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第三章 伏魔殿

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(この男、強い!)
 右手に持つ<紫苑>で放った蒼炎の神刃を防がれると、ティアは大きく右へ飛んで男の覇気を避けた。直前までティアのいた地面が大きく抉られ、轟音とともに土煙が舞い上がった。

 今のところ、ティアと男の実力は拮抗していた。覇気を纏わせたティアの攻撃を男が覇気で無効化し、男の放つ衝撃波をティアが<紫苑>で斬り裂いた。お互いの刃を一度も相手に触れさせることもなく、周囲に轟音と震動を撒き散らしながら壮絶な戦いが繰り広げられていた。

「俺の覇気を受け流すとは、お前もクラスSか?」
 ティアとの激しい戦闘を楽しむかのように、男が口元に笑いを浮かべながら言った。
 肩まで伸ばした銀髪を爆風に靡かせ、金色の瞳に鋭い光を浮かべる男をティアは観察するように見つめた。身長は百八十メッツェくらいで、横幅もそれに見合うだけあるがっしりとした体格の男だ。黒いアダマンタイトの鎧に身を包み、諸刃の大剣を両手で構えている。浅黒く日焼けした風貌は端正だが、細く釣り上がった鋭い眼差しと薄い唇が見る者に冷酷さを感じさせていた。

「あなたもそのようね。蒼炎の神刃を受けきられたのは初めてだわ」
 両手で持った<紫苑>を正眼に構えながら、ティアが男を見据えて言った。師のラインハルトを除けば、<紫苑>の放つ蒼炎の神刃は今まで全ての物を斬り裂いてきた。それをことごとく男は覇気を纏わせた大剣で防いだのだ。

「蒼炎の神刃と言うのか? なかなかの威力だ。だが、この大剣<フラガラッハ>には通じんぞ」
「<フラガラッハ>? あなた、イレスナーン帝国の皇族なの?」
 ヘテロクロミアの瞳に驚きを浮かべながら、ティアが訊ねた。

 イレスナーン帝国は、ユピテル皇国の西方に国境を隣接する大国であった。過去の歴史の中で、ユピテル皇国とイレスナーン帝国は幾度となく衝突し、多い時には数万人の犠牲を出していた。ユピテル皇国の三種の神器と同様に、イレスナーン帝国にもいくつかの宝剣が存在する。その中の一本が<フラガラッハ>という魔大剣であることを、ティアは思い出した。

「ほう。お前も皇族か? 名は何という?」
 <フラガラッハ>の存在を知っているティアに驚きの視線を投げると、男が言った。ユピテル皇国の三種の神器と同じように、<フラガラッハ>の存在も皇族か一部の高位貴族にしか知らされていないのだ。

「ティア。あなたは?」
 ユピテル皇国第一皇女であるディアナの名を告げるわけにはいかず、ティアはそのまま愛称を名乗った。
「ジャスティ=ガイエスブルク。国を追われた男だ」
「国を追われた?」
 ジャスティの言葉の意味が分からず、ティアが問い返した。

「お前に説明してやる謂れはない。今度は俺の番だ。これを受けられるか?」
 そう告げた瞬間、ジャスティの全身が真紅の覇気に包まれた。その覇気が濃密さを伴うと、爆発するように増大して巨大な烈火となって燃え上がった。ジャスティが両手で<フラガラッハ>を持ち、大きく上段に構えた。真紅の巨炎が<フラガラッハ>の刀身に収斂し、白銀の刃が濃い紅色に染まった。

(……! まずいっ!)
 裂帛の気合いとともに、ジャスティが<フラガラッハ>を振り抜いた。<フラガラッハ>から放たれた超大な覇気が濃紅色の奔流となって、螺旋を描きながら凄まじい速度でティアに襲いかかった。

「<イルシオン>!」
 蒼炎を纏わせた<紫苑>を左手に持つと、右手を掲げてティアが叫んだ。一瞬の閃光とともに、<イルシオン>が顕れ、白銀の覇気に包まれた。
 ティアは上段で<イルシオン>と<紫苑>を交差させると、全身から壮絶な覇気を放った。その覇気が二つに分かれ、右手の<イルシオン>が巨大な白炎に包まれ、左手の<紫苑>が濃密な蒼炎に燃え上がった。

「ハァアアッ!」
 ヘテロクロミアの瞳をカッと見開くと、ティアは壮絶な気合いとともに<イルシオン>と<紫苑>を同時に振り抜いた。
 白炎と蒼炎とが交錯し、螺旋を描きながら超烈な閃光を放った。その閃光が密度を急激に増大させると、凄絶な奔流となって迸った。

 テアの奔流とジャスティの奔流が、二人のほぼ中間で激突した。膨大な衝撃波が周囲を席巻し、耳を引き裂く爆音とともに大地を大きく半円状に抉り取った。大量の土砂を巻き上げながら、拮抗した衝撃波同士が対消滅した。

「やるな!」
「あなたこそ!」
 飛来する多量の土塊を左手の<紫苑>で斬り裂きながら、ティアは満面の笑みを浮かべてジャスティを見つめた。ラインハルト以外に全力で戦える相手と出会うのは、初めてのことだった。

