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第4章 新たなる試練
10 蒼龍神刀
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【昇格辞令】
氏名 :バッカス
二つ名:猛牛殺し
クラス:剣士クラスA(前、剣士クラスB)
パーティ名:-
所属 :レウルーラ本部
「バッカスさん、パーティに入っていなかったんですね?」
掲示板に貼られた昇格辞令を見ると、アトロポスが笑いを噛み殺しながらバッカスに訊ねた。鋭い目つきで獰猛な笑みを浮かべているバッカスの似顔絵は、赤鬼そのものだったのだ。
「以前にいくつか入ったんすけど、みんなクビになっちまったんですよ」
苦笑いを浮かべながら、バッカスが答えた。今年二十四歳のバッカスは、冒険者になって九年のベテランだ。彼が過去に加入していた三つのパーティは、リーダーを殴ったり、仲間内で喧嘩したりでいずれも追い出されており、彼の黒歴史そのものだった。
「そうなんですか? どうせ、バーティ内で暴れたんでしょう? 次にパーティに入ったら、真面目にやってくださいね」
バッカスの顔を見てパーティを抜けた理由を想像し、アトロポスが笑った。
「姐御は、あの<星月夜>でしたよね? 『妖艶なる殺戮』がリーダーをしている……」
「はい、一応……。と言っても、まだクロトー姉さん以外のメンバーに会ったことないんですけど……」
ウォルフを初めとするクロトー以外のメンバーは、アルティシアをユピテル皇国まで送り届けている最中なので、まだ一ヶ月くらいは会えそうもなかった。
「俺も姐御と同じパーティに入りたいんですが、厳しいですかね?」
「うーん……。こればっかりは私じゃ何ともできませんよ。<星月夜>は私を入れて五人ですが、そのうち二人が剣士なので……」
現在の<星月夜>は、ウォルフとアトロポスの二人が剣士クラスだった。他は、魔道士、術士、盾士だが、これ以上剣士を増やすメリットがなかった。
「ところで、午後はちょっと買い物に付き合ってくれませんか?」
バッカスの両手剣をチラッと見ながら、アトロポスが笑顔で言った。
(バッカスさんには何かとお世話になってるし、剣士クラスAの昇格祝いに剣を贈ってあげたいな。この両手剣、随分と使い込んでいて刃こぼれも激しいし……。でも、思い入れがある剣なのかな?)
剣士にとって、武器を新調するということは嬉しい反面、不安も大きかった。使いこなせるようになるまで時間がかかるため、いざという時に十分な力が発揮できずに生命に関わることさえあるからだ。
「いいすけど、どこに行くんですか?」
午前中の訓練でアトロポスに二回も腕を斬り落とされたバッカスは、内心、ホッと胸を撫で下ろしながら訊ねた。上級回復ポーションで完治するとは言え、凄まじい激痛にバッカスは地面を転がりまくったのだった。
(姐御、普段は優しいんだが、訓練となると容赦ねえからな)
「見たところ、バッカスさんの両手剣、ずいぶんと年季が入ってそうなので、昇格のお祝いに剣を贈らせてもらえないかと思って……。あ、もちろん、その剣に愛着があるなら、無理にとは言いませんよ」
照れたように頬を赤く染めながら早口で言うアトロポスを見て、バッカスは驚いた。まさか、そんなことを考えていたなどとは、思いもよらなかったのだ。
「いや、別に安物だし、愛着なんてねえんですが、さすがにそれは悪いですよ。安いと言ったってそれなりの値段はするだろうし……。気持ちだけもらっときます」
「いえ、バッカスさんには色々とお世話になったし、気にしないでください。あんまり高い物は買えませんが、ご迷惑でなければ贈らせてもらえませんか?」
(市販の剣って、どのくらいするんだろう? シルヴァの剣がたしか白金貨千枚って言ってたから、そのくらいあればある程度の物は買えるのかな?)
