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第七章 エルフの里
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「お母様、お話ししたいことがあるんですが、よろしいですか?」
浴室で身を綺麗に清めた後、アンジェはティアを連れてアストレアの部屋を訪ねた。扉をノックすると、アンジェは部屋の外でそう告げた。
「どうぞ、お入りなさい」
美しいメゾソプラノの声が入室を許可するのを待って、アンジェはティアとともに部屋に入った。
「おはようございます」
やや緊張した面持ちで、ティアは淡紫色の髪を揺らしながらアストレアに頭を下げた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで……」
優しい声で訊ねたアストレアの言葉に、ティアは笑顔を浮かべながら頷いた。
「お母様、あたし、ティアと結婚をしたいんです」
「え……?」
真剣な表情で告げたアンジェの言葉に、ティアは驚いて金碧異彩の瞳を大きく見開いた。アストレアに改めて紹介するとは聞いていたが、まさか結婚の許可を得ることだとは考えてもいなかったのだ。アンジェから同性同士の恋愛に禁忌はないと聞いたが、女同士で結婚が認められるとはティアは予想もしていなかった。
「話というのは、そういうことですか? ティアさんは承知しているのですか?」
金色の瞳でティアを見つめながら、アストレアが訊ねた。
「は、はい。私もアンジェを愛しています。女性同士の結婚というのがエルフの間で一般的なのかどうかは知りませんが、仮に結婚出来ないとしても一生アンジェと一緒にいるつもりです」
結婚の話については驚いたが、ティアは正直な気持ちをアストレアに告げた。その様子をしばらく見つめると、アストレアがアンジェに向き直って訊ねた。
「アンジェ、あなたは私の一人娘です。つまり、次期エルフの女王となる身です。ハイエルフの掟は知っていますね?」
「はい。それを知った上で、お母様に報告をしました」
真剣な表情を浮かべながら大きく頷くと、アンジェはティアの方を振り向いて言った。
「ティア、黙っていてすみません。ハイエルフの掟というのは……」
「それについては、私からティアさんに話しましょう」
アンジェの言葉を遮ると、アストレアが真っ直ぐにティアを見つめた。
「はい……」
二人の雰囲気から、かなり重要な話であることを察すると、ティアは緊張しながらアストレアを見返した。
「エルフの女王の伴侶となる者は、それに相応しい力を持っていなければなりません。男性であろうと女性であろうと性別に関係なく、その者は女王を護る騎士となります。よって、『女王の騎士』となるだけの力があるかを試させて頂きます。その試練が、エルフの掟と言われるものです」
物腰の柔らかい優しい様子を一変させて、アストレアの全身から覇気のようなオーラが立ち上った。紛れもなく女王の風格と威厳を纏いながら、アストレアは金色の瞳でティアを真っ直ぐに見つめていた。
その豹変ぶりに驚きながら、ティアは金碧異彩の瞳に真剣さを映してアストレアに訊ねた。
「エルフの掟とは、どういった試練なのでしょうか?」
「水龍と戦って頂きます」
「水龍と……!」
アストレアの告げた言葉に、ティアは驚愕した。四大龍の序列第二位である水龍は、通常であれば冒険者ランクSパーティが最低でも三パーティ以上で臨むSS級魔獣だった。その強さは四大龍筆頭の天龍と比べても、ほぼ同等であるとされていた。
四大龍第二位に列されている理由は、単に天龍と比較して個体数が多いというだけであった。半ば伝説と化すほど希少な天龍に比べて、水龍は通常数体の群れを成しており、最上級ダンジョンの深層などでの目撃情報も多かった。
「試練と言われるからには、単独で水龍と戦えということですか?」
金碧異色の瞳にかつてない緊張と決意を漲らせながら、ティアがアストレアに訊ねた。正直なところ、アルフィとダグラスの協力を仰いでも水龍を倒すことは難しいとティアは思った。一体だけならまだしも、水龍は群れを成す習性があるために複数を相手取ることになるからだ。
