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第五章 魔女の顎
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「なぜ、殺さないのだろう?」
皇太子ラザフォードが暗殺されたと聞いたとき、フレデリックは次は自分の番であることを覚悟した。
皇太子を殺すということは、皇位継承権がらみであることが明白だった。とすれば、最も怪しいのは第二皇位継承者であるカイル=フォン=イシュタルである。
しかし、カイルはわずか二歳だった。当然、自我さえも芽生えていない幼児に、皇位継承争いなど出来るわけがない。当然のことながら、疑惑の対象となるのはその後ろにいる人物だった。
カイルの母親は、皇帝アレックスが最も寵愛している第四皇妃クリスティーナだ。そして、彼女の派閥で最も有力な人物は、鳳凰騎士団の団長ジョセフ=フォン=ヴォルフォート公爵だった。
皇帝暗殺の容疑者として濃厚なのはその二人か、またはクリスティーナの実家であるイレスナーン帝国の皇族だと思われた。
その誰もが、フレデリックには太刀打ちできないほどの権力者たちだった。
「殺さない理由は、交渉の材料とするためかな?」
フレデリックは左手で右肩を押さえた。馬車を襲撃した男たちに、フレデリックは右肩と左の太ももを矢で射貫かれた。しかし、それらの傷はきちんと治療されていた。痛みはあるものの、応急処置のようなおざなりの治療ではないことは、綺麗に巻かれた包帯が物語っていた。
フレデリックは大きなベッドに寝かされていた。部屋自体も実家のロイエンタール家ほどではないにせよ、シュテルネン学園の学生寮とは雲泥の差がある広い部屋だった。設置されている家具も、それなりに値が張りそうな物ばかりだった。
(キャシーは大丈夫だろうか?)
キャサリンはフレデリックをかばって、右肩から背中まで斜めに斬られた。
しかし、冷静になって思い出すと、即死ではなかったことから傷自体はそれほど深いとは思えなかった。少なくても、心臓には達していないはずだ。
もちろん、大切なキャサリンを傷つけられた怒りはあった。いや、今まで生きてきた中で、最も激しい怒りをフレデリックは感じていた。
だが、発見さえ早ければ、キャサリンは必ず助かるとフレデリックは思った。それは楽観ではなく、状況を分析して導き出した答えだった。襲撃現場は皇都イシュタールまであと少しの場所だったはずだ。目撃者がいたかは不明だが、それほど時間が経たないうちに、誰かが発見するくらいには皇都に近く、人の行き交いもそれなりに多い場所だった。
そして、約束に厳しい姉のスカーレットなら、時間になっても姿を見せないフレデリックに苛立って、誰かを迎えに寄越すことは想像に難くなかった。
まして、皇太子が暗殺され、次の標的がフレデリックであることを理解しているスカーレットのことだ。その時間は、長くても三十タルくらいだろうとフレデリックは考えた。
(大丈夫、きっとキャシーは助かっている)
自分に言い聞かせるようにフレデリックは強く頷いた。
それならば、今自分がやれることをやるしかないとフレデリックは思った。
フレデリックは首にかけたペンダントを開くと、小さな箱を取り出した。六面体のダイスのような箱だった。大きさは一辺当たり1セグメッツェもない。
その小箱を親指と人差し指で潰すように押し込むと、カチリと音がした。
(これでよし……)
フレデリックはその小箱をペンダントに戻した。
「感知」という魔法がある。魔獣や敵意のある人間が周囲にいるかどうかを探る中位魔法だ。この小箱は、その「感知」とは逆の性能を持つ魔道具だった。
特殊な魔力を放出し続けて、魔道士クラスB以上の感知能力を持つ魔道士に、その位置を知らせる魔道具だった。通称、「魔道笛」と呼ばれていた。
その有効範囲は魔道士クラスBに対しては一ケーメッツェほどだが、クラスが高ければ高いほど有効範囲が広がった。
魔道士クラスSのように感知能力が高い魔道士であれば、その有効範囲は五ケーメッツェ以上なるはずだった。
フレデリックは皇太子が暗殺されてから、常にこの魔道笛を身につけるようにしていた。
フレデリック自身は剣士クラスCであり、戦いにはおよそ向いていないことは自分が一番よく知っていた。だから、自分の危機を知らせる手段を持つことにしたのだった。
本来であれば、馬車が襲撃されたときにこの魔道笛を使うべきであったが、キャサリンが危険に晒されたのを見て、フレデリックは気が動転してしまったのだ。真っ先にこれを用いていれば、キャサリンが斬られることはなかったかも知れないと考えると、フレデリックは後悔でのたうち回りたくなった。
だが、今更悔いても時間は戻らない。
フレデリックは尊敬する姉がこの「魔道笛」に気づいてくれることを祈った。
しかし、フレデリックは大切なことを忘れていた。キャサリンが斬られ、自分自身も怪我を負わされた上に拉致されたことは、普段冷静なフレデリックから余裕を失わせていた。
スカーレットは剣士クラスSSというユピテル皇国が誇る最強の元帥だったが、魔道士ではないため魔法の感知能力などはなかったのである。
