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第7章 戦慄の悪夢
6 闇の一閃
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(今回は最初から本気で行くわよッ!)
アトロポスは全身から漆黒の覇気を解放し、天龍の革鎧と<蒼龍神刀>の両方に流し込んだ。
闇色の閃光を放った天龍の革鎧は、アトロポスの速度と筋力を二百五十倍に強化した。
<蒼龍神刀>に嵌められた天龍の宝玉が漆黒に変わり、ブルー・ダイヤモンドの刀身が黒炎に包まれた。
前回、混沌龍との戦いでは、アトロポスは初めて遭遇したSS級魔獣の膨大な魔気に呑まれ、根源的な畏怖と激甚な恐怖に怯えた。本来の力の万分の一も出せずに、一方的に蹂躙された。混沌龍に勝てたのは、幸運に恵まれたからだった。混沌龍が自分と同じ闇属性であったため、その攻撃を自分の魔力に転換出来たに過ぎなかった。
もし混沌龍の魔気が闇属性でなかったら、アトロポスは何も出来ずに殺されていたことは間違いなかった。
だが、混沌龍を単独で倒した経験は、アトロポスに絶大な自信とともに完全な覇気の制御をもたらした。闇属性の膨大な覇気を自在に操る術を身につけたアトロポスは、飛躍的に成長していった。
今やその能力は剣士クラスSを遥かに凌駕し、剣士クラスSSとしても十分過ぎるものとなっていた。
そのアトロポスが、速度と筋力を二百五十倍に強化し、膨大な覇気を二十倍に増幅した。単純計算で本来の五千倍の超絶な破壊力を解放したのである。
上空四十メッツェを飛翔している四体の水龍が、アトロポスに気づいた。鼓膜を引き裂くほどの咆吼とともに、四体が一斉に巨大な牙に覆われた口腔を大きく開いた。
次の瞬間、四体同時に蒼青色の衝撃波をアトロポスに向けて放った。四本の奔流が交錯し、螺旋を描きながら巨大な奔流と化した。
直径五十メッツェを超える絶対零度の氷結流が、超絶な破壊力とともにアトロポスに襲いかかった。だが、その死の奔流を目の前にして、アトロポスはニヤリと微笑みを浮かべた。そして、左足を大きく引き、右手で<蒼龍神刀>の柄を掴むと、居合いの体勢に入った。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、アトロポスが眼にも留まらぬ速度で居合いを放った。
超大な漆黒の神刃が、神速の闇の刃となって絶対零度の奔流を斬った!!
想像を遥かに超越する破壊力に正面から分断され、水龍の衝撃波が瞬時に消し飛んだ。漆黒の神刃は直径十メッツェを超える半円を描きながら、その超絶な威力をそのままに四体の水龍に次々と襲いかかった。
一体目の水龍は、大きく開いた口に漆黒の神刃を受け、そのまま全身を上下に斬り裂かれて爆散した。断末魔の悲鳴も上げられずに轟音を響かせると、豪雨のように血肉が降り注いだ。漆黒の神刃はその破壊力と切断力をいささかも衰えさせずに、次の水龍に襲いかかった。
二体目の水龍は角度を変えた神刃に、バッサリと巨体を両断させられた。自身に何が起こったのか理解する間もなく、全長百メッツェに及ぶ巨体が落下し、地響きを立てながら大地に巨大な円形状の穴を形成した。斬り放された上半身はしばらくの間激痛に蠢いていたが、やがて緩慢な死を迎えた。
三体目の水龍は悲惨だった。目の前で二体の仲間を斬り裂いた神刃から逃れようと身を翻したため、背中から神刃を受ける羽目となった。強固な濃紺色の鱗を斬り裂いた漆黒の神刃は、水龍の背骨を粉砕しながら頭部へと進み、頸骨をずたずたに引き裂きながら無数の角が生えた水龍の額から飛び出した。脳漿と眼球を勢いよく飛び出させると、巨龍は全身を斜めに斬り裂かれながら落下し、大地を震撼させた。
最後の水龍が最も幸せな死を迎えられたのかも知れなかった。次々に仲間を斬り殺した漆黒の神刃から逃れようと、その水龍は大きく翼を羽ばたかせると上空に向けて頭部を上げた。その瞬間、漆黒の神刃がバッサリと水龍の頸を斬り落とした。重力に引かれて落ちてゆく自分の巨体を見据えながら、水龍の意識は闇に包まれていき二度と目覚めることはなかった。
