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第3章 火焔の女王

4.魔の眷属

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「近くに行けば、西条先輩の妖気を感じ取れるの?」
 ハーレーダビッドソン・STREET BOB 114を駆りながら、ピリオンシートに座る玉藻に向かって咲希は大声で叫んだ。
「数百メートルまで近づけば、たぶん感じられると思いますわ。それ以上になると、難しいかも知れません」

 玉藻の答えを聞いて、咲希はSTREET BOB 114のアクセルを開いた。慣らし運転であるにも拘わらず、タコメーターのデジタル表示は六千回転をオーバーした。空冷型ミルウォーキーエイト・エンジン特有のエンジン音を響かせながら、297㎏もある真紅の車体が急激に加速していった。
 二人乗りタンデムのため、高速を使うわけにはいかなかった。咲希は国道129号を全速で南下して茅ヶ崎へと向かった。

 凪紗からのLINEに気づいたのは、休憩室で意識を取り戻してからすぐだった。玉藻の口づけを受けて、咲希は数え切れないほど極致感オルガスムスを極めて失神してしまったのだった。

 休憩室から出て来た二人を見て、剣道部の部員たちは驚きに眼を見開いた。重傷を負っていた玉藻が何事もないように艶やかな表情を浮かべているのに対し、咲希は真っ赤に顔を染めて熱い吐息を漏らしながら玉藻に縋り付いていたからだ。だが、それが玉藻に神気を吸われて、絶頂を極め尽くされた結果でであることに気づく者は誰もいなかった。

『今、西条先輩と会ってるよ。先輩の車で茅ヶ崎に行くんだ。詳しいことは、明日話すね』

 凪紗からのLINEを思い出しながら、咲希は唇を噛みしめた。その西条和馬が妖魔であることなど、凪紗は予想さえしていないのだ。恐らく西条は咲希の近くに玉藻がいることを知って、直接の接触を諦めたのだ。そして、咲希の親友である凪紗を拉致し、人質にするつもりだと思われた。

「玉藻、西条先輩に化けた妖魔って、どんな奴だか分かる?」
「あの身体能力と妖気を隠蔽する術を持っていることから、かなり高位の存在だと思われますわ。恐らく人狼ウェアウルフか、吸血鬼ヴァンパイアではないかと……」
「吸血鬼ッ……?」
 咲希の脳裏に、一年半前の壮絶な恐怖が蘇った。人間の種としての尊厳さえ超越する絶対的な畏怖に、咲希は絶大な戦慄を感じて失禁までしてしまったのだ。

「まさか……夜叉ヤクシャが……?」
 震える声で咲希が訊ねた。『闇の王』と呼ばれる吸血鬼の真祖である夜叉ヤクシャの存在は、咲希の心に恐怖の象徴として刻み込まれていた。
「違いますわ。夜叉ヤクシャ本人の妖気は、あんなものではありません。仮に夜叉ヤクシャと関係があるとしても、その眷属に過ぎませんわ」
 咲希の疑問を即座に否定して、玉藻が告げた。

(そう言えば、玉藻も三大妖魔の一人なのよね。でも、最初は怖かったけど、今は全然怖くないわ。それに、『火焔の女王』って言うよりも、『淫魔サキュバスの女王』って言われた方が合っているみたい……)
 ついさっきも淫気を当てられて失神させられたことを思い出し、咲希はカアッと顔を赤らめた。

「何か失礼なことを考えてませんか、咲希?」
「べ、別に何も……。それよりも、もし夜叉ヤクシャの眷属だとしたら、戦っている間に夜叉ヤクシャ本人が現れる可能性もあるの?」
 図星を突かれて、咲希が慌てて首を振りながら訊ねた。

「よほど大事な眷属でない限り、そんなことはありません。ですが、一応は油断は禁物です。夜叉ヤクシャの力は、全盛期のわたくし以上ですので……」
 玉藻の言葉に、咲希は緊張しながら小さく頷いた。玉藻は咲耶の方が自分より力が上だと告げた。その咲耶が辛うじて引き分けた相手が、『闇の王』夜叉ヤクシャなのだ。そして、肝心の咲耶は玉藻に神気を吸われて、眠っているのだった。

「とにかく、凪紗を捜しましょう! 例え夜叉ヤクシャの眷属だとしても、凪紗に手を出したら絶対に許さないんだからッ!」
 黒曜石の瞳に真剣な光を浮かべながら、咲希が叫んだ。その叫びを聞きながら、玉藻は不満そうな表情を浮かべた。

