今を春べと咲くや此の花 ~ 咲耶演武伝 ~

椎名 将也

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第4章 咲耶の軌跡

10.八雷の脅威

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 黄泉醜女の攻撃をすべていなし、反撃できるようになるまでに十八年の歳月が掛かった。黄泉の国を訪れてから、実に二十年が過ぎた。二年毎に錬気神丹を届けに来た建御雷神は、その度に咲耶を激しく愛して加護を与えてくれた。辛い修行の中で、それだけが咲耶にとって何物にも勝る倖せな瞬間だった。

「今日であちきたちの修行は終わりにするよ。明日からは、八雷に修行をつけてもらいな」
「もう、あんたに教えることは何もないよ。あたいたち二人を一人で相手取ることができるようになったんだ。八雷の修行を受ける下地は十分にできたはずだ」
 黄泉醜女の二人が太鼓判を押して頷き合った。

「八雷の方たちは駿しゅんさまやそうさまと比べて、どの程度強いのですか?」
 咲耶の言葉に、黄泉醜女の姉妹は顔を見合わせた。そして、ニヤリと笑いながら楽しそうに告げた。
「そんなに変わらないよ。あちきらよりほんの少し強いだけさ……」
「そうそう……。大したことないけど、あいつらは八人もいるからさ……」
 二人の言葉に咲耶はホッと胸を撫で下ろした。黄泉醜女の修行でさえ、修得するまでに二十年の歳月が掛かったのだ。八人の雷神たちが黄泉醜女の力を大きく超えていたら、残り四十年で修行を終えることなどできそうになかった。

「そうですか……。長い間、本当にお世話になりました。このご恩は生涯忘れません」
 長い漆黒の髪を揺らしながら、咲耶が二人の姉妹に頭を下げた。それを見つめながら、双子たちは顔を引き攣らせた。
「最後に一つだけ忠告しておくよ。大雷オオイカヅチには気をつけな。あとの七柱はともかく、あの建御雷神に傷を負わせたのはあいつだけだからね」

「た、建御雷神さまに傷をッ……?」
 駿の言葉に、黒曜石の瞳を大きく見開いて咲耶は叫んだ。素戔嗚尊スサノオのみことと並ぶ高天原随一の武神である建御雷神に傷を負わせるなど、にわかに信じられないことだった。それが事実だとしたら、高天原においても五本の指に入る武神に間違いなかった。

(そう言えば、以前に建御雷神さまがおっしゃっていた……)
 咲耶は黄泉の国に旅立つ時に、建御雷神が告げた言葉を思い出した。

『黄泉の国には八雷と呼ばれる八柱の雷神がいる。その誰もが、綿津見ワダツミ以上に強い武神だ。最終的には彼らに修行をつけてもらうことになるが、当面は黄泉醜女に師事しろ』

 黄泉の国の八雷とは、大雷オオイカヅチ火雷ホノイカヅチ黒雷クロイカヅチ析雷サキイカヅチ若雷ワカイカヅチ土雷ツチイカヅチ鳴雷ナルイカヅチ伏雷フシイカヅチの八柱のことである。
 その誰もが高天原においても、武神として十分に通用する雷神たちであった。一対一で彼らに勝てる者は、高天原広しと言えども素戔嗚か建御雷神以外にはいないと言われていた。

(たしかに、八雷は綿津見さまよりも強いと言っていた……。ということは、その誰もが黄泉醜女よりも遥かに強いということでは……?)
 黄泉醜女に追いつくまでに二十年の歳月が掛かったとはいえ、彼女たちが綿津見を超えるを持っているとは思えなかった。

「正直に教えてください。お二人は八雷と闘ったことがありますか?」
 八雷の強さを確認するために、咲耶は真剣な表情で黄泉醜女の姉妹に訊ねた。
「あるよ……。析雷とだけだけどね……」
「あいつ、ムカつくよね。あたいら二人がかりの攻撃を簡単にいなしやがって……!」
 颯の言葉に、咲耶は驚愕した。二人の放つ神鞭と神弓を同時に相手取るなど、今の咲耶にはとてもではないが不可能だった。

「析雷さまというのは……、八雷の中でどの程度の強さなのでしょうか?」
「一番弱いんじゃないかな? 他の七柱からは弱虫って言われているらしいし……」
 駿が苦笑いを浮かべながら告げた。
「よ、弱虫って……?」
 黄泉醜女二人を軽くあしらう実力者が八雷最弱であるとしたら、彼らの力は咲耶の想像を遥かに超えていた。

