【ブルー・ウィッチ・シリーズ】灼熱の戦場

椎名 将也

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第2章 ワインの行方

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「あいたた……」
 テアは目を覚ますと、頭を抱えた。昨夜、飲み過ぎたらしい。完全な二日酔いだった。
(あれ、ここは……?)
 部屋が広くなっていた。彼女がチェック・インした部屋の数倍はあるだろうか。壁に掛けられた絵画や、ダイニング・ボードに並べられている装飾品も豪華だ。

「どこ、ここは……?」
 部屋が違うのだということにテアは気づいた。昨日、チェックインした彼女のシングル・ルームではなかった。
(昨夜、あのジェイって人と飲んで……)
 記憶がなかった。

「目が覚めたかい、後輩殿」
 そのジェイが、熱いコーヒーを持ってベッド・ルームに入ってきた。
「えッ? 私、どうして?」
 愕然としてテアが訊ねた。慌てて着衣を確認する。寝乱れはあるものの、彼女の身につけていたTシャツとコットン・パンツはそのままだった。

「酔っぱらった後輩を襲うほど、落ちぶれちゃいないよ」
 慌てふためくテアの様子を笑いながら、ジェイが手に持ったコーヒー・カップを彼女に手渡してきた。
「ありがとう」
 内心を見透かされて赤面しながら、テアはカップを受け取った。

「それを飲んだら、シャワーでも浴びるといい」
 彼は、楽しそうに瞳を輝かせながら告げた。
「私、どうしてここにいるの?」
 恐る恐るテアが訊ねた。記憶を失うまで飲んだのは、初めての経験だった。

「何だ、覚えてないのか? そうと知ってりゃ、何かしとくんだったな」
「な、何言ってるのよ」
 ジェイの言葉に真っ赤になりながら、テアが抗議した。しかし、記憶がないほど酔いつぶれていた自分を省みると、その声は小さかった。
「今、何時?」
 テアがコーヒーを一口飲んで訊ねた。

「九時四十分だ。何か予定があるのか?」
 ジェイがソファに腰かけながら言った。
「大変、間に合わなくなるわ!」
 テアが慌ててベッドから抜け出しながら叫んだ。

「今日、プライマイオス遺跡のガイドを頼んでるのよ。十時に迎えに来る予定なの」
「忙しい後輩だな。現地ガイドを雇ったのかい? 結構高いだろう」
「違うわ。昨日乗ったタクシーのドライバーよ。以前にプライマイオス遺跡のガイドをしていたらしいのよ」
 テアはベッド・ルームにあるドレッサーを勝手に拝借すると、淡青色の髪にブラシを入れながら答えた。

「気をつけろよ。この星じゃ、人身売買が流行っているらしい。君みたいなお嬢さんを誘拐して、売り飛ばしているんだ」
 危険極まりないことをジェイが告げてきた。
「大丈夫よ。私の護身術は昨日見たでしょ。こう見えても、射撃の腕前だってAクラスなのよ」
「それならいいが。ところで、いつまでここにいるんだ?」
「一応、三日間の予定よ。あなたは?」
 明るい紅色のルージュを塗り終えると、テアが振り向いた。寝不足気味の顔が、絶世の美女に早変わりしていた。

「俺も四、五日は滞在する予定だ。良かったら、今晩も一緒に食事するか?」
「考えておくわ。それじゃ私、急ぐから」
 テアが冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、ショルダー・バックを手に取って部屋を出ようとする。
「おい、テア。顔、洗ったのか?」
 笑いを含んだジェイの声を背中で聞きながら、テアは逃げるように彼の部屋を飛び出した。

「テア=スクルトか……」
 一人残されたジェイは、不意に表情を引き締めながら呟いた。星々の輝きを映すその黒瞳には、笑いのかけらさえ残っていなかった。
 そこには幾多の死線を生き抜いてきた戦士だけが持つ双眸が危険な煌めきを放っていた。そして、その視線はテアが後にしたドアにいつまでも向けられていた。


(まったく、とんだ醜態だわ)
 激しい自己嫌悪にテアは浸っていた。
 記憶を失うほど酔っぱらって、見ず知らずの男の部屋に泊まる。その上、最後には洗顔もしていないことを指摘されるとは……。
 十六年間生きてきた中で、最悪の朝だった。

