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第1章 神社幻影隊
9.SA係数
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「ちょっと、あたし、怖い顔してない……?」
取得したばかりの普通二輪免許の写真を見せながら、咲希が不満そうに訊ねた。
「そんなことないよ。普段より大人びて写ってるし、凄くよく撮れてるじゃないか?」
「そうかな……?」
将成の言葉に機嫌を直すと、咲希が嬉しそうに告げた。
学校をサボって、朝から江東試験場に行き、咲希は念願の免許を手にしたのだった。これで、晴れてライダーの仲間入りだと思うと、思わず頬がニヤけた。
「お父さんが注文してくれたCB400SFも、今週末には届くみたいだし……。早く乗りたいな!」
「免許を取る前からバイクを買ってくれる親なんて、なかなかいないぞ。感謝しろよ」
「うん。お父さんったら、本当にCB400SFを二台買っちゃったのよ」
娘一緒にとツーリングに行くのを楽しみにしている凌平の顔を思い出すと、咲希は頬を引き攣らせながらに告げた。
「でも、最初のツーリングは、俺と行くのを忘れるなよ」
「うん、分かってるわ。日帰りで鎌倉でしょ? 楽しみにしてる!」
満面に笑みを浮かべると、咲希が嬉しそうに言った。
「泊まりでもいいぞ……!」
「え……? 何、言って……」
ドキンと胸を高鳴らせると、カーッと顔を赤らめながら咲希が睨んだ。
「ハッ、ハッ、ハハッ……! ちゃんと日帰りにするよ。泊まりは、もう少し経ってからな……」
「し、将成ッ! 知らないッ!」
揶揄われたと知り、咲希はプイッと顔を逸らして頬を膨らませた。その様子を笑顔で見つめながら、将成が告げた。
「それはそうと、本当に俺も一緒に見学させてもらえるのか?」
神社幻影隊を将成と二人で見学したいと申し入れたところ、色葉は二つ返事で承諾してくれた。咲希がS.A.P.に興味を持ったことを、天城色葉は想像以上に喜んでくれたのだった。
「うん、一緒に来なさいって言ってたわ。あ、あの建物じゃない?」
笑顔で将成に頷くと、咲希が目の前に聳え立つ五階建ての建物を指差した。明治神宮北参道鳥居の前にある建物の入口には、『神社本庁 神宮特別対策部』と書かれた大きな表札が掲げられていた。その隣には、横に長い二階建て造りをした『神社本庁』が続いていた。
咲希たちは中に入ると、受付の電話で『神社幻影隊』の内線番号を押した。
「神守と言いますが、天城さんはいらっしゃいますか?」
受話器を耳に当てながら咲希が告げると、聞き覚えのある男性の声がスピーカーから響いた。
『待っていたよ、神守さん。国城だ。今、行くから、ロビーで待っていて……』
先日、狛江駅前のコンビニで会った国城大和だった。「はい……」と返事をして受話器を置くと、咲希と将成はロビーのソファに並んで腰を下ろした。
「よく来てくれた。待っていたよ……」
五分と待たずに正面のエレベーターから降りてきた大和が、笑顔を浮かべながら咲希に告げた。
「君が桐生君か? 国城大和だ。よろしく……」
「桐生です。よろしくお願いします」
差し出された名刺を受け取りながら、将成が大和に頭を下げた。
「神社幻影隊の本部は三階にある。案内するよ……」
そう告げると、大和は二人を連れて再びエレベーターに乗り込んだ。
「ずいぶんと静かみたいですけど、皆さん出勤されているんですか?」
「いや、S.A.P.は全部で五十人ほどいるんだけど、今日はほとんどが出払っているからな。でも、色葉は神守さんが来るのを楽しみに待ってるよ」
咲希の質問に、大和が笑顔で答えた。
(天城さんのファーストネームを呼び捨てにするって、二人は恋人同士なのかな?)
その答えを聞いて、咲希は大和の顔を見つめながら思った。初めて会った狛江駅前のコンビニにも、大和が色葉と二人きりで来ていたことを咲希は思い出した。
「さあ、着いたぞ……。ここがS.A.P.の本部だよ」
エレベーターを降りて正面にある木製のドアを開けながら、大和が二人を中に通した。百平方メートルは優にある広い室内の奥は、大きなガラス張りになっていた。そこから明治神宮の緑が一望できた。その景色を背にして大きな机が置かれており、美しい女性が革張りのマネジメント・チェアに腰を下ろしていた。
「よく来てくれたわね、神守さん……。そちらが桐生君ね? 初めまして、神社幻影隊の主任宮司をしている天城色葉です。よろしく……」
優雅な所作で席を立つと、亜麻色の髪を揺らしながら色葉が将成に名刺を差し出した。ハリウッド女優に勝るとも劣らない色葉の美貌に見蕩れていた将成が、ハッと我に返って慌てて名刺を受け取りながら挨拶した。
「き、桐生将成です。よろしく、お願いします……」
(将成のヤツ、いくら天城さんが綺麗だからって、鼻の下伸ばしてッ……!)
