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第7章 戦慄の悪夢

4 解毒魔法

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「お前たちが持ち帰った鱗や牙、魔石などから、今回『風魔の谷』に出たのは緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテだと判明した」
緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテ?」
 初めて聞く魔獣の名に、バッカスが怪訝な表情を浮かべて訊ねた。その疑問に答えたのは、アイザックの隣に座っている『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』だった。

「非常に珍しい魔獣よ。私も三百年以上前に一度しか見たことがないわ。たぶん、ギルドの記録にあるのも、その一回きりのはずよ」
「そんな魔獣が、何で下級ダンジョンの『風魔の谷』に? 先日の混沌龍カオス・ドラゴンといい、おかしくないですか?」
 クロトーの説明を聞くと、アトロポスが疑問に思って訊ねた。

「たしかに普通では考えられない。だが、実際に混沌龍カオス・ドラゴン緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテも『風魔の谷』に現れている。一度本格的な調査が必要だ。『風魔の谷』は先ほど閉鎖するように指示を出した」
 アイザックが厳しい表情でアトロポスに告げた。

「知っていると思うけど、魔獣は魔素から生まれるわ。当然、魔素が濃い場所からは強力な魔獣が生まれる。しかし、今までは下級ダンジョンである『風魔の谷』にSS級魔獣やS級魔獣が生まれるような高濃度の魔素は存在しなかったわ。何かが『風魔の谷』で起こっている可能性がある」
 アイザックの言葉を、クロトーが補足した。

「その調査は、いつ誰が行うんですか?」
 アトロポスの問いに答えたのは、アイザックだった。
「早い方がいいだろう。明日、『風魔の谷』に行ってもらうように、クロトーの姉御とレオンハルトに依頼した。ローズ、バッカス、お前たちにも同行してもらいたい」
「分かりました。いいかな、バッカス?」
「もちろんだ。<闇姫ノクス・コンチュア>のリーダーはお前だ。俺はお前が行くところなら、どこまでもついていく」
 アトロポスの顔を見つめると、バッカスが微笑みながら告げた。

(ずっと一緒にいるって言われたみたい……)
 バッカスの言葉にドキッとして、アトロポスは思わず顔を赤らめた。
「では、明日の朝の五つ鐘にギルドに集合してくれ。調査は明日一日で終わらせたい。頼むぞ」
「はい」
「分かりました」
 アトロポスとバッカスがアイザックに向かって頷いた。

「それと、お前たちが持ち帰った緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテとゴブリン・クイーンの魔石や部位の買い取り価格だが、全部で白金貨十八万六千枚だ。明細はここに書いてあるが、そのうちの十七万五千枚は緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテだ。三百年ぶりの魔獣なので、かなりの高額買い取りになっている」
「十八万六千……? そんなに……」
 SS級魔獣なみの買取額に、アトロポスは驚いた。横に座るバッカスを見ると、彼も呆然とした表情を浮かべていた。

「バッカス、緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテを倒したのはあなたよ。だから、その十七万五千枚はバッカスのものよ」
「馬鹿言うな。俺たちはパーティだ。パーティ・メンバーで報酬を均等に分けるのが当然だろう。きっちりと二等分するぞ」
 アトロポスの意見に、バッカスは笑いながら反対した。それは前回の火龍の時に、アトロポスが言った言葉そのものだった。

「でも……」
「ローズ、バッカスが言うことが正論よ。二人でちゃんと分けなさい」
 反論しようとしたアトロポスに、クロトーが諭すように告げた。
「はい、分かりました。じゃあ、バッカス。そうさせてもらうわね」
「ああ、それでいい」
 バッカスが優しい眼差しで、アトロポスを見つめながら言った。その様子を見て、クロトーは二人の間にたしかな絆が出来ていることを察した。
(これなら、大丈夫そうね……)

「ところで、緑魔大蛇ヴェルデ・セルペンテを倒したのはバッカス一人の力なのか? それとも、ローズも一緒に戦ったのか?」
「私はバッカスに手を出すなって怒鳴られて、見ていただけですよ」
 アイザックの質問に、アトロポスが笑いながら答えた。
「火龍なみのS級魔獣を一人で倒すなんて、バッカスもずいぶんと腕を上げたわね」
 驚きに黒瞳を見開きながら、クロトーが告げた。先日、火龍を狩りに行った時には、バッカスはS級魔獣に手も足も出なかったのだ。

