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第1章 神社幻影隊
10.初めての夜
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銀色に煙る雨が、アスファルトを黒く濡らしていった。
強くなっていく雨脚が、音を立ててヘルメットを叩きつけてきた。撥水加工が施されたシールドの表面を雨滴が流れていき、前を走る将成のCB400SFのテールランプを赤く滲ませた。
『思ったよりも強く降ってきた。どこかで雨宿りしよう』
「うん……。天気予報では降るって言ってなかったのに……」
ヘルメットに装着したBluetoothインカムから聞こえてきた将成の声に頷きながら、咲希が答えた。
初めてのツーリングで鎌倉へ行く前に、将成が咲希のヘルメットに無線通話機を取り付けてくれたのだ。最大通信距離は千四百メートルもあり、十六時間の連続通話が可能な高性能タイプのインカムだった。そのインカムによって、咲希は走りながら色々なアドバイスを受けることができた。初心者の咲希にとっては非常に心強く、有効なアイテムであった。
『いいぞ! 今みたいに体を使ってバイクを倒すと、思い通りに曲がっていくよ!』
『次の交差点を右折するから、付いてきて……』
運転のアドバイスや道案内などをリアルタイムで伝えられ、咲希は安心しながら実際の道路でのテクニックを学ぶことができた。
(こんなに便利な物があったなんて、知らなかったわ。まるで将成が隣で教えてくれているみたい……)
バイクは車と違い、基本的に一人で運転する乗り物だ。初心者だからと言って、誰かが隣に座ってアドバイスをすることはできない。
将成と一緒に鎌倉までツーリングに行くことは楽しみだったが、咲希は不安も大きかった。しかし、このインカムのおかげで、咲希は今日一日で色々なテクニックを学びながら安心してツーリングを楽しむことができた。
将成は、朝十時に高島平の自宅に迎えに来てくれた。そこから首都高五号線に入り、環状線、羽田線を経由して、横浜横須賀道路を走って由比ガ浜に到着したのは午後一時過ぎだった。
いきなり高速に乗ることには不安が大きかったが、将成は安心させるように咲希に告げた。
「最初の合流だけ注意すれば、高速の方が一般道よりも危険は少ないんだ。信号もないし、横から人や自転車も出てこないからね」
実際に高速を走ってみると、将成の言葉通りギアチェンジもほとんど必要なく、アクセルを一定に開けるだけで呆気ないほど簡単に運転できることに咲希は驚いた。
由比ヶ浜に着いた二人は、鎌倉の海が見える国道134号沿いのレストランで昼食をとった。
『Rick's Cafe』という名のレストランは、映画『カサブランカ』の主人公が経営するバーを再現していて、白亜の建物の中に入るとレトロな空間が広がり、その中央にはアンティークなピアノが置かれていた。
「凄いね……。こんなところで、ピアノの生演奏を聴けるなんて……」
「ああ……。この曲も滅茶苦茶上手いな。ホントに映画の中にいるみたいだ……」
黒人のピアニストが演奏しながら歌うソウルフルな歌声に、咲希たちは食事をするのも忘れて聴き入った。それはまさしく『カサブランカ』の主題歌である『As Time Goes By(時の過ぎゆくままに)』であった。
「あたし、この曲、大好き……。将成は『カサブランカ』って観たことある?」
「いや、ないな。名前だけは聞いたことあるけど……」
アンティーク調の皿にある子牛のソティをナイフで切り取り、フォークで口に運びながら将成が言った。
「第二次世界大戦でナチスに占領されたフランスでの物語なんだけど、すっごく素敵な映画よ。主人公のハンフリー=ボガードは渋いし、ヒロインのイングリッド=バーグマンは凄く綺麗なんだ……」
映画のシーンを思い出しながら、咲希がうっとりとした表情で告げた。
「へえ……。ラブストーリーなのかい?」
「うん。それも、悲しいラブストーリー……。あたし、あの映画を観るたびに泣いちゃうの」
「そうなんだ……。今度観てみるかな?」
手放しで褒める咲希の言葉に、将成は興味を引かれたように微笑んだ。
「うん、絶対にお勧めよ! 凄く有名なセリフもあるのよ! あたしも、あんなこと言われてみたいな……」
黒曜石の瞳を潤ませて、うっとりとした表情を浮かべながら咲希が呟くように告げた。
「Here's looking at you, kid!」
「えッ……!」
突然告げられた将成の言葉に、咲希は潤んだ黒瞳を大きく見開いた。
「知ってるの、将成……?」
「そのくらいはね……。映画は見たことはなくても、セリフは有名だからな」
ニヤリと笑みを浮かべながら告げる将成を見つめて、咲希はカアッと顔を赤らめた。まさか、将成からその言葉を告げられるなど、予想もしていなかった。
『君の瞳に乾杯!(Here's looking at you, kid !)』
「じゃあ、これは知ってる?」
ニッコリと笑顔を浮かべると、咲希は『カサブランカ』の有名なセリフを口にした。
「Where were you last night ?(昨日の夜はどこにいたの?)」
「That’s so long ago, I don’t remember.(そんな昔のことは覚えていない)」
「Will I see you tonight ?(今夜は会える?)」