将成の態度にムッとしながら、咲希はその横顔を睨みつけた。その様子を悠然と微笑ながら見つめると、色葉が入口に近い席で事務処理をしている女性に声をかけた。
「朝比奈さん、悪いけどお茶を四つお願いできるかしら?」
「はいッ……!」
色葉の声でさっと席を立つと、朝比奈桃花が給湯室に向かった。黒縁のメガネをかけた知的美人という印象の女性だった。年齢は二十二、三歳くらいで、色葉よりも少し年下に見えた。
「では、応接で話しましょう。大和も一緒に来て……」
「分かった……」
(やっぱり、この二人付き合ってるみたいね……)
二人のやり取りと雰囲気から、咲希は自分の考えが正しいことを確信した。それを見て、将成が苦笑いを浮かべた。そんなことよりも、もっと大事なことがあるんじゃないかと言いたかった。
応接室に入ると、磨り硝子のテーブルを挟んで革張りのソファが二脚ずつ並んでいた。奥の上座を咲希たちに譲って、入口側に奥から色葉と大和が腰掛けた。色葉の前に咲希が座り、その横に将成が腰を下ろした。朝比奈が四人の前に紅茶の入ったティーカップを置くと、丁寧に頭を下げて応接室から出て行った。
「神守さんからS.A.P.を見学したいと電話をもらって嬉しかったわ。最初にS.A.P.がどういう目的で設置されて、どんなことをしているのか説明するわね。分からないことはどんどん質問していいわよ。まだ入隊前だから話せないこともあるけど、答えられる範囲で答えるから気軽に訊いてね……」
「はい。よろしくお願いします……」
笑顔を浮かべながら告げた色葉の言葉に、咲希は長い漆黒の髪を揺らしながら頷いた。
「名刺に書いてあると思うけど、S.A.P.の正式名称は神社幻影隊よ。今から五年前に発足した神宮特別対策部の実戦部隊なの……」
「それは、妖魔と戦う部隊という認識で合っていますか?」
黒曜石の瞳に真剣な光を浮かべながら、咲希が色葉の顔を真っ直ぐに見つめた。
「妖魔……そう呼んでいるのね? あたしたちは、単に魔と呼ぶか、U.E.と呼んでいるわ」
「U.E.……ですか?」
「未知の精神生命体の略ね。あなたの言うとおり、S.A.P.はU.E.に対抗するためにできた実戦部隊よ……」
咲希の予想通りの答えを色葉が告げた。
「あたしは今までに、二体の妖魔と遭いました。その一体は鬼族で、もう一体は三大妖魔と呼ばれる吸血鬼でした……」
妖魔と戦っているS.A.P.ならば、妖魔に関する情報も多いだろうと思って咲希が告げた。
「鬼と吸血鬼……?」
「三大妖魔だと……!」
だが、色葉も大和も、咲希の言葉に眼を見開きながら驚愕の声を上げた。
「赤塚公園では、身長五メートルを超す鬼族が出ました。結界の中で戦ったので、外からでは見えなかったと思いますが、辛うじて倒すことができました」
「倒した……鬼をか……?」
茫然とした表情で、大和が咲希に訊ねた。目の前に座る美少女が、想像を超える体験をしていることに、大和は言葉を失った。
「でも、先日の『狛江弁財天池特別緑地保全地区』に出て来た妖魔には手も足も出ませんでした。あれは鬼とは比べものにならない別格の存在でした。鬼の持つ妖気を一としたら、あの夜叉の妖気は千倍くらいはあったと思います……」
その恐怖を思い出して、咲希は全身をブルッと震わせた。
「夜叉というのは、その吸血鬼の名前なの?」
色葉の質問に、咲希は蒼白な表情で頷いた。
「はい……。三大妖魔の一人で『闇の王』とも呼ばれているそうです」
「他の二人の情報はあるのか?」
咲希の言葉を聞いて、大和が真剣な表情で訊ねた。
「一人は、『火焔の女王』九尾狐……。もうひとりは、阿修羅という『鬼神の王』らしいです……」
「そんな存在がいるだなんて……」
予想もしていない事実を聞かされて、大和が放心したように呟いた。
「その夜叉もあなたが倒したの?」
「とんでもないッ! もう少しで殺されるところでしたッ!」
色葉の言葉に、咲希は慌てて首を振った。あれほどの恐怖をもう一度体験するのは、絶対にごめんだった。
「では、どうやって逃げられたの? あなたの話が本当ならば、それほどの力を持つU.E.から簡単に逃げられるとは思えないわ……」
S.A.P.のリーダーだけあり、色葉の分析は的を得るものだった。
「それは……」
咲希は言葉を濁して、将成の顔を見つめた。さすがに建御雷神のことを簡単に話すわけにはいかなかった。
「すみません。そのことはまだお話しできません。でも、今咲希が話したことは事実です。実際に、俺もその場にいましたから……」
咲希の考えを察して、将成が色葉たちに告げた。赤塚公園でのことはともかく、『狛江弁財天池特別緑地保全地区』では意識を失っていたことはあえて言う必要はなかった。