(あれだけ咲希はわたくしのものだと教えてさしあげたのに、まだ分かってないみたいですわね。咲希の頼みですから凪紗さんを助けるのに力は貸しますけれど、その後でもう一度、咲希が誰のものかをその体に刻みつけてさしあげますわ……)
 淫魔の女王の思惑にまったく気づかずに、咲希は再びアクセルを開いてSTREET BOB 114を茅ヶ崎に向けて疾走させていった。


 そのメールを見た瞬間、桐生将成は驚愕に眼を見開いた。最初はバカなと笑い飛ばそうとしたが、思い当たる節が多すぎた。将成は再びメールの文面を最初から読み直した。

『最重要命令を伝えます。神守咲希を監視しなさい。彼女は九尾狐クミホこと宝治玉藻に操られている可能性があります。そもそも、妖魔U.E.が人間と相容れる存在ではないことをあなたも知っているはずです。その妖魔U.E.に心を許している咲希は、正常な状態とは思えません。現在の神社幻影隊S.A.P.にとって、咲希は最も重要な人材です。彼女が宝治玉藻に操られているのであれば、どんな手を使っても我々の元に取り戻しなさい。これはS.A.P.の主任宮司リーダーとしての、最重要かつ最優先の命令です』

 天城色葉が危惧するとおり、最近の咲希はいつも玉藻と一緒にいた。大学の行き帰りは新しく買ったSTREET BOB 114で二人乗りタンデムをし、自分のマンションに玉藻を同居させていた。それが普通の女友達であれば問題ないのだが、相手は三大妖魔の一人である『火焔の女王』九尾狐クミホなのだ。色葉からのメールを受けて、将成の不安は一気に増大した。

(大丈夫なのか、咲希……? 本当に九尾狐クミホに操られているのか? もしそうだとしたら、いったいどうやって戻せばいいんだ……?)
 将成は色葉の指令を達成する困難さに、慄然とした。相手は、SA係数一万を超えると言われる三大妖魔の一人なのだ。将成のSA係数は二八五と一般の人間よりは多いとはいえ、九尾狐クミホ相手に戦うことなど不可能だった。まして、九尾狐クミホが咲希を操っているとすれば、その洗脳を解く方法さえ知らなかった。

(唯一、九尾狐クミホに対抗できる者がいるとしたら、咲希の中にいる木花咲耶だけど……)
 あのプリン好きの女神が、本当に三大妖魔に匹敵できる力を持っているのか、将成には信じられなかった。もともと将成は、咲耶が戦っているところを一度も見たことがなかったのだ。赤塚公園で鬼族を倒したのは咲希本人であったし、那須では九尾狐クミホの結界の外に将成はいたのだった。

(咲耶さまに連絡を取るには、咲希を通すしかないってことか……。でも、咲希自身が九尾狐クミホに操られているとしたら、素直に咲耶さまと替わるとも思えないし……)
 八方塞がりになったように感じて、将成は眉をひそめた。咲耶だけに話を通す方法が見つからなかったのだ。
 その時、将成のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。ジャケットの内ポケットからスマホを取り出すと、将成は液晶に映されたLINEのメッセージを見つめた。

『西条先輩に化けた妖魔が、凪紗を拉致したわ。玉藻と一緒に二人を追って、茅ヶ崎に行きます』

「何だとッ……!」
 驚愕の叫びを上げると将成は、正門脇の駐車場に駐めてあるCB400SFに向かって駆け出した。
(妖魔が西条に化けてるだとッ……? その上、早瀬さんを攫ったっていうのかッ?)
 状況がまったく見えないながらも、将成はスマートフォンのアドレス帳を開いて色葉に電話をかけた。

『はい、天城です……』
「色葉さん……? 将成ですッ! 妖魔に化けた西条という男を追って、咲希と宝治さんが茅ヶ崎に向かったようですッ!」
 スピーカーから聞こえた色葉の声に向かって、将成が走りながら叫んだ。電話の向こうで、色葉の息を呑む気配が伝わって来た。

『落ち着いて、将成君ッ! 順を追って説明してッ!』
「時間がありません! 俺もすぐにバイクで茅ヶ崎に向かいます! 咲希の友人である早瀬凪紗が人質になっているみたいなんです!」
 予想もしない事態に、色葉が驚愕の声を上げた。

