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第二章 再会の宴

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 ダグラスの想像通り、アルフィの機嫌は最悪だった。皇都イシュタールの『幻楼の月』で宿泊の手続きを終え、確保した部屋に荷物を置くとアルフィはランディに食ってかかった。
「半日もかけて戻ってきたのに、すぐに依頼にかかれってどういうこと? 何であたしがあんたに命令されなきゃなんないのよ。<漆黒の翼>のリーダーは誰?」
 今にも依頼を取り消しそうな勢いのアルフィを、ランディが賢明に慰めながら言った。

「疲れてるところ、本当にすまない。だけど、ダグラスさんにも言ったが、シャロンがやばいんだ。何とか今から助けに行ってもらえないか?」
「助けには行くわよ。でも、食事とお風呂に入るくらいの時間はあるでしょ? ニザンもあれば終わるわよ」

「そのニザンの間にシャロンが……」
「相手だって、ニザンくらい待ってくれるわ!」
 けんもほろろにランディの頼みを拒むアルフィを見て、ダグラスはため息をついた。長い付き合いによって、こうなったアルフィを説得できるとは思えなかった。唯一説得できそうな人間の方を振り向いて、ダグラスが眼で合図をした。ティアが小さく頷いた。

「アルフィ、ちょっと耳貸して……」
「何、ティア?」
 ティアはアルフィの左耳に唇を寄せると、そっと囁いた。
「さっさと終わらせて、二人でゆっくりとお風呂に入りたいわ」
 次の瞬間、アルフィの顔から険が取れた。ニヤリと笑うと、アルフィはランディに向かって告げた。
「ランディ、さっさと案内しなさい。一ザンで終わらせるわよ」

 『幻楼の月』から魔道結社<デビメシア>の支部がある第三貴族街への間には、皇宮イシュタル・パレスがある。皇宮の中を通れるはずがないため、北か南に大きく迂回をしなければならなかった。第三貴族街は皇宮の南東にあるため、アルフィは距離が近い南回りの道筋を選んだ。

 ティアはアルフィの選択に不安を抱いた。会う可能性などほとんどないと分かっているにもかかわらず、先ほどから嫌な予感を感じていた。そして、前方の集団を眼にした時にティアはその予感が的中したことを悟った。その集団は、夜目にも鮮やかな双頭の銀龍が描かれた真紅の団旗を掲げていた。
「へえ、こんな時間に銀龍騎士団を見かけるなんて珍しいな。訓練の帰りか何かかな?」
 皇宮南門に整列している百人ほどの騎士団を見て、ダグラスが言った。

 ユピテル皇国には、八つの騎士団があり、その総人数は十五万人であった。皇宮守護を役目とする近衛騎士団一万人を筆頭に、皇都全域の守護をする銀龍騎士団三万人、鳳凰騎士団、黒獅子騎士団、白狼騎士団、天馬騎士団、幻獣騎士団が各二万人、そして、情報部隊である飛燕騎士団の一万人である。その中で最も有名であり、最強と言われているのが銀龍騎士団であった。

 銀龍騎士団の団長は皇弟ロイエンタール大公の第一公女スカーレット=フォン=ロイエンタールであり、彼女はユピテル皇国十五万人の騎士を統率する皇国元帥でもあった。年齢はティアより七歳年上の二十六歳で、豪奢な金髪とスミレ色の瞳を持つ美しい女性だった。

 そして、ムズンガルド大陸において彼女の名を知らない者は、ほとんど皆無であった。何故ならスカーレットは、ムズンガルド大陸で三人しかいない剣士クラスSSであり、その偉大な才能と比類なき能力から「勇者の再来」、「神童」、「先祖返り」とまで呼ばれる存在だったからである。

「アルフィ、ごめん。道を逸れて」
「何で……あっ!」
 突然のティアの言葉に首を傾げたアルフィだったが、ヘテロクロミアの瞳に浮かぶ真剣な眼差しを見て気づいた。
「分かった。あの横道へ入るわ。ダグラス、急いで!」
 アルフィが即断し、すぐ右側にある小道へ向かおうとした時、夜目にも美しい白馬に乗った騎士が走り寄ってきた。

 その豪奢な金髪と、双頭の銀龍が刺繍された真紅のマントを靡かせる姿を見て、ティアは逃げることを諦めた。下手に逃走でもしようものなら、どれほどの目に合わされるか分かりきっていたからである。ティアはアルフィたちを押しのけるように自ら進んで前に出ると、目前で止まった馬上の騎士に向かって言った。

