7 / 17
第6章 ファースト・ファミリー
しおりを挟む
プライマイオス遺跡の入り口にそびえる五階建てのビルが、遺跡管理局であった。この遺跡を見学する者は、必ずこの管理局に立ち寄り、見学許可を取らねばならない決まりである。
この管理局には、遺跡のガイドの依頼やプライマイオス人に関する説明などを、有料で申し入れることができた。
ジェイは、受付の管理局員に二人が新婚旅行中であることを告げ、妻がギャラクシー・ユニバーシティの卒業論文の調査をかねてここに来たことを、正直に話した。そして、できればアズベール管理局長と面会できるように依頼し、管理局員に一万クレジット札を握らせる。
「管理局長は多忙な方です。事前のアポがないと、なかなか……」
管理局員が上目遣いでジェイを見つめながら言った。もう少し出せば、会わせてやろうと言っているようなものである。
「そこを何とか。アズベール管理局長のコメントがあれば、妻の卒業論文の評価もぐっと上がるんです」
ジェイは、管理局員に一万クレジット札をあと二枚渡した。
「仕方ないですな。あなたの奥さんに対する愛情に免じて、管理局長の予定を確認して来てあげましょう。しばらく、そこでお待ち下さい」
そう告げると、管理局員が事務所の奥に姿を消した。それを見送りながら、テアがジェイの耳元でささやく。
「嫌味なヤツね」
「お役所仕事なんて、こんなもんさ」
笑いながらジェイが答えた。
ロビーのソファで数分待っていると、さっきの管理局員が戻ってきた。
「スクルトさん、お待たせしました。局長がお会いになられるそうです。奥様も、こちらへどうぞ」
管理局員が二人をうながして、歩き出した。二人は、テアの姓を名乗ることにしたのである。ジェイの名前は<テュポーン>にとって、あまりにも有名であったからだ。
(奥様か。悪くないわね)
管理局員の言葉に一人でニヤつきながら、テアがその後を歩く。彼女の考えをたしなめるかのように、ジェイが横目で睨んだ。
二人は『管理局長室』と書かれたドアの前に案内された。管理局員がそのドアをノックする。
「どうぞ」
中から、渋みのある男の声が聞こえた。
「失礼します。スクルトご夫妻をご案内しました」
管理局員がドアを開け、ジェイたちを入室させた。そして、二人が部屋に入ると、自分はドアを閉めて退出した。
(こいつが、<テュポーン>のファミリーなの?)
部屋の奥には、高価な木目調のデスクが置かれていた。テアは、そのデスクの向こう側で、深々と椅子に座っている初老の男を見つめた。
年齢は五十歳くらいだろう。少し白髪の混ざった黒髪を、きっちりと七・三に分けている。大きな鷲鼻と細い眼が対照的な男だ。薄い唇は、彼の持つ冷酷さを強調していた。
決して美男子とは言えないが、人を惹きつける迫力のようなものを感じさせる男である。
「初めまして、スクルトさん。私が、このプライマイオス遺跡管理局長をしているジャック=アズベールです。よろしく」
アズベールが席を立って二人に近づき、ジェイに握手を求めた。
「お忙しいところを恐縮です。ジェイ=スクルトです。こちらが妻のテアです」
彼の手を握り締めると、ジェイがテアを紹介した。
「おお、これはお美しい。いや、失礼しました。アズベールです、よろしく」
「こちらこそ」
精一杯の笑顔を浮かべて、テアが差し出された手を握り締める。
「奥様は、ギャラクシー・ユニバーシティの学生でいらっしゃるとか」
革張りのソファを二人に勧めて、自分も腰を下ろしながらアズベールが訊ねた。
「はい。五年生です。ここをお訪ねしたのも、卒業論文でプライマイオス人を調査しているからです」
コーヒーを差し出してくれた秘書に、軽く会釈しながら、テアが答えた。
「プライマイオス人について、何をお調べになっているんです?」
「私は、プライマイオス人について調べている間に、ある仮説を立てました。それは、一般的に信じられている彼らのESP能力は、元から持っていたものではなく、造り出されたものではないかという仮説です」
