金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第二部 悪魔の呱々】

椎名 将也

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第六章 淫靡なる虜囚

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 アルフィは無我夢中で馬を駆けさせた。一タルでも早くと心ばかり焦った。周囲の人々が慌てて避けるのも眼に入らないかのように、アルフィは一心に馬を疾駆させた。
(何なの……あれは……?)
 全身に鳥肌が沸き立ち、抑えきれない恐怖がアルフィの心を染め上げた。

(あんなのに勝てるはずないじゃない)
 先ほど垣間見た膨大な魔力に、アルフィの心は折れていた。もし勝てる者がいるとしたら、本物の勇者だけだとアルフィは思った。アルフィは自分が勇者からほど遠い存在であることを、嫌というほど実感させられた。

 アルフィが目指しているのは、イシュタル・パレスだった。そこに勇者の血を引くと言われている存在がいる。
 アルフィの脳裏に、豪奢な金髪とスミレ色の瞳が浮かんだ。
(彼女なら、勝てる?)
 正直、厳しいと思った。だが、他に「あいつら」に対抗できる存在を知らなかった。アルフィは何度も馬に鞭を入れた。不当な扱いを受けた馬は、口から泡を吹きながら疾走した。

 前方に騎馬の集団が見えた。
 先頭の五騎が抜刀し、疾駆するアルフィの正面に立ち塞がって壁を作った。
「止まれ!」
 アルフィが手綱を引き絞った。馬がいななき、棹立ちになった。
「銀龍騎士団と知っての狼藉か! 名を名乗れ!」
 騎士の一騎が、抜刀した剣を右横に構えながら怒鳴った。いつでも斬りかかれる体勢だった。だが、アルフィは銀龍騎士団の名を聞いて、安堵とともに歓喜した。

「私はアルフィ=カサンドラ! 冒険者ギルドの魔道士クラスSよ! ロイエンタール元帥閣下に取り次いで!」
「怪しい者を閣下に取り次げるか! 先にギルド証を渡し、用件を言え!」
 アルフィは胸元からギルド証を取り出すと、その騎士に向かって放り投げた。その無礼な行為に騎士が憤慨し、アルフィを取り囲むように展開した。新たに五人の騎士が前に出てきて、アルフィに向かって弓を構えた。

「時間が無いの! 元帥に取り次ぎなさい!」
 全部で十騎の騎士に取り囲まれても、アルフィは萎縮するそぶりさえ見せずに相手を怒鳴りつけた。こんなことで怯むわけにはいかなかった。一刻でも早く助けに行かないとティアの命が危ないことを、アルフィは誰よりも知っていた。

「こいつ!」
「捕らえろ!」
 隊長らしき騎士が剣先をアルフィに向けて命じた。五騎の騎士が剣を振りかざしてアルフィに迫り、弓騎士は弓に矢をつがえて弦を引いた。
 まさに一触即発の状態だった。
「こんなことをしている時間はないわ! 無理矢理にでも通るわよ!」
 アルフィが手にした魔道杖を騎士たちに向けた。

「何事だ!」
 そこへ、真紅のマントを靡かせながら、スカーレットが姿を現した。白銀の鎧と絶妙のコントラストを描く豪奢な金髪が、陽の光を受けて眩いばかりに輝きを放っていた。アルフィはスカーレットの姿を眼にすると、大声で叫んだ。
「スカーレット元帥! ティアを助けてください!」
「お前はたしか、ティアと一緒にいた……」
 スミレ色の瞳を驚愕に見開くと、スカーレットがアルフィを真っ直ぐに見つめながら言った。

「アルフィです。ティアと同じパーティの!」
「ティアがどうかしたのか?」
 騎士たちに下がるように手で合図をしながら、スカーレットがアルフィに訊ねた。
「ケラヴノス大聖堂で、敵に掴まりました。フレドリック殿下もそこにいます!」
「分かった。詳しい話は途中で聞く。私の横に馬を並べて一緒に来い!」

 アルフィの雰囲気から緊迫した状況を悟ると、スカーレットは即断した。そして、右手を大きく掲げると、率いてた騎士たちに大声で命じた。
「ケラヴノス大聖堂に急ぐぞ! 全軍、前進っ!」
 スカーレットが右手を振り落とすと同時に、全ての騎士が隊列を整えて馬に鞭を入れた。百名の銀龍騎士団が、再び疾走を再開した。


「話せ!」
 白馬を駆けさせながら、スカーレットがアルフィに向かって短く告げた。
「ティアが悪魔に掴まりました。フレドリック殿下は悪魔に操られているか、憑依されています」
「悪魔? 何の例えだ?」
 スカーレットは、スミレ色に瞳に怪訝さを浮かべてアルフィを見つめた。悪魔など、建国神話に出てくる想像上の魔獣だと言わんばかりだった。その考えを見抜いたかのように、アルフィが告げた。

「例えじゃありません。悪魔は実在します。ケラヴノス大聖堂の地下には、二柱の悪魔がいました」
「何だと!」
「二柱とも、悪魔伯爵(デーモンアール)と名乗っていました。私も魔道士クラスSですが、まるで歯が立ちませんでした」
 そう告げると、アルフィは先ほどの恐怖を思い出し、ブルッと全身を震わせた。

「ティアはどうした? 掴まったと言っていたが」
「ティアは私を逃がすために囮になって悪魔伯爵に挑み、その膨大な魔力の前に倒れました」
「貴様、ティアを見捨てたのか!」
 アルフィの言葉を聞いた瞬間、スカーレットが腰の剣に手をかけた。スミレ色の瞳から、凄まじい紫炎が燃え上がった。剣士クラスSSの威圧を正面から浴びて、アルフィはすくみ上がった。

「ち、違い……ます」
 かろうじて、アルフィはそれだけを告げた。言葉を間違えた瞬間に、自分の身が両断されることをアルフィは実感した。
「倒れる直前に、ティアが叫んだのです。スカーレット様を呼びに行けと……」
 アルフィはその光景を思い出しながら、真剣な表情でスカーレットに告げた。その真偽を確かめるように、スカーレットはアルフィの黒曜石の瞳を射貫くように見つめた。そして、ふとその視線を和ませると、<ブリューナク>から手を離した。

「分かった。一緒にティアを救いに行くぞ!」
「はい……」
 アルフィは安堵した。
 スカーレットに信じてもらえたことにではない。スカーレットこそがティアを救いうる唯一の存在だと実感できたからだ。
 今、アルフィに向かって放たれた威圧は、間違いなく悪魔伯爵の魔力を上回っていた。

 スカーレット=フォン=ロイエンタールが紛れもなく勇者イシュタールの血を引く女性であることに、アルフィは心の底から感謝した。
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