夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように

椎名 将也

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第2章 究極の鎧

1 一流の鍛治士

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 ギルドの受付で昇格の手続きをすると、アトロポスは新しいギルド証を首に掛けてシルヴァレートの元へ戻った。剣士クラスAのギルド証は、ミスリル製の青白金色せいはっきんしょくをしていた。
「綺麗なギルド証ね。気に入ったわ」
「そうだな。ローズに合っているぞ」
「ありがとう、シルヴァ」
 思いもかけないシルヴァレートの言葉に、アトロポスは赤くなりながら嬉しそうに微笑んだ。

「では、鍛治士ギルドに行こうか」
「うん」
 シルヴァレートは黒いフード付きのコートを脱ぐと、アトロポスに着させた。
「男連中がお前を見ている。これを着ていろ」
「え? 何で?」
 不思議そうに顔を見上げるアトロポスの耳元で、シルヴァレートが囁いた。

「左胸が見えそうだぞ」
「……!」
 レオンハルトに革鎧を斬り裂かれたことを思い出すと、アトロポスは慌ててコートの前を閉じた。
「もっと早く教えて」
「悪い。言うのを忘れてたよ」
「あ、もしかしたら食堂で目の前に座った時から……?」
 その言葉を聞いて視線を外したシルヴァレートを、アトロポスは睨みつけた。

「今晩は私がお仕置きするからね!」
「ほう。楽しみだな。失神しないようにしないとな」
「……!」
 昨夜、失神するまで責められたことを思い出して、アトロポスは真っ赤に染まった。
「は、早く行くわよ」
 そう告げると、アトロポスは逃げるように冒険者ギルドを後にした。


 ザルーエクの鍛治士ギルドは、冒険者ギルドから大通りを東に五タルほど歩いた右手にあった。三階建ての建物で、フロアも冒険者ギルドの倍近くあった。レウルキア王国でも随一の規模を誇る鍛治士ギルド本部の名に恥じない造りだった。
 観音扉を押して中に入ると、シルヴァレートはドワーフの受付嬢が座るカウンターに真っ直ぐ歩いて行った。
「鍛治士クラスSのドゥリンさんに、レウルーラのシルヴァが訊ねてきたと取り次いでもらえますか?」
 ギルド証を提示しながら、シルヴァレートが受付嬢に言った。

「お約束はありますか? ドゥリンはお約束がない方とは面会をいたしませんが……」
「いえ、約束はしていません。これをドゥリンさんに見せてもらえますか?」
 シルヴァレートは左手の中指に嵌めていた指輪を抜き取ると、受付嬢に渡した。
「これは……?」
「見せていただければ、ドゥリンさんには伝わるはずです」
「分かりました。聞いて参りますので、少々お待ちください」
 そう告げると、受付嬢はカウンターから出て階段を上り、二階へと向かって行った。

「会ってもらえそう?」
「大丈夫だと思う。あの指輪の徽章きしょうを見れば、必ずドゥリンさんは来てくれるはずだ」
(王家の徽章がある指輪なのね? さすがに王族が訪ねてきたら、門前払いはできないわよね?)
 しばらく待っていると、受付嬢が下りてきて指輪をシルヴァレートに返しながら告げた。
「申し訳ありません、手が離せないそうです」

「この指輪を見てもダメですか……。どうするかな?」
 さすがに驚きの表情を浮かべると、シルヴァレートはドゥリンに会う方法を考え出した。
「すみませんが、『クロトーさんが元気にしているか聞いていた』と伝えてもらえませんか?」
「クロトーさん……ですか?」
「はい。お願いします」
 アトロポスが受付嬢に頭を下げた。

「分かりました。伝えて参ります」
 受付嬢が再び二階に向かって階段を上っていった。
「これでダメなら、出直しましょう」
「そうだな。それにしても、噂以上の人だな、ドゥリンさんって……」
 王家の権威が通じないことに、シルヴァレートは驚きを隠せないようだった。
「きっと職人気質かたぎなのよ。そういう人の方がいい仕事をしてくれるわよ」

