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第2章 十八歳の軌跡

1.殺気

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「咲希は剣道部に入らないの?」
 ダークネイビーのテーラードジャケットとストレートパンツに身を包んだ早瀬凪紗なぎさが、颯爽と歩きながら訊ねてきた。二人が向かっているヒルトップの両側には様々な看板が建ち並び、上級生たちが新入生にサークル勧誘の声をかけていた。聖光学院大学の入学式を終えた新入生たちの獲得合戦が、あちらこちらで展開されていた。

「うん。剣道は高校までって決めてたの。体育会に入ると授業もあんまり出られないし、サークルは将成と同じところにするつもりなんだ……」
「そうか……。でも、もったいないわよね。せっかく全国高等学校総合体育大会インターハイで優勝したっていうのに……」
 高校三年の夏に開催されたインターハイ剣道大会で、咲希は見事に前年の雪辱を果たして女子個人戦で優勝したのだった。大学へも剣道推薦を使えば無試験で入学できたのだが、剣道部に入部することが条件だったため、普通に聖光学院大学付属校の統一試験を受けたのだった。

「将成も剣道は高校までで竹刀を置いたし、あたしも大学生活をエンジョイしたいしね」
 本音を言えば、学業の他に神社幻影隊S.A.P.の仕事があるため、二人とも剣道を続ける時間がなかったのだ。高校までと違ってある程度時間に融通の利く大学生になったら、最低でも週に二日は神社幻影隊S.A.P.の業務をこなさなくてはならなくなったのだ。その分、月の報酬も二十万円に倍増したのだから、文句は言えなかったが……。

「君たち、凄く可愛いね! <プレアデス>っていう旅行サークルなんだけど、少し話を聞いていかない?」
 突然、右側から飛び出してきた男性が、咲希たちの行く手を遮るように声をかけてきた。百七十センチを少し超えたくらいの痩せ型の男だった。ダークブラウンに染めた髪を流してツーブロックにしている、人懐っこい印象の青年だ。

「<プレアデス>ですか? いい名前ですね?」
 それが探していたサークル名であることに気づくと、咲希は他のメンバーがいる方を見つめた。折りたたみ式のテーブルを挟んで向こう側には、赤茶色の髪をショートカットにして銀縁のメガネをかけた女性が座っていた。大人っぽい知的な印象の女性だった。
 彼女の後ろには男性二人と女性が一人立っていたが、将成の姿は見当たらなかった。

「そうだろう? 日本語だとすばるって言うんだ。ギリシャ神話では、女神アルテミスに仕える七人姉妹のことを<プレアデス>って呼ぶんだよ」
 笑顔でそう告げながら、男は咲希たちの背中を押してテーブルの前に置かれた椅子に座らせた。その手並みの見事さに、咲希は思わず苦笑いを浮かべた。
(将成もこうやって、女の子を引っかけてるんじゃないわよね?)

「ここなの、咲希……?」
「たぶん、そうみたい……」
 凪紗の言葉に頷くと、咲希は持っていたエルメスのボリードを膝の上に置いた。神社幻影隊S.A.P.の契約金で買った三十一センチの淡い桜色ローズサクラのボリードは、漆黒のスーツによくマッチしていた。バーキンやケリーと違ってファスナーを開けるだけで中身が取り出せるため、咲希は普段からこのボリードを愛用していた。

「へえ……。一年生からエルメスのバッグを持ってるなんて、凄いわね。ひょっとしてどこかのお嬢さんなのかしら? それとも、お金持ちのパパでもいるの?」
 咲希の左斜め前に座っている女性が、にこやかな笑みを浮かべながら告げた。
(パパって、パトロンって意味よね? 勧誘する新入生にケンカを売ってどうするつもりなのかな?)
 咲希の美貌をやっかんで、この手の嫌味を言ってくる女性は意外と多かった。一応は入るつもりのサークルだし、相手は上級生なので咲希は愛想笑いを浮かべながら告げた。

「すみません、生意気ですよね……。でも、父が入学祝いにくれたので、今日くらいは使わないと悪くて……」
「あら、そんな意味じゃないわよ。その服に凄く似合ってるって言いたかっただけなんだから……」
 下手に出た咲希を見て、その女性は慌てて言い募ってきた。思ったよりも悪い人じゃなさそうだと思い、咲希はホッと胸を撫で下ろした。

