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第七章 エルフの里
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「戦わなかったというより、戦えなかったと言った方が正しいのですが、理由は二つあります」
アストレアが、金色の瞳を苦悩に染めながら言った。
「まず、他のエルフたちの生命を護るために、結界の修復を急いだことがひとつです。破られた結界は、古代エルフの上位結界でした。そして、今ある張り直した結界は、最上位結界です。この結界を張るためには膨大な魔力が必要でした。もし、魔道士クラスSであるアルフィさんがこの結界を張ろうとするのであれば、アルフィさんと同等の魔力量を持った魔道士が十人は必要になります」
「アルフィが十人必要って……」
唖然としてティアが呟いた。
だが、アルフィはアストレアの言葉に素直に頷いた。彼女にこの結界を張るだけの魔力がないことは、自分が一番よく知っていた。そして、短時間とはいえ、アンジェがこの結界を張ったことに改めて驚愕した。それは、現時点でアンジェの魔力量がアルフィの十倍以上あるということだった。
「それともう一つの理由は、悪魔侯爵に抵抗して重傷を負ったエルフたちが十人以上もいたことです。私は悪魔侯爵を追うよりも、彼らを治療することを優先しました。最上位結界を張った直後に、アルティメットヒールを連続して十回以上使った私は、さすがに魔力切れを起こしてしまったのです」
アストレアの言葉から、アルフィは彼女の魔力量がどのくらいあるのかを予想した。
アンジェには、上級回復魔法であるアルティメットヒールを一日に三回しか使えないと言っていた。
しかし、アストレアは、古代エルフの最上位結界を張った直後に、それを十回以上も連続で使用したのだ。彼女の魔力量は、アンジェ数十倍あることは確実だった。
「アストレアさんの魔力量は、あたしの想像を遥かに超えています」
漆黒の瞳に憧憬と羨望を映しながら、アルフィがアストレアに告げた。
「ありがとう。しかし、魔力切れを起こしてしまった私には、悪魔侯爵と戦うどころか、彼を追うことさえも不可能でした」
「では、悪魔侯爵の居場所はわからなんですか?」
ティアの質問に、アストレアが残念そうに頷いた。
「こちらから悪魔侯爵の居場所を探すことは難しいですが、ひとつだけそれを知ることができる手段があります」
「それは……?」
アルフィの言葉に、アストレアが頷きながら告げた。
「魔道笛という魔道具をご存じですか?」
「はい。危機に陥った時、助けを求めるために使用者の居場所を知らせる魔力を放出する魔道具ですね。あたしたちも持っています」
魔道笛が入ったペンダントをアストレアに見せながら、アルフィが答えた。それを見て頷くと、アストレアが続けた。
「攫われたエルフの一人は、魔道笛と同じように自分の位置を知らせる隠伝という魔法が使えます」
アストレアは、アンジェが使えると言っていた魔法を告げた。
「その魔法はすでに使われたのですか?」
「いえ。まだ使われていません。使うほどの危機に瀕していなければいいのですが、もしかしたら使うことさえ出来ない状態にされている可能性も否定できません」
その魔法を使うことが出来ない状態というのは、意識を失っているか、すでに殺されていることを意味していた。
「いずれにしても、彼女が隠伝を使ってくれることを待つしか、悪魔侯爵の居場所を特定する手段はありません」
アストレアが暗い表情で告げた。
「そのエルフの名前は?」
ティアが心痛な面持ちで、アストレアに質問した。だが、それに答えたのは、アンジェだった。
「オリヴィアです。彼女はあたしの親友なんです」
悲しみと心配とを映した金色の瞳が、ティアを真っ直ぐに見つめた。アンジェの瞳から、涙が溢れ出て頬を伝った。
「心配しないで、アンジェ。オリヴィアさんは必ず助け出すわ」