「アンジェと一緒に戦って頂きます。逆に言えば、アンジェを護りながら水龍と戦うことになるので、単独で戦うよりも難易度は高いと思います」
「アンジェを護りながら……?」
横に立つアンジェの顔を見つめると、ティアはアストレアの告げる試練の困難さに慄然とした。
「大丈夫です、ティア。あたしの古代エルフの結界は天龍のブレスにも耐えられます。逆に、あたしがティアを護ってあげます」
妖精のような美貌に微笑を浮かべながら、アンジェが安心させるようにティアに告げた。だが、ティアはアンジェの金色の瞳が不安な色を浮かべていることに気づいた。
「ティアさん、私はエルフの女王である前に、アンジェの母親です。本来であれば許されることではないのですが、あなた方を護るためにある物を渡します」
絶世の美貌に一瞬だけ苦悩を浮かべると、アストレアは微笑みを浮かべてティアに告げた。
「ある物……? それは何ですか?」
アストレアの言葉の意味が分からずに、ティアが訊ねた。
「かつて私が冒険者をしていた時に使っていた魔道杖です。ティアさんの手助けをするために、それをアンジェに授けます」
そう告げると、アストレアは部屋の奥にあるクローゼットを空けて木箱を取り出した。奥行き二十セグメッツェ、横幅百セグメッツェ、高さ二十セグメッツェくらいの直方体の木箱だった。アストレアはその美貌に優しい笑みを浮かべると、その木箱をアンジェに手渡した。
「開けてみなさい、アンジェ」
「はい……これはッ!」
アンジェの金色の瞳が驚愕に見開かれた。木箱の中には、一本の魔道杖が入っていた。
それは、一見して普通の魔道杖とは違っていた。先端には長さ五セグメッツェ、幅三セグメッツェほどの金色の宝玉がついており、多面的にカッティングされて眩いほどの輝きを放っていた。杖の長さは六十セグメッツェほどで、持ち手の革も含めてすべてが純白だった。
「その魔道杖は宝玉はもちろんですが、すべてが天龍の部位から出来ています。本体は天龍の骨から削り出されていて、持ち手の革も天龍の鱗を鞣した物です」
「天龍の……?」
驚愕のあまり金色の瞳を大きく見開きながら、アンジェはその美しい魔道杖に魅入った。
「そして、魔力増幅は五倍、魔力蓄積は禁呪三倍の性能があります」
アストレアは笑顔を浮かべると、更に凄まじいことを平然と言い放った。
魔力増幅五倍というのは、使用者の魔力を五倍まで増幅させるという意味だった。そして、魔力蓄積とは宝玉に魔力を蓄積させる性能のことである。禁呪三倍とは、禁呪魔法三発分の魔力を蓄積できるということだ。
これは、アンジェが使う禁呪魔法の威力を百とすれば、蓄積している三発分を合わせて四百となり、更に五倍に増幅させることによって二千の威力になると言う意味である。簡単に言えば、アンジェの魔力を二十倍にする性能を有する魔道杖であった。
一般的な魔道杖は魔力増幅二倍もあれば上級品と言われ、魔力蓄積は上級魔法を一発分蓄積できれば最上級品と呼ばれていた。アストレアの説明を聞いて、アンジェは呆然として彼女の顔を見つめた。
「お母様、これほどの魔道杖は初めて見ました。どうしてこんな凄い杖をお持ちなんですか?」
「アンジェが生まれる前に、私は術士クラスSSの冒険者でした。その時にある方から頂いたものです。当時の定価は、白金貨五千枚だったと思います」
ニッコリと微笑みを浮かべながら告げたアストレアの言葉に、アンジェとティアは言葉を失った。
術士クラスSSの冒険者は、今の時代ムズンガルド大陸すべてを見渡しても一人もいなかった。術士クラスSでさえ数えるほどしかいないのだから、当然であった。アストレアは歴史上最初で最後の術士クラスSSの冒険者なのかも知れなかった。
また、白金貨五千枚と言えば、皇都イシュタールで大貴族の屋敷が丸ごと買える金額だった。だが、すべてが稀少な天龍の部位から出来ており、それだけの凄まじい性能を有するのであれば、適正価格かも知れないとティアは思った。天龍の鱗を鞣しただけのティアの上着でさえ、白金貨三百枚もしたのである。
