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第八章 愛の嵐
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翌朝、ティアは起き上がれなかった。
腰が抜けたように、下半身に力が入らないのだ。
「アルフィ、ひどいよ」
隣で、ティアの淡紫色の髪に指を絡めつけているアルフィに文句を言った。
「ごめん、ちょっと調子に乗ったわ」
アルフィが楽しげに舌を出した。
「ちょっとじゃないでしょ。あれ、ほとんど拷問よ」
「ごめん。でも、すごく気持ちよかったでしょ? 何回もいけたし……」
アルフィがまるで反省していない様子で笑った。
実際に、何度いかされたのか、ティアは覚えていなかった。
「おかげで、足腰が立たないわよ」
「まあ、今日は特に予定がないから、ゆっくり寝てなさい。朝食ならあたしが頼んであげるから」
そう言うと、アルフィは全裸のまま寝台から降り立った。
アルフィの引き締まった肢体を、ティアが眩しげに見つめた。
漆黒の髪は流れるように背中まで伸び、小さめの白い顔には、細く高い鼻梁に肉惑的な唇が絶妙の調和を醸し出していた。黒曜石のような黒瞳は野性的な生命力にあふれ、煌めきを放ちながら輝いていた。
つんと上を向いた大きな胸とくびれた腰、そして丸みを帯びた尻と肉惑的な太ももに続く長い足は、女神の彫像のように非の打ち所がなかった。
朝の光を受けて、金色に輝く産毛に覆われているアルフィは、紛れもなく美しかった。
もっと普通に愛してくれたらいいのに、と昨夜の凄まじい責めを思い出しながらティアは思った。本当に昨夜は死ぬかと思った。今でも全身に甘い痺れが残っていた。
アルフィは二十三歳。ティアの四つ年上だ。
『氷麗姫』の二つ名で知られる魔道士クラスSの冒険者である。
普段のアルフィはティアにとって、頼れる姉であり、信頼できる友人であった。
(そして、恋人でもあるのかな?)
アルフィにはダグラスという歴とした男性の恋人がいる。
しかし、両性愛主義者(バイセクシャル)であるアルフィは、昨夜のように時々ティアを抱く。
ティアもアルフィに抱かれることには、抵抗がなくなっていた。アルフィのことは好きだし、愛しているかと聞かれれば、そうだと答えるだろう。
(私はノーマルだと思ってたけど、アルフィに感化されたかな?)
そんなことを漠然と考えていると、アルフィが声をかけてきた。
「ティア、伝言が来たわ。スカーレット様が、朝食を一緒にどうかって言われているそうよ」
「スカーレット姉さんが? すぐに伺いますって答えておいて」
そう言うと、ティアは飛び起きた。
腰が痛いだの、足腰が立たないだの言っていられなかった。下着だけを新しい物に変えると、ティアは昨日と同じ冒険者用の装備を身につけ始めた。
「アルフィ、早く用意して!」
「え、朝のお風呂……」
「そんな暇ないわ。スカーレット姉さんに呼ばれたら、すぐ行かないと大変な目に遭うわよ!」
「……! 分かった!」
アルフィもスカーレットの恐ろしさは身に染みているらしい。すぐに装備を身につけて髪を梳かし始めた。
きっかり十五タル後、二人はスカーレットの待つ高級士官用の食堂の前に息を切らせながらたどり着いたのだった。
「おはよう。よく眠れたか?」
スカーレットはすでに長机の席に着いていた。
「おはようございます、スカーレット様。おかげで疲れが取れました」
アルフィがにっこりと笑って挨拶した。
私は逆に疲れたけど……と思いながらも、ティアも笑顔を作ってスカーレットに頭を下げた。
「おはようございます、スカーレット姉さん。それと、素晴らしい部屋をありがとう」
「気に入ったようで良かった。まあ、座れ」
スカーレットがそう告げると、使用人がティアとアルフィの椅子を引いた。
軽く礼を言って、ティアはスカーレットの正面に腰をかけた。アルフィはティアの右側に座った。
「フレデリックは呼んでないんですか?」
「ん? ああ、言っていなかったか。あいつはロイエンタール家の別邸で謹慎中だ。ティアに悪さをした罰として」
スカーレットがそう告げた。そして、ニヤリと笑いながら続けた。
