上 下
53 / 100
第5章 火焔の王

3 灼熱の神鳥

しおりを挟む
 ザルーエクから東アミラス街道を馬で駆け、三人は二日後の夕方に『破魔の迷宮』のある迷宮街に到着した。有名なダンジョンの近くでは管理事務所を中心に、酒場や宿屋、娼館などが自然と集まり、迷宮街と呼ばれる小さな街を形成する。アトロポスたちは迷宮街の入口にある馬繋場に馬を預けると、その中心部へと歩いて進んだ。

「今日はここに泊まって、明日の朝早くからダンジョンに入りましょう」
 街の中心部にある中級宿『紅蓮ぐれんの獅子』の入口で、クロトーが告げた。『紅蓮の獅子』は三階建てで、その名の通り燃えるような紅い煉瓦造りの建物だった。
「ローズ、一緒の部屋でいいわよね?」
「はい、もちろん……」
 笑顔で答えたアトロポスに頷くと、クロトーは受付で二人部屋と一人部屋を予約した。

「荷物を置いたら、一階の食堂に集合よ」
 バッカスの分まで一緒にギルドカードで決済すると、クロトーが言った。
「クロトーの姐御、部屋代……」
 慌てて金貨一枚を差し出そうとしたバッカスに、クロトーが笑いながら告げた。
「このくらい、いいわよ。その分、あんたには死ぬほど働いてもらうから……」
「はあ……。ありがとうございます」
 火龍以外の魔獣をすべて一人で倒せと言ったクロトーの言葉を思い出し、バッカスは宿代の方が安いと思ったが、『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』に文句を言えるはずもなく素直に頭を下げた。


「ローズ、一つ確認していいかしら?」
 二階の東にある角部屋に入ると、荷物を置きながらクロトーが訊ねた。
「はい、何ですか、クロトー姉さん?」
「あなた、バッカスとどういう関係なの?」
「どういうって……単に剣を教えてるだけですよ?」
 クロトーの質問の意味が分からず、アトロポスはキョトンとした表情で答えた。

「そう……。男と女の関係じゃないのね?」
「えッ? まさか……」
 慌てて両手を振りながら否定すると、アトロポスは顔を赤く染めた。その様子をじっと見つめると、クロトーがニヤリと微笑みを浮かべた。
「シルヴァレート王子という彼氏がいるわりには、純情な反応ね。私は別に複数の男性とそういう関係になることを否定するつもりはないわ。ただ、何故あなたがバッカスに剣を贈るのか知りたくてね」

「えっと……、バッカスさんには色々とお世話になったので……」
 改まって問われると、アトロポスにもはっきりとした答えがなかった。バッカスのことは好きだが、シルヴァレートに対する想いと同じかと聞かれれば、それは絶対に違った。どちらかと言えば、孤児であるアトロポスにとっては初めて感じた肉親の情に近かった。

「剣士に剣を贈るということは、結構意味が深いのよ。あたしがあなたに剣を贈ろうと言ったことを覚えているわよね。でも、すでにシルヴァレート王子に剣を作ってもらうと聞いたから、代わりに材料である蒼炎炭鋼石を贈ったのよ」
「はい……」
 真剣な表情で話し始めたクロトーを、アトロポスはじっと見つめながら頷いた。

「あたしの場合は、あなたに興味を持ったの。貴重な闇属性と膨大な魔力を持ちながら、それを使いこなすすべを知らないあなたを、あたしの手で導いてあげたいと思ったのよ。もちろん、あなた自身のことも好きだったからだけどね」
 ニッコリと微笑みを浮かべると、クロトーはアトロポスの頭を撫ぜた。

「クロトー姉さん……」
「つまり、剣を贈ろうというのは、相手に好意を持っているか、相手を信頼しているか、それとも利用しようと考えているかのどれかよ」
「利用なんて……。私はバッカスさんのことをそんな風に考えたことはありません」
 慌てて否定したアトロポスに頷くと、クロトーが諭すように告げた。

「もちろん、それは分かっているわ。だから、好意か信頼なんだろうけど、それもかなりのものじゃないかと思ったのよ。そこらの武器屋で売っている剣ならばともかく、あのドゥリンに剣を打たせようなんてね。少なくても白金貨数万枚はするでしょう?」
「ドゥリンさんは、クロトー姉さんが贈った火炎鳳凰酒が美味しかったから、今回も材料費だけでいいと言ってくれました。白金貨二千枚と言ってくれたんですが、お礼の気持ちを含めて三千枚でお願いしました」
 ドゥリンに鍛冶を依頼したにしては安いが、それでも一般的に見ればかなりの高額だ。クロトーはアトロポスの言葉に頷くと、その黒曜石の瞳を見据えながら真剣な口調で告げた。

