【ブルー・ウィッチ・シリーズ】灼熱の戦場

椎名 将也

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第3章 エスケープ

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 意識を取り戻したテアは、愕然とした。
 両手に電子手錠をかけられ、背中で拘束されている。両足は自由だった。だが、彼女に衝撃を与えた事実は、別のことであった。

 全裸だったのだ。

 言い知れぬ恥ずかしさで、全身が真っ赤に染まる。テアは自由になる両足を曲げ、丸くなるようにして座り込んだ。
 何も身につけていないことが、大きな不安と同時に、言い知れぬ恥辱を彼女に与えた。
 テアは唇を噛み締めた。悔しさと恥ずかしさのあまり、涙が溢れ出てくる。

(泣いていても何も解決しない!)
 沸き上がる感情を強い意志で抑え込んだ。
 自分が置かれている状況を、できる限り冷静に分析しようとする。
 デビウスというドライバーに騙されて白亜のレストランに連れ込まれ、痺れ薬入りのワインを飲まされた。そのまま意識を失い、気がつくとこの有様である。

 世間知らずの彼女にさえ、今自分の身に何が起こっているのか想像がついた。ジェイが言った言葉が、再び彼女の脳裏に響きわたる。
(売られる? そんなバカな?)
 だが、この状況から導き出される結論は、一つしか考えられなかった。

 彼女を裸にした理由は、何だろうか?
 まだ、男性経験のない彼女だったが、自分が知らない間に穢されていないことは分かった。ということは、二つの理由が考えられる。
 一つは、彼女の商品価値を確認するためだ。たぶん、入れ墨や大きな傷、不法人体改造などがあると、商品価値が下がるのではないか。
 もう一つは、彼女の逃亡を防ぐためだ。全裸のまま逃げる意志を持ちうる女性は、ほとんどいないだろう。

 テアは周囲を見回した。逃げるとしても、状況を確認する必要がある。
 彼女が監禁されている部屋は、小さな牢獄のような場所だった。二十㎡もない狭い部屋である。唯一の窓は小さく、人間がくぐり抜けられるほどのスペースはなかった。その上、鉄格子がはめられている。ドアは一カ所で、電子ロックが施されている。
 部屋の隅には、むき出しの便器と小さな洗面台が一つずつあった。噂に聞く刑務所の独房のような造りの部屋だった。

(チャンスを待つしかないわ)
 全裸で両手を拘束され、何一つ武器になるようなものさえ持っていない彼女が、この部屋から自力で抜け出すことは不可能に思えた。

「気がついたようね」
 突然、女性の声が響いた。テアは驚いて周囲を見渡した。
 どこかにスピーカーがあるのだ。当然、彼女の様子を把握していることから、隠しカメラも設置されているのだろう。

「どこなの、ここは?」
 精一杯の虚勢を張って、テアが怒鳴った。全裸の自分を隠し見られている恥辱に、テアの顔が紅潮する。
「元気がいいわね、あなた。今までの女の子たちは、怯えているか、泣いているかのどちらかだったんだけれどね」
 新鮮な驚きを浮かべた声で、その女が告げた。

「元気だけが取り柄なのよ。それより、ここはどこなの?」
「裸ですごんでも、滑稽なだけよ」
 嘲笑しながら、女が言った。その言葉に、テアの自尊心が激しく傷つけられる。彼女は堅く唇を噛み締めた。そうでもしないと、涙が溢れてきそうだったのだ。

「気が強いのね。いいわ、それに免じて教えてあげるわ。ここは、<プシケ>の地下三階よ」
 女がテアの様子を楽しげに見ながら告げた。
(<プシケ>って?)
 テアは記憶を探った。
(そうだ、あのレストランの名前だわ)

「私をどうする気?」
 テアが声のする方向を睨んだ。
 たぶん、スピーカーの近くに隠しカメラがあると考えたのだ。そして、それは間違いではなかった。女はテアの怒りに燃えるプルシアン・ブルーの瞳を、正面から受け止めることになった。

「怖い眼ね。美人が本気で怒ると、結構迫力があるわ。何もあたしたちは、あなたを取って喰おうってわけじゃないの。あたしたちの顧客にあなたを買って頂くのよ」
「人身売買ってわけね! やっぱり、噂は本当だったのね」
「噂?」
 テアの言葉を女が聞き咎めた。