たった一閃の居合抜きで絶対零度の奔流を消滅させ、四体の水龍を次々と斬り裂いたアトロポスは、最後の水龍が地響きを立てて落下するまでに<蒼龍神刀>を納刀していた。
落下の衝撃により発生した突風が、アトロポスの長い黒髪を勢いよく舞い上がらせた。漆黒の長い髪を舞い靡かせながら、アトロポスはゆっくりと身を翻して最愛の男の元へ歩き始めた。
「二人ともご苦労様。レオンハルトもずいぶんと腕を上げたわね」
覇気の一撃で三体の水龍を爆散させた『焔星』に、クロトーが最大限の賛辞を送った。
「僕よりもローズの方が信じられないよ。本来、覇気の奔流よりも威力が劣る神刃で、四体の水龍を一閃するなんて……。剣士クラスSの力を遥かに超越しちゃっているよね」
賞賛と驚愕とを混在させた碧眼でアトロポスを見つめながら、レオンハルトが大きくため息をついた。
「たしかにレオンハルトの言う通りね。ローズ、剣士クラスSSに昇格する? アイザックには私から話してあげるわよ」
「いえ……! クロトー姉さんがクラスSなのに、私がクラスSSになんてなれません! レオンハルトさんみたいに図太い神経なんて持ってませんから……」
アトロポスが慌ててクロトーの提案を否定した。それを聞いたレオンハルトが、ショックを受けたように文句を言った。
「やっぱり、ローズの僕の扱いって酷くない? クロトーばあちゃ……クロトーさんがクラスSに留まっているのは、ちゃんと理由があるのに……」
「そうなんですか?」
レオンハルトが言った言葉に、アトロポスがクロトーの美貌を見つめた。
「まあね。冒険者ギルドでは、固定パーティは最低でも年に一度ランクに応じた依頼を達成しなければならないことは知ってるかしら?」
教え子に諭すような口調で、クロトーがアトロポスに告げた。
「いえ……。初めて聞きました」
「そうね、私も言い忘れていたわ。ランクSパーティであればS級依頼を、年に一回達成する義務があるのよ。そして、ランクSSパーティならSS級依頼を年に一回達成するか、S級依頼を年二回達成しなければならなくなるのよね」
クロトーの説明を聞いて、何故彼女がクラスSに留まっているのか、アトロポスはその理由が分かった気がした。
「つまり、クロトー姉さんがクラスSに留まっている理由は、<星月夜>が危険なS級依頼を受けなければならない回数を減らすためなんですね。<星月夜>には、クラスAが三人いるから……」
「そういうこと。同ランクの依頼を達成できないと、その報酬の倍額の違約金が課せられるから、あの子たちは無理してでもS級依頼を受けようとするのよね。今のあの子たちだけでは、SS級依頼どころかS級依頼を達成することもかなりの危険が伴うからね」
自分の名誉よりも仲間の生命を優先するクロトーの姿勢に、アトロポスは改めて彼女を尊敬の眼差しで見つめた。
「私もクラスSSになるのは、バッカスが一人で水龍を討伐できるようになってからにします」
そう告げると、アトロポスは横に立つバッカスを見上げながら微笑んだ。
「それじゃあ、アトロポスが昇格するのは当分先になるぞ」
苦笑いを浮かべながら、バッカスが告げた。だが、その内心は冷や汗をかいていた。
(レオンハルトもアトロポスも、あの出鱈目な強さは何なんだ……? レオンハルトの覇気も凄まじかったが、アトロポスはそれ以上だ……。居合抜きの一閃で四体もの水龍を倒すなんて、目の前で見ていても信じられない……)
「それじゃあ、水龍たちを別の次元に送っておくわね。四体は爆散しちゃったから魔石だけ回収するわ。三体はほぼ原型をとどめているから、そのまま持ち帰りましょう」
そう告げると、クロトーは魔道杖を構えて詠唱を始めた。
「「生命を司る大地の精霊たちよ、すべての理を観相する精霊の王アルカディオスよ! 彼の物を次元の彼方に送りたまえッ! 精霊王アルカディオスの名において、その力を我に与えたまえッ! スピリット・トランスファー!」