「まあ、咲耶なら百年もあれば析雷に追いつくことも夢じゃないさ」
「ひ、百年……」
 力づけようとして言った颯の言葉に、咲耶は愕然として固まった。天照との約束の期限までは、あと四十年弱しかないのだ。その間に八雷全員から修行を受け、最強と呼ばれる大雷さえも超えなければならないのだった。

「それじゃあ、あちきらはそろそろ行くよ。がんばりなよ、咲耶……」
「あたいらの代わりに、析雷に一発ガツンとかましとくれよ……」
 笑いながらそう告げると、黄泉醜女の姉妹は咲耶をその場に残して<冥府の宮>に向かって歩き出した。
「は、はい……。長い間、ありがとうございました」
 咲耶は慌てて二人の背中に向かって頭を下げた。姉妹は一度立ち止まって咲耶を振り返ると、手を振って再び歩き出した。

(どうしよう……。黄泉醜女の修行だけで二十年も掛かったのに、それを遥かに超える八雷の修行があと四十年で終わるとはとても思えない……)
 言葉にできないほどの焦燥にかられて、咲耶は茫然としながら双子の後ろ姿を見送った。


 翌朝、咲耶は析雷を訪ねた。残り四十年足らずで八柱の雷神たちから修行を受けなければならないのだ。一日たりとも無駄にはできなかった。
「ご無沙汰しております、析雷さま……。木花咲耶にございます。黄泉醜女のお二人から、本日より析雷さまに師事するように申しつけられました。よろしくお願い致します」
 長い漆黒の髪を揺らしながら、咲耶は丁寧にお辞儀をした。黄泉の国を初めて訪れた時に、咲耶に建御雷神の紹介状を出すように告げた男が析雷だった。

「黄泉醜女の修行を終えるのに二十年か……。思っていたよりも早かったな。お前がどの程度の腕前になったのか、早速確認するとしよう。ついて参れ……」
「はい……」
 そう告げると析雷は<冥府の宮>を出て、咲耶をいつもの修練場にいざなった。
(やはり、この方からは綿津見ワダツミさま以上のを感じる……)
 析雷の広い背中を見つめながら、咲耶は顔を引き攣らせた。

 並んで立つと、析雷の背丈は咲耶よりも頭一つ以上高かった。六尺三寸(百九十センチ)は優に超えているようだった。肩幅も身長に見合って広く、衣服の上からでも鍛え上げられた筋肉質の体躯からだをしていることが見て取れた。
 人間でいうと年齢は四十代半ばくらいで、よく日に焼けた浅黒い顔に太い眉とやや釣り上がった鋭い眼が印象的な男だった。肩まで伸ばした黒髪を頭頂で結い上げ、二寸(六センチ)ほどの顎髭を蓄えた一見すると文官のような外見をしていた。だが、その神気は紛れもなく武官のそれであった。

「月詠殿から賜ったという<咲耶刀>を出してみろ……」
「はいッ……!」
 析雷の言葉に頷くと、咲耶は左手に神気を集めて<咲耶刀>を神鞘しんしゅうごと具現化させた。そして、袴の角帯かくおびに朱漆の神鞘を差して、金糸が平巻ひらまきにされている漆黒のつかを右手で握った。

「それが<咲耶刀>か……。抜いてみろ……」
「はい……」
 シャキンっという音色とともに、咲耶が<咲耶刀>を抜き払った。白銀に輝く刀身が、朝陽を反射して美しい煌めきを放った。

「噂通り、見事な神刀だな。私の天之尾羽張あめのおはばりでさえ、まともに打ち合ったら刃毀れしてしまうやも知れぬ……」
「天之尾羽張って……!」
 天之尾羽張と呼ばれる十拳剣とつかのつるぎに、咲耶は聞き覚えがあった。それは、伊邪那岐命イザナギのみこと迦具土カグツチを斬り殺した剣であり、建御雷神の父神の御名でもあった。天之尾羽張は剣であると同時に神でもあった。
 そして、伊邪那岐が迦具土を斬った時に天之尾羽張の切っ先から飛び散った血から産まれたのが、高天原最強の武神である建御雷神なのだ。

「だが、お前はまだその神刀の力を引き出せていない。まずは私がその力を引き出せるようにしてやろう。そのくらいできなければ、あとの七雷を相手にした修行など無理だからな……」
「は、はい……。よろしくお願いします……」
(やはり、他の七雷は析雷さまよりも強いようじゃ……)
 ゴクリと生唾を飲み込みながら、咲耶が真剣な表情で析雷に頷いた。

「まずは<咲耶刀>で好きに打ち込んでこい。神気を使っても構わぬから、本気で打ってこいッ!」
「はッ……! 行きますッ!」
 咲耶は両脚を大きく広げると、得意の居合の型を取った。そして、全身の神気を<咲耶刀>に収斂しゅうれんさせると、裂帛の気合いとともに析雷めがけて居合を放った。

「ハァアッ……!」
 白銀に輝く<咲耶刀>の刀身から、凄まじい光輝を放つ神刃しんじんが飛翔した。その三日月型の神刃が析雷めがけて光輝の奔流となって襲いかかった。

 キンッ……!