「I never make plans that far ahead.(そんな先のことはわからない)」
「ホントは観たことあるんでしょ?」
映画で交わされた有名なセリフをワンフレーズも間違わずに答えた将成を、咲希はジト目で見つめた。
「ハッハハ……、バレたか?」
「もう……! だから、このお店に連れてきたのね?」
ハンフリー=ボガードが扮する主人公リックが経営するお店が『Rick's Cafe』だ。その名前と同じ店を将成が選んだ理由に、咲希は改めて気づいた。
「Here's looking at you, kid !」
将成がミネラルウォーターの入ったワイングラスを目の前に掲げながら告げた。咲希は自分のグラスを手に取ると、笑顔を浮かべながら将成のグラスに重ねた。
カチンッと澄んだ音色が店内に響き渡り、ワイングラスに映る赤い夕陽が煌めきながら揺れた。お互いの瞳を見つめ合うと、二人は微笑みながらグラスを傾けた。
食事を終えると、将成は由比ヶ浜の砂浜に咲希を連れて行った。十月初旬ということもあり、由比ヶ浜にはほとんど人の姿は見えなかった。遠くで波乗りを楽しむサーファーが何組かいるだけだった。
咲希たちは波打ち際を裸足で走り回り、子供のように水を掛け合って遊んだ。世界中に自分たち二人だけしかいない気がして、まるで映画の主人公にでもなったような気分だった。
遊び疲れると二人は、海に沈む夕陽を見つめながら砂浜に並んで腰を下ろした。海面が真っ赤に染まっていく幻想的な景色に、咲希は思わず息を呑みながらため息を付いた。
「凄く綺麗……! こんなに美しい夕陽って、初めて見たわ!」
「確かに……! これだけ凄い夕陽は、俺も初めてだ……」
寄せては返す波の潮騒だけが、二人を包み込んでいた。夕陽を受けて紅く輝く咲希の横顔を見つめて、将成はゴクリと生唾を飲み込んだ。そして、左腕を咲希の肩に回すと、優しく彼女の体を引き寄せた。
「将成……?」
突然、抱き寄せられて、咲希が驚いた表情を浮かべながら将成を見つめた。
「何も言わずに、眼を閉じて……」
そう告げると、将成の顔が近づいてきた。咲希は慌てて瞳を閉じると、緊張で全身を強張らせた。
(キスされる……)
そう思った瞬間、将成の唇が咲希の紅唇に重なった。そして、何度か優しく唇を啄まれると、ゆっくりと将成の舌が入ってきた。緊張に震える咲希の舌を、将成は優しく絡め取った。
(こんなの……知らない……)
時間をかけて咲希の緊張を解すように、将成はネットリと舌を絡ませてきた。生まれて初めて受ける濃厚な口づけに、咲希は意識がボゥーッと霞んで背筋がゾクゾクと慄えた。
(これ、だめ……! 変になる……)
舌先から痺れるような感覚が体中に広がっていき、堪えきれない喘ぎが塞がれた咲希の唇から漏れた。それは咲希が生まれて初めて刻まれた快感であった。
二人の唇を繋ぐ細い唾液の糸が、燃え上がる夕陽を反射して美しく煌めいた。官能にトロンと蕩けた瞳で将成の顔を見つめると、咲希はグッタリと力が抜けた体を預けた。将成が優しくその背中を抱きながら、咲希の耳元で囁くように告げた。
「キスは初めて……?」
将成の腕の中で、コクンと咲希が小さく頷いた。建御雷神を呼び出すために自分から将成にキスをしたが、今の口づけはまったく違うものだった。体中に甘い電気が走り抜け、意識さえもトロトロに蕩かされそうだった。あのまま続けられたら自分がどうなってしまうのか分からなかった。
「もっとしたい……?」
将成の言葉にカアッと顔を赤らめると、咲希は恥ずかしさのあまり彼の胸に顔を押しつけた。だが、続きをして欲しい気持ちがあることは、自分自身が一番良く分かっていた。
「顔を上げて……」
咲希の気持ちを読み取ったかのように、将成が優しく話しかけてきた。その言葉を耳にして、咲希はおずおずと将成の顔を見つめた。
「咲希……可愛いよ……」
そう告げると再び将成が咲希の唇を塞いできた。今度は最初から舌を挿し込まれて、ネットリと濃厚に口づけをされた。何度も舌を絡め取られ、熱く激しく舐られた。
(気持ち……いい……)
ゾクゾクとした愉悦が背筋を舐め上げ、脳髄さえも甘く灼き溶かし始めた。体中の力が抜け落ちて、瞼の裏にチカチカと白い閃光が瞬き始めた。それは紛れもなく、官能の煌めきだった。
(だめッ……何か、来るッ! いやッ……怖いッ……!)
快感に慄える自分の中で、急激に何かが膨れ上がってくるのを感じた。瞼の裏の閃光が激しくなっていき、その間隔が急速に短くなった。そして、意識が真っ白に染まった瞬間、咲希の中でそれが爆発した。
「……ッ!」
想像を遥かに超える衝撃に、咲希は全身をビクンッビクンッと激しく痙攣させた。美しい眉間に深い縦皺を刻むと、咲希は大きく仰け反って生まれて初めての絶頂を極めた。凄まじい官能の奔流が全身を灼き溶かし、四肢の先端まで甘い衝撃が走り抜けた。総身を襲った愉悦の硬直を解き放つと、咲希はグッタリとした将成にもたれかかった。
「大丈夫か、咲希……?」
驚きに目をみはった将成の言葉さえ、咲希の耳には届かなかった。ビクンッビクンッと痙攣を続けながら、咲希は自分の身に起きたことが信じられなかった。
(何……今のは……? 頭が真っ白になって……体が灼き溶けたみたいに……)
官能にトロンと蕩けきった瞳で、咲希は茫然としながら将成の顔を見つめた。
「もしかして……イッたのか……?」
(イッた……今のが……?)