三体の水龍の巨体が光輝に包まれ、閃光とともに次元の彼方へ消失した。
「いつ見ても凄い魔法ですね、クロトー姉さん」
「まあ、そこそこ魔力がないと使えないのが玉に瑕よね。もっと使える魔道士が増えれば便利なのにね」
クロトーが謙遜して言っていることは、アトロポスにも十分理解できた。たぶん、この次元転移魔法は膨大な魔力が必要なのだろう。クロトー以外にこの魔法を使える魔道士や術士は、ムズンガルド大陸全体でもほとんどいないのではないかとアトロポスは思った。
「さて、いよいよ大詰めよ。最後の十五階層には巨大な魔素だまりがあるはずだから、もしかしたら水龍を超える未知の魔獣がいるかも知れないわ。気を引き締めていくわよ」
「了解、おばあ……クロトーさん!」
「はい、クロトー姉さん!」
「分かりました、クロトーの姉御!」
三人の返事を確認すると、クロトーは十五階層に続く坂道に向かって歩き出した。アトロポスとバッカスは、信頼を込めた視線でお互いを見つめ合うと、クロトーの後に続いて十五階層へと向かった。
「何なの、これは……?」
十五階層の入口で、アトロポスは驚愕のあまり愕然とした。広大な十五階層の地面すべてが濃密な魔素に覆われていたのだ。いわば、十五階層全域が巨大な魔素だまりと化していた。
「想像以上に最悪な状況ね……。魔素が強すぎて、どこにどんな魔獣がいるのかさえも分からないわ。ローズ、索敵をお願い……」
「はい……」
クロトーの言葉に頷くと、アトロポスは十五階層全体を索敵した。
(……! これは……!?)
アトロポスの脳裏に、魔獣の存在を示す赤い点が一つだけ映った。だが、その紅点は今まで見たことがないほどの大きさと輝きを放っていた。それは、先ほど戦った水龍を遥かに凌駕するほど巨大な魔力の存在を示していた。
「クロトー姉さんッ! 強大な力を持つ魔獣が一体いますッ! その魔力は水龍以上ですッ!」
冒険者ギルドに登録されているSS級魔獣は、天龍、水龍、混沌龍の三種だけである。言わば、その三種類の巨龍が、数百種いると言われている魔獣の中で、最も強力で兇悪な魔獣なのだ。
だが、アトロポスの告げた言葉は、それらを超越する魔獣の存在を示すものだった。
「最悪の予想が的中したみたいね……。ローズ、その魔獣の魔力の大きさは水龍と比べてどのくらいなの?」
美しく整った顔に緊張を浮かべながら、クロトーが訊ねた。レオンハルトもバッカスも、アトロポスの言葉に驚愕と衝撃を隠しきれなかった。
「おそらく十倍以上かと……。ここからの距離はおよそ八百メッツェです。この方向にいます」
アトロポスが指差した方向を全員が見据えた。だが、魔素の濃度が濃すぎて視界が効かず、目視することが出来なかった。
(水龍の十倍以上の魔力を持つ存在……。まさかね……?)
クロトーの脳裏に、三百年以上も昔に一度だけ出逢った相手が蘇った。その最悪の記憶を振り払うように頭を振ると、クロトーがアトロポスたちに告げた。
「先に、この魔素だまりを浄化するわ。これ以上、強力な魔獣が生まれてくると厄介だしね」
そう告げると、クロトーは右手に持った天龍の魔道杖を高く掲げて詠唱を始めた。
「生命を司る大地の精霊たちよ、すべての理を観相する精霊の王アルカディオスよ! 闇に属する彼の汚れを祓いたまえッ! 精霊王アルカディオスの名において、その力を我に与えたまえッ! スピリット・ライニグング!」
クロトーの全身が光輝に包まれ、直視できないほどの閃光を放った。周囲を圧倒的な光の乱舞が席巻し、清浄な神気が天龍の宝玉に収斂していった。
「ハァアアッ!」
クロトーが天龍の魔道杖を漆黒の魔素だまりに向けて、真っ直ぐに突き出した。光輝に輝く天龍の宝玉から、清廉な光の波動が爆発するように膨張し、一気に拡散した。超絶な光の奔流が漆黒の魔素を呑み込んでいき、清逸な光輝が十五階層すべてに広がっていった。
一ケーメッツェ四方を埋め尽くしていた暗黒の魔素だまりが消失し、清浄な光輝が十五階層すべてを浄化し尽くした!!