「この惑星では、若い少女をさらって売り払っている組織があるって噂よ」
「誰から聞いたの?」
 驚愕を抑えて、女が訊ねた。彼女……ドミニクが率いるこの<プシケ>は、顧客を厳選しており、彼らにも秘密を厳守させている。また、顧客の側もそれなりの立場の人間であるため、秘密を厳守せざるを得ない。
 その<プシケ>の存在が、噂に上ることなどあり得なかったのだ。

「どこだっていいでしょう。それより、私を買ってくれるお客さんは決まったの?」
 テアは無意識にジェイを庇って、話題を変えた。普通の人間が知らない情報を彼が知っている。その事実と彼の持つ危険な香りが、テアの本能に何かを語りかけてきたのだった。

「自分の身の上の方が心配なのね。まあ、いいわ。噂の出所は、こちらで調査しましょう。あなたは運がいいわよ。普通なら、今頃は麻薬漬けにされているんだから」
「麻薬……?」
 テアはドミニクの言葉に、愕然とした。自分が考えているよりも、遙かに危険な状況に置かれていることを認識させられたのである。

「そう。あたしたちは通常、さらってきた少女に麻薬を射ってから販売するの。そうすれば、逃げる意志を持たずに従順になるから。でも、今日初めて来た顧客の要望で、麻薬を射たれていない少女が必要になったのよ」
「その客に、私を売るつもりなのね」
 テアの脳裏に希望がわいてきた。
 ここから逃げ出すことは不可能だが、その客に売られた後であれば、逃亡できるのではないかと考えたのだ。

 テアはジェイにも告げた通り、一通りの護身術をマスターしている。そこらの格闘家でさえ、敵ではなかった。
 その上、射撃の腕前も、ギャラクシー・ユニバーシティの大会で優勝した経験があった。人身売買の顧客と言ったら、その大半は政治家か経済界のトップだろう。そんな連中に少しでも遅れを取るとは思わなかったのだ。

「あなた自身も、明日買って頂けるように願っていることね。彼があなたを買わなかったら、それはあなたが麻薬中毒にされることを意味しているのよ」
 楽しそうに、ドミニクが告げた。

「麻薬はごめんだわ。その客が私の好みであることを祈ってるわ」
「殊勝な心がけね。あなたが何をたくらんでいるか知らないけれど、ここから逃げることは不可能よ。両足を広げて、明日来るご主人様に気に入られるポーズを研究しておきなさい。アハハハ……」
 ドミニクは高らかな笑いを残して、通信を切った。

「くッ!」
 テアは唇が蒼白になるほど強く噛み締めた。
 ドミニクの嘲笑が耳の中に響きわたる。そのあまりの侮蔑に、プルシアン・ブルーの瞳から涙が溢れ出た。
(絶対に許さないわ!)
 その瞬間、紛れもない殺意がテアの全身を駆けめぐった。


「約束通り来て頂けて、感謝しているわ」
 白亜の館<プシケ>の玄関でジェイを迎えながら、ドミニクが言った。
「いい取り引きを期待しているよ」
 彼女の案内でレストランの奥にある部屋に通されながら、ジェイが答えた。

 彼が通された部屋は、たぶん商談専用の応接室なのだろう。分厚い絨毯がひかれ、部屋の中央には高級な応接セットが設置されている。壁にかけられた絵画や、飾り棚ディスプレイ・シェルフの中に置かれた彫刻などは、いずれも高価なものばかりであった。

「どうぞ、おかけ下さい」
 ドミニクが勧める革張りのソファに、ジェイは腰を下ろした。
「時間があまりないんだ。早速、商談に入りたい」
 出されたコーヒー・カップには手をつけずに、ジェイが告げた。コーヒーに薬物が入っている可能性を拭えなかったのだ。

「そうですか。昨日のあなたのご希望通り、不純物のない上質のワインをそろえておきました。ただし、我々は昨日も申し上げた通り、通常は、ワインに不純物を入れてから販売しております。ですから、今日そろえられたワインは三本だけです」
 ドミニクはそう告げると、熱いコーヒーを一口飲んだ。

「結構だ。拝見できるかな?」
「右手の壁をご覧下さい」
 ドミニクがそう告げた瞬間、白い壁が左右にスライドし、八十インチほどのモニターが現れた。
「まず、商品ナンバー一二九四を、ご覧下さい」
 モニターに若い女性の顔が現れた。

 茶褐色の髪と黒い瞳の少女である。なかなかの美形だ。年は十八、九歳くらいだろう。ほど良く日焼けした小麦色の顔に、怯えが走っている。
 映像が徐々に少女の全身を映していく。
 全裸だった。
 両手を後ろで拘束されており、少女は壁にもたれるようにして座っている。

