【ブルー・ウィッチ・シリーズ】灼熱の戦場

椎名 将也

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第9章 熱砂の死闘

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 プライマイオス遺跡は、約四万平方キロメートルの面積を有している。そして、そのほとんどは熱砂の砂漠と化していた。
 その砂漠の所々にそびえ立つ巨大な尖塔モノリスが、約二百万年前に栄えた超古代文明の名残であった。テアは、その砂漠のほぼ中央に姿を現した。一番近いモノリスまで十キロメートル以上ある。当然のごとく、近くにオアシスなどは存在していない。

「ジェーイッ!」
 彼女を助けるために、生命を賭けた男の名を、テアは叫んだ。その絶叫が、熱砂に吹きつける熱い風にかき消される。
 灼熱の太陽が、テアの裸体を容赦なく照りつけた。白い肌をジリジリと焼き、全身の汗を噴出させる。

 『全宇宙最強のESP』と呼ばれるジェイ=マキシアンのテレポート能力は、恒星間テレポートでさえ可能とする。その彼が、遺跡管理局からわずか数十キロメートルしか、テアをテレポートさせることができなかったのである。それも、自分の生命を削った最期の力を使って……。
 ジェイの衰弱は、テアの想像以上だったのだ。

「ジェイ、ジェイッ……」
 ジェイは「最期の力」と言った。
 本当に、彼は死んでしまったのか。
 テアは顔中を涙で濡らしながら、ジェイの名を呼び続けた。

 熱い。
 摂氏四十度は、優に越えているだろう。
 全裸では、体力の消耗が激しすぎる。その上、テアは食料どころか、砂漠で最も貴重な水を一滴さえ持っていなかった。彼女の唯一の持ち物は、レーザー・ナイフ一本だけであった。

(何か、着る物を探さなくては……)
 羞恥心も確かにあったが、それ以上にこの砂漠においては、それが水とともに生死を決定づける必要不可欠のものであった。
 だが、熱砂の中にドレスなど落ちているはずもない。
 テアは四方を見渡した。
 照りつける太陽と熱砂の放つ高熱で、周囲が歪んでいた。

 灼熱した砂の上に、素足で立っていることでさえ、想像を絶する苦痛を伴った。遙か頭上に輝く太陽は、やや西に傾いている。たぶん、現地時間で午後二時を少し過ぎたくらいだろう。平均気温が最も高くなる時間である。
(ジェイの生死を確認しなければ……)
 汗で額にへばりついた前髪をかき上げながら、テアは思った。

 しかし、遺跡管理局のビルは、その姿さえ遠すぎて見えない。テアは遺跡管理局のビルがあると思われる南西へ向かって、歩き始めた。衣服も靴も、水さえもない。無謀なことは承知の上である。しかし、このままこの場所にいても、緩慢な死が待っているだけだ。
 熱砂に足をとらわれながら、ゆっくりと進む。
 一時間も歩かないうちに、強烈な渇きがテアを襲った。すでに、テアの全身は噴き出す汗さえ蒸発し、白い粉となっていた。口の中には、風が運んでくる熱砂が舞い込み、歯を噛み締めるとジャリジャリと嫌な音がする。
 全裸で砂漠を歩くことが、いかに無謀であるかを、テアは思い知らされた。体力の消耗が激しすぎるのだ。

(み、水……)
 渇ききった喉が、水分を要求した。灼熱が思考能力を低下させ、意識が遠のいていく。
 気がつくと、テアは熱砂の上に倒れていた。
(こんなところで、死ぬの?)
 テアの脳裏に、「死」という単語が実感を伴って浮かび上がる。
(それもいいかも知れない)
 諦めにも似た考えが、彼女を襲った。<テュポーン>のバイオ・ソルジャーたちに凌辱され、左頬に約五センチのy字型の裂傷を刻みつけられた。あの瞬間、テアは生きることに絶望したのである。その上、ジェイの生死も不明である。

(ジェイ……)
 彼女は、彼の精悍な顔を思い浮かべた。
 いつの間にか、彼はテアの心の中で大きな存在となっていた。
(彼を愛している?)
 その答えは、テア自身にも分からなかった。ただ一つ言えることは、彼を助けるために、テアはあの地獄に自らを落としたことだけだ。
 そして、ジェイが自分の生命を犠牲にしてまで、テアを逃がそうとしたことであった。

