金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第二部 悪魔の呱々】

椎名 将也

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第六章 淫靡なる虜囚

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 『希望亭』でランディと合流したティアたちは、一階にある食堂で昼食を摂った。そこには元気に店内を駆け回っているシャロンの姿があった。
「おかげでシャロンも元通りに働いている。俺もギルドに突き出されずに仲間に加えてもらったし、あんたたちには感謝しきれないよ」
 普段の軽薄さの欠片も見せずに、ランディが神妙な顔をして告げた。

「そう思っているなら、恩を体で返して欲しいわ。早速だけど、あんたにお願いしたいことが出来たのよ」
「皇太子暗殺の件か?」
 ニヤリと笑いながらランディが言った。戒厳令が敷かれているにもかかわらず、ランディは皇太子ラザフォードが暗殺されたことをすでに知っていた。
「さすが、盗賊クラスAね。知っているのなら話は早いわ。犯人は昨夜ティアが戦ったジャスティという剣士クラスSの可能性が高いわ。まだ皇都にいるのか、それともすでに皇都から出て行ったのかも含めて、ジャスティの足どりを追ってちょうだい」

「分かった。連絡はギルドを通じて取ればいいか?」
「そうして。ダグラスはランディを手伝ってあげて。そして、ティアはあたしと一緒にギルドで西に向かう護衛依頼を探すわよ」
 アルフィは、ティアとランディを二人きりで組ませないという約束を忘れずに指示を出した。
「分かった。ランディ、初めて組むがよろしく頼む」
「ああ。『堅盾』と組めるなんて光栄だ。こちらこそ、よろしく」
 ダグラスがランディに右手を差し出した。それをランディが固く握りしめた。

「それじゃあ、しばらく別行動になるけど気をつけて。相手は剣士クラスSだから、くれぐれも無茶しないでね。危なくなったら逃げても構わないわ」
「ああ、分かってる。剣士クラスSっていうとティアを相手にするようなもんだろ? やばくなったらとっとと逃げ出すさ」
 笑いながら言ったランディの言葉に、ティアがムッとして文句を言った。

「どういう意味かしら、ランディ?」
「いや、剣を持たせるとティアは怖いからな。夜はあんなに可愛い……」
 口を滑らせたランディの喉元に、<紫苑>の剣先が突きつけられた。ランディは失言に気づいて、顔を蒼白にさせた。

「二度とそんなこと言ったら、殺すわよ」
 冷酷な怒りを浮かべたヘテロクロミアの瞳でランディを睨みながら、ティアが告げた。
「わ、わかった。すまなかった……」
「二度目はないわよ。それと、私の名前を気安く呼び捨てにしないで」
 そう言うとティアは<紫苑>を納刀して再び腰を下ろした。

「悪かったよ、ティアさん……」
 額に浮いた汗を拭うランディの姿を見て、アルフィも厳しい表情で告げた。
「あんた、ティアの優しさに感謝することね。あたしだったら、寸止めなんてせずに殺しているわよ」
「あ、ああ……。悪かった……」

 ティアとアルフィの怒りを正面から受けて、ランディはビクつきながら助けを求めるように横に座るダグラスの顔を見上げた。
「お前、そんな眼で俺を見るな。うちに入ったなら、力関係くらい気づけよ。この状況で俺にどうしろって言うんだ?」
 巨体を竦ませながら、ダグラスが情けない声でランディにそう告げた。

「やっぱり私、あいつのこと好きになれないわ」
 『希望亭』を出て冒険者ギルドに向かう道を歩きながら、ティアがプリプリと怒りながらアルフィに言った。
「嫌な思いをさせてごめんね、ティア。ダグラスには悪いけど、あいつを押しつけたから今夜は二人きりになれるわ。機嫌直して」
 そう告げると、アルフィがニッコリと笑いながらティアの左腕に腕を絡ませてきた。その言葉の意味を悟り、ティアは顔を赤らめながら小さく頷いた。

「うん……。アルフィがそう言うのなら……」
「それじゃあ、さっさと依頼を確認して、早く『幻楼の月』に戻りましょう。たくさん愛してあげるから……」
 ティアの耳元に口を寄せると、アルフィが囁くように告げた。恥ずかしさと期待が混ざり合ったヘテロクロミアの瞳でアルフィを見つめると、ティアは首筋まで真っ赤になって頷いた。


 冒険者ギルドに到着した二人は、真っ直ぐに掲示板に向かった。三十枚ほど張られた依頼の内容を確認し終えて、アルフィがため息をついた。
「やっぱり、四門が封鎖されたことで護衛依頼が一件もないわね」
「そうね。しばらくは皇都に缶詰めみたいね」
 アルフィの言葉にティアも肩を落としてため息をついた。イレナスーン帝国のある西方だけでなく、掲示板にはどの方面への護衛依頼も張られていなかった。

「<漆黒の翼>のティアさんですね。手紙を預かっています」
 後ろから突然声をかけられたティアが振り向くと、顔見知りの受付嬢が一通の手紙を差し出してきた。
「ありがとうございます」
 礼を言って手紙を受け取ると、ティアは差出人を見て驚いた。午前中に会った銀龍騎士団副団長のナルサスからだった。