その言葉の意味を理解すると、カアッと真っ赤に染めた顔を逸らして将成の胸に押しつけた。キスされただけで絶頂を極めたなど、死にたいくらい恥ずかしかった。それも、ファーストキスなのだ。咲希は自分がとてつもない淫乱のような気がして、将成の胸から顔を上げることができなかった。
「凄く嬉しいよ、咲希……!」
喜びに満ちた声でそう叫ぶと、将成が咲希の体を抱き締めてきた。
「し……将成……?」
「それって、俺を受け入れてくれたってことだろう?」
恥ずかしさと戸惑いを浮かべる黒瞳を見つめながら、将成が嬉しそうに咲希に告げた。
「好きな男に触れられたから、気持ちよくなったんだろう? 咲希がイッたってことは、それだけ俺のことが好きな証拠だよ!」
「ば、ばかッ! 変なこと、大声で言わないでッ!」
周囲に誰もいないとは言え、恥ずかしい自分の姿を言葉にされて、咲希は耳まで真っ赤に染まりながら叫んだ。
「悪い、悪い……。でも、俺の方がもっと咲希のことを好きだって忘れるなよ! もう、絶対に離さないから、覚悟しておけよ!」
「将成……」
力一杯抱き締められながら告白され、咲希は恥ずかしさと嬉しさに将成の胸の中で小さく頷いた。
(あたしも、将成のことが大好き……。ずっと一緒にいたい……)
海平線に沈む夕陽が、砂浜に二人の影を長く伸ばした。その影がひとつに重なり、長い口づけを交わし始めた。夜の帳がその影を消し去るまで、二人はお互いの気持ちを確かめ合うかのように濃厚な口づけを交わし続けた。
(このまま、あたし……将成に抱かれるのかな? やっぱり、少し怖い……)
風呂上がりの裸身に白い下着を身につけ、タオル地のガウンを羽織っただけの姿で咲希は大きなベッドに腰を下ろした。将成は咲希と入れ替わりに、今シャワーを浴びていた。
突然降りだした季節外れの夕立は、雷鳴を轟かせながら凄まじい豪雨となって咲希たちに襲いかかった。視界もろくに効かない暴雨に、二人は近くにあったモーテルへと逃げ込んだのだった。
ビショ濡れになったライディングジャケットを脱ぎ捨て、咲希は先にシャワーを使わせてもらった。そして今、ベッドの上に腰掛けながら長い漆黒の髪をドライヤーで乾かしていた。
愛し合う男と女がこういった場所で何をするかくらいは、咲希も知っていた。雨宿りをするために入ったとは言え、そうなる可能性は十分過ぎるほど高かった。
しかし、咲希はまだ処女だった。ファーストキスでさえも、ついさっき交わしたばかりだった。それから一時間も経たずにホテルの一室にいることは、咲希の予想を遙かに超えていた。
(将成のことは好き……ううん、たぶん愛してる……。そして、将成もあたしのことを愛してくれている……と思う……)
先週、咲希は将成と一緒に明治神宮前にある『神社本庁 神宮特別対策部』に行った。そこで天城色葉と国城大和に会い、神社幻影隊を見学させてもらった。
色葉の依頼で精神評価を受けた咲希は、SA係数一二八六というとんでもない数値を叩き出した。それは普通の人間の十二倍以上のSA係数だったのだ。
守護神である咲耶が自分の中にいるため、咲希はその数値に納得したが、色葉たちの反応は当然違った。その場で強引な勧誘を受け、SA係数二八五を出した将成とともに神社幻影隊に加入することになった。
十八歳の将成はともかく、咲希は高校二年とは言ってもまだ誕生日前なので十六歳だった。未成年のため、S.A.P.と労働契約を交わすためには、親権者の同意書が必要だった。同意書にはS.A.P.の業務内容までは書かれていないため、咲希は神社本庁でアルバイトをすると父親の凌平に告げた。勝手に事務のアルバイトだと思い込んだ凌平は、疑いもせずに『親権者同意書』に署名と捺印をしてくれた。
これが妖魔と戦って滅殺する仕事の契約だと知ったら、猛反対されることは確実だった。
まだ学生ということもあり、咲希たちはS.A.P.の正規隊員としてではなく、見習いとしての契約だった。簡単に言えば、色葉か大和の指示を受けて、妖魔殲滅を手伝う契約だ。学業を優先してよいことになっているが、できる限りの都合をつけてS.A.P.の仕事をする約束であった。色葉たちにとっても、高い契約金と報酬を払っているので、S.A.P.の優先順位はできるだけ上げておきたいというのが本音だった。
通常、S.A.P.の契約金はSA係数によって決定するとのことだった。簡単に言えば、SA係数の一万倍が契約金なのだ。S.A.P.加入の最低要件は、SA係数一五〇である。その場合の契約金は百五十万円だった。
よって、将成の契約金は二百八十五万円、咲希に至っては千二百八十六万円であった。
月々の報酬については見習いということもあって、基本給と歩合制の両方だった。基本給については咲希も将成も、月々十万円だった。これは一般的な正規隊員のおよそ三分の一とのことだった。そして、妖魔一体を滅殺するごとに、歩合で報酬が加算される仕組みだった。その歩合額については、妖魔のSA係数によって変わってくるとのことだ。簡単に言えば、強い妖魔を滅殺すれば高報酬が期待できるのだ。
通常、S.A.P.が相手にしているのは、鼠くらいの妖魔だと大和は告げていた。その程度であれば特に恐れる必要はないと考えて、咲希はS.A.P.との契約を結んだのだ。契約金や月々の報酬に目がくらんだわけでは決してなかった……。
将成は咲希の考えを読んだように苦笑いを浮かべると、一緒にS.A.P.に入ることに同意した。それが咲希の身を案じての選択であることは、言うまでもなかった。
(今月中旬には統一試験もあるのに、将成はあたしのために神社幻影隊への加入を決めてくれた……)
咲希たちの通う聖光学院高等学校は、三校ある聖光学院大学付属校のうちの一校だ。よって、聖光学院大学に進学するためには三年間の内申点の他に、付属校三校による統一試験を受ける必要があった。その結果によって、進学する学部や学科、専攻などが決定するのだ。
(それだけじゃない……。教習所に通っている間もずっとあたしを励ましてくれた。それに今日だって、あたしのために鎌倉までツーリングに付き合ってくれた……)
将成の優しさが、その愛情が、咲希には痛いほど感じられた。
(その将成があたしを求めるのなら、あたしは喜んで将成に抱かれるわ……)
そう考えて、咲希は慌てて首を振った。
(そうじゃないッ! そんなんじゃないわッ! あたし自身が、将成に抱かれたいんだ! 早く将成のものになりたいんだ!)