「これがあれば、十体くらいの水龍の群れが同時にブレスを放っても、あなたの結界魔法で防ぐことが出来るはずです。ティアさんを愛しているのであれば、あなたが責任を持って彼女を護りなさい」
金色の瞳に限りない愛情を映しながら、アストレアがアンジェに告げた。
「はい! ありがとうございます、お母様。ティアは必ずあたしが護って見せます!」
アストレアの言葉に大きく頷くと、アンジェが横に立つティアの顔を見つめながら言った。
「それから、ティアさん。あなたが腰に差していた刀は<イルシオン>ですね?」
アンジェの決意に嬉しそうに頷くと、アストレアはティアに視線を移して訊ねてきた。
「はい。<イルシオン>をご存じなのですか?」
ユピテル皇国の三種の神器である<イルシオン>は、本来皇族か一部の高位貴族にしか知らされていない国宝であった。ティアはアストレアが<イルシオン>を知っていることに驚いた。
「ユピテル皇国の三種の神器である<ブリューナク>、<イルシオン>、<アイネイアース>は、私の母が作った物です」
「え……?」
アストレアの告げた言葉に、ティアは驚愕の表情を浮かべて彼女を見つめた。三種の神器は、ユピテル皇国建国の英雄イシュタールたちが使ったと伝えられている物だった。だが、それを誰が作ったのかは建国史にも何も記載されていなかったのだ。
「それらはすべて、<クラウ・ソラス>を作った後、余った素材で作られた武器だと聞いています」
「<クラウ・ソラス>?」
初めて聞く名前に、ティアは説明を求めるようにアストレアの顔を見つめた。
「<クラウ・ソラス>とは、エルフの掟を成し遂げて『女王の騎士』となった者に与えられるハイエルフに伝わる神刀です」
ティアの疑問に答えるように、アストレアは金色の瞳で真っ直ぐに彼女を見つめながら話しを続けた。
「<クラウ・ソラス>は、天から落ちてきた星の欠片を鍛えて打ったと聞いています。私の母は、およそ三千年以上前にそれらを作ったそうです。その欠片の余りを少し使って打たれたのが、ユピテル皇国に伝わる三種の神器です。ですから、<クラウ・ソラス>は三種の神器よりも遥かに貴重な伝説の神刀なのです」
「<イルシオン>よりも遥かに貴重な神刀……」
それが本当であれば、<クラウ・ソラス>の価値は想像を絶する物であった。国宝どころではなく、全世界の宝とでも言うべき物だった。
「<クラウ・ソラス>は、実体を持ちません。その者の魂に刻まれ、必要な時に<クラウ・ソラス>を呼び出して具現化させる神刀です。<クラウ・ソラス>の初代所有者は、それを作った私の母でした。そして、私は三代目の所有者になります」
アストレアが告げた言葉に、ティアは疑問を感じた。その疑問を、ティアはアストレアに訊ねた。
「アンジェのお父様は<クラウ・ソラス>を所有されなかったんでしょうか? アストレアさんの『女王の騎士』ではなかったのですか?」
エルフの女王の伴侶となる者に<クラウ・ソラス>は渡されると、アストレアは言ったはずだった。そうであれば、<クラウ・ソラス>の所有者はこのような順番になるはずだった。
初代所有者……<クラウ・ソラス>を作ったアンジェの祖母
二代所有者……アンジェの祖父(アンジェの祖母の『女王の騎士』)
三代所有者……アストレアの『女王の騎士』であるアンジェの父
「私の父は<クラウ・ソラス>を引き継ぐ前に亡くなったそうです。そして、私の夫であるアンジェの父親が、私の『女王の騎士』として<クラウ・ソラス>の二代目所有者となりました。彼が亡くなった後、三代目所有者として私が<クラウ・ソラス>を引き継いだのです」
それを聞くと、アンジェが叫ぶようにアストレアに訊ねた。その話はアンジェにとっても初めて聞かされる内容だったのだ。
「お母様! あたしのお父様ってどんな方なんですか? 今まで、お母様がお父様の話をされたことは一度もありませんでした。それは何故なんですか?」
アンジェが自分の父親について何も知らないということに、ティアは驚いた。アンジェが生まれた百六十五年前に、何が起こったのかをティアも知りたいと思った。
(伝説の種族であるハイエルフの歴史が明らかにされるかも知れない。私が聞いていいものなのかしら?)