「アルフィ、食堂に行こう」
「わかった」
 落ち着いて手紙を読むため、二人は隣の食堂に入り、奥の席に着いた。小刀で封緘を切ると、ティアは四つ折りにされた羊皮紙を取り出した。重大な内容が書かれていると思い、ティアは声を出さずにナルサスの手紙を読み始めた。

「親愛なるディアナ皇女殿下

 皇太子殿下暗殺に続く重大事件が起こりましたので、急ぎ筆を取ります。ロイエンタール元帥の実弟であるフレデリック殿下が誘拐されました。犯人は特定できておりませんが、二つの事件は間違いなく皇位継承争いが原因と思われます。

 ご存じの通り、皇太子殿下が暗殺された現在、皇位継承権第一位はカイル殿下、第二位はフレデリック殿下となります。フレデリック殿下に万一のことがあれば、残るのはカイル殿下のみとなります。
 しかし、カイル殿下はまだ二歳ですので、ご自分で判断ができるお歳ではありません。カイル殿下を次期皇帝に推す者が犯人なのか、またはカイル殿下も含めて皇位継承者全員を亡き者にと企てている者がいるのか、現時点では判断がつきません。

 ユピテル皇国の皇位継承権は男性のみに与えられますが、もし男性の皇族がいなければ暫定的に女性の皇族に皇位継承権が与えられ、その方の夫になった者が次期皇帝となります。その意味では、第一皇女であられるディアナ皇女殿下は皇位継承権第三位と言っても過言ではありません。

 以上の状況をご理解の上、くれぐれも身辺にはお気を付けください。できれば一時的にでも、銀龍騎士団本部に身を寄せていただければと愚考いたします。殿下のご身分をご存じであるアルフィ様、ダグラス様もご一緒で構いません。その際には、私をお訪ねください。
 急ぎで筆を取ったため、乱文乱筆はご容赦をお願いいたします。ご連絡をお待ちしております。

 銀龍騎士団副団長 ナルサス=マーティン」

「アルフィ、急いで読んで。そして、読み終わったら燃やして」
 ヘテロクロミアの瞳に真剣さを浮かべながら、ティアがナルサスの手紙を渡した。
「わかった」
 アルフィは短く答えると、受け取った手紙を読み始めた。黒曜石の瞳に驚愕が浮かび上がった。読み終えると、アルフィは右手の人差し指から小さな火球を出して、封筒ごと手紙を燃やした。

「どうする? 銀龍騎士団本部に行く?」
「本当はそれがいいんだろうけど、やめておくわ。行ったら、今回の事件が解決するまで動けなくなるから」

 ナルサスの目的は、ティアの身を安全に護ることだ。逆に言えば、危険がなくなるまではティアを銀龍騎士団に留めるはずだった。ナルサスの好意を無碍にすることは心苦しかったが、ティアは自由に動ける方を選んだ。多少の危険であれば、自分達で何とかできると思ったのだ。

「そうね。何かあれば、あたしがティアを護るから安心して。それより、これからどうする……!」
「アルフィ?」
 突然言葉を途切れさせて顔色を変えたアルフィに気づき、ティアが不審そうに訊ねた。
「しっ! 静かに!」
 アルフィは両手を耳に当て、注意深く何かを聞くような仕草でティアの言葉を制した。

「これは……? ……行くわよ!」
 アルフィは長机の上に金貨を一枚置くと、走って食堂を飛び出した。ティアはアルフィの真剣な表情から、何か緊急事態が起きたことを悟った。たぶん、店では話せないことだと思い。ティアも表情を引き締めてアルフィの背を追った。
 冒険者ギルドを出て西に向かい、最初の路地を左に曲がると、アルフィは立ち止まってティアを振り返った。

「魔道笛が使われたわ」
「魔道笛?」
「命の危機を感じたときに使われる魔道具よ。魔力を放出して、クラスB以上の魔道士に使った人の場所を知らせるの。距離は……ここから約七ケーメッツェくらい。東南東の方向ね」
 アルフィは厳しい表情のまま続けた。

「魔道笛はかなり高価な魔道具なの。白金貨四十枚はするわ。普通の市民には手が届かない。これを使うのは、上級貴族かクラスA以上の冒険者くらいね」
「今、この皇都でそれを使うとしたら……」
「そう。フレデリック殿下かも知れない」
 ティアが考えたものと同じ答えを、アルフィが告げた。

「東南東というと……」
 ティアはその方向を見た。遠くに巨大な尖塔がそびえ立っていた。
「ケラヴノス大聖堂の方向ね。近くに行けば、正確な場所は分かるの?」
「あれだけの覇気を使うあんたも、相当な魔力量を持っているはず。協力してくれれば、たぶん分かるわ」
「分かった。急ごう!」

 ティアとアルフィは西門にある馬舎亭に走り、二頭の馬を借りた。
「ハッ!」
 鐙に足をかけて飛び乗ると、二人はほとんど同時に馬に鞭を入れた。淡紫色の髪と漆黒の髪を靡かせながら、二人はケラヴノス大聖堂を目指して疾駆した。
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