(二度と彼の顔を見られないわ)
 思い出しただけで、全身が真っ赤になった。足取りも重く、テアはホテル・オーシャンの正面玄関を出た。
 その瞬間、クラクションが鳴り響いた。昨日のエア・タクシーがテアの姿を認め、合図したのだ。

「お早うございます」
「やあ、今日も綺麗だね」
 テアが笑顔を作って挨拶をすると、運転席の窓から顔を出しながらドライバーが笑顔で告げてきた。
「ありがとう。今日一日、よろしくお願いします」
 テアが後部座席に乗り込んで頭を下げた。

「こちらこそ……。では、早速出かけようか」
 そう言うとドライバーは、エア・タクシーを発進させた。
「俺の名前は、デビウス=マックロイ。デビウスって呼んでくれ。学生さん、あんたの名前は?」
 走り始めるとすぐに、デビウスが話しかけてきた。

「テア=スクルトです。プライマイオス遺跡までは、どのくらいかかるんですか?」
 最悪の気分を少しでも切り替えようと、テアが明るい口調で訊ねた。
「一時間くらいかな。それまでに、簡単にプライマイオス遺跡について少し説明しておこうか」
「お願いします」
 頭から離れないジェイの顔を振り払うように、テアが賛同した。

「プライマイオス人って言うのは、今から二百万年くらい前に絶滅したとされている。我々人類が、まだ地球という星に生まれて二本足で立ち上がった頃の話だ」
 デビウスが一夜漬けの知識を披露し始めた。
「彼らはこの惑星ヴァーミリオンを中心として、半径五十光年以内の星々にその足跡を残している。これは、現在の我々には及ばないが、少なくても光速かそれに近い速度を持つ宇宙船を建造していたことを意味しているんだ」

「もしくは、恒星間テレポート能力を有していたかね」
 テアが口を挟んだ。彼女が調べた限りでは、プライマイオス人の宇宙船は、未だ発見されていない。
「そ、そういうことだね。どちらにしろ、彼らの科学レベルはかなり高かったと思われる。絶滅の理由については、様々な説があるが、決定的な証拠となるものはないようだ」
 専門的な質問をテアがしないように祈りながら、デビウスが続けた。

「その中で一番有力な説は、種としての彼らの生殖能力が衰えてきたのではないかということだ」
「トラバーズ・ユニバーシティのミカエル=クラリオン教授が言った学説ね。教授の出版した『プライマイオス人の絶滅とその考察』をこの間読んだわ」
「そ、そうか」
 内心、デビウスが冷や汗を浮かべた。ギャラクシー・ユニバーシティ開校以来の天才と呼ばれる彼女の前では、一夜漬けの知識など風前の灯火であった。

(やべぇぞ。この女、結構知ってやがる)
「さすがだね。よく勉強しているよ。俺が教えることなんて、ないかも知れないな」
 デビウスは笑い声を立てた。
「そんなでもないわ。ところで、デビウスさん。私、朝食を採っていないの。途中でドライブ・インかどこかに寄ってくれません?」
「そうか。俺も実は腹ぺこなんだ。安くてうまい店があるよ。そこでいいかい?」
 ホッと胸を撫で下ろしながら、デビウスが訊ねた。

「ええ、何でもいいわ」
「OK。ここから五分くらいだ。ちょっと予約をしてみるよ」
「予約? そんな高級店なの?」
 テアが驚いた表情を浮かべながら訊いた。
「いいや。でも、いつ行っても混んでるんだ。ちょっと、待ってな」
 そう言うと、デビウスは無線を取り出した。そして、テアに見られないように、特殊回線を指定した。

「こちら、デビウス。予約を確認したい。ランチじゃなく、モーニングだ。ワインを持っていく」
『分かりました。あとどのくらいで到着しますか』
 若い女性の声がスピーカーから聞こえた。
「五分くらいだ。席は空いているかい」
『何名様ですか?』
「二名だ」
『承りました。モーニングのご用意をして、お待ちしております』
「頼むよ」
 そう告げると、デビウスは無線を切った。