そのことにフレデリックが気づいたのは、数ザン後であった。
皇太子ラザフォードが暗殺されたと聞いたとき、フレデリックは次は自分の番であることを覚悟した。
皇太子を殺すということは、皇位継承権がらみであることが明白だった。とすれば、最も怪しいのは第二皇位継承者であるカイル=フォン=イシュタルである。
しかし、カイルはわずか二歳だった。当然、自我さえも芽生えていない幼児に、皇位継承争いなど出来るわけがない。当然のことながら、疑惑の対象となるのはその後ろにいる人物だった。
カイルの母親は、皇帝アレックスが最も寵愛している第四皇妃クリスティーナだ。そして、彼女の派閥で最も有力な人物は、鳳凰騎士団の団長ジョセフ=フォン=ヴォルフォート公爵だった。
皇帝暗殺の容疑者として濃厚なのはその二人か、またはクリスティーナの実家であるイレスナーン帝国の皇族だと思われた。
その誰もが、フレデリックには太刀打ちできないほどの権力者たちだった。
「殺さない理由は、交渉の材料とするためかな?」
フレデリックは左手で右肩を押さえた。馬車を襲撃した男たちに、フレデリックは右肩と左の太ももを矢で射貫かれた。しかし、それらの傷はきちんと治療されていた。痛みはあるものの、応急処置のようなおざなりの治療ではないことは、綺麗に巻かれた包帯が物語っていた。
フレデリックは大きなベッドに寝かされていた。部屋自体も実家のロイエンタール家ほどではないにせよ、シュテルネン学園の学生寮とは雲泥の差がある広い部屋だった。設置されている家具も、それなりに値が張りそうな物ばかりだった。
(キャシーは大丈夫だろうか?)
キャサリンはフレデリックをかばって、右肩から背中まで斜めに斬られた。
しかし、冷静になって思い出すと、即死ではなかったことから傷自体はそれほど深いとは思えなかった。少なくても、心臓には達していないはずだ。
もちろん、大切なキャサリンを傷つけられた怒りはあった。いや、今まで生きてきた中で、最も激しい怒りをフレデリックは感じていた。
だが、発見さえ早ければ、キャサリンは必ず助かるとフレデリックは思った。それは楽観ではなく、状況を分析して導き出した答えだった。襲撃現場は皇都イシュタールまであと少しの場所だったはずだ。目撃者がいたかは不明だが、それほど時間が経たないうちに、誰かが発見するくらいには皇都に近く、人の行き交いもそれなりに多い場所だった。
そして、約束に厳しい姉のスカーレットなら、時間になっても姿を見せないフレデリックに苛立って、誰かを迎えに寄越すことは想像に難くなかった。
まして、皇太子が暗殺され、次の標的がフレデリックであることを理解しているスカーレットのことだ。その時間は、長くても三十タルくらいだろうとフレデリックは考えた。
(大丈夫、きっとキャシーは助かっている)
自分に言い聞かせるようにフレデリックは強く頷いた。
それならば、今自分がやれることをやるしかないとフレデリックは思った。
フレデリックは首にかけたペンダントを開くと、小さな箱を取り出した。六面体のダイスのような箱だった。大きさは一辺当たり1セグメッツェもない。
その小箱を親指と人差し指で潰すように押し込むと、カチリと音がした。
(これでよし……)
フレデリックはその小箱をペンダントに戻した。
「感知」という魔法がある。魔獣や敵意のある人間が周囲にいるかどうかを探る中位魔法だ。この小箱は、その「感知」とは逆の性能を持つ魔道具だった。
特殊な魔力を放出し続けて、魔道士クラスB以上の感知能力を持つ魔道士に、その位置を知らせる魔道具だった。通称、「魔道笛」と呼ばれていた。
その有効範囲は魔道士クラスBに対しては一ケーメッツェほどだが、クラスが高ければ高いほど有効範囲が広がった。
魔道士クラスSのように感知能力が高い魔道士であれば、その有効範囲は五ケーメッツェ以上なるはずだった。
フレデリックは皇太子が暗殺されてから、常にこの魔道笛を身につけるようにしていた。
フレデリック自身は剣士クラスCであり、戦いにはおよそ向いていないことは自分が一番よく知っていた。だから、自分の危機を知らせる手段を持つことにしたのだった。
本来であれば、馬車が襲撃されたときにこの魔道笛を使うべきであったが、キャサリンが危険に晒されたのを見て、フレデリックは気が動転してしまったのだ。真っ先にこれを用いていれば、キャサリンが斬られることはなかったかも知れないと考えると、フレデリックは後悔でのたうち回りたくなった。
だが、今更悔いても時間は戻らない。
フレデリックは尊敬する姉がこの「魔道笛」に気づいてくれることを祈った。
しかし、フレデリックは大切なことを忘れていた。キャサリンが斬られ、自分自身も怪我を負わされた上に拉致されたことは、普段冷静なフレデリックから余裕を失わせていた。
スカーレットは剣士クラスSSというユピテル皇国が誇る最強の元帥だったが、魔道士ではないため魔法の感知能力などはなかったのである。
そのことにフレデリックが気づいたのは、数ザン後であった。
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