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第四章 双頭の銀龍

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 翌日、朝の五つ鐘と同時にランディがシャロンを連れて『幻楼の月』を訪ねてきた。一階の食堂に降りると、アルフィが二人にこれからのことを話し始めた。
「シャロンだっけ? 取りあえず無事でよかったわ。これでランディの依頼も達成したし、後はイーサンに詳細を報告すれば終わりね」

「アルフィさん、本当にありがとう。この恩は忘れない」
 ランディが正面に座っているアルフィに向かって、深く頭を下げた。
「兄さんから聞きました。あたしが助かったのは、皆さんのおかげです。どうもありがとうございました」
 ランディの横に座るシャロンも、笑顔を浮かべながら頭を下げてきた。美少女に感謝されて満更でもない様子のアルフィは、隣に座るティアから睨まれて慌てて咳払いをした。

「ゴホン、ところでランディ、報酬の件だけど約束のお金の他に、あんたには<漆黒の翼>に入ってもらうことにしたわ」
「<漆黒の翼>に……?」
 アルフィの言葉にランディが目を見開いた。昨夜、<デビメシア>支部の守衛所でアルフィから「<漆黒の翼>で奴隷として働け」と言われたが、ランディはさすがに冗談だと思っていた。それが本気だったと知ったランディは、驚きのあまり愕然とした。

「そう。あんたをギルドに突き出したら、間違いなく冒険者資格が剥奪されるわ。それだとあんたも困るでしょう? せっかくの盗賊クラスAの能力を、あたしたちのために使う気にはならない?」

「冒険者資格剥奪って? 兄さん、何をしたの?」
 シャロンが驚いて、ランディの顔を見上げた。どのギルドでも資格を剥奪されるということは、犯罪者の烙印を押されたのと同じだった。冒険者ギルド以外にも、商業ギルドや魔道士ギルド、薬師ギルドなど多数のギルドがあるが、一度でも資格を剥奪された人間を登録させるギルドなど一つもなかった。
「それは……」
 シャロンの質問に、ランディが言葉を濁した。さすがに、ティアを強姦しようとしたなどと妹に言えるはずがなかった。

「シャロンさん、お兄さんのこと好きかしら?」
 その様子を見ていたティアが、ニッコリと笑顔を浮かべながらシャロンに問いかけた。
「え? は、はい。死んだ両親の代わりにあたしの面倒を見てくれてるし、昨日も助けに来てくれて……」
 ティアの問いに顔を赤らめながらシャロンが恥ずかしそうに答えた。昨夜、危機一髪のところを颯爽と助けに来てくれたランディに対して、シャロンは兄妹以上の感情を抱き始めていた。

「それなら、何も聞かないであげて。ランディもあなたには知られたくないでしょうから……」
「はい……」
 納得はできなかったが、ランディの行ったことを知らない方がいいというティアの意見にシャロンは頷いた。自分が知ってもよいことならば、ランディがいつか話してくれるだろうとシャロンは考えたのだ。

「すまない、ティアさん」
 ランディの感謝の言葉に、ティアは何も言わずに頷いた。正直なところ、ランディとはあまり口も聞きたくなかったのだ。
「それでどうする、ランディ? うちに入るか、冒険者資格を剥奪されるか? 考えるまでもないとは思うけど……」
 ティアとランディのやりとりを黙って聞いていたアルフィが、話を戻して訊ねた。

「わかった。俺で良ければ、<漆黒の翼>に入れて欲しい。出来る限りのことはするよ」
 奴隷は勘弁だがなと思いながら、ランディが答えた。
「決まりね。早速、ギルドに行って依頼達成の報告をするついでに、ランディの加入手続きをするわよ。シャロンも一緒に来て」
 そう告げると、アルフィは席を立とうとした。

「待って、アルフィ。ランディ、その前に一つだけ約束して。二度とあんなことをしないって」
 真剣さと怒りとを宿したヘテロクロミアの瞳が、真っ直ぐにランディを見つめた。その視線に威圧されながら、ランディが顔を引き攣らせて答えた。
「わ、わかった」
 その様子を見ていたシャロンは、ランディがティアに何かしたのだと気づき、冷めた視線で隣に座る兄の顔を睨み付けていた。


 冒険者ギルドに着いたアルフィたちは受付で依頼の達成報告をすると、イーサンに面会を求めた。イーサンも待っていたらしく、五人はすぐに三階のギルドマスター室に通された。
「三人の女性は昨夜のうちに憲兵団本部に送り届けた。今頃は久しぶりに家族と会っていると思う。よくやってくれた」
 五人に応接ソファを勧めると、自分はその横の一人掛けソファに座ってイーサンが告げた。
「それは良かったです。怪我もなさそうでしたし、一安心ですね」
 お茶を持ってきた秘書に軽く頭を下げると、アルフィが微笑みながら言った。