「ティアッ!」
「大丈夫かっ!」
 想像を絶する激戦に、右手から魔道杖を手にしたアルフィが、左手から巨大な盾を掲げたダグラスが駆けつけてきた。

「さすがに三人を相手にするのは厳しい。今は引かしてもらうぞ。また会おう」
 そう告げると、ジャスティは<フラガラッハ>を左から右に水平に振り切った。それだけの動作で、信じがたいほどの巨大な覇気が<フラガラッハ>から噴出し、アルフィとダグラスに襲いかかった。

「アルフィ! ダグラスっ!」
 ティアの唇から絶叫が迸った。剣士クラスSの衝撃波をまともに受けたら、二人といえども非常に危険だった。

「……!」
 アルフィが瞬時に氷壁を張り、ジャスティの衝撃波を防いだ。だが、ルイーズのインフェルノさえ完全に無効化したアルフィの氷壁にヒビが入り、次の瞬間、氷壁が破壊された。その衝撃波は威力を落としながらもアルフィの体を吹き飛ばした。
 一方、ダグラスは全身から覇気を発すると、その覇気を盾に纏わせてジャスティの衝撃波を正面から受けた。盾士クラスAの全霊を込めた覇気は、ジャスティの壮絶な覇気を防いだものの完全には防ぎきれずに、ダグラスは盾ごと後方へ吹き飛ばされた。

「アルフィっ! ダグラスっ!」
 ティアは一瞬、どちらへ行くか迷った。だが、ダグラスの受けた衝撃の方が少ないと判断し、アルフィの元へ走り寄った。盾と自分自身の両方に覇気を纏わせていたダグラスに比べ、アルフィは氷壁のみで自身には覇気を纏っていなかったからだ。

「アルフィ! しっかりして!」
 アルフィは全身に傷を負い、着ていた衣服も大きく破れて白い左胸が露出していた。ティアはグッタリと意識を失ったアルフィの体を抱き上げると、その豊かな胸に耳を押し当てた。しっかりとした鼓動を聞き取ると、ティアはホッと胸を撫で下ろした。

(アルフィをこんな眼に遭わせるなんて、次に会ったら絶対に許さない!)
 ジャスティの姿はすでに消えていた。ティアたち三人を同時に相手取ることの愚を悟り、ジャスティはティアよりも力の劣る二人を個別に攻撃した。ティアがアルフィを助けに走った間に、ジャスティは剣士クラスSの覇気で脚力を上げて逃亡したのだった。すでにティアが追うことも出来ないほど距離を開けられていることは疑う余地もなかった。

 ティアはジャスティを追うことを諦め、腰に付けた革の小物入れから中級回復ポーションを取り出すと、栓を開けて三分の一ほど口に含んだ。そして、アルフィの唇を塞ぐと、口移しにポーションを飲ませた。それを三度繰り返して、全量をアルフィに飲ませた。

「アルフィ、大丈夫?」
「んっ……、ティア……」
 黒曜石の瞳に意志が戻ったことを確認すると、ティアがアルフィに抱きついた。
「よかった! アルフィ!」
「ティア、ありがとう」
 ティアを助けに来たつもりが、逆に助けられたことを悟ると、アルフィがティアの体を抱きしめながら言った。

「ううん、無事でよかった」
「あいつは?」
 アルフィの言葉がジャスティのことを指していると悟り、ティアが短く答えた。
「逃げられたわ」
「そう。足を引っ張ったみたいね。ごめん、ティア」

「ううん。アルフィが来てくれなかったら、結構危なかった。助けてくれてありがとう」
 あのままジャスティと戦闘を続けていたら、どちらが勝ったか分からなかった。それほど、ティアとジャスティの実力は拮抗していた。アルフィたちに助けられたというのは、ティアの正直な気持ちだった。

「無事か、アルフィ」
 二人の元に、ダグラスが歩み寄ってきた。すでに回復ポーションを飲んだのか、その足どりはしっかりしていた。
「ダグラスもありがとう、おかげで助かったわ」
 傍らに立つダグラスを見上げながら、ティアが微笑みを浮かべて言った。

「さすがに剣士クラスSだな。凄まじい覇気だった。力になれなくてすまなかった、ティア」
「ううん、そんなことないわ。二人が来てくれなかったら、どうなっていたか分からない。それくらいあのジャスティって人は強かったわ」
「そうね、おかげで服もボロボロよ。今度会ったら、絶対に弁償させてやるわ」
 白い豊かな左胸をティアたちに晒しながら、アルフィが言った。その頂で薄紅色の乳首が硬く頭をもたげていた。

「アルフィ、乳首勃ってる」
 ヘテロクロミアの瞳をいたずらっぽく輝かせながら、ティアは右手でアルフィの乳首を摘まむとコリコリと扱き上げた。
「こら、ティア……ん、あっ……やめなさい……あっ……」
「うふふ……。アルフィったら、可愛い声……」