「そのカバン、ホントによく似合ってるよ。その色合いピンクも綺麗だし、凄くいい感じだね」
 咲希たちを勧誘した男性が目の前に腰掛けながら、そつのない笑顔を浮かべて告げた。
(高校の男子とは全然違うわ。凄く女の子の扱いに慣れてそう……)
 将成以外の大学生と話すのが初めての咲希は、新鮮な驚きを浮かべながらその男性の顔を見つめた。

「ああ、自己紹介が遅れたな。俺は商学部二年の水嶋翔琉かける。このサークルの渉外をやってるんだ」
「渉外……ですか?」
 聞き慣れない役職に、咲希が首を捻った。
「他校とのイベントを交渉をする役さ……。口下手な俺は苦手なんだけどね」
「そうですか? 何かピッタリに見えますけど……」
 笑いながら告げた咲希の言葉に、翔琉の隣に座っている女性が口を挟んだ。

「そうよ。こんな男に捕まったら不幸になるから気をつけなさいね」
「ちょっと、朱音あかねさん……。それはないでしょう?」
 苦笑いを浮かべながら翔琉の言葉を聞き流すと、朱音が自己紹介をした。
「あたしは法学部三年の藤森朱音よ。よろしくね……」
神守かみもり咲希です。よろしくお願いします。こっちは……」
 隣に座っている凪紗を紹介しようと、咲希が見つめた。

「早瀬凪紗です。よろしくお願いします。ところで、桐生先輩はいないんですか?」
「ち、ちょっと凪紗……」
 相変わらず人見知りをしない凪紗に驚いて、咲希は朱音と颯の顔を見た。
「あなたたち、将成の後輩なの?」
「そうなんです! そして、この子が桐生先輩の……むぐッ!」
 慌てて凪紗の口を封じると、咲希は顔を引き攣らせながら微笑みを浮かべた。

「あたし、桐生先輩と同じ剣道部だったんです。高校の頃は先輩に凄く扱かれました」
 そう言いながらも、咲希は朱音が将成の名前を呼び捨てにしたことが引っかかった。
(先輩とは言え、男の後輩のファーストネームを呼び捨てにする?)
「そう言えば将成のヤツ、遅いよな……。まったく、どこまでナンパに行ったんだ?」
「ナンパ……ですか?」
 翔琉の言葉に驚いて、咲希が訊ねた。

「ああ、二年生には最低一人以上、新入生を勧誘するノルマを与えてるのよ。別に、勧誘するのは男でも女でも構わないんだけどね……」
「どうせなら、可愛い女の子の方がいいじゃないですか? あのマスクだし、将成には女の子を勧誘するのがノルマだって伝えておいたんですよ」
 朱音の言葉を遮るように、翔琉が笑いながら告げた。

(それって、将成があたし以外の女をナンパしてるってことッ……?)
「大丈夫だって、咲希……」
 咲希の肩に右手を置きながら、凪紗が笑顔で告げた。だが、振り向いた咲希の顔を見て、凪紗が凍りついた。
「そうよね……。あの将成がナンパなんてするはず、絶対にないわよねッ……?」

「ひッ……! さ、咲希……落ち着いて……」
 漆黒の瞳に燃え上がる凄まじい嫉妬の炎に気づいて、凪紗が声を震わせた。その時、咲希の肩越しにこちらへ近づいてくる将成の姿が眼に入った。その左腕には新入生らしい可愛い女が腕を絡ませていた。
(桐生先輩ッ! 逃げてッ! こっちに来ちゃダメッ!)
 濃茶色の瞳を思わず閉じて、凪紗が心の中で叫んだ。その様子を不審に思って、咲希が後ろを振り向いた。

(……ッ! 将成のヤツッ!)
 スッと席を立つと、咲希は一瞬のうちに将成の前に立ちはだかった。眼を閉じていた凪紗は当然だが、朱音と翔琉も咲希の姿が不意に消えたように感じた。無意識に神気をまとって、咲希が神速で移動したのだ。

「咲希……? 来てたのか?」
 咲希の怒りにまったく気づかずに、将成が嬉しそうに微笑んだ。だが、その黒曜石の瞳を眼にした途端、将成はビクンと体を硬直させた。
「将成……。そちらの女性は……?」
 白いブラウスを盛り上げている豊かな胸を押しつけながら、将成の左腕に腕を絡ませている女性を見て咲希が訊ねた。