「大丈夫みたいだよ」
 デビウスがテアに告げた。
「ワインを持っていくって?」
 怪訝そうな顔でテアが訊ねた。
「俺たちはいつもワイン持参なのさ。そうした方が、安上がりだからな」
 テアの心配をデビウスが一笑した。

「心配するなって。モーニングなら、一人千クレジットもかからないよ」
「そう、良かった。私、そんなに手持ちがないのよ」
 ホッとしたように、テアが言った。ジェイの部屋から直接来た彼女は、三万クレジットも持っていなかったのだ。
「でも、エア・タクシーのドライバーが、朝からワインを飲んでいいの?」
「俺、今日は非番なのさ。だから、あんたのガイドを申し出たってわけだ」
 デビウスが笑顔を浮かべながら告げた。

「お休みの日につきあわせちゃったのね。ご迷惑だったかしら?」
「とんでもない。あんたみたいな美人とデートできるなんて光栄だよ」
「ドライバーって、口も上手いんですね」
 テアがはにかんだような笑顔を浮かべた。

「さあ、着いたよ」
 エア・タクシーを小さなレストランの前で停止させて、デビウスが告げた。
 白亜の壁が美しい中世風のレストランだった。看板には、<プシケ>という紅い文字が書かれていた。
 緑の蔦が茂った大きな門をくぐり、テアとデビウスはレストランの中に入った。広い店内には、時間が早いこともあってか、客の数もまばらだった。

「予約するほど混んでなかったわね」
 案内されたテーブル席に腰かけると、テアが微笑みながら言った。デビウスが持参した安物のワイン・ボトルをテーブルの上に置いた。
「そうだな。でも、なかなかいい雰囲気の店だろう」
 得意そうな表情を浮かべながら、デビウスが告げた。

 彼が自慢するだけのことはあった。白で統一された店内は、上品に装飾されており、一流ホテルのラウンジと言っても通りそうである。壁にかけられたヴィクトリア調の絵画も、周囲の雰囲気に上手く溶け込んでいた。
「そうね。これでこの値段なら、混むのはあたりまえだわ」
 テアが渡されたメニューに目を移しながら言った。店の雰囲気と比べ、メニューに書かれた値段はかなり安く設定されている。

「何にする?」
「このレディス・セットを頂くわ。ドリンクは、レモン・ウォーターで……」
 テアはカルボナーラ・パスタとグリーン・サラダがセットになっているメニューを指した。
「俺は、ヴァーミリオン・ピラフとコーヒーを頼む」
 注文を取りに来たウェイトレスに、デビウスが告げた。ウェイトレスはオーダーを復唱すると、一礼してカウンターの奥に消えた。

「まず、乾杯しようか」
 二人分のグラスに、デビウスは持参してきた白ワインを注いだ。
「そうね。二人の健康を祝して?」
「いや、君の卒業論文の完成を願おう」
 そう言うと、デビウスはテアのグラスに自分のグラスを重ねた。カチンと小気味よい音色が響きわたった。

「ありがとう」
 テアは笑顔で応えると、白ワインを一口飲んだ。
 その瞬間、彼女のプルシアン・ブルーの瞳が驚きに大きく開かれる。
「何、これ?」
 強烈な酸味が彼女の口に広がったのである。デビウスが持参したワインは、信じられないほどまずかったのだ。

「面白い味だろう。それを飲むと、さらに面白いことが起こるのさ」
 それまで柔和な笑いを浮かべていたデビウスの顔が豹変した。その瞳に、嘲笑と悪意とが浮かび上がっていた。
「どういうこと……」
 テアは愕然とした。全身から急激に力が抜けていくのが分かった。

 ガシャン!
 彼女は自分のワイン・グラスを床に落としてテーブルに倒れ込んだ。
(身体が痺れる……)
 視界がぐるぐると回転し、だんだんと暗くなっていく。

『気をつけろよ。この星じゃ、人身売買が流行っているらしい。君みたいなお嬢さんを誘拐して、売り飛ばしているんだ』
 今朝笑って聞き流したジェイの言葉が、彼女の脳裏に響きわたった。
(そんな、バカな……)
 次の瞬間、テアの意識は暗闇に吸い込まれていった。