「そう……。まあ、仕方ないわね。あたしたちも、まだあなたたちにすべてを話すことはできないから、お互いに話せる範囲で情報交換しましょう……」
咲希たちの顔を見つめながら、色葉が微笑みながら告げた。その様子に安心して、咲希が頷いた。
「はい。すみません……」
「話を戻すわね。S.A.P.の主な業務は、妖魔が出た場合に可能であれば滅殺すること……。もし無理であれば、周囲の被害を最小限に食い止めて人々を安全に誘導することよ」
「妖魔を倒したことがあるんですか?」
夜叉は別格としても、赤塚公園に現れた鬼族を滅殺する力がS.A.P.にあるのか確認しようと思い、咲希が訊ねた。
「今までに二十体以上のU.E.を倒した実績はあるわ。でも、赤塚公園であなたが戦った鬼族ほどのU.E.はいなかったと思うわ。最も強かったU.E.でさえ、虎かライオンのような大型肉食獣みたいな存在だったから……」
「肉食獣の妖魔がいるんですか……?」
鬼族と夜叉しか見たことがない咲希は、昨夜の言葉を思い出しながら訊ねた。
『姿形は様々じゃ……。何百という種類の妖魔がおるのでな。そして、普通の人間にはまず視えぬであろう。勘のよい……いわゆる、少し神気がある者であれば、妖魔に近づくと何となく嫌な雰囲気を感じるくらいであろう』
(色葉さんたちには、妖魔の姿が視えるんだ。やはり、何らかの神の守護を受けているに違いないわ……)
咲希の考えに気づいた様子もなく、大和が告げた。
「大型肉食獣のような妖魔は、俺も一度しか視たことがない。普通のU.E.は、鼠程度の大きさだし……」
「鼠……ですか?」
大和の言葉に、咲希が驚きながら訊ねた。それが本当であれば、あの鬼族でさえもかなり強力な妖魔の一人だったことになる。
「色葉……やはり……」
「そうね……」
大和の言葉に頷くと、色葉が咲希に向き直って言った。
「神守さん、S.A.P.に入るかどうかは別にして、一つお願いがあるの……」
「お願い……ですか?」
S.A.P.に勧誘する以前のお願いと聞いて、咲希は怪訝な表情を浮かべた。
「SA係数のことは前に話したわね? あなたのSA係数を正確に測らせてくれないかしら?」
「……! それは……」
咲希はSA係数を測定することに不安があった。自分だけならいいが、もしかしたら咲耶の神気も測定されるかも知れないからだ。以前に色葉は、咲希のSA係数が九九九以上だと告げていた。それは紛れもなく咲耶の神気を測った結果に違いなかった。
「これは単に興味だけで言っているのではないわ。あなたの話を聞いて、強力な妖魔を倒すにはどのくらいのSA係数が必要なのかを検証するために必要なことなの。私たちS.A.P.全員の命に関わる問題なのよ……」
ブラウンがかった黒瞳に真剣な光を浮かべながら、色葉が真っ直ぐに咲希の顔を見つめた。S.A.P.全員の生命に関わるとまで言われると、咲希は無碍に断ることができなかった。
「分かりました……。でも、測定は一度だけでいいですか?」
「もちろん……。ありがとう、神守さん」
満面に笑みを浮かべると、色葉は嬉しそうに告げた。絶世の美女が笑うと、背景に花が咲き乱れることを咲希は実感した。
「では、測定室まで来てくれるか? 桐生君、君も測ってみるかい?」
色葉の後に続いて応接室から出ながら、大和が将成に訊ねた。
「そうですね。せっかくの機会だから、測らせてください」
「ちょっと、将成ッ!」
将成の言葉に、咲希が慌てて叫んだ。万が一、建御雷神の神気が測定されたら、大騒ぎになると思ったのだ。
「大丈夫だよ、咲希……。普段通りにしていればいいと思う。普段からあんな力を出しっぱなしにしていないだろう?」
大和たちには聞こえないように、将成が咲希の耳元で囁いた。
「それも、そうね……」
将成の言葉に頷くと、咲希はニッコリと微笑みを浮かべながら大和に続いて応接室を後にした。
色葉たちの案内で、咲希と将成は四階にある測定室に足を踏み入れた。そこには一見すると病院にあるMRI測定装置のように、寝たまま全身がトンネル状の機械に入って行く大型測定器が設置されていた。
「これが最新型の精神評価係数測定器だ。ハンディタイプの簡易版と違い、測定上限値も三千まである。三千を超えるSA係数が測定された場合でも自動的に測定が遮断されるから、過負荷によって爆発することもない。安心して測定できるよ」
『狛江弁財天池特別緑地保全地区』でドローンに搭載したSA測定器が爆発したことを思い出しながら、大和が笑顔で告げた。だが、その言葉に咲希は顔を引き攣らせた。
「ば、爆発ですか……? 測定値の上限を超えたら、爆発する危険があるんですか?」
咲耶や建御雷神の神気がどのくらいあるのか分からないが、測定上限値を超える可能性は十分にあった。
