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第六章 魔道笛
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ユーストベルクを出発して五日目に、アンジェがエルフの結界を見つけた。場所は街道を北北東に外れた荒野の中だった。遠くに森林が見える以外、草木もろくに生えていなかった。
その岩と土しかない場所で、アンジェが急に立ち止まったのだった。
「ありました。母の結界に間違いありません」
「その気になって探さないと、あたしでも気づかないくらい巧妙な結界ね。さすがエルフの女王ね。かなりの術士だわ」
アルフィが感心しながら、結界を見つめた。
ティアとダグラスには、そこに結界があることさえ分からなかった。ただ、何となく嫌な感じを受けているだけだった。
この嫌な感じこそが、結界に近づく人や動物を無意識に遠ざけているのだろうと、ティアは考えた。
「みなさん、私の近くに集まってください。みなさんを私の結界で包んで、母の結界を通り抜けます」
アンジェの言葉に、ティアたちは彼女のすぐ側まで近づいた。三人が自分を取り囲むように集まったことを確認すると、アンジェは詠唱を始めた。
「