漆黒の黒髪を靡かせていたドライヤーのスイッチを切ると、咲希はカアッと顔を赤らめながら浴室の扉を見つめた。シャワーの音が止み、将成が更衣室に入ってきた気配がした。
咲希はサイドテーブルに置いたスポーツドリンクのペットボトルを掴むと、キャップを開けてゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。乾いたスポンジが水を吸収するように、よく冷えたスポーツドリンクが熱く火照った体を急速に冷やしていった。
「お待たせ……。おッ、いいもん飲んでるな。俺にもくれるか?」
「ええ……」
浴室から出て来た将成が、咲希が手にしているスポーツドリンクを見つめながら言った。咲希が飲みかけのペットボトルを差し出すと、将成は一気にボトルを仰いでスポーツドリンクを飲み干した。
(あ……間接キス……)
そのことに気づいた咲希は、顔を赤らめながら将成を見つめた。だが、将成は気にした素振りさえ見せずに、咲希に微笑みかけた。
「ホントは冷えたビールがあったら最高なんだけど、バイクだしな……」
「ビールって……。十八から成人になったとは言っても、飲酒は二十歳のままでしょ?」
呆れたようにジト目で将成を見つめながら、咲希が文句を言った。
「分かってるって……。でも、自分の意志でもう結婚もできるんだぞ」
「け、結婚って……」
笑いながら告げた将成のセリフに、咲希はカアッと顔を赤らめて言葉を失った。
「三月三日生まれだから、咲希はあと一年五ヶ月か……。十八になったら、一緒に暮らそうな……」
「な、何を……言って……んッ……!」
驚愕に眼を見開いた咲希の言葉を、将成が唇で塞いできた。夕陽を見ながら交わした濃厚な口づけを思い出し、咲希の体から徐々に力が抜けていった。
「ま、待って……将成……」
細い糸を引きながら唇を離すと、トロンと蕩けた瞳で咲希は将成を見つめた。だが、将成は咲希の体をベッドに押し倒すと、再び口づけを交わしながら囁いた。
「待てない……咲希、お前が欲しい……」
激しく舌を絡められ、ゾクゾクとした愉悦が背筋を舐め上げてきた。閉じた瞼の裏側に、チカチカと白い閃光が瞬き始め、咲希は熱い喘ぎを漏らした。
将成の左手が背中に廻された。パチンという音とともに、ブラジャーのホックが外された。そして、ガウンの胸元から右手を差し入れると、将成がブラジャーのカップをずり上げた。まだ誰にも触れられたことがない白い膨らみが、将成の目に曝された。
「綺麗だよ、咲希……」
「いや……恥ずかしい……」
将成に胸を見つめられ、咲希は恥ずかしさのあまり真っ赤に染まった顔を逸らした。
「凄く柔らかい……ここも、もうこんなに硬くなってるよ……」
両手で咲希の双乳を揉みしだきながら、将成が指先でツンと突き勃った媚芯を捏ね回した。
「あッ……! だめッ……!」
凄まじい衝撃が走ったと思うと、信じられないほどの愉悦が背筋を舐め上げて脳天で弾けた。咲希はビクンッと慄えると、顎を突き上げて大きく仰け反った。
「まって……あッ、いやッ……だめッ……、あッ、あぁッ……いやぁッ……!」
こってりと乳房を揉みしだかれ、硬く突き勃った媚芯を扱かれると、咲希は長い漆黒の髪を舞い乱しながら激しく首を振った。かつてないほどの官能の嵐が全身を駆け巡り、押さえようもない恥ずかしい声が唇から溢れ出た。
(こんな……すごい……! 気持ちいいッ……! おかしくなるッ……!)
生まれて初めて刻まれる女の悦びに翻弄され、トロンと蕩けきった瞳から随喜の涙が溢れ出た。
「凄く感じてるみたいだな、咲希……。もっと気持ちよくしてあげるよ……」
自分の手によって悶え啼く咲希の痴態を見下ろすと、将成がニヤリと笑みを浮かべた。そして、咲希の右胸に顔を近づけると、そそり勃った媚芯を唇で咥えてチューッと吸い上げた。
「ひぃいいッ……!」
その瞬間、咲希は大きく背中を仰け反らせると、ビクンッビクンッと激しく痙攣した。限界を超える凄絶な歓悦に、生まれて二度目の絶頂を極めたのだ。歓喜の余韻に慄える総身を脱力させると、咲希は崩れるようにベッドに沈み込んだ。
ハァ、ハァッと熱い吐息を漏らす唇から、ネットリとした涎が糸を引いて垂れ落ちた。
「もう、イッたのか……? 凄く感じやすいんだな、咲希は……」
嬉しそうにそう告げると、将成は咲希のガウンを脱がせてブラジャーを腕から引き抜いた。涙で潤んだ黒曜石の瞳はトロンと官能に蕩けきり、全身が甘く痺れて咲希は指一本動かせなかった。
「おねがい……まって……」
真っ赤に染まった目尻から涙を溢れさせながら、咲希が熱い吐息とともに懇願した。このまま続けられたら、自分が自分でなくなりそうだった。
「大丈夫だよ、咲希……。ここももうこんなになってるし……」
咲希の両脚から白い下着を抜き去ると、将成は柔らかい叢をかき分けて濡れた花唇に指を這わせた。歓悦の頂点を極めたそこは、処女とは思えないほどビッショリと蜜が溢れていた。
「あたし……こわい……」
「心配しなくてもいいよ……。優しくするから……」
そう告げると、将成は着ていたガウンと下着を一気に脱ぎ捨てた。見事に八つに割れた腹筋に見蕩れた咲希だが、その下で雄々しく反り返る将成の男を眼にした瞬間、凄まじい恐怖に駆られた。
(あんなの……絶対に無理ッ……! 裂けちゃうッ……!)
だが、まだ十八歳の将成には、咲希の気持ちを思いやる余裕などなかった。避妊具をつけると、その禍々しい凶器を咲希の花唇に充てがった。
「おねがいッ……! まってッ……! こわいッ……!」
涙を溢れさせながら哀願する咲希の言葉を聞き流すと、将成は咲希の両脚を抱えながらゆっくりと男を挿し入れた。
「ひぃいいッ……! 痛いッ……! 抜いてぇッ……!」
長い黒髪を舞い乱しながら、咲希が激しく首を振った。無意識にその凶器から逃げようと、咲希がベッドの上をずり上がった。
「痛いのは最初だけだ。少し我慢してくれ……」
