金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第二部 悪魔の呱々】

椎名 将也

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第六章 淫靡なる虜囚

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 ティアとアルフィは全速で馬を駆り、十五タル後にはケラヴノス大聖堂に到着した。二人は借りていた馬を、大聖堂入口にある馬繋場に繋いだ。
 「黄金の日」である今日は仕事を休みにしている市民が多く、ケラヴノス大聖堂は大勢の参拝客で賑わっていた。
「まずいわね、人が多すぎる」
 アルフィが小声で囁いた。

 ケラヴノス大聖堂は、ムズンガルド大陸で多くの信者を有する聖サマルリーナ教の総本山だ。当然のことながら、皇都イシュタールには多くの聖サマルリーナ教信者がいた。
 そして、「黄金の日」にはミサが開かれ、司教たちによる洗礼も行われる。
 ケラヴノス大聖堂の正面入口には、百人近い行列が出来ていた。ティアたちはその行列の最後尾に並んだ。

「魔道笛は間違いなく大聖堂の中から聞こえているの?」
 ティアは声を潜めてアルフィに訊ねた。
「あたしの魔力だけでなく、あんたの魔力も借りて調べたんだから、間違いないわ。正確に言えば、大聖堂の地下ね」

 アルフィは大聖堂近くまで来たとき、ティアの魔力を自分自身に同調させて「感知」の魔法を使ったのだ。「感知」は魔力量が多ければ多いほど、その索敵範囲と精度が増す。
「そして、地下にはとんでもない化け物がいるわ」
 アルフィが険しい表情で告げた。

「化け物?」
「そう。あたしを含めて魔道士は、魔法を使わない時には魔力をほとんど放出しないでしょう」
「うん……」
「でも、魔道笛の近くから、膨大な魔力を感じるのよ。魔力を抑えようとしても抑えきれないほどのね」
 魔道士クラスSのアルフィも、一般的な魔道士と比べたら化け物と呼ばれてもおかしくない存在だ。その彼女があえて「化け物」と言う魔力とはいったい……。

「どのくらいのクラスなの、その魔力は?」
 テイアも真剣な表情になり訊ねた。
「魔力を抑えている状態で、魔道士クラスAってところね。本気で魔力を開放したら、どのくらいになるのか想像も付かない」
「冗談でしょ……」
 しかし、アルフィの顔色は蒼白だった。冗談を言っている雰囲気ではなかった。

「少なくても木龍以上の存在ね」
「……!」
 四大龍の一角である木龍は、S級魔獣である。本来であれば、ランクSパーティが複数で戦う強大な魔獣だった。
 言葉を失うティアに、アルフィが続けて言った。
「戦いになる前に、フレデリック公子を救出して逃げた方がいいわね」

 『氷麗姫』と呼ばれる魔道士クラスSのアルフィ。
 『紫音』と呼ばれる剣士クラスSのティア。

 その二人でも敵わないとなると、本物の「化け物」だった。
「ここは皇都の中心部よ。そんなところに強力な魔獣がいるなんて、聞いたことないわ」
「ティア、違う」
 アルフィがティアの言葉を否定した。

「え?」
「たぶん、魔獣じゃない」
「……人間なの?」
 アルフィが首を横に振った。
「こんな凄まじい魔力を持った人間なんていない」
 アルフィが言葉を切った。ティアは黙って続きを待った。

「たぶん、魔族よ。それもかなり高位のね」
「魔族……」
 ティアは驚愕した。
 魔族というのは、物語の中の存在だと思われている。実際に魔族に遭遇した話など、聞いたことがなかった。
 しかし、ティアの言いたいことを察して、アルフィが小声で告げた。
「魔族は実在するわよ。あたし、会ったことあるから……」
 想像の遥か上を行く告白に、ティアは言葉を失った。

「高位の魔族は、悪魔(デーモン)と呼ばれているの。そして、悪魔には貴族のように階級がある」
「……」
「あたしが昔会ったのは、男爵だったけど、これほどの魔力ではなかったわ」
 ティアの背筋を戦慄が舐め上げた。気づかないうちに、鳥肌が立っていた。

「少なくても、これは伯爵以上ね」
「アルフィ……」
 ティアは気づいた。アルフィが震えていることに……。
 あの強く気高く、そして恐れ知らずのアルフィが震えていた。

「ティア、約束して」
「え?」
「もし戦いになったら、迷わず逃げると」
「アルフィ……」
 かつて見たことがないほど真剣な眼差しで、アルフィがティアに告げた。

「その時には、フレデリック殿下を見捨てても逃げると、約束しなさい」
「そんな……」
「あたしにとって、見知らぬ公子の命より、あんたの命の方が大事なの。分かった?」
 そう言うと、アルフィは無理に笑顔を作った。

 そして、アルフィの言葉の真の意味に、ティアは気づいてしまった。
(アルフィが言っているのは、フレデリックのことじゃない。自分のことだ……)
 アルフィは「自分を見捨てても、逃げろ」とティアに言っているのだ。

「分かった。約束する」
 ティアは真剣な表情で頷いた。
 その言葉を聞き、アルフィは安心したように前を向いた。

 話をしている間に、入場者の列は進み、ティアたちの前には人が少なくなっていた。あと十人前後で、大聖堂の中に入れる。
 あと少しで、悪魔のいる大聖堂の中に入ってしまう。
 ティアは左腰にある<イルシオン>にそっと触れて、目を閉じた。
(大丈夫……。<イルシオン>さえあれば、きっと護れる)

 ティアはゆっくりと目を開いた。
 右瞳は金、左瞳は紺。
 ティアのヘテロクロミア(虹彩異色)が強い意志を浮かべて、大聖堂を見つめた。
(アルフィがそのつもりなら、私も思い通りにしてあげる!)
 ティアは悪魔と対峙したら、必ずアルフィを逃がすことを心に誓った。
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