 その時、ドタドタと階段を下りてくる足音が聞こえた。アトロポスたちが上を見上げると、初老のドワーフが慌てて階段を駆け下りてきた。
「あんたたちがあねさんの知り合いか? 俺がドゥリンだ! 姐さんは元気か?」
 息を切らせながらアトロポスたちの前に走り寄って来たドゥリンの第一声がそれだった。

「初めまして、シルヴァと言います。こちらは……」
「ローズです。クロトーさんにはお世話になっています。ついさっきも一緒に話をしていました。とてもお元気ですよ」
 アトロポスがそう告げると、ドゥリンが嬉しそうに笑った。

「そうか、姐さんは元気でやってるか! 立ち話もなんだ。一杯やりながら話を聞こう。ついてきてくれ!」
 ドゥリンは上機嫌で、受付の隣りにある食堂に向かって歩き出した。その様子を見て、アトロポスとシルヴァレートは顔を見合わせながら肩をすくめた。王家の権威より、クロトーの名前の方が遥かに効果が大きかった。


 食堂の一番奥にある窓際の四人掛け席にドゥリンは座った。彼の前に窓際からシルヴァレートとアトロポスが並んだ。
「おい、火炎酒を三つくれ!」
 アトロポスたちの好みも聞かずに、ドゥリンは店員に注文をした。アトロポスは火炎酒という酒の名前を初めて聞いた。
(ずいぶんと強そうなお酒の名前ね。飲めるかしら?)
 断ってドゥリンの機嫌を損ねることを心配し、アトロポスは火炎酒に挑戦してみることにした。

「クロトーの姐さんの紹介なら、最優先で打ってやる。何が欲しいんだ?」
 店員が持ってきた火炎酒の大杯をあおりながら、ドゥリンが話し出した。
「ありがとうございます。居合抜きに適した片刃の剣……いえ、刀をお願いします」
 アトロポスはそう告げると、目の前に置かれた火炎酒の大杯に口をつけた。

「……!」
 一口含んだ瞬間、舌先が痺れるような熱さを感じ、慌てて大杯をテーブルに戻した。
(何これ……!? よくこんなの飲めるわね?)
 酒好きのドワーフが好むだけあり、火炎酒の酒分は信じられないほど高かったのだ。とてもではないが、普通の人間が飲める代物ではなかった。
 シルヴァレートはそれを知っているらしく、ニヤニヤと笑みを浮かべてアトロポスを見つめていた。

「ほう、居合いか? ちなみにあんたのクラスは?」
「剣士クラスAです。クロトーさんからは、もう少し腕を磨いたらパーティに誘ってくれると言われました」
 クラスAでは断られるかと思い、アトロポスは再びクロトーの名前を使わせてもらうことにした。

「本当か? 姐さんがパーティに誘うって言ったのか?」
「はい。腕を磨いたらって言う条件付きですが……」
「他に何て言われた?」
「潜在的な力はクラスSを凌ぐかも知れないけど、技術が伴っていないどころか、覇気のコントロールさえできていない。クラスSは荷が重すぎると酷評されました」
 アトロポスはクロトーの言葉を思い出しながら、正直に答えた。

「あんた、姐さんに気に入られたな。分かった。あんたの希望どおりの刀を打ってやる。材質はどうする? 鉄でもはがねでもアダマンタイトでもいいぞ。少し値は張るが、オリハルコンでも構わん」
「それについても、クロトーさんから伝言があります」
「姐さんから? 何て言ってた?」
 興味深そうにアトロポスの顔を見つめながら、ドゥリンが訊ねた。

「使った蒼炎炭鋼石の費用はクロトーさんに請求して欲しいそうです」
「蒼炎炭鋼石だとッ!? あんた、蒼炎炭鋼石が何なのか知っているのか?」
 ドゥリンは両手をテーブルの上に置いて立ち上がり、身を乗り出しながら叫んだ。
「ブルー・ダイヤモンドの原石だと聞きました」
 アトロポスはドゥリンの態度に驚きながら答えた。