『待ちなさい、将成君ッ! 応援を出すわッ!』
「それよりも、ドローンを飛ばしてSA係数の測定をお願いします! 人間に化けるほどの妖魔であれば、それなりのSA係数を持っているはずです。ドローンでその位置を特定してください!」
 一口に茅ヶ崎といっても、凪紗がどこにいるのか捜すのは難しい。だが、強力な妖魔が一緒であれば、その妖気を計測して位置を特定できるはずだと将成は考えた。

『分かった、ドローンはすぐに手配するわッ! 念のため、応援も何人か出すから、茅ヶ崎に着いたら必ず連絡を入れなさいッ!』
「はい、分かりました! では、後で……」
 そう告げると、将成はスマートフォンの通話アイコンをスライドして通話を終了させた。そして、ジーンズのポケットからキーを取り出すと、CB400SFに跨がってエンジンを始動させた。

(咲希、俺が行くまで無茶するなよッ!)
 ギアを一速に入れると、アクセルを開いて将成はCB400SFを急発進させた。水冷直列4気筒のDOHCエンジンが、最大トルク39Nm、最大出力56HP/41kWの性能を遺憾なく発揮して201㎏の車体を急加速させた。
 野猿街道を南西に疾走していくCB400SFのテールランプが、赤い軌跡を描いていった。


「ひぃッ……! だめッ! また、イッちゃうッ! あッ、あッ、あぁああッ……!」
 壮絶な快感に全身を痙攣させながら、凪紗が歓喜の頂点を極めた。白い裸身をビクンッビックンッと激しく痙攣させると、凪紗は何度目かも分からなくなった歓悦の硬直にガクガクと総身を震わせた。快美の火柱で最奥まで激しく貫かれながら、真っ白い乱杭歯を首筋に突き立てられて血を吸われていた。そのおぞましいほどの背徳感が、凄絶なスパイスとなって凪紗は何度も極致感オルガスムスを極めていた。

「もう……許して……、死んじゃう……」
 だらしなく涎を垂れ流した唇から、本能の呟きが漏れた。限界を遥かに超える快絶に、凪紗はすでに正常な判断力を失っていた。脳髄はトロトロに蕩かされ、四肢の先端まで凄まじい快感に痺れきっていた。

 吸血鬼による吸血行為は、その対象者に超絶な快感と被虐的な悦びをもたらす。それだけで絶頂し続けるほどの快楽であるにも拘わらず、凪紗は熱く長大な西条ので何度も貫かれていたのだ。
 首筋から溢れ出る血を吸われ、豊かな乳房を揉みしだかれ、ツンと突き勃った媚芯を捏ね回された。同時に長大なで粒だった入口を三度擦り上げられ、一気に最奥まで貫かれた。女を狂わせる三浅一深の律動に悶え啼きながら、敏感な真珠をコリコリと転がされた。

 あまりの快感に失神すると、それを上回る快絶で叩き起こされた。それは女にとって、何よりも耐えがたい絶頂地獄に他ならなかった。茫然と開いた瞳は官能に蕩けきり、真っ赤に染まった目尻からは滂沱の涙が流れ落ちた。絶え間ない喘ぎを漏らす唇からは、ネットリとした涎が糸を引いて垂れ落ちた。股間からは失禁したかのように蜜液が迸り、白いシーツに淫らな染みを描いた。

 海沿いに建つホテルの一室で、終わりのない快感の連鎖に凪紗は絶望さえ感じていた。このまま続けられたら、間違いなく自分はこわれてしまうことだけは分かった。全身の痙攣は一時も止まらず、意識さえ真っ白に灼き溶かされていた。
(誰か……助けて……)
 それは、最後に残った自尊心の欠片の呟きであった。その思考を最後に、何度目かの失神に陥り、凪紗の意識は暗闇に沈んでいった。


「近いですわ! あの建物です……!」
 ピリオンシートに座る玉藻が指差した白亜の建物を、咲希は見上げた。中世ヨーロッパの城をイメージしたラブホテルだった。右折ウィンカーを点灯させると、咲希はステアリングを切ってSTREET BOB 114をそのホテルの駐車場へと進入させた。