「いえ、俺の力じゃないですよ、クロトーの姉御。この<火焔黒剣フレイム・エスパーダ>のおかげです。ドゥリンさんに打ってもらったこの剣は、アトロポスの<蒼龍神刀アスール・ドラーク>と同じく、覇気を二十倍に増幅できるんです」
「二十倍だと……!?」
 バッカスの言葉に驚愕したアイザックを無視して、クロトーが告げた。
「へえ……。ドゥリンもいい仕事するわね。この調子なら、クラスS昇格も夢じゃないわよ」

「そうですよね! バッカス、凄かったんですよ! 男が惚れた女の信頼を取り戻すために生命を張ってるんだッ! 黙って見ていろッ!って言って……」
「ば、ばか……! な、何言ってるんだッ!」
 強面の顔を真っ赤に染めながら、バッカスが慌てて叫んだ。その言葉を聞いて、アトロポスも自分が何を口走ったか気づき、赤くなって俯いた。

「あらあら……。いつの間にそんな関係になったのかしら? バッカス、ちゃんと避妊をしてあげないとダメよ。ローズにはまだこれからも活躍してもらうんだから、子供は当分お預けよ」
「ク、クロトー姉さんッ!」
「クロトーの姉御ッ!」
 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』の言葉に、アトロポスとバッカスは揃って赤面しながら叫んだ。


(ああ、恥ずかしかった……。私ったら、ついあんなことを……。でも、クロトー姉さんの言うとおりだわ。このままじゃ、いつ妊娠してもおかしくないかも……)
 今のところその兆候はなかったが、アトロポスはクロトーの言葉に不安になった。毎日のようにバッカスに愛されているのだから、それも無理はないことだった。

 特に、昨夜のことを思い出すだけで、アトロポスは恥ずかしさのあまりバッカスの顔を見られなかった。数え切れないほど喜悦の頂点を極め、女としての悦びを何度も噛みしめた。「もう許して……。これ以上されたら、おかしくなっちゃう」と、最後には随喜の涙を流しながら本気でバッカスに許しを乞うた。今朝は全身が甘く痺れて、ポーションを飲まなければ起き上がることさえ出来なかったのだ。

「どうした、アトロポス?」
 一階の食堂でエールと鳳凰茶フェニックス・ティーを注文すると、真っ赤になって俯いているアトロポスにバッカスが声を掛けた。
「うん……。ちょっと……。クロトー姉さんの言ったことが心配で……」
「ああ、そのことか……。そうだな。アレを買うか?」
 アトロポスの言った意味を察すると、バッカスが真面目な表情で告げた。

「アレって……?」
「解毒魔法がかかった装身具だ。首飾りネックレスとか、耳飾りイヤリングとか……」
「解毒魔法……? どういうこと?」
 バッカスの意図が分からずに、アトロポスが首を捻りながら訊ねた。

「解毒魔法っていうのは、体に入った毒とか異物を除去する魔法なんだ」
「うん……。それは分かるけど……」
 要領を得ない表情で、アトロポスがバッカスを見つめた。ニヤリと笑みを浮かべると、バッカスが小声で囁いた。
「女にとって、男の出すアレも異物だろ?」
「……!」
 バッカスの言いたいことを察して、アトロポスは真っ赤に染まった。そして、ジト目でバッカスを見据えながら言った。

「何でそんなこと知ってるのよ?」
「怒るなよ……。お前と出会う前の俺は、そういうところにも行っていたことはゲイリーがばらしただろ? そこの女たちは必ず解毒魔法が付与された首飾りネックレスや指輪をしていたんだ」
 言いづらそうな表情で、バッカスが告げた。

「そうなんだ……。今のバッカスのことは信じてるけど、何かムカつくわね」
 ジロリと睨んできたアトロポスに、バッカスは慌てて言った。
「あくまで、主目的は毒に対する防御手段だ。ただ、そういうことにも使えるってだけだよ」
「何か上手く誤魔化された気がするけど、取りあえずは分かったわ。でも、二度とそんなところに行ったら、本当に手足を斬り落とすからね」
 ムスッとした表情で、アトロポスがバッカスを見据えた。