「ブルー・ダイヤモンド製の刀を打てってことか!? とんでもねぇことを言うな、姐さんは!」
「難しいのですか?」
 鍛冶に関する知識などまるでないアトロポスは、率直に質問した。
「難しいなんてもんじゃねぇ! たぶん、この国でそれが打てる奴は三人といないぞ! 姐さんの頼みとなりゃ、やらないわけにはいかねぇわな! 四日、いや、五日くれ! 五日後のこの時間までに最高の刀を打ってやる!」
 興奮の極みといった感じで、ドゥリンが叫んだ。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 アトロポスはドゥリンに深く頭を下げた。
「ちなみに、いくらかかりますか?」
 今までアトロポスにやり取りを任せていたシルヴァレートが、ドゥリンに訊ねた。
「蒼炎炭鋼石を除くと、材料はオリハルコンと天龍の鞣し革、天龍の宝玉ってとこか? 材料費だけで白金貨五千。鍛冶の代金としては五万だな」
 ドゥリンの言葉に、アトロポスとシルヴァレートは言葉を失った。

「五万五千ですか……?」
 シルヴァレートが顔を引き攣らせながら訊ねた。
「本来なら、蒼炎炭鋼石だけで三十万はする仕事だ。全部で三十五万五千だな」
「さ、三十五万五千……」
 アトロポスは呆然としてドゥリンの顔を見つめた。

「心配するな。それだけの価値がある刀だってことだ。姐さんのお気に入りからそんな金を取ったら、殺されちまう。だが、俺も鍛治士クラスSだ。さすがに無料ただで仕事を受けるわけにはいかねぇ。あんたらに払ってもらうのは……一万でどうだ? あとは俺が姐さんと相談してやる」
「クロトーさんと相談するって、残りの四万五千をクロトーさんに請求するという意味ですか?」
 三十万もの大金をクロトーに持ってもらった上に、四万五千まで請求するなどアトロポスにはできなかった。

「そうだが……。何かまずいか?」
「クロトーさんには蒼炎炭鋼石の代金を払ってもらうだけでも申し訳ないのに、それ以上請求するなんてできません。シルヴァ、今回は諦めるわ」
 そう言うと、アトロポスはシルヴァに向かって残念そうに告げた。
「五万五千か……。今、俺が払えるのは、一万がいいところだな。ローズ、クロトーさんに事情を話して借りられないか?」
「無理よ。これ以上迷惑かけられないわ。諦めましょう、シルヴァ」

「分かった! 五千でいい! あんたらに払ってもらうのは材料費だけでいい。俺の鍛冶代はいらねぇ! だから、この仕事をやらせてくれ! こんな大仕事を逃すくらいなら、鍛治士なんてやめてやる!」
 二人の会話を聞いていたドゥリンが、とんでもないことを言い出した。超一流の鍛治士が、無料ただで刀を打つと言っているのだ。

「それに、これを断ったら、姐さんの顔に泥を塗ることになる! そんなこと、死んでもできねぇ! そんなマネするくらいなら、鍛冶代なんていらねぇ!」
「ドゥリンさん、いくらなんでもそれは……」
 あまりの成り行きに、どうしたらいいのかアトロポスには判断がつかなかった。
「うるせえ! もう決めた! 俺はあんたに最高の刀を打ってやる! 二階の俺の鍛冶場に来い! 刀の長さや刃幅、反り具合など、細かい打ち合わせをするぞ!」
 叫ぶようにそう告げると、ドゥリンは残った火炎酒を一気に呷って席を立った。そして、そのまま大股で食堂を出て行った。

「どうするの、シルヴァ?」
「どうするも何も、あの調子じゃ何を言っても無駄だぞ。取りあえず、刀の打ち合わせをしにドゥリンさんの鍛冶場へ行こう」
 アトロポスを促すと、シルヴァレートはドゥリンの後を追った。
(何か、凄い話になってるわ。白金貨三十五万五千枚の刀って、想像もつかない……)
 先を歩くドゥリンとシルヴァレートの背中を見ながら、アトロポスは二階へ続く階段を上り始めた。
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