(役得だな、これは)
 ジェイは内心、苦笑いをした。別にヌードを見に来たわけではないが、無理に断る理由もない。それに、もしかしたら、あの美しい後輩のヌードも拝めるかも知れない。正直言って、それは見てみたい気もした。

「値段は?」
 ジェイが訊ねた。
「不純物を入れないワインは特別仕様のため、少し値が張ります。こちらは、七千五百万クレジットです」
「高いな」
 ジェイは少し後悔した。ドミニクは彼の資産を知ったため、ふっかけているのだろう。

「次を見せてくれ」
「はい、商品ナンバー一二九五です」
 今度は、金髪碧眼の美女がモニターに現れた。テアを見ていなければ、ジェイは彼女を絶世の美女と思っただろう。銀河スクリーン女優並みの美しい女性だった。
 年齢は二十歳くらいか。白く滑らかな肌が男心をくすぐる美女である。それほど気が強い方ではないのか、美しい碧眼からは涙が溢れていた。男の保護欲を誘う清楚な天使のようだった。

 映像が彼女の全身を映した。よく引き締まった裸身が、神話の女神のような印象を与える。彼女も同様に、両手を後ろで拘束されていたが、それさえも彼女の発する美しさを損なっていなかった。
「なかなかだな……」
 我知らずに、ジェイがうわずった声で言った。それほどまでに、その女性は美しかったのである。

「お気に召しましたか?」
 ドミニクが、ジェイの気持ちを敏感に察して訊ねる。
「素晴らしいよ。だが、高いんだろう?」
 正直な気持ちをジェイが告げた。彼も若い男である。これほどの美女のヌードを見て、平然としていられるはずがなかった。

「九千八百万クレジットです。彼女の商品価値を考えれば、安いですよ」
「気に入ったが、ワインは三本と言っていたな。最後の一本を拝見してから決めよう」
 ジェイが言った。次はテアのはずである。
(一昨日は、手を出さないでやったんだ。少しくらい、ヌードを拝んだって怒るなよ)
 不純な期待に、ジェイの胸は高まった。

「最後は、当店最高の美少女です。珍しい淡青色の髪を持った絶世の美女です。ゆっくりと、ご覧下さい」
 ドミニクの言葉に、モニターの映像が切り替わった。
「……?」
 ジェイが怪訝な表情を浮かべた。モニターには、部屋が映っているだけだったのだ。誰もいない部屋が……。

「どういうこと?」
 ドミニクが呆然としてそう告げた瞬間、断末魔の悲鳴が響きわたった。非常を知らせる緊急ブザーがけたたましく鳴り響いた。
「何が起こったの? 報告しなさい!」
 ドミニクが怒鳴った。この部屋のどこかに、通信マイクが隠されているのだろう。すぐに、男の声で報告が来た。

「ドミニク様、昨日捕らえた女が逃亡しました。銃を奪って、逃走中です」
「何ですって?」
「食事を差し入れに行った部下を騙して、彼を倒すとレイガンを奪った模様です。彼女の射撃は、予想以上に的確でして……。ギャアッ!」
「どうしたの、報告を続けなさい!」
 顔色を変えて、ドミニクが叫んだ。今の絶叫は、明らかに断末魔の絶叫である。つまり、男が報告の途中で射殺されたことを意味していた。

「取り引きは中断よ」
 ドミニクが蒼白な表情でジェイに向かって告げた。
「ワインに逃げられたのか?」
 ジェイも驚いていた。まさか、テアが独力で脱出するとは、彼も考えていなかったのだ。
(なかなかやるな、後輩殿。おかげで、お前さんのヌードを見損なっちまったよ)
 ジェイが苦笑いを浮かべた。

「ここは危険だわ。早く外へ」
 ドミニクがジェイを連れて部屋を出ようとした瞬間……。
「逃がさないわよ!」
 美しいメゾ・ソプラノとともに、淡青色の髪を靡かせながら、一人の美少女が奥のドアを開けて入ってきた。白い肌の上に、ドミニクの部下から奪った男物の上着を着ている。ズボンは履いていないため、上着から伸びた白い足が何とも言えない色気を放っていた。

「あなたたちの言いなりになる女ばかりじゃないのよ! あなたが私に与えた屈辱をそっくり返してやるわ!」
 右手に構えたレイガンの銃口を、ドミニクの心臓に構えながら、テアが叫んだ。
「ひッ! ま、待って、殺さないでッ!」
 ドミニクが後ずさった。彼女の身体が、後ろに立っていたジェイにぶつかる。