 ギルドマスター室には三人掛けのソファが小机を挟んで二脚並んでおり、入口から見て左側のソファにダグラス、アルフィ、ティアの順で腰掛けた。反対側のソファには奥からランディ、シャロンが並んだ。イーサンはダグラスとランディ側の一人掛けソファに座っていた。

「イーサン、アルフィが氷漬けにしたあの魔道士はどうしたんだ?」
「あれも一緒に憲兵団本部に運んだ。憲兵団の魔道士が蘇生して尋問しているはずだ」
 出された紅茶に口を付けると、イーサンはダグラスの問いに答えた。

「ジャスティ=ガイエスブルクと名乗った剣士クラスSを取り逃がしてしまいました。すみません」
 淡紫色の髪を揺らしながら、ティアがイーサンに頭を下げた。
「かなりの使い手だったようだな。逃がしたのは痛いが、今回は拉致された三人の……いや、彼女を含む四人の救出が最優先だった。気にしなくていい」
 シャロンに視線を投げかけながら、イーサンが告げた。

「ところで、イーサン。このランディを<漆黒の翼>に勧誘しました。本人も了承しているので、承認をお願いします」
「ほう。『嵐狼』を入れるのか。後は回復役が入れば完璧だな」
「はい。いい術士クラスがいたら、紹介してください」
 イーサンの言葉に、アルフィが笑いながら告げた。

「術士クラスは元々の人数が少ないからな。クラスA以上はどこでも引っ張りだこだ。難しいぞ」
「そうですね。できれば、アルティメットヒールが使える術士がいいんですが、なかなかいないんですよ」

 回復魔法に特化した術士クラスは不人気職で、イーサンの言うとおり登録者自体が非常に少なかった。その上、上級回復魔法であるアルティメットヒールが使えるとなると、クラスA以上になり、更にその絶対数は激減した。
 回復魔法は三種類あり、ごく簡単な傷を治すヒール、骨折程度の傷を治癒するハイヒール、そして欠損部位さえ復元させるアルティメットヒールに分かれていた。それぞれが、初級回復ポーション、中級回復ポーション、上級回復ポーションに相当する魔法だった。

「術士ギルドでさえ、アルティメットヒールを使える者は少ないぞ。この冒険者ギルド皇都本部では三人しかいない。あんまり贅沢を言うな」
 アルフィの希望を聞くと、イーサンが苦笑いを浮かべながら告げた。

「ところで、今回の魔道結社<デビメシア>について、ギルドはどの程度の情報を持ってるんだ? 実は、ティアの幼なじみを殺した奴が<デビメシア>にいるらしい。俺たちはティアの敵討ちを手伝うつもりなんだが、何か情報があったら教えてくれないか?」
 飲み終えた紅茶のカップを机に戻すと、ダグラスは濃茶色の瞳で真っ直ぐにイーサンを見つめながら本題に入った。それを聞いて、イーサンはティアの顔を見ながら言った。

「そうなのか? <デビメシア>に……。悪いが、大した情報は持ってない。元々、<デビメシア>の本部はイレナスーン帝国にある。知っての通り、イレナスーンはユピテル皇国の敵国だ。過去に何度も国境で小競り合いを起こしているし、十五年前には大規模な軍事衝突もあった。そんな国に本部がある<デビメシア>のことなど、教皇と何人かの枢機卿がいることくらいしかギルドとしても掴んでいない」

「昨日、ランディが捕らえた<デビメシア>支部の責任者に会うことは出来ませんか?」
 不意に、ティアがイーサンに訊ねた。<デビメシア>のことは<デビメシア>に聞いた方が早いと気づいたのだ。

「ああ、あれも枢機卿の一人だったらしい。昨夜、憲兵団本部に送ったが、支部の責任者のようだから銀龍騎士団に身柄を預けるって言ってたな」
「銀龍騎士団ですか?」
 イーサンの言葉を聞き、ティアは一気に気が重くなった。銀龍騎士団を訪ねるということは、スカーレットと模擬戦を行うことと同義だった。ラインハルトに師事して多少は腕を上げたとは思うが、まだまだスカーレットとの差が大きいことをティアは誰よりも知っていた。

「ちょうどいいじゃないか、ティア。ついでにロイエンタール元帥に模擬戦を申し込んでみろ。剣士クラスSなら元帥も喜んで相手をしてくれると思うぞ」
 一切の悪気もなく告げたイーサンの言葉を、ティアは諦めたように憮然した表情を浮かべながら聞いた。スミレ色の瞳を楽しそうに輝かせるスカーレットの顔を思い浮かべながら、ティアは大きなため息をついた。
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