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第1章 運命の邂逅
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「アテンション・プリーズ。プレアデス星域方面、惑星トロイア経由惑星プロメテウス行きJPW-284便は、銀河標準時間十七時二十五分より搭乗を受け付けます。ご利用のお客様は……」
搭乗案内のアナウンスが、週末の人混みに溢れる宇宙港に響きわたった。
その混雑にもかかわらず、人目を引く少女が入国ゲートを抜け、立ち止まる。
美しい少女だった。
絶世の美女という言葉は、彼女のためにあると言っても過言ではない。
淡青色の髪を肩で切りそろえ、少女はプルシアン・ブルーの瞳で周囲を見渡した。まだ、十六、七歳だろう。彼女が時折見せるあどけなさが、美しすぎる者が持つ怜悧な印象を打ち消していた。
大きなボストン・バックを両手で持ちながら、彼女はエア・タクシー・ターミナルに向かった。
「ホテル・オーシャンまで」
数人待ちの行列を並んだ後、彼女は一台のエア・タクシーに乗り込むと、ドライバーにそう告げた。
「一人旅ですかい?」
ドライバーがルーム・ミラーに映る彼女の姿を見た瞬間、呆然とした。あまりの美しさに、である。
この惑星ヴァーミリオンは、先史文明の遺跡が残る数少ない学術惑星だ。当然、学者や科学者の姿は多いが、若い女性の旅行者は哀れなほど少なかった。
「ええ。卒業論文の調査のために初めて来たの」
少女が屈託のない笑顔で応えた。
「学生さんか。どこの学校だい?」
「ギャラクシー・ユニバーシティよ。知ってる?」
彼女は、GPS管轄内で最も有名な大学の名前を告げた。
「へぇ、お嬢さん、優秀なんだね」
ドライバーの顔に、新鮮な驚きが広がる。容姿端麗で頭脳明晰な客を乗せたのは、彼も初めてだったのである。
「ありがとう。おじさんは、ドライバー歴長いの?」
ルームミラーに映るプルシアン・ブルーの瞳が、好意を浮かべて輝いた。
「二十年ほどかな。この辺りなら、知らない場所はないぜ」
「それじゃあ、プライマイオス遺跡も知ってるわね」
「もちろんだ。と言うより、この星でそれを知らないヤツは、もぐりだよ」
「その遺跡が私の研究テーマなの。卒業論文の題目は、『プライマイオス人の超常能力』よ」
「例の、絶滅したプライマイオス人は超能力を持っていたってやつかい?」
ドライバーが少ない知識を自慢げに披露する。
「そう。ESPって、小さい頃からの憧れだったの。でも、私のESP検査は完全に陰性だけれどね」
残念そうに少女が告げた。
(ESPじゃねぇのか。だったら、話は早いぜ。こんな上玉、見逃す手はない)
ドライバーの瞳に危険な光が浮かんだ。だが、後部座席に座る少女はまったく気づいていない。
「お嬢さん、良かったら俺がプライマイオス遺跡を案内してやろうか? こう見えても、昔はそこでガイドやってたんだ」
「本当?」
彼女の瞳が輝きを放った。
「ああ。都合が良けりゃ、明日にでも安く個人ガイドしてやるよ」
「助かるわ。でも、そんなに払えないわよ」
「タクシー料込みで、一万クレジットでどうだ? 時間は朝十時から夕方五時まで」
ドライバーが交渉を始める。
「ちょっと高いわ。もう少し、まけてくれない?」
「お嬢さん、商売もなかなか上手いね。それじゃあ、今日のタクシー代もその一万クレジットに含んでやろう。これが限界だよ」
「いいわ。お願いするわ。でも、料金は後払いでいい?」
先に払って、逃げられては困るとでも考えたのだろう。少女がルームミラーに映るドライバーの顔を見つめている。
「うーん。仕方ねぇな。それで手を打ってやるよ」
内心の喜びを隠しながら、ドライバーが困惑した表情を作って渋々頷いた。
(バカめ。料金なんて、お前さんから貰うつもりはねぇよ。別のとこから、たんまり頂けるからな)
「ありがとう。では、明日の朝十時にホテル・オーシャンに迎えに来てくれる?」
「絶対に行くよ」
そう告げると、ドライバーは到着したホテルのターミナルでドアを開けた。
ベル・ボーイが彼女の荷物を降ろし、少女がホテルに入るのを確認した後、彼はエア・タクシーを発進させた。そして、無線機を手に取り、特殊な回線を指定する。
「こちら、デビウス。最上級のワインを発見した。まだ熟成してないが、近い将来は最高の品質になると思われる。明日正午に、そちらへ届けたい」
『了解した。ランチの用意をしておこう。要求は?』
無線機のスピーカーから、若い女の声が聞こえた。
「五百万クレジット。それだけの価値はある」
『高すぎるわ。現物を見てからだけれど、最高でも二百万ね』
「びた一文まける気はねぇ。もっとも、現物を見たら、五百万でも安いと思うだろうがな」
ドライバーが自信を持って告げた。
ホテル・オーシャンのシングル・ルームにチェック・インすると、少女はバスルームに直行した。シャワーの水栓を開き、熱い湯と冷水とを交互に浴びる。
瑞々しい若い肌が、長旅の疲れを洗い流して艶やかな輝きを取り戻す。淡青色の髪が水を滴らせて、本物の滝のように流れた。
白い素肌の上にバスローブを直接羽織ると、少女がバスルームから出てきた。クール・ボックスからミネラル・ウォーターを取り出して、栓を開ける。
「ふう」
