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第八章 愛の嵐

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 皇都イシュタールの戒厳令は、皇国元帥スカーレット=フォン=ロイエンタールの名で解除された。
 残念ながら、ジャスティと思われる者がルイーズらしき女性を伴って、すでに皇都から逃亡していたことが判明したからであった。二人に追っ手を差し向けると、スカーレットはナルサスと相談して戒厳令を敷き続けることに意味がないと判断した。ティアとフレデリックを救出したこともその判断の一因であった。

 ティアとアルフィはスカーレットと別れて銀龍騎士団本部を出ると、その足で冒険者ギルドに向かった。
 朝の六つ鐘を過ぎたギルドは、冒険者の姿もまばらで比較的すいていた。ティアたちは入口を入ると、真っ直ぐに掲示板へと足を向けた。
「戒厳令が解除されたばかりだから、まだめぼしい護衛依頼は貼ってないわね」
 掲示板に貼られている依頼を一通り見終えたアルフィがため息をつきながら告げた。

「そうね。明日あたりもう一度確認した方がいいかもね。ところで、ダグラスたちとは合流するの?」
「しばらくは別行動ね。彼らにはジャスティの足どりを追ってもらわないとならないしね。あたしたちは、西への護衛依頼を受けてウェストヴォルドに向かうわよ」
「ウェストヴォルド?」
 ラインハルトとの修行以外でほとんど皇都から出た経験がないティアは、聞き覚えのない地名に首を傾げた。
「イレナスーン帝国との国境にある街よ。そこからなら馬で五日もあれば、イレナスーン帝国に入れるわ」
 アルフィがそう告げた時、二人の横に立っていた冒険者が声をかけてきた。

「ウェストヴォルドではないけど、ユーストベルクで良ければ一緒に行きますか? さっき、ユーストベルク行きの商団の護衛依頼を受注したんだけど、ちょっと手が足りなそうなので、良かったら合同依頼でどうですか?」
 ティアが驚いて振り向くと、一人の男性がニッコリと笑いながらこちらを見ていた。

 年齢は三十歳くらいで、豊かな金髪と碧い瞳をした美青年だった。身長はアルフィより若干高く百七十五セグメッツェくらいあり、細身だが年季の入った革鎧に身を包んだ体はよく鍛えられていそうな雰囲気だった。先が三つ叉に分かれている長い槍を背に背負っていることから、槍士クラスのようだった。

「ユーストベルクって、皇都とウェストヴォルドの中間にある街よね? 願ってもない話だけど、どんな商団の護衛なの?」
 アルフィが値踏みをするように男を見つめながら訊ねた。ティアも以前に<炎の虎>に勧誘されて酷い目に遭った経験があるため、彼の言葉に簡単に乗る気にはなれなかった。

「十五人ほどの中規模な商団で荷馬車が五台らしいんだけど、俺たちのパーティは六人なのであと数人臨時で入れる人を探してるんですよ」
 爽やかな笑顔を浮かべながら、男が答えた。それを聞いて、アルフィがいくつか質問を始めた。

「あなたのパーティとランクを教えてもらえるかしら?」
「<夜想曲>っていうランクBパーティです。俺はリーダーをしているテッドで、見ての通り槍士クラスBです」
「依頼達成期日と報酬は?」
「今日から三週間以内で、白金貨十枚と食事付きです。ユーストベルクは馬で十日だから、荷馬車でも二週間あれば着きます。期限は問題ないはずです」

「ずいぶんと安いのね。ちなみにあたしたちは二人だけど、取り分はどのくらいになるのかしら?」
 普段、S級やA級依頼を受けているアルフィは、一回の依頼相場が最低でも白金貨五十から百枚以上だった。それと比べて、二週間も拘束されて白金貨十枚というのは驚くほど安く感じた。