「ハンディタイプだとその可能性があるんだが、この固定タイプなら爆発しないから心配しなくても大丈夫だよ」
「はあ……」
安心させるように告げた大和の言葉に、咲希は不安しかなかった。
「じゃあ、俺からお願いします」
心配そうな表情を浮かべている咲希の肩に手を置くと、将成が大和に向かって告げた。
「そうか。服はそのままでいいから、靴だけ脱いでそこに横たわってくれ……」
「はい……」
大和の言葉に従って、将成がベッドの上に仰向けになった。そして、咲希の方を見つめると、安心させるように頷いてきた。
「測定は二十秒ほどで済む。痛みも何もないから、眼を閉じている間に終わるよ」
そう告げると、大和がSA測定器を作動させた。MRIと同様に全身がベッドごとドーナツ状の機械の中へ入っていった。シンとした室内にウィーンという稼働音だけが響き渡った。
ゆっくりとベッドが戻り、将成の全身が再び姿を現した。それと同時に、大和が驚愕の叫びを上げた。
「何だとッ……! SA係数二八五だとッ……!」
「二八五ッ……? 訓練も受けていないのに、そんな馬鹿なッ……?」
大和の告げた数値を聞いて、色葉も驚愕のあまり黒茶色の瞳を大きく見開いた。
「二八五って、高いんですか?」
二人の様子を怪訝な表情で見つめながら、将成が訊ねた。
「このS.A.P.で、最高のSA係数は色葉の三七五だ。それに次いで、俺が二九三なんだ。普通の人間の平均値は、百前後だ。何にも訓練を受けていないのに、二八五なんて凄い値なんだッ!」
興奮した口調で叫ぶ大和に、咲希も嬉しそうな笑顔で告げた。
「さすが将成ねッ! 凄いわッ!」
そう言いながらも、咲希は内心でホッと胸を撫で下ろしていた。建御雷神の影響で普通の人間よりは高いSA係数だが、本来の建御雷神の神気は測定されないようだった。
(これなら咲耶の神気もバレなそうね……。たぶん、あたしも将成と同じくらいかな?)
ベッドから降り立った将成と入れ替わって、咲希が測定器に体を横たえた。
「準備いいかな?」
「はい……」
大和の言葉に頷くと、咲希は瞳を閉じて深呼吸をした。ウィーンという稼働音が再び響き始め、ベッドごと咲希の全身が測定器の中に吸い込まれていった。
特に光も刺激も感じずに、測定はあっという間に終了した。だが、ベッドから半身を起こした咲希は、色葉たちの様子を見て不審な表情を浮かべた。色葉と大和はモニターを見つめながら、茫然と動きを止めていたのだ。その瞳は驚愕に大きく見開かれ、唇からは言葉にならない無言の声が漏れていた。
「どうしたんですか? あたしの係数、いくつだったんですか?」
さすがに心配になって、咲希が大和に訊ねた。大和はビクンッと巨体を震わせると、ゴクリと生唾を飲み込んだ後に告げた。
「SA係数……一二八六だ……」
「え……?」
(今、二八六の前に、千って言った……?)
「九九九以上だとは思っていたけど、ここまでとは……」
美しい黒茶色の瞳を限界まで見開きながら、色葉が茫然と呟いた。訓練も受けていない女子高生が、S.A.P.最高のSA係数である自分の三倍以上の数値を叩き出したのだ。驚くなと言う方が無理な注文だった。
(ちょっと、咲耶ッ……! 何してくれちゃったのよッ!)
衝撃から立ち直れない色葉と大和を見つめながら、咲希は咲耶の言葉を思い出した。
『四日も私がお前の体を使っておるのじゃ。咲希の神気は、すでに普通の人間の何十倍にもなっておるはずじゃ……』
「えっと……、その……あたし……」
思いっきり顔を引き攣らせながら、咲希は色葉たちに向かって弁解の言葉を告げようとした。
「神守さんッ……!」
「は、はいッ!」
色葉が突然、咲希に向かって名前を叫んだ。
「契約金を増やすわッ! 一千万払うから、すぐにS.A.P.に入って頂戴ッ!」
「い、一千万ッ……?」
色葉の言葉に、咲希は驚愕のあまり黒曜石の瞳を大きく見開いた。その瞳に『¥マーク』が浮かんだことに気づき、将成が慌てて叫んだ。
「ま、待ってください、天城さんッ! 俺たちはまだ、S.A.P.の具体的な仕事内容を聞いていません。通常の業務は何をするのか? どのくらいの頻度で妖魔と戦うのか? その訓練方法は? 危険度は……? 万一の場合の保証はどうなっているのか? 何も知らないうちに、契約なんてできませんッ!」
「そうね……。私としたことが、神守さんのSA係数に驚いて急ぎすぎたわ。ごめんなさい……。さっきの部屋に戻りましょう。順を追って説明するわ」
亜麻色の髪を揺らしながら謝罪すると、色葉は大和に頷きかけてから咲希たちを連れて測定室を後にした。
(一千万って……? 考えたら凄い大金よね? そんなに契約金もらっちゃて、大丈夫なのかな……?)