「凄い……」
「あれほどの魔素だまりが、跡形もなく消えた……」
驚愕に大きく瞳を開きながら、アトロポスとバッカスが呆然と呟いた。神の奇跡とも呼べるクロトーの魔法に、二人は圧倒されて呆然と自失していた。
だが、その横から聞こえた鋭い声に、二人はハッと意識を引き戻された。
「あれは何だ……ッ!? 人かッ……? こっちに向かってくるぞッ!」
神槍<ラグナロック>を右腰に構えながら、レオンハルトが前方を鋭い視線で見据えて叫んだ。
アトロポスは再び索敵を行った。レオンハルトが告げた人影と、アトロポスの脳裏に映った巨大な紅点が一致した。
地上から一メッツェほど浮遊しながら、その人影は急速にアトロポスたちに接近してきた。そして、四人が立つ場所の十メッツェほど手前で停止すると、その人影はゆっくりと下降し地面に下り立った。
神々の彫像の如く完璧に整った容貌の中で、赤光を放つ瞳が狂喜を宿しながらクロトーを真っ直ぐに見つめた。そして、腰まで伸ばした長い金髪を風に靡かせると、彼は口元に笑みを浮かべながら告げた。
「あの小女が、美しく成長したものだ。久しぶりだな、クロトー」
「あ……あ、あなたは……」
クロトーの声が震えていることに気づき、アトロポスは彼女の顔を見つめた。そして、驚愕のあまり黒曜石の瞳を大きく見開いた。
ムズンガルド大陸最強の魔道士『妖艶なる殺戮』が、その美しい黒瞳に紛れもない恐怖を映しながら、全身をガタガタと震わせていた。
アトロポスは全身から漆黒の覇気を解放し、天龍の革鎧と<蒼龍神刀>の両方に流し込んだ。
闇色の閃光を放った天龍の革鎧は、アトロポスの速度と筋力を二百五十倍に強化した。
<蒼龍神刀>に嵌められた天龍の宝玉が漆黒に変わり、ブルー・ダイヤモンドの刀身が黒炎に包まれた。
前回、混沌龍との戦いでは、アトロポスは初めて遭遇したSS級魔獣の膨大な魔気に呑まれ、根源的な畏怖と激甚な恐怖に怯えた。本来の力の万分の一も出せずに、一方的に蹂躙された。混沌龍に勝てたのは、幸運に恵まれたからだった。混沌龍が自分と同じ闇属性であったため、その攻撃を自分の魔力に転換出来たに過ぎなかった。
もし混沌龍の魔気が闇属性でなかったら、アトロポスは何も出来ずに殺されていたことは間違いなかった。
だが、混沌龍を単独で倒した経験は、アトロポスに絶大な自信とともに完全な覇気の制御をもたらした。闇属性の膨大な覇気を自在に操る術を身につけたアトロポスは、飛躍的に成長していった。
今やその能力は剣士クラスSを遥かに凌駕し、剣士クラスSSとしても十分過ぎるものとなっていた。
そのアトロポスが、速度と筋力を二百五十倍に強化し、膨大な覇気を二十倍に増幅した。単純計算で本来の五千倍の超絶な破壊力を解放したのである。
上空四十メッツェを飛翔している四体の水龍が、アトロポスに気づいた。鼓膜を引き裂くほどの咆吼とともに、四体が一斉に巨大な牙に覆われた口腔を大きく開いた。
次の瞬間、四体同時に蒼青色の衝撃波をアトロポスに向けて放った。四本の奔流が交錯し、螺旋を描きながら巨大な奔流と化した。
直径五十メッツェを超える絶対零度の氷結流が、超絶な破壊力とともにアトロポスに襲いかかった。だが、その死の奔流を目の前にして、アトロポスはニヤリと微笑みを浮かべた。そして、左足を大きく引き、右手で<蒼龍神刀>の柄を掴むと、居合いの体勢に入った。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、アトロポスが眼にも留まらぬ速度で居合いを放った。
超大な漆黒の神刃が、神速の闇の刃となって絶対零度の奔流を斬った!!
