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第六章 淫靡なる虜囚

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「間違いないのか?」
 スカーレットは報告に来た魔道士に確認した。相手は、銀龍騎士団魔道部隊の隊長ドレンというクラスAの魔道士だった。サンマルク魔法学院を首席で卒業後、同校の講師となったが二年で辞め、銀龍騎士団魔道部隊に入ったという異色の経歴の持ち主だ。年はスカーレットと同じ二十六歳とのことである。
 ドレンは物語に登場する魔道士のように、フード付きの黒いローブに身を包んでいた。左胸には銀龍騎士団であることを示す双頭の銀龍が刺繍されている。

「間違いありません。部下から報告を受けた後、私自身が赴いて魔力を感知しました」
「私は魔道笛という物を知らないが、フレデリックはそんな物を持っていたのか?」
 スカーレットが釈然とせずに独り言のように呟いた。剣士クラスSSの彼女には、常時身の危険を知らせる魔道具を持ち歩くという発想が理解できないのだ。

「殿下がお持ちだったという証拠はありませんが、魔道笛はかなり高級な魔道具です。おそらく白金貨四、五十枚はするでしょう。皇族か上級貴族でないと入手することは難しいと思われます。状況から考えても、殿下が身につけていた可能性は否定できません」

「分かった。ならば、実際に確認するまでだ。ナルサス」
 スカーレットは即断すると、ドレンの左隣にいたナルサスに声をかけた。
「今回は迅速な行動が必要だと思い、すでに選抜中隊を待たせてあります。各隊から選び抜いたクラスB以上の精鋭ですよ」
 スカーレットはナルサスの言葉に満足げに頷くと、「行くぞ」と一言告げて、真紅のマントを翻した。ナルサスとドレンがスカーレットに続いた。二人ともスカーレットの行動には慣れたものだった。

 銀龍騎士団の構成人数は次の通りだ。

 分隊……………五人
 小隊………二十五人
 中隊……………百人
 大隊…………五百人
 連隊…………二千人
 師団…………一万人
 騎士団………三万人

 ナルサスが手配した中隊は、通常であれば中隊長が指揮官となる。しかし、銀龍騎士団では暗黙の決め事があった。スカーレットがその隊を指揮する場合には、本来の隊長は指揮権をスカーレットに委譲するのであった。
 元帥となっても、スカーレットは第一線で活躍することを好んだ。剣士クラスSSの彼女には、実際にその能力もあった。
 さすがに、小隊以下を指揮することはほとんどなかったが、必要と判断すればスカーレットは、自ら軍を動かした。今回の百人からなる中隊も、スカーレットは自身で指揮を執るつもりだった。

 イシュタル・パレス西門前の広場には、ナルサスが手配した百人の選抜中隊員たちが整列していた。
 騎兵六十騎、弓騎兵三十騎、魔道騎兵十騎である。
 魔道騎兵の十騎は、ドレンの配下であり、いずれも左胸に「双頭の銀龍」の徽章が入った黒いフード付きのローブを着込んで魔道杖を手にしていた。
 スカーレットは真紅のマントを翻して、彼らの正面に立った。

「栄えある銀龍騎士団の中でも、特に選ばれた精鋭たちよ。聞け!」
 スカーレットのメゾソプラノの声が凜と響き渡った。誰もが畏敬と尊敬とをその眼に宿して、ユピテル皇国が誇る元帥の勇姿を凝視した。
「我が弟、ロイエンタール大公家第一公子であり、ユピテル皇国第二皇位継承者であるフレデリック=フォン=ロイエンタールを拉致した者がいる。私は銀龍騎士団団長として、そして、ユピテル皇国騎士団十五万人を統べる元帥として、このような犯罪を決して許さない!」

 スカーレットのスミレ色の瞳が、紫炎を煌めかせながら選別中隊員一人ひとりを見つめた。
「ユピテル皇国を代表する騎士たち、魔道士たちよ! その命を私に預けて欲しい!」
 そう叫ぶと、スカーレットは愛用の神剣<ブリューナク>を右手で抜き放ち、空に向かってまっすぐに掲げた。白銀の刀身が、太陽の光を受けて煌めきを放った。
 スカーレットは、左手を正面に突き出して広げた。次の瞬間、<ブリューナク>の剣先を自らの左手の甲に突き刺した!

 剣先が左手を貫通し、鮮血が舞い上がった。

 その血に塗れた左手を選抜部隊の隊員たちへ突き出したまま、スカーレットは叫んだ。
「ユピテル皇国元帥スカーレット=フォン=ロイエンタール、我が命を賭けてこの使命を果たす! その代償として、諸君らの命を要求する。もし拒むのであれば、この場で私を刺し殺すがいい!」
 ロイエンタール大公家第一公女であり、ユピテル皇国唯一の元帥であるスカーレットが、自らの左手を貫通してまで決死の覚悟を見せた。
 その覇気を、その決意を、その勇気を疑う者など誰一人としてこの場にはいなかった。

「うおおおおッ!」
 熱狂が怒号となって、西門広場を圧した。
「スカーレット元帥ッ!」
「スカーレット様、お任せください!」
「命に代えてもッ!」
 選別中隊員たちの戦意が、周囲を席巻した。
 彼らの叫びが、昂揚が、そして猛りきった激情が、凄まじいほどの奔流となって湧き上がった。

「目指すは、ケラヴノス大聖堂! フレデリックを救出せよ! そして、彼を拉致した者どもを殲滅しろ! 全員騎乗ッ!」
 スカーレットの大号令とともに、百名の騎士と魔道士たちが、死をも恐れぬ強大な一個の銀龍と化して進軍を開始した。
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