テアが、コーヒーにシュガーをたっぷりと入れながら言った。
「ほう。それは大胆な仮説ですな。もし、それが証明できれば、学界に大きな波紋を広げるでしょう」
「『我らは創造す。偉大なる力を有する戦士を。かの戦士は星を動かし、銀河を跳ぶ』と書かれた碑をご存知でしょう。これは、プライマイオス人が、ESPを有する人間を造った証拠ではないでしょうか?」
テアが訊ねた。彼女のプルシアン・ブルーの瞳が、熱をおびたように輝いた。
(こいつ、ここに来た目的を完全に忘れてるな)
ジェイが苦笑いした。
「私が管理局長との面会を望んだのは、この仮説に関するご意見を伺いたかったからなんです」
ジェイの心配をよそに、テアが身を乗り出す。
「奥さん、あなたは優秀な学生ですね。あなたのその仮説は、私の考えとおおむね一致します。しかし、若干補正させて頂けるならば、プライマイオス人がESPを有していたことは事実です。これは、幾つかの証拠から証明されております。だが、彼らの能力は全て覚醒していたわけではありません。私は、彼らがESPを持つ人間を造ったのではなく、ESP発現装置を造り出したのではないかと考えています」
「ESP発現装置?」
驚いたように、テアが訊ねた。
「そうです。そう考えれば、先ほどの碑に刻まれている言葉も、不思議ではありません。彼らは若干のESP能力を有していた。しかし、それらは全て覚醒していなかった。それを覚醒させるために、ESP発現装置を発明した。それによって、星をも動かすESP能力を持つ人間が現れた。どうですか?」
「興味深いお話です、アズベール管理局長」
笑顔でテアが答えた。
「私は、この仮説を元に、暇を見てESP発現装置を探させましたが、残念ながら発見できておりません。しかし、この遺跡のどこかに、必ずそれが存在すると考えております」
アズベールがコーヒーを飲み干しながら言った。
「それが手に入れば、ファースト・ファミリーへの道も開けるというわけか?」
不意に、ジェイが告げた。
「何のことです?」
アズベールが怪訝な表情で訊ねる。
「このコーヒーに入れられたロド麻薬が何よりの証拠じゃないか?」
ジェイが彼の前に置かれているコーヒー・カップを、アズベールの前に押し戻した。
「ジェイ?」
テアが驚いたように、彼を見つめる。彼女は、手に持ったコーヒー・カップを慌ててテーブルに戻した。まさに飲もうとしていた瞬間だったのだ。
「もし、何も入れていないんなら、あんたが飲んで証明してくれ」
「うッ……」
アズベールが顔をしかめた。
「どうして、気づいたんだ? ロド麻薬は無味無臭なのに……」
彼はジェイの言葉を認めた。
「あんたの心を読ませてもらったんだよ」
「何ッ? 貴様、ESPか?」
アズベールが驚きの声を上げた。この様子からして、彼はジェイの正体を知らなかったのだ。
(それなら、なぜロド麻薬なんて入れたのかしら?)
テアの疑問に答えるように、ジェイが告げた。
「テア、こいつは<プシケ>の親玉であると同時に、顧客でもあるようだ。俺たちに一服もって、お前を自由にしたかったらしい」
「何ですって!」
ジェイの言葉に、テアが席を立った。プルシアン・ブルーの瞳に、激しい怒りが浮かび上がる。
「こんな変態が、<テュポーン>のファミリーなの?」
「ファミリー? 違う。俺はそんな大それたもんじゃない」
テアの迫力に押され、アズベールは情けなく叫んだ。
「ファミリーじゃない?」
ジェイも怪訝な顔で訊ねる。
その時……。
『そんな男が、我々のファミリーの一員だなんて、誤解して欲しくないわね』
ジェイとテアの脳裏に、直接、若い女性の声が響いた。
(テレパシー? これが?)
テアが驚愕した。彼女は、テレパシーを受けたのが初めてだったのだ。
「誰だ?」
右手の壁を睨みながら、ジェイが叫ぶ。彼の視線を受けた壁際の空間が、歪んでいた。
(誰か、テレポートしてくる!)