「ご苦労様、デビウス」
 先ほど、注文を取りに来たウェイトレスが彼の横に立った。この光景に誰も驚かないところを見ると、客も含めて店内全ての人間が仲間らしい。
「予定より少し早くなったが、昨日言った通りの素晴らしい上玉を連れてきたぜ」
 デビウスが告げた。
「なるほどね」
 意識を失ったテアの顔をのぞき込むと、ウェイトレスが満足そうに微笑みを浮かべた。

「どうだ、五百万の価値はあるだろう」
「分かったわ。五百万出しましょう。この娘なら、高く売れそうだしね」
 ウェイトレスはそう告げると、客を装っていた一人の男に目配せをした。
「監禁しておきなさい」
 近づいてきた男に、ウェイトレスが命じた。
「はい、ドミニク様」
 男は気絶したテアを抱きかかえると、店の奥へと運んでいった。

「今までで最高のワインよ、デビウス」
 ドミニクと呼ばれた女性が、五百万クレジットのデーターを入れたカードを、デビウスに渡しながら告げた。
「今回は俺も自信があったぜ。この星じゃ、滅多に見かけない上玉だからな」
「これからも、頼むわ」
「任せておけ」
 差し出されたドミニクの手を、ニヤリと笑いながらデビウスが握り締めた。


「やっぱり、こういうことか」
 白亜の建物から、百メートルほど離れた立ち木の影でジェイが呟いた。彼はここから、店の中の様子を一部始終見ていたのである。いや、正確に言うと透視していたのだ。デビウスとドミニクの会話さえも、テレパシーで聞いていたのだった。

 ジェイ=マキシアン。
 彼を知る者は、畏敬と恐怖を込めて彼を別の名前で呼ぶ。
『全宇宙最強のESP』と……。

 銀河系監察宇宙局GPSには、特別犯罪課特殊捜査官スペシャル・ハンターと呼ばれる人間が存在していた。彼らには、ある特殊な能力が要求されている。いわゆる超能力ESPである。

 GPS管轄宙域内で発生するE犯罪(超能力者による特別犯罪)に対処するために、彼らは特別な治外法権と最新鋭の宇宙艇を与えられたエリートであった。そして、その全員がBクラス以上のESPを有していた。
 ジェイはその中でも、最強のESPである。昨夜、テアに告げたΣナンバーのESPとは、彼自身のことだったのだ。

「手がかかる後輩だな。まあ、放っておくわけにもいかないし、助けるとするか」
 独り言を呟くと、ジェイは白亜のレストランに向かって歩き出した。
 大きな門をくぐり、ドアを開ける。中に入ると、客を装っていた男たちはすでにいなくなっており、デビウスとドミニクが驚いたように振り向いた。

「いらっしゃいませ」
 驚愕を押し殺したように、ドミニクがウェイトレスになりきって挨拶をした。デビウスは慌ててテーブルに座り直した。
「一名様ですか? こちらへどうぞ」
 ドミニクに案内されるままに、ジェイはテーブルに着いた。そして、彼女に渡されたメニューをテーブルの上に放り投げると、不貞不貞ふてぶてしい態度で足を組んだ。

「食い物を頼みに来たんじゃないんだ」
 唇の端に笑いを浮かべながら、ジェイが告げた。
「お飲物ですか? お奨めのワインがございますが」
 平静を装って、ドミニクが笑顔で応じた。

「そうだな。ワインのリストはあるか? できれば、生きているのがいいな」
「……! どういう意味でしょう?」
 驚きを瞳に浮かべながら、ドミニクが聞き返してきた。
「こちらで、若くて生きのいいワインをたくさん扱っていると聞いてね。相場はどのくらいだい?」

「当店には、どなたのご紹介でいらしたのですか?」
 不安と困惑を隠しきれない表情で、ドミニクが訊ねた。この裏の商売は、完全な秘密を顧客に要求していた。事前の連絡もなく、飛び込みの客が来ることなどあり得なかったのだ。
「紹介なんてないさ。ただ、さっき綺麗な女の子をあいつが連れて来ていただろう」
 ジェイが二つ離れたテーブルに座るデビウスを顎で指した。