ミネラル・ウォーターを一気に飲み干して、少女が溜息をついた。
彼女はギャラクシー・ユニバーシティの五年生だった。ギャラクシー・ユニバーシティは、GPS管轄宙域内でもトップ・レベルの大学である。
GPS管轄内にある大学のほとんどは五年制であり、十五歳以上であれば誰でも好きな大学に入学できる。入学試験などと言う野暮なものはない。しかし、入った後が大変なのである。
特に、ギャラクシー・ユニバーシティでは、次学年に進級できるのは約五十%と言われ、五年生に無事進級できるのは入学時の七%にも満たない。
そんな中で彼女は、飛び級制度を利用し、わずか一年半で五年生に進級したのだった。ギャラクシー・ユニバーシティ開校以来、初めての快挙である。
「お腹も空いてきたし、そろそろ食事にしようかな?」
清楚な白い下着を身につけ、その上にTシャツとコットン・パンツを着ながら少女が独り言を言った。
「ここにしようっと」
ホテルのガイド・パンフレットから、最上階のスカイ・ラウンジの写真を見つけて、彼女が呟く。
その行動的な性格を象徴するかのように、十分後には、スカイ・ラウンジ<アテネ>のカウンターに彼女は座っていた。
「ピーチ・ジンと子牛の赤ワイン蒸し、それから、コンビネーション・サラダをお願いします」
バーテンダーに注文を終えると、改めて少女は周囲を見回した。
銀河標準時間で十九時を少し過ぎたくらいである。まだ、ラウンジには人影がまだらであった。
「え……? 頼んでませんよ」
少女が怪訝な表情でバーテンダーを見つめながら告げた。
バーテンダーが、彼女の前に年代物のスパーリング・ワインをボトルごと置いたのだ。特別にワイン通でもない彼女でさえ、耳にしたことのある銘柄だった。一本、数万クレジットはしそうである。
「あちらのお客様からです。お断りなさいますか?」
バーテンダーが、彼女の座っている位置から見て、一番右のカウンターに腰かけている青年を指した。
(また……?)
彼女の美しさに惹かれ、声をかけてくる男は数多かった。内心、うんざりしながら彼女はバーテンダーの指した青年に顔を向ける。
漆黒の髪と強い意志を秘めた黒瞳を持つ青年だった。年齢は、二十五歳くらいだろうか。ダーク・グレーのスーツを上手に着こなしている。彼が軽く手を上げて、少女に挨拶した。
(悪くないわね。でも、ちょっと危なそう)
何がどうというのではないが、彼から発せられる匂いに、彼女の本能が危険を感じたのである。世慣れていない彼女には知る由もなかったが、それは紛れもない、戦闘と硝煙の匂いだった。
「悪いけど、お断りして……」
青年の持つ危険な雰囲気を敏感に感じ取り、彼女はバーテンダーに告げた。
バーテンダーは小さく頷くと、ボトルを持って青年の前へ行き、囁くように小声でを話し始めた。青年が頷き、バーテンダーの差し出したワイン・ボトルを受け取った。
「いい女だな。ここにしようぜ」
その様子を横目で見ていた少女の背後から、知性のかけらも感じられない大声が響きわたった。
「おう、すげぇべっぴんじぇねぇか」
拒絶する間もなく、二人の男が彼女を囲うように両脇のストゥールに座り込んだ。
「ちょっと、失礼じゃない」
右手の男に向かって、彼女が声を荒げた。
二メートル近い大男である。身長に見合う横幅もあり、一見プロレスラーのように見える。しかし、その服装はまともな人間が避けて通るようなものだった。ヘビーメタルのロック歌手でも身につけそうもない太いチェーンを首に巻き、素肌の上に直に革のベストをだらしなく羽織っている。ベストの肩の部分には、鋭利な金属が幾つも縫いつけられていた。
もう一人は、スキン・ヘッドに長い黒髭を生やした男だった。残忍な光を浮かべた眼を見ただけで、気の弱い者なら卒倒しそうな迫力があった。服装は大男と似たり寄ったりである。
(何で、こんなヤツらがいるの?)
当然とも言える疑問が、少女の脳裏に浮かんだ。
このホテル・オーシャンは、惑星ヴァーミリオンでも一流の部類に入る。そうでなければ、若い女の一人旅に彼女が利用するわけがなかった。
「お嬢ちゃん、何飲んでるの?」
大男が下卑た声で少女に訊ねた。
「ピーチ・ジン? 俺がもっといいもの飲ませてやろうか?」
スキン・ヘッドの男が腰に手をやり、いやらしい動作をして嘲笑した。
「他のお客様のご迷惑になります。お静かにお願いできませんか」
「うるせぇ!」
バーテンダーの丁寧な口調は、大男のドラ声に一蹴された。
「お嬢ちゃん、俺たちと一緒に飲もうや」
スキン・ヘッドが少女の肩に手を回してきた。
「やめて下さい! いやッ!」
強引にスキン・ヘッドの分厚い胸に抱きすくめられ、少女が悲鳴を上げた。
「いやッ! やめてぇッ!」
彼の手が、少女の身体をまさぐり始めた。言い知れぬ嫌悪感に、少女が助けを求めた。
「お客様、先ほどのお客様からご伝言です」
その時、バーテンダーの一人が、さっき彼女にボトルを差し入れようとした青年を指しながら告げた。そして、一瞬のためらいの後に、蒼白な表情を浮かべながら青年の伝言を伝えた。
「『一緒に飲んでくれるなら、そいつらと遊んでやる』とおっしゃってます」
「何だとッ!」
バーテンダーの言葉に、スキン・ヘッドの手が止まった。
「舐めた口を聞いてるのは、どいつだ?」
大男が、ストゥールを蹴って立ち上がる。
(こんな状況なのに、ふざけたヤツ!)