その歪みが、テレポートによって引き起こされる現象であることを、テアは思い出した。
歪みがおさまると同時に、一人の少女が現れた。
美しい少女だった。漆黒の髪を背中まで伸ばし、黒曜石のように輝く瞳が印象的な美少女だ。色白の顔に、細く通った鼻梁と小さめの紅い唇が造作よく描かれている。年齢は十七、八歳くらいか。銀色のスペース・スーツでそのしなやかなプロポーションを包み込んでいる。
「ジェシカッ?」
驚愕の声が、ジェイの口から迸った。
(えッ? この人が、ジェシカ?)
テアは、その美しい少女を見つめて愕然とした。
「この姿は気に入ったかしら? あなたの愛する女の姿だものね」
その美少女が濃艶な笑みを浮かべて訊ねた。
「……! ジェシカじゃないな! 誰だ、お前は?」
驚きにうたれて、ジェイが叫んだ。
「私の名前は、ソルジャー=スコーピオン。<テュポーン>のファースト・ファミリーの一人よ」
「ファースト・ファミリー?」
ジェイが厳しい表情を浮かべながら聞き返した。
銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の構成員は、五億人とも十億人とも言われている。その支部は、GPS、SHL、自由惑星同盟のほとんどの惑星に存在し、それぞれの支部に一人の割合でファミリーと呼ばれる幹部が配置されていた。
そのファミリーたちを統率するのが、ファースト・ファミリーと呼ばれる大幹部であった。ファースト・ファミリーは、現在三人しかその存在が確認されていない。彼らは、<テュポーン>の総統直属の大幹部なのである。
普通のファミリーでさえも、その経済力と軍事力は、GPS上級大将か元帥に匹敵する。ファースト・ファミリーは、GPS総帥以上の実力を有するとされていた。
「直接会うのは初めてね、ジェイ=マキシアン中佐。あなたの活躍は、我々の耳にも届いているわ」
そう告げると、ジェシカの姿がブレた。長い髪が短くなっていき、燃えるような紅色に変わる。身長も若干伸び、百七十センチを越えた。黒曜石の輝きを持つ瞳が、赤みをおびたブラウンに変わる。
「な、何?」
テアが驚愕の声を上げる。
「ジェシカのマトリクスをコピーしていたんだ。あれが、ヤツの本当の姿だ」
ジェイが短く言った。
一部のESPには、他人のマトリクス(DNA基盤)をコピーし、その人物に変身する能力を持つ者がいた。それが、このソルジャー=スコーピオンだったのだ。
(まさか、ファースト・ファミリーがいたとはな……)
ジェイはテアを連れてきたことを後悔した。
<テュポーン>のファミリーは、いずれもBクラス以上のESPを有している。だが、彼らを統べるファースト・ファミリーは、Σナンバーの能力を持つと言われていた。全宇宙最強と呼ばれるジェイと、同等の能力である。もし、闘いになったら、テアを守りきる自信が、ジェイにはなかった。
「心配しないで。『全宇宙最強のESP』と呼ばれるあなたと闘うほど、私は自分の能力に自惚れていないわ。それに、あなたと闘っている間に、その娘の能力が目覚めたら厄介だしね」
「えッ?」
テアが自分の耳を疑った。
「さすがに、<テュポーン>のファースト・ファミリーだな。テアの潜在能力に気づくとは……。だが、俺は、彼女の能力を覚醒させるつもりはない。ESPなど持っていても不幸になるだけだ。まして、その能力が、あまりにも強大すぎる場合は絶対にな」
テアの疑惑に追い打ちをかけるように、ジェイが告げた。
(私にESPが……?)
呆然として、テアはジェイを見つめた。彼女のESP検査は、陰性のはずである。それが誤りだったというのか。
「どちらにしろ、私がわざわざ来たのは、あなたと闘うためじゃない。あなたを味方に引き入れるためよ。ジュピター様も、それを望んでいるわ」
ジュピターとは、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>に君臨する総統の名前であった。
「ジュピターに言っておけ。俺は、必ずお前を倒すと!」
横にいるテアが思わず後ずさるほどの殺気を発して、ジェイが叫んだ。
(ジェイと銀河系最大の麻薬ギルドの総統との間に、何があったの?)