その考えを読んだように、ティアを見つめながらアストレアが言った。
「アンジェの伴侶となるティアさんにも聞いて頂きます。私とアンジェの父親である男性との出逢いと別れを……」
そう告げると、アストレアは金色の瞳に悲哀を浮かべながら話し出した。
それは、今までティアが経験したことがないほど、悲しく切ない物語だった。
浴室で身を綺麗に清めた後、アンジェはティアを連れてアストレアの部屋を訪ねた。扉をノックすると、アンジェは部屋の外でそう告げた。
「どうぞ、お入りなさい」
美しいメゾソプラノの声が入室を許可するのを待って、アンジェはティアとともに部屋に入った。
「おはようございます」
やや緊張した面持ちで、ティアは淡紫色の髪を揺らしながらアストレアに頭を下げた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで……」
優しい声で訊ねたアストレアの言葉に、ティアは笑顔を浮かべながら頷いた。
「お母様、あたし、ティアと結婚をしたいんです」
「え……?」
真剣な表情で告げたアンジェの言葉に、ティアは驚いて金碧異彩の瞳を大きく見開いた。アストレアに改めて紹介するとは聞いていたが、まさか結婚の許可を得ることだとは考えてもいなかったのだ。アンジェから同性同士の恋愛に禁忌はないと聞いたが、女同士で結婚が認められるとはティアは予想もしていなかった。
「話というのは、そういうことですか? ティアさんは承知しているのですか?」
金色の瞳でティアを見つめながら、アストレアが訊ねた。
「は、はい。私もアンジェを愛しています。女性同士の結婚というのがエルフの間で一般的なのかどうかは知りませんが、仮に結婚出来ないとしても一生アンジェと一緒にいるつもりです」
結婚の話については驚いたが、ティアは正直な気持ちをアストレアに告げた。その様子をしばらく見つめると、アストレアがアンジェに向き直って訊ねた。
「アンジェ、あなたは私の一人娘です。つまり、次期エルフの女王となる身です。ハイエルフの掟は知っていますね?」
「はい。それを知った上で、お母様に報告をしました」
真剣な表情を浮かべながら大きく頷くと、アンジェはティアの方を振り向いて言った。
「ティア、黙っていてすみません。ハイエルフの掟というのは……」
「それについては、私からティアさんに話しましょう」
アンジェの言葉を遮ると、アストレアが真っ直ぐにティアを見つめた。
「はい……」
二人の雰囲気から、かなり重要な話であることを察すると、ティアは緊張しながらアストレアを見返した。
「エルフの女王の伴侶となる者は、それに相応しい力を持っていなければなりません。男性であろうと女性であろうと性別に関係なく、その者は女王を護る騎士となります。よって、『女王の騎士』となるだけの力があるかを試させて頂きます。その試練が、エルフの掟と言われるものです」
物腰の柔らかい優しい様子を一変させて、アストレアの全身から覇気のようなオーラが立ち上った。紛れもなく女王の風格と威厳を纏いながら、アストレアは金色の瞳でティアを真っ直ぐに見つめていた。
その豹変ぶりに驚きながら、ティアは金碧異彩の瞳に真剣さを映してアストレアに訊ねた。
「エルフの掟とは、どういった試練なのでしょうか?」
「水龍と戦って頂きます」
「水龍と……!」
アストレアの告げた言葉に、ティアは驚愕した。四大龍の序列第二位である水龍は、通常であれば冒険者ランクSパーティが最低でも三パーティ以上で臨むSS級魔獣だった。その強さは四大龍筆頭の天龍と比べても、ほぼ同等であるとされていた。
四大龍第二位に列されている理由は、単に天龍と比較して個体数が多いというだけであった。半ば伝説と化すほど希少な天龍に比べて、水龍は通常数体の群れを成しており、最上級ダンジョンの深層などでの目撃情報も多かった。
「試練と言われるからには、単独で水龍と戦えということですか?」
金碧異色の瞳にかつてない緊張と決意を漲らせながら、ティアがアストレアに訊ねた。正直なところ、アルフィとダグラスの協力を仰いでも水龍を倒すことは難しいとティアは思った。一体だけならまだしも、水龍は群れを成す習性があるために複数を相手取ることになるからだ。
「アンジェと一緒に戦って頂きます。逆に言えば、アンジェを護りながら水龍と戦うことになるので、単独で戦うよりも難易度は高いと思います」