少女は、助けを申し出た青年を睨んだ。青年は彼女が断ったスパーリング・ワインのボトルを開け、何事もないようにグラスに中身を注いでいる。彼女と視線が合うと、笑顔でウィンクしてきた。
「貴様かッ!」
大男が青年の横に立って怒鳴った。彼の前に置いてあるボトルを引ったくると同時に、カウンターに叩きつけて粉砕する。ボトルが粉々に砕けて、ガラスの破片を周囲に撒き散らした。
「どうする? まだ、返事を聞いてないんだがね」
青年が大男を完全に無視して、彼女に訊ねた。真横でボトルを叩き割られても、微動だにしていなかった。
(何て、度胸なの?)
少女が呆然と青年を見つめた。
「君の返事次第で、俺はこのまま第三者を決め込むよ」
青年が微笑んだ。何の屈託もない素晴らしい笑顔だった。状況を理解していないのではないかと疑うほど……。
「あなたに興味がわいたわ。一緒に飲んでもいいわよ。でも、彼らは私のお客さんなの。私がお相手をするわ」
少女はそう告げると、さっと席を立った。同時に、横に座っているスキン・ヘッドの顔面に強烈な廻し蹴りを入れた。彼女の細い足が美しい弧を描いた瞬間、スキン・ヘッドの男は顔を仰け反らせて後方へ吹っ飛んだ。床に後頭部を叩きつけられ、そのまま気絶する。
「なッ! このアマ!」
愕然としていた大男が、ハッと我に返って喚いた。恐竜の突進のごとく、両手を広げながら少女に向かって襲いかかった。
「女を口説く時には、もう少しスマートにしないとね。そんなに怖い顔では、逃げられちゃうわよ」
そう告げると少女は、さっと身をかがめて大男の横に廻り込んだ。同時に跳び蹴りを男の顔面に叩き込んだ。巨体の突進が発するエネルギーと彼女の蹴りが重なり、凄まじいパワーが大男の顔面を襲った。
「ギャッ!」
情けない声を上げると、カウンターを揺るがすほどの震動とともに、大男は後ろに倒れ込んで意識を失った。
「悪いけれど、粗大ゴミを片づけといてくれる?」
少女は元の席へ着くと、呼吸一つ乱さずに微笑さえ浮かべながらバーテンダーに告げた。数人のバーテンダーたちが、慌てて男たちの巨体を店の外へ運び出した。
パチ、パチ……。
拍手が鳴り響いた。振り向く少女のプルシアン・ブルーの瞳に、青年の笑顔が映った。
「完璧すぎるぞ。俺の出る幕がないじゃないか」
「護身術の一つくらいできないと、危なくて外も歩けないわ」
少女が笑った。見る者を魅了する素晴らしい笑顔だった。
「横に座っていいかい?」
青年がストゥールから立ち上がった。彼女が頷くのを確認して、その右隣に腰をかける。
「俺の名前は、ジェイ。宇宙船のパイロットだ。君は?」
青年が、バーテンダーに新しいスパーリング・ワインを注文しながら訊ねた。
「私はテア=スクルト。ギャラクシー・ユニバーシティの学生よ。この星には、卒業論文の調査のために来たの」
「ギャラクシー・ユニバーシティ? 俺の後輩なのか」
ジェイが驚いてテアを見つめた。
「あなたもギャラクシー・ユニバーシティの卒業生なの?」
意外そうに、テアが彼を見上げた。ギャラクシー・ユニバーシティは、名門大学である。将来は官僚や政治家志望の若者が大半を占めていた。その中には、彼のような危険な雰囲気を持つ男はほとんどいなかった。
「そう見えないか? よく言われるんだ」
笑いながらそう告げると、ジェイはバーテンダーの指し出したグラスにスパーリング・ワインを満たした。その一つをテアの前に置く。
「どうもありがとう。先輩と出会えたことに乾杯?」
「強い後輩に乾杯しよう」
二人は、笑いながらお互いのグラスを重ねた。細かい泡がシャンデリアの光りを受け、星々の煌めきを放った。
「卒業論文って言ったな。五年生なのか?」
スパーリング・ワインを一口飲んで、ジェイが訊ねてきた。
「飛び級制度のおかげでね」
「優秀なんだな。入学してどのくらい経つんだ?」
「探りを入れるのが上手いのね。私、まだ十六歳よ」
テアが微笑んだ。
飛び級制度は、優秀な成績を修めている学生を対象として、学期の半ばでも次学年に進級させる制度である。大学の入学資格は、満十五歳である。テアはわずか一年半で五年生に進んでいたのだ。
「すごいな。入学して一年ちょっとで四年間の単位を取ったのか。俺なんか卒業までに七年かかったぞ」
「遊びすぎたんじゃない?」
鋭くテアが指摘した。彼女の見たところ、ジェイは普通ではなかった。優秀というのとも違う。何かが平均を超えているのである。そんな彼が、人並みに留年していたとは考えづらかった。
「まあな。アルバイトで出席日数も足りなかったしな」
苦笑いを浮かべながら、ジェイが告げた。
「ところで、宇宙船のパイロットって言ったわね。GPSの軍人なの?」
十六年前に勃発したDNA戦争の影響で、現在の銀河系は三勢力に分割統治されている。
その三勢力とは、銀河系監察宇宙局と宇宙平和連邦、そして自由惑星同盟である。テアはそのGPS管轄宙域で生活していた。
「いや、民間船だよ。運び屋みたいな商売さ。この惑星ヴァーミリオンからも、ある人を運び出す予定だ」