テアは、怒りに燃えるジェイの横顔を見ながら思った。
「仕方ないわね。アズベール、例のモノをマキシアン中佐に差し上げて」
「ハッ!」
それまで成り行きを見守っていたプライマイオス遺跡管理局長が、スーツの内ポケットから小型発信器を取り出すと、そのスイッチを押した。
ヴィイイイン。
耳障りな音が、管理局長室に響きわたり始めた。その音を聞いた途端、ジェイが頭を抱えて苦しみだした。
「ぐわッ!」
「ジェイ!」
テアが慌てて倒れかかる彼を支えた。
「あははは! 『全宇宙最強のESP』も、新型ESPジャマーには勝てないようね」
ソルジャー=スコーピオンの笑いが、響きわたった。
「うわああああ!」
凄まじい苦悶の表情で、ジェイが絶叫する。彼の額に浮かぶ脂汗が、その激痛を物語っていた。
「ジェイ、しっかりして!」
小刻みに痙攣するジェイを強く抱き締めながら、テアがソルジャー=スコーピオンを睨んだ。
「ジェイに何をしたの?」
プルシアン・ブルーの瞳が、激しい怒りに燃え上がる。
「ESPジャマーは、ESPを持つ者の脳に作用する特殊な衝撃波なの。その能力が強ければ強いほど、脳を襲う衝撃波も強力になるのよ。それを彼に向けて発しているだけよ。そろそろ、限界のようね」
ソルジャー=スコーピオンの言葉通り、ジェイはひときわ大きく痙攣すると、ガクリと意識を失った。
「ジェイッ!」
テアが彼の身体を揺さぶりながら叫んだ。
「アズベール、彼にESP抑制リングをつけて、拘束しておきなさい。私は、ジュピター総統に、彼の処分をどうするか伺ってくるわ。それまで、このお嬢さんは、あんたの好きにしていていいわよ」
ソルジャー=スコーピオンが、残忍な笑いを口の端に浮かべて言った。
「そうですか、ありがとうございます」
淫猥な笑みを浮かべて、アズベールがテアの腕を取ろうとした。
「冗談じゃないわ!」
テアがさっと身を翻して、管理局長の左サイドに廻り込む。同時に、彼の横っ腹に強烈な蹴りを入れた。
「ぐぇッ!」
アズベールが身を二つに折り、胃液を吐いた。それを確認する間もなく、テアはソルジャー=スコーピオンに躍りかかる。
「えいッ!」
気合いとともに、細い足が美しい弧を描いた。ソルジャー=スコーピオンの顔面めがけて、凄まじいパワーを秘めた蹴りが襲う。
「きゃあッ!」
だが、その右足が彼女の顔に達する瞬間、テアの身体は弾かれたように五メートル後方の壁に激突した。
「ESP相手に、何をするつもりだったのかしら?」
ソルジャー=スコーピオンが余裕の微笑みを浮かべながら、テアに歩み寄る。
「くッ……」
全身を壁に叩きつけられ、テアは激痛のあまり立ち上がることもできない。
「お待ち下さい、ソルジャー=スコーピオン様」
左腹部をさすりながら、アズベールが立ち上がった。怒りのあまり、顔が真っ赤に染まっている。
「この小娘は、私がお預かりします」
残忍な笑みとともに、アズベールが告げた。
「誰が……あなたなんかに……」
激痛に耐えながら、テアがアズベールを睨みつける。
「この娘、なかなか気が強そうよ。あんたの手に負える?」
ソルジャー=スコーピオンが楽しそうに言った。その言葉が、アズベールの自尊心に火をつける。
「気が強い娘を思い通りに調教するのが、私の楽しみでして……」
そう告げると、アズベールは壁際に倒れ込んでいるテアの腹部めがけて、思い切り蹴りを入れた。革靴のつま先が、彼女の細いウェストにめり込む。
「ぐふッ!」
凄まじい衝撃を受け、テアが呻いた。プルシアン・ブルーの瞳から、涙が溢れる。
(こんなヤツに……)
テアの意識が徐々に遠のいていく。
「分かったわ。任せたわよ、アズベール」
テアの耳に、ソルジャー=スコーピオンの言葉が響いた。
次の瞬間、テアの意識は完全にブラック・アウトした。