 咲耶が全身全霊を込めて放った神刃が、析雷の左逆袈裟によってあっさりと弾かれた。析雷の右後方で神刃が地面に激突し、爆音とともに大地を震撼させた。

「なッ……!」
(今の神刃を簡単に弾くとは……? このお方、本当に強い……)
 茫然と黒瞳を見開いた咲耶に、析雷が苦笑いを浮かべながら告げた。
「黄泉醜女の奴め、二十年間も何を教えておったのだ……? 大方、速く動くことしか教えなかったのではないか?」
 たった一撃で析雷は咲耶の実力どころか、黄泉醜女の修行までも見抜いたようだった。

「剣術の基本は、攻守動の三つだ。だが、神気を使った闘いにおいては、攻がすべてに優先する。今の私の動きのように、一歩も動かずとも相手の攻撃を自らの攻撃で防御できる。だが、そのためには、相手と同等かそれ以上の神気が必要だ」
「は、はい……」
 析雷の言葉に、咲耶は過去の修練を思い出した。言われてみれば建御雷神や綿津見は、咲耶の攻撃を一歩も動かずに自らの攻撃で弾き返していた。

「今のお前に足りぬのは神気だ。まずは地面に立てた<咲耶刀>の切っ先の上で、一日過ごせるようになれ……」
「さ、<咲耶刀>の切っ先の上で一日過ごすのですかッ……?」
 黒曜石の瞳を驚愕に大きく見開きながら、咲耶が訊ねた。神刀である<咲耶刀>は、普通の日本刀とは比較にならないほどの切れ味を持つ刀だった。その切っ先の上に立つには、よほど強固な結界を張らなければ不可能だった。それを析雷は単に立つだけでなく、切っ先の上で終日過ごせと言ったのだ。

「神気を纏えば簡単なことだ。逆に言えば、その程度の神気を制御できずに我らの修行に付いて来られるはずはない。葦原中国を譲るように大国主オオクニヌシに談判した時に、建御雷神殿は十拳剣の剣先に胡座をかいていたというぞ」
「建御雷神さまが……?」
 愛しい男の顔を思い出して、咲耶が思わず顔を綻ばせた。建御雷神ほどの神気があれば、剣の切っ先に胡座をかいて座ることなど造作もないはずだった。

「では、切っ先に立って終日過ごせるようになったら、教えに来い。私が修行をつけるのはそれからだ……」
「は、はい……」
 そう告げると、析雷は咲耶をその場に残したまま<冥府の宮>へ戻って行った。その後ろ姿を見送りながら、咲耶は両脚に神気を収斂しゅうれんさせた。そして、逆手に持った<咲耶刀>を地面に突き刺した。

「ハッ……!」
 短い気合いとともに、咲耶は<咲耶刀>の切っ先の上に飛び乗った。
「ぎゃああッ……!」
 次の瞬間、<咲耶刀>が右足裏から甲までを貫いた。咲耶は慌てて<咲耶刀>を引き抜くと、激痛にのたうち回った。白銀の刀身に、咲耶の鮮血が流れ落ちた。

 凄まじい痛みに黒瞳から涙を流しながら、咲耶は貫頭衣の隠しから錬気神丹の竹筒を取り出した。そして、一粒飲み込むと右手で涙を拭ってため息をついた。
(こんなの、いきなりじゃ無理だわ……。錬気神丹があっという間になくなってしまう……)
 咲耶は怨嗟宮の裏に竹林があったことを思い出すと、竹を手に入れるために向かった。そして、細目の竹を十本ほど<咲耶刀>で切ると、二尺四寸(七十三センチ)の長さに切り揃えた。当面は<咲耶刀>の代わりに、この竹の上に乗るつもりだった。