「というのは建前で、本当はキャサリン嬢が回復し、フレデリックをボコボコにできるだけの体力を取り戻すまで監禁することにした」
「な、なるほど……」
ティアがちょっと引いたように引き攣った笑いを浮かべた。
キャサリンはフレデリックをかばって、重傷を負い治療中だと聞いた。銀龍騎士団では戦時中以外は原則として回復ポーションを使わない。
今の彼女では、どんなに怒ってもフレデリックに手を出せないのだろう。だから、スカーレットは今の段階でフレデリックを彼女に会わせないように隔離したのだ。
(やっぱり、容赦がないわ)
ティアは少しだけ、フレデリックに同情した。
その時、使用人が朝食を運んできて、テーブルに並べ始めた。どうやら、コース料理のようだった。新鮮な葡萄を搾った飲み物と、瑞々しい前菜が盛られた皿が三人の前に置かれた。
「まあ、先にいただこう。話は食べ終わってからだ」
そう言うと、スカーレットは目をつぶって顔の前で両手を組んだ。
ティアたちもそれに倣い、聖サマルリーナ教の女神に祈りを捧げた。
「母なる女神シルヴィアーナよ。あなたの恩恵に感謝いたします」
三人で豊穣の女神への感謝を述べてから食事を始めた。
真っ赤に完熟したトレスの実を薄く切り、その上に橙色のソースがかけられていた。その周りには色とりどりの新鮮な野菜が形良く切りそろえられて添えられている。
トレスの実を口の中に入れると、甘みの中に適度の苦みが広がった。サクッとした歯ごたえも素晴らしかった。
想像以上の美味しさに食欲が進み、あっという間に皿が空になった。使用人が空いた皿を手際よく下げると、次の料理を並べた。
今度は、卵料理だった。
溶いた卵を柔らかく焼き上げてあり、ナイフを入れると中から湯気の立っている挽肉が顔を見せた。街の宿屋でもよく見かける肉閉じ卵焼きだが、使われている材料は一流の物だった。噛みしめると肉汁と出汁のきいた卵がお互いを引き立て合い、口の中で絶妙の調和を魅せた。
「美味しい」
アルフィが目を丸くして声を上げた。
「うん、いくらでも食べられそうだね」
ティアも賛同し、至福の表情を浮かべた。朝からこれだけの料理を堪能できるのは、本当に久しぶりだった。しばらく冒険者をやめて、ここで暮らすのも悪くない。そう思いながら飲み物を口にして、ティアは驚きの表情を浮かべた。
緑黄葡萄の実を絞った果汁だったが、飲むと急速に疲れが癒やされた。たぶん、回復ポーションの成分が入っているのだろう。
「姉さん、この果汁って……」
「気づいたか? うちの研究班が開発した新製品だ。なかなかいいだろう?」
スカーレットが自慢げに答えた。
「アルフィ、飲んでみて」
「え? これ……すごい」
ティアに言われてアルフィもその果汁を飲み、目を丸くした。
「疲れが一気になくなっていくわ」
「うん、嘘みたいに昨日の疲れが消えた」
ティアとアルフィが驚いて顔を見合わせた。その様子を見て、スカーレットが訊ねた。
「そんなに疲れが残っていたのか? よく眠れなかったのか?」
「え……、そ、そんなことないわ。ぐっすり眠れました……」
そう答えながら、ティアの声が小さくなった。昨夜のことを思い出し、自然に顔が紅くなった。
「そうか、それならいいが……」
不審に思いながらも、スカーレットがそれ以上追求してこないことにティアは安堵した。
続いて出された子牛のヒレステーキにナイフを入れると、何の抵抗もなく切れたことにティアはまた驚いた。信じられないほどの柔らかさだ。
一切れ口に入れると、口の中で蕩けるようだった。
「これも美味しい」
自然に顔がほころんだ。横を見ると、アルフィも頷きながら笑顔を見せた。
想像以上の朝食を堪能した後、食後のハーブティが出てきた。清涼な香りと爽やかな味に、ティアは昨夜の疲れも癒えて、幸せなひとときを満喫した。
スカーレットが使用人を呼び、ハーブティのおかわりを注がせた。
そして、使用人が下がると、少し言いづらそうに用件を話し始めた。
「ところで、二人を呼んだのは頼みがあるからだ。特にティア、お前に……」
何事も即断即決のスカーレットにしては珍しいことだった。
「姉さんには命も救ってもらったし、出来ることなら何でもします」