シルヴァレートの剣は鍛治士に特注した物であることを忘れ、アトロポスは心の中で見積りを弾いた。
(この両手剣はたしか金貨八枚くらいだったよな? ちょっといいヤツになると、白金貨数枚はするはずだ。いくら剣士クラスSと言っても、十六歳の姐御にそんな大金払わせるわけにはいかねえよな。まあ、買い替えるにはいい機会だから、姐御に選んでもらって自分で払うか……)
アトロポスとバッカスの予算に千倍近い開きがあることは、お互いに気づきもしなかった。
「ありがとうございます、姐御。まあたしかに、そろそろ買い替え時なんで、姐御に選んでもらってもいいですかね? もちろん、代金は自分で払うので……」
「はい! じゃあ、早速武器屋に行って一緒に選びましょう!」
(こっそりと会計して、お金は私が払っちゃえばいいわ。何しろ、昇格祝いだし……)
「分かりました。よろしくお願いします、姐御」
(予算は一応、白金貨三枚までだな。できれば、白金貨一枚くらいに収めてえな)
アトロポスの<蒼龍神刀>が、白金貨三十五万五千枚であることをバッカスが知るのは、まだ先のことであった。
アトロポスはアルフレードにお勧めの武器屋を訊ねた後、バッカスとともに南インディス大通りを南に向かって歩いていた。
「あ、あれですね。『飛竜の爪』ってあります」
黒地に白い竜の爪が描かれた看板を指しながら、アトロポスが言った。
「ずいぶんと立派な店ですね」
(ギルマスの奴、高そうな店を紹介しやがって……)
顔を引き攣らせたバッカスに気づかず、アトロポスは竜のレリーフが彫られた扉を開けて、中へ入っていった。バッカスも重い足どりで、アトロポスに続いた。
「へえ……。結構広いんですね。剣だけじゃなくて、弓や拳鍔まで置いてある……」
『飛竜の爪』は武器屋としては珍しい二階建ての店舗だった。百平方メッツェは優にある一階のフロアには、様々な種類の剣や刀、槍、弓矢を始め、拳士クラス用の拳鍔も展示されていた。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
物珍しげにキョロキョロと辺りを物色していると、二十代半ばくらいの女性店員が笑顔でアトロポスに声を掛けてきた。
「えっと……。私じゃなくて、彼の武器を探しに来たんです。バッカスさん、やはり両手剣がいいんですか?」
「まあ、慣れてますんで……。両手剣でも両手大剣でも、特にこだわりはないんで、扱いやすそうなら何でも……」
そう告げると、バッカスは近くに展示されている長剣の値札をチラッと見た。
(店の入口にあるってことは、一番安物だよな? それで白金貨十枚? 冗談じゃねえぞ、ギルマスの野郎……)
つい昨日まで剣士クラスBだったバッカスにとって、白金貨十枚はポンと出せる金額ではなかった。B級依頼の相場が、だいたいそのくらいなのである。まして、アトロポスと知り合う前のバッカスは、飲む、打つ、買うに明け暮れた生活を送っており、蓄えなどほとんどなかった。
「失礼ですが、冒険者の方ですよね? クラスを伺ってもよろしいでしょうか?」
「彼、昇格試験に合格して、剣士クラスAになったんですよ。だから、そのお祝いに武器を新調しようと思って……」
嬉しそうに告げるアトロポスを見て、バッカスは顔を顰めた。
(姐御には悪いが、この店は高すぎる……。適当に切り上げて、いつもの店に行くか?)
「そうですか、おめでとうございます。剣士クラスAともなれば、冒険者としても一流ですね。二階にある物の方がお似合いかと思います。どうぞ、ご案内いたします」
営業スマイルでそう告げると、女性店員はアトロポスを促して階段を上っていった。
(おいおい……。二階って、もっと高いんじゃねえのか?)