ティアはアンジェの金色の瞳を見つめながら言った。アンジェが俯きながら小さく頷いた。長い銀髪が揺れ、頬の涙を隠した。
「私からもお願いします。オリヴィアだけでなく、他の四人も助け出してください」
アストレアもティアたちの顔を交互に見ながら言った。
「最善の努力はするつもりです。しかし、相手は悪魔侯爵です。おそらく、私やティアの数倍の魔力量を持つ強敵です。悪魔侯爵に対抗するための手段などをご存じでしたら、ぜひ教えてくれませんか?」
アルフィは自分たちの力が、どこまで悪魔侯爵に通じるのか、不安を感じていた。悪魔伯爵でさえ、アルフィの数倍の魔力量で彼女に死を実感させたのだ。それよりも格上の悪魔侯爵を相手にすることに、アルフィは正直なところ自信よりも恐怖の方が大きかった。
「戦い方に関する助言はできませんが、一つだけお力になれることがあります」
「何ですか? ぜひ教えてください」
アルフィが身を乗り出すように、アストレアに訊ねた。
「アルフィさん、あなたの魔力回路を正常に戻してさしあげます」
「え? 魔力回路を正常に……?」
アストレアの言葉の意味が、アルフィには分からなかった。
「理由は知りませんが、あなたの魔力回路はいびつな形をしています。その状態では、本来の魔力の二、三割しか出すことができません。魔力を鍛える時、無理矢理魔力回路を開かれた覚えはありませんか?」
アストレアの言葉に、アルフィは過去に姉のラミアから受けた特訓を思い出した。
ラミアは、性的拷問とも呼べる手段でアルフィの魔力量と魔力操作を訓練した。それはラインハルトの修行を受ける前日に、アルフィがティアに行った魔力量を増やす方法をさらに過激にしたものだった。
実の妹であるアルフィを、ラミアは数え切れないほど絶頂させて魔力を奪い続けたのだった。その時のことを思い出し、アルフィは赤面しながら頷いた。
「あたしは十四歳の時に、無理矢理魔力訓練を受けさせられました。その訓練についてはあまり口にしたくありません。アストレアさんから見て、私の魔力回路は正常な状態ではないのでしょうか?」
「かなり歪んで見えます。その歪みを正常に戻すことで、アルフィさんが本来持っているはずの魔力を扱えるはずです。そうすれば、今の数倍の魔力量となることは間違いありません。私を信じて、魔力回路の修復を受けられませんか?」
アルフィは驚きに目を見開いた。今の魔力量が数倍になるのであれば、是非お願いしたいと思った。
「魔力回路の修復することに、危険はないのですか?」
興奮気味のアルフィを抑えるように、ティアが横から口を挟んだ。たとえアルフィの魔力が増大するとしても、ティアはそのために彼女を危険に晒したくはなかった。
「正直にお話しすると、危険はゼロではありません。もしアルフィさんの魔力回路が、私の見立て以上に損傷していた場合、一時的に魔力の制御が出来なくなります。いわゆる魔力暴走を起こして、自分と周囲に甚大な被害をもたらす可能性があります。しかし、その時には私が全力でアルフィさんを支えますので、心配なさらないでください」
アストレアが微笑みながら告げた。ハイエルフである彼女が太鼓判を押すのであれば、まず心配はいらないとティアは考えた。
「分かりました。万一のために、私も側にいさせてください。何が出来るかは分かりませんが、私にもアルフィを近くで支えさせてください」
「俺もアルフィの近くにいていいですか? ティアと二人で、アルフィを支えます」
二人の言葉に、アストレアは満足そうに微笑んで告げた。
「アルフィさん、お二人に愛されていますね」
金色の瞳に優しさを浮かべると、アストレアが微笑みながら言った。
「ティアもダグラスも心配しすぎよ」
照れ隠しに二人を睨みながら、アルフィが文句を言った。それを温かい眼差しで見つめると、アストレアがアルフィに促した。
「では、魔力回路の修復をしましょう。横になってもらった方がやりやすいので、二階の寝室まで移動をお願いできますか?」
「はい。よろしくお願いします」