「アンジェを護りながら……?」
横に立つアンジェの顔を見つめると、ティアはアストレアの告げる試練の困難さに慄然とした。
「大丈夫です、ティア。あたしの古代エルフの結界は天龍のブレスにも耐えられます。逆に、あたしがティアを護ってあげます」
妖精のような美貌に微笑を浮かべながら、アンジェが安心させるようにティアに告げた。だが、ティアはアンジェの金色の瞳が不安な色を浮かべていることに気づいた。
「ティアさん、私はエルフの女王である前に、アンジェの母親です。本来であれば許されることではないのですが、あなた方を護るためにある物を渡します」
絶世の美貌に一瞬だけ苦悩を浮かべると、アストレアは微笑みを浮かべてティアに告げた。
「ある物……? それは何ですか?」
アストレアの言葉の意味が分からずに、ティアが訊ねた。
「かつて私が冒険者をしていた時に使っていた魔道杖です。ティアさんの手助けをするために、それをアンジェに授けます」
そう告げると、アストレアは部屋の奥にあるクローゼットを空けて木箱を取り出した。奥行き二十セグメッツェ、横幅百セグメッツェ、高さ二十セグメッツェくらいの直方体の木箱だった。アストレアはその美貌に優しい笑みを浮かべると、その木箱をアンジェに手渡した。
「開けてみなさい、アンジェ」
「はい……これはッ!」
アンジェの金色の瞳が驚愕に見開かれた。木箱の中には、一本の魔道杖が入っていた。
それは、一見して普通の魔道杖とは違っていた。先端には長さ五セグメッツェ、幅三セグメッツェほどの金色の宝玉がついており、多面的にカッティングされて眩いほどの輝きを放っていた。杖の長さは六十セグメッツェほどで、持ち手の革も含めてすべてが純白だった。
「その魔道杖は宝玉はもちろんですが、すべてが天龍の部位から出来ています。本体は天龍の骨から削り出されていて、持ち手の革も天龍の鱗を鞣した物です」
「天龍の……?」
驚愕のあまり金色の瞳を大きく見開きながら、アンジェはその美しい魔道杖に魅入った。
「そして、魔力増幅は五倍、魔力蓄積は禁呪三倍の性能があります」
アストレアは笑顔を浮かべると、更に凄まじいことを平然と言い放った。
魔力増幅五倍というのは、使用者の魔力を五倍まで増幅させるという意味だった。そして、魔力蓄積とは宝玉に魔力を蓄積させる性能のことである。禁呪三倍とは、禁呪魔法三発分の魔力を蓄積できるということだ。
これは、アンジェが使う禁呪魔法の威力を百とすれば、蓄積している三発分を合わせて四百となり、更に五倍に増幅させることによって二千の威力になると言う意味である。簡単に言えば、アンジェの魔力を二十倍にする性能を有する魔道杖であった。
一般的な魔道杖は魔力増幅二倍もあれば上級品と言われ、魔力蓄積は上級魔法を一発分蓄積できれば最上級品と呼ばれていた。アストレアの説明を聞いて、アンジェは呆然として彼女の顔を見つめた。
「お母様、これほどの魔道杖は初めて見ました。どうしてこんな凄い杖をお持ちなんですか?」
「アンジェが生まれる前に、私は術士クラスSSの冒険者でした。その時にある方から頂いたものです。当時の定価は、白金貨五千枚だったと思います」
ニッコリと微笑みを浮かべながら告げたアストレアの言葉に、アンジェとティアは言葉を失った。
術士クラスSSの冒険者は、今の時代ムズンガルド大陸すべてを見渡しても一人もいなかった。術士クラスSでさえ数えるほどしかいないのだから、当然であった。アストレアは歴史上最初で最後の術士クラスSSの冒険者なのかも知れなかった。
また、白金貨五千枚と言えば、皇都イシュタールで大貴族の屋敷が丸ごと買える金額だった。だが、すべてが稀少な天龍の部位から出来ており、それだけの凄まじい性能を有するのであれば、適正価格かも知れないとティアは思った。天龍の鱗を鞣しただけのティアの上着でさえ、白金貨三百枚もしたのである。
「これがあれば、十体くらいの水龍の群れが同時にブレスを放っても、あなたの結界魔法で防ぐことが出来るはずです。ティアさんを愛しているのであれば、あなたが責任を持って彼女を護りなさい」
金色の瞳に限りない愛情を映しながら、アストレアがアンジェに告げた。
「はい! ありがとうございます、お母様。ティアは必ずあたしが護って見せます!」