 やや赤みがかった黒髪をボブヘアにした可愛らしい女性だった。卵形の顔に大きな瞳とプックリとした唇が印象的な、コケティッシュな感じの女性だ。
「ああ……、この子は……」
 慌てて腕を振り払おうとして、将成は言葉を途切れさせた。ついさっき声をかけたばかりで、まだ彼女の名前を聞いてなかったのだ。名前さえ知らない女と腕を組んで歩いている状況を見て、咲希が激怒していることに将成は初めて気づいた。

「だーれ、この女……? こんな子放っておいて、愛華あいかと遊びに行こうよ、将成先輩!」
 爆弾の上にガソリンを撒き始めた愛華に、将成は蒼白になって冷や汗を流した。この二年間で神社幻影隊S.A.P.の特殊訓練を受けた咲希の実力を、将成は誰よりもよく知っていたのだ。
 現在いまの咲希のSA係数は、二千以上あるのだ。以前に現れた赤塚公園の鬼族程度であれば、あっという間に瞬殺できるレベルだった。それをこんな人混みで解放されたら、どれほどの大惨事になるのか将成には想像もつかなかった。

「お、落ち着こう……な? 咲希……」
「あたしは落ち着いているわ。それよりも将成……。あたしを放っておいて、ナンパしているなんてずいぶんな態度じゃないかしら……?」
 口元だけに笑みを浮かべながら、咲希が真っ直ぐに将成を見据えた。その黒曜石の瞳に、激烈な火焔が燃え上がっていることに気づき、将成の顔色が蒼白を通り越して死人のように青ざめた。

「遅かったな、将成……。でも、可愛い娘を連れてきたな。君、こっちにおいで……。彼女たちと一緒に、サークルの説明をしてあげるよ」
 咲希の嫉妬にまったく気づいた様子もなく、翔琉が愛華に声をかけた。
「はーいッ! 将成先輩も一緒に来て!」
 鼻にかかった声で返事をすると、愛華は将成の腕を取って翔琉の方へ歩いて行った。そして、目の前を通り過ぎるときにジロリと咲希を睨みつけた。


「じゃあ、改めて自己紹介するよ。俺は商学部二年の水嶋翔琉。それと、経済学部二年の桐生将成……は、三人とも知ってそうだな。こっちは、法学部三年の藤森朱音さん。この天文旅行同好会<プレアデス>の会長だよ」
「藤森よ。よろしくね……」
 翔琉の紹介を改めて聞き、咲希は黒曜石の瞳を大きく見開いた。朱音が会長だというのも初めて聞いたし、<プレアデス>が単なる旅行サークルではなく天文同好会を兼ねていることも初耳だった。

「天文旅行同好会ですか? 何か楽しそうですね?」
 咲希の左隣に座っている凪紗が、目を輝かせながら告げた。
(そう言えば、凪紗って星とか神話が大好きだったわね……)
 見かけや性格と異なり、凪紗に乙女チックなところがあることを咲希は思い出した。

「うちは旅行しながら天体観測をするサークルなの。だから行き先も、有名な観光地じゃなくて星が綺麗な山奥なんかが多いわ」
「へえ……。ってことは、ムードがある静かな場所ってことですよね? そんなところで将成先輩と二人っきりになれるんなら、あたしこのサークルに入りますッ!」
 目の前に座る将成に熱い視線を送りながら、愛華が楽しそうに告げた。

「なッ……!」
 高校時代から将成がモテるのは知っていたが、目の前で他の女からアプローチを受けているところを見るのは初めてだった。湧き上がる嫉妬の感情を抑えきれずに、咲希はジロリと将成を睨みつけた。

「おッ、いいね、その積極性ッ! 今なら入会特典として、将成をつけてあげるよ」
「ホントですかッ? やったぁッ! 将成先輩、この後一緒にお昼食べに行きましょう! このキャンパス広いから、色々と案内してくださいッ!」
 愛華が身を乗り出しながら将成に向かって叫んだ。予想もしない愛華の強引さに、将成が顔を引き攣らせながら告げた。
「ご、ごめん……。この後は、ちょっと用事があるんだ。今度案内してあげるよ……」

(はっきり断りなさいよッ! 何、あやふやな約束してるのよッ!)
 怒りのこもった視線で将成を睨みつけると、咲希はテーブルの下で拳を握り締めた。その様子に気づいて、凪紗がハラハラとしながら将成の顔を見つめた。