アルフィは、席を立って階段に向かうアストレアの後について行った。ティアとダグラスも席を立ち、二人の後を追った。
アストレアが、金色の瞳を苦悩に染めながら言った。
「まず、他のエルフたちの生命を護るために、結界の修復を急いだことがひとつです。破られた結界は、古代エルフの上位結界でした。そして、今ある張り直した結界は、最上位結界です。この結界を張るためには膨大な魔力が必要でした。もし、魔道士クラスSであるアルフィさんがこの結界を張ろうとするのであれば、アルフィさんと同等の魔力量を持った魔道士が十人は必要になります」
「アルフィが十人必要って……」
唖然としてティアが呟いた。
だが、アルフィはアストレアの言葉に素直に頷いた。彼女にこの結界を張るだけの魔力がないことは、自分が一番よく知っていた。そして、短時間とはいえ、アンジェがこの結界を張ったことに改めて驚愕した。それは、現時点でアンジェの魔力量がアルフィの十倍以上あるということだった。
「それともう一つの理由は、悪魔侯爵に抵抗して重傷を負ったエルフたちが十人以上もいたことです。私は悪魔侯爵を追うよりも、彼らを治療することを優先しました。最上位結界を張った直後に、アルティメットヒールを連続して十回以上使った私は、さすがに魔力切れを起こしてしまったのです」
アストレアの言葉から、アルフィは彼女の魔力量がどのくらいあるのかを予想した。
アンジェには、上級回復魔法であるアルティメットヒールを一日に三回しか使えないと言っていた。
しかし、アストレアは、古代エルフの最上位結界を張った直後に、それを十回以上も連続で使用したのだ。彼女の魔力量は、アンジェ数十倍あることは確実だった。
「アストレアさんの魔力量は、あたしの想像を遥かに超えています」
漆黒の瞳に憧憬と羨望を映しながら、アルフィがアストレアに告げた。
「ありがとう。しかし、魔力切れを起こしてしまった私には、悪魔侯爵と戦うどころか、彼を追うことさえも不可能でした」
「では、悪魔侯爵の居場所はわからなんですか?」
ティアの質問に、アストレアが残念そうに頷いた。
「こちらから悪魔侯爵の居場所を探すことは難しいですが、ひとつだけそれを知ることができる手段があります」
「それは……?」
アルフィの言葉に、アストレアが頷きながら告げた。
「魔道笛という魔道具をご存じですか?」
「はい。危機に陥った時、助けを求めるために使用者の居場所を知らせる魔力を放出する魔道具ですね。あたしたちも持っています」
魔道笛が入ったペンダントをアストレアに見せながら、アルフィが答えた。それを見て頷くと、アストレアが続けた。
「攫われたエルフの一人は、魔道笛と同じように自分の位置を知らせる隠伝という魔法が使えます」
アストレアは、アンジェが使えると言っていた魔法を告げた。
「その魔法はすでに使われたのですか?」
「いえ。まだ使われていません。使うほどの危機に瀕していなければいいのですが、もしかしたら使うことさえ出来ない状態にされている可能性も否定できません」
その魔法を使うことが出来ない状態というのは、意識を失っているか、すでに殺されていることを意味していた。
「いずれにしても、彼女が隠伝を使ってくれることを待つしか、悪魔侯爵の居場所を特定する手段はありません」
アストレアが暗い表情で告げた。
「そのエルフの名前は?」
ティアが心痛な面持ちで、アストレアに質問した。だが、それに答えたのは、アンジェだった。
「オリヴィアです。彼女はあたしの親友なんです」
悲しみと心配とを映した金色の瞳が、ティアを真っ直ぐに見つめた。アンジェの瞳から、涙が溢れ出て頬を伝った。
「心配しないで、アンジェ。オリヴィアさんは必ず助け出すわ」
ティアはアンジェの金色の瞳を見つめながら言った。アンジェが俯きながら小さく頷いた。長い銀髪が揺れ、頬の涙を隠した。
「私からもお願いします。オリヴィアだけでなく、他の四人も助け出してください」
アストレアもティアたちの顔を交互に見ながら言った。
