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第2章 究極の鎧
5 パーティ加入
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冒険者ギルドを出て五タルほど北に向かうと、多くの食事処や酒家が並ぶ繁華街だった。その中にある一軒の店にクロトーはアトロポスを案内した。店構えは小さいが、瀟洒で小洒落た店だった。中に入ると四人掛けのテーブル席が六つあり、そのいずれも若い男女で埋まっていた。
「いらっしゃいませ、クロトー様。ご無沙汰しております。お変わりないご様子に安心いたしました」
一見するとアトロポスと同年代くらいのエルフが駆け寄ってきて、丁寧に一礼してからクロトーに訊ねた。
「アイシャも元気そうね。紹介しておくわ。この娘はローズちゃん。こう見えても剣士クラスAよ」
「ローズです。よろしくお願いします」
クロトーの紹介を受けて、アトロポスがアイシャと呼ばれたエルフに挨拶をした。
「アイシャです。クロトー様からこのお店を任されております。よろしくお願いいたします」
「お店を任されているって……?」
アイシャの言葉に驚いて、アトロポスは思わずクロトーの顔を見つめた。
「ああ、あたし、この店の支配人なの。もっとも名前だけで、実質はアイシャに任せっきりだけどね」
「そうなんですか……」
(クロトーさんって、謎だらけの美女って感じね。でも、やっぱり格好いい女だわ……)
「アイシャ、部屋に行ってるから、いつものセットを二つお願いね」
「はい、かしこまりました。後ほどお持ちいたします」
深くお辞儀をしたアイシャに手を振ると、クロトーはアトロポスを連れて二階へ続く階段を上り始めた。
二階には廊下を挟んで左右に二つずつの個室があった。それらを通り過ぎると、クロトーは突き当たりにある扉を開いて、アトロポスの背中に手を添えながら彼女を先に通した。
「凄い、素敵……」
部屋の中を見渡して、アトロポスは思わず感嘆のため息をついた。三十平方メッツェほどの広さの部屋には、見るからに高価そうな家具や調度品、絵画などが並べられていた。部屋の奥にはギルドマスター室よりも立派な執務机と革張りの椅子があり、中央部にはお茶を楽しむためのダイニング・テーブルと猫足風の椅子が四脚置かれていた。
意匠に凝った家具が美しく配置されている様は、クロトーのセンスの良さを物語っていた。
「気に入ってくれたようで嬉しいわ。さあ、掛けてちょうだい」
ダイニング・テーブルにある椅子をアトロポスに勧めると、クロトーは彼女の前に腰を下ろした。
「ここはあたしの書斎みたいなものよ。今通り過ぎてきた部屋が応接室とか寝室になっているの。この二階全部があたしの居住空間なの」
「そうなんですか? 凄く素敵ですね」
王族以上に洗練された生活空間を持つクロトーに、アトロポスは尊敬と憧憬の念を抱いた。
「この部屋に人を入れたのは、アイシャを除けばローズちゃんが初めてよ。あたしの初めてを奪うなんて、ローズちゃんもなかなかやるわね」
「クロトーさん……」
艶やかなクロトーの冗談に、アトロポスはドギマギして顔を赤らめた。
その時、入口の扉がノックされた。クロトーが返事をすると、銀のトレイにお茶とお茶菓子を載せたアイシャが一礼して入室してきた。
「ありがとう、アイシャ」
「いえ……。ローズ様、ごゆっくりとお寛ぎください」
「ありがとうございます、アイシャさん」
完璧に教育されたメイドのような仕草で挨拶をするアイシャに、アトロポスは慌てて頭を下げて礼を言った。
「さて、先にいただきましょうか。話は食べ終わってからゆっくりと聞くわ」
アイシャが退出すると、クロトーが魅惑的な微笑みを浮かべながら告げた。
「はい、いただきます」
湯気の立つ蒼水色の液体が入ったカップを手に取ると、アトロポスは一口飲んで驚きの声を上げた。
「美味しい! こんな飲み物、初めて飲みました!」
柑橘系の爽やかな香りとともに、甘さの中にもほろ苦さを含んだ絶妙の味わいがアトロポスの味覚を楽しませた。
「お口に合って良かったわ。これは、ユピテル皇国の南部で採れる鳳凰の翼と言う高原草から作られたお茶なの。美味しいだけじゃなくて、魔力の流れを整えて気持ちを安らにする働きもあるわ」