アストレアの言葉に大きく頷くと、アンジェが横に立つティアの顔を見つめながら言った。
「それから、ティアさん。あなたが腰に差していた刀は<イルシオン>ですね?」
アンジェの決意に嬉しそうに頷くと、アストレアはティアに視線を移して訊ねてきた。
「はい。<イルシオン>をご存じなのですか?」
ユピテル皇国の三種の神器である<イルシオン>は、本来皇族か一部の高位貴族にしか知らされていない国宝であった。ティアはアストレアが<イルシオン>を知っていることに驚いた。
「ユピテル皇国の三種の神器である<ブリューナク>、<イルシオン>、<アイネイアース>は、私の母が作った物です」
「え……?」
アストレアの告げた言葉に、ティアは驚愕の表情を浮かべて彼女を見つめた。三種の神器は、ユピテル皇国建国の英雄イシュタールたちが使ったと伝えられている物だった。だが、それを誰が作ったのかは建国史にも何も記載されていなかったのだ。
「それらはすべて、<クラウ・ソラス>を作った後、余った素材で作られた武器だと聞いています」
「<クラウ・ソラス>?」
初めて聞く名前に、ティアは説明を求めるようにアストレアの顔を見つめた。
「<クラウ・ソラス>とは、エルフの掟を成し遂げて『女王の騎士』となった者に与えられるハイエルフに伝わる神刀です」
ティアの疑問に答えるように、アストレアは金色の瞳で真っ直ぐに彼女を見つめながら話しを続けた。
「<クラウ・ソラス>は、天から落ちてきた星の欠片を鍛えて打ったと聞いています。私の母は、およそ三千年以上前にそれらを作ったそうです。その欠片の余りを少し使って打たれたのが、ユピテル皇国に伝わる三種の神器です。ですから、<クラウ・ソラス>は三種の神器よりも遥かに貴重な伝説の神刀なのです」
「<イルシオン>よりも遥かに貴重な神刀……」
それが本当であれば、<クラウ・ソラス>の価値は想像を絶する物であった。国宝どころではなく、全世界の宝とでも言うべき物だった。
「<クラウ・ソラス>は、実体を持ちません。その者の魂に刻まれ、必要な時に<クラウ・ソラス>を呼び出して具現化させる神刀です。<クラウ・ソラス>の初代所有者は、それを作った私の母でした。そして、私は三代目の所有者になります」
アストレアが告げた言葉に、ティアは疑問を感じた。その疑問を、ティアはアストレアに訊ねた。
「アンジェのお父様は<クラウ・ソラス>を所有されなかったんでしょうか? アストレアさんの『女王の騎士』ではなかったのですか?」
エルフの女王の伴侶となる者に<クラウ・ソラス>は渡されると、アストレアは言ったはずだった。そうであれば、<クラウ・ソラス>の所有者はこのような順番になるはずだった。
初代所有者……<クラウ・ソラス>を作ったアンジェの祖母
二代所有者……アンジェの祖父(アンジェの祖母の『女王の騎士』)
三代所有者……アストレアの『女王の騎士』であるアンジェの父
「私の父は<クラウ・ソラス>を引き継ぐ前に亡くなったそうです。そして、私の夫であるアンジェの父親が、私の『女王の騎士』として<クラウ・ソラス>の二代目所有者となりました。彼が亡くなった後、三代目所有者として私が<クラウ・ソラス>を引き継いだのです」
それを聞くと、アンジェが叫ぶようにアストレアに訊ねた。その話はアンジェにとっても初めて聞かされる内容だったのだ。
「お母様! あたしのお父様ってどんな方なんですか? 今まで、お母様がお父様の話をされたことは一度もありませんでした。それは何故なんですか?」
アンジェが自分の父親について何も知らないということに、ティアは驚いた。アンジェが生まれた百六十五年前に、何が起こったのかをティアも知りたいと思った。
(伝説の種族であるハイエルフの歴史が明らかにされるかも知れない。私が聞いていいものなのかしら?)
その考えを読んだように、ティアを見つめながらアストレアが言った。
「アンジェの伴侶となるティアさんにも聞いて頂きます。私とアンジェの父親である男性との出逢いと別れを……」
そう告げると、アストレアは金色の瞳に悲哀を浮かべながら話し出した。
それは、今までティアが経験したことがないほど、悲しく切ない物語だった。
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