(これが、愛なのかしら?)
 テアは銀河系でも絶世の美女と呼ばれていた。当然ながら、彼女を口説き落とそうとした男たちは数多かった。中には星間企業の御曹司や、銀河スクリーンに出演しているスターもいた。
 しかし、テアはその誰にも靡かなかった。自分が他の人間と違うことを、彼女が知っていたからである。

 IQ三百を越える超天才。そして、百メートルを五秒フラットで駆け抜ける人並みはずれた運動能力。少しくらいの怪我ならば、数分も経てば塞がってしまう驚異的な治癒能力。
 これらは、彼女が普通の人間ではないことを証明するには、あまりあるものだった。
 彼女が自分の出生を知ったのは、育ての親であるスクルト博士が死んだ後である。
 彼の古い日記に書かれていた衝撃の事実……。
 それは、テアの両親が、あのDNA戦争の首謀者ジョウ=クェーサーとエマ=トスカであることを告げていた。

 つまり、彼女はDNAアンドロイド二世であったのだ。
 そのため、テアの十六年間の人生において、心から他人を愛したことはなかった。その彼女が、ジェイに対する気持ちを理解できないことは、無理もなかった。
(ジェイが死んだとしたら……)
 緩慢な死への階段を上りながら、テアが考えた。
(私も、後を追いたい……)

 遠くで音が聞こえた。
 その音が徐々に大きくなっていく。
「何?」
 テアはゆっくりと半身を起こし、音のする方向を見つめた。その音の正体が、何か巨大なものが近づいてくる震動であることに、気づいたのだ。
 陽炎の彼方に、ぼんやりとした輪郭が浮かぶ。輪郭は二つあった。それが、凄まじいスピードでテアの方へ近づいてくる。

 輪郭がはっきりと実体を伴った。
(そんな……?)
 テアが立ち上がった。
 彼女の瞳に映ったもの……。
 それは、紛れもない巨大な戦闘車輌であった。先端から伸びた砲塔が、太陽の光を受けて黒く反射した。

(<テュポーン>の追っ手?)
 テアの疑問に答えるように、砂漠戦車がテアの前方二百メートルの地点で停止した。二台のデザート・タンクの砲塔が、真っ直ぐにテアに向けられた。
 同時に、デザート・タンクのサイド・ドアが開かれ、迷彩服に身を包んだ男たちが三人ずつ降りてきた。男たちはいずれも、XWー575マシンガンを構え、その銃口をテアに向けた。

「噂以上にいい女だな」
 男の一人がテアに近づきながら言った。男がプロであることは、XWー575の銃口を、微動もさせずにテアへ向けていることからも明らかであった。
「隊長、少し愉しみましょうぜ!」
 テアの左サイドから近づいてくる男が、よだれを垂らしそうな口調で告げた。その男は、卑猥な想像をしているのか、テアに向けている銃口が下がったことに気づいていない。

(今だッ!)
 テアは羞恥心をかなぐり捨てて、男にレーザー・ナイフを投げつけた。同時に、その男めがけて全力で走り出した。
「ギャッ!」
 テアの放ったレーザー・ナイフは狙いを誤らず、男の喉に突き刺さった。男が仰け反り倒れかかった瞬間、テアは男に跳びつき、彼の右手からXWー575を奪い取っていた。
 そのまま前方に回転し、起きあがると同時にトリガーを絞る。テアの持つXWー575の銃口から、マズル・フラッシュが瞬いた。轟音とともに、硝煙の匂いが周囲を席巻する。

「ぐわぁッ!」
「ぎゃあッ!」
 百メートルを五秒フラットで走り抜ける俊足を生かして、テアが疾走しながら男たちに銃弾を叩き込んだ。彼女の左サイドにいる三人が、その銃弾を受け、後方へ弾け跳ぶ。

 一人目は、秒速七百メートルで飛翔する九ミリ・パラペラ弾を額に受け、脳漿を撒き散らしながら即死した。
 二人目の男は、顔面を九ミリ・パラペラ弾が貫通し、その衝撃で眼球が飛び出した。もちろん、即死である。