「あたしが見たところ、あのバッカスという男は一見悪ぶって見えるけど、根は純粋よ。そうでなければ、十歳近くも年下のあなたを姐御だなんて呼んで慕ったりしないわ。だから、あなたはいつか、シルヴァレート王子とバッカスのどちらかを選ばなければならない時が来るかも知れない。そのことは覚えておきなさい」
 予想もしないクロトーの言葉に、アトロポスは驚いて彼女の顔を見つめた。

「シルヴァとバッカスさんを……私が選ぶ……?」
「それは、別にあなたが二人のどちらを恋人とするかという意味だけじゃないわ。たとえば、二人が同時に命の危機に遭ったとして、どちらか一人しか助けられないという場合もある。そういうことも含めて、あなたは自分自身を客観的に判断できる眼を養っておきなさい。いいわね、ローズ?」
「はい……。分かりました、クロトー姉さん」
 クロトーの言葉は、まだ十六歳のアトロポスにとっては重すぎるものだった。

「話が長くなっちゃったわね。バッカスが下で待っているわ。そろそろ行きましょう」
「はい」
 クロトーは笑顔でそう告げると、アトロポスを促して部屋を出て行った。その後ろ姿を見つめながら、アトロポスは真剣な表情を浮かべた。

(シルヴァとバッカスさんのどちらを大切にするかって意味よね……? そんなこと、考えたこともなかったわ……)
 人は大人になるに従って様々な問題に直面し、理不尽な選択を迫られる。クロトーが告げた命題は、アトロポスにとって大きな波乱を予感させるものであった。


 翌日は朝の四つ鐘に起きると、三人は『紅蓮の獅子』の一階にある食堂で朝食を取り、そのまま『破魔の迷宮』に向かった。『破魔の迷宮』までは迷宮街から歩いて十五タルの距離だった。管理事務所で入場手続きを済ますと、クロトーはアトロポスたちに向かって告げた。

「この『破魔の迷宮』は六十階層まで確認されている上級ダンジョンよ。五十階層より下が深層と呼ばれていて、そこで火龍の目撃情報が多数あるわ。途中の戦闘はできるだけ避けて、一気に深層を目指すわよ。A級魔獣が出たら、バッカスが相手をしなさい。もしS級の場合には、状況に応じてローズが手助けすること。ただし、基本的にはバッカス主体で対応しなさい。いいわね、二人とも?」
「はい、クロトー姉さん!」
「分かりました……」
 元気よく答えたアトロポスとは対照的に、バッカスは緊張しながら告げた。

(S級魔獣はおろか、A級魔獣も一人で倒せる自信なんてねえぞ……)
 バッカスには、クロトーの自分に対する評価が高すぎる気がしてならなかった。
 通常、冒険者はパーティを組んでダンジョンに入る。そして、魔獣のランク付けはそのパーティの平均的な力量を元に決められていた。たとえば、B級魔獣であれば五人程度のランクBパーティが何とか倒すことができると言った具合だった。それをクロトーは、剣士クラスAになりたてのバッカスに、A級魔獣どころかS級魔獣も一人で対応しろと告げたのだ。

「心配しなくても大丈夫ですよ、バッカスさん。上級回復ポーションをたくさん持ってきましたから……」
 アトロポスの言葉は、バッカスの不安を増幅させることに貢献した。
(つまり、俺が大怪我をしても、すぐに治して次の魔獣と戦わせるっていうことか……? 勘弁してくれよ、姐御……)
 憂鬱な気分を吐き出すように大きくため息をつくと、バッカスはクロトーたちに従って『破魔の迷宮』に足を踏み入れた。


「ハァアアッ!」
 ダーク・サーベントの猛毒の尾を躱すと、バッカスは焔の覇気を纏わせた両手剣バスターソードを左から右に一閃した。断末魔の短い悲鳴とともに、ダーク・サーベントの頭部が血しぶきを上げながら宙に舞った。劇毒であるその血を避けるように、バッカスは大きく後ろへ跳躍した。そして、残心の血振りをして両手剣バスターソードを背中の鞘に納刀すると、痙攣しているダーク・サーベントの体を肩で息を切らせながら見据えた。