この管理局には、遺跡のガイドの依頼やプライマイオス人に関する説明などを、有料で申し入れることができた。
ジェイは、受付の管理局員に二人が新婚旅行中であることを告げ、妻がギャラクシー・ユニバーシティの卒業論文の調査をかねてここに来たことを、正直に話した。そして、できればアズベール管理局長と面会できるように依頼し、管理局員に一万クレジット札を握らせる。
「管理局長は多忙な方です。事前のアポがないと、なかなか……」
管理局員が上目遣いでジェイを見つめながら言った。もう少し出せば、会わせてやろうと言っているようなものである。
「そこを何とか。アズベール管理局長のコメントがあれば、妻の卒業論文の評価もぐっと上がるんです」
ジェイは、管理局員に一万クレジット札をあと二枚渡した。
「仕方ないですな。あなたの奥さんに対する愛情に免じて、管理局長の予定を確認して来てあげましょう。しばらく、そこでお待ち下さい」
そう告げると、管理局員が事務所の奥に姿を消した。それを見送りながら、テアがジェイの耳元でささやく。
「嫌味なヤツね」
「お役所仕事なんて、こんなもんさ」
笑いながらジェイが答えた。
ロビーのソファで数分待っていると、さっきの管理局員が戻ってきた。
「スクルトさん、お待たせしました。局長がお会いになられるそうです。奥様も、こちらへどうぞ」
管理局員が二人をうながして、歩き出した。二人は、テアの姓を名乗ることにしたのである。ジェイの名前は<テュポーン>にとって、あまりにも有名であったからだ。
(奥様か。悪くないわね)
管理局員の言葉に一人でニヤつきながら、テアがその後を歩く。彼女の考えをたしなめるかのように、ジェイが横目で睨んだ。
二人は『管理局長室』と書かれたドアの前に案内された。管理局員がそのドアをノックする。
「どうぞ」
中から、渋みのある男の声が聞こえた。
「失礼します。スクルトご夫妻をご案内しました」
管理局員がドアを開け、ジェイたちを入室させた。そして、二人が部屋に入ると、自分はドアを閉めて退出した。
(こいつが、<テュポーン>のファミリーなの?)
部屋の奥には、高価な木目調のデスクが置かれていた。テアは、そのデスクの向こう側で、深々と椅子に座っている初老の男を見つめた。
年齢は五十歳くらいだろう。少し白髪の混ざった黒髪を、きっちりと七・三に分けている。大きな鷲鼻と細い眼が対照的な男だ。薄い唇は、彼の持つ冷酷さを強調していた。
決して美男子とは言えないが、人を惹きつける迫力のようなものを感じさせる男である。
「初めまして、スクルトさん。私が、このプライマイオス遺跡管理局長をしているジャック=アズベールです。よろしく」
アズベールが席を立って二人に近づき、ジェイに握手を求めた。
「お忙しいところを恐縮です。ジェイ=スクルトです。こちらが妻のテアです」
彼の手を握り締めると、ジェイがテアを紹介した。
「おお、これはお美しい。いや、失礼しました。アズベールです、よろしく」
「こちらこそ」
精一杯の笑顔を浮かべて、テアが差し出された手を握り締める。
「奥様は、ギャラクシー・ユニバーシティの学生でいらっしゃるとか」
革張りのソファを二人に勧めて、自分も腰を下ろしながらアズベールが訊ねた。
「はい。五年生です。ここをお訪ねしたのも、卒業論文でプライマイオス人を調査しているからです」
コーヒーを差し出してくれた秘書に、軽く会釈しながら、テアが答えた。
「プライマイオス人について、何をお調べになっているんです?」
「私は、プライマイオス人について調べている間に、ある仮説を立てました。それは、一般的に信じられている彼らのESP能力は、元から持っていたものではなく、造り出されたものではないかという仮説です」
テアが、コーヒーにシュガーをたっぷりと入れながら言った。