色葉の背中を見つめながら、咲希は一千万の使い道に夢を馳せた。その様子を見て、将成は大きなため息を付いた。
取得したばかりの普通二輪免許の写真を見せながら、咲希が不満そうに訊ねた。
「そんなことないよ。普段より大人びて写ってるし、凄くよく撮れてるじゃないか?」
「そうかな……?」
将成の言葉に機嫌を直すと、咲希が嬉しそうに告げた。
学校をサボって、朝から江東試験場に行き、咲希は念願の免許を手にしたのだった。これで、晴れてライダーの仲間入りだと思うと、思わず頬がニヤけた。
「お父さんが注文してくれたCB400SFも、今週末には届くみたいだし……。早く乗りたいな!」
「免許を取る前からバイクを買ってくれる親なんて、なかなかいないぞ。感謝しろよ」
「うん。お父さんったら、本当にCB400SFを二台買っちゃったのよ」
娘一緒にとツーリングに行くのを楽しみにしている凌平の顔を思い出すと、咲希は頬を引き攣らせながらに告げた。
「でも、最初のツーリングは、俺と行くのを忘れるなよ」
「うん、分かってるわ。日帰りで鎌倉でしょ? 楽しみにしてる!」
満面に笑みを浮かべると、咲希が嬉しそうに言った。
「泊まりでもいいぞ……!」
「え……? 何、言って……」
ドキンと胸を高鳴らせると、カーッと顔を赤らめながら咲希が睨んだ。
「ハッ、ハッ、ハハッ……! ちゃんと日帰りにするよ。泊まりは、もう少し経ってからな……」
「し、将成ッ! 知らないッ!」
揶揄われたと知り、咲希はプイッと顔を逸らして頬を膨らませた。その様子を笑顔で見つめながら、将成が告げた。
「それはそうと、本当に俺も一緒に見学させてもらえるのか?」
神社幻影隊を将成と二人で見学したいと申し入れたところ、色葉は二つ返事で承諾してくれた。咲希がS.A.P.に興味を持ったことを、天城色葉は想像以上に喜んでくれたのだった。
「うん、一緒に来なさいって言ってたわ。あ、あの建物じゃない?」
笑顔で将成に頷くと、咲希が目の前に聳え立つ五階建ての建物を指差した。明治神宮北参道鳥居の前にある建物の入口には、『神社本庁 神宮特別対策部』と書かれた大きな表札が掲げられていた。その隣には、横に長い二階建て造りをした『神社本庁』が続いていた。
咲希たちは中に入ると、受付の電話で『神社幻影隊』の内線番号を押した。
「神守と言いますが、天城さんはいらっしゃいますか?」
受話器を耳に当てながら咲希が告げると、聞き覚えのある男性の声がスピーカーから響いた。
『待っていたよ、神守さん。国城だ。今、行くから、ロビーで待っていて……』
先日、狛江駅前のコンビニで会った国城大和だった。「はい……」と返事をして受話器を置くと、咲希と将成はロビーのソファに並んで腰を下ろした。
「よく来てくれた。待っていたよ……」
五分と待たずに正面のエレベーターから降りてきた大和が、笑顔を浮かべながら咲希に告げた。
「君が桐生君か? 国城大和だ。よろしく……」
「桐生です。よろしくお願いします」
差し出された名刺を受け取りながら、将成が大和に頭を下げた。
「神社幻影隊の本部は三階にある。案内するよ……」
そう告げると、大和は二人を連れて再びエレベーターに乗り込んだ。
「ずいぶんと静かみたいですけど、皆さん出勤されているんですか?」
「いや、S.A.P.は全部で五十人ほどいるんだけど、今日はほとんどが出払っているからな。でも、色葉は神守さんが来るのを楽しみに待ってるよ」
咲希の質問に、大和が笑顔で答えた。
(天城さんのファーストネームを呼び捨てにするって、二人は恋人同士なのかな?)
その答えを聞いて、咲希は大和の顔を見つめながら思った。初めて会った狛江駅前のコンビニにも、大和が色葉と二人きりで来ていたことを咲希は思い出した。
「さあ、着いたぞ……。ここがS.A.P.の本部だよ」
エレベーターを降りて正面にある木製のドアを開けながら、大和が二人を中に通した。百平方メートルは優にある広い室内の奥は、大きなガラス張りになっていた。そこから明治神宮の緑が一望できた。その景色を背にして大きな机が置かれており、美しい女性が革張りのマネジメント・チェアに腰を下ろしていた。
「よく来てくれたわね、神守さん……。そちらが桐生君ね? 初めまして、神社幻影隊の主任宮司をしている天城色葉です。よろしく……」
優雅な所作で席を立つと、亜麻色の髪を揺らしながら色葉が将成に名刺を差し出した。ハリウッド女優に勝るとも劣らない色葉の美貌に見蕩れていた将成が、ハッと我に返って慌てて名刺を受け取りながら挨拶した。
「き、桐生将成です。よろしく、お願いします……」
(将成のヤツ、いくら天城さんが綺麗だからって、鼻の下伸ばしてッ……!)