「バッカスさん、お見事です……と言いたいところですが、ダメですよ。B級魔獣相手なら、直接攻撃なんて不要です。覇気のやいばで切り刻むか、直接覇気を衝撃波に変えて爆散させてください。特にダーク・サーベントのように全身が毒の塊ならば、不用意に近づかないでください」

「はい、分かり……ました、姐御……ちょっと、休ませ……」
 この二十一階層に来るまでに、バッカスは一人で百体を超える魔獣を倒していた。冒険者の中でも体力には自信があったが、さすがに両手で膝頭を掴んで大きく肩を揺らしていた。革鎧の中はすでに汗だくとなっていて、顎から滴った汗が地面に黒い染みを描いた。

「あ、オーガです。二体いるから気をつけてくださいね」
「鬼ッ! くそったれッ!」
 本来の鬼族オーガではなく、アトロポスに向かってそう叫ぶと、バッカスは疲れ切った体に鞭を打って走り出した。そして背中の両手剣バスターソードを抜刀すると、得意の右上段に構えながら全身に覇気を纏った。

「ウォオオッ!」
 バッカスは雄叫びを上げると、全身を纏っていた紅い覇気を昇華させた。深江色クリムゾンの覇気が火焔となって燃え上がり、大気を焦がすほどの高熱が周囲を席捲した。
 その紅蓮ぐれんの猛火が急激に両手剣バスターソードへと収斂しゅうれんしていった。

「ハッ!」
 裂帛の気合いとともに、バッカスが両手剣バスターソードで袈裟懸けを放った。凄絶な深江色クリムゾンの覇気が、螺旋を描きながら巨大な奔流となって二体のオーガに襲いかかった。
 次の瞬間、断末魔の悲鳴を上げることさえできずに、オーガの巨体が爆散した。

(くそッ……、意識が……)
 限界を超える覇気を使って、バッカスの視界が暗転した。漆黒の闇が周囲を包み込み、バッカスは両膝をつくと地面に体を投げ出すように倒れ込んだ。
(情けねえ……姐御の前で……)
 その思考を最後に、バッカスの意識は暗闇へと吸い込まれていった。


「バッカスさんッ! 大丈夫ですか、バッカスさんッ!」
 驚いて駆け寄ると、バッカスの巨体を仰向けにしながらアトロポスが叫んだ。だが、激しく体を揺らしても、バッカスは意識を取り戻す気配さえなかった。
「バッカスさん、しっかりしてッ! バッカスさんッ!」
 大声でバッカスの名を叫ぶアトロポスを見つめながら、クロトーは腰につけた小物入れから上級魔力回復ポーションの小瓶を取り出した。

(剣士クラスAにしては、見事な覇気ね。今の攻撃は、ウォルフ並みの破壊力だったわ)
 <星月夜スターリー・ナイト>のエースである剣士クラスAの『天狼星ドッグ・スター』ウォルフを思い出しながら、クロトーは緑色の小瓶をアトロポスに渡した。
「魔力切れよ。これを飲ませなさい」
「ありがとう、クロトー姉さん」
 見覚えのある小瓶の栓を抜くと、アトロポスはハッとしてクロトーを見上げた。

「どうしたの? 早く飲ませてあげなさい」
 ニヤリと悪戯そうな笑みを浮かべながら、クロトーが告げた。
「でも……」
「あたしはイヤよ。あなたがやりなさい」
 クロトーの言葉に、アトロポスは真っ赤に顔を染めた。意識を失った冒険者にポーションを無理矢理飲ませても、ほとんど飲み込まないのだ。確実な飲ませ方は、以前に『風魔の谷』でクロトーがアトロポスにしてくれたように、口移しで飲ませる方法だけだった。

(何、照れてるのよ? これは口づけなんかじゃないわ。ポーションを飲ませるだけなんだから……)
 シルヴァレートと交わした濃厚な口づけを思い出し、アトロポスは首筋まで真っ赤に染まった。
(私がやらなきゃ……。クロトー姉さんにやってもらうわけにはいかない)
 意を決すると、アトロポスはの小瓶に入った上級魔力回復ポーションを三分の一ほど口に含んだ。そして、震える唇をバッカスの口に押しつけると、ゆっくりと舌を差し入れてポーションを流し込み始めた。


 小さくて柔らかく、そして熱いものを感じた。それが女の舌であることに気づくと、バッカスは無意識に舌を絡めた。
(娼館にでも行ったっけか? まあ、いいか……)
 ネットリと味わうように舌を動かすと、甘い唾液の味がした。次の瞬間、何かが流し込まれた。女の唾液とは違う少し苦めの味だった。甘い唾液と混ざり合ったその液体を、バッカスはゴクリと嚥下した。それが三度繰り返された。
 三度目は、その液体を飲み込んだ後、左手で女の体を抱きしめながら濃厚に舌を絡めた。驚いて離れようとする女を力尽くで引き寄せると、貪るように舌を動かした。