「ほう。それは大胆な仮説ですな。もし、それが証明できれば、学界に大きな波紋を広げるでしょう」
「『我らは創造す。偉大なる力を有する戦士を。かの戦士は星を動かし、銀河を跳ぶ』と書かれた碑をご存知でしょう。これは、プライマイオス人が、ESPを有する人間を造った証拠ではないでしょうか?」
テアが訊ねた。彼女のプルシアン・ブルーの瞳が、熱をおびたように輝いた。
(こいつ、ここに来た目的を完全に忘れてるな)
ジェイが苦笑いした。
「私が管理局長との面会を望んだのは、この仮説に関するご意見を伺いたかったからなんです」
ジェイの心配をよそに、テアが身を乗り出す。
「奥さん、あなたは優秀な学生ですね。あなたのその仮説は、私の考えとおおむね一致します。しかし、若干補正させて頂けるならば、プライマイオス人がESPを有していたことは事実です。これは、幾つかの証拠から証明されております。だが、彼らの能力は全て覚醒していたわけではありません。私は、彼らがESPを持つ人間を造ったのではなく、ESP発現装置を造り出したのではないかと考えています」
「ESP発現装置?」
驚いたように、テアが訊ねた。
「そうです。そう考えれば、先ほどの碑に刻まれている言葉も、不思議ではありません。彼らは若干のESP能力を有していた。しかし、それらは全て覚醒していなかった。それを覚醒させるために、ESP発現装置を発明した。それによって、星をも動かすESP能力を持つ人間が現れた。どうですか?」
「興味深いお話です、アズベール管理局長」
笑顔でテアが答えた。
「私は、この仮説を元に、暇を見てESP発現装置を探させましたが、残念ながら発見できておりません。しかし、この遺跡のどこかに、必ずそれが存在すると考えております」
アズベールがコーヒーを飲み干しながら言った。
「それが手に入れば、ファースト・ファミリーへの道も開けるというわけか?」
不意に、ジェイが告げた。
「何のことです?」
アズベールが怪訝な表情で訊ねる。
「このコーヒーに入れられたロド麻薬が何よりの証拠じゃないか?」
ジェイが彼の前に置かれているコーヒー・カップを、アズベールの前に押し戻した。
「ジェイ?」
テアが驚いたように、彼を見つめる。彼女は、手に持ったコーヒー・カップを慌ててテーブルに戻した。まさに飲もうとしていた瞬間だったのだ。
「もし、何も入れていないんなら、あんたが飲んで証明してくれ」
「うッ……」
アズベールが顔をしかめた。
「どうして、気づいたんだ? ロド麻薬は無味無臭なのに……」
彼はジェイの言葉を認めた。
「あんたの心を読ませてもらったんだよ」
「何ッ? 貴様、ESPか?」
アズベールが驚きの声を上げた。この様子からして、彼はジェイの正体を知らなかったのだ。
(それなら、なぜロド麻薬なんて入れたのかしら?)
テアの疑問に答えるように、ジェイが告げた。
「テア、こいつは<プシケ>の親玉であると同時に、顧客でもあるようだ。俺たちに一服もって、お前を自由にしたかったらしい」
「何ですって!」
ジェイの言葉に、テアが席を立った。プルシアン・ブルーの瞳に、激しい怒りが浮かび上がる。
「こんな変態が、<テュポーン>のファミリーなの?」
「ファミリー? 違う。俺はそんな大それたもんじゃない」
テアの迫力に押され、アズベールは情けなく叫んだ。
「ファミリーじゃない?」
ジェイも怪訝な顔で訊ねる。
その時……。
『そんな男が、我々のファミリーの一員だなんて、誤解して欲しくないわね』
ジェイとテアの脳裏に、直接、若い女性の声が響いた。
(テレパシー? これが?)
テアが驚愕した。彼女は、テレパシーを受けたのが初めてだったのだ。
「誰だ?」
右手の壁を睨みながら、ジェイが叫ぶ。彼の視線を受けた壁際の空間が、歪んでいた。
(誰か、テレポートしてくる!)