「人を? 物じゃないの?」
「物の場合も多い。今回の依頼は、たまたま人を運ぶ仕事だったんだ」
ジェイが自分のグラスに、二杯目のスパーリング・ワインを満たした。
「でも、意外とまともな商売なのね。もっと、危険なことをしている人かと思ったわ」
「どういう意味だい?」
プルシアン・ブルーの瞳を興味深そうに見つめながら、ジェイが訊ねた。
「怒らないで聞いてね。あなたの第一印象は、宇宙海賊か傭兵だと思ったのよ。何て言うか、いつも死と隣り合わせに生きているように見えたの」
「映画の見過ぎじゃないのか? 今時、そんな商売流行らないぜ」
笑いながら、ジェイが答えた。
「残念ね。私、そういった人たちに憧れてるの」
「それは、君が安全なところに住んでいる人だからだよ。そういうヤツらは、逆に人並みの生活に憧れているかも知れない。今日の後には、必ず明日を迎えられる生活に……」
不意にジェイは黒瞳を細めると、遠くを見つめながら告げた。
「妙に説得力があるわね。あなた、以前にそういう仕事をしてたの?」
「いや、そんなことはないよ。俺の知り合いに、そういう危険な仕事をしていたヤツがいてね。二年と経たずに死んじまったがな」
「そうなの。ごめんなさい。思い出させちゃったかしら」
プルシアン・ブルーの瞳に暗い影を浮かべて、テアが謝罪した。
「いいさ。それより、君の卒業論文に興味があるな。こんな星に調査に来るなんて、何をテーマにしているんだい」
「プライマイオス人の超常能力についてよ。絶滅した先住民族プライマイオス人は、それぞれが超常能力、いわゆるESPを有していたって言われているのを、聞いたことがあるでしょう?」
「それも、今で言うBクラス以上のESPだっていうやつか?」
テアの言葉に頷きながら、ジェイが告げた。
GPS管轄宙域には、現在確認されているだけで、およそ五百万人の超能力者が存在している。五百万人と言えば多いように思われるが、GPS総人口千四百億人の〇・〇四%にも満たない。もちろん、彼らの能力には個人差がある。それらをGPSでは、大きく六段階に分類していた。
最も強力なESPレベルをΣナンバーと呼び、その下にAクラスからEクラスまでを設定している。さらに、それらの各クラスは、αからωまで二十四段階に細分化されていた。
「私ね、昔からESPに興味があるの。私が生まれてすぐにDNA戦争で死んだ両親は、ESPだったらしいの。でも、残念ながら、私のESP検査は完全に陰性だけれどね」
「俺はESPなんて、持ちたいとは思わないけれどな。普通の人から見たら、化け物じゃないか」
テアの告げた言葉に、ジェイは柔和な表情を険しく引き締めながら告げた。
「あなた、もしかしてESPなの?」
その様子に驚いて、テアが訊ねた。
「さっき話した俺の友人は、ESPを持っていたために死んだんだ。そんなもの持っていても、自分を不幸にするだけだ」
テアの質問には明確な答えを与えずに、ジェイはグラスの中身を一気に呷った。
(自分のことには、あまり触れられたくないのかしら?)
テアは話題を変えることにした。
「私の卒業論文の研究テーマは、プライマイオス人はESPではないということなのよ」
「どういう意味だ?」
「彼ら自身はESPじゃない。しかし、彼らは、ESPを造り出すことに成功したんじゃないかってこと。簡単に言うと、ESPを有する人間を造り出していたんじゃないかってことよ」
「極端な仮説だな。証拠でもあるのか?」
テアの大胆な説に、興味を抱いてジェイが先を促した。
「彼らの残した文章を解読すると、面白い言葉があるのよ」
「どんな言葉だい?」
「『我らは創造す。偉大なる力を有する戦士を。かの戦士は星を動かし、銀河を跳ぶ』と言うの。これは、星をも動かす念動力と、恒星間の瞬間移動能力を備えた人間を指しているんじゃないかと思うの」
テアが瞳を輝かせながら告げた。
「そんなバカな。個人の能力じゃ、どっちも不可能だ」
ジェイが一笑する。
「そんなに笑わないでよ。夢があったっていいじゃない」
テアが頬を膨らませながら、ジェイを睨んだ。
「悪い、悪い。でも、Σナンバーと呼ばれるESPならば、可能かも知れないな」
「Σナンバー? 最強のESPクラスの?」
プルシアン・ブルーの瞳を輝かせながら、テアが訊ねた。
「名前は忘れたが、GPS特別犯罪課には、Σナンバーの能力を持つESPが一人いるらしい。と言うか、GPSはおろか全銀河系の登録ESPで、その能力を有する者は彼一人らしい」
「一度、会ってみたいわね」
「どっちにしろ、そんな能力を持つヤツはまともな人間じゃないさ。会う価値なんか、ないんじゃないかな」
そう言うと、ジェイは三杯目のグラスを一気に空けた。
搭乗案内のアナウンスが、週末の人混みに溢れる宇宙港に響きわたった。
その混雑にもかかわらず、人目を引く少女が入国ゲートを抜け、立ち止まる。
美しい少女だった。
絶世の美女という言葉は、彼女のためにあると言っても過言ではない。