「そう言われると、気分がすっきりしてきた気がします」
クロトーの説明を受けて、アトロポスはニッコリと微笑みながら告げた。
「こっちのお菓子も食べてみて。若い娘に人気がある、うちの自慢の逸品なの」
「はい、いただきます」
金縁の皿に載せられた小麦色の焼き菓子を一つ摘まんで口に入れると、アトロポスは漆黒の瞳を大きく見開いた。
「凄く美味しい! サクサクとしていて、噛みしめると甘い蜜が出てくるなんて……。こんな食べ物、食べたことありません」
「これは九尾鶏という鳥の卵と、紅花蜂の蜜から作ったうち独自のお菓子よ。これを目当てで若い娘たちが来てくれるの」
「なるほど……。この味なら通いたくなる気持ちも分かります。とっても美味しいです」
笑顔でそう告げると、アトロポスはもう一枚摘まんで口の中に入れた。十分な甘みを楽しむと、カップを手に取って再びお茶を飲んだ。爽やかなほろ苦さが、口の中に残った甘みを流し、美味しさだけが残った。
「それで、あたしに相談って言うのは何かしら?」
ひとしきりお茶とお菓子を堪能した後、クロトーがアトロポスに訊ねた。
「はい……。その前に、これから話すことは絶対に誰にも言わないと約束してくれませんか?」
「アイザックにも内緒ってことよね? 分かったわ。あたし一人の心に留めることを、『妖艶なる殺戮』の名に賭けて誓うわ」
冒険者にとって、自らの二つ名に誓約することは、何物にも勝る神聖な誓いだった。
「ありがとうございます。実は……」
アトロポスは、今までのことをすべてクロトーに話し始めた。
六歳の時、孤児院を逃げ出して盗みを働こうとしたこと。その場で捕まり、第一王女アルティシアとともにレウルーラ王宮で暮らしていたこと。
レウルーラ王宮で起こった政変でアルティシアとはぐれてしまったこと。アルティシアを助けるために、当時公子だったシルヴァレートに純潔を捧げたこと。
アルティシアが殺され、御首を晒されたと知り、王宮を逃げ出したこと。御首を取り戻すために、シルヴァレートを人質にしたこと。
その時にシルヴァレートから、アトロポスとの約束を守ってアルティシアを国外に逃がしたと告げられたこと。その後、シルヴァレートと二人で首都レウルーラを脱出してザルーエクに来たこと。
ザルーエクで冒険者登録をしたこと。そして、いつの間にかシルヴァレートのことを心の底から愛していたこと。
昨夜、愛を確かめ合ったはずのシルヴァレートが、置き手紙を残して姿を消してしまったこと。そして、自分の本名がアトロポス=ローズであること。
「本当は、今すぐにでもシルヴァを捜しに行きたいんです。でも、手がかりが一つもなくて……。私、シルヴァが迎えに来るのを待っているだけなんて、絶対にイヤなんです……」
黒曜石の瞳から溢れた涙が、アトロポスの頬を濡らした。両肩を震わせながら、アトロポスは懸命に嗚咽を堪えていた。
「ローズちゃん、正直に話してくれてありがとう。ローズちゃんがあたしを信じてくれた気持ちに、あたしも全力で応えることを約束するわ」
クロトーは正直なところ、アトロポスにここまで信頼されている自信がなかった。今聞いた話は、どれもが絶対の信頼を預けなければ話せないことばかりであった。
(大人顔負けの経験をしてきたとは言え、この娘はまだ十六歳の女の子なのね。身も心も捧げた最愛のシルヴァレート王子がいなくなったことで、寄るべき柱を失って動揺し混乱している。誰かが手を伸ばしてあげないと、悲しみに押しつぶされてしまうか、悪い奴に利用されかねない)
そう考えると、クロトーはアトロポスに向かって告げた。
「ローズちゃん、あなたの成すべきことは二つあるわ。一つはシルヴァレート王子を見つけること。自分で捜すか、迎えを待つかはともかく、最愛の男性を取り戻すことよ」
「はい……」
涙に濡れた美貌を上げると、アトロポスは大きく頷いた。
「そして、もう一つはアルティシア前王女に会って話をすること。彼女に王族としての権威を取り戻させるかどうかは、それから決めればいいわ」