どこから得た知識かも忘れてそう告げると、将成は両脚を抱えたままグイッと腰を入れて咲希を貫いた。
「ひぃいーッ! 痛いッ! ゆるしてぇッ! 死んじゃうッ!」
快感の欠片さえもない激痛に、咲希は悲鳴を上げた。まるで真っ赤に焼けた鉄杭で串刺しにされたようだった。
『最初は、経験豊富な相手の方がよいぞ』
激痛にのたうち回る咲希の脳裏に、咲耶の言葉が響き渡った。その言葉の意味を、咲希はその身を持って実感した。
(こんなに痛いなんて、知らなかった……)
すべてを咲希の中に埋めたのか、将成が動きを止めた。灼けつくような激痛に耐えながらも、咲希はホッと胸を撫で下ろした。
「動くよ……」
「えッ……まってッ……!」
将成の言葉を聞いた瞬間、咲希は蒼白な表情を浮かべながら慌てて首を振った。だが、咲希の拒絶の言葉を無視して、将成がゆっくりと腰を動かし始めた。
「おねがいッ! ゆるしてッ! あッ、ひぃいいッ……!」
全身を引き裂かれるような凄まじい痛みに、咲希が再び悲鳴を上げた。白いシーツが秘唇から溢れ出た鮮血で赤く染まっていった。
銀色に輝く月詠尊が、二人の裸身を優しく照らした。その慈愛と憐憫に満ちた光の中で、咲希は声が嗄れるまで泣き叫んだ。
その日、凄絶な激痛と滂沱の涙に塗れながら、咲希は生まれて初めて女にされた。
強くなっていく雨脚が、音を立ててヘルメットを叩きつけてきた。撥水加工が施されたシールドの表面を雨滴が流れていき、前を走る将成のCB400SFのテールランプを赤く滲ませた。
『思ったよりも強く降ってきた。どこかで雨宿りしよう』
「うん……。天気予報では降るって言ってなかったのに……」
ヘルメットに装着したBluetoothインカムから聞こえてきた将成の声に頷きながら、咲希が答えた。
初めてのツーリングで鎌倉へ行く前に、将成が咲希のヘルメットに無線通話機を取り付けてくれたのだ。最大通信距離は千四百メートルもあり、十六時間の連続通話が可能な高性能タイプのインカムだった。そのインカムによって、咲希は走りながら色々なアドバイスを受けることができた。初心者の咲希にとっては非常に心強く、有効なアイテムであった。
『いいぞ! 今みたいに体を使ってバイクを倒すと、思い通りに曲がっていくよ!』
『次の交差点を右折するから、付いてきて……』
運転のアドバイスや道案内などをリアルタイムで伝えられ、咲希は安心しながら実際の道路でのテクニックを学ぶことができた。
(こんなに便利な物があったなんて、知らなかったわ。まるで将成が隣で教えてくれているみたい……)
バイクは車と違い、基本的に一人で運転する乗り物だ。初心者だからと言って、誰かが隣に座ってアドバイスをすることはできない。
将成と一緒に鎌倉までツーリングに行くことは楽しみだったが、咲希は不安も大きかった。しかし、このインカムのおかげで、咲希は今日一日で色々なテクニックを学びながら安心してツーリングを楽しむことができた。
将成は、朝十時に高島平の自宅に迎えに来てくれた。そこから首都高五号線に入り、環状線、羽田線を経由して、横浜横須賀道路を走って由比ガ浜に到着したのは午後一時過ぎだった。
いきなり高速に乗ることには不安が大きかったが、将成は安心させるように咲希に告げた。
「最初の合流だけ注意すれば、高速の方が一般道よりも危険は少ないんだ。信号もないし、横から人や自転車も出てこないからね」
実際に高速を走ってみると、将成の言葉通りギアチェンジもほとんど必要なく、アクセルを一定に開けるだけで呆気ないほど簡単に運転できることに咲希は驚いた。
由比ヶ浜に着いた二人は、鎌倉の海が見える国道134号沿いのレストランで昼食をとった。
『Rick's Cafe』という名のレストランは、映画『カサブランカ』の主人公が経営するバーを再現していて、白亜の建物の中に入るとレトロな空間が広がり、その中央にはアンティークなピアノが置かれていた。
「凄いね……。こんなところで、ピアノの生演奏を聴けるなんて……」
「ああ……。この曲も滅茶苦茶上手いな。ホントに映画の中にいるみたいだ……」
黒人のピアニストが演奏しながら歌うソウルフルな歌声に、咲希たちは食事をするのも忘れて聴き入った。それはまさしく『カサブランカ』の主題歌である『As Time Goes By(時の過ぎゆくままに)』であった。
「あたし、この曲、大好き……。将成は『カサブランカ』って観たことある?」
「いや、ないな。名前だけは聞いたことあるけど……」
アンティーク調の皿にある子牛のソティをナイフで切り取り、フォークで口に運びながら将成が言った。
「第二次世界大戦でナチスに占領されたフランスでの物語なんだけど、すっごく素敵な映画よ。主人公のハンフリー=ボガードは渋いし、ヒロインのイングリッド=バーグマンは凄く綺麗なんだ……」
映画のシーンを思い出しながら、咲希がうっとりとした表情で告げた。
「へえ……。ラブストーリーなのかい?」
「うん。それも、悲しいラブストーリー……。あたし、あの映画を観るたびに泣いちゃうの」
「そうなんだ……。今度観てみるかな?」
手放しで褒める咲希の言葉に、将成は興味を引かれたように微笑んだ。
「うん、絶対にお勧めよ! 凄く有名なセリフもあるのよ! あたしも、あんなこと言われてみたいな……」
黒曜石の瞳を潤ませて、うっとりとした表情を浮かべながら咲希が呟くように告げた。
「Here's looking at you, kid!」
「えッ……!」
突然告げられた将成の言葉に、咲希は潤んだ黒瞳を大きく見開いた。
「知ってるの、将成……?」
「そのくらいはね……。映画は見たことはなくても、セリフは有名だからな」
ニヤリと笑みを浮かべながら告げる将成を見つめて、咲希はカアッと顔を赤らめた。まさか、将成からその言葉を告げられるなど、予想もしていなかった。
『君の瞳に乾杯!(Here's looking at you, kid !)』