「ありがとう。実は昨日、ナルサスと今後の方針について相談をした。その中で、ティアの力を借りたいことが出てきた」
スカーレットは包み隠さず、昨日のナルサスとの会話をティアたちに告げた。
ヴォルフォート公爵がイレナスーン帝国と手を組み、ユピテル皇国の内乱に干渉させようとしていること。その代償として、イレナスーン帝国の第三皇子シルヴェスターがティアを要求していることも隠さずに伝えた。
その上で、ティアにヴォルフォート公爵の懐に入り、情報を探って欲しいと依頼したのだ。
「もちろん、かなりの危険が伴うと思う。無理強いはしないつもりだ。断ってくれても構わない」
スカーレットが、本心から心配してくれていることが、ティアにもよく分かった。
「そんな言い方、姉さんらしくないわ。『行ってこい』っていつもみたいに命令してください」
ティアが笑顔でスカーレットの顔を見ながら告げた。
「そうか。それもそうだな。ティア、ヴォルフォートの元へ行って、奴らの計画を探ってくれ。特にクリスティーナ第四皇妃との関係が知りたい」
「はい。わかりました。でも、スカーレット姉さん。私たちは今、ジャスティの足どりを追って<デビメシア>について調べ始めています。その調査が一段落してからでもいいでしょうか?」
金碧異彩(ヘテロクロミア)の瞳で真っ直ぐにスカーレットを見つめながら、ティアが訊ねた。
「ああ、それでも構わない。ジャスティを捕まえて計画の全容を吐かせる方が確実だからな。それを優先してくれ。それと、アルフィにはティアのフォローをお願いしたい」
「……」
「アルフィ?」
即答をしないアルフィを怪訝に思い、ティアが振り向いて彼女の顔を見た。
アルフィは真剣な表情で何かを考えているようだった。
「どうした、アルフィ。不満か?」
アルフィの様子を怪訝に思い、スカーレットが訊ねた。彼女も、アルフィが二つ返事で承諾するものだと思っていたのだ。
「いえ……。不満と言うより、ひとつお願いがあります」
「何だ?」
「スカーレット様のご依頼は、ティアの身にかなりの危険が伴います。そこで、それに見合う報酬をいただきたいと思います」
「アルフィ!」
命の恩人であるスカーレットの依頼に対して、報酬を求めることを咎めるようにティアが声を上げた。しかし、スカーレットがティアを制するように告げた。
「待て、ティア。アルフィは冒険者だ。冒険者が報酬を求めるのは当然のことだ」
「でも、姉さん……」
ティアが口を挟もうとすると、今度はアルフィがそれを遮った。
「スカーレット様、あたしがいただきたい報酬は、証です」
「証?」
アルフィの要求の意味が分からずに、スカーレットが訊ねた。
「はい。ティアはあたしに何かあったら、必ずスカーレット様に助けを求めるでしょう。彼女にはそれができます。なぜなら、ティアはユピテル皇国第一皇女だから……」
ティアはスカーレットと顔を見合わせた。彼女にもアルフィが言いたいことが分からなかったのだ。
「ティアが身分を明かせば、いつでもスカーレット様に会うことが可能なんです。しかし、あたしにはそれができません。ティアが危険にさらされたとき、スカーレット様に会うことが叶わない。たぶん、銀龍騎士団本部どころか、イシュタル・パレスで門前払いを喰うでしょう」
「なるほど……」
そこまで聞いて、スカーレットはアルフィが何を求めているのかを察した。
「では、これを渡しておこう」
そう言うと、スカーレットは右手の薬指から指輪を引き抜き、アルフィに手渡した。
銀龍騎士団の徽章である「双頭の銀龍」の意匠が入った指輪だった。
「これは、皇帝陛下から皇国元帥を拝命したときにいただいた指輪だ。この指輪を見せれば、イシュタル・パレスは当然のこと、銀龍騎士団の私の部屋まで誰にも咎められずに来ることができる」
「あ、ありがとうございます!」
想像以上の証に、アルフィが驚きながら礼を言った。
彼女は、スカーレットの直筆が入った身分証をもらうつもりだったのだ。それに対して、スカーレットはアルフィに最大限の信頼を渡してくれたのだった。
「ティアを頼むぞ、アルフィ」
「はい、この命に代えても、護り抜きます」
アルフィは元帥の指輪を左手の中指に嵌めると、スカーレットのスミレ色の瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