「はい。私は今回の政変について、民衆がどう思っているかを聞きました。武力による政変には賛成できませんが、アルカディア前国王の政策に不満が多かったことは理解しています。姫様はそのことをご存じだったと思います。だからこそ、自分で民に手を伸ばそうと考えたんです。今でも姫様の考えが変わっていないのか、それともアンドロゴラス王の政策を見守るつもりなのか、私は姫様がどう思われているのかを知りたいと思っています」
手の甲で涙を振り払うと、アトロポスは黒瞳に真剣な光を浮かべながらクロトーを真っ直ぐに見つめた。
「分かったわ。ローズちゃん、あなた、あたしのパーティに入りなさい」
アトロポスの意志を確認すると、クロトーは笑みを浮かべながら告げた。
「え……? クロトーさんのパーティに?」
突然、パーティへの勧誘をされ、アトロポスは驚いた表情でクロトーの顔を見た。
「シルヴァレート王子の件では力になれないけれど、アルティシア前王女についてはあたしのパーティに入るメリットが大きいと思うわよ」
「どういう意味ですか?」
クロトーの言葉の意味が分からずに、アトロポスが訊ねた。
「あたしのパーティ名は、<星月夜>よ。シルヴァレート王子の依頼で……正確に言えば、彼の代理人からの依頼だけど……、アルティシア前王女をユピテル皇国に送っているパーティよ」
「<星月夜>!? クロトーさんが?」
驚きのあまり、アトロポスは思わず身を乗り出して叫んだ。
「そう。あたしは冒険者ランクSパーティ、<星月夜>のリーダーで『妖艶なる殺戮』クロトーよ。どう、ローズちゃん? あたしのパーティに入るメリットは大きいと思わない?」
見る者を魅了する微笑みを浮かべながら、クロトーが告げた。
「はいッ! でも、私のようなクラスAになりたての、それもダンジョンにさえ一度も入ったことがないような者を、<星月夜>に入れてくれるんですか?」
「誰でも最初は初心者よ。大切なのは、やる気と才能よ。やる気があっても才能がなければ冒険者は死ぬわ。逆も同じよ。ローズちゃんにはその両方があるみたいだから、パーティ加入は大歓迎よ」
そう告げると、クロトーはアトロポスに右手を差し出した。
「ありがとうございます、クロトーさん! 私、がんばります!」
心からの笑顔を浮かべると、アトロポスは席を立ってクロトーの手を握りしめた。
「ええ、こちらこそよろしくね、ローズちゃん」
そう告げると、クロトーは<星月夜>についての説明を始めた。
「いらっしゃいませ、クロトー様。ご無沙汰しております。お変わりないご様子に安心いたしました」
一見するとアトロポスと同年代くらいのエルフが駆け寄ってきて、丁寧に一礼してからクロトーに訊ねた。
「アイシャも元気そうね。紹介しておくわ。この娘はローズちゃん。こう見えても剣士クラスAよ」
「ローズです。よろしくお願いします」
クロトーの紹介を受けて、アトロポスがアイシャと呼ばれたエルフに挨拶をした。
「アイシャです。クロトー様からこのお店を任されております。よろしくお願いいたします」
「お店を任されているって……?」
アイシャの言葉に驚いて、アトロポスは思わずクロトーの顔を見つめた。
「ああ、あたし、この店の支配人なの。もっとも名前だけで、実質はアイシャに任せっきりだけどね」
「そうなんですか……」
(クロトーさんって、謎だらけの美女って感じね。でも、やっぱり格好いい女だわ……)
「アイシャ、部屋に行ってるから、いつものセットを二つお願いね」
「はい、かしこまりました。後ほどお持ちいたします」
深くお辞儀をしたアイシャに手を振ると、クロトーはアトロポスを連れて二階へ続く階段を上り始めた。
二階には廊下を挟んで左右に二つずつの個室があった。それらを通り過ぎると、クロトーは突き当たりにある扉を開いて、アトロポスの背中に手を添えながら彼女を先に通した。
「凄い、素敵……」
部屋の中を見渡して、アトロポスは思わず感嘆のため息をついた。三十平方メッツェほどの広さの部屋には、見るからに高価そうな家具や調度品、絵画などが並べられていた。部屋の奥にはギルドマスター室よりも立派な執務机と革張りの椅子があり、中央部にはお茶を楽しむためのダイニング・テーブルと猫足風の椅子が四脚置かれていた。
意匠に凝った家具が美しく配置されている様は、クロトーのセンスの良さを物語っていた。