将成の態度にムッとしながら、咲希はその横顔を睨みつけた。その様子を悠然と微笑ながら見つめると、色葉が入口に近い席で事務処理をしている女性に声をかけた。
「朝比奈さん、悪いけどお茶を四つお願いできるかしら?」
「はいッ……!」
色葉の声でさっと席を立つと、朝比奈桃花が給湯室に向かった。黒縁のメガネをかけた知的美人という印象の女性だった。年齢は二十二、三歳くらいで、色葉よりも少し年下に見えた。
「では、応接で話しましょう。大和も一緒に来て……」
「分かった……」
(やっぱり、この二人付き合ってるみたいね……)
二人のやり取りと雰囲気から、咲希は自分の考えが正しいことを確信した。それを見て、将成が苦笑いを浮かべた。そんなことよりも、もっと大事なことがあるんじゃないかと言いたかった。
応接室に入ると、磨り硝子のテーブルを挟んで革張りのソファが二脚ずつ並んでいた。奥の上座を咲希たちに譲って、入口側に奥から色葉と大和が腰掛けた。色葉の前に咲希が座り、その横に将成が腰を下ろした。朝比奈が四人の前に紅茶の入ったティーカップを置くと、丁寧に頭を下げて応接室から出て行った。
「神守さんからS.A.P.を見学したいと電話をもらって嬉しかったわ。最初にS.A.P.がどういう目的で設置されて、どんなことをしているのか説明するわね。分からないことはどんどん質問していいわよ。まだ入隊前だから話せないこともあるけど、答えられる範囲で答えるから気軽に訊いてね……」
「はい。よろしくお願いします……」
笑顔を浮かべながら告げた色葉の言葉に、咲希は長い漆黒の髪を揺らしながら頷いた。
「名刺に書いてあると思うけど、S.A.P.の正式名称は神社幻影隊よ。今から五年前に発足した神宮特別対策部の実戦部隊なの……」
「それは、妖魔と戦う部隊という認識で合っていますか?」
黒曜石の瞳に真剣な光を浮かべながら、咲希が色葉の顔を真っ直ぐに見つめた。
「妖魔……そう呼んでいるのね? あたしたちは、単に魔と呼ぶか、U.E.と呼んでいるわ」
「U.E.……ですか?」
「未知の精神生命体の略ね。あなたの言うとおり、S.A.P.はU.E.に対抗するためにできた実戦部隊よ……」
咲希の予想通りの答えを色葉が告げた。
「あたしは今までに、二体の妖魔と遭いました。その一体は鬼族で、もう一体は三大妖魔と呼ばれる吸血鬼でした……」
妖魔と戦っているS.A.P.ならば、妖魔に関する情報も多いだろうと思って咲希が告げた。
「鬼と吸血鬼……?」
「三大妖魔だと……!」
だが、色葉も大和も、咲希の言葉に眼を見開きながら驚愕の声を上げた。
「赤塚公園では、身長五メートルを超す鬼族が出ました。結界の中で戦ったので、外からでは見えなかったと思いますが、辛うじて倒すことができました」
「倒した……鬼をか……?」
茫然とした表情で、大和が咲希に訊ねた。目の前に座る美少女が、想像を超える体験をしていることに、大和は言葉を失った。
「でも、先日の『狛江弁財天池特別緑地保全地区』に出て来た妖魔には手も足も出ませんでした。あれは鬼とは比べものにならない別格の存在でした。鬼の持つ妖気を一としたら、あの夜叉の妖気は千倍くらいはあったと思います……」
その恐怖を思い出して、咲希は全身をブルッと震わせた。
「夜叉というのは、その吸血鬼の名前なの?」
色葉の質問に、咲希は蒼白な表情で頷いた。
「はい……。三大妖魔の一人で『闇の王』とも呼ばれているそうです」
「他の二人の情報はあるのか?」
咲希の言葉を聞いて、大和が真剣な表情で訊ねた。
「一人は、『火焔の女王』九尾狐……。もうひとりは、阿修羅という『鬼神の王』らしいです……」
「そんな存在がいるだなんて……」
予想もしていない事実を聞かされて、大和が放心したように呟いた。
「その夜叉もあなたが倒したの?」
「とんでもないッ! もう少しで殺されるところでしたッ!」
色葉の言葉に、咲希は慌てて首を振った。あれほどの恐怖をもう一度体験するのは、絶対にごめんだった。
「では、どうやって逃げられたの? あなたの話が本当ならば、それほどの力を持つU.E.から簡単に逃げられるとは思えないわ……」
S.A.P.のリーダーだけあり、色葉の分析は的を得るものだった。
「それは……」
咲希は言葉を濁して、将成の顔を見つめた。さすがに建御雷神のことを簡単に話すわけにはいかなかった。
「すみません。そのことはまだお話しできません。でも、今咲希が話したことは事実です。実際に、俺もその場にいましたから……」
咲希の考えを察して、将成が色葉たちに告げた。赤塚公園でのことはともかく、『狛江弁財天池特別緑地保全地区』では意識を失っていたことはあえて言う必要はなかった。
「そう……。まあ、仕方ないわね。あたしたちも、まだあなたたちにすべてを話すことはできないから、お互いに話せる範囲で情報交換しましょう……」