腰が抜けたように、下半身に力が入らないのだ。
「アルフィ、ひどいよ」
隣で、ティアの淡紫色の髪に指を絡めつけているアルフィに文句を言った。
「ごめん、ちょっと調子に乗ったわ」
アルフィが楽しげに舌を出した。
「ちょっとじゃないでしょ。あれ、ほとんど拷問よ」
「ごめん。でも、すごく気持ちよかったでしょ? 何回もいけたし……」
アルフィがまるで反省していない様子で笑った。
実際に、何度いかされたのか、ティアは覚えていなかった。
「おかげで、足腰が立たないわよ」
「まあ、今日は特に予定がないから、ゆっくり寝てなさい。朝食ならあたしが頼んであげるから」
そう言うと、アルフィは全裸のまま寝台から降り立った。
アルフィの引き締まった肢体を、ティアが眩しげに見つめた。
漆黒の髪は流れるように背中まで伸び、小さめの白い顔には、細く高い鼻梁に肉惑的な唇が絶妙の調和を醸し出していた。黒曜石のような黒瞳は野性的な生命力にあふれ、煌めきを放ちながら輝いていた。
つんと上を向いた大きな胸とくびれた腰、そして丸みを帯びた尻と肉惑的な太ももに続く長い足は、女神の彫像のように非の打ち所がなかった。
朝の光を受けて、金色に輝く産毛に覆われているアルフィは、紛れもなく美しかった。
もっと普通に愛してくれたらいいのに、と昨夜の凄まじい責めを思い出しながらティアは思った。本当に昨夜は死ぬかと思った。今でも全身に甘い痺れが残っていた。
アルフィは二十三歳。ティアの四つ年上だ。
『氷麗姫』の二つ名で知られる魔道士クラスSの冒険者である。
普段のアルフィはティアにとって、頼れる姉であり、信頼できる友人であった。
(そして、恋人でもあるのかな?)
アルフィにはダグラスという歴とした男性の恋人がいる。
しかし、両性愛主義者(バイセクシャル)であるアルフィは、昨夜のように時々ティアを抱く。
ティアもアルフィに抱かれることには、抵抗がなくなっていた。アルフィのことは好きだし、愛しているかと聞かれれば、そうだと答えるだろう。
(私はノーマルだと思ってたけど、アルフィに感化されたかな?)
そんなことを漠然と考えていると、アルフィが声をかけてきた。
「ティア、伝言が来たわ。スカーレット様が、朝食を一緒にどうかって言われているそうよ」
「スカーレット姉さんが? すぐに伺いますって答えておいて」
そう言うと、ティアは飛び起きた。
腰が痛いだの、足腰が立たないだの言っていられなかった。下着だけを新しい物に変えると、ティアは昨日と同じ冒険者用の装備を身につけ始めた。
「アルフィ、早く用意して!」
「え、朝のお風呂……」
「そんな暇ないわ。スカーレット姉さんに呼ばれたら、すぐ行かないと大変な目に遭うわよ!」
「……! 分かった!」
アルフィもスカーレットの恐ろしさは身に染みているらしい。すぐに装備を身につけて髪を梳かし始めた。
きっかり十五タル後、二人はスカーレットの待つ高級士官用の食堂の前に息を切らせながらたどり着いたのだった。
「おはよう。よく眠れたか?」
スカーレットはすでに長机の席に着いていた。
「おはようございます、スカーレット様。おかげで疲れが取れました」
アルフィがにっこりと笑って挨拶した。
私は逆に疲れたけど……と思いながらも、ティアも笑顔を作ってスカーレットに頭を下げた。
「おはようございます、スカーレット姉さん。それと、素晴らしい部屋をありがとう」
「気に入ったようで良かった。まあ、座れ」
スカーレットがそう告げると、使用人がティアとアルフィの椅子を引いた。
軽く礼を言って、ティアはスカーレットの正面に腰をかけた。アルフィはティアの右側に座った。
「フレデリックは呼んでないんですか?」
「ん? ああ、言っていなかったか。あいつはロイエンタール家の別邸で謹慎中だ。ティアに悪さをした罰として」
スカーレットがそう告げた。そして、ニヤリと笑いながら続けた。
「というのは建前で、本当はキャサリン嬢が回復し、フレデリックをボコボコにできるだけの体力を取り戻すまで監禁することにした」
「な、なるほど……」
ティアがちょっと引いたように引き攣った笑いを浮かべた。