淡青色の髪を肩で切りそろえ、少女はプルシアン・ブルーの瞳で周囲を見渡した。まだ、十六、七歳だろう。彼女が時折見せるあどけなさが、美しすぎる者が持つ怜悧な印象を打ち消していた。
大きなボストン・バックを両手で持ちながら、彼女はエア・タクシー・ターミナルに向かった。
「ホテル・オーシャンまで」
数人待ちの行列を並んだ後、彼女は一台のエア・タクシーに乗り込むと、ドライバーにそう告げた。
「一人旅ですかい?」
ドライバーがルーム・ミラーに映る彼女の姿を見た瞬間、呆然とした。あまりの美しさに、である。
この惑星ヴァーミリオンは、先史文明の遺跡が残る数少ない学術惑星だ。当然、学者や科学者の姿は多いが、若い女性の旅行者は哀れなほど少なかった。
「ええ。卒業論文の調査のために初めて来たの」
少女が屈託のない笑顔で応えた。
「学生さんか。どこの学校だい?」
「ギャラクシー・ユニバーシティよ。知ってる?」
彼女は、GPS管轄内で最も有名な大学の名前を告げた。
「へぇ、お嬢さん、優秀なんだね」
ドライバーの顔に、新鮮な驚きが広がる。容姿端麗で頭脳明晰な客を乗せたのは、彼も初めてだったのである。
「ありがとう。おじさんは、ドライバー歴長いの?」
ルームミラーに映るプルシアン・ブルーの瞳が、好意を浮かべて輝いた。
「二十年ほどかな。この辺りなら、知らない場所はないぜ」
「それじゃあ、プライマイオス遺跡も知ってるわね」
「もちろんだ。と言うより、この星でそれを知らないヤツは、もぐりだよ」
「その遺跡が私の研究テーマなの。卒業論文の題目は、『プライマイオス人の超常能力』よ」
「例の、絶滅したプライマイオス人は超能力を持っていたってやつかい?」
ドライバーが少ない知識を自慢げに披露する。
「そう。ESPって、小さい頃からの憧れだったの。でも、私のESP検査は完全に陰性だけれどね」
残念そうに少女が告げた。
(ESPじゃねぇのか。だったら、話は早いぜ。こんな上玉、見逃す手はない)
ドライバーの瞳に危険な光が浮かんだ。だが、後部座席に座る少女はまったく気づいていない。
「お嬢さん、良かったら俺がプライマイオス遺跡を案内してやろうか? こう見えても、昔はそこでガイドやってたんだ」
「本当?」
彼女の瞳が輝きを放った。
「ああ。都合が良けりゃ、明日にでも安く個人ガイドしてやるよ」
「助かるわ。でも、そんなに払えないわよ」
「タクシー料込みで、一万クレジットでどうだ? 時間は朝十時から夕方五時まで」
ドライバーが交渉を始める。
「ちょっと高いわ。もう少し、まけてくれない?」
「お嬢さん、商売もなかなか上手いね。それじゃあ、今日のタクシー代もその一万クレジットに含んでやろう。これが限界だよ」
「いいわ。お願いするわ。でも、料金は後払いでいい?」
先に払って、逃げられては困るとでも考えたのだろう。少女がルームミラーに映るドライバーの顔を見つめている。
「うーん。仕方ねぇな。それで手を打ってやるよ」
内心の喜びを隠しながら、ドライバーが困惑した表情を作って渋々頷いた。
(バカめ。料金なんて、お前さんから貰うつもりはねぇよ。別のとこから、たんまり頂けるからな)
「ありがとう。では、明日の朝十時にホテル・オーシャンに迎えに来てくれる?」
「絶対に行くよ」
そう告げると、ドライバーは到着したホテルのターミナルでドアを開けた。
ベル・ボーイが彼女の荷物を降ろし、少女がホテルに入るのを確認した後、彼はエア・タクシーを発進させた。そして、無線機を手に取り、特殊な回線を指定する。
「こちら、デビウス。最上級のワインを発見した。まだ熟成してないが、近い将来は最高の品質になると思われる。明日正午に、そちらへ届けたい」
『了解した。ランチの用意をしておこう。要求は?』
無線機のスピーカーから、若い女の声が聞こえた。
「五百万クレジット。それだけの価値はある」
『高すぎるわ。現物を見てからだけれど、最高でも二百万ね』
「びた一文まける気はねぇ。もっとも、現物を見たら、五百万でも安いと思うだろうがな」
ドライバーが自信を持って告げた。
ホテル・オーシャンのシングル・ルームにチェック・インすると、少女はバスルームに直行した。シャワーの水栓を開き、熱い湯と冷水とを交互に浴びる。
瑞々しい若い肌が、長旅の疲れを洗い流して艶やかな輝きを取り戻す。淡青色の髪が水を滴らせて、本物の滝のように流れた。
白い素肌の上にバスローブを直接羽織ると、少女がバスルームから出てきた。クール・ボックスからミネラル・ウォーターを取り出して、栓を開ける。
「ふう」
ミネラル・ウォーターを一気に飲み干して、少女が溜息をついた。
彼女はギャラクシー・ユニバーシティの五年生だった。ギャラクシー・ユニバーシティは、GPS管轄宙域内でもトップ・レベルの大学である。
GPS管轄内にある大学のほとんどは五年制であり、十五歳以上であれば誰でも好きな大学に入学できる。入学試験などと言う野暮なものはない。しかし、入った後が大変なのである。
