【ブルー・ウィッチ・シリーズ】灼熱の戦場

椎名 将也

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第11章 青い魔女

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「きゃあッ!」
 GPS百五十メートル級万能型宇宙艇<ミューズ>のパイロット・シートで、ジェシカ=アンドロメダは頭を押さえた。
 <ミューズ>は現在、惑星ヴァーミリオンから約一・三光日離れた宙域を航行していた。その距離にもかかわらず、凄まじいESP反応が彼女の脳裏に響きわたったのである。

(このESPは、ジェイじゃないわ!)
 ジェシカの黒曜石の瞳に、言い知れぬ不安が浮かび上がった。
 彼女が感じたESPは、紛れもなくΣナンバーのものである。だが、ジェイ=マキシアンのESPパターンではない。彼のESPパターンを、パートナーであるジェシカが間違えるはずはなかった。

(ジェイ以外に、こんなに強大なESPがいるの?)
 信じられなかった。しかし、そのESP反応は、間違いなく惑星ヴァーミリオンから発せられたのだ。
 ジェシカ自身もGPSに登録されているESPの中で、ジェイに次ぐ強力な能力を有していた。彼女のESPレベルは、Aクラス・ランクαである。

 AクラスのESPは、GPS管轄宙域内にわずか七名しかいない。五百万人以上いる登録ESPのうちの、頂点に立つ能力である。その中でも、彼女は、最も強力なランクであった。彼女の能力を超える者は、ΣナンバーのESPであるジェイだけのはずだ。
 しかし、今、彼女が感じたESPは、そのジェイに匹敵するものであった。『全宇宙最強のESP』と呼ばれる男に……。

「ニュートリノ探知システムを準備して! 今のESP反応の位置を割り出してちょうだい!」
 ジェシカが、<ミューズ>のバイオ・コンピューターに命じた。
『了解しました』
 バイオ・コンピューターが、疑似音声で答える。

 ニュートリノ探知システムとは、恒星が常時放出しているニュートリノと呼ばれる極微の素粒子を人工的に放出し、それが物質を通過する際の進入方向や衝撃係数を測定して、その物質の正体を探知するシステムである。このシステムはGPSにとっても最新鋭のものであり、その上、非常に高価なため、GPS旗艦<フェニックス>を除くと、この<ミューズ>と、同型機の<スピリッツ>以外には搭載している艦はなかった。

『距離が遠すぎて正確には測定できませんが、メルク大陸のプライマイオス遺跡周辺から、先ほどのESP反応が検出されました』
「プライマイオス遺跡? そこに、ジェイがいるってわけね」
 あの強大なESPがジェイのものでないとしても、それほどの能力を持つ者は、<テュポーン>のファミリー以外には考えられなかった。ジェシカの予想が当たっていれば、ジェイはそこにいるはずである。

「<ミューズ>をこの宙域に待機させていなさい。私は、テレポートでプライマイオス遺跡に跳ぶわ」
 バイオ・コンピューターにそう告げると、ジェシカの全身がESP波特有の光彩に包まれた。
 次の瞬間、<ミューズ>の艦橋から<漆黒の女神>の姿が消え去った。


「何なの、この反応は?」
 愕然として、ソルジャー=スコーピオンが呟いた。凄まじい戦慄が背筋を舐め上げ、無意識に全身が震えていた。
「どうしました、スコーピオン様?」
 ワイン・グラスを右手に持ちながら、怪訝そうな表情でジャック=アズベールが訊ねた。

「信じられない。こんなESPがいるなんて……」
「ESP? 何のことです?」
「あんたには感じ取れないの? これほどのESP反応を……」
「そう言われても、私はESPじゃないですから」
 アズベールの言葉を無視して、ソルジャー=スコーピオンがソファから立ち上がった。同時に、厳しい視線でアズベールを見据えながら命じた。

「すぐに、バイオ・ソルジャーたちを召集しなさい。できれば、タイプⅣを!」
「タイプⅣ? ESPを持つバイオ・ソルジャーですか?」
 驚いて、アズベールが確認した。
 この遺跡管理局の地下五階は、<テュポーン>の惑星ヴァーミリオン支部になっている。そこには常時二十人のバイオ・ソルジャーたちがいた。しかし、タイプⅣのバイオ・ソルジャーは三人しかいない。その事実を告げると、ソルジャー=スコーピオンが難しい顔をした。

「彼らのESPレベルは?」
「三人とも、Bクラスです」
「Aクラスの能力を持つバイオ・ソルジャーはいないの?」
「残念ながら……」
 彼女の焦燥を疑問に思いながら、アズベールが答えた。
「仕方ないわ。すぐにここへ呼びなさい。それから、他のバイオ・ソルジャーには、例の部屋の護衛を命じなさい」
「はッ!」
 アズベールは慌ててソファから立ち上がると、壁に掛けられたヴィジフォーンでその命令を伝えた。それを厳しい視線で見つめながら、ソルジャー=スコーピオンは考えに耽った。

(今のESPは、紛れもなくΣナンバーのものだわ)
 彼女自身も<テュポーン>のファースト・ファミリーであり、ΣナンバーのESPを有していた。しかし、その赤みがかったブラウンの瞳には紛れもない不安と焦燥が映し出されていた。
(あのESPは、確実に私の能力を超えていた……。よりによって、Bクラスのバイオ・ソルジャーしかいないなんて……。彼らと同調したとしても勝つことは難しい……)
 彼我の力を冷静に分析すると、ソルジャー=スコーピオンは沸き上がる不安を強烈な意志の力で抑制しながら告げた。