 そう告げると、ティアはアルフィの唇を塞いで舌を絡ませた。右手は指で乳首を転がしながら、豊かな乳房を揉みしだいた。
「んっ……ん、んっ……んくっ……」
 突然のティアのいたずらに戸惑ったように目を見開いたアルフィだが、ネットリと舌を絡まされながら胸を揉み上げられると、熱い吐息を漏らしながら眼を閉じた。

「おいおい……。こんなところで始めるな。宿に帰ってからにしろ」
 呆れたような声で、ダグラスが二人を見下ろしながら言った。
「はぁあ……。ティア、覚えてなさいよ」
 熱い吐息を吐くと、目元を赤く染めながら蕩けた瞳でアルフィがティアを睨んだ。
「ランディは? 妹さんは無事だったの?」
「ああ。さっき、妹を助け出して、先に『希望亭』に戻るって言って帰った」
 ティアの問いに、ダグラスが苦笑いを浮かべながら答えた。それを聞いたアルフィが、怒った口調で文句を言った。

「あたしたちに戦わせておいて、自分はお姫様を救う騎士にでもなったつもりなの? 信じられない!」
「他に捕まってた女の子は?」
 アルフィの苦情を笑いながらいなすと、ティアが再びダグラスに訊ねた。
「全員、助け出した。全部で三人だな。一階の大広間で待ってもらっている」
「そう、よかった。どうする? 憲兵団本部に連れて行く?」
 皇都イシュタールでは、大規模な犯罪を銀龍騎士団が、それ以外のものを憲兵団が取り締まっていた。再びスカーレットに会うことを避けたいティアは、憲兵団に攫われていた女性を届けることを提案した。

「いえ。ギルドを通した方がいいわ。イーサンの力を借りましょう。あたしたちが憲兵団に彼女たちを届けると、事情聴取を受けて今晩は帰れなくなるわ」
 一刻も早く宿に戻ってティアと愛し合いたいアルフィは、憲兵団を選択肢から外した。
「そう言うと思って、奴らの経典を一冊頂いてきたぞ。ランディの話では、悪魔を復活させるために破瓜の血が必要になることが、この経典に書かれているそうだ」
「破瓜の血って? <デビメシア>は変態の集団なの?」
 思い切り顔を顰めながら、アルフィが言った。だが、ティアはダグラスの経典を見て、愕然とした。

「ダグラス、ちょっとその経典を貸して!」
「ん? どうした、ティア?」
 経典を差し出しながら、ダグラスはティアの様子が急変したことを訝しげに見つめた。ティアはダグラスの手から経典を奪うように取り上げると、その革表紙に描かれている徽章を見つめながら言った。

「同じだわ……」
「どうしたの? 何が同じなの?」
 アルフィがティアの様子に不審を抱きながら訊ねた。
「アルバートを殺した連中の部屋にあった燭台に、これと同じ徽章が彫られていたの。間違いないわ。この悪魔の顔は、あの燭台と同じよ!」

 瞳のない釣り上がった眼。高い鉤鼻と酷薄で残忍な薄い唇。そして、二本の角のように額から跳ね上がった眉と、耳の代わりに顔の両側で羽ばたく黒い翼。
 それらは紛れもなく、ティアが凌辱を受けた時にあった燭台の彫刻と同じであった。

「それって、ティアの幼なじみを殺して、あんたを凌辱したのが<デビメシア>ってこと……?」
「うん。見間違いなんかじゃないわ。アルバートの仇は、きっと<デビメシア>にいる」
 ヘテロクロミアの瞳に強い意志と怒りを浮かべながら、ティアが言った。そして、アルフィとダグラスの顔を交互に見つめると、ティアはかつて見せたことがないほどの真剣な表情を浮かべて言った。

「やっと手がかりを見つけたわ。アルフィ、ダグラス、力を貸して。私は<デビメシア>を調べたい。私を凌辱し、アルバートを殺した男が誰なのか、一日も早く知りたい」
「わかったわ、ティア。『氷麗姫』と『堅盾』の名に賭けて、<漆黒の翼>はあんたの依頼を受けるわ。いいわね、ダグラス」
「ああ、もちろんだ。ティア、俺たちが必ずお前を助ける。任せておけ」
 アルフィの言葉に大きく頷くと、ダグラスがティアの左肩に大きな手を乗せて告げた。
「ありがとう、ダグラス。ありがとう、アルフィ。二人とも大好きよ」
 そう告げると、ティアはダグラスとアルフィの頬に口づけをした。

「いい依頼料を先にもらったな」
 ダグラスが照れたように告げた。だが、アルフィはその言葉を笑って否定した。
「あら、ぜんぜん足りないわ。残りは宿に戻って、ティアの体で払ってもらいましょう」
「え……? それは……」
 アルフィの言葉の意味を悟り、ティアが顔を赤らめながら俯いた。

「ティア、覚悟しておいてね。今夜は二人で朝まで愛してあげるわ」
「そ、それは……許して……」
 以前の壮絶な責めを思い出し、ヘテロクロミアの瞳に期待と怖れを浮かべながら、ティアは赤く染めた顔を俯かせて小さく呟いた。
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