「部屋は分かる?」
 脱いだヘルメットを左ハンドルにかけると、長い漆黒の髪を振りながら咲希が鋭い声で訊ねた。
「おそらく、三階ですわ。部屋の前に着いたら、結界を張りますわ」
「うん、お願い……」
 そう告げると、咲希は走ってホテルの中に入っていった。ラブホテルらしくフロントは無人で、パネルのスイッチを押して部屋を選ぶ仕様になっていた。咲希はそのシステムを無視してエレベーターに飛び乗ると、玉藻が乗ってくるのを待って三階のボタンを押した。

「どんな状況か、ここから分かる……?」
「非常にまずいですわ。凪紗さんの精気がほとんど感じられません。恐らくずっと精気を吸われ続けていて、非常に危険な状態です」
 玉藻の言葉に、咲希の顔色が変わった。凪紗をそんな状態にした西条が……いや、妖魔が許せなかった。三階に着くと扉が開くのももどかしく、咲希は「開」のボタンを押し続けた。

「急ぐわよッ!」
 短くそう告げると、咲希はエレベーターの扉が開ききる前に廊下へと飛び出した。
「こっちです! あの右側の奥から二番目の部屋です!」
 玉藻の言葉に頷くと、咲希は神気を使って凄まじい速度でその部屋の前に移動した。三大妖魔の名に漏れず、玉藻も咲希の速度に平然とついてきた。

「玉藻、お願いッ……!」
「はい……」
 咲希の言葉に頷くと、玉藻が右手で空中に大きな円を描いた。次の瞬間、その円から漆黒の闇が溢れだし、周囲を包み込んだ。それは紛れもなく、那須の殺生石せっしょうせきの前で起こった現象と同じだった。

 漆黒の闇が晴れると、咲希と玉藻は広い草原に立っていた。風そよぐ緑の草原に、不似合いな淫らな喘ぎ声が響き渡った。
「ひぃいッ……! だめッ、だめぇえッ……! また、イッちゃうッ! 許してッ、イクッ……イクぅうッ……!」
 断末魔を告げる女の嬌声に、咲希は黒曜石の瞳を見開いて驚愕した。

「凪紗ッ……!」
 二十メートルほど先に置かれたベッドの上で、凪紗が西条に犯されていた。その右肩は真紅の鮮血に塗れ、その血の中に顔を埋めた西条の唇から白い乱杭歯が光った。
「凪紗から離れなさいッ!」
 そう叫ぶと同時に咲希は、右手に具現化した<咲耶刀>で居合抜きを放った。<咲耶刀>の切っ先から神刃しんじんが放たれ、西条の背中めがけて飛翔した。

 西条が神速の動きで凪紗から離れ、咲希の放った神刃しんじんかわした。そして、ベッドの横に立つと、引き締まった筋肉に覆われた裸身を惜しげもなく咲希たちに晒した。その股間には猛々しく反り返った長大なが、天を向いて聳え立っていた。

「あら、なかなか立派なモノをお持ちですわね」
 ニヤリと笑みを浮かべながら告げた玉藻と異なり、咲希はカアッと顔を赤らめてから目を逸らせた。
「あたしが狙いなら、正々堂々と来なさい! 凪紗を人質にとってこんな眼に遭わせるなんて、許せないわッ!」
 黒曜石の瞳に怒りの焔を映しながら、咲希が西条の顔を睨みつけた。

「許せない? 凪紗は喜んで俺についてきたぞ。そして、今も何度も体を震わせて女の悦びを貪っていた。そうだろう、凪紗……?」
 西条がそう告げた途端、凪紗がベッドから起き上がって彼の横に降り立った。その汗に濡れ光る裸身の右肩は、真っ赤な鮮血に染まっていた。

「咲希、気をつけてください。吸血鬼による吸血行為は、その対象に快感を与えると同時に呪いを刻み込みます。今の凪紗さんはおそらく、この男の下婢かひに他なりません」
「下婢……? そんな……?」
 玉藻の言葉に驚愕して、咲希は凪紗の顔を見つめた。だが、その濃茶色の瞳には何の意志の光もなく、咲希たちのことさえ映っていないようだった。

「凪紗、相手をしてやれ!」
 西条の言葉に頷くと、凪紗が咲希の顔を見つめた。そして、次の瞬間、凄まじい形相で大きく口を開いた。
「凪紗ッ……!」
 その上唇をめくり上げるように、白い乱杭歯が光を反射して鋭い輝きを放った。次の瞬間、凪紗が凄まじい速度で咲希に襲いかかってきた。