バッカスは憮然としながら、アトロポスの後に続いて階段を上り始めた。
『飛竜の爪』の二階フロアには、一見して高級な武器が取り揃えられていた。鉄製や鋼製の武器はなく、アダマンタイト製やダマスカス鋼製、黒檀製の武器が並べられていた。それらの値札を見て、バッカスは慌ててアトロポスの袖を引いた。
「姐御……、ちょっと高すぎやしませんか?」
バッカスの近くにあったダマスカス鋼製の長剣は、白金貨二百五十枚の値がつけられていた。
「そうですか? でも、剣士クラスAなら、これくらいの武器を持つのは普通じゃないんですか?」
笑顔でそう告げると、アトロポスは女性店員に向かって訊ねた。
「すみません。オリハルコン製の両手剣って何かありますか?」
「はい。いくつか取り揃えております。こちらへどうぞ」
女性店員はフロアの奥へとアトロポスを促した。店員に続いて歩き出したアトロポスの腕を取り、バッカスは慌てて小声で囁いた。
「姐御、出ましょう!」
「え? 何でです?」
キョトンとした表情を浮かべながら、アトロポスがバッカスの顔を見つめた。
「オリハルコンの武器なんて、いくらすると思ってるんですか? 買えるはずありませんぜ!」
「そんなに高いんですか? 予算オーバーかな?」
困った表情を浮かべるアトロポスを見て、バッカスは大きくため息をついた。
(戦いの技量は一流だけど、これは世間知らずにもほどがあるぜ。あの女の店員も売る気満々だし、いいカモにされちまう)
「お客様、こちらでございます」
バッカスの心の声が聞こえたかのように、先を歩いていた女性店員がアトロポスに声を掛けた。
「はい! まあ、見るだけ見てみましょうよ。私もオリハルコン製の武器に興味があるので……」
そう告げると、アトロポスは楽しそうに女性店員に向かって歩き出した。それを見送りながら、バッカスは大きなため息をついた。
女性店員が案内した一角には、様々なオリハルコン製の剣が並べられていた。その値札を見て、バッカスは顔を引き攣らせた。最低でも白金貨八百枚、高い物では白金貨千二百枚の値札がつけられていた。
(おいおい……。俺の予算は白金貨三枚なんだがな……)
「これがオリハルコンなんだ? 何か黒くて格好いいわね。あ、思ったよりも重たいんだ。でも、さすがに強度はありそうね」
嬉しそうにオリハルコン製の長剣を手にしているアトロポスに、女性店員が笑顔で告げた。
「よろしければ、お客様もお一ついかがですか? 上級冒険者の方には、オリハルコン製の剣は大変人気のある商品ですよ」
「そうなんですか? でも、私はこの刀が気に入っているので……」
<蒼龍神刀>の柄を左手で握りながら、アトロポスが言った。
「そちらの刀も素晴らしいですが、オリハルコン製の剣は数ある武器の中でも最上の物となっております。ぜひ、ご検討ください」
笑顔で告げる女性店員に、アトロポスは少しムッとした。何とか売りつけようとする気持ちが見え見えだった。
「これ、一振りで白金貨九百枚なんですね。本当に私の刀より性能がいいのかな?」
「もちろんでございます。オリハルコンを超える武器など、この世にはございません。たぶん、お客様の刀でもオリハルコンには傷一つ入らないかと思います」
「へえ、そんなに凄いんですか? では、試してみてもいいですか? もし本当に傷が付かなければ、バッカスさんと私の分、二本買います」
その言葉を聞いて、バッカスはアトロポスが怒っていることを悟った。慌てて宥めようとした時、女性店員が火に油を注いだ。
「ぜひ、お試しください。きっとオリハルコンの強度にご満足されると思います」
完璧な営業スマイルを見せながら告げた女性店員の言葉を聞き、思わずバッカスがアトロポスに言った。
「姐御、無茶しないでください。いくら姐御でも、覇気なしでオリハルコンに傷を入れるなんて無理です!」
アトロポスはバッカスに笑いかけた。だが、その瞳には笑いの欠片も映っていなかった。
(バッカスさんまで……。あ、もしかしてバッカスさんって、<蒼龍神刀>を見たことなかったっけ?)
「でも、もし傷物にしちゃったらどうします? 弁償しないとダメですか?」
困ったような表情を浮かべながら、アトロポスが女性店員に訊ねた。
「オリハルコンに傷を入れるなんて、まず不可能だと思いますが……。まあ、万が一傷が入っても、お気になさらずに……。弁償していただく必要はございません」
女性店員はオリハルコンの強度に絶対の自信を持って告げた。
(よし、言質は取ったわ!)
「ありがとうございます。では、試させてもらいますね。バッカスさん、この剣を持って正眼に構えてください」
オリハルコン製の長剣をバッカスに渡しながら、アトロポスが笑顔で告げた。
「姐御、本当にやるんですかい? 姐御の剣が折れちまいますぜ」
アトロポスから剣を受け取り、言われたとおり正眼に構えながらバッカスが言った。
「オリハルコンが私の<蒼龍神刀>よりも本当に硬いのか知りたいんですよ」
そう告げると、アトロポスは<蒼龍神刀>を抜刀した。
ブルー・ダイヤモンドの刀身が、店内の灯りを受けて幻想的な煌めきを放った。
バッカスと女性店員が大きく目を見開きながら驚愕の表情を浮かべた。
「……! 姐御、その刀は……!?」
「お客様……! それは……?」
二人にニッコリと微笑むと、アトロポスは左下から右上へと逆袈裟に<蒼龍神刀>を振った。
キンッ!