 修練場に戻ると、地面に刺した竹の先端に飛び乗る練習を始めた。だが、咲耶の体重と飛び乗った時の衝撃で、大きく竹がしなって上手く乗ることができなかった。
「どうしたら、上手く乗れるのじゃ……? 単に竹に乗ることがこんなに難しいとは……」
 十回ほど連続で失敗した咲耶は、腕組みをしながら憎々しげに竹を睨みつけた。竹にさえ乗れない者が、<咲耶刀>の切っ先に乗れるはずなどないことは自分自身でよく分かった。

「面白いことをやっているな……。その上に乗ればよいのか?」
 突然、背後から声をかけられ、咲耶は驚いて振り向いた。そして、その男を見た瞬間、黒曜石の瞳に喜びが浮かび上がった。
「建御雷神さまッ……! いつから、こちらに……?」
「つい先ほどだ。たった今、黄泉津大神さまにご挨拶をしてきたところだ……」
 二年ぶりに会った愛しい男が、優しい笑みを浮かべながら告げた。

「どれ……、見本を見せてやろう……」
 そう告げると、建御雷神は咲耶の頭上を飛び越えて、竹の先端に右脚だけで立った。驚いたことに、竹は微動たりともしなかった。
「何故、竹がしならないのですかッ……?」
 咲耶が飛び乗ろうとするたびに、竹は大きくしなっていたのだった。

「私の右脚と竹をよく見てみろ……」
 ニヤリと笑いを浮かべながら、建御雷神が告げた。その言葉通りに建御雷神の足先を見て、咲耶は驚愕の声を上げた。
「浮いているッ!」
 建御雷神の右爪先と竹の先端との間に、わずかな隙間があった。陽の光で気づかなかったが、よく見るとその隙間には光輝が溢れていた。

「これが神気の使い方だ。必要な場所から必要な量の神気を放出できるようにすることが、この修行の目的だ。今、私は右脚の親指の先端からだけ神気を出している」
 そう言うと、建御雷神は再び咲耶の目の前に降り立った。当然のことながら、飛び降りる際にも竹はまったくしならなかった。

「分かりましたッ! 早速やってみますッ!」
 笑顔で告げた咲耶を、建御雷神は苦笑いを浮かべながら制した。
「待て、物には順序がある。まずはその場で、右脚の親指一本で神気を出す練習だ。慣れてきたら神気の量を増やして、体を浮かせるのだ」
「は、はいッ!」
 先ほどの建御雷神を真似て、咲耶は右脚の親指一本で立った。だが、平衡感覚を取るのが難しく、すぐに左足を地面についてしまった。

「片足の指先だけで立つというのは、意外と難しいですね……」
 憮然とした表情を浮かべながら咲耶が告げた。愛する建御雷神の前で、みっともない失敗などしたくなかったのだ。咲耶の考えなど見通しているかのように、建御雷神が告げた。
「私がいるからと言って、今更格好を付ける必要などないぞ。すでに私はお前の恥ずかしい姿など知り尽くしているからな……」
「た、建御雷神さまッ……!」
 カアッと顔を真っ赤に染めて、咲耶が建御雷神を睨んだ。今の建御雷神の言葉は、閨の睦言で咲耶が晒した痴態を指しているのは間違いなかった。

「ハッ、ハッ、ハハッ……! 私は八雷に挨拶をしてくるので、先に行くぞ。夜にはお前の部屋に行く。今夜はどんな恥ずかしい姿を見せてくれるのか、楽しみにしておるぞ」
「し、知りませぬッ!」
 耳まで真っ赤に染めながら、咲耶はプイッと建御雷神から顔を逸らせた。だが、二年ぶりに建御雷神に抱かれることを思うと、期待と喜びに咲耶の鼓動は早鐘を打ち始めた。


「あッ、あッ……いいッ、気持ちいいッ……! あッ、だめッ……! それッ、いいッ……!」
 長い漆黒の髪を振り乱しながら、咲耶は建御雷神の上で激しく腰を振っていた。指を絡ませながらお互いの両手を握り締めて快感を貪る二人の姿は、愛し合う恋人同士以外の何物でもなかった。

「あッ、だめッ……! また、イクッ……! いやッ、イクッ……! あッ、あぁああッ……!」
 眉間に深い縦皺を刻むと、咲耶はビクンッビクンッと激しく裸身を痙攣させながら絶頂を極めた。真っ赤に染まった目尻から随喜の涙が流れ落ち、ワナワナと震える唇の端からツッツーッと涎が糸を引いて垂れ落ちた。

 ガクガクと歓喜の硬直に震えている咲耶の体を、建御雷神は四つん這いにした。そして、両脚を大きく広げると、白い尻を掴みながら猛り勃った火柱を濡れた秘唇に押し当てた。
「いや、待ってッ……! これ、恥ずかしいッ……!」
 獣のように後ろから犯されることに気づき、咲耶が真っ赤に染まった顔をフルフルと横に振った。長い黒髪が舞い乱れ、濃厚な女の色香を撒き散らした。