「ご無沙汰してます、スカーレット姉さん」
「やはりお前か。久しぶりだな。冒険者になったと噂で聞いたが、どうやら本当のようだな」
 そう告げると、スカーレットは真紅のマントを靡かせながら馬から飛び降りた。背中までかかる金髪が、月の光を受けて神々しく輝いた。そのスミレ色の瞳がじっとティアを見つめると、整った美貌に笑いを浮かべながらスカーレットが言った。

「ふむ……。ずいぶんと腕を上げたな。久しぶりに手合わせをしてやろう。今、時間はあるか?」
 やはり来たと思いながら、ティアは内心の焦りをおくびにも出さずに微笑みを浮かべながら答えた。
「ぜひお願いしたいのですが、あいにくと依頼を遂行している最中なのです。申し訳ありません」

「そうか、残念だ。近いうちに私を訪ねてこい。心配するな、皇帝陛下には内密しておいてやる」
 そう告げると再び真紅のマントを靡かせながら、スカーレットは馬上の人となった。
「はい。ぜひ顔を見せに伺います。ご活躍をお祈りしております」
「うむ。ではまたな」
 笑顔でティアに別れを告げると、スカーレットは白馬に鞭を入れて銀龍騎士団の集団へと戻って行った。それを見送ると、ティアはアルフィに駆け寄って抱きついた。

「アルフィ……怖かったよぉ……」
「ティア……」
 あまりの成り行きに呆然としていたアルフィは、胸に飛び込んできたティアを見つめて言った。
「凄い威圧ね。あたし、全然動けなかったわ……」
「手合わせをしてやるって言われた時は、心臓が止まるかと思った……。模擬戦の時のスカーレット姉さんが放つ覇気って、今の百倍は凄いのよ」
 ヘテロクロミアの瞳に怯えを映しながら、ティアが告げた。実際に、何度スカーレットの覇気に吹き飛ばされたことか、ティアは数えたくもなかった。

「あれが、剣士クラスSSのロイエンタール元帥か。凄まじいな」
 ダグラスも額に汗を流しながら告げた。彼の眼にも、スカーレットの実力はどのくらいなのかまったく見えなかったのだ。少なくても、今のティアを遥かに凌ぐことだけは分かった。剣士クラスSの中でも上位の実力を持つティアが、これだけ怯えることも理解できた。

「お、おい……。どういうことだ? 何故、元帥閣下がティアさんに声をかけてきたんだ? スカーレット姉さんだと? それに、皇帝陛下に内密ってどういうことだ?」
 ティアの正体を知らないランディが、焦ったように訊ねてきた。その疑問は当然であった。皇弟であるロイエンタール大公の第一公女にして皇国元帥であるスカーレットが、単なる冒険者に声をかけるなどあり得ることではなかった。それも、単騎でわざわざ馬を飛ばしてやってきたのだ。不思議に思わない方がおかしかった。

「どうする、ティア? 殺しておく?」
「え……? それは、さすがに……」
 アルフィの過激な発言に、ティアが苦笑いを浮かべた。だが、冷静に考えれば、ティアの正体をばらす可能性があるランディの口を封じることは十分に効果的な対策だった。

「ランディ、今見たことは墓場まで持って行きなさい。もし少しでも他言したら、必ず殺すわ。たとえ、あんたの妹にでも絶対に話さないとこの場で誓いなさい」
 アルフィはランディの方を振り向くと、黒曜石の瞳に殺気さえ込めて厳しく告げた。
「わ、分かった。約束する。誰にも言わねえ……」
 その威圧にビビりながら、ランディが震える声で答えた。その様子を厳しい眼でしばらく見つめると、アルフィはティアに向かって微笑んだ。

「取りあえず、ランディのことは任せなさい。裏切ったら、必ずあたしが殺してあげるから」
「うん。ありがとう、アルフィ」
 再び抱きついてきたティアの長い淡紫色の髪を撫でると、アルフィがダグラスとランディに向かって告げた。

「じゃあ、これから乗り込むわよ。言ったとおり一ザンで終わらせるから、そのつもりでいて!」
 そう告げたアルフィの姿を頼もしく思いながらも、近い将来のスカーレットとの模擬戦を考えるとティアはひどい憂鬱に陥った。
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