短い金属音が鳴り響くと同時に、オリハルコンの剣が真ん中から綺麗に両断された。アトロポスは残念そうな表情を浮かべながら<蒼龍神刀>を納刀すると、女性店員に向かって言った。
「オリハルコンを超える武器って、この世にないんじゃなかったんですか? あんまり手応えもなく切れちゃったんですけど……」
「オ、オ……オリハルコンが……」
女性店員が蒼白な表情で、呆然と呟いた。
「あ、姐御……その刀って……?」
「材料は蒼炎炭鋼石……。早い話が、ブルー・ダイヤモンド製の刀です」
「ブ、ブルー・ダイヤモンド……!?」
「そ、そんな……!!」
バッカスと女性店員が揃って、<蒼龍神刀>を驚愕の表情で見つめた。
「バッカスさん、行きましょう。店員さん、ご自分のお店の商品に自信があるのはいいですけど、客の持ち物を見下すのは止めた方がいいですよ」
言葉を失って愕然としている女性店員に笑顔で告げると、アトロポスはバッカスを促して歩き出し、『飛竜の爪』を後にした。
氏名 :バッカス
二つ名:猛牛殺し
クラス:剣士クラスA(前、剣士クラスB)
パーティ名:-
所属 :レウルーラ本部
「バッカスさん、パーティに入っていなかったんですね?」
掲示板に貼られた昇格辞令を見ると、アトロポスが笑いを噛み殺しながらバッカスに訊ねた。鋭い目つきで獰猛な笑みを浮かべているバッカスの似顔絵は、赤鬼そのものだったのだ。
「以前にいくつか入ったんすけど、みんなクビになっちまったんですよ」
苦笑いを浮かべながら、バッカスが答えた。今年二十四歳のバッカスは、冒険者になって九年のベテランだ。彼が過去に加入していた三つのパーティは、リーダーを殴ったり、仲間内で喧嘩したりでいずれも追い出されており、彼の黒歴史そのものだった。
「そうなんですか? どうせ、バーティ内で暴れたんでしょう? 次にパーティに入ったら、真面目にやってくださいね」
バッカスの顔を見てパーティを抜けた理由を想像し、アトロポスが笑った。
「姐御は、あの<星月夜>でしたよね? 『妖艶なる殺戮』がリーダーをしている……」
「はい、一応……。と言っても、まだクロトー姉さん以外のメンバーに会ったことないんですけど……」
ウォルフを初めとするクロトー以外のメンバーは、アルティシアをユピテル皇国まで送り届けている最中なので、まだ一ヶ月くらいは会えそうもなかった。
「俺も姐御と同じパーティに入りたいんですが、厳しいですかね?」
「うーん……。こればっかりは私じゃ何ともできませんよ。<星月夜>は私を入れて五人ですが、そのうち二人が剣士なので……」
現在の<星月夜>は、ウォルフとアトロポスの二人が剣士クラスだった。他は、魔道士、術士、盾士だが、これ以上剣士を増やすメリットがなかった。
「ところで、午後はちょっと買い物に付き合ってくれませんか?」
バッカスの両手剣をチラッと見ながら、アトロポスが笑顔で言った。
(バッカスさんには何かとお世話になってるし、剣士クラスAの昇格祝いに剣を贈ってあげたいな。この両手剣、随分と使い込んでいて刃こぼれも激しいし……。でも、思い入れがある剣なのかな?)
