をしたんだから、当然の報酬よ」
「はい。では、お言葉に甘えて……。ありがとうございます」
 アトロポスがクロトーに頭を下げた。同時に、将来はこんな女性になりたいと心から思った。

「じゃあ、俺もお言葉に甘えます。ありがとうございます、クロトーの姉御」
 巨体を折り曲げながらバッカスがクロトーに礼を言った。それに便乗して、レオンハルトが告げた。
「じゃあ、僕も……」
「お前は幹部の一人じゃなかったか、レオンハルト?」
 ジロリとアイザックに睨まれ、レオンハルトが苦笑いを浮かべた。

「分かりましたよ、アイザックさん。でも、最近懐がさみしいから、端数の六万六千枚で勘弁してくれない?」
「まあ、仕方ないな。いいだろう」
 アイザックがニヤリと笑いながらレオンハルトに告げた。
「ローズ、アイザックさんの甘言に乗って、ギルドの幹部なんかに名前を連ねちゃダメだよ」
「はい。私はレオンハルトさんを反面教師にしていますので、大丈夫です」
 アトロポスの言葉で、ギルドマスター室に笑いが渦巻いた。

「さて、そろそろ俺たちは出かけようか?」
「え、どこに……?」
 バッカスの言葉に、アトロポスがキョトンとした表情で訊ねた。
「レウルーラだ。忘れたのか? 首飾りネックレスを買いに行くって言っただろう?」
「あッ……!」
 解毒魔法が付与された首飾りネックレスを買うことを思い出し、アトロポスの顔が真っ赤に染まった。

「ふーん、首飾りネックレスね」
 アトロポスの様子を見て、クロトーがニヤリと微笑んだ。その首飾りネックレスの目的に、完全に気づいた様子だった。
「バッカスもなかなか物知りね。いいわ、あたしが完全な付与をしてあげるから、好きな物を買ってきなさい」

「完全な付与……?」
 クロトーの言った意味が分からずに、バッカスが彼女の美貌を見つめた。
「そこまでは知らないようね。市販のものだと、完全な解毒が出来ないのよ。まあ、よくて九割ってところかしら? ローズにはこれからも活躍してもらわないとならないから、あたしが完全解毒の魔法を付与してあげるわ。だから、まだ何も付与されていない物を買ってきなさい」

「そうなんですか? それは知りませんでした。よろしくお願いします」
 クロトーとバッカスの会話を聞いて、アトロポスは更に顔を赤らめながら言った。
「クロトー姉さん……、何でそれを……?」
「あなたの様子を見ていたら、誰でも分かるわよ。ねえ、アイザック?」
 クロトーの言葉に、アイザックもニヤニヤと笑いを浮かべながら告げた。
「まあな。姉御の付与なら間違いないから、そうしてもらえ」
 アイザックにまで知られたと思い、アトロポスは耳まで赤くなって俯いた。

「さっきから、何の話をしているの? 解毒魔法がどうしたって言うの?」
「お子様には関係ない話よ」
 笑いながらレオンハルトの質問を切り捨てると、クロトーがバッカスに告げた。
「バッカス、あんたも若いくせにこんなこと知っているなんて、相当なものね。ローズを泣かせたらただじゃ置かないから、よく覚えておきなさい」
「わ、分かってますよ、クロトーの姉御……」
 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』に睨まれて、バッカスは本気でビビりながら何度も頷いた。

「クロトー姉さん、もうやだ……」
 恥ずかしさのあまり、真っ赤に染まった顔を両手で隠しながらアトロポスが呟いた。その様子を、クロトーとアイザックが笑いながら見つめた。
「何なんだ、いったい……? バッカス、後で僕にも教えてくれよ」
 話の見えないレオンハルトが、つまらなそうにバッカスに告げた。


 アトロポスとバッカスは、ギルドの食堂で早めの昼食を取ると、昼の一つ鐘が鳴る前にザルーエクを出発した。シリウスとエクリプスは毎日のように主人と会えて嬉しいのか、順調に街道を駆け抜けて、四ザン半で首都レウルーラの西大門に到着した。
「お疲れ様、シリウス」
 体の汗を拭いてやり、塩入りの水を数回に分けながら飲ませると、アトロポスはシリウスのたてがみを優しく撫ぜた。シリウスは嬉しそうに嘶くと、アトロポスに何度も鼻を擦りつけてきた。

 シリウスとエクリプスを厩務員きゅうむいんに預けると、アトロポスたちは西シドニア通りを東に向かって歩き、『女神の祝福』を目指した。
 三階建ての白亜の建物の前に立つと、門番が重厚な木製の扉を開けてアトロポスたちを通してくれた。アトロポスは門番に軽く会釈をして、『女神の祝福』の店内へと足を進めた。

「いらっしゃいませ、バッカス様、ローズ様。本日はどのような物をお探しでしょうか?」
 顔見知りとなったエルフの女性店員が、アトロポスたちの姿を眼にすると笑顔で声を掛けてきた。
「自分用の首飾りネックレスを見に来たんですが、何かお勧めの物があれば紹介してもらえますか?」
 ブルー・ダイヤモンドもいいが、たまには他の宝石も見てみたいと思い、アトロポスが女性店員に告げた。

「かしこまりました。昨日、珍しい石が入りましたので、そちらもご覧ください。三階までご足労をお願いいたします」
(珍しい石? 何かしら?)
 店員の言葉に興味を持ちながら、アトロポスは彼女に続いて階段を上り、三階のフロアへと向かった。