「じゃあ、これは知ってる?」
ニッコリと笑顔を浮かべると、咲希は『カサブランカ』の有名なセリフを口にした。
「Where were you last night ?(昨日の夜はどこにいたの?)」
「That’s so long ago, I don’t remember.(そんな昔のことは覚えていない)」
「Will I see you tonight ?(今夜は会える?)」
「I never make plans that far ahead.(そんな先のことはわからない)」
「ホントは観たことあるんでしょ?」
映画で交わされた有名なセリフをワンフレーズも間違わずに答えた将成を、咲希はジト目で見つめた。
「ハッハハ……、バレたか?」
「もう……! だから、このお店に連れてきたのね?」
ハンフリー=ボガードが扮する主人公リックが経営するお店が『Rick's Cafe』だ。その名前と同じ店を将成が選んだ理由に、咲希は改めて気づいた。
「Here's looking at you, kid !」
将成がミネラルウォーターの入ったワイングラスを目の前に掲げながら告げた。咲希は自分のグラスを手に取ると、笑顔を浮かべながら将成のグラスに重ねた。
カチンッと澄んだ音色が店内に響き渡り、ワイングラスに映る赤い夕陽が煌めきながら揺れた。お互いの瞳を見つめ合うと、二人は微笑みながらグラスを傾けた。
食事を終えると、将成は由比ヶ浜の砂浜に咲希を連れて行った。十月初旬ということもあり、由比ヶ浜にはほとんど人の姿は見えなかった。遠くで波乗りを楽しむサーファーが何組かいるだけだった。
咲希たちは波打ち際を裸足で走り回り、子供のように水を掛け合って遊んだ。世界中に自分たち二人だけしかいない気がして、まるで映画の主人公にでもなったような気分だった。
遊び疲れると二人は、海に沈む夕陽を見つめながら砂浜に並んで腰を下ろした。海面が真っ赤に染まっていく幻想的な景色に、咲希は思わず息を呑みながらため息を付いた。
「凄く綺麗……! こんなに美しい夕陽って、初めて見たわ!」
「確かに……! これだけ凄い夕陽は、俺も初めてだ……」
寄せては返す波の潮騒だけが、二人を包み込んでいた。夕陽を受けて紅く輝く咲希の横顔を見つめて、将成はゴクリと生唾を飲み込んだ。そして、左腕を咲希の肩に回すと、優しく彼女の体を引き寄せた。
「将成……?」
突然、抱き寄せられて、咲希が驚いた表情を浮かべながら将成を見つめた。
「何も言わずに、眼を閉じて……」
そう告げると、将成の顔が近づいてきた。咲希は慌てて瞳を閉じると、緊張で全身を強張らせた。
(キスされる……)
そう思った瞬間、将成の唇が咲希の紅唇に重なった。そして、何度か優しく唇を啄まれると、ゆっくりと将成の舌が入ってきた。緊張に震える咲希の舌を、将成は優しく絡め取った。
(こんなの……知らない……)
時間をかけて咲希の緊張を解すように、将成はネットリと舌を絡ませてきた。生まれて初めて受ける濃厚な口づけに、咲希は意識がボゥーッと霞んで背筋がゾクゾクと慄えた。
(これ、だめ……! 変になる……)
舌先から痺れるような感覚が体中に広がっていき、堪えきれない喘ぎが塞がれた咲希の唇から漏れた。それは咲希が生まれて初めて刻まれた快感であった。
二人の唇を繋ぐ細い唾液の糸が、燃え上がる夕陽を反射して美しく煌めいた。官能にトロンと蕩けた瞳で将成の顔を見つめると、咲希はグッタリと力が抜けた体を預けた。将成が優しくその背中を抱きながら、咲希の耳元で囁くように告げた。
「キスは初めて……?」
将成の腕の中で、コクンと咲希が小さく頷いた。建御雷神を呼び出すために自分から将成にキスをしたが、今の口づけはまったく違うものだった。体中に甘い電気が走り抜け、意識さえもトロトロに蕩かされそうだった。あのまま続けられたら自分がどうなってしまうのか分からなかった。
「もっとしたい……?」
将成の言葉にカアッと顔を赤らめると、咲希は恥ずかしさのあまり彼の胸に顔を押しつけた。だが、続きをして欲しい気持ちがあることは、自分自身が一番良く分かっていた。
「顔を上げて……」
咲希の気持ちを読み取ったかのように、将成が優しく話しかけてきた。その言葉を耳にして、咲希はおずおずと将成の顔を見つめた。
「咲希……可愛いよ……」
そう告げると再び将成が咲希の唇を塞いできた。今度は最初から舌を挿し込まれて、ネットリと濃厚に口づけをされた。何度も舌を絡め取られ、熱く激しく舐られた。
(気持ち……いい……)
ゾクゾクとした愉悦が背筋を舐め上げ、脳髄さえも甘く灼き溶かし始めた。体中の力が抜け落ちて、瞼の裏にチカチカと白い閃光が瞬き始めた。それは紛れもなく、官能の煌めきだった。
(だめッ……何か、来るッ! いやッ……怖いッ……!)
快感に慄える自分の中で、急激に何かが膨れ上がってくるのを感じた。瞼の裏の閃光が激しくなっていき、その間隔が急速に短くなった。そして、意識が真っ白に染まった瞬間、咲希の中でそれが爆発した。
「……ッ!」
想像を遥かに超える衝撃に、咲希は全身をビクンッビクンッと激しく痙攣させた。美しい眉間に深い縦皺を刻むと、咲希は大きく仰け反って生まれて初めての絶頂を極めた。凄まじい官能の奔流が全身を灼き溶かし、四肢の先端まで甘い衝撃が走り抜けた。総身を襲った愉悦の硬直を解き放つと、咲希はグッタリとした将成にもたれかかった。
「大丈夫か、咲希……?」
驚きに目をみはった将成の言葉さえ、咲希の耳には届かなかった。ビクンッビクンッと痙攣を続けながら、咲希は自分の身に起きたことが信じられなかった。
(何……今のは……? 頭が真っ白になって……体が灼き溶けたみたいに……)
官能にトロンと蕩けきった瞳で、咲希は茫然としながら将成の顔を見つめた。
「もしかして……イッたのか……?」
(イッた……今のが……?)
