【ブルー・ウィッチ・シリーズ】灼熱の戦場

椎名 将也

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第6章 ファースト・ファミリー

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 プライマイオス遺跡の入り口にそびえる五階建てのビルが、遺跡管理局であった。この遺跡を見学する者は、必ずこの管理局に立ち寄り、見学許可を取らねばならない決まりである。
 この管理局には、遺跡のガイドの依頼やプライマイオス人に関する説明などを、有料で申し入れることができた。

 ジェイは、受付の管理局員に二人が新婚旅行中であることを告げ、妻がギャラクシー・ユニバーシティの卒業論文の調査をかねてここに来たことを、正直に話した。そして、できればアズベール管理局長と面会できるように依頼し、管理局員に一万クレジット札を握らせる。

「管理局長は多忙な方です。事前のアポがないと、なかなか……」
 管理局員が上目遣いでジェイを見つめながら言った。もう少し出せば、会わせてやろうと言っているようなものである。
「そこを何とか。アズベール管理局長のコメントがあれば、妻の卒業論文の評価もぐっと上がるんです」
 ジェイは、管理局員に一万クレジット札をあと二枚渡した。

「仕方ないですな。あなたの奥さんに対する愛情に免じて、管理局長の予定を確認して来てあげましょう。しばらく、そこでお待ち下さい」
 そう告げると、管理局員が事務所の奥に姿を消した。それを見送りながら、テアがジェイの耳元でささやく。
「嫌味なヤツね」
「お役所仕事なんて、こんなもんさ」
 笑いながらジェイが答えた。

 ロビーのソファで数分待っていると、さっきの管理局員が戻ってきた。
「スクルトさん、お待たせしました。局長がお会いになられるそうです。奥様も、こちらへどうぞ」
 管理局員が二人をうながして、歩き出した。二人は、テアの姓を名乗ることにしたのである。ジェイの名前は<テュポーン>にとって、あまりにも有名であったからだ。
(奥様か。悪くないわね)

 管理局員の言葉に一人でニヤつきながら、テアがその後を歩く。彼女の考えをたしなめるかのように、ジェイが横目で睨んだ。
 二人は『管理局長室』と書かれたドアの前に案内された。管理局員がそのドアをノックする。
「どうぞ」
 中から、渋みのある男の声が聞こえた。
「失礼します。スクルトご夫妻をご案内しました」
 管理局員がドアを開け、ジェイたちを入室させた。そして、二人が部屋に入ると、自分はドアを閉めて退出した。

(こいつが、<テュポーン>のファミリーなの?)
 部屋の奥には、高価な木目調のデスクが置かれていた。テアは、そのデスクの向こう側で、深々と椅子に座っている初老の男を見つめた。
 年齢は五十歳くらいだろう。少し白髪の混ざった黒髪を、きっちりと七・三に分けている。大きな鷲鼻と細い眼が対照的な男だ。薄い唇は、彼の持つ冷酷さを強調していた。
 決して美男子とは言えないが、人を惹きつける迫力のようなものを感じさせる男である。

「初めまして、スクルトさん。私が、このプライマイオス遺跡管理局長をしているジャック=アズベールです。よろしく」
 アズベールが席を立って二人に近づき、ジェイに握手を求めた。
「お忙しいところを恐縮です。ジェイ=スクルトです。こちらが妻のテアです」
 彼の手を握り締めると、ジェイがテアを紹介した。
「おお、これはお美しい。いや、失礼しました。アズベールです、よろしく」
「こちらこそ」
 精一杯の笑顔を浮かべて、テアが差し出された手を握り締める。

「奥様は、ギャラクシー・ユニバーシティの学生でいらっしゃるとか」
 革張りのソファを二人に勧めて、自分も腰を下ろしながらアズベールが訊ねた。
「はい。五年生です。ここをお訪ねしたのも、卒業論文でプライマイオス人を調査しているからです」
 コーヒーを差し出してくれた秘書に、軽く会釈しながら、テアが答えた。
「プライマイオス人について、何をお調べになっているんです?」
「私は、プライマイオス人について調べている間に、ある仮説を立てました。それは、一般的に信じられている彼らのESP能力は、元から持っていたものではなく、造り出されたものではないかという仮説です」
 テアが、コーヒーにシュガーをたっぷりと入れながら言った。