想像を遥かに超越する破壊力に正面から分断され、水龍の衝撃波が瞬時に消し飛んだ。漆黒の神刃は直径十メッツェを超える半円を描きながら、その超絶な威力をそのままに四体の水龍に次々と襲いかかった。
一体目の水龍は、大きく開いた口に漆黒の神刃を受け、そのまま全身を上下に斬り裂かれて爆散した。断末魔の悲鳴も上げられずに轟音を響かせると、豪雨のように血肉が降り注いだ。漆黒の神刃はその破壊力と切断力をいささかも衰えさせずに、次の水龍に襲いかかった。
二体目の水龍は角度を変えた神刃に、バッサリと巨体を両断させられた。自身に何が起こったのか理解する間もなく、全長百メッツェに及ぶ巨体が落下し、地響きを立てながら大地に巨大な円形状の穴を形成した。斬り放された上半身はしばらくの間激痛に蠢いていたが、やがて緩慢な死を迎えた。
三体目の水龍は悲惨だった。目の前で二体の仲間を斬り裂いた神刃から逃れようと身を翻したため、背中から神刃を受ける羽目となった。強固な濃紺色の鱗を斬り裂いた漆黒の神刃は、水龍の背骨を粉砕しながら頭部へと進み、頸骨をずたずたに引き裂きながら無数の角が生えた水龍の額から飛び出した。脳漿と眼球を勢いよく飛び出させると、巨龍は全身を斜めに斬り裂かれながら落下し、大地を震撼させた。
最後の水龍が最も幸せな死を迎えられたのかも知れなかった。次々に仲間を斬り殺した漆黒の神刃から逃れようと、その水龍は大きく翼を羽ばたかせると上空に向けて頭部を上げた。その瞬間、漆黒の神刃がバッサリと水龍の頸を斬り落とした。重力に引かれて落ちてゆく自分の巨体を見据えながら、水龍の意識は闇に包まれていき二度と目覚めることはなかった。
たった一閃の居合抜きで絶対零度の奔流を消滅させ、四体の水龍を次々と斬り裂いたアトロポスは、最後の水龍が地響きを立てて落下するまでに<蒼龍神刀>を納刀していた。
落下の衝撃により発生した突風が、アトロポスの長い黒髪を勢いよく舞い上がらせた。漆黒の長い髪を舞い靡かせながら、アトロポスはゆっくりと身を翻して最愛の男の元へ歩き始めた。
「二人ともご苦労様。レオンハルトもずいぶんと腕を上げたわね」
覇気の一撃で三体の水龍を爆散させた『焔星』に、クロトーが最大限の賛辞を送った。
「僕よりもローズの方が信じられないよ。本来、覇気の奔流よりも威力が劣る神刃で、四体の水龍を一閃するなんて……。剣士クラスSの力を遥かに超越しちゃっているよね」
賞賛と驚愕とを混在させた碧眼でアトロポスを見つめながら、レオンハルトが大きくため息をついた。
「たしかにレオンハルトの言う通りね。ローズ、剣士クラスSSに昇格する? アイザックには私から話してあげるわよ」
「いえ……! クロトー姉さんがクラスSなのに、私がクラスSSになんてなれません! レオンハルトさんみたいに図太い神経なんて持ってませんから……」
アトロポスが慌ててクロトーの提案を否定した。それを聞いたレオンハルトが、ショックを受けたように文句を言った。
「やっぱり、ローズの僕の扱いって酷くない? クロトーばあちゃ……クロトーさんがクラスSに留まっているのは、ちゃんと理由があるのに……」
「そうなんですか?」
レオンハルトが言った言葉に、アトロポスがクロトーの美貌を見つめた。
「まあね。冒険者ギルドでは、固定パーティは最低でも年に一度ランクに応じた依頼を達成しなければならないことは知ってるかしら?」
教え子に諭すような口調で、クロトーがアトロポスに告げた。
「いえ……。初めて聞きました」