咲希たちの顔を見つめながら、色葉が微笑みながら告げた。その様子に安心して、咲希が頷いた。
「はい。すみません……」
「話を戻すわね。S.A.P.の主な業務は、妖魔が出た場合に可能であれば滅殺すること……。もし無理であれば、周囲の被害を最小限に食い止めて人々を安全に誘導することよ」
「妖魔を倒したことがあるんですか?」
夜叉は別格としても、赤塚公園に現れた鬼族を滅殺する力がS.A.P.にあるのか確認しようと思い、咲希が訊ねた。
「今までに二十体以上のU.E.を倒した実績はあるわ。でも、赤塚公園であなたが戦った鬼族ほどのU.E.はいなかったと思うわ。最も強かったU.E.でさえ、虎かライオンのような大型肉食獣みたいな存在だったから……」
「肉食獣の妖魔がいるんですか……?」
鬼族と夜叉しか見たことがない咲希は、昨夜の言葉を思い出しながら訊ねた。
『姿形は様々じゃ……。何百という種類の妖魔がおるのでな。そして、普通の人間にはまず視えぬであろう。勘のよい……いわゆる、少し神気がある者であれば、妖魔に近づくと何となく嫌な雰囲気を感じるくらいであろう』
(色葉さんたちには、妖魔の姿が視えるんだ。やはり、何らかの神の守護を受けているに違いないわ……)
咲希の考えに気づいた様子もなく、大和が告げた。
「大型肉食獣のような妖魔は、俺も一度しか視たことがない。普通のU.E.は、鼠程度の大きさだし……」
「鼠……ですか?」
大和の言葉に、咲希が驚きながら訊ねた。それが本当であれば、あの鬼族でさえもかなり強力な妖魔の一人だったことになる。
「色葉……やはり……」
「そうね……」
大和の言葉に頷くと、色葉が咲希に向き直って言った。
「神守さん、S.A.P.に入るかどうかは別にして、一つお願いがあるの……」
「お願い……ですか?」
S.A.P.に勧誘する以前のお願いと聞いて、咲希は怪訝な表情を浮かべた。
「SA係数のことは前に話したわね? あなたのSA係数を正確に測らせてくれないかしら?」
「……! それは……」
咲希はSA係数を測定することに不安があった。自分だけならいいが、もしかしたら咲耶の神気も測定されるかも知れないからだ。以前に色葉は、咲希のSA係数が九九九以上だと告げていた。それは紛れもなく咲耶の神気を測った結果に違いなかった。
「これは単に興味だけで言っているのではないわ。あなたの話を聞いて、強力な妖魔を倒すにはどのくらいのSA係数が必要なのかを検証するために必要なことなの。私たちS.A.P.全員の命に関わる問題なのよ……」
ブラウンがかった黒瞳に真剣な光を浮かべながら、色葉が真っ直ぐに咲希の顔を見つめた。S.A.P.全員の生命に関わるとまで言われると、咲希は無碍に断ることができなかった。
「分かりました……。でも、測定は一度だけでいいですか?」
「もちろん……。ありがとう、神守さん」
満面に笑みを浮かべると、色葉は嬉しそうに告げた。絶世の美女が笑うと、背景に花が咲き乱れることを咲希は実感した。
「では、測定室まで来てくれるか? 桐生君、君も測ってみるかい?」
色葉の後に続いて応接室から出ながら、大和が将成に訊ねた。
「そうですね。せっかくの機会だから、測らせてください」
「ちょっと、将成ッ!」
将成の言葉に、咲希が慌てて叫んだ。万が一、建御雷神の神気が測定されたら、大騒ぎになると思ったのだ。
「大丈夫だよ、咲希……。普段通りにしていればいいと思う。普段からあんな力を出しっぱなしにしていないだろう?」
大和たちには聞こえないように、将成が咲希の耳元で囁いた。
「それも、そうね……」
将成の言葉に頷くと、咲希はニッコリと微笑みを浮かべながら大和に続いて応接室を後にした。
色葉たちの案内で、咲希と将成は四階にある測定室に足を踏み入れた。そこには一見すると病院にあるMRI測定装置のように、寝たまま全身がトンネル状の機械に入って行く大型測定器が設置されていた。
「これが最新型の精神評価係数測定器だ。ハンディタイプの簡易版と違い、測定上限値も三千まである。三千を超えるSA係数が測定された場合でも自動的に測定が遮断されるから、過負荷によって爆発することもない。安心して測定できるよ」
『狛江弁財天池特別緑地保全地区』でドローンに搭載したSA測定器が爆発したことを思い出しながら、大和が笑顔で告げた。だが、その言葉に咲希は顔を引き攣らせた。
「ば、爆発ですか……? 測定値の上限を超えたら、爆発する危険があるんですか?」
咲耶や建御雷神の神気がどのくらいあるのか分からないが、測定上限値を超える可能性は十分にあった。
「ハンディタイプだとその可能性があるんだが、この固定タイプなら爆発しないから心配しなくても大丈夫だよ」
「はあ……」