「最善の努力はするつもりです。しかし、相手は悪魔侯爵です。おそらく、私やティアの数倍の魔力量を持つ強敵です。悪魔侯爵に対抗するための手段などをご存じでしたら、ぜひ教えてくれませんか?」
アルフィは自分たちの力が、どこまで悪魔侯爵に通じるのか、不安を感じていた。悪魔伯爵でさえ、アルフィの数倍の魔力量で彼女に死を実感させたのだ。それよりも格上の悪魔侯爵を相手にすることに、アルフィは正直なところ自信よりも恐怖の方が大きかった。
「戦い方に関する助言はできませんが、一つだけお力になれることがあります」
「何ですか? ぜひ教えてください」
アルフィが身を乗り出すように、アストレアに訊ねた。
「アルフィさん、あなたの魔力回路を正常に戻してさしあげます」
「え? 魔力回路を正常に……?」
アストレアの言葉の意味が、アルフィには分からなかった。
「理由は知りませんが、あなたの魔力回路はいびつな形をしています。その状態では、本来の魔力の二、三割しか出すことができません。魔力を鍛える時、無理矢理魔力回路を開かれた覚えはありませんか?」
アストレアの言葉に、アルフィは過去に姉のラミアから受けた特訓を思い出した。
ラミアは、性的拷問とも呼べる手段でアルフィの魔力量と魔力操作を訓練した。それはラインハルトの修行を受ける前日に、アルフィがティアに行った魔力量を増やす方法をさらに過激にしたものだった。
実の妹であるアルフィを、ラミアは数え切れないほど絶頂させて魔力を奪い続けたのだった。その時のことを思い出し、アルフィは赤面しながら頷いた。
「あたしは十四歳の時に、無理矢理魔力訓練を受けさせられました。その訓練についてはあまり口にしたくありません。アストレアさんから見て、私の魔力回路は正常な状態ではないのでしょうか?」
「かなり歪んで見えます。その歪みを正常に戻すことで、アルフィさんが本来持っているはずの魔力を扱えるはずです。そうすれば、今の数倍の魔力量となることは間違いありません。私を信じて、魔力回路の修復を受けられませんか?」
アルフィは驚きに目を見開いた。今の魔力量が数倍になるのであれば、是非お願いしたいと思った。
「魔力回路の修復することに、危険はないのですか?」
興奮気味のアルフィを抑えるように、ティアが横から口を挟んだ。たとえアルフィの魔力が増大するとしても、ティアはそのために彼女を危険に晒したくはなかった。
「正直にお話しすると、危険はゼロではありません。もしアルフィさんの魔力回路が、私の見立て以上に損傷していた場合、一時的に魔力の制御が出来なくなります。いわゆる魔力暴走を起こして、自分と周囲に甚大な被害をもたらす可能性があります。しかし、その時には私が全力でアルフィさんを支えますので、心配なさらないでください」
アストレアが微笑みながら告げた。ハイエルフである彼女が太鼓判を押すのであれば、まず心配はいらないとティアは考えた。
「分かりました。万一のために、私も側にいさせてください。何が出来るかは分かりませんが、私にもアルフィを近くで支えさせてください」
「俺もアルフィの近くにいていいですか? ティアと二人で、アルフィを支えます」
二人の言葉に、アストレアは満足そうに微笑んで告げた。
「アルフィさん、お二人に愛されていますね」
金色の瞳に優しさを浮かべると、アストレアが微笑みながら言った。
「ティアもダグラスも心配しすぎよ」
照れ隠しに二人を睨みながら、アルフィが文句を言った。それを温かい眼差しで見つめると、アストレアがアルフィに促した。
「では、魔力回路の修復をしましょう。横になってもらった方がやりやすいので、二階の寝室まで移動をお願いできますか?」
「はい。よろしくお願いします」
アルフィは、席を立って階段に向かうアストレアの後について行った。ティアとダグラスも席を立ち、二人の後を追った。
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