「たまには獣になって乱れるのもよかろうッ……!」
 ニヤリと笑みを浮かべながらそう告げると、建御雷神は快美の火柱で一気に咲耶の奥底まで貫いた。
「あッ、あぁああッ……!」
 肉襞を擦り上げながら子宮口まで貫かれ、咲耶は美しい黒瞳を見開きながら絶頂に達した。だが、ビクンッビックンッと痙攣している裸身を見下ろしながら、建御雷神は悪魔の律動を始めた。入口の粒だった部分を三回擦り上げ、濡れた肉襞を抉りながら最奥まで貫いた。

「ひぃいいッ……! だめッ、だめぇえッ……! 今、イッてるッ……! いやッ、おかしくなってしまうッ……! あッ、あぁああッ……!」
 達している最中の女体を三浅一深の動きで責められたら、堪ったものではなかった。涙と涎を垂れ流しながら、咲耶は激しく首を振った。腰骨が熱く灼き溶け、凄絶な快感が背筋を舐め上げて脳天を何度も落雷が直撃した。

「どうした、ビッシリと背中に鳥肌を立てて……? そんなに気持ちいいのか?」
「あッ、いやッ……! 許してぇえッ! おかしくなるッ……! あッ、あッ、いやぁああッ……!」
 建御雷神の言葉も耳に入らず、咲耶は本気で哀願の言葉を叫んだ。イッたと思った次の瞬間には、更なる絶頂が襲ってきた。途切れることのない凄絶な極致感に随喜の涙が止まらず、熱い喘ぎを漏らす唇からは白濁の涎がネットリと糸を引いて垂れ落ちた。

「お願いッ、許してぇえッ……! 狂ってしまうッ! イクの、止まらないッ! あッ、あっひぃいいッ……!」
 建御雷神の動きに合わせて、ピシャピシャと音を立てながら蜜液が飛び散った。長い黒髪を激しく舞い乱しながら、限界を超える快絶に咲耶は悶え啼いた。脳髄さえトロトロに蕩かされ、全身の細胞ひとつひとつが灼き溶かされた。

「武神、建御雷神の加護を与えてやろうぞッ! 受け取るがいいッ!」
 最奥まで貫いた快美の火柱が弾け、建御雷神は灼熱の熱精かごを何度も放った。
「ひぃいいッ……! 死ぬぅうッ……!」
 白い裸身を限界まで仰け反らせると、咲耶はビックンッビックンッと激しく痙攣して快絶の頂点を極めた。プシャアッと音を立てて秘唇から蜜液が迸り、虚空に弧を描いて飛散した。

 美しい貌を涙と涎に塗れさせ、ビクンッビックンッと裸身を痙攣させながら咲耶は寝台に沈み込んだ。ほつれた黒髪を唇に咥えたその表情は、愛する男によって与えられた女の悦びに溢れていた。

「咲耶……、私はお前が愛しい……」
 優しく黒髪を撫ぜながら告げた建御雷神の言葉に、咲耶は驚愕して黒曜石の瞳を見開いた。
(うそッ……? 今、建御雷神さまが……を愛しいと……?)
 建御雷神と出逢ってから、すでに三十年以上が経っていた。今では相思相愛であることをお互いが知っており、二年に一度はこのように激しく愛し合っていた。だが、咲耶が瓊瓊杵ニニギの妻であることをはばかり、建御雷神は今まで一度も愛の言葉を告げたことがなかった。

「建御雷神さま……も……貴方さまを……」
 嬉しさのあまり、黒曜石の瞳から大粒の涙が流れ落ちた。指先でその涙を拭いながら、建御雷神が優しく微笑んだ。
「お前はその先を告げてはならぬ……。私が勝手にお前に恋慕しているだけだ。お前は私の加護を受けているだけだ……」
「建御雷神さま……」
 咲耶の言葉を遮るように、建御雷神が唇を重ねてきた。そして、秘めた想いをぶつけるように濃厚に舌を絡めてきた。

 夜空をしろしめす月詠の輝きも、黄泉の国までは届かなかった。二人は濃密に舌を絡め合いながら、お互いの気持ちを確かめ合った。そして、夜が白むまでお互いを求め合い、何度も恍惚の頂点を極めた。
 咲耶は愛する男の腕の中で、身も心も蕩けるような倖せに包まれながら眠りについた。
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