特に、ギャラクシー・ユニバーシティでは、次学年に進級できるのは約五十%と言われ、五年生に無事進級できるのは入学時の七%にも満たない。
そんな中で彼女は、飛び級制度を利用し、わずか一年半で五年生に進級したのだった。ギャラクシー・ユニバーシティ開校以来、初めての快挙である。
「お腹も空いてきたし、そろそろ食事にしようかな?」
清楚な白い下着を身につけ、その上にTシャツとコットン・パンツを着ながら少女が独り言を言った。
「ここにしようっと」
ホテルのガイド・パンフレットから、最上階のスカイ・ラウンジの写真を見つけて、彼女が呟く。
その行動的な性格を象徴するかのように、十分後には、スカイ・ラウンジ<アテネ>のカウンターに彼女は座っていた。
「ピーチ・ジンと子牛の赤ワイン蒸し、それから、コンビネーション・サラダをお願いします」
バーテンダーに注文を終えると、改めて少女は周囲を見回した。
銀河標準時間で十九時を少し過ぎたくらいである。まだ、ラウンジには人影がまだらであった。
「え……? 頼んでませんよ」
少女が怪訝な表情でバーテンダーを見つめながら告げた。
バーテンダーが、彼女の前に年代物のスパーリング・ワインをボトルごと置いたのだ。特別にワイン通でもない彼女でさえ、耳にしたことのある銘柄だった。一本、数万クレジットはしそうである。
「あちらのお客様からです。お断りなさいますか?」
バーテンダーが、彼女の座っている位置から見て、一番右のカウンターに腰かけている青年を指した。
(また……?)
彼女の美しさに惹かれ、声をかけてくる男は数多かった。内心、うんざりしながら彼女はバーテンダーの指した青年に顔を向ける。
漆黒の髪と強い意志を秘めた黒瞳を持つ青年だった。年齢は、二十五歳くらいだろうか。ダーク・グレーのスーツを上手に着こなしている。彼が軽く手を上げて、少女に挨拶した。
(悪くないわね。でも、ちょっと危なそう)
何がどうというのではないが、彼から発せられる匂いに、彼女の本能が危険を感じたのである。世慣れていない彼女には知る由もなかったが、それは紛れもない、戦闘と硝煙の匂いだった。
「悪いけど、お断りして……」
青年の持つ危険な雰囲気を敏感に感じ取り、彼女はバーテンダーに告げた。
バーテンダーは小さく頷くと、ボトルを持って青年の前へ行き、囁くように小声でを話し始めた。青年が頷き、バーテンダーの差し出したワイン・ボトルを受け取った。
「いい女だな。ここにしようぜ」
その様子を横目で見ていた少女の背後から、知性のかけらも感じられない大声が響きわたった。
「おう、すげぇべっぴんじぇねぇか」
拒絶する間もなく、二人の男が彼女を囲うように両脇のストゥールに座り込んだ。
「ちょっと、失礼じゃない」
右手の男に向かって、彼女が声を荒げた。
二メートル近い大男である。身長に見合う横幅もあり、一見プロレスラーのように見える。しかし、その服装はまともな人間が避けて通るようなものだった。ヘビーメタルのロック歌手でも身につけそうもない太いチェーンを首に巻き、素肌の上に直に革のベストをだらしなく羽織っている。ベストの肩の部分には、鋭利な金属が幾つも縫いつけられていた。
もう一人は、スキン・ヘッドに長い黒髭を生やした男だった。残忍な光を浮かべた眼を見ただけで、気の弱い者なら卒倒しそうな迫力があった。服装は大男と似たり寄ったりである。
(何で、こんなヤツらがいるの?)
当然とも言える疑問が、少女の脳裏に浮かんだ。
このホテル・オーシャンは、惑星ヴァーミリオンでも一流の部類に入る。そうでなければ、若い女の一人旅に彼女が利用するわけがなかった。
「お嬢ちゃん、何飲んでるの?」
大男が下卑た声で少女に訊ねた。
「ピーチ・ジン? 俺がもっといいもの飲ませてやろうか?」
スキン・ヘッドの男が腰に手をやり、いやらしい動作をして嘲笑した。
「他のお客様のご迷惑になります。お静かにお願いできませんか」
「うるせぇ!」
バーテンダーの丁寧な口調は、大男のドラ声に一蹴された。
「お嬢ちゃん、俺たちと一緒に飲もうや」
スキン・ヘッドが少女の肩に手を回してきた。
「やめて下さい! いやッ!」
強引にスキン・ヘッドの分厚い胸に抱きすくめられ、少女が悲鳴を上げた。
「いやッ! やめてぇッ!」
彼の手が、少女の身体をまさぐり始めた。言い知れぬ嫌悪感に、少女が助けを求めた。
「お客様、先ほどのお客様からご伝言です」
その時、バーテンダーの一人が、さっき彼女にボトルを差し入れようとした青年を指しながら告げた。そして、一瞬のためらいの後に、蒼白な表情を浮かべながら青年の伝言を伝えた。
「『一緒に飲んでくれるなら、そいつらと遊んでやる』とおっしゃってます」
「何だとッ!」
バーテンダーの言葉に、スキン・ヘッドの手が止まった。
「舐めた口を聞いてるのは、どいつだ?」
大男が、ストゥールを蹴って立ち上がる。
(こんな状況なのに、ふざけたヤツ!)