「コホン……! 話を続けるわね。<プレアデス>の主な活動は、ゴールデンウィークとか夏休みなんかの長期の休みに天文旅行に行くことよ。だいたい、年に三回くらいのペースで観測旅行に行っているわ。行き先はサークル員全員から希望を聞いて、あたしたち執行部が決定することになっているの……」
 大きく咳払いをして愛華を止めると、朱音がサークルの説明を再開した。

「最近ではどんなところに行ったんですか?」
 赤茶色の瞳を輝かせながら、凪紗が朱音に訊ねた。どうやら、入会する方に気持ちが大きく傾いているようだった。
「春休みには、諏訪湖の湖畔にあるバンガローに泊まったわ。雲一つなかったから、冬銀河が凄く綺麗に見えたわよ」
 そう告げると、綾音がタブレットを取り出して三人に写真を見せた。『星月夜スターリー・ナイト』とでも呼ぶべき満天の星々が、今にも降ってきそうだった。

「うわぁッ!」
「凄く綺麗……!」
 咲希と凪紗はその写真を食い入るように見つめてため息を付いた。かつて見たこともないほどの星空を、実際にこの眼で見たいと思った。だが、愛華は写真には見向きもせずに、ずっと将成に熱い視線を送っていた。そのことに気づくと、咲希は再び嫉妬の炎が燃え上がってくるのを感じた。

(何なの、この女ッ……! いい加減にしないと、<咲耶刀>でぶっ刺すわよッ!)
 その危険な考えを読み取ったかのようなタイミングで、朱音が話を続けた。
「旅行には天体望遠鏡も持っていくから、天気がよければ色々な星を見ることが出来るわよ。サークルの人数は三十人弱だけど、個人負担もあるから強制ではなく自由参加なの。基本的に現地集合、現地参加よ……」

(それって、ツーリングを兼ねて将成と一緒に行けるってこと……?)
 朱音の説明を聞いて、咲希は将成の顔を見つめた。咲希の考えが伝わったかのように、将成がニヤリと笑いながら頷いた。
(天文旅行の後で、二人きりでもう一泊できるんだぞ)
 将成がそう言っている気がして、咲希はカアッと顔を赤らめた。


 将成が高校を卒業してからも、月に何回かは二人きりで食事やツーリングに出かけた。特にツーリングの帰りには必ずと言っていいほど、ホテルかモーテルに入って体を重ねた。最初のうち、咲希はその行為が苦痛でしかなかった。激痛と涙しかなかった初体験が、咲希の大きなトラウマになっていたのだ。

 だが、その行為に慣れてくるに従って、咲希は少しずつ快感を感じるようになっていった。そして、何度目かに体を合わせた時、全身が灼き溶けるかと思うほどの壮絶な快美感が咲希を襲った。意識が真っ白に染まり、息さえもできないほどの極みに昇りつめたのだ。それが極致感オルガスムスと呼ばれる性的絶頂であることを、咲希は後から知った。

 それ以来、咲希は将成に抱かれることに抵抗がなくなった。そして、毎回ではなかったが、何回かに一度は極致感オルガスムスに達して、随喜の涙を流しながら女の悦びに体を慄わせた。
 将成と二人でツーリングに行くことは、咲希にとって彼と愛し合うことと同じ意味だったのだ。


「……くれるかしら? 聞いている、神守さん?」
 不審そうな朱音の言葉で、咲希はハッと我に返った。目の前には『天文旅行同好会<プレアデス>入会届』と書かれた紙が置かれていた。
「は、はい……すみません。これに記入すればいいんですね?」
「ええ……。顔が赤いけど、大丈夫? 体調が悪いなら、後で書いて提出してくれてもいいわよ」
 心配そうな眼差しで見つめられ、咲希は慌てて首を振った。まさか、昼間から将成に抱かれることを想像していたなど、言えるはずもなかった。

「だ、大丈夫です……。すぐに書きます……」
 そう告げると、咲希は入会届にペンを走らせた。住所、氏名、緊急連絡先、生年月日や、学年、学部、学科、専攻などを埋めていった。そして、「趣味、特技」と書かれた項目で一度ペンを止めると、「剣道三段、全国高等学校総合体育大会女子個人戦優勝」と書いた。