剣士にとって、武器を新調するということは嬉しい反面、不安も大きかった。使いこなせるようになるまで時間がかかるため、いざという時に十分な力が発揮できずに生命に関わることさえあるからだ。
「いいすけど、どこに行くんですか?」
午前中の訓練でアトロポスに二回も腕を斬り落とされたバッカスは、内心、ホッと胸を撫で下ろしながら訊ねた。上級回復ポーションで完治するとは言え、凄まじい激痛にバッカスは地面を転がりまくったのだった。
(姐御、普段は優しいんだが、訓練となると容赦ねえからな)
「見たところ、バッカスさんの両手剣、ずいぶんと年季が入ってそうなので、昇格のお祝いに剣を贈らせてもらえないかと思って……。あ、もちろん、その剣に愛着があるなら、無理にとは言いませんよ」
照れたように頬を赤く染めながら早口で言うアトロポスを見て、バッカスは驚いた。まさか、そんなことを考えていたなどとは、思いもよらなかったのだ。
「いや、別に安物だし、愛着なんてねえんですが、さすがにそれは悪いですよ。安いと言ったってそれなりの値段はするだろうし……。気持ちだけもらっときます」
「いえ、バッカスさんには色々とお世話になったし、気にしないでください。あんまり高い物は買えませんが、ご迷惑でなければ贈らせてもらえませんか?」
(市販の剣って、どのくらいするんだろう? シルヴァの剣がたしか白金貨千枚って言ってたから、そのくらいあればある程度の物は買えるのかな?)
シルヴァレートの剣は鍛治士に特注した物であることを忘れ、アトロポスは心の中で見積りを弾いた。
(この両手剣はたしか金貨八枚くらいだったよな? ちょっといいヤツになると、白金貨数枚はするはずだ。いくら剣士クラスSと言っても、十六歳の姐御にそんな大金払わせるわけにはいかねえよな。まあ、買い替えるにはいい機会だから、姐御に選んでもらって自分で払うか……)
アトロポスとバッカスの予算に千倍近い開きがあることは、お互いに気づきもしなかった。
「ありがとうございます、姐御。まあたしかに、そろそろ買い替え時なんで、姐御に選んでもらってもいいですかね? もちろん、代金は自分で払うので……」
「はい! じゃあ、早速武器屋に行って一緒に選びましょう!」
(こっそりと会計して、お金は私が払っちゃえばいいわ。何しろ、昇格祝いだし……)
「分かりました。よろしくお願いします、姐御」
(予算は一応、白金貨三枚までだな。できれば、白金貨一枚くらいに収めてえな)
アトロポスの<蒼龍神刀>が、白金貨三十五万五千枚であることをバッカスが知るのは、まだ先のことであった。
アトロポスはアルフレードにお勧めの武器屋を訊ねた後、バッカスとともに南インディス大通りを南に向かって歩いていた。
「あ、あれですね。『飛竜の爪』ってあります」
黒地に白い竜の爪が描かれた看板を指しながら、アトロポスが言った。
「ずいぶんと立派な店ですね」
(ギルマスの奴、高そうな店を紹介しやがって……)
顔を引き攣らせたバッカスに気づかず、アトロポスは竜のレリーフが彫られた扉を開けて、中へ入っていった。バッカスも重い足どりで、アトロポスに続いた。
「へえ……。結構広いんですね。剣だけじゃなくて、弓や拳鍔まで置いてある……」
『飛竜の爪』は武器屋としては珍しい二階建ての店舗だった。百平方メッツェは優にある一階のフロアには、様々な種類の剣や刀、槍、弓矢を始め、拳士クラス用の拳鍔も展示されていた。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
物珍しげにキョロキョロと辺りを物色していると、二十代半ばくらいの女性店員が笑顔でアトロポスに声を掛けてきた。
「えっと……。私じゃなくて、彼の武器を探しに来たんです。バッカスさん、やはり両手剣がいいんですか?」
「まあ、慣れてますんで……。両手剣でも両手大剣でも、特にこだわりはないんで、扱いやすそうなら何でも……」
そう告げると、バッカスは近くに展示されている長剣の値札をチラッと見た。
(店の入口にあるってことは、一番安物だよな? それで白金貨十枚? 冗談じゃねえぞ、ギルマスの野郎……)
つい昨日まで剣士クラスBだったバッカスにとって、白金貨十枚はポンと出せる金額ではなかった。B級依頼の相場が、だいたいそのくらいなのである。まして、アトロポスと知り合う前のバッカスは、飲む、打つ、買うに明け暮れた生活を送っており、蓄えなどほとんどなかった。
「失礼ですが、冒険者の方ですよね? クラスを伺ってもよろしいでしょうか?」
「彼、昇格試験に合格して、剣士クラスAになったんですよ。だから、そのお祝いに武器を新調しようと思って……」
嬉しそうに告げるアトロポスを見て、バッカスは顔を顰めた。
(姐御には悪いが、この店は高すぎる……。適当に切り上げて、いつもの店に行くか?)