 先日、クロトーに贈った<鳳凰蒼輝フェニックス・ブルー>の首飾りネックレスを見せてもらった飾り棚ショーケースにアトロポスたちを案内すると、女性店員が内側の金庫から天鵞絨ビロードの小箱を取り出した。
「こちらが昨日入荷しました首飾りネックレスになります。ご覧ください」
 笑顔でそう告げると、女性店員が小箱の蓋を開けた。

「……! これは……!?」
 中から現れた首飾りネックレスを見て、アトロポスは黒曜石の瞳を大きく見開いた。
 細いプラチナ製のチェーンの先には、一セグメッツェの半分ほどの美しい石が輝いていた。闇のような閃光を放つその石は、透き通った漆黒だった。アトロポスの<鳳凰蒼輝フェニックス・ブルー>の指輪にも勝るとも劣らない見事な多面カットが施されており、眩いほどの輝きを放っていた。

「ブラック・ダイヤモンドでございます。希少性からすると、先日お買い上げ頂いた<鳳凰蒼輝フェニックス・ブルー>以上と言われております。滅多におりませんが、闇属性の方が持つと、その魔力を二倍にする効果もございます」
「闇属性の魔力を二倍に……!?」
 女性店員の説明に、アトロポスは食いついた。それが本当であれば、ぜひ欲しいとも思った。

「おいおい……、アトロポス。首飾りネックレスを買う目的が変わってるぞ」
 呆れたような苦笑いを浮かべながら、バッカスが笑った。だが、その言葉はアトロポスの耳には入らなかった。
「この石に魔法を付与したら、その闇属性魔力を二倍にする効果はなくなりますか?」
「いえ、問題ございません。闇属性を二倍にするというのはブラック・ダイヤモンドがもともと持っている特徴ですので、新しい魔法を付与しても効果が消えることはありません」
 ニッコリと微笑みながら告げた女性店員の言葉に、アトロポスは思わずガッツポーズを決めた。

「着けてみてもいいですか?」
「はい、もちろんでございます」
 女性店員が置き鏡を出して、アトロポスの顔が映るように角度を調整した。
「いい感じですね。バッカス、どうかしら?」
 白い胸元に映えるブラック・ダイヤモンドを見て満足げに頷くと、アトロポスがバッカスの方を振り向いた。

「いいな。良く似合ってる。やっぱり、アトロポスは肌が白いから黒が合うな」
「うん、ありがとう」
 首飾りネックレスを外して天鵞絨ビロードの小箱に戻すと、アトロポスが女性店員に訊ねた。

「この首飾りネックレス、いくらでしょうか?」
(希少性も高く、闇属性魔法を二倍にする効果もある。いい値段するだろうな?)
 アトロポスの予想を裏切らない価格を、女性店員が笑顔で告げた。
「白金貨十二万七千枚となります」
「じ、十二万七千枚……!?」
 女性店員が告げた価格に、バッカスが言葉を失った。アトロポスの<鳳凰蒼輝フェニックス・ブルー>の指輪でさえ、白金貨三万八千枚だったのだ。

「思ったより高いけど、これを着けるだけで私の覇気が二倍になるなら安いものだと思わない?」
「まあ、そう言われればそうだが……」
 アトロポスとバッカスの会話を聞いて、女性店員が驚きの表情を浮かべた。
「ローズ様は闇属性なのでしょうか?」
「はい。あんまりイメージよくありませんよね?」
 笑いながら告げたアトロポスの言葉に、女性店員が驚愕のあまり、美しい碧色の瞳を大きく見開いた。

「闇属性の方って、初めてお目にかかりました」
 数万人に一人と言われる闇属性は、六属性中で最も稀少な属性だった。
「本当に闇属性魔力の効果が二倍になるんですよね?」
「はい。それは間違いございません。でも、一点だけ注意してください。常時発動なので、今まで普通に使っていたすべての闇属性魔力が二倍の強さになります。慣れないうちは気をつけてください」
(まあ、戦闘以外で覇気は使わないから、別に問題ないかな?)
 女性店員の説明に、アトロポスは笑顔で頷いた。

「分かりました。では、このギルド証で決済をお願いします」
 プラチナ製のギルド証を渡すと、アトロポスの横でバッカスが大きなため息をついた。
「かしこまりました。包装はいかがいたしましょうか?」
「このままつけていくので、不要です。天鵞絨ビロードの小箱だけ持ち帰りますね」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 一礼してそう告げると、女性店員は決済するために店の奥に向かって歩き出した。その後ろ姿を見送りながら、バッカスが小声でアトロポスに告げた。

「もしかして、速度強化や筋力強化まで二倍になったりするんじゃないのか?」
「あ……! もしかしたら、そうかも……」
「いや、間違いなくそうだろ? 筋力五百倍なんて、もはや人間じゃないぞ……」
 苦笑いを浮かべながら告げたバッカスの言葉に、アトロポスはショックを受けた。
「こ、攻撃力だって上がるし、意識伝達や索敵の範囲も二倍になるし……」
 慌てて言い募ったアトロポスを見つめると、バッカスはニヤリと笑いを浮かべながら彼女の耳元で囁いた。

「でも、本当の目的は解毒効果だからな。忘れるなよ」
「……!」
 その言葉で本来の目的を思い出し、アトロポスは真っ赤に顔を染めてバッカスを睨んだ。
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