「分かってるって……。絶対にお前を裏切ったりしないから、信じてくれ!」
「うん……。でも、そういうのって、どこに売ってるの?」
 バッカスの真摯な態度に頷くと、アトロポスが訊ねた。
「この間の『女神の祝福』に行けばあると思う。明日の調査が終わったら、明後日にでも行ってみよう」
 魔法が付与された宝飾品専門店である『女神の祝福』ならば、必ずそういった品も置いてあるはずだとバッカスは思った。

「そうね。それまでは、するのをやめましょう。たまには一人でゆっくりと寝たいしね」
「そんな……! アトロポス、それはないだろう?」
 ニッコリと笑顔で告げたアトロポスの言葉に、バッカスが慌てて言った。
「ダメよ。安心できるまでは禁止だからね」
 アトロポスはそう言うと、目の前に置かれた鳳凰茶フェニックス・ティーを手に取って、澄まし顔で口をつけた。しばらくその様子を見つめていたバッカスは、ガックリと肩を落とすとエールを掴んで一気に飲み干した。


 翌朝の五つ鐘にギルドマスター室に集合したアトロポスたちは、アイザックに見送られて馬繋場へと向かった。
「ローズもバッカスも、凄い馬に乗ってるね。僕のエトワールが可愛く見えるよ」
 シリウスとエクリプスの雄姿を眼にして、レオンハルトが驚いた表情で告げた。レオンハルトの愛馬であるエトワールも堂々たる栗毛の馬だったが、シリウスやエクリプスと比べると一回り小さかった。

「そんなことありませんよ。エトワールも凄く綺麗な栗毛じゃないですか? クロトー姉さんのメリッサと同じくらい素敵ですよ」
 笑顔でそう告げると、アトロポスはエトワールのたてがみを撫ぜた。すると、ヒヒンといなないて、シリウスがアトロポスに鼻を擦りつけてきた。まるで嫉妬しているかのようなその仕草に、四人は笑った。

 クロトー、レオンハルト、バッカス、アトロポスの順に正門を抜けると、四騎は一列に並んで『風魔の谷』を目指した。メリッサやエトワールの脚に合わせたので、シリウスとエクリプスだけの時よりは時間がかかったが、それでも通常のニザンよりは遥かに早く『風魔の谷』に到着した。

 管理事務所に隣接する馬繋場にシリウスたちを預けると、クロトーは管理官に向かって告げた。
「あたしは『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』のクロトー。ギルドマスターであるアイザックの依頼で、『風魔の谷』の調査に来たわ。他のメンバーは、『焔星イェンシー』レオンハルト、『夜薔薇ナイト・ローズ』のローズ、『猛牛殺しオックス・キラー』バッカスよ」

「……! お、お疲れ様です! 昨日から『風魔の谷』は閉鎖しています。現在、中には誰もいませんので、よろしくお願いします!」
 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』を始め、冒険者ギルド・ザルーエク支部が誇るそうそうたるメンバーに、管理官が緊張しながら言った。管理官に頷くと、クロトーがアトロポスたちに向かって告げた。

「では、『風魔の谷』に入るわよ。混沌龍カオス・ドラゴンのこともあるから、気を抜かないように! ローズは各階層の入口で、必ず索敵をしてちょうだい」
「はい」
「あたしの予想だと、十五階層に大きな魔素だまりができていると思う。今回の目的は、それを浄化することよ。だから、邪魔になる全ての魔獣を殲滅しながら進むわ。そのため、各階層の殲滅は二手に分かれて行う。意識伝達ができるローズとバッカスは分けさせてもらうわ。ローズはあたしと、バッカスはレオンハルトと組んで。お互いに連絡を取り合って、無事を確認するのを忘れずにね」
 三人はクロトーの指示に頷きながら返事をした。

「バッカス、レウルーラ本部随一の暴れん坊の力、見せてもらうよ」
「こっちこそ、槍士クラスSSの戦い方、拝ませてもらうぜ」
 レオンハルトが差し出した手を、バッカスが握りしめながら獰猛に笑った。

『バッカス、油断しないで!』
『アトロポスも気をつけろよ!』
 意識伝達で言葉を交わすと、アトロポスとバッカスは笑顔で頷き合った。

「では、入るわよ!」
 クロトーの号令で、四人は『風魔の谷』に足を踏み入れた。
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