「咲希、避けなさいッ!」
 玉藻が咲希の体を押しのけると、両手で凪紗の両手首を掴んだ。辛うじて凪紗の突進を止めたものの、三大妖魔である玉藻を押しのける勢いで凪紗が暴れた。
「玉藻ッ! 凪紗を傷つけないでッ!」
「分かっておりますわ!」
 そう告げると、玉藻は凪紗の手首を掴んだままその体を大きく投げ飛ばした。五メートルほど宙を舞った後、凪紗は背中から地面に叩きつけられて土煙を上げながら転がっていった。

「凪紗ッ……!」
「心配いりませんわ。あの程度で、吸血鬼の眷属となった凪紗さんが死ぬはずはありません。それよりも、咲希はあの男を倒してください」
 玉藻の言葉に、咲希は驚愕した。
「吸血鬼の眷属って……?」
「吸血鬼に血を吸われたら、その者も吸血鬼と化すのは道理ですわ。その呪いから解き放つには、吸血した者をたおすしかありません」

「分かったわッ! あいつを殺せば、凪紗は元に戻るのねッ!」
「その通りです。咲希があの男を斃す間、凪紗さんの相手はわたくしが務めます。<咲耶刀>であいつの心臓を貫いてください。神気の宿った<咲耶刀>には、破魔の力がありますわ」
「分かった……。やってみるッ!」
 玉藻の言葉に頷くと、咲希は両手で<咲耶刀>を正眼に構えた。咲希の全身から神々しい神気が溢れ出て、螺旋らせんを描きながら<咲耶刀>に収斂しゅうれんしていった。

「ほう……。それが噂の<咲耶刀>か……? 我が主に傷を負わせた刀と聞く。だが、俺の<黒牙刀こくがとう>も主から賜った業物わざものだ。どちらが優れているか、教えてやるとしよう」
 西条の瞳が赤光を放った。そして、長い乱杭歯が生えた口元をニヤリと歪めると、右手に妖気を集束させて一本の黒刀を具現化させた。<黒牙刀>の名に相応しい漆黒の刀身に、刃渡りが九十センチを超える長刀だった。それが<咲耶刀>に勝るとも劣らぬ妖刀であることは、咲希の眼にも明らかだった。

(この男は西条先輩の体を乗っ取っているの? それとも化けているの? どっちなのかしら……?)
 文学部の三号館で会った時には、彼が西条の記憶を持っていたことを咲希は思い出した。
(もし、西条先輩の体を乗っ取っているのだとしたら、殺すわけにはいかない……)
 玉藻の言うとおり、心臓を貫けば西条も殺してしまうことに咲希は気づいた。だが、この男を斃さなければ、凪紗を元に戻すことはできないのだ。

(咲耶ッ……! 起きて、咲耶ッ……!)
 咲耶であれば、彼を殺さずに凪紗を元に戻す方法を知っているかも知れないと思い、咲希は必死で呼びかけた。だが、先ほど何度も玉藻に神気を吸われたためか、咲耶は一向に目覚める気配がなかった。

 その時、目の前に立つ男の雰囲気ががらりと変わった。猛々しい妖気が消滅し、懐かしさに溢れた優しい眼差しで咲希を見つめていた。
「咲希ちゃん……、助けてくれ……。突然、知らない男に襲われて、血を吸われたんだ。そうしたら、体を乗っ取られて自分の意志で動くこともできなくなった……。頼むから、助けて……」
「西条先輩ッ……!」
 黒曜石の瞳を驚愕に大きく見開きながら、咲希が叫んだ。だが、次の瞬間には再び男の体から壮絶な妖気が溢れ出た。

「ふむ……。よほど命が惜しいと見える。俺を差し置いて、表に出てくるとは……。では、どちらの刀が優れているか、雌雄を決しようぞッ!」
 そう告げると、西条が凄まじい速度で肉迫してきた。同時に、左下から右上に逆袈裟に斬り上げてきた。
「くッ……!」
 鋭い斬撃を辛うじて<咲耶刀>で受け止めると、咲希は大きく後ろへ跳躍した。

(今のは間違いなく西条先輩だった……。やはり、こいつは西条先輩の体を乗っ取っている。心臓を貫いたら、西条先輩も一緒に殺してしまうわ……)
 西条が凄まじい速度で連撃を放ってきた。