「あなたは……!」
 テアは初めてジェイの存在に気づいた。激しい怒りのあまり、ドミニクしか眼に映っていなかったのだ。
「やあ、後輩殿。また、会ったな」
「何で、あなたがここにいるの?」
 片手を上げて挨拶してきたジェイに、テアが愕然とした表情を浮かべながら叫んだ。

「知り合いなの? だったら、話は早いわ。前金は返すわ。だから、あの娘をとめて!」
 ドミニクが、ジェイの背に隠れながら懇願した。
「前金? あなたなのね! 私を買おうとした男って!」
 テアのプルシアン・ブルーの瞳が驚愕に大きく開かれた。同時に、激烈な怒りの光を放つ。
「許せないわ! 女を売り買いの道具にするなんて!」
 レイガンの銃口を真っ直ぐにジェイに向けながら、テアが怒鳴った。

「ち、ちょっと待てよ。違うんだ」
 その剣幕に驚いて、ジェイが慌てて説明しようとした。しかし、テアの誤解に追い打ちをかけるように、ドミニクが叫んだ。
「前金だけで不満なら、さっきの女たちを無料ただで渡すわ。特にあんたが気に入っていた金髪の美女はどう? 好みなんでしょ!」
 彼女の言葉に、ジェイは頭を抱えた。

「信じられない! こんなことをしている男だったなんて! その女と一緒に地獄へ落としてやるわ!」
 テアはレイガンのトリガーに力を込めた。至近距離なら、七十ミリの特殊チタン鋼さえ貫通する殺傷能力を秘めた光が、ジェイの胸に向かって放たれる。
 しかし、レイガンの閃光は、ジェイの直前で飛散した。瞬時に、ジェイがESPシールドを張ったのだった。

「えッ?」
 プルシアン・ブルーの瞳に驚愕が浮かび上がる。
「待てって言ってるだろ、慌て者め。今、俺が何でここにいるか教えてやるから」
 そう言うと、ジェイは後ろに隠れているドミニクに対峙した。

「おい、この<プシケ>は、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の下部組織だろう。お前らを牛耳っているファミリーは誰だ?」
 ジェイがドミニクに向かって訊ねた。
「……! お、お前は、いったい?」
 ドミニクの顔に、驚きの表情が浮かび上がる。

「俺の名前は、ジェイ=マキシアン。聞いたことがあるならば素直になった方がいいぞ」
「ジ、ジェイ=マキシアン? あの、『全宇宙最強のESP』と呼ばれる……?」
 明確な恐怖を浮かべて、ドミニクが叫んだ。
「お前らの上に立つ<テュポーン>のファミリーは誰だ?」
 驚愕と恐怖のあまり床に座り込んだドミニクを見下ろしながら、ジェイが繰り返した。

「い、言うよ。言うから、助けておくれ」
 ドミニクがガタガタと震えながら話し始めた。
「あたしらが上納金を納めているのは、アズベール様だ」
「アズベール? そいつは、どこにいる?」
「プライマイオス遺跡の管理局長ジャック=アズベール様だ。彼がファミリーかどうかは知らない。さあ、教えただろ。生命は助けておくれよ」

 その時。
 ジェイの右横の空間が、不意に歪んだ。
「な、何?」
 呆然と成り行きを見守っていたテアが驚きの声を上げた。
 空間の歪みが収まると同時に、一人の男が姿を現した。銀色のスペース・ジャケットに身を包んだ若い男である。

「ご苦労様です、マキシアン中佐」
 男はジェイに向かって敬礼をした。
「ラリアル中尉か、ご苦労。この女をオクタヴィア司令に届けてくれ。それから、惑星警察に連絡して、ここに囚われている女性たちを救出するように依頼してくれ」
「ハッ! 承知いたしました」
 そう言うと、ラリアルと呼ばれた男は、ドミニクの左腕をつかんだ。

「オクタヴィア司令によろしくな」
 ジェイが片手を上げた。
「かしこまりました。では、失礼します」
 次の瞬間、男の全身がESP波特有の光彩に包まれ、ドミニクとともに姿を消した。
「さてと……」
 ジェイは男を見送ると、テアの方を振り返った。

「あなた、何者なの?」
 驚きを抑制しながら、テアが訊ねた。
「こんなところではゆっくり話しもできないな。ホテル・オーシャンの俺の部屋に戻ろうか、後輩殿」
 笑顔でそう告げると、ジェイはテアの腕をつかんだ。同時に、ジェイの全身が青い光彩に包まれる。次の瞬間、二人の身体は、白亜の館から消えていた。
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