「ほう。それは大胆な仮説ですな。もし、それが証明できれば、学界に大きな波紋を広げるでしょう」
「『我らは創造す。偉大なる力を有する戦士を。かの戦士は星を動かし、銀河を跳ぶ』と書かれた碑をご存知でしょう。これは、プライマイオス人が、ESPを有する人間を造った証拠ではないでしょうか?」
 テアが訊ねた。彼女のプルシアン・ブルーの瞳が、熱をおびたように輝いた。
(こいつ、ここに来た目的を完全に忘れてるな)
 ジェイが苦笑いした。

「私が管理局長との面会を望んだのは、この仮説に関するご意見を伺いたかったからなんです」
 ジェイの心配をよそに、テアが身を乗り出す。
「奥さん、あなたは優秀な学生ですね。あなたのその仮説は、私の考えとおおむね一致します。しかし、若干補正させて頂けるならば、プライマイオス人がESPを有していたことは事実です。これは、幾つかの証拠から証明されております。だが、彼らの能力は全て覚醒していたわけではありません。私は、彼らがESPを持つ人間を造ったのではなく、ESP発現装置を造り出したのではないかと考えています」
「ESP発現装置?」
 驚いたように、テアが訊ねた。

「そうです。そう考えれば、先ほどの碑に刻まれている言葉も、不思議ではありません。彼らは若干のESP能力を有していた。しかし、それらは全て覚醒していなかった。それを覚醒させるために、ESP発現装置を発明した。それによって、星をも動かすESP能力を持つ人間が現れた。どうですか?」
「興味深いお話です、アズベール管理局長」
 笑顔でテアが答えた。
「私は、この仮説を元に、暇を見てESP発現装置を探させましたが、残念ながら発見できておりません。しかし、この遺跡のどこかに、必ずそれが存在すると考えております」
 アズベールがコーヒーを飲み干しながら言った。

「それが手に入れば、ファースト・ファミリーへの道も開けるというわけか?」
 不意に、ジェイが告げた。
「何のことです?」
 アズベールが怪訝な表情で訊ねる。
「このコーヒーに入れられたロド麻薬が何よりの証拠じゃないか?」
 ジェイが彼の前に置かれているコーヒー・カップを、アズベールの前に押し戻した。
「ジェイ?」
 テアが驚いたように、彼を見つめる。彼女は、手に持ったコーヒー・カップを慌ててテーブルに戻した。まさに飲もうとしていた瞬間だったのだ。

「もし、何も入れていないんなら、あんたが飲んで証明してくれ」
「うッ……」
 アズベールが顔をしかめた。
「どうして、気づいたんだ? ロド麻薬は無味無臭なのに……」
 彼はジェイの言葉を認めた。
「あんたの心を読ませてもらったんだよ」
「何ッ? 貴様、ESPか?」
 アズベールが驚きの声を上げた。この様子からして、彼はジェイの正体を知らなかったのだ。

(それなら、なぜロド麻薬なんて入れたのかしら?)
 テアの疑問に答えるように、ジェイが告げた。
「テア、こいつは<プシケ>の親玉であると同時に、顧客でもあるようだ。俺たちに一服もって、お前を自由にしたかったらしい」
「何ですって!」
 ジェイの言葉に、テアが席を立った。プルシアン・ブルーの瞳に、激しい怒りが浮かび上がる。

「こんな変態が、<テュポーン>のファミリーなの?」
「ファミリー? 違う。俺はそんな大それたもんじゃない」
 テアの迫力に押され、アズベールは情けなく叫んだ。
「ファミリーじゃない?」
 ジェイも怪訝な顔で訊ねる。
 その時……。

『そんな男が、我々のファミリーの一員だなんて、誤解して欲しくないわね』
 ジェイとテアの脳裏に、直接、若い女性の声が響いた。
(テレパシー? これが?)
 テアが驚愕した。彼女は、テレパシーを受けたのが初めてだったのだ。
「誰だ?」
 右手の壁を睨みながら、ジェイが叫ぶ。彼の視線を受けた壁際の空間が、歪んでいた。
(誰か、テレポートしてくる!)
 その歪みが、テレポートによって引き起こされる現象であることを、テアは思い出した。