少女は、助けを申し出た青年を睨んだ。青年は彼女が断ったスパーリング・ワインのボトルを開け、何事もないようにグラスに中身を注いでいる。彼女と視線が合うと、笑顔でウィンクしてきた。
「貴様かッ!」
大男が青年の横に立って怒鳴った。彼の前に置いてあるボトルを引ったくると同時に、カウンターに叩きつけて粉砕する。ボトルが粉々に砕けて、ガラスの破片を周囲に撒き散らした。
「どうする? まだ、返事を聞いてないんだがね」
青年が大男を完全に無視して、彼女に訊ねた。真横でボトルを叩き割られても、微動だにしていなかった。
(何て、度胸なの?)
少女が呆然と青年を見つめた。
「君の返事次第で、俺はこのまま第三者を決め込むよ」
青年が微笑んだ。何の屈託もない素晴らしい笑顔だった。状況を理解していないのではないかと疑うほど……。
「あなたに興味がわいたわ。一緒に飲んでもいいわよ。でも、彼らは私のお客さんなの。私がお相手をするわ」
少女はそう告げると、さっと席を立った。同時に、横に座っているスキン・ヘッドの顔面に強烈な廻し蹴りを入れた。彼女の細い足が美しい弧を描いた瞬間、スキン・ヘッドの男は顔を仰け反らせて後方へ吹っ飛んだ。床に後頭部を叩きつけられ、そのまま気絶する。
「なッ! このアマ!」
愕然としていた大男が、ハッと我に返って喚いた。恐竜の突進のごとく、両手を広げながら少女に向かって襲いかかった。
「女を口説く時には、もう少しスマートにしないとね。そんなに怖い顔では、逃げられちゃうわよ」
そう告げると少女は、さっと身をかがめて大男の横に廻り込んだ。同時に跳び蹴りを男の顔面に叩き込んだ。巨体の突進が発するエネルギーと彼女の蹴りが重なり、凄まじいパワーが大男の顔面を襲った。
「ギャッ!」
情けない声を上げると、カウンターを揺るがすほどの震動とともに、大男は後ろに倒れ込んで意識を失った。
「悪いけれど、粗大ゴミを片づけといてくれる?」
少女は元の席へ着くと、呼吸一つ乱さずに微笑さえ浮かべながらバーテンダーに告げた。数人のバーテンダーたちが、慌てて男たちの巨体を店の外へ運び出した。
パチ、パチ……。
拍手が鳴り響いた。振り向く少女のプルシアン・ブルーの瞳に、青年の笑顔が映った。
「完璧すぎるぞ。俺の出る幕がないじゃないか」
「護身術の一つくらいできないと、危なくて外も歩けないわ」
少女が笑った。見る者を魅了する素晴らしい笑顔だった。
「横に座っていいかい?」
青年がストゥールから立ち上がった。彼女が頷くのを確認して、その右隣に腰をかける。
「俺の名前は、ジェイ。宇宙船のパイロットだ。君は?」
青年が、バーテンダーに新しいスパーリング・ワインを注文しながら訊ねた。
「私はテア=スクルト。ギャラクシー・ユニバーシティの学生よ。この星には、卒業論文の調査のために来たの」
「ギャラクシー・ユニバーシティ? 俺の後輩なのか」
ジェイが驚いてテアを見つめた。
「あなたもギャラクシー・ユニバーシティの卒業生なの?」
意外そうに、テアが彼を見上げた。ギャラクシー・ユニバーシティは、名門大学である。将来は官僚や政治家志望の若者が大半を占めていた。その中には、彼のような危険な雰囲気を持つ男はほとんどいなかった。
「そう見えないか? よく言われるんだ」
笑いながらそう告げると、ジェイはバーテンダーの指し出したグラスにスパーリング・ワインを満たした。その一つをテアの前に置く。
「どうもありがとう。先輩と出会えたことに乾杯?」
「強い後輩に乾杯しよう」
二人は、笑いながらお互いのグラスを重ねた。細かい泡がシャンデリアの光りを受け、星々の煌めきを放った。
「卒業論文って言ったな。五年生なのか?」
スパーリング・ワインを一口飲んで、ジェイが訊ねてきた。
「飛び級制度のおかげでね」
「優秀なんだな。入学してどのくらい経つんだ?」
「探りを入れるのが上手いのね。私、まだ十六歳よ」
テアが微笑んだ。
飛び級制度は、優秀な成績を修めている学生を対象として、学期の半ばでも次学年に進級させる制度である。大学の入学資格は、満十五歳である。テアはわずか一年半で五年生に進んでいたのだ。
「すごいな。入学して一年ちょっとで四年間の単位を取ったのか。俺なんか卒業までに七年かかったぞ」
「遊びすぎたんじゃない?」
鋭くテアが指摘した。彼女の見たところ、ジェイは普通ではなかった。優秀というのとも違う。何かが平均を超えているのである。そんな彼が、人並みに留年していたとは考えづらかった。
「まあな。アルバイトで出席日数も足りなかったしな」
苦笑いを浮かべながら、ジェイが告げた。
「ところで、宇宙船のパイロットって言ったわね。GPSの軍人なの?」
十六年前に勃発したDNA戦争の影響で、現在の銀河系は三勢力に分割統治されている。
その三勢力とは、銀河系監察宇宙局と宇宙平和連邦、そして自由惑星同盟である。テアはそのGPS管轄宙域で生活していた。