「気に入ってくれたようで嬉しいわ。さあ、掛けてちょうだい」
ダイニング・テーブルにある椅子をアトロポスに勧めると、クロトーは彼女の前に腰を下ろした。
「ここはあたしの書斎みたいなものよ。今通り過ぎてきた部屋が応接室とか寝室になっているの。この二階全部があたしの居住空間なの」
「そうなんですか? 凄く素敵ですね」
王族以上に洗練された生活空間を持つクロトーに、アトロポスは尊敬と憧憬の念を抱いた。
「この部屋に人を入れたのは、アイシャを除けばローズちゃんが初めてよ。あたしの初めてを奪うなんて、ローズちゃんもなかなかやるわね」
「クロトーさん……」
艶やかなクロトーの冗談に、アトロポスはドギマギして顔を赤らめた。
その時、入口の扉がノックされた。クロトーが返事をすると、銀のトレイにお茶とお茶菓子を載せたアイシャが一礼して入室してきた。
「ありがとう、アイシャ」
「いえ……。ローズ様、ごゆっくりとお寛ぎください」
「ありがとうございます、アイシャさん」
完璧に教育されたメイドのような仕草で挨拶をするアイシャに、アトロポスは慌てて頭を下げて礼を言った。
「さて、先にいただきましょうか。話は食べ終わってからゆっくりと聞くわ」
アイシャが退出すると、クロトーが魅惑的な微笑みを浮かべながら告げた。
「はい、いただきます」
湯気の立つ蒼水色の液体が入ったカップを手に取ると、アトロポスは一口飲んで驚きの声を上げた。
「美味しい! こんな飲み物、初めて飲みました!」
柑橘系の爽やかな香りとともに、甘さの中にもほろ苦さを含んだ絶妙の味わいがアトロポスの味覚を楽しませた。
「お口に合って良かったわ。これは、ユピテル皇国の南部で採れる鳳凰の翼と言う高原草から作られたお茶なの。美味しいだけじゃなくて、魔力の流れを整えて気持ちを安らにする働きもあるわ」
「そう言われると、気分がすっきりしてきた気がします」
クロトーの説明を受けて、アトロポスはニッコリと微笑みながら告げた。
「こっちのお菓子も食べてみて。若い娘に人気がある、うちの自慢の逸品なの」
「はい、いただきます」
金縁の皿に載せられた小麦色の焼き菓子を一つ摘まんで口に入れると、アトロポスは漆黒の瞳を大きく見開いた。
「凄く美味しい! サクサクとしていて、噛みしめると甘い蜜が出てくるなんて……。こんな食べ物、食べたことありません」
「これは九尾鶏という鳥の卵と、紅花蜂の蜜から作ったうち独自のお菓子よ。これを目当てで若い娘たちが来てくれるの」
「なるほど……。この味なら通いたくなる気持ちも分かります。とっても美味しいです」
笑顔でそう告げると、アトロポスはもう一枚摘まんで口の中に入れた。十分な甘みを楽しむと、カップを手に取って再びお茶を飲んだ。爽やかなほろ苦さが、口の中に残った甘みを流し、美味しさだけが残った。
「それで、あたしに相談って言うのは何かしら?」
ひとしきりお茶とお菓子を堪能した後、クロトーがアトロポスに訊ねた。
「はい……。その前に、これから話すことは絶対に誰にも言わないと約束してくれませんか?」
「アイザックにも内緒ってことよね? 分かったわ。あたし一人の心に留めることを、『妖艶なる殺戮』の名に賭けて誓うわ」
冒険者にとって、自らの二つ名に誓約することは、何物にも勝る神聖な誓いだった。
「ありがとうございます。実は……」
アトロポスは、今までのことをすべてクロトーに話し始めた。
六歳の時、孤児院を逃げ出して盗みを働こうとしたこと。その場で捕まり、第一王女アルティシアとともにレウルーラ王宮で暮らしていたこと。
レウルーラ王宮で起こった政変でアルティシアとはぐれてしまったこと。アルティシアを助けるために、当時公子だったシルヴァレートに純潔を捧げたこと。
アルティシアが殺され、御首を晒されたと知り、王宮を逃げ出したこと。御首を取り戻すために、シルヴァレートを人質にしたこと。
その時にシルヴァレートから、アトロポスとの約束を守ってアルティシアを国外に逃がしたと告げられたこと。その後、シルヴァレートと二人で首都レウルーラを脱出してザルーエクに来たこと。
ザルーエクで冒険者登録をしたこと。そして、いつの間にかシルヴァレートのことを心の底から愛していたこと。