 歪みがおさまると同時に、一人の少女が現れた。
 美しい少女だった。漆黒の髪を背中まで伸ばし、黒曜石のように輝く瞳が印象的な美少女だ。色白の顔に、細く通った鼻梁と小さめの紅い唇が造作よく描かれている。年齢は十七、八歳くらいか。銀色のスペース・スーツでそのしなやかなプロポーションを包み込んでいる。
「ジェシカッ?」
 驚愕の声が、ジェイの口から迸った。
(えッ? この人が、ジェシカ?)
 テアは、その美しい少女を見つめて愕然とした。

「この姿は気に入ったかしら? あなたの愛する女の姿だものね」
 その美少女が濃艶な笑みを浮かべて訊ねた。
「……! ジェシカじゃないな! 誰だ、お前は?」
 驚きにうたれて、ジェイが叫んだ。
「私の名前は、ソルジャー=スコーピオン。<テュポーン>のファースト・ファミリーの一人よ」
「ファースト・ファミリー?」
 ジェイが厳しい表情を浮かべながら聞き返した。

 銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の構成員は、五億人とも十億人とも言われている。その支部は、GPS、SHL、自由惑星同盟のほとんどの惑星に存在し、それぞれの支部に一人の割合でファミリーと呼ばれる幹部が配置されていた。
 そのファミリーたちを統率するのが、ファースト・ファミリーと呼ばれる大幹部であった。ファースト・ファミリーは、現在三人しかその存在が確認されていない。彼らは、<テュポーン>の総統直属の大幹部なのである。
 普通のファミリーでさえも、その経済力と軍事力は、GPS上級大将か元帥に匹敵する。ファースト・ファミリーは、GPS総帥以上の実力を有するとされていた。

「直接会うのは初めてね、ジェイ=マキシアン中佐。あなたの活躍は、我々の耳にも届いているわ」
 そう告げると、ジェシカの姿がブレた。長い髪が短くなっていき、燃えるような紅色に変わる。身長も若干伸び、百七十センチを越えた。黒曜石の輝きを持つ瞳が、赤みをおびたブラウンに変わる。
「な、何?」
 テアが驚愕の声を上げる。
「ジェシカのマトリクスをコピーしていたんだ。あれが、ヤツの本当の姿だ」
 ジェイが短く言った。

 一部のESPには、他人のマトリクス(DNA基盤)をコピーし、その人物に変身する能力を持つ者がいた。それが、このソルジャー=スコーピオンだったのだ。
(まさか、ファースト・ファミリーがいたとはな……)
 ジェイはテアを連れてきたことを後悔した。
 <テュポーン>のファミリーは、いずれもBクラス以上のESPを有している。だが、彼らを統べるファースト・ファミリーは、Σナンバーの能力を持つと言われていた。全宇宙最強と呼ばれるジェイと、同等の能力である。もし、闘いになったら、テアを守りきる自信が、ジェイにはなかった。

「心配しないで。『全宇宙最強のESP』と呼ばれるあなたと闘うほど、私は自分の能力に自惚れていないわ。それに、あなたと闘っている間に、その娘の能力が目覚めたら厄介だしね」
「えッ?」
 テアが自分の耳を疑った。
「さすがに、<テュポーン>のファースト・ファミリーだな。テアの潜在能力に気づくとは……。だが、俺は、彼女の能力を覚醒させるつもりはない。ESPなど持っていても不幸になるだけだ。まして、その能力が、あまりにも強大すぎる場合は絶対にな」
 テアの疑惑に追い打ちをかけるように、ジェイが告げた。

(私にESPが……?)
 呆然として、テアはジェイを見つめた。彼女のESP検査は、陰性のはずである。それが誤りだったというのか。
「どちらにしろ、私がわざわざ来たのは、あなたと闘うためじゃない。あなたを味方に引き入れるためよ。ジュピター様も、それを望んでいるわ」
 ジュピターとは、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>に君臨する総統の名前であった。

「ジュピターに言っておけ。俺は、必ずお前を倒すと!」
 横にいるテアが思わず後ずさるほどの殺気を発して、ジェイが叫んだ。
(ジェイと銀河系最大の麻薬ギルドの総統との間に、何があったの?)
 テアは、怒りに燃えるジェイの横顔を見ながら思った。
「仕方ないわね。アズベール、例のモノをマキシアン中佐に差し上げて」
「ハッ!」
 それまで成り行きを見守っていたプライマイオス遺跡管理局長が、スーツの内ポケットから小型発信器を取り出すと、そのスイッチを押した。