 三人目は悲惨だった。テアの狙いがわずかにそれたため、彼は三発の銃弾を受ける運命となった。心臓を狙った初弾はわずかにそれ、左肺を斜めから貫通し、背骨に当たって内臓を粉砕した。二発目は、真っ直ぐに心臓を貫き、最後の銃弾は口から飛び込んで、男の脊椎を損傷して跳ね、左耳から体外に跳び出した。

 一瞬のうちに三人の男を倒したテアは、頭から滑り込むようにして熱砂にスライディングした。その直後に、彼女がいた空間を数発の銃弾が飛翔する。残った男たちが放った九ミリ・パラペラ弾であった。
「うおおおおッ!」
 テアの口から、獣の雄叫びが上がった。

 彼女は右サイドに三回転すると、熱砂に伏したままの姿勢で四発の銃弾を発した。
 そのうち、三発の銃弾は、全て男の一人に命中し、彼の顔面を貫いて男を屍と化した。残りの一発は、最後に生き残った男の持つXWー575の銃身に当たり、それを男の手から弾き飛ばした。
 テアが即座に起きあがり、右手を押さえてうずくまる男に駆け寄った。

「何て……女だ?」
 額に突きつけられた銃口を見て、愕然としながら男がテアに訊ねた。彼女は故意にこの男を殺さなかったのである。
「死にたくなければ、動かないことね」
「へへへ……。すげぇ女だな、あんた。戦闘のプロである俺たちを、あっという間に倒すなんてよ。あんまりにも魅力的すぎるぜ」
 男が軽口を叩いた。そして、眩しそうに眼を細めると、テアの裸体を舐めるように見つめた。

「いい身体だな。助けてくれたら、ファックしてやるぜ」
 テアは無言で男を見下ろすと、XWー575のトリガーにかけた指をわずかに動かした。轟音とともに、一発の銃弾が男の左耳をそぎ落とした。
「ぎゃあッ!」
 情けない悲鳴を上げて、男が左耳を抑えた。だが、彼の左耳は下半分が消滅し、鮮血を噴出していた。

「もう一度言うわ。死にたくなければ、じっとしていなさい!」
 男が何度も大きく頷いた。紛れもない恐怖が、彼の大きく開かれた瞳に浮かんだ。
「あなたたちは、たぶん命令を無視したわ。あなたたちが受けた命令は、あのデザート・タンクの砲塔で、私を見つけ次第殺すこと。違う?」
「そ、そうだ……」
「そうしていれば、あなたたちの勝利は確実だった。なぜ、そうしなかったの?」

「それは……」
 男が言いづらそうに言葉を切った。
 テアが銃口を男の額に押しつけて、先を促す。
「それは、あんたが裸だったからだ」
 ニヤリと男が笑った。死を覚悟し、開き直った笑いだった。
「私を犯すつもりだったのね」
 テアのプルシアン・ブルーの瞳に、激烈な怒りが浮かんだ。バイオ・ソルジャーたちに凌辱された記憶がまざまざと甦ったのである。

「あ、あんたが美人だったからだ!」
 彼女の怒りを察したかのように、男が怯えながら叫んだ。
「そんなことは、どうでもいいわ。あなたはここで死ぬんだから……。でも、一つだけ私の質問に答えなさい。ジェイ=マキシアンは、生きているの?」
「し、正直に答えれば、助けてくれるか?」
「少なくても、嘘をつくより確率が高いわ」
「分かった……」
 男がテアの瞳を見つめながら言った。

「俺が聞いた情報では、あんたを逃がす際に死んじまったらしい」
 男の言葉を無言でテアが受け止めた。
 砂漠を渡る熱風が、テアの淡青色の髪を大きく靡かせた。
 表情を一切消し去ったその美しい顔の裏で、いったい何を考えているのか。男は、長い沈黙を守るテアに耐えかねて叫んだ。
「あ、あんたの知りたい情報を、教えただろ。約束通り、助けてくれ!」

「まだよ。もう一つ訊くわ。あなたは、<テュポーン>なの?」
 テアがゆっくりとした口調で、男に訊ねた。
「そうだ……」
 男がそう告げた瞬間、テアは満面に微笑を浮かべた。恋する相手を見つめるような瞳で、鮮血に染まった男の顔を見つめる。
 その様子に、男は安堵の溜息をついた。
「助けてくれるのか?」
「そうね……。あなたが、<テュポーン>じゃなかったら……」
 次の瞬間、テアがXWー575のトリガーを引き絞った。

