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第三章 伏魔殿
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「いやだぁ! やめてぇ! いやぁ、助けてぇ!」
両腕を後ろで縛られた裸体を寝台の上で暴れさせながら、シャロンが絶叫を上げた。十六歳という年齢のわりに豊かな乳房は、大きな分厚い手で揉み上げられ、芋虫のような太い指で乳首を捏ね回されていた。
恐怖と嫌悪感で大きく見開かれた碧眼から大粒の涙が溢れ、白い頬を伝って流れ落ちた。濃茶色の髪を振り乱す容貌は、年相応のあどけなさと大人の女の色気を兼ね備えていた。
「騒いでも誰も来やせん。この屋敷で儂に逆らう者など、誰もおらん」
男はそう告げると、分厚い鱈子のような唇でシャロンの小さな乳首にかぶりついた。
でっぷりと太った男だった。年齢は六十歳くらいか。エラの張った丸顔に小さめの眼と大きな鷲鼻が目立っていた。たるんだ皮膚と皺だらけの風貌は、若い女の嫌悪を買うには十分すぎるものであった。そして、贅肉の塊のようなブヨブヨの腹と太く短い手足は、シャロンが今まで見たこともないほど醜悪であった。
その薄気味の悪い化け物が、淫猥な笑みを浮かべながらシャロンの裸体にのしかかり、暴虐の限りを尽くそうとしていた。
(どうして、あたしがこんな眼に遭うの?)
シャロンは皇都イシュタールの東クリスタル通りにある宿屋『希望亭』に住み込みで働いていた。若い騎士や冒険者の間では、西クリスタル通りの『幻楼の月』の看板娘リリーと人気を二分するほどに、『希望亭』のシャロンと言えば有名だった。シャロンを目当てに毎日のように食事に来る者も多かったのである。
実際にシャロンは美しい少女だった。肩で切り揃えた濃茶色の髪を靡かせ、小さめの顔の中で輝く碧眼と淡い紅唇で笑いかけられると、女っ気のない若い冒険者などは『希望亭』に通い詰めた。
三日前の朝、シャロンはいつも通り食堂で使う食材を買いに、東クリスタル通りから一本北に入った商店街を訪れた。食材を買いそろえて『希望亭』に戻ろうと商店街を歩いていると、初めて眼にする女占い師に声をかけられた。
「お嬢さん、運命の出会いがあるよ」
驚いて立ち止まったシャロンに、女占い師が続けて言った。
「うん、間違いない。あんたは近いうちに、運命の男性と出逢う。詳しく見てあげようか?」
十六歳のシャロンにとって、その言葉は魅力的だった。どんなに若い騎士や冒険者たちにちやほやされようとも、彼らはあくまでシャロンにとっては大事なお客様だった。恋愛の対象として見ることなど出来るはずもなかった。
「えっと……。でも、あたし、そんなお金持ってないわ」
占いなど今までしたこともないシャロンは、相場さえも分からず不安げな表情で女占い師を見つめた。
二十代半ばくらいの妖艶な雰囲気を持つ女性だった。頭までかぶったフードからは、赤茶色の髪の毛が覗いていた。整った顔立ちの中で、意志の強そうな黒瞳がシャロンを真っ直ぐに見つめ、高い鼻梁に続く肉厚の紅唇がニッコリと笑みを浮かべていた。
「今日、初めてここに店を出したんだけど、ご覧の通り閑古鳥が鳴いているわ。あなたが最初のお客さんだから、特別にただで見てあげる。その代わり、お友達にあたしのことを宣伝してね」
「いいんですか? じゃあ、お願いします」
願ってもない女占い師の申し出に、シャロンは飛びついた。女占い師は水晶を置いた机の前の椅子をシャロンに勧めると、いくつか質問をしてきた。
「占いに必要なことだから、教えてね。まず、あなたの名前は?」
「シャロン=カイザードです」
「歳はいくつ?」
「十六歳です」
「家族はいるの?」
「兄が一人。両親は三年前に魔獣に襲われて亡くなってます」
運命の男性を占うのに家族構成が必要なのかと疑問に思ったが、占い自体が初めてのシャロンは特に隠すようなことでもないと思い、素直に答えた。
「そう。悪いことを聞いたわね」
「いえ……」
「あとひとつ、とっても大事なことを聞くから、恥ずかしがらずに教えてね」
「はい?」
「運命の人と出会うためには、清い体でいないとダメなの。あなた、男性経験はあるかしら?」
「え……」
驚きの表情でシャロンは女占い師を見つめた。まさか、そんなことを訊ねられるとは思ってもいなかった。
「どうなの? 正直に教えて」
「まだ……です」
思わず顔を赤らめると、シャロンは俯きながら小声で答えた。その答えに満足したのか、女占い師は口元に笑みを浮かべながら言った。
「では、この水晶を覗いていてね。今からあたしが魔法で、この水晶にあなたの運命の人を浮かび上がらせるから」
「はい……」
シャロンはどんな男性が映し出されるのか、興味と不安を抱きながら目の前に置かれた水晶に顔を近づけた。水晶はかなり大きく、直径二十セグメッツェくらいの球状だった。朝日を反射してキラキラと輝きを放ち、シャロンはその美しさに期待が高まった。
だが、その期待を裏切るかのように、シャロンの目の前が真っ白に染まった。
女占い師が呪文を口ずさみはじめた瞬間、水晶が置かれた台座から白煙が噴出してシャロンの顔にかかったのだ。
「きゃっ!」
(何なの、これ?)
