上 下
30 / 40
第七章 夢魔と銀龍

しおりを挟む
 ケラヴノス大聖堂に到着すると、スカーレットは参拝者を全て大聖堂から退出させるように命じた。
 銀龍騎士団の精鋭たちは剣を抜き放ち、強引に参拝者たちを大聖堂から追い出した。不当な軍事行動に反発の声を上げる者も多くいたが、スカーレットは一切の容赦をしなかった。

 アルフィは、聖サマルリーナ教がスカーレットを破門するのではないかと恐れた。
 ユピテル皇国の皇族や貴族は、全員が聖サマルリーナ教の洗礼を受けている。聖サマルリーナ教はユピテル皇国の国教なのだ。その総本山であるケラヴノス大聖堂に騎士団を乗り入れ、その教徒たちを力尽くで大聖堂から追い払う。そんな行為を聖サマルリーナ教の上層部が認めるはずがなかった。
 国教である聖サマルリーナ教を破門されると言うことは、国家的犯罪者と認定されることと同義だ。アルフィの心配は当然のものだった。

「横暴だ!」
「何の権利があって、私たちを追い出すの!」
「誰の命令だ! 責任者を出せ!」
 大聖堂から追い立てられ、一箇所に集められた信者たちが口々に反発の声を上げた。その中の一人が、小石を拾い、騎士団の一人に投げつけた。
 その石は運悪く、若い騎士団員の額に命中した。兜に護られていない部分だったため、騎士団員の額は割れ、大量の血が彼の顔を赤く染めた。

「誰だ、石を投げたのは!」
 その騎士団員が怒りにまかせて、剣を抜き放った。訓練された騎士団員の放つ威圧を受けて、教徒たちは自分の命を守るため次々と石を手に取って投げ始めた。五百人を超える教徒たちと、百人の銀龍騎士団の距離が近づき、大規模な衝突がまさに起ころうとしていた。

 その時、真紅のマントに身を包む女性が、両者の間に割って入った。
「止まれっ!」
 凜としたメゾ・ソプラノの声が周囲に響き渡った。命令することに慣れた声だった。
 その女性が放つ圧倒的な存在感と威圧感に、両者の動きが一瞬で止まった。
 スカーレットは、銀龍騎士団に厳しい視線を放った。

「市民相手に、何を考えている!」
 それほど大きな声ではなかったが、銀龍騎士団百人は全員が直立不動となり、悄然とした。冷静さを取り戻すと、自分たちがいかに愚かな行為をしようとしていたのかを、一瞬のうちに理解したのだ。
 スカーレットはその様子を見て小さく頷くと、教徒たちの方を振り返った。

「私の名は、スカーレット=フォン=ロイエンタール。銀龍騎士団の団長だ」
 スカーレットが名乗ると、教徒たちのざわめきが瞬時に止んだ。

 豪奢な金髪とスミレ色の瞳。
 白銀の鎧に身を包んで、「双頭の銀龍」の徽章が入った真紅のマントを靡かせる女性。
 その女性が誰だか知らぬ者は、この皇都に一人としていなかった。

「今回の措置は、私が命じた。時間がなかったこととはいえ、いささか強引だったことは認めよう。しかし、必要な措置だった」
 スカーレットは教徒たち一人ひとりの顔を見つめながら話し始めた。
「我が弟、皇位継承権第二位のフレドリック=フォン=ロイエンタール公子。ならびに、ユピテル皇国第一皇女であるディアナ=フォン=イシュタル殿下。このお二人がケラヴノス大聖堂に拉致監禁されていると情報が入った」

 スカーレットの言葉に、教徒たちと銀龍騎士団の騎士たち双方が驚愕した。
 教徒たちは、耳を疑うような事件を聞いたことに、純粋に驚いた。
 一方、騎士たちは、そのような機密情報を教徒たちに告げたことに単なる驚きを超えて愕然とした。
「構わない」と告げるように騎士たちに頷くと、スカーレットは続けた。
「私はユピテル皇国軍十五万を預かる元帥として、この情報を無視することは出来ない。今から、ケラヴノス大聖堂に入り、その情報の真偽を確認する」

 スカーレットは教徒たちの表情が驚愕から覚め、自分の言葉を理解していることを確認すると、さらに言い放った。
「戦闘になる可能性が非常に高い。皆は安全のため、今すぐ帰宅していただきたい。なお、これは依頼ではない。皇国元帥としての命令だ。ただちに帰宅せよ。この命に背くのであれば、皇族拉致監禁の協力者として、捕縛する!」
 スカーレットの言葉に嘘がないことを理解すると、教徒たちは我先にとケラヴノス大聖堂の敷地から争って逃げ出し始めた。

 教徒たち全員が姿を消したことを確認すると、スカーレットは銀龍騎士団に向き直った。
「百人を四小隊に分ける。第一小隊は私とともに来い。第二小隊は二階と三階を捜索しろ。第三小隊は四階と五階だ。そして、第四小隊は大聖堂周囲を固めて、全ての入口を封鎖しろ。散開っ!」
 スカーレットが右手を掲げて振り落とした。それを合図に、第二から第四小隊が一斉に展開を始めた。

「アルフィと言ったな。私と一緒に来い。ティアが掴まった場所へ案内しろ」
「はい……」
 悪魔伯爵二柱の持つ絶大な魔力を思い出して一瞬足が震えたが、スカーレットを信じてアルフィは彼女に続いて走り出した。
(ティア、待ってなさい。必ず助けるから……)

 しかし、アルフィは悪魔伯爵二柱を従えるより強大な存在がいることを、予想さえもしていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【R18】突然召喚されて、たくさん吸われました。

茉莉
恋愛
【R18】突然召喚されて巫女姫と呼ばれ、たっぷりと体を弄られてしまうお話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

処理中です...