その言葉の意味を理解すると、カアッと真っ赤に染めた顔を逸らして将成の胸に押しつけた。キスされただけで絶頂を極めたなど、死にたいくらい恥ずかしかった。それも、ファーストキスなのだ。咲希は自分がとてつもない淫乱のような気がして、将成の胸から顔を上げることができなかった。
「凄く嬉しいよ、咲希……!」
喜びに満ちた声でそう叫ぶと、将成が咲希の体を抱き締めてきた。
「し……将成……?」
「それって、俺を受け入れてくれたってことだろう?」
恥ずかしさと戸惑いを浮かべる黒瞳を見つめながら、将成が嬉しそうに咲希に告げた。
「好きな男に触れられたから、気持ちよくなったんだろう? 咲希がイッたってことは、それだけ俺のことが好きな証拠だよ!」
「ば、ばかッ! 変なこと、大声で言わないでッ!」
周囲に誰もいないとは言え、恥ずかしい自分の姿を言葉にされて、咲希は耳まで真っ赤に染まりながら叫んだ。
「悪い、悪い……。でも、俺の方がもっと咲希のことを好きだって忘れるなよ! もう、絶対に離さないから、覚悟しておけよ!」
「将成……」
力一杯抱き締められながら告白され、咲希は恥ずかしさと嬉しさに将成の胸の中で小さく頷いた。
(あたしも、将成のことが大好き……。ずっと一緒にいたい……)
海平線に沈む夕陽が、砂浜に二人の影を長く伸ばした。その影がひとつに重なり、長い口づけを交わし始めた。夜の帳がその影を消し去るまで、二人はお互いの気持ちを確かめ合うかのように濃厚な口づけを交わし続けた。
(このまま、あたし……将成に抱かれるのかな? やっぱり、少し怖い……)
風呂上がりの裸身に白い下着を身につけ、タオル地のガウンを羽織っただけの姿で咲希は大きなベッドに腰を下ろした。将成は咲希と入れ替わりに、今シャワーを浴びていた。
突然降りだした季節外れの夕立は、雷鳴を轟かせながら凄まじい豪雨となって咲希たちに襲いかかった。視界もろくに効かない暴雨に、二人は近くにあったモーテルへと逃げ込んだのだった。
ビショ濡れになったライディングジャケットを脱ぎ捨て、咲希は先にシャワーを使わせてもらった。そして今、ベッドの上に腰掛けながら長い漆黒の髪をドライヤーで乾かしていた。
愛し合う男と女がこういった場所で何をするかくらいは、咲希も知っていた。雨宿りをするために入ったとは言え、そうなる可能性は十分過ぎるほど高かった。
しかし、咲希はまだ処女だった。ファーストキスでさえも、ついさっき交わしたばかりだった。それから一時間も経たずにホテルの一室にいることは、咲希の予想を遙かに超えていた。
(将成のことは好き……ううん、たぶん愛してる……。そして、将成もあたしのことを愛してくれている……と思う……)
先週、咲希は将成と一緒に明治神宮前にある『神社本庁 神宮特別対策部』に行った。そこで天城色葉と国城大和に会い、神社幻影隊を見学させてもらった。
色葉の依頼で精神評価を受けた咲希は、SA係数一二八六というとんでもない数値を叩き出した。それは普通の人間の十二倍以上のSA係数だったのだ。
守護神である咲耶が自分の中にいるため、咲希はその数値に納得したが、色葉たちの反応は当然違った。その場で強引な勧誘を受け、SA係数二八五を出した将成とともに神社幻影隊に加入することになった。
十八歳の将成はともかく、咲希は高校二年とは言ってもまだ誕生日前なので十六歳だった。未成年のため、S.A.P.と労働契約を交わすためには、親権者の同意書が必要だった。同意書にはS.A.P.の業務内容までは書かれていないため、咲希は神社本庁でアルバイトをすると父親の凌平に告げた。勝手に事務のアルバイトだと思い込んだ凌平は、疑いもせずに『親権者同意書』に署名と捺印をしてくれた。
これが妖魔と戦って滅殺する仕事の契約だと知ったら、猛反対されることは確実だった。
まだ学生ということもあり、咲希たちはS.A.P.の正規隊員としてではなく、見習いとしての契約だった。簡単に言えば、色葉か大和の指示を受けて、妖魔殲滅を手伝う契約だ。学業を優先してよいことになっているが、できる限りの都合をつけてS.A.P.の仕事をする約束であった。色葉たちにとっても、高い契約金と報酬を払っているので、S.A.P.の優先順位はできるだけ上げておきたいというのが本音だった。
通常、S.A.P.の契約金はSA係数によって決定するとのことだった。簡単に言えば、SA係数の一万倍が契約金なのだ。S.A.P.加入の最低要件は、SA係数一五〇である。その場合の契約金は百五十万円だった。
よって、将成の契約金は二百八十五万円、咲希に至っては千二百八十六万円であった。
月々の報酬については見習いということもあって、基本給と歩合制の両方だった。基本給については咲希も将成も、月々十万円だった。これは一般的な正規隊員のおよそ三分の一とのことだった。そして、妖魔一体を滅殺するごとに、歩合で報酬が加算される仕組みだった。その歩合額については、妖魔のSA係数によって変わってくるとのことだ。簡単に言えば、強い妖魔を滅殺すれば高報酬が期待できるのだ。
通常、S.A.P.が相手にしているのは、鼠くらいの妖魔だと大和は告げていた。その程度であれば特に恐れる必要はないと考えて、咲希はS.A.P.との契約を結んだのだ。契約金や月々の報酬に目がくらんだわけでは決してなかった……。
将成は咲希の考えを読んだように苦笑いを浮かべると、一緒にS.A.P.に入ることに同意した。それが咲希の身を案じての選択であることは、言うまでもなかった。
(今月中旬には統一試験もあるのに、将成はあたしのために神社幻影隊への加入を決めてくれた……)
咲希たちの通う聖光学院高等学校は、三校ある聖光学院大学付属校のうちの一校だ。よって、聖光学院大学に進学するためには三年間の内申点の他に、付属校三校による統一試験を受ける必要があった。その結果によって、進学する学部や学科、専攻などが決定するのだ。
(それだけじゃない……。教習所に通っている間もずっとあたしを励ましてくれた。それに今日だって、あたしのために鎌倉までツーリングに付き合ってくれた……)
将成の優しさが、その愛情が、咲希には痛いほど感じられた。
(その将成があたしを求めるのなら、あたしは喜んで将成に抱かれるわ……)
そう考えて、咲希は慌てて首を振った。
(そうじゃないッ! そんなんじゃないわッ! あたし自身が、将成に抱かれたいんだ! 早く将成のものになりたいんだ!)