 左肩から右胴にかけた袈裟懸け……。
 右から水平に払う右ぎ……。
 左下から右肩へ斬り上げる左斬り上げ……。

 真直ぐに斬り下ろす唐竹……。
 真下から上への逆風さかかぜ……。

 右肩から斬りつけた逆袈裟……。
 左から右への左薙ぎ……。
 右下から左肩への右斬り上げ……。

 そして、剣道における最強の刺突技である突き……。

 そのすべてを辛うじてかわし、受け流しながら咲希は迷った。西条の隙を突いて攻撃する機会は何度かあったが、致命傷を恐れて<咲耶刀>を繰り出せなかったのだ。

「惑わされてはいけませんッ! その男からは妖気しか感じられませんッ! 咲希の知っている方では決してありませんッ! わたくしを信じてくださいッ!」
 凪紗を相手に戦っている玉藻が、咲希を叱咤するかのように叫んだ。

(玉藻……! 本当に、あなたを信じていいのッ?)
 神速とも言える西条の攻撃を紙一重で躱しながら、咲希は玉藻の言葉を信ずるべきかどうか迷った。絶対の信頼を置く咲耶は目覚める気配がなく、ここにいるのは三大妖魔の一人である九尾狐クミホだけだった。

 その九尾狐クミホこと、玉藻も徐々に窮地に陥っていた。本来の力は凪紗よりも遥かに上であるにも拘わらず、昼間咲希に受けた傷が完治していなかったのだ。咲希を心配させまいと虚勢を張っていたが、妖気も本来の三割程度しか復活していなかった。
 その上、吸血鬼ヴァンパイアと化した凪紗の膂力は思いの外に強く、その体力は尽きることを知らなかったのだ。その凪紗を傷つけずに攻撃だけを躱し続けることが、今の玉藻には想像以上に困難であった。

「咲希、お願いですッ! わたくしを信じてッ……! あッ、あああッ……!」
 凪紗の放った左回し蹴りが、凄まじい衝撃とともに玉藻の胸を直撃した。玉藻の体が五メートルほど弾き飛ばされ、土煙を舞い上げながら地面を転がっていった。
「玉藻ッ……!」
 ゴホゴホと苦しそうに咽せながら、玉藻が半身を起こそうとした。その背中めがけて、凪紗が右手を大きく振り上げた。その指先には、異様に伸びた鋭い爪が光っていた。

「ぐはッ……!」
 凪紗の右手が、玉藻の背中を貫き、豊かな乳房の間から突き出された。背後から胸板を貫手で貫かれ、玉藻がガバッと大量の血を吐きながら地面に崩れ落ちた。
「玉藻ーッ……!」
 驚愕に黒曜石の瞳を見開いて、咲希が絶叫を上げた。自分の迷いが、大切な玉藻に瀕死の重傷を与えたのだ。

「咲希……わたくしを……信じて……」
 苦しそうに喘ぎながら、玉藻が咲希に向かって告げた。次の瞬間、大量に吐血して玉藻はガクリと首を折った。
「玉藻ーッ……!」
 茫然と立ち竦んで絶叫する咲希に向かって、西条と凪紗が襲いかかってきた。

 漆黒に輝く<黒牙刀>で西条が咲希の右肩から凄まじい袈裟懸けを放った。
 同時に、玉藻の血に塗れた右の貫手で、凪紗が咲希の背後から心臓を狙って襲いかかった。
 二人の吸血鬼ヴァンパイアが、明確な殺意とともに前後から咲希を挟撃した。

「ハァアアッ……!」
 裂帛の気合いとともに、咲希の全身から直視できないほどの神炎が燃え上がった。次の瞬間、神々しいほどの巨大な神気に包まれた咲希の体が、二人の吸血鬼の目前から消失した。

「がはッ……!」
 西条の左胸から、白銀に輝く刀身が生えた。想像を絶する神速の動きで西条の背後に移動し、咲希が<咲耶刀>で背中から西条の心臓を貫いたのだ。
 ガバッと大量の血を吐くと、ガクリと両膝を折って西条が地面に倒れた。その背中から<咲耶刀>を抜き去ると、咲希は残心の血振りをした。