「そうね、私も言い忘れていたわ。ランクSパーティであればS級依頼を、年に一回達成する義務があるのよ。そして、ランクSSパーティならSS級依頼を年に一回達成するか、S級依頼を年二回達成しなければならなくなるのよね」
クロトーの説明を聞いて、何故彼女がクラスSに留まっているのか、アトロポスはその理由が分かった気がした。
「つまり、クロトー姉さんがクラスSに留まっている理由は、<星月夜>が危険なS級依頼を受けなければならない回数を減らすためなんですね。<星月夜>には、クラスAが三人いるから……」
「そういうこと。同ランクの依頼を達成できないと、その報酬の倍額の違約金が課せられるから、あの子たちは無理してでもS級依頼を受けようとするのよね。今のあの子たちだけでは、SS級依頼どころかS級依頼を達成することもかなりの危険が伴うからね」
自分の名誉よりも仲間の生命を優先するクロトーの姿勢に、アトロポスは改めて彼女を尊敬の眼差しで見つめた。
「私もクラスSSになるのは、バッカスが一人で水龍を討伐できるようになってからにします」
そう告げると、アトロポスは横に立つバッカスを見上げながら微笑んだ。
「それじゃあ、アトロポスが昇格するのは当分先になるぞ」
苦笑いを浮かべながら、バッカスが告げた。だが、その内心は冷や汗をかいていた。
(レオンハルトもアトロポスも、あの出鱈目な強さは何なんだ……? レオンハルトの覇気も凄まじかったが、アトロポスはそれ以上だ……。居合抜きの一閃で四体もの水龍を倒すなんて、目の前で見ていても信じられない……)
「それじゃあ、水龍たちを別の次元に送っておくわね。四体は爆散しちゃったから魔石だけ回収するわ。三体はほぼ原型をとどめているから、そのまま持ち帰りましょう」
そう告げると、クロトーは魔道杖を構えて詠唱を始めた。
「「生命を司る大地の精霊たちよ、すべての理を観相する精霊の王アルカディオスよ! 彼の物を次元の彼方に送りたまえッ! 精霊王アルカディオスの名において、その力を我に与えたまえッ! スピリット・トランスファー!」
三体の水龍の巨体が光輝に包まれ、閃光とともに次元の彼方へ消失した。
「いつ見ても凄い魔法ですね、クロトー姉さん」
「まあ、そこそこ魔力がないと使えないのが玉に瑕よね。もっと使える魔道士が増えれば便利なのにね」
クロトーが謙遜して言っていることは、アトロポスにも十分理解できた。たぶん、この次元転移魔法は膨大な魔力が必要なのだろう。クロトー以外にこの魔法を使える魔道士や術士は、ムズンガルド大陸全体でもほとんどいないのではないかとアトロポスは思った。
「さて、いよいよ大詰めよ。最後の十五階層には巨大な魔素だまりがあるはずだから、もしかしたら水龍を超える未知の魔獣がいるかも知れないわ。気を引き締めていくわよ」
「了解、おばあ……クロトーさん!」
「はい、クロトー姉さん!」
「分かりました、クロトーの姉御!」
三人の返事を確認すると、クロトーは十五階層に続く坂道に向かって歩き出した。アトロポスとバッカスは、信頼を込めた視線でお互いを見つめ合うと、クロトーの後に続いて十五階層へと向かった。
「何なの、これは……?」
十五階層の入口で、アトロポスは驚愕のあまり愕然とした。広大な十五階層の地面すべてが濃密な魔素に覆われていたのだ。いわば、十五階層全域が巨大な魔素だまりと化していた。
「想像以上に最悪な状況ね……。魔素が強すぎて、どこにどんな魔獣がいるのかさえも分からないわ。ローズ、索敵をお願い……」
「はい……」
クロトーの言葉に頷くと、アトロポスは十五階層全体を索敵した。
(……! これは……!?)