「そうですか、おめでとうございます。剣士クラスAともなれば、冒険者としても一流ですね。二階にある物の方がお似合いかと思います。どうぞ、ご案内いたします」
営業スマイルでそう告げると、女性店員はアトロポスを促して階段を上っていった。
(おいおい……。二階って、もっと高いんじゃねえのか?)
バッカスは憮然としながら、アトロポスの後に続いて階段を上り始めた。
『飛竜の爪』の二階フロアには、一見して高級な武器が取り揃えられていた。鉄製や鋼製の武器はなく、アダマンタイト製やダマスカス鋼製、黒檀製の武器が並べられていた。それらの値札を見て、バッカスは慌ててアトロポスの袖を引いた。
「姐御……、ちょっと高すぎやしませんか?」
バッカスの近くにあったダマスカス鋼製の長剣は、白金貨二百五十枚の値がつけられていた。
「そうですか? でも、剣士クラスAなら、これくらいの武器を持つのは普通じゃないんですか?」
笑顔でそう告げると、アトロポスは女性店員に向かって訊ねた。
「すみません。オリハルコン製の両手剣って何かありますか?」
「はい。いくつか取り揃えております。こちらへどうぞ」
女性店員はフロアの奥へとアトロポスを促した。店員に続いて歩き出したアトロポスの腕を取り、バッカスは慌てて小声で囁いた。
「姐御、出ましょう!」
「え? 何でです?」
キョトンとした表情を浮かべながら、アトロポスがバッカスの顔を見つめた。
「オリハルコンの武器なんて、いくらすると思ってるんですか? 買えるはずありませんぜ!」
「そんなに高いんですか? 予算オーバーかな?」
困った表情を浮かべるアトロポスを見て、バッカスは大きくため息をついた。
(戦いの技量は一流だけど、これは世間知らずにもほどがあるぜ。あの女の店員も売る気満々だし、いいカモにされちまう)
「お客様、こちらでございます」
バッカスの心の声が聞こえたかのように、先を歩いていた女性店員がアトロポスに声を掛けた。
「はい! まあ、見るだけ見てみましょうよ。私もオリハルコン製の武器に興味があるので……」
そう告げると、アトロポスは楽しそうに女性店員に向かって歩き出した。それを見送りながら、バッカスは大きなため息をついた。
女性店員が案内した一角には、様々なオリハルコン製の剣が並べられていた。その値札を見て、バッカスは顔を引き攣らせた。最低でも白金貨八百枚、高い物では白金貨千二百枚の値札がつけられていた。
(おいおい……。俺の予算は白金貨三枚なんだがな……)
「これがオリハルコンなんだ? 何か黒くて格好いいわね。あ、思ったよりも重たいんだ。でも、さすがに強度はありそうね」
嬉しそうにオリハルコン製の長剣を手にしているアトロポスに、女性店員が笑顔で告げた。
「よろしければ、お客様もお一ついかがですか? 上級冒険者の方には、オリハルコン製の剣は大変人気のある商品ですよ」
「そうなんですか? でも、私はこの刀が気に入っているので……」
<蒼龍神刀>の柄を左手で握りながら、アトロポスが言った。
「そちらの刀も素晴らしいですが、オリハルコン製の剣は数ある武器の中でも最上の物となっております。ぜひ、ご検討ください」
笑顔で告げる女性店員に、アトロポスは少しムッとした。何とか売りつけようとする気持ちが見え見えだった。
「これ、一振りで白金貨九百枚なんですね。本当に私の刀より性能がいいのかな?」
「もちろんでございます。オリハルコンを超える武器など、この世にはございません。たぶん、お客様の刀でもオリハルコンには傷一つ入らないかと思います」
「へえ、そんなに凄いんですか? では、試してみてもいいですか? もし本当に傷が付かなければ、バッカスさんと私の分、二本買います」
その言葉を聞いて、バッカスはアトロポスが怒っていることを悟った。慌てて宥めようとした時、女性店員が火に油を注いだ。
「ぜひ、お試しください。きっとオリハルコンの強度にご満足されると思います」
完璧な営業スマイルを見せながら告げた女性店員の言葉を聞き、思わずバッカスがアトロポスに言った。
「姐御、無茶しないでください。いくら姐御でも、覇気なしでオリハルコンに傷を入れるなんて無理です!」
アトロポスはバッカスに笑いかけた。だが、その瞳には笑いの欠片も映っていなかった。
(バッカスさんまで……。あ、もしかしてバッカスさんって、<蒼龍神刀>を見たことなかったっけ?)