「B級依頼だから、白金貨十枚は相場ですよ。二人だから、白金貨二枚でどうですか?」
「白金貨二枚ね。まあ贅沢言ってられないからいいかな、ティア?」
 アルフィがティアの方を振り向いて訊ねてきた。報酬よりも西への護衛依頼というだけで受ける価値があると思い、ティアは笑顔で頷いた。
「私は問題ないけど、結論はアルフィに任せるわ」

「そう。あと一つだけ。あたしたちはクラスBじゃないけど、問題ないかしら?」
「ええ、何かあってもうちは六人中四人がクラスBですから、安心してください」
 テッドが笑顔を浮かべながら答えた。
 それを聞いて、ティアは彼が勘違いしていることを悟った。アルフィがクラスBじゃないと言った意味を、テッドはティアたちがクラスC以下だと受け取ったようだった。だから、クラスBが四人いるから安心してくれという言葉が出て来たのだ。

「クラスBが四人もいるのなら心強いわ。あたしはアルフィ。魔道士クラスよ。こっちは剣士のティア。よろしくね」
「ティアです。よろしくお願いします」
 テッドに向かって頭を下げながら、ティアはアルフィの思惑に気づいた。
 アルフィは自分たちのクラスを告げていなかった。その上、<漆黒の翼>の名前さえ出さなかった。これは、テッドの誤解を解く気がないということだった。

「こちらこそ、よろしく。仲間が食堂にいるので、紹介します。来てください」
 そう告げると、テッドは隣の食堂に向かって歩き始めた。
「アルフィ、いいの?」
「内緒にしておこう。面白そうじゃない?」
 パーティ名やクラスを隠したままでいいのかと小声で訊ねたティアに、アルフィはニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべながら答えた。


 食堂に入ると、テッドは<夜想曲>のメンバーたちが座っている一番奥のテーブルにティアたちを案内した。そこには一人の男性と四人の女性が座っていた。テッドを含めて、<夜想曲>は男二人、女四人のパーティだった。男より女の方が多いパーティというのも非常に珍しかった。

 テッドは奥の席をアルフィとティアに譲り、自分はアルフィの正面に腰を下ろした。八人掛けのテーブルに、奥の右からアルフィ、ティア、女性二人と座り、手前側にテッド、男性、女性二人と並んだ。

「最初に自己紹介します。俺のとなりにいるのが盾士クラスBのバード、その隣が弓士クラスBのイザベラと術士クラスBのアンジェリーナです。そしてティアさんの隣が魔道士クラスCのケイティと盗賊クラスCのコレットです」
 テッドの紹介を受けて、それぞれが軽くお辞儀をしながら自分の名前を告げた。ティアはそれを聞きながら、<夜想曲>のメンバーたちの顔と名前を覚えるように一人ずつ見つめた。

 盾士クラスBのバードは、かなり大柄な男性だった。座っているので身長ははっきりしなかったが、横幅はダグラスよりもあるように思えた。短く刈り上げた銀髪と、灰色の瞳をしており、一見すると強面だが笑うと意外に愛嬌があった。

 弓士クラスBのイザベラは、女性のわりには筋肉質で二の腕は成人男性なみに太かった。大弓を持っていることから、かなり腕力を鍛えていそうな雰囲気だった。濃茶色の髪を肩で切り揃え、薄茶色の瞳をしている女性で、美人ではなかったがそばかす顔で可愛い感じを受けた。

 次の術士クラスBと紹介されたアンジェリーナを見た瞬間、ティアは何故か全身に衝撃が走り抜けたように感じた。初対面にもかかわらず、ずいぶんと昔から付き合っていたような錯覚を感じて、ティアは彼女の顔に魅入ってしまった。すると、アンジェリーナも同じような感覚を受けたのか、驚いた表情を浮かべながらティアを真っ直ぐに見つめ返していた。