「いや、民間船だよ。運び屋みたいな商売さ。この惑星ヴァーミリオンからも、ある人を運び出す予定だ」
「人を? 物じゃないの?」
「物の場合も多い。今回の依頼は、たまたま人を運ぶ仕事だったんだ」
ジェイが自分のグラスに、二杯目のスパーリング・ワインを満たした。
「でも、意外とまともな商売なのね。もっと、危険なことをしている人かと思ったわ」
「どういう意味だい?」
プルシアン・ブルーの瞳を興味深そうに見つめながら、ジェイが訊ねた。
「怒らないで聞いてね。あなたの第一印象は、宇宙海賊か傭兵だと思ったのよ。何て言うか、いつも死と隣り合わせに生きているように見えたの」
「映画の見過ぎじゃないのか? 今時、そんな商売流行らないぜ」
笑いながら、ジェイが答えた。
「残念ね。私、そういった人たちに憧れてるの」
「それは、君が安全なところに住んでいる人だからだよ。そういうヤツらは、逆に人並みの生活に憧れているかも知れない。今日の後には、必ず明日を迎えられる生活に……」
不意にジェイは黒瞳を細めると、遠くを見つめながら告げた。
「妙に説得力があるわね。あなた、以前にそういう仕事をしてたの?」
「いや、そんなことはないよ。俺の知り合いに、そういう危険な仕事をしていたヤツがいてね。二年と経たずに死んじまったがな」
「そうなの。ごめんなさい。思い出させちゃったかしら」
プルシアン・ブルーの瞳に暗い影を浮かべて、テアが謝罪した。
「いいさ。それより、君の卒業論文に興味があるな。こんな星に調査に来るなんて、何をテーマにしているんだい」
「プライマイオス人の超常能力についてよ。絶滅した先住民族プライマイオス人は、それぞれが超常能力、いわゆるESPを有していたって言われているのを、聞いたことがあるでしょう?」
「それも、今で言うBクラス以上のESPだっていうやつか?」
テアの言葉に頷きながら、ジェイが告げた。
GPS管轄宙域には、現在確認されているだけで、およそ五百万人の超能力者が存在している。五百万人と言えば多いように思われるが、GPS総人口千四百億人の〇・〇四%にも満たない。もちろん、彼らの能力には個人差がある。それらをGPSでは、大きく六段階に分類していた。
最も強力なESPレベルをΣナンバーと呼び、その下にAクラスからEクラスまでを設定している。さらに、それらの各クラスは、αからωまで二十四段階に細分化されていた。
「私ね、昔からESPに興味があるの。私が生まれてすぐにDNA戦争で死んだ両親は、ESPだったらしいの。でも、残念ながら、私のESP検査は完全に陰性だけれどね」
「俺はESPなんて、持ちたいとは思わないけれどな。普通の人から見たら、化け物じゃないか」
テアの告げた言葉に、ジェイは柔和な表情を険しく引き締めながら告げた。
「あなた、もしかしてESPなの?」
その様子に驚いて、テアが訊ねた。
「さっき話した俺の友人は、ESPを持っていたために死んだんだ。そんなもの持っていても、自分を不幸にするだけだ」
テアの質問には明確な答えを与えずに、ジェイはグラスの中身を一気に呷った。
(自分のことには、あまり触れられたくないのかしら?)
テアは話題を変えることにした。
「私の卒業論文の研究テーマは、プライマイオス人はESPではないということなのよ」
「どういう意味だ?」
「彼ら自身はESPじゃない。しかし、彼らは、ESPを造り出すことに成功したんじゃないかってこと。簡単に言うと、ESPを有する人間を造り出していたんじゃないかってことよ」
「極端な仮説だな。証拠でもあるのか?」
テアの大胆な説に、興味を抱いてジェイが先を促した。
「彼らの残した文章を解読すると、面白い言葉があるのよ」
「どんな言葉だい?」
「『我らは創造す。偉大なる力を有する戦士を。かの戦士は星を動かし、銀河を跳ぶ』と言うの。これは、星をも動かす念動力と、恒星間の瞬間移動能力を備えた人間を指しているんじゃないかと思うの」
テアが瞳を輝かせながら告げた。
「そんなバカな。個人の能力じゃ、どっちも不可能だ」
ジェイが一笑する。
「そんなに笑わないでよ。夢があったっていいじゃない」
テアが頬を膨らませながら、ジェイを睨んだ。
「悪い、悪い。でも、Σナンバーと呼ばれるESPならば、可能かも知れないな」
「Σナンバー? 最強のESPクラスの?」
プルシアン・ブルーの瞳を輝かせながら、テアが訊ねた。
「名前は忘れたが、GPS特別犯罪課には、Σナンバーの能力を持つESPが一人いるらしい。と言うか、GPSはおろか全銀河系の登録ESPで、その能力を有する者は彼一人らしい」
「一度、会ってみたいわね」
「どっちにしろ、そんな能力を持つヤツはまともな人間じゃないさ。会う価値なんか、ないんじゃないかな」
そう言うと、ジェイは三杯目のグラスを一気に空けた。
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