その歪みが、テレポートによって引き起こされる現象であることを、テアは思い出した。
歪みがおさまると同時に、一人の少女が現れた。
美しい少女だった。漆黒の髪を背中まで伸ばし、黒曜石のように輝く瞳が印象的な美少女だ。色白の顔に、細く通った鼻梁と小さめの紅い唇が造作よく描かれている。年齢は十七、八歳くらいか。銀色のスペース・スーツでそのしなやかなプロポーションを包み込んでいる。
「ジェシカッ?」
驚愕の声が、ジェイの口から迸った。
(えッ? この人が、ジェシカ?)
テアは、その美しい少女を見つめて愕然とした。
「この姿は気に入ったかしら? あなたの愛する女の姿だものね」
その美少女が濃艶な笑みを浮かべて訊ねた。
「……! ジェシカじゃないな! 誰だ、お前は?」
驚きにうたれて、ジェイが叫んだ。
「私の名前は、ソルジャー=スコーピオン。<テュポーン>のファースト・ファミリーの一人よ」
「ファースト・ファミリー?」
ジェイが厳しい表情を浮かべながら聞き返した。
銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の構成員は、五億人とも十億人とも言われている。その支部は、GPS、SHL、自由惑星同盟のほとんどの惑星に存在し、それぞれの支部に一人の割合でファミリーと呼ばれる幹部が配置されていた。
そのファミリーたちを統率するのが、ファースト・ファミリーと呼ばれる大幹部であった。ファースト・ファミリーは、現在三人しかその存在が確認されていない。彼らは、<テュポーン>の総統直属の大幹部なのである。
普通のファミリーでさえも、その経済力と軍事力は、GPS上級大将か元帥に匹敵する。ファースト・ファミリーは、GPS総帥以上の実力を有するとされていた。
「直接会うのは初めてね、ジェイ=マキシアン中佐。あなたの活躍は、我々の耳にも届いているわ」
そう告げると、ジェシカの姿がブレた。長い髪が短くなっていき、燃えるような紅色に変わる。身長も若干伸び、百七十センチを越えた。黒曜石の輝きを持つ瞳が、赤みをおびたブラウンに変わる。
「な、何?」
テアが驚愕の声を上げる。
「ジェシカのマトリクスをコピーしていたんだ。あれが、ヤツの本当の姿だ」
ジェイが短く言った。
一部のESPには、他人のマトリクス(DNA基盤)をコピーし、その人物に変身する能力を持つ者がいた。それが、このソルジャー=スコーピオンだったのだ。
(まさか、ファースト・ファミリーがいたとはな……)
ジェイはテアを連れてきたことを後悔した。
<テュポーン>のファミリーは、いずれもBクラス以上のESPを有している。だが、彼らを統べるファースト・ファミリーは、Σナンバーの能力を持つと言われていた。全宇宙最強と呼ばれるジェイと、同等の能力である。もし、闘いになったら、テアを守りきる自信が、ジェイにはなかった。
「心配しないで。『全宇宙最強のESP』と呼ばれるあなたと闘うほど、私は自分の能力に自惚れていないわ。それに、あなたと闘っている間に、その娘の能力が目覚めたら厄介だしね」
「えッ?」
テアが自分の耳を疑った。
「さすがに、<テュポーン>のファースト・ファミリーだな。テアの潜在能力に気づくとは……。だが、俺は、彼女の能力を覚醒させるつもりはない。ESPなど持っていても不幸になるだけだ。まして、その能力が、あまりにも強大すぎる場合は絶対にな」
テアの疑惑に追い打ちをかけるように、ジェイが告げた。
(私にESPが……?)
呆然として、テアはジェイを見つめた。彼女のESP検査は、陰性のはずである。それが誤りだったというのか。
「どちらにしろ、私がわざわざ来たのは、あなたと闘うためじゃない。あなたを味方に引き入れるためよ。ジュピター様も、それを望んでいるわ」
ジュピターとは、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>に君臨する総統の名前であった。
「ジュピターに言っておけ。俺は、必ずお前を倒すと!」
横にいるテアが思わず後ずさるほどの殺気を発して、ジェイが叫んだ。
(ジェイと銀河系最大の麻薬ギルドの総統との間に、何があったの?)