「ESPジャマーを準備しなさい。敵は強大なESPよ。油断しないで!」
「敵? 強大なESPって?」
 状況をまったく把握していない声で、アズベールが聞き返した。
「死にたくなければ言う通りにしなさい! それから、恒星間ヴィジフォーンの通信回路を開いて! <テュポーン>の総本部に応援を頼むわ!」
「わ、分かりました」
(ΣナンバーのESPであるソルジャー=スコーピオン様が、これほどまでに恐れる敵なんて……)
 凄まじい戦慄がアズベールの背筋を舐め上げた。彼は恒星間ヴィジフォーンの通信回路を開いて<テュポーン>総本部を呼び出すと、即座にソルジャー=スコーピオンに替わった。

「どうしました、スコーピオン?」
 美しい女性が、恒星間ヴィジフォーンのスクリーンに現れた。年齢は、十八、九歳くらいか。深い青色の髪と、知的な碧眼が印象的な女性である。落ち着いた雰囲気が、その女性を実際の年齢よりも上に見せていた。

「ソルジャー=スピカ様、緊急事態です。ジェイ=マキシアン以外に凄まじい能力を持ったESPがいます。そして、そのESPは我々に敵意を抱いていると思われます」
 内心の焦りそのままに、ソルジャー=スコーピオンが早口で告げた。その態度をたしなめるように、ソルジャー=スピカと呼ばれた女性が言った。
「<テュポーン>のファースト・ファミリーともあろう者が、むやみに取り乱すものではありませんよ。あなたが感じたESPならば、私も感知しました」

「ほ、本当ですか?」
 ソルジャー=スコーピオンが驚愕のあまり、赤茶色の瞳を大きく見開いた。
 <テュポーン>の総本部である人工惑星ジオイドは、この惑星ヴァーミリオンから五百光年以上も離れている。ソルジャー=スピカは、それほど遠方から先ほどのESPを感じ取ったというのか。彼女の驚愕を無視して、ソルジャー=スピカが続けた。

「確かに強大なESPですが、あなたとAクラスESPが二人くらい同調すれば、必ず勝てる相手です。AクラスESPを持つバイオ・ソルジャーを二人、あなたのもとへテレポートさせましょう」
「しかし、テレポートとおっしゃっても、ジオイドからここまでは、五百光年もの距離があります」
「一度に二人は、いくら私でも少し荷が重いかも知れません。ジュピター総統に手伝って頂きます。私と総統が同調すれば、その程度は問題ありませんから」

 ソルジャー=スピカの告げた台詞に、ソルジャー=スコーピオンは呆然として言葉を失った。
 五百光年彼方に二人の人間を瞬間移動テレポートさせるほどの能力とは……。
 ΣナンバーのESPを持つソルジャー=スコーピオンでさえ、それは想像を遙かに上回る能力であった。

「五分後にAクラスのバイオ・ソルジャーを二人、テレポートさせます。待っていて下さい」
 そう告げると、ソルジャー=スピカは一方的に通信を切った。
 ソルジャー=スコーピオンは、改めてソルジャー=スピカの偉大なESPを実感させられた。
 銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の副総統ソルジャー=スピカの実力を……。


 凄まじい轟音とともに、砂塵が舞い上がった。強烈な衝撃波が、紅蓮の炎を伴って周囲を席巻する。
 超古代文明最後の秘宝、プライマイオス人のESP発現装置が、その管理者である銀河皇帝エッフェン=ドウ=ヴァスタードとともに、爆発炎上したのだ。
 その超烈な爆風を、平然と受け止めながら一人の少女が立っていた。核爆発にも匹敵する圧倒的な奔流は、彼女の身体に襲いかかる直前に、見えない壁にぶつかったように弾き返されていた。

(これが、私の……能力なの?)
 プルシアン・ブルーの瞳に、言い知れぬ感慨を浮かべながら、テアが驚愕した。全身から凄まじい閃光を発し、爆風による強烈な衝撃波をブロックしている。彼女は、左腕の骨折さえも、ESPで瞬時に完治させていた。
 テアの体中の細胞が歓喜に震え上がる。果てしない力が全身に満ち溢れてきた。半径数キロメートルを一瞬のうちに巨大なクレーターと化した大爆発にさえ、彼女のESPシールドは微動だにしていなかった。

「勝てるッ! この力なら、どんな敵にでも絶対に勝てるわ!」
 テアの全身が、より濃厚な光彩を放った。圧倒的な破壊力を秘めた青い炎が、激しい勢いで噴出する。
 彼女の放つエネルギー波が、光の奔流となった。壮絶な閃光が、螺旋を描きながらテアの周囲に巨大な渦を形成する。
 淡青色の髪が舞い上がり、プルシアン・ブルーの瞳が圧倒的な意志を秘めて輝いた。
 次の瞬間、テアを取り巻く光の渦が、凄まじい爆発を放つ。

 想像を絶するエネルギー波が、超烈な奔流となって噴き上がり、惑星ヴァーミリオンの成層圏を突き破った。
 <漆黒の女神>ジェシカ=アンドロメダを驚愕させ、Σナンバーの能力者ソルジャー=スコーピオンをさえ戦慄させたのは、紛れもなくこの瞬間であったのだ。

 青い魔女ブルー・ウィッチ……。

 後に、銀河中の犯罪者たちを震撼させる魔女が、今、目覚めたのだった。
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