「んっ……んぁ……んはっ……んやっ……いやッ!」
 シルヴァレートとの口づけを思い出させるかのように濃密に舌を絡められ、アトロポスは驚いて体を離そうとした。だが、バッカスは左腕をアトロポスの背中に回すと、強引に抱き寄せながら再び舌を絡めてきた。
「んぁ……んやっ……や……だめッ!」
 天龍の革鎧ヘルムドラーク・ハルナスに覇気を流すと、アトロポスは筋力強化を使ってバッカスの腕を振りほどいた。

「な、何考えてるんですッ! 信じられないッ!」
 真っ赤に染め上がった顔でバッカスを睨みつけると、アトロポスは驚きと怒りのあまり肩を震わせながら叫んだ。
「ん……? 姐御……? 何で……?」
「何でじゃありませんッ! 人が心配してポーションを飲ませてあげたのに、何するんですかッ!」
 羞恥に染まった赤い顔で怒鳴るアトロポスを見て、バッカスの意識は完全に覚醒した。

(やべえッ! 娼館の女と間違ったなんて、口が裂けても言えねえッ!)
「す、すみませんッ! 寝ぼけちまったみたいで……」
 慌てて謝るバッカスに対して、アトロポスは首まで真っ赤になりながら叫んだ。
「もう二度とバッカスさんにはポーションなんて飲ませませんッ! 飲みたければ勝手に一人で飲んでくださいッ!」
 その様子を見ていたクロトーが面白そうに笑いながら言った。

「バッカス、『夜薔薇ナイト・ローズ』に無理矢理口づけをした冒険者は、あんたが初めてよ。感想はどうだった?」
「クロトー姉さんッ!」
 クロトーにまで揶揄からかわれて、アトロポスは恥ずかしさと怒りで更に顔を赤く染めた。
「クロトーの姐御、勘弁してください……。姐御、本当にすみませんでした!」
 半身を起こすと、バッカスがアトロポスに頭を下げて再び謝罪した。

「もういいですッ! 次に行きますよッ!」
 バッカスと目を合わせようともせずに、アトロポスは一人で先に歩き出した。その様子を可笑しそうに見送ると、クロトーがバッカスに近づいて小声で囁いた。
「バッカス、娼館の女と間違えたなんて、絶対に言っちゃダメよ。そんなこと知ったら、あの娘に口も聞いてもらえなくなるわよ」
「は……はい……。すみません……」
 すべてを見通していたクロトーの美貌を見つめながら、バッカスはバツが悪そうに頭を掻いた。


 二十五階層からA級魔獣が姿を現し始めた。B級魔獣を遥かに凌駕する攻撃力と凶悪さに、バッカスは苦戦した。
 サイクロプスの振るう巨大な棍棒は、一撃で大地を震撼させ、土砂と粉塵を舞い上げながら地面を抉り取った。ワイバーンの吐く火焔は大きな岩を灼熱の塊に変え、鎧のような鱗は覇気の神刃しんじんさえも弾き飛ばした。
 更に凄まじかったのは、灼熱の神鳥ガルーダだった。全長十メッツェ、翼を開いた全幅は二十メッツェを超える巨体は高熱の焔に包まれ、そのくちばしから吐き出される火焔の奔流は木々を一瞬のうちに炭化させた。

 何度も死を覚悟しながら必死に戦うバッカスの姿を見て、アトロポスは助けに入ろうと<蒼龍神刀アスール・ドラーク>を握りしめた。
「待ちなさい、ローズ。まだ、ダメよ……」
 アトロポスの右肩を押さえながら、厳しい表情でクロトーが告げた。
「でも、クロトー姉さん、このままでは……」
 ガルーダはA級魔獣に分類されているとは言え、限りなくS級に近い凶悪な神鳥だ。火属性のバッカスの神刃はガルーダに吸収され、攻撃どころか栄養を与えているようなものだった。

「ガルーダに勝てないようであれば、この先に出てくるS級魔獣には太刀打ち出来ない。バッカスを<星月夜うち>に入れるかどうかは、この戦いを見て決めるわ」
「え……? クロトー姉さん、それって……」
 クロトーの言葉に、アトロポスが驚いて彼女の美貌を見つめた。
「『夜薔薇ナイト・ローズ』の唇を奪った男を、野放しにしておく訳にはいかないでしょう?」
 ニヤリと笑みを浮かべたクロトーに、アトロポスは耳まで真っ赤に染まった。