 至近距離から放たれた九ミリ・パラペラ弾が、男の額を貫通し、熱砂に突き刺さった。鮮血と脳漿をテアの全身にぶちまけながら、男の身体がゆっくりと後方へ倒れ込んだ。
(ジェイ……)
 プルシアン・ブルーの瞳に、激甚な怒りが浮かび上がる。自らが殺した男の返り血で、全身を真っ赤に染めながら、テアは誓った。
 銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>を、生涯の敵とすることを……。


 テアは、殺した男の着ていた迷彩服とブーツを奪い、汗と鮮血と硝煙の匂いにまみれた身体を包み込んだ。これで多少は体力の消耗を抑えることができるはずである。
 右肩にXWー575を引っかけ、予備弾の詰まったマガジン・ベルトを肩から腰へ斜めにかけた。
 砂漠を駆ける美しい女豹の誕生であった。

 男たちの持っていた食料と水で、飢えと渇きを癒すと、テアはデザート・タンクに乗り込んだ。タンクの中は、ほど良く空調がきいており、灼熱の嵐から彼女を優しく保護した。
「まるで、別世界ね」
 生き返ったように、テアが微笑みを浮かべながら呟いた。二十五℃にセッテイングされたエアコンが、汗まみれのテアの体を包み込んだ。

 デザート・タンクを操縦した経験はなかったが、普通に走行するだけならば、通常のエア・カーと同じ操作方法であることに、テアは短時間で気づいた。ナビゲーション・システムで現在地を確認する。
 モニターに映ったマップでは、彼女のいる位置は、遺跡管理局から約七十キロメートル北東であった。

 テアはもう一台のデザート・タンクを破壊することにした。万が一、男の誰かが生きていたとしても、通信できないようにしたかったからである。
 頭部や心臓を貫いたため、男たちが生きている可能性はないはずだが、彼らがバイオ・ソルジャーでないとは言い切れない。遺跡管理局で、バイオ・ソルジャーの驚異的な治癒能力を目の当たりにしたテアは、念には念を入れたかったのである。

 テアは砲塔の照準をもう一台のデザート・タンクに合わせると、弾丸の発射スイッチを押した。
 至近距離であれば、宇宙戦闘艦の特殊チタン装甲でさえも貫通する七インチ・パルサー弾が、秒速千二百メートルで飛翔した。
 凄まじい轟音とともに、デザート・タンクが爆発炎上する。その破片が四百メートル離れたテアの乗るタンクの装甲に、カンカンと音を立てて衝突した。

「すごいわ……」
 想像以上の破壊力に、テアが愕然と呟いた。
(この威力ならば、遺跡管理局ごと破壊できるかも知れない)
 テアは、ナビゲーション・システムに遺跡管理局の位置を設定し、オート・ドライブ装置をオンにした。これで、眠っていても自動的に遺跡管理局にたどり着けるはずである。

 テアは少しの間、仮眠を取ることにした。考えてみれば、三十時間以上眠っていなかったのである。
 ドライバーズ・シートをリクライニングさせると、急速に睡魔が襲ってきた。五分も経たずに、テアは安らかな寝息を立て始めた。

 デザート・タンクの最大速度は、平地で時速百キロメートルであった。しかし、ここは熱砂の上である。平均時速四十キロメートル弱での移動を余儀なくされていた。砂漠の上では、エア・カーの空中浮遊システムが、砂塵の影響で使用できないのだ。そのため、キャタピラに頼らざるを得ないのである。
 約四十分後、テアはけたたましいブザーで叩き起こされた。

「何なの、いったい?」
 不機嫌な声を上げながら、眠い眼をこする。だが、スクリーンに視線を移した途端、テアの眠気は吹き飛んだ。
 ブザーは、戦闘型機動ヘリコプターの接近を告げていたのだ。デザート・タンクから二キロメートルほどの距離に、三機の機影が映っていた。

 音速を超えて飛翔する戦闘ヘリにとって、二キロメートルの距離などないに等しい。戦闘ヘリの一機から、何かが射出された。
 大地を揺るがす凄まじい爆風が、左サイドからデザート・タンクに襲いかかった。
「きゃあッ!」
 テアは、ドライバーズ・シートから放り出された。