アトロポスの脳裏に、魔獣の存在を示す赤い点が一つだけ映った。だが、その紅点は今まで見たことがないほどの大きさと輝きを放っていた。それは、先ほど戦った水龍を遥かに凌駕するほど巨大な魔力の存在を示していた。
「クロトー姉さんッ! 強大な力を持つ魔獣が一体いますッ! その魔力は水龍以上ですッ!」
冒険者ギルドに登録されているSS級魔獣は、天龍、水龍、混沌龍の三種だけである。言わば、その三種類の巨龍が、数百種いると言われている魔獣の中で、最も強力で兇悪な魔獣なのだ。
だが、アトロポスの告げた言葉は、それらを超越する魔獣の存在を示すものだった。
「最悪の予想が的中したみたいね……。ローズ、その魔獣の魔力の大きさは水龍と比べてどのくらいなの?」
美しく整った顔に緊張を浮かべながら、クロトーが訊ねた。レオンハルトもバッカスも、アトロポスの言葉に驚愕と衝撃を隠しきれなかった。
「おそらく十倍以上かと……。ここからの距離はおよそ八百メッツェです。この方向にいます」
アトロポスが指差した方向を全員が見据えた。だが、魔素の濃度が濃すぎて視界が効かず、目視することが出来なかった。
(水龍の十倍以上の魔力を持つ存在……。まさかね……?)
クロトーの脳裏に、三百年以上も昔に一度だけ出逢った相手が蘇った。その最悪の記憶を振り払うように頭を振ると、クロトーがアトロポスたちに告げた。
「先に、この魔素だまりを浄化するわ。これ以上、強力な魔獣が生まれてくると厄介だしね」
そう告げると、クロトーは右手に持った天龍の魔道杖を高く掲げて詠唱を始めた。
「生命を司る大地の精霊たちよ、すべての理を観相する精霊の王アルカディオスよ! 闇に属する彼の汚れを祓いたまえッ! 精霊王アルカディオスの名において、その力を我に与えたまえッ! スピリット・ライニグング!」
クロトーの全身が光輝に包まれ、直視できないほどの閃光を放った。周囲を圧倒的な光の乱舞が席巻し、清浄な神気が天龍の宝玉に収斂していった。
「ハァアアッ!」
クロトーが天龍の魔道杖を漆黒の魔素だまりに向けて、真っ直ぐに突き出した。光輝に輝く天龍の宝玉から、清廉な光の波動が爆発するように膨張し、一気に拡散した。超絶な光の奔流が漆黒の魔素を呑み込んでいき、清逸な光輝が十五階層すべてに広がっていった。
一ケーメッツェ四方を埋め尽くしていた暗黒の魔素だまりが消失し、清浄な光輝が十五階層すべてを浄化し尽くした!!
「凄い……」
「あれほどの魔素だまりが、跡形もなく消えた……」
驚愕に大きく瞳を開きながら、アトロポスとバッカスが呆然と呟いた。神の奇跡とも呼べるクロトーの魔法に、二人は圧倒されて呆然と自失していた。
だが、その横から聞こえた鋭い声に、二人はハッと意識を引き戻された。
「あれは何だ……ッ!? 人かッ……? こっちに向かってくるぞッ!」
神槍<ラグナロック>を右腰に構えながら、レオンハルトが前方を鋭い視線で見据えて叫んだ。
アトロポスは再び索敵を行った。レオンハルトが告げた人影と、アトロポスの脳裏に映った巨大な紅点が一致した。
地上から一メッツェほど浮遊しながら、その人影は急速にアトロポスたちに接近してきた。そして、四人が立つ場所の十メッツェほど手前で停止すると、その人影はゆっくりと下降し地面に下り立った。
神々の彫像の如く完璧に整った容貌の中で、赤光を放つ瞳が狂喜を宿しながらクロトーを真っ直ぐに見つめた。そして、腰まで伸ばした長い金髪を風に靡かせると、彼は口元に笑みを浮かべながら告げた。
「あの小女が、美しく成長したものだ。久しぶりだな、クロトー」
「あ……あ、あなたは……」
クロトーの声が震えていることに気づき、アトロポスは彼女の顔を見つめた。そして、驚愕のあまり黒曜石の瞳を大きく見開いた。
ムズンガルド大陸最強の魔道士『妖艶なる殺戮』が、その美しい黒瞳に紛れもない恐怖を映しながら、全身をガタガタと震わせていた。
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13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
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