(すごく綺麗な娘……)
 アルフィの持つ大人の女性の美しさとは違い、アンジェリーナはまさしく絶世の美少女だった。長い銀髪を腰まで真っ直ぐに伸ばし、整った容姿の中でも特に金色の瞳が美しい輝きを放っていた。年齢はティアよりも少し下のようだった。これほど美しい少女と出逢うのは初めてだったティアは、しばらくの間アンジェリーナの美貌を見つめ続けた。

 名残惜しげにアンジェリーナから視線を外すと、ティアは隣に座る魔道士クラスCのケイティの横顔を見つめた。赤みがかった茶髪に黒い瞳を持つ女性で、魔道士というよりも近接職のような雰囲気を持つ活発そうな女性だった。年齢は二十二、三歳くらいだった。

 ケイティの隣に座るコレットは、盗賊クラスCというだけあり、いかにも俊敏そうな少女だった。黒い髪を後ろで一つに束ねており、キラキラと輝く碧眼が魅力的な女性だった。年齢は一番若そうで、十五、六歳くらいに思えた。

「あたしはアルフィ。魔道士クラスだけど、たいした魔法は使えないわ。みんなの足を引っ張らないようにするから、よろしくね」
 いつの間にかアルフィが自己紹介を終えていた。ティアは慌てて自分の紹介を始めた。
「私はティアです。一応、剣士クラスですが、腕前はまだまだ未熟です。アルフィと同じように皆さんにご迷惑をかけないようにしますので、よろしくお願いします」

「一通り紹介が終わったようなので、ひとまず解散にしよう。出発は昼の二つ鐘で、集合場所は西門前の広場だ。それまでは各自必要な物を買いそろえるなりしておいてくれ。では、アルフィさん、ティアさん。また後で会いましょう」
「二つ鐘に西門前広場ね。分かったわ」
 アルフィに続いてティアが席を立ち、食堂から出て行こうとした。その時、後ろから声をかけられた。

「待ってください、ティアさん」
 ティアが振り向くと、アンジェリーナがすぐ側に立っていた。
「あの……」
「何か?」
 その美貌をやや赤く染めながら、アンジェリーナの金色の瞳が真っ直ぐにティアを見つめていた。

「初対面……ですよね?」
「ええ。たぶん……ね」
 その言葉で、ティアはアンジェリーナが自分と同じような印象を受け取ったことを察した。

「そうですよね……。何か、初めて会った気がしなくて……。ごめんなさい、忘れてください」
 そう告げると、アンジェリーナは真っ赤に顔を染め上げながらティアの横を走り抜けて食堂から出て行った。

「何だったの?」
 その様子を見ていたアルフィが、首を捻りながらティアに訊ねてきた。
「分からないけど、私もあの娘と初対面だとは思えないのよ。どこかで会ったことあるのかな?」
「それにしても、ティア。あの娘、異常よ」
 不意に声をひそめて、アルフィがティアの耳元で囁いた。

「どうしたの?」
「気づかなかった? あの娘の魔力量に……」
「魔力量?」
 アルフィが言いたいことが分からずに、ティアは聞き返した。

「あんたの魔力量も大概だけど、あの娘はそれに輪をかけているわ。とても術士クラスBなんて思えない。下手をしたら……いえ、確実にあたしよりもずっと多いわよ」
「まさか……」
 冗談だと笑い飛ばそうとしたティアは、アルフィの真剣な瞳に気づいて驚きに言葉を失った。魔道士クラスSのアルフィを凌駕する魔力量を持っているなど、それが本当であればアルフィの言うとおり異常以外の何物でもなかった。

「ホントなの?」
「うん。間違いないわ。あたしの数倍……下手をするともっと多いかも知れない。あの娘に気を許さないようにした方がいいわ」
「アルフィの数倍以上って……」
 驚愕のあまり、ティアは食堂の入口に視線を送った。しかし、すでにアンジェリーナの姿はギルドから消えていた。

 このアンジェリーナとの出逢いが、ティアの運命に大きく関わりを持って来ることを知るのは、まだ先のことだった。
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