(くそッ! 覇気の刃がまったく通用しねえ! それどころか、攻撃する度に強くなっていきやがる!)
 大地さえ灼き焦がすガルーダの火焔を全力で避けながら、バッカスが巨大な神鳥を睨みつけた。ガルーダがA級魔獣に分類されている理由をバッカスは知らなかった。攻撃力、防御力、凶暴性、どれをとってもS級魔獣と何ら遜色がないガルーダだが、唯一の弱点が氷系魔法なのだ。ガルーダの全身を覆い尽くす高熱の焔さえも凍らせる、氷系上位魔法こそが簡単にガルーダを倒せる唯一の方法だった。
 だが、たとえその弱点を知ったとしても、火属性のバッカスには為す術はなかった。

(このままじゃ、やべえッ! 姐御は……)
 チラリと視線を移すと、<蒼龍神刀アスール・ドラーク>を握りしめているアトロポスの姿が眼に入った。だが、助けに入るのを止めるように、クロトーがアトロポスの肩に手を置いていた。
(ちくしょう! あくまで一人で戦わせる気かよ! 冷血ババアめッ!)
 クロトーが聞いたらタダではすまない暴言を心の中で吐くと、バッカスは両手剣バスターソードを握り直した。

(また意識がぶっ飛んでも仕方ねえッ!)
 バッカスは両脚を止めると、両手剣バスターソードを高々と上段に構えた。
「ウォオオオッ!」
 吠えるような雄叫びを上げると、バッカスは丹田で練っていた覇気を一気に解放した。その瞬間、全身から濃厚な深江色クリムゾンの覇気が沸き立ち、瞬時に天を焦がすほどの巨大な劫火と化した。
 その紅蓮ぐれんの炎が急激に収斂しゅうれんすると、頭上にかざした両手剣バスターソードの剣身が濃紅に変わり、深紅色クリムゾンの輝きを放った。

 クゥエエエェエ……!!

 ガルーダが巨大なくちばしを大きく開き、灼熱の奔流を放った。空気を激震させながら、死の潮流が凄まじい速度でバッカスに迫った。

「ハァアアッ!」
 渾身の気合いとともに、バッカスが両手剣バスターソードを振り抜いた。深江色クリムゾンの激流が螺旋を描きながら怒濤のごとくガルーダに襲いかかった。

 灼熱の奔流と深江クリムゾンの激流とが正面からぶつかり合い、鼓膜を引き裂く爆音とともに大地が大きく抉られ、世界が震撼した。


(何て威力なのッ!?)
「キャアアッ!」
 想像を絶する衝撃波の激突に、周囲を凄まじい暴風が席巻した。クロトーは咄嗟に吹き飛ばされかけたアトロポスを抱き寄せると、周囲に耐衝撃結界を張った。
 衝撃波に抉り取られた土砂や粉塵が、クロトーの結界に激突し砕け散った。

「くそったれがぁああ……!!」
 バッカスが吠えると、その全身が再び巨大な劫火に包まれた。両手剣バスターソードが真紅の覇気を纏い、深江クリムゾンの閃光を放った。

「があぁあああ……!!」
 壮絶な雄叫びとともに、バッカスが両手剣バスターソードをガルーダに向けて突き出した。その先端から真紅の覇気が爆発するように迸り、超絶な衝撃波となって激突している二つの奔流を呑み込んだ。

 拮抗していた二つの激流を併呑した深江クリムゾン潮勢ちょうせいは、凄絶な大河となって灼熱の神鳥ガルーダに襲いかかった。

 ギィエ……エェー……!

 断末魔の絶叫を響かせながら、ガルーダの巨体が壮絶な業火に包まれて爆散した。


(やった……ぜ……、姐御……)
 すべての覇気を使い切ったバッカスの意識は、再び奈落の底に引き込まれていった。がっくりと両膝をつくと、バッカスは満足そうな笑みを浮かべながら地面に倒れ込んだ。

「バッカスさんッ!」
 慌てて駆け寄ろうとしたアトロポスの右手を掴むと、クロトーが手の平に小瓶を握らせながら告げた。
「また、これの出番ね。今度はどうなるか、楽しみね」
「ク、クロトー姉さんッ!」
 耳まで真っ赤に染まりながら、アトロポスはクロトーに渡された緑色の小瓶を握りしめてバッカスの方へ駆けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...