 ヴィイイイン。
 耳障りな音が、管理局長室に響きわたり始めた。その音を聞いた途端、ジェイが頭を抱えて苦しみだした。
「ぐわッ!」
「ジェイ!」
 テアが慌てて倒れかかる彼を支えた。

「あははは! 『全宇宙最強のESP』も、新型ESPジャマーには勝てないようね」
 ソルジャー=スコーピオンの笑いが、響きわたった。
「うわああああ!」
 凄まじい苦悶の表情で、ジェイが絶叫する。彼の額に浮かぶ脂汗が、その激痛を物語っていた。
「ジェイ、しっかりして!」
 小刻みに痙攣するジェイを強く抱き締めながら、テアがソルジャー=スコーピオンを睨んだ。

「ジェイに何をしたの?」
 プルシアン・ブルーの瞳が、激しい怒りに燃え上がる。
「ESPジャマーは、ESPを持つ者の脳に作用する特殊な衝撃波なの。その能力が強ければ強いほど、脳を襲う衝撃波も強力になるのよ。それを彼に向けて発しているだけよ。そろそろ、限界のようね」
 ソルジャー=スコーピオンの言葉通り、ジェイはひときわ大きく痙攣すると、ガクリと意識を失った。

「ジェイッ!」
 テアが彼の身体を揺さぶりながら叫んだ。
「アズベール、彼にESP抑制リングをつけて、拘束しておきなさい。私は、ジュピター総統に、彼の処分をどうするか伺ってくるわ。それまで、このお嬢さんは、あんたの好きにしていていいわよ」
 ソルジャー=スコーピオンが、残忍な笑いを口の端に浮かべて言った。
「そうですか、ありがとうございます」
 淫猥な笑みを浮かべて、アズベールがテアの腕を取ろうとした。

「冗談じゃないわ!」
 テアがさっと身を翻して、管理局長の左サイドに廻り込む。同時に、彼の横っ腹に強烈な蹴りを入れた。
「ぐぇッ!」
 アズベールが身を二つに折り、胃液を吐いた。それを確認する間もなく、テアはソルジャー=スコーピオンに躍りかかる。
「えいッ!」
 気合いとともに、細い足が美しい弧を描いた。ソルジャー=スコーピオンの顔面めがけて、凄まじいパワーを秘めた蹴りが襲う。

「きゃあッ!」
 だが、その右足が彼女の顔に達する瞬間、テアの身体は弾かれたように五メートル後方の壁に激突した。
「ESP相手に、何をするつもりだったのかしら?」
 ソルジャー=スコーピオンが余裕の微笑みを浮かべながら、テアに歩み寄る。
「くッ……」
 全身を壁に叩きつけられ、テアは激痛のあまり立ち上がることもできない。
「お待ち下さい、ソルジャー=スコーピオン様」
 左腹部をさすりながら、アズベールが立ち上がった。怒りのあまり、顔が真っ赤に染まっている。

「この小娘は、私がお預かりします」
 残忍な笑みとともに、アズベールが告げた。
「誰が……あなたなんかに……」
 激痛に耐えながら、テアがアズベールを睨みつける。
「この娘、なかなか気が強そうよ。あんたの手に負える?」
 ソルジャー=スコーピオンが楽しそうに言った。その言葉が、アズベールの自尊心に火をつける。

「気が強い娘を思い通りに調教するのが、私の楽しみでして……」
 そう告げると、アズベールは壁際に倒れ込んでいるテアの腹部めがけて、思い切り蹴りを入れた。革靴のつま先が、彼女の細いウェストにめり込む。
「ぐふッ!」
 凄まじい衝撃を受け、テアが呻いた。プルシアン・ブルーの瞳から、涙が溢れる。

(こんなヤツに……)
 テアの意識が徐々に遠のいていく。
「分かったわ。任せたわよ、アズベール」
 テアの耳に、ソルジャー=スコーピオンの言葉が響いた。
 次の瞬間、テアの意識は完全にブラック・アウトした。
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