昨夜、愛を確かめ合ったはずのシルヴァレートが、置き手紙を残して姿を消してしまったこと。そして、自分の本名がアトロポス=ローズであること。
「本当は、今すぐにでもシルヴァを捜しに行きたいんです。でも、手がかりが一つもなくて……。私、シルヴァが迎えに来るのを待っているだけなんて、絶対にイヤなんです……」
黒曜石の瞳から溢れた涙が、アトロポスの頬を濡らした。両肩を震わせながら、アトロポスは懸命に嗚咽を堪えていた。
「ローズちゃん、正直に話してくれてありがとう。ローズちゃんがあたしを信じてくれた気持ちに、あたしも全力で応えることを約束するわ」
クロトーは正直なところ、アトロポスにここまで信頼されている自信がなかった。今聞いた話は、どれもが絶対の信頼を預けなければ話せないことばかりであった。
(大人顔負けの経験をしてきたとは言え、この娘はまだ十六歳の女の子なのね。身も心も捧げた最愛のシルヴァレート王子がいなくなったことで、寄るべき柱を失って動揺し混乱している。誰かが手を伸ばしてあげないと、悲しみに押しつぶされてしまうか、悪い奴に利用されかねない)
そう考えると、クロトーはアトロポスに向かって告げた。
「ローズちゃん、あなたの成すべきことは二つあるわ。一つはシルヴァレート王子を見つけること。自分で捜すか、迎えを待つかはともかく、最愛の男性を取り戻すことよ」
「はい……」
涙に濡れた美貌を上げると、アトロポスは大きく頷いた。
「そして、もう一つはアルティシア前王女に会って話をすること。彼女に王族としての権威を取り戻させるかどうかは、それから決めればいいわ」
「はい。私は今回の政変について、民衆がどう思っているかを聞きました。武力による政変には賛成できませんが、アルカディア前国王の政策に不満が多かったことは理解しています。姫様はそのことをご存じだったと思います。だからこそ、自分で民に手を伸ばそうと考えたんです。今でも姫様の考えが変わっていないのか、それともアンドロゴラス王の政策を見守るつもりなのか、私は姫様がどう思われているのかを知りたいと思っています」
手の甲で涙を振り払うと、アトロポスは黒瞳に真剣な光を浮かべながらクロトーを真っ直ぐに見つめた。
「分かったわ。ローズちゃん、あなた、あたしのパーティに入りなさい」
アトロポスの意志を確認すると、クロトーは笑みを浮かべながら告げた。
「え……? クロトーさんのパーティに?」
突然、パーティへの勧誘をされ、アトロポスは驚いた表情でクロトーの顔を見た。
「シルヴァレート王子の件では力になれないけれど、アルティシア前王女についてはあたしのパーティに入るメリットが大きいと思うわよ」
「どういう意味ですか?」
クロトーの言葉の意味が分からずに、アトロポスが訊ねた。
「あたしのパーティ名は、<星月夜>よ。シルヴァレート王子の依頼で……正確に言えば、彼の代理人からの依頼だけど……、アルティシア前王女をユピテル皇国に送っているパーティよ」
「<星月夜>!? クロトーさんが?」
驚きのあまり、アトロポスは思わず身を乗り出して叫んだ。
「そう。あたしは冒険者ランクSパーティ、<星月夜>のリーダーで『妖艶なる殺戮』クロトーよ。どう、ローズちゃん? あたしのパーティに入るメリットは大きいと思わない?」
見る者を魅了する微笑みを浮かべながら、クロトーが告げた。
「はいッ! でも、私のようなクラスAになりたての、それもダンジョンにさえ一度も入ったことがないような者を、<星月夜>に入れてくれるんですか?」
「誰でも最初は初心者よ。大切なのは、やる気と才能よ。やる気があっても才能がなければ冒険者は死ぬわ。逆も同じよ。ローズちゃんにはその両方があるみたいだから、パーティ加入は大歓迎よ」
そう告げると、クロトーはアトロポスに右手を差し出した。
「ありがとうございます、クロトーさん! 私、がんばります!」
心からの笑顔を浮かべると、アトロポスは席を立ってクロトーの手を握りしめた。
「ええ、こちらこそよろしくね、ローズちゃん」
そう告げると、クロトーは<星月夜>についての説明を始めた。
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