文句を言おうと顔を上げると、女占い師の姿が二重に見えた。そして、意識が朦朧とすると同時に、急激な睡魔に襲われてシャロンは瞼を閉じた。机の上に突っ伏すように倒れ込んだシャロンを、艶麗な笑みを浮かべながら女占い師が見つめていた。
両腕を後ろで縛られた裸体を寝台の上で暴れさせながら、シャロンが絶叫を上げた。十六歳という年齢のわりに豊かな乳房は、大きな分厚い手で揉み上げられ、芋虫のような太い指で乳首を捏ね回されていた。
恐怖と嫌悪感で大きく見開かれた碧眼から大粒の涙が溢れ、白い頬を伝って流れ落ちた。濃茶色の髪を振り乱す容貌は、年相応のあどけなさと大人の女の色気を兼ね備えていた。
「騒いでも誰も来やせん。この屋敷で儂に逆らう者など、誰もおらん」
男はそう告げると、分厚い鱈子のような唇でシャロンの小さな乳首にかぶりついた。
でっぷりと太った男だった。年齢は六十歳くらいか。エラの張った丸顔に小さめの眼と大きな鷲鼻が目立っていた。たるんだ皮膚と皺だらけの風貌は、若い女の嫌悪を買うには十分すぎるものであった。そして、贅肉の塊のようなブヨブヨの腹と太く短い手足は、シャロンが今まで見たこともないほど醜悪であった。
その薄気味の悪い化け物が、淫猥な笑みを浮かべながらシャロンの裸体にのしかかり、暴虐の限りを尽くそうとしていた。
(どうして、あたしがこんな眼に遭うの?)
シャロンは皇都イシュタールの東クリスタル通りにある宿屋『希望亭』に住み込みで働いていた。若い騎士や冒険者の間では、西クリスタル通りの『幻楼の月』の看板娘リリーと人気を二分するほどに、『希望亭』のシャロンと言えば有名だった。シャロンを目当てに毎日のように食事に来る者も多かったのである。
実際にシャロンは美しい少女だった。肩で切り揃えた濃茶色の髪を靡かせ、小さめの顔の中で輝く碧眼と淡い紅唇で笑いかけられると、女っ気のない若い冒険者などは『希望亭』に通い詰めた。
三日前の朝、シャロンはいつも通り食堂で使う食材を買いに、東クリスタル通りから一本北に入った商店街を訪れた。食材を買いそろえて『希望亭』に戻ろうと商店街を歩いていると、初めて眼にする女占い師に声をかけられた。
「お嬢さん、運命の出会いがあるよ」
驚いて立ち止まったシャロンに、女占い師が続けて言った。
「うん、間違いない。あんたは近いうちに、運命の男性と出逢う。詳しく見てあげようか?」
十六歳のシャロンにとって、その言葉は魅力的だった。どんなに若い騎士や冒険者たちにちやほやされようとも、彼らはあくまでシャロンにとっては大事なお客様だった。恋愛の対象として見ることなど出来るはずもなかった。
「えっと……。でも、あたし、そんなお金持ってないわ」
占いなど今までしたこともないシャロンは、相場さえも分からず不安げな表情で女占い師を見つめた。
二十代半ばくらいの妖艶な雰囲気を持つ女性だった。頭までかぶったフードからは、赤茶色の髪の毛が覗いていた。整った顔立ちの中で、意志の強そうな黒瞳がシャロンを真っ直ぐに見つめ、高い鼻梁に続く肉厚の紅唇がニッコリと笑みを浮かべていた。
「今日、初めてここに店を出したんだけど、ご覧の通り閑古鳥が鳴いているわ。あなたが最初のお客さんだから、特別にただで見てあげる。その代わり、お友達にあたしのことを宣伝してね」
「いいんですか? じゃあ、お願いします」
願ってもない女占い師の申し出に、シャロンは飛びついた。女占い師は水晶を置いた机の前の椅子をシャロンに勧めると、いくつか質問をしてきた。
「占いに必要なことだから、教えてね。まず、あなたの名前は?」
「シャロン=カイザードです」
「歳はいくつ?」
「十六歳です」
「家族はいるの?」
「兄が一人。両親は三年前に魔獣に襲われて亡くなってます」
運命の男性を占うのに家族構成が必要なのかと疑問に思ったが、占い自体が初めてのシャロンは特に隠すようなことでもないと思い、素直に答えた。
「そう。悪いことを聞いたわね」
「いえ……」
「あとひとつ、とっても大事なことを聞くから、恥ずかしがらずに教えてね」
「はい?」
「運命の人と出会うためには、清い体でいないとダメなの。あなた、男性経験はあるかしら?」
「え……」
驚きの表情でシャロンは女占い師を見つめた。まさか、そんなことを訊ねられるとは思ってもいなかった。
「どうなの? 正直に教えて」
「まだ……です」
思わず顔を赤らめると、シャロンは俯きながら小声で答えた。その答えに満足したのか、女占い師は口元に笑みを浮かべながら言った。
「では、この水晶を覗いていてね。今からあたしが魔法で、この水晶にあなたの運命の人を浮かび上がらせるから」
「はい……」
シャロンはどんな男性が映し出されるのか、興味と不安を抱きながら目の前に置かれた水晶に顔を近づけた。水晶はかなり大きく、直径二十セグメッツェくらいの球状だった。朝日を反射してキラキラと輝きを放ち、シャロンはその美しさに期待が高まった。
だが、その期待を裏切るかのように、シャロンの目の前が真っ白に染まった。
女占い師が呪文を口ずさみはじめた瞬間、水晶が置かれた台座から白煙が噴出してシャロンの顔にかかったのだ。
「きゃっ!」
(何なの、これ?)
文句を言おうと顔を上げると、女占い師の姿が二重に見えた。そして、意識が朦朧とすると同時に、急激な睡魔に襲われてシャロンは瞼を閉じた。机の上に突っ伏すように倒れ込んだシャロンを、艶麗な笑みを浮かべながら女占い師が見つめていた。
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