キャサリンはフレデリックをかばって、重傷を負い治療中だと聞いた。銀龍騎士団では戦時中以外は原則として回復ポーションを使わない。
今の彼女では、どんなに怒ってもフレデリックに手を出せないのだろう。だから、スカーレットは今の段階でフレデリックを彼女に会わせないように隔離したのだ。
(やっぱり、容赦がないわ)
ティアは少しだけ、フレデリックに同情した。
その時、使用人が朝食を運んできて、テーブルに並べ始めた。どうやら、コース料理のようだった。新鮮な葡萄を搾った飲み物と、瑞々しい前菜が盛られた皿が三人の前に置かれた。
「まあ、先にいただこう。話は食べ終わってからだ」
そう言うと、スカーレットは目をつぶって顔の前で両手を組んだ。
ティアたちもそれに倣い、聖サマルリーナ教の女神に祈りを捧げた。
「母なる女神シルヴィアーナよ。あなたの恩恵に感謝いたします」
三人で豊穣の女神への感謝を述べてから食事を始めた。
真っ赤に完熟したトレスの実を薄く切り、その上に橙色のソースがかけられていた。その周りには色とりどりの新鮮な野菜が形良く切りそろえられて添えられている。
トレスの実を口の中に入れると、甘みの中に適度の苦みが広がった。サクッとした歯ごたえも素晴らしかった。
想像以上の美味しさに食欲が進み、あっという間に皿が空になった。使用人が空いた皿を手際よく下げると、次の料理を並べた。
今度は、卵料理だった。
溶いた卵を柔らかく焼き上げてあり、ナイフを入れると中から湯気の立っている挽肉が顔を見せた。街の宿屋でもよく見かける肉閉じ卵焼きだが、使われている材料は一流の物だった。噛みしめると肉汁と出汁のきいた卵がお互いを引き立て合い、口の中で絶妙の調和を魅せた。
「美味しい」
アルフィが目を丸くして声を上げた。
「うん、いくらでも食べられそうだね」
ティアも賛同し、至福の表情を浮かべた。朝からこれだけの料理を堪能できるのは、本当に久しぶりだった。しばらく冒険者をやめて、ここで暮らすのも悪くない。そう思いながら飲み物を口にして、ティアは驚きの表情を浮かべた。
緑黄葡萄の実を絞った果汁だったが、飲むと急速に疲れが癒やされた。たぶん、回復ポーションの成分が入っているのだろう。
「姉さん、この果汁って……」
「気づいたか? うちの研究班が開発した新製品だ。なかなかいいだろう?」
スカーレットが自慢げに答えた。
「アルフィ、飲んでみて」
「え? これ……すごい」
ティアに言われてアルフィもその果汁を飲み、目を丸くした。
「疲れが一気になくなっていくわ」
「うん、嘘みたいに昨日の疲れが消えた」
ティアとアルフィが驚いて顔を見合わせた。その様子を見て、スカーレットが訊ねた。
「そんなに疲れが残っていたのか? よく眠れなかったのか?」
「え……、そ、そんなことないわ。ぐっすり眠れました……」
そう答えながら、ティアの声が小さくなった。昨夜のことを思い出し、自然に顔が紅くなった。
「そうか、それならいいが……」
不審に思いながらも、スカーレットがそれ以上追求してこないことにティアは安堵した。
続いて出された子牛のヒレステーキにナイフを入れると、何の抵抗もなく切れたことにティアはまた驚いた。信じられないほどの柔らかさだ。
一切れ口に入れると、口の中で蕩けるようだった。
「これも美味しい」
自然に顔がほころんだ。横を見ると、アルフィも頷きながら笑顔を見せた。
想像以上の朝食を堪能した後、食後のハーブティが出てきた。清涼な香りと爽やかな味に、ティアは昨夜の疲れも癒えて、幸せなひとときを満喫した。
スカーレットが使用人を呼び、ハーブティのおかわりを注がせた。
そして、使用人が下がると、少し言いづらそうに用件を話し始めた。
「ところで、二人を呼んだのは頼みがあるからだ。特にティア、お前に……」
何事も即断即決のスカーレットにしては珍しいことだった。
「姉さんには命も救ってもらったし、出来ることなら何でもします」
「ありがとう。実は昨日、ナルサスと今後の方針について相談をした。その中で、ティアの力を借りたいことが出てきた」
スカーレットは包み隠さず、昨日のナルサスとの会話をティアたちに告げた。
ヴォルフォート公爵がイレナスーン帝国と手を組み、ユピテル皇国の内乱に干渉させようとしていること。その代償として、イレナスーン帝国の第三皇子シルヴェスターがティアを要求していることも隠さずに伝えた。
その上で、ティアにヴォルフォート公爵の懐に入り、情報を探って欲しいと依頼したのだ。
「もちろん、かなりの危険が伴うと思う。無理強いはしないつもりだ。断ってくれても構わない」
スカーレットが、本心から心配してくれていることが、ティアにもよく分かった。
「そんな言い方、姉さんらしくないわ。『行ってこい』っていつもみたいに命令してください」
ティアが笑顔でスカーレットの顔を見ながら告げた。
「そうか。それもそうだな。ティア、ヴォルフォートの元へ行って、奴らの計画を探ってくれ。特にクリスティーナ第四皇妃との関係が知りたい」
「はい。わかりました。でも、スカーレット姉さん。私たちは今、ジャスティの足どりを追って<デビメシア>について調べ始めています。その調査が一段落してからでもいいでしょうか?」
金碧異彩(ヘテロクロミア)の瞳で真っ直ぐにスカーレットを見つめながら、ティアが訊ねた。
「ああ、それでも構わない。ジャスティを捕まえて計画の全容を吐かせる方が確実だからな。それを優先してくれ。それと、アルフィにはティアのフォローをお願いしたい」
「……」
「アルフィ?」
即答をしないアルフィを怪訝に思い、ティアが振り向いて彼女の顔を見た。
アルフィは真剣な表情で何かを考えているようだった。
「どうした、アルフィ。不満か?」
アルフィの様子を怪訝に思い、スカーレットが訊ねた。彼女も、アルフィが二つ返事で承諾するものだと思っていたのだ。
「いえ……。不満と言うより、ひとつお願いがあります」
「何だ?」
「スカーレット様のご依頼は、ティアの身にかなりの危険が伴います。そこで、それに見合う報酬をいただきたいと思います」
「アルフィ!」
命の恩人であるスカーレットの依頼に対して、報酬を求めることを咎めるようにティアが声を上げた。しかし、スカーレットがティアを制するように告げた。
「待て、ティア。アルフィは冒険者だ。冒険者が報酬を求めるのは当然のことだ」
「でも、姉さん……」
ティアが口を挟もうとすると、今度はアルフィがそれを遮った。
「スカーレット様、あたしがいただきたい報酬は、証です」
「証?」
アルフィの要求の意味が分からずに、スカーレットが訊ねた。
「はい。ティアはあたしに何かあったら、必ずスカーレット様に助けを求めるでしょう。彼女にはそれができます。なぜなら、ティアはユピテル皇国第一皇女だから……」
ティアはスカーレットと顔を見合わせた。彼女にもアルフィが言いたいことが分からなかったのだ。
「ティアが身分を明かせば、いつでもスカーレット様に会うことが可能なんです。しかし、あたしにはそれができません。ティアが危険にさらされたとき、スカーレット様に会うことが叶わない。たぶん、銀龍騎士団本部どころか、イシュタル・パレスで門前払いを喰うでしょう」
「なるほど……」
そこまで聞いて、スカーレットはアルフィが何を求めているのかを察した。
「では、これを渡しておこう」
そう言うと、スカーレットは右手の薬指から指輪を引き抜き、アルフィに手渡した。
銀龍騎士団の徽章である「双頭の銀龍」の意匠が入った指輪だった。
「これは、皇帝陛下から皇国元帥を拝命したときにいただいた指輪だ。この指輪を見せれば、イシュタル・パレスは当然のこと、銀龍騎士団の私の部屋まで誰にも咎められずに来ることができる」
「あ、ありがとうございます!」
想像以上の証に、アルフィが驚きながら礼を言った。
彼女は、スカーレットの直筆が入った身分証をもらうつもりだったのだ。それに対して、スカーレットはアルフィに最大限の信頼を渡してくれたのだった。
「ティアを頼むぞ、アルフィ」
「はい、この命に代えても、護り抜きます」
アルフィは元帥の指輪を左手の中指に嵌めると、スカーレットのスミレ色の瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
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