「でも、もし傷物にしちゃったらどうします? 弁償しないとダメですか?」
困ったような表情を浮かべながら、アトロポスが女性店員に訊ねた。
「オリハルコンに傷を入れるなんて、まず不可能だと思いますが……。まあ、万が一傷が入っても、お気になさらずに……。弁償していただく必要はございません」
女性店員はオリハルコンの強度に絶対の自信を持って告げた。
(よし、言質は取ったわ!)
「ありがとうございます。では、試させてもらいますね。バッカスさん、この剣を持って正眼に構えてください」
オリハルコン製の長剣をバッカスに渡しながら、アトロポスが笑顔で告げた。
「姐御、本当にやるんですかい? 姐御の剣が折れちまいますぜ」
アトロポスから剣を受け取り、言われたとおり正眼に構えながらバッカスが言った。
「オリハルコンが私の<蒼龍神刀>よりも本当に硬いのか知りたいんですよ」
そう告げると、アトロポスは<蒼龍神刀>を抜刀した。
ブルー・ダイヤモンドの刀身が、店内の灯りを受けて幻想的な煌めきを放った。
バッカスと女性店員が大きく目を見開きながら驚愕の表情を浮かべた。
「……! 姐御、その刀は……!?」
「お客様……! それは……?」
二人にニッコリと微笑むと、アトロポスは左下から右上へと逆袈裟に<蒼龍神刀>を振った。
キンッ!
短い金属音が鳴り響くと同時に、オリハルコンの剣が真ん中から綺麗に両断された。アトロポスは残念そうな表情を浮かべながら<蒼龍神刀>を納刀すると、女性店員に向かって言った。
「オリハルコンを超える武器って、この世にないんじゃなかったんですか? あんまり手応えもなく切れちゃったんですけど……」
「オ、オ……オリハルコンが……」
女性店員が蒼白な表情で、呆然と呟いた。
「あ、姐御……その刀って……?」
「材料は蒼炎炭鋼石……。早い話が、ブルー・ダイヤモンド製の刀です」
「ブ、ブルー・ダイヤモンド……!?」
「そ、そんな……!!」
バッカスと女性店員が揃って、<蒼龍神刀>を驚愕の表情で見つめた。
「バッカスさん、行きましょう。店員さん、ご自分のお店の商品に自信があるのはいいですけど、客の持ち物を見下すのは止めた方がいいですよ」
言葉を失って愕然としている女性店員に笑顔で告げると、アトロポスはバッカスを促して歩き出し、『飛竜の爪』を後にした。
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嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
約束の続き
夜空のかけら
ファンタジー
~お約束は裏切らないはず の続編になります。
(HOTランキング用ジャンル選択は、女性向け。カテゴリは恋愛でした)
趣味で自作した世界の環境操作をしていた神を管理監督する者が、うっかり普通の世界の環境を操作してしまったことから、その世界は、普通では考えられない世界=おかしな世界になってしまった。
世界全体が変化してしまい、これまでおとぎ話や空想上のものが現実と混ざってしまった。
地球に住む者も例外ではない。
人類と言われていた種族は、もういない。
家族でさえも、強制的に注入された因子により別々の種族になってしまった。
知的生命体、動物、植物、星、宇宙、異空間や異世界など、常識を壊されたこの世界は、既に終わってしまった世界。
しかし、逆に常識破壊があったからなのか、世界の人たちには悲壮感はありません。
謝罪に、神の管理者と呼ばれる者が出てきても、神と名乗る者が出てきても、山を一言で消し飛ばせる者が出てきても、みんな笑っておしまい。
隣に神様がいても、敬わないし、緊張感も、警戒心も、何もない。普通に井戸端会議していたり、かくれんぼをしたり、一緒になって遊んでいます。
そんな、“おかしな世界”のお話がここにあります。
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