 ピシャッっという音とともに、白銀に輝く刃先から真っ赤な血が地面に散った。次の瞬間、西条の体が砂のようにサラサラと流れながら崩れていった。
 その目の前で、ガクリと全身から力を抜けた凪紗がゆっくりと地面に崩れ落ちた。その蒼白な表情から乱杭歯が消え去ったことを見て取ると、咲希は凪紗をそのままにして玉藻に駆け寄った。

「玉藻ッ……! しっかりしてッ……! 玉藻ッ……!」
 玉藻の顔色が蒼白を通り越して土気色に変わっていた。残り少ない妖気で、辛うじて傷を修復していたようだった。
「咲希……お見事……です……わ……」
 苦しそうに喘ぎながらも、玉藻が微笑を浮かべた。

「ごめん、玉藻……。あたしがすぐに玉藻の言葉を信じていたら……」
 自分の逡巡まよいが玉藻を傷つけたことを、咲希は本気で後悔した。その様子を見つめながら、玉藻が辛そうに告げた。
「それより……少し、神気を……分けて……くれませんか……? さすがに……辛い……です……」
「分かったわ。好きなだけ、吸って……」
 玉藻の言葉にカアッと顔を赤らめると、咲希が紫色に変わった玉藻の唇を塞いだ。

「……ッ!」
 玉藻が咲希の舌を絡め取った瞬間、想像を絶する快感が咲希の全身に駆け巡った。それは、昼間神気を吸われたときの比ではなかった。一瞬の我慢もできずに、ビクンッビックンッと激しく総身を痙攣させて咲希は極致感オルガスムスを極めた。

(ひぃいッ……! 凄いッ……! こんなの、だめッ……! また、イクッ! イクぅうッ……!)
 歓喜の愉悦を噛みしめる暇もなく、咲希は立て続けに極致感オルガスムスに達した。想像を超えた快絶が脳髄をトロトロに灼き溶かし、体中の細胞一つ一つまで凄まじい愉悦に蕩かされた。
 恐らく、その快感の度合いは、神気を吸われる量に比例しているようだった。今の玉藻は限界まで妖気を使い切っていたため、咲希は気が狂うかと思うほどの圧倒的な歓悦に翻弄された。

(こんなの……だめぇえッ……! 体が……溶けるッ! イクの……止まらないッ! 死んじゃうッ……! イグぅうッ……!)
 茫然と見開いた黒曜石の瞳から、滂沱となって随喜の涙が流れ落ちた。ネットリと濃厚な口づけを交わす唇からは、長い糸を引きながら涎が垂れ落ちた。
 全身の痙攣は治まるどころか、より激しくなっていった。両胸の中心には、カチカチに固くなった媚芯が痛いほど突き勃っていた。股間からは恥ずかしい蜜液が何度も迸り、失禁したかのように下着をビッショリと濡らした。

(もう、だめッ……! これ以上、続けられたら……あたし、こわれる……!)
 咲希の哀願の言葉が聞こえたかのように、細い唾液の糸を引きながら玉藻が唇を離した。
「ありがとうございます、咲希……。だいぶ楽になりましたわ……」
 妖艶な笑みを浮かべながら告げた玉藻の言葉に、咲希は答えることなどできなかった。痴呆のようにトロリと涎を垂らしながら、せわしなく熱い吐息を漏らすだけだった。

「咲希って、本当に淫らな顔をしますわね。自分がどんな表情をしているのか、教えてさしあげますわ」
 ニヤリと笑いながらそう告げると、玉藻は上着の内ポケットから手鏡を取り出した。そこに映し出された自分の顔を見て、咲希が驚きと恥ずかしさにカアッと赤面した。長い漆黒の髪を淫らに乱し、汗と涙に塗れて赤く染まった表情は、苛烈すぎる官能の嵐に翻弄された淫靡な女の末路そのものであった。

(あたし……、こんなイヤらしい顔をしてたなんて……)
 羞恥のあまり、咲希は真っ赤に染まった顔を玉藻の豊かな胸に押しつけた。これほどまでに淫乱な顔を、これ以上玉藻に見られたくなかった。玉藻は咲希の黒髪を優しく撫でながら、その耳元に妖艶な声で囁いた。
わたくし、咲希の淫らな顔が大好きですわ。今度はもっと淫らに狂わせて上げますから、楽しみにしていてくださいね」
「た、玉藻ッ……! もう、知らないッ……!」
 耳まで真っ赤に染め上げると、咲希は恥ずかしさのあまり玉藻の胸から顔を上げられなかった。
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