安心させるように告げた大和の言葉に、咲希は不安しかなかった。
「じゃあ、俺からお願いします」
心配そうな表情を浮かべている咲希の肩に手を置くと、将成が大和に向かって告げた。
「そうか。服はそのままでいいから、靴だけ脱いでそこに横たわってくれ……」
「はい……」
大和の言葉に従って、将成がベッドの上に仰向けになった。そして、咲希の方を見つめると、安心させるように頷いてきた。
「測定は二十秒ほどで済む。痛みも何もないから、眼を閉じている間に終わるよ」
そう告げると、大和がSA測定器を作動させた。MRIと同様に全身がベッドごとドーナツ状の機械の中へ入っていった。シンとした室内にウィーンという稼働音だけが響き渡った。
ゆっくりとベッドが戻り、将成の全身が再び姿を現した。それと同時に、大和が驚愕の叫びを上げた。
「何だとッ……! SA係数二八五だとッ……!」
「二八五ッ……? 訓練も受けていないのに、そんな馬鹿なッ……?」
大和の告げた数値を聞いて、色葉も驚愕のあまり黒茶色の瞳を大きく見開いた。
「二八五って、高いんですか?」
二人の様子を怪訝な表情で見つめながら、将成が訊ねた。
「このS.A.P.で、最高のSA係数は色葉の三七五だ。それに次いで、俺が二九三なんだ。普通の人間の平均値は、百前後だ。何にも訓練を受けていないのに、二八五なんて凄い値なんだッ!」
興奮した口調で叫ぶ大和に、咲希も嬉しそうな笑顔で告げた。
「さすが将成ねッ! 凄いわッ!」
そう言いながらも、咲希は内心でホッと胸を撫で下ろしていた。建御雷神の影響で普通の人間よりは高いSA係数だが、本来の建御雷神の神気は測定されないようだった。
(これなら咲耶の神気もバレなそうね……。たぶん、あたしも将成と同じくらいかな?)
ベッドから降り立った将成と入れ替わって、咲希が測定器に体を横たえた。
「準備いいかな?」
「はい……」
大和の言葉に頷くと、咲希は瞳を閉じて深呼吸をした。ウィーンという稼働音が再び響き始め、ベッドごと咲希の全身が測定器の中に吸い込まれていった。
特に光も刺激も感じずに、測定はあっという間に終了した。だが、ベッドから半身を起こした咲希は、色葉たちの様子を見て不審な表情を浮かべた。色葉と大和はモニターを見つめながら、茫然と動きを止めていたのだ。その瞳は驚愕に大きく見開かれ、唇からは言葉にならない無言の声が漏れていた。
「どうしたんですか? あたしの係数、いくつだったんですか?」
さすがに心配になって、咲希が大和に訊ねた。大和はビクンッと巨体を震わせると、ゴクリと生唾を飲み込んだ後に告げた。
「SA係数……一二八六だ……」
「え……?」
(今、二八六の前に、千って言った……?)
「九九九以上だとは思っていたけど、ここまでとは……」
美しい黒茶色の瞳を限界まで見開きながら、色葉が茫然と呟いた。訓練も受けていない女子高生が、S.A.P.最高のSA係数である自分の三倍以上の数値を叩き出したのだ。驚くなと言う方が無理な注文だった。
(ちょっと、咲耶ッ……! 何してくれちゃったのよッ!)
衝撃から立ち直れない色葉と大和を見つめながら、咲希は咲耶の言葉を思い出した。
『四日も私がお前の体を使っておるのじゃ。咲希の神気は、すでに普通の人間の何十倍にもなっておるはずじゃ……』
「えっと……、その……あたし……」
思いっきり顔を引き攣らせながら、咲希は色葉たちに向かって弁解の言葉を告げようとした。
「神守さんッ……!」
「は、はいッ!」
色葉が突然、咲希に向かって名前を叫んだ。
「契約金を増やすわッ! 一千万払うから、すぐにS.A.P.に入って頂戴ッ!」
「い、一千万ッ……?」
色葉の言葉に、咲希は驚愕のあまり黒曜石の瞳を大きく見開いた。その瞳に『¥マーク』が浮かんだことに気づき、将成が慌てて叫んだ。
「ま、待ってください、天城さんッ! 俺たちはまだ、S.A.P.の具体的な仕事内容を聞いていません。通常の業務は何をするのか? どのくらいの頻度で妖魔と戦うのか? その訓練方法は? 危険度は……? 万一の場合の保証はどうなっているのか? 何も知らないうちに、契約なんてできませんッ!」
「そうね……。私としたことが、神守さんのSA係数に驚いて急ぎすぎたわ。ごめんなさい……。さっきの部屋に戻りましょう。順を追って説明するわ」
亜麻色の髪を揺らしながら謝罪すると、色葉は大和に頷きかけてから咲希たちを連れて測定室を後にした。
(一千万って……? 考えたら凄い大金よね? そんなに契約金もらっちゃて、大丈夫なのかな……?)
色葉の背中を見つめながら、咲希は一千万の使い道に夢を馳せた。その様子を見て、将成は大きなため息を付いた。
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