「グレネード・ランチャー?」
 スクリーンに映し出された情報を素早く読み取って、テアは愕然とした。
 グレネード・ランチャーとは、対戦闘車輌用の小型ミサイルの総称である。その直撃を受けたら、デザート・タンクなど粉々に粉砕されてしまう。

 一瞬の躊躇もなく、XWー575をつかむと、テアはサイド・ドアを開け、デザート・タンクから飛び降りた。頭を庇いながら、熱砂に跳び込む。身体を丸め、数回転して衝撃を緩和した。
 その三秒後、鼓膜を引き裂く大音響が、周囲を席巻した。砂塵が凄まじい勢いで、テアに降りかかった。
 グレネード・ランチャーの直撃を受け、デザート・タンクが爆発炎上したのであった。

 ヴィイイイン!
 空気を震撼させる回転音が、テアの頭上に響きわたった。一機の戦闘ヘリが、彼女のすぐ近くでホバリングしていた。距離は、二百メートルもない。
 戦闘ヘリの放つ強烈なプレッシャーを受け、テアは呆然と立ち竦んだ。その前面下部に設置された三五ミリ機関砲の照準が、テアに向かって合わせられていた。

(こんな化け物まで投入するなんて……)
 凄まじい戦慄が、テアの全身を舐め上げた。
 恐怖のあまり、足が竦む。あの機関砲が閃光を放った瞬間、テアの全身は原形さえとどめない肉片と化すことは疑いもなかった。
 残りの二機が、テアの背後から近づいてくる。前方の戦闘ヘリと三角形をなすように、テアを取り囲んだ。
 三機の戦闘ヘリが巻き起こす砂塵に、テアの淡青色の髪が舞い上がった。

(どうすればいいの?)
 XWー575を構える手が震えた。
 死を実感させる圧倒的な恐怖のため、歯がガチガチと鳴った。摂氏四十度を超える気温にもかかわらず、全身に冷たい汗が噴出する。
「い、いやあああッ!」
 絶叫とともに、テアがトリガーを絞った。

 XWー575の銃口から、セミ・オートで数十発の弾丸が発射される。その全てが、彼女の前方にホバリングしている戦闘ヘリの、フロント・ウインドウに着弾した。
 だが、完全防弾ガラスの前に、全ての銃弾が跳ね返された。戦闘ヘリのフロント・ウインドウには、ひび一つさえ入っていなかった。

「そんな……」
 テアが愕然と呟いた。その言葉が聞こえたかのように、フロント・ウインドウの向こうで、パイロットが笑みを浮かべた。
『この場で殺されるか? それとも、再び捕虜となるか? 選べ!』
 戦闘ヘリの外部に設置されたスピーカーから、低い男の声が響いた。捕虜となることは、あの凌辱を再び体験することを意味していた。

(死んだ方が、マシだわ!)
 嫌悪のあまり、ブルブルと全身を震わせながらテアは思った。だが、どうせ殺されるなら、一人でも多くの<テュポーン>を道連れにしたい。
 テアがXWー575を構え直した。恐怖のあまりトリガーを絞った先ほどとは違い、理想的なスタンディング・フォームだった。
 死を覚悟した瞬間から、テアを襲っていた凄まじい恐怖が消滅したのだ。

(どんな防弾ガラスでも、一カ所に集弾させれば、必ず粉砕できるわ!)
 テアがトリガーを絞った。
 狙いは、パイロットの心臓部である。

 初弾はあっさりと弾かれた。
 初弾とまったく同じ場所に着弾した二発目は、フロント・ウインドウに小さな傷をつけた。パイロットはそれに気づかず、余裕の笑みを浮かべていた。
 三発目で、フロント・ウインドウに白い亀裂が入った。パイロットの顔から、笑みが失われた。
 四発目は、フロント・ウインドウに突き刺さった。完全防弾ガラスに、蜘蛛の巣状の亀裂が入る。

 五発目でフロント・ウインドウが粉砕された。防弾ガラスの破片が、パイロットの全身に降りかかる。パイロットの瞳に、明らかな恐怖が映し出された。
 続く六発目が致命傷となった。秒速七百メートルで発射された九ミリ・パラペラ弾は、パイロットの左胸に突き刺さり、心臓を貫通してシートの背もたれに巨大な風穴を開けた。
 即死のはずである。