「その時の、あんたとあいつの会話を聞いていたんだ」
「何ッ? ESPか?」
 ドミニクが大声を上げた。その声に呼応するかのように、数人の男がレイガンを片手に奥の部屋から飛び出して来た。

「おいおい、物騒だな。確かに俺はESPだが、警察じゃない。あんたらの客になりに来たんだ。だから、相場を訊ねている。一千万か、それとも二千万クレジットか教えてくれ」
 五つの銃口に囲まれながら、ジェイは平然と告げた。その態度をしばらく見つめると、ドミニクが片手を上げた。レイガンを構えていた男たちが、彼女の合図で一斉に銃口を下げた。

「あんたがどのくらいのESPか知らないけど、ESP相手に喧嘩するほどバカじゃないつもりだよ。しかし、あたしらはあんたと初対面だ。この商売は、信用を何より重視する。人の話を盗み聞きしていたあんたを、どうして信用できるのかね?」
 ドミニクの瞳が、値踏みするようにジェイを見つめた。

「もっともな意見だな。だが、一つ間違っている。あんたらの商売には、信用よりも大事なものがあるんじゃないのか? それは、こいつじゃないか?」
 そう言うと、ジェイは胸のポケットから一枚のカードを取り出してドミニクに見せた。彼の預金残高がインプットされているクレジット・カードである。そのカードに表示されている数字を見て、ドミニクが驚愕の声を上げた。
「一兆七千億クレジット……?」

 彼女の廻りに立つ男たちからも、溜息のような感慨が漏れた。軍用の恒星間宇宙船が一隻買える金額である。民間船なら、三隻は購入できるだろう。この金額は、GPS特別犯罪課特殊捜査官スペシャル・ハンターとして彼が得た報酬の全てであった。

「あんたらの言う信用は、これよりも重要視されるものかね」
 ジェイが笑いながら、カードを胸ポケットに戻した。
「あなたのおっしゃる通りね」
 ドミニクが笑顔で告げた。その口調が変わっていることにジェイは気づいた。

「俺は、あと数日でこの星から出ていく。たぶん、二度と戻ることはないだろう。後腐れがない契約を、あんた方と交わしたいのだが、どうだ?」
「分かったわ。しかし、今ここにはワインが一本しかない。明日、私が指定する時間に来て頂けるなら、それまでに多くのワインをそろえておくわ。それでどう?」

「いいだろう。俺もできれば、数本購入したいからな。ただし、言っておくが不純物の入ったワインは遠慮するぞ」
 ジェイは釘を刺した。彼はこの組織を、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の末端組織だと疑っていた。そこで、拉致されたテアに、麻薬を射つことを禁じたのだった。

「不純物ね。それを入れた方が、早く熟成できるのよ。でも、まあいいわ。要求通りにしましょう」
 ドミニクの言葉は、ジェイの予想通り彼女が<テュポーン>の一員であることを示すものだった。しかし、これでテアが麻薬漬けにされる心配は当面なくなる。

「悪いな。それで、何時に来ればいい?」
「明日の朝十時に、もう一度この店に来て頂けるかしら? それまでに、ご希望に合うワインをそろえておくわ」
「分かった。俺の方も、あんたの言う信用ってやつを土産に置いておこう。前金で一千万クレジットだ」
 そう言うと、ジェイは再びカードを取り出して、ドミニクの差し出したカードへ一千万クレジット分のデーターを電送した。

「ありがとう。私はここの支配人で、ドミニクと呼ばれているわ。あなたの名前を伺ってもいいかしら?」
「こう見えても、俺もなかなか世間に通った名前でね。今の前金を俺の名刺代わりにしておいてくれ」
 ジェイは名乗ることを拒んだ。彼の名前は<テュポーン>にとって、あまりにも有名すぎるものだったのだ。

「分かったわ。私たちの顧客には、そういった方たちが多いのも事実。いい取り引きを期待しているわ」
 ドミニクが右手を差し出した。ジェイがそれを力強く握り締める。
「では、明朝十時にまた来よう」
 そう告げると、ジェイは白亜の館<プシケ>を後にした。
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