漆黒の黒髪を靡かせていたドライヤーのスイッチを切ると、咲希はカアッと顔を赤らめながら浴室の扉を見つめた。シャワーの音が止み、将成が更衣室に入ってきた気配がした。
咲希はサイドテーブルに置いたスポーツドリンクのペットボトルを掴むと、キャップを開けてゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。乾いたスポンジが水を吸収するように、よく冷えたスポーツドリンクが熱く火照った体を急速に冷やしていった。
「お待たせ……。おッ、いいもん飲んでるな。俺にもくれるか?」
「ええ……」
浴室から出て来た将成が、咲希が手にしているスポーツドリンクを見つめながら言った。咲希が飲みかけのペットボトルを差し出すと、将成は一気にボトルを仰いでスポーツドリンクを飲み干した。
(あ……間接キス……)
そのことに気づいた咲希は、顔を赤らめながら将成を見つめた。だが、将成は気にした素振りさえ見せずに、咲希に微笑みかけた。
「ホントは冷えたビールがあったら最高なんだけど、バイクだしな……」
「ビールって……。十八から成人になったとは言っても、飲酒は二十歳のままでしょ?」
呆れたようにジト目で将成を見つめながら、咲希が文句を言った。
「分かってるって……。でも、自分の意志でもう結婚もできるんだぞ」
「け、結婚って……」
笑いながら告げた将成のセリフに、咲希はカアッと顔を赤らめて言葉を失った。
「三月三日生まれだから、咲希はあと一年五ヶ月か……。十八になったら、一緒に暮らそうな……」
「な、何を……言って……んッ……!」
驚愕に眼を見開いた咲希の言葉を、将成が唇で塞いできた。夕陽を見ながら交わした濃厚な口づけを思い出し、咲希の体から徐々に力が抜けていった。
「ま、待って……将成……」
細い糸を引きながら唇を離すと、トロンと蕩けた瞳で咲希は将成を見つめた。だが、将成は咲希の体をベッドに押し倒すと、再び口づけを交わしながら囁いた。
「待てない……咲希、お前が欲しい……」
激しく舌を絡められ、ゾクゾクとした愉悦が背筋を舐め上げてきた。閉じた瞼の裏側に、チカチカと白い閃光が瞬き始め、咲希は熱い喘ぎを漏らした。
将成の左手が背中に廻された。パチンという音とともに、ブラジャーのホックが外された。そして、ガウンの胸元から右手を差し入れると、将成がブラジャーのカップをずり上げた。まだ誰にも触れられたことがない白い膨らみが、将成の目に曝された。
「綺麗だよ、咲希……」
「いや……恥ずかしい……」
将成に胸を見つめられ、咲希は恥ずかしさのあまり真っ赤に染まった顔を逸らした。
「凄く柔らかい……ここも、もうこんなに硬くなってるよ……」
両手で咲希の双乳を揉みしだきながら、将成が指先でツンと突き勃った媚芯を捏ね回した。
「あッ……! だめッ……!」
凄まじい衝撃が走ったと思うと、信じられないほどの愉悦が背筋を舐め上げて脳天で弾けた。咲希はビクンッと慄えると、顎を突き上げて大きく仰け反った。
「まって……あッ、いやッ……だめッ……、あッ、あぁッ……いやぁッ……!」
こってりと乳房を揉みしだかれ、硬く突き勃った媚芯を扱かれると、咲希は長い漆黒の髪を舞い乱しながら激しく首を振った。かつてないほどの官能の嵐が全身を駆け巡り、押さえようもない恥ずかしい声が唇から溢れ出た。
(こんな……すごい……! 気持ちいいッ……! おかしくなるッ……!)
生まれて初めて刻まれる女の悦びに翻弄され、トロンと蕩けきった瞳から随喜の涙が溢れ出た。
「凄く感じてるみたいだな、咲希……。もっと気持ちよくしてあげるよ……」
自分の手によって悶え啼く咲希の痴態を見下ろすと、将成がニヤリと笑みを浮かべた。そして、咲希の右胸に顔を近づけると、そそり勃った媚芯を唇で咥えてチューッと吸い上げた。
「ひぃいいッ……!」
その瞬間、咲希は大きく背中を仰け反らせると、ビクンッビクンッと激しく痙攣した。限界を超える凄絶な歓悦に、生まれて二度目の絶頂を極めたのだ。歓喜の余韻に慄える総身を脱力させると、咲希は崩れるようにベッドに沈み込んだ。
ハァ、ハァッと熱い吐息を漏らす唇から、ネットリとした涎が糸を引いて垂れ落ちた。
「もう、イッたのか……? 凄く感じやすいんだな、咲希は……」
嬉しそうにそう告げると、将成は咲希のガウンを脱がせてブラジャーを腕から引き抜いた。涙で潤んだ黒曜石の瞳はトロンと官能に蕩けきり、全身が甘く痺れて咲希は指一本動かせなかった。
「おねがい……まって……」
真っ赤に染まった目尻から涙を溢れさせながら、咲希が熱い吐息とともに懇願した。このまま続けられたら、自分が自分でなくなりそうだった。
「大丈夫だよ、咲希……。ここももうこんなになってるし……」
咲希の両脚から白い下着を抜き去ると、将成は柔らかい叢をかき分けて濡れた花唇に指を這わせた。歓悦の頂点を極めたそこは、処女とは思えないほどビッショリと蜜が溢れていた。
「あたし……こわい……」
「心配しなくてもいいよ……。優しくするから……」
そう告げると、将成は着ていたガウンと下着を一気に脱ぎ捨てた。見事に八つに割れた腹筋に見蕩れた咲希だが、その下で雄々しく反り返る将成の男を眼にした瞬間、凄まじい恐怖に駆られた。
(あんなの……絶対に無理ッ……! 裂けちゃうッ……!)
だが、まだ十八歳の将成には、咲希の気持ちを思いやる余裕などなかった。避妊具をつけると、その禍々しい凶器を咲希の花唇に充てがった。
「おねがいッ……! まってッ……! こわいッ……!」
涙を溢れさせながら哀願する咲希の言葉を聞き流すと、将成は咲希の両脚を抱えながらゆっくりと男を挿し入れた。
「ひぃいいッ……! 痛いッ……! 抜いてぇッ……!」
長い黒髪を舞い乱しながら、咲希が激しく首を振った。無意識にその凶器から逃げようと、咲希がベッドの上をずり上がった。
「痛いのは最初だけだ。少し我慢してくれ……」
どこから得た知識かも忘れてそう告げると、将成は両脚を抱えたままグイッと腰を入れて咲希を貫いた。
「ひぃいーッ! 痛いッ! ゆるしてぇッ! 死んじゃうッ!」
快感の欠片さえもない激痛に、咲希は悲鳴を上げた。まるで真っ赤に焼けた鉄杭で串刺しにされたようだった。
『最初は、経験豊富な相手の方がよいぞ』
激痛にのたうち回る咲希の脳裏に、咲耶の言葉が響き渡った。その言葉の意味を、咲希はその身を持って実感した。
(こんなに痛いなんて、知らなかった……)
すべてを咲希の中に埋めたのか、将成が動きを止めた。灼けつくような激痛に耐えながらも、咲希はホッと胸を撫で下ろした。
「動くよ……」
「えッ……まってッ……!」
将成の言葉を聞いた瞬間、咲希は蒼白な表情を浮かべながら慌てて首を振った。だが、咲希の拒絶の言葉を無視して、将成がゆっくりと腰を動かし始めた。
「おねがいッ! ゆるしてッ! あッ、ひぃいいッ……!」
全身を引き裂かれるような凄まじい痛みに、咲希が再び悲鳴を上げた。白いシーツが秘唇から溢れ出た鮮血で赤く染まっていった。
銀色に輝く月詠尊が、二人の裸身を優しく照らした。その慈愛と憐憫に満ちた光の中で、咲希は声が嗄れるまで泣き叫んだ。
その日、凄絶な激痛と滂沱の涙に塗れながら、咲希は生まれて初めて女にされた。
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