 だが、テアは七発目を放った。
 パイロットが、バイオ・ソルジャーである可能性を捨てきれず、彼の額を撃ち抜いたのである。鮮血と脳漿を噴出させながら、頭部が後方へ弾かれた。
 それが好結果を生んだ。
 操縦桿を握っていたパイロットは、死の瞬間、それを引いたのだ。、戦闘ヘリが急浮上し、テアの頭上を越えた。

 次の瞬間、戦闘ヘリが失速し、左下方へ落ちていった。その行く先には、別の戦闘ヘリがホバリングしていた。
 二機の戦闘ヘリが衝突し、轟音とともに炎上した。
 熱砂を舞い上げながら、戦闘ヘリが重なり合って墜落する。大地を震撼させる爆音とともに、凄まじい火柱が噴き上がった。
 砂の上に身を投げ出して、テアがその爆風をやり過ごした。舞い上がる砂塵が、激しくテアに降りかかる。
 残った戦闘ヘリは、爆風を防ぐため、数百メートル上空へ浮上した。

「何て女だ? この戦闘ヘリを二機も撃墜しやがった」
 パイロットが、愕然として言った。
「戻って、アズベール様の指示を仰いだ方がいいんじゃないか?」
 ナビゲーター・シートに座っている射撃手ガナーが訊ねた。彼の瞳にも驚愕が浮かんでいた。

「そんな恥ずかしいまね、できるか?」
「でも、ヤツはたかだかマシンガンで、この完全防弾ガラスを粉砕したんだぜ」
「ヤツの射程距離から外れるから、グレネード・ランチャーを叩き込め!」
 怒りを露わにしてパイロットが告げた。同時に、機体を四百メートルほど上空に引き上げる。この距離であれば、XWー575の射程外だった。

「四、五発いっぺんに撃て!」
「了解ッ!」
 ガナーが、射出スイッチをオンにした。
 空気を引き裂く発射音とともに、五発のグレネード・ランチャーが、熱砂の女豹めがけて撃ち出された。

「そんなッ!」
 テアは、戦闘ヘリがグレネード・ランチャーを発射したことを確認すると、全速で左方向へ走り出した。本来、グレネード・ランチャーは対戦闘車輌用の小型ミサイルである。それを人間に向けて発射することは、常識外であった。
 テアの戦闘力は、それだけ<テュポーン>の兵士を震撼させたのである。
 百メートルも走らないうちに、テアの背後でグレネード・ランチャーが熱砂に突き刺さり、凄まじい爆音を響かせた。強烈な衝撃波が、彼女の身体を吹き飛ばした。

「きゃああッ!」
 砂塵とともに、テアは数十メートル先の砂漠に叩きつけられた。砂の上を数回転して、その衝撃を少しでも緩和させる。
 二発目のグレネード・ランチャーは、テアから三十メートルも離れていない場所に着弾した。
 大気を切り裂き、大地を震撼させる大爆発が起こる。
 灼熱と砂塵を伴う超烈な衝撃波が、再びテアの身体を高々と舞い上げた。ハリケーンに弄ばれる木の葉のように、テアは為す術もなく翻弄された。

 五十メートル以上は確実に噴き飛ばされただろうか。その凄まじい衝撃を緩和もできずに、テアは熱砂の上を滑るように転がっていった。
 倒れ込んだテアの全身に、大量の砂塵が降り注いだ。彼女の身体は、熱砂の山に埋もれてしまった。
 三発目以降の爆発は、テアの記憶になかった。なぜなら、彼女は二発目の爆風で、意識を失ってしまったのである。

「生体反応は?」
「ない。この爆発で生きているはずないさ」
 ガナーが自信を持って答えた。熱砂の下に埋まったテアの生体反応を、戦闘ヘリの探査能力では探知できなかったのである。
「死体を確認するか?」
「バカ言うな。肉片さえ見つかるもんか」
「そうだな。任務終了だ。基地に戻るか」
 そう告げると、パイロットは戦闘ヘリの機首を南西に向けた。<テュポーン>の戦闘型機動ヘリコプターが、灼熱の砂漠に沈む太陽に向けて飛翔して行った。
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