「剣道三段って……! 全国高等学校総合体育大会ってインターハイのことだよな? それも、女子個人戦優勝って……!」
 回収した咲希の入会届を見て、翔琉が驚愕の叫びを上げた。その内容を聞いて、朱音も驚きに濃茶色の瞳を大きく見開いた。

「ああ、こう見えても咲希……神守さんは俺よりもずっと強いぞ。下手にちょっかい出したら叩きのめされるから気をつけろよ、翔琉……」
 将成が笑いながら、隣に座る翔琉の肩を叩いた。その表情は自慢の彼女を誇らしげに見守る彼氏そのものだった。

「お前も確か、インターハイで優勝したんだったよな?」
「俺のは団体戦優勝だよ。個人戦は準々決勝で負けたからな……」
 翔琉の言葉を否定しながら、将成が笑った。それを聞いて、朱音が咲希に訊ねてきた。
「神守さん、剣道部には入部しないの? うちなら兼部もOKよ。何なら、旅行に参加してくれるだけでも構わないわよ」

「いえ、剣道は高校までって決めていたんです。大学では違うことに挑戦してみたくて……」
「それに、ここなら桐生先輩もいるしね……?」
 咲希の言葉を遮るように、凪紗が笑いながら告げた。
「ち、ちょっと、何言ってるのよ、凪紗……」
 カアッと顔を赤らめると、咲希は慌てふためいて凪紗に文句を言った。

「へえ、あんた、将成先輩の追っかけなんだ? それも、入学式が終わってすぐに追いかけてくるなんて、まるでストーカーみたいね……?」
 右隣に座っている愛華がテーブルについた肘に顔を乗せながら、冷めた視線で咲希を見つめてきた。
「なッ……」
 咲希が文句を言おうとした瞬間、愛華が腕組みをして上目遣いに将成を見つめた。その姿勢により、咲希より二カップは大きな胸が盛り寄せられて将成の視線を釘付けにした。

「将成先輩って、こういうひとが好みなんですかぁ? 女の子が竹刀を振り回すなんて、野蛮だと思いませんかぁ……?」
 ブルッと震えたように自分の体を抱きしめながら、愛華が甘えるように将成に告げた。だが、その姿勢は豊かな胸をより強調するように計算尽くされたものだった。将成と翔琉はゴクリと生唾を飲みながら、愛華の胸元に視線を奪われていた。

(あたしの目の前で他の女の胸を見つめるって、どういうことよッ!)
 プチンと音を立てて咲希の中で何かが切れた。スッと音もなく席を立つと、咲希は口元に笑みを浮かべながら朱音に告げた。
「藤森先輩……、このテーブルってぐらつきませんか?」
「え……? 何を……?」
 咲希の言葉の意味が分からずに、朱音が不審な表情で訊ねた。

「さ、咲希……、落ち着け……」
「咲希ッ! ちょっと待ってッ!」
 咲希の性格をよく知る将成と凪紗が、顔を引き攣らせながら叫んだ。そして、将成は二歩後ずさり、凪紗は素早く席を立って椅子を倒しながらテーブルから距離を取った。

 バキッ……!

 次の瞬間、轟音とともにステンレス製のテーブルが真っ二つに割れて崩れ落ちた。神気を纏った右の手刀を、咲希が叩きつけたのだ。
 隣に座っていた愛華が驚愕の表情を浮かべ、翔琉は悲鳴を上げて椅子ごと後ろへ倒れ込んだ。そして、正面に座っていた朱音は蒼白になってガタガタと震えていた。

「やっぱり、壊れてたみたいですね、このテーブル……。あたし、今日はこれで失礼します。凪紗、行こう……」
「さ、咲希……。し、失礼しますッ!」
 ペコンと朱音に頭を下げると、凪紗は顔を引き攣らせながら咲希の後を追いかけていった。

「な……何なの、あの娘……」
「凄え殺気だったな……」
 蒼白な表情で朱音と翔琉が、歩き去って行く咲希の後ろ姿を見つめた。
「あんな殺し屋みたいな子……、早く縁を切った方がいいですよ……」
 震える声で愛華が将成に向かって告げた。

(何してくれちゃってるんだよ、咲希のヤツ……)
 大きくため息を付きながら、将成が遠ざかる咲希の背中に視線を送った。こんなところで神気を使うなと言いたかった。

 天文旅行同好会<プレアデス>において、『殺気サッキー』というニックネームが決まった瞬間だった。
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