テアは、怒りに燃えるジェイの横顔を見ながら思った。
「仕方ないわね。アズベール、例のモノをマキシアン中佐に差し上げて」
「ハッ!」
それまで成り行きを見守っていたプライマイオス遺跡管理局長が、スーツの内ポケットから小型発信器を取り出すと、そのスイッチを押した。
ヴィイイイン。
耳障りな音が、管理局長室に響きわたり始めた。その音を聞いた途端、ジェイが頭を抱えて苦しみだした。
「ぐわッ!」
「ジェイ!」
テアが慌てて倒れかかる彼を支えた。
「あははは! 『全宇宙最強のESP』も、新型ESPジャマーには勝てないようね」
ソルジャー=スコーピオンの笑いが、響きわたった。
「うわああああ!」
凄まじい苦悶の表情で、ジェイが絶叫する。彼の額に浮かぶ脂汗が、その激痛を物語っていた。
「ジェイ、しっかりして!」
小刻みに痙攣するジェイを強く抱き締めながら、テアがソルジャー=スコーピオンを睨んだ。
「ジェイに何をしたの?」
プルシアン・ブルーの瞳が、激しい怒りに燃え上がる。
「ESPジャマーは、ESPを持つ者の脳に作用する特殊な衝撃波なの。その能力が強ければ強いほど、脳を襲う衝撃波も強力になるのよ。それを彼に向けて発しているだけよ。そろそろ、限界のようね」
ソルジャー=スコーピオンの言葉通り、ジェイはひときわ大きく痙攣すると、ガクリと意識を失った。
「ジェイッ!」
テアが彼の身体を揺さぶりながら叫んだ。
「アズベール、彼にESP抑制リングをつけて、拘束しておきなさい。私は、ジュピター総統に、彼の処分をどうするか伺ってくるわ。それまで、このお嬢さんは、あんたの好きにしていていいわよ」
ソルジャー=スコーピオンが、残忍な笑いを口の端に浮かべて言った。
「そうですか、ありがとうございます」
淫猥な笑みを浮かべて、アズベールがテアの腕を取ろうとした。
「冗談じゃないわ!」
テアがさっと身を翻して、管理局長の左サイドに廻り込む。同時に、彼の横っ腹に強烈な蹴りを入れた。
「ぐぇッ!」
アズベールが身を二つに折り、胃液を吐いた。それを確認する間もなく、テアはソルジャー=スコーピオンに躍りかかる。
「えいッ!」
気合いとともに、細い足が美しい弧を描いた。ソルジャー=スコーピオンの顔面めがけて、凄まじいパワーを秘めた蹴りが襲う。
「きゃあッ!」
だが、その右足が彼女の顔に達する瞬間、テアの身体は弾かれたように五メートル後方の壁に激突した。
「ESP相手に、何をするつもりだったのかしら?」
ソルジャー=スコーピオンが余裕の微笑みを浮かべながら、テアに歩み寄る。
「くッ……」
全身を壁に叩きつけられ、テアは激痛のあまり立ち上がることもできない。
「お待ち下さい、ソルジャー=スコーピオン様」
左腹部をさすりながら、アズベールが立ち上がった。怒りのあまり、顔が真っ赤に染まっている。
「この小娘は、私がお預かりします」
残忍な笑みとともに、アズベールが告げた。
「誰が……あなたなんかに……」
激痛に耐えながら、テアがアズベールを睨みつける。
「この娘、なかなか気が強そうよ。あんたの手に負える?」
ソルジャー=スコーピオンが楽しそうに言った。その言葉が、アズベールの自尊心に火をつける。
「気が強い娘を思い通りに調教するのが、私の楽しみでして……」
そう告げると、アズベールは壁際に倒れ込んでいるテアの腹部めがけて、思い切り蹴りを入れた。革靴のつま先が、彼女の細いウェストにめり込む。
「ぐふッ!」
凄まじい衝撃を受け、テアが呻いた。プルシアン・ブルーの瞳から、涙が溢れる。
(こんなヤツに……)
テアの意識が徐々に遠のいていく。
「分かったわ。任せたわよ、アズベール」
テアの耳に、ソルジャー=スコーピオンの言葉が響いた。
次の瞬間、テアの意識は完全にブラック・アウトした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる