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第七章 夢魔と銀龍
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時は少し遡る。
スカーレットがアルヴィスとの戦い始めて少し経った頃に、ティアはヴァラクとエリゴスに追い詰められていた。場所はケラヴノス大聖堂の中庭だった。
ティアはフレデリックを背後にかばいながら、二柱の悪魔伯爵に向かって言った。
「ユピテル皇国最強の剣士が来てくれたわ。死にたくなければ、諦めた方がいいわよ」
「たしかに、俺たちではあの化け物には敵いそうにないな」
「だが、アルヴィス様なら、あの程度は簡単にあしらえるはずだ」
ヴァラクとエリゴスは余裕を持って笑った。悪魔にふさわしい、感情をまったく感じさせない笑いだった。
「スカーレット姉さんに会ったの?」
ティアが確認した。スカーレットがこの二柱を無傷で見逃すとは思えなかったのだ。
「ああ、アルヴィス様がいらしてくれたおかげで、命拾いした」
成る程とティアは納得した。スカーレットが彼らを見逃したのは、おそらくアルヴィスとの戦いに集中するためだとティアは思った。スカーレットのそばには、彼女をここまで導いてくれたアルフィもいるはずだ。
この二柱を見逃したのは、アルフィをかばいながらアルヴィスと戦うために違いないとティアは考えた。もしこの二柱がアルフィを人質にとったら、スカーレットといえども苦戦は免れなくなるからだ。
そして、先ほど感じた覇気は、アルヴィスと戦い始めた証拠に間違いなかった。だが、あの覇気はスカーレットの全力からはほど遠いレベルであることにティアは気づいていた。
ティアは、銀龍騎士団本部でスカーレットと剣を交えている。模擬刀を使ったために多少は威力が落ちていたが、ティアは全ての力を振り絞ってスカーレットに覇気を放った。
そのティアの攻撃を、スカーレットは剣の一振りで凌駕し、ティアを吹き飛ばしたのだった。
ティアは剣士クラスSである。言うまでもなく、剣士クラスSというのは、七段階あるクラスの最高峰だ。少なくても剣を交えれば、ティアは相手の強さを感じ取ることができた。
ムズンガルド大陸には、三人の剣士クラスSSがいる。
スカーレットの他に、剣聖ラインハルトと、イレスナーン帝国サンダット侯爵の長女レオナだ。
レオナだけは知らないが、ティアはラインハルトに師事し、スカーレットと剣を交わした。その二人の実力は、今のティアより遥かに上だった。
だが、ラインハルトの強さは何となくだが感じることができた。彼の強さの上限はこのあたりだとの見当はついた。もちろん、その上限は今のティアには遥かに遠い場所であったが……。
それに対して、スカーレットはその上限がまったく見えなかった。剣士クラスSのティアでさえも、スカーレットの強さはどのくらいなのか、見当さえつかないのだ。
「アルヴィスは、今の私ではとても太刀打ちできない。さすがに悪魔公爵(デーモンデューク)というだけあるわ。しかし、彼女ではスカーレット姉さんに勝てない」
ティアが言い切った。
悪魔公爵であるアルヴィスは確かに強い。テイアやアルフィの数倍の魔力量を持っているだろう。
だが、おそらくスカーレットの敵ではないとティアは確信していた。スカーレットは天才であり、紛れもなく勇者の再来だ。
「馬鹿を言うな。たかだか人間に悪魔公爵を倒せるはずがなかろう」
「そう信じたければ、それでもいい。真実はもうすぐ分かるわ」
ティアはそう告げると、<イルシオン>を抜刀して上段に構えた。
「俺たち二人を相手に勝機があるとでも思っているのか?」
「この間、手も足も出なかったことを、もう忘れたのか?」
ヴァラクとエリゴスがあざ笑うように言った。同時に、二柱の魔力が急激に増大し、濃密さを増した。
「あなたたちより、スカーレット姉さんの方が何倍も恐いわ。あなたたちくらい一人で倒せなかったら、後でどんな訓練をさせられるか分からないもの」
ティアはそう告げると、<イルシオン>に覇気を纏わせた。右手から白炎の覇気を、左手から蒼炎の覇気を放ち、<イルシオン>の刀身で交錯させた。
白銀の刀身が白炎と蒼炎に包まれ、螺旋を描くように閃光を放ち始めた。
<イルシオン>に秘められた膨大な覇気に気づき、ヴァラクが慌てて氷壁を張った。エルゴスは両手を突き出し、巨大な火炎を形成した。
ティアの覇気を遥かに上回る業火が、渦を巻きながらエルゴスの体から噴出した。
「これが本物の<インフェルノ>だ」
エルゴスが形成した業火が回転しながらティアに襲いかかった。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、ティアが上段から<イルシオン>を全力で振り抜いた。同時に、<イルシオン>の刀身を纏っていた螺旋が、エルゴスの<インフェルノ>に向かって迸り、衝撃波とともに激突した。
凄まじい熱気が周囲を席巻した。
拮抗した超烈な衝撃波により、ケラヴノス大聖堂中庭の土が瞬時に抉られ、半径十メッツェが陥没した。
「サービスしてあげるわ!」
そう叫ぶと、ティアは再び白炎と蒼炎を<イルシオン>の刀身で交錯させた。白銀の刀身が螺旋の閃光を放った。
「ハァアアッ!」
ティアが再び<イルシオン>を上段から一気に振り抜いた。先に放った覇気と相乗効果を生み、拮抗していた衝撃波は壮絶な奔流となってエルゴスへ向かった。
「ひっ!」
短い悲鳴が聞こえた。それがエルゴスのものなのか、ヴァラクが発した悲鳴なのか、ティアには分からなかった。
中庭に凄まじい爆音が響き渡った。
その影響で飛来する土塊と高熱を、ティアは<イルシオン>を横に払って防いだ。
急激な温度変化により発生した風が、熱気と粉塵を払っていった。
ティアの視線の先には、真っ黒になり炭化した悪魔伯爵二柱の死体が横たわっていた。
スカーレットがアルヴィスとの戦い始めて少し経った頃に、ティアはヴァラクとエリゴスに追い詰められていた。場所はケラヴノス大聖堂の中庭だった。
ティアはフレデリックを背後にかばいながら、二柱の悪魔伯爵に向かって言った。
「ユピテル皇国最強の剣士が来てくれたわ。死にたくなければ、諦めた方がいいわよ」
「たしかに、俺たちではあの化け物には敵いそうにないな」
「だが、アルヴィス様なら、あの程度は簡単にあしらえるはずだ」
ヴァラクとエリゴスは余裕を持って笑った。悪魔にふさわしい、感情をまったく感じさせない笑いだった。
「スカーレット姉さんに会ったの?」
ティアが確認した。スカーレットがこの二柱を無傷で見逃すとは思えなかったのだ。
「ああ、アルヴィス様がいらしてくれたおかげで、命拾いした」
成る程とティアは納得した。スカーレットが彼らを見逃したのは、おそらくアルヴィスとの戦いに集中するためだとティアは思った。スカーレットのそばには、彼女をここまで導いてくれたアルフィもいるはずだ。
この二柱を見逃したのは、アルフィをかばいながらアルヴィスと戦うために違いないとティアは考えた。もしこの二柱がアルフィを人質にとったら、スカーレットといえども苦戦は免れなくなるからだ。
そして、先ほど感じた覇気は、アルヴィスと戦い始めた証拠に間違いなかった。だが、あの覇気はスカーレットの全力からはほど遠いレベルであることにティアは気づいていた。
ティアは、銀龍騎士団本部でスカーレットと剣を交えている。模擬刀を使ったために多少は威力が落ちていたが、ティアは全ての力を振り絞ってスカーレットに覇気を放った。
そのティアの攻撃を、スカーレットは剣の一振りで凌駕し、ティアを吹き飛ばしたのだった。
ティアは剣士クラスSである。言うまでもなく、剣士クラスSというのは、七段階あるクラスの最高峰だ。少なくても剣を交えれば、ティアは相手の強さを感じ取ることができた。
ムズンガルド大陸には、三人の剣士クラスSSがいる。
スカーレットの他に、剣聖ラインハルトと、イレスナーン帝国サンダット侯爵の長女レオナだ。
レオナだけは知らないが、ティアはラインハルトに師事し、スカーレットと剣を交わした。その二人の実力は、今のティアより遥かに上だった。
だが、ラインハルトの強さは何となくだが感じることができた。彼の強さの上限はこのあたりだとの見当はついた。もちろん、その上限は今のティアには遥かに遠い場所であったが……。
それに対して、スカーレットはその上限がまったく見えなかった。剣士クラスSのティアでさえも、スカーレットの強さはどのくらいなのか、見当さえつかないのだ。
「アルヴィスは、今の私ではとても太刀打ちできない。さすがに悪魔公爵(デーモンデューク)というだけあるわ。しかし、彼女ではスカーレット姉さんに勝てない」
ティアが言い切った。
悪魔公爵であるアルヴィスは確かに強い。テイアやアルフィの数倍の魔力量を持っているだろう。
だが、おそらくスカーレットの敵ではないとティアは確信していた。スカーレットは天才であり、紛れもなく勇者の再来だ。
「馬鹿を言うな。たかだか人間に悪魔公爵を倒せるはずがなかろう」
「そう信じたければ、それでもいい。真実はもうすぐ分かるわ」
ティアはそう告げると、<イルシオン>を抜刀して上段に構えた。
「俺たち二人を相手に勝機があるとでも思っているのか?」
「この間、手も足も出なかったことを、もう忘れたのか?」
ヴァラクとエリゴスがあざ笑うように言った。同時に、二柱の魔力が急激に増大し、濃密さを増した。
「あなたたちより、スカーレット姉さんの方が何倍も恐いわ。あなたたちくらい一人で倒せなかったら、後でどんな訓練をさせられるか分からないもの」
ティアはそう告げると、<イルシオン>に覇気を纏わせた。右手から白炎の覇気を、左手から蒼炎の覇気を放ち、<イルシオン>の刀身で交錯させた。
白銀の刀身が白炎と蒼炎に包まれ、螺旋を描くように閃光を放ち始めた。
<イルシオン>に秘められた膨大な覇気に気づき、ヴァラクが慌てて氷壁を張った。エルゴスは両手を突き出し、巨大な火炎を形成した。
ティアの覇気を遥かに上回る業火が、渦を巻きながらエルゴスの体から噴出した。
「これが本物の<インフェルノ>だ」
エルゴスが形成した業火が回転しながらティアに襲いかかった。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、ティアが上段から<イルシオン>を全力で振り抜いた。同時に、<イルシオン>の刀身を纏っていた螺旋が、エルゴスの<インフェルノ>に向かって迸り、衝撃波とともに激突した。
凄まじい熱気が周囲を席巻した。
拮抗した超烈な衝撃波により、ケラヴノス大聖堂中庭の土が瞬時に抉られ、半径十メッツェが陥没した。
「サービスしてあげるわ!」
そう叫ぶと、ティアは再び白炎と蒼炎を<イルシオン>の刀身で交錯させた。白銀の刀身が螺旋の閃光を放った。
「ハァアアッ!」
ティアが再び<イルシオン>を上段から一気に振り抜いた。先に放った覇気と相乗効果を生み、拮抗していた衝撃波は壮絶な奔流となってエルゴスへ向かった。
「ひっ!」
短い悲鳴が聞こえた。それがエルゴスのものなのか、ヴァラクが発した悲鳴なのか、ティアには分からなかった。
中庭に凄まじい爆音が響き渡った。
その影響で飛来する土塊と高熱を、ティアは<イルシオン>を横に払って防いだ。
急激な温度変化により発生した風が、熱気と粉塵を払っていった。
ティアの視線の先には、真っ黒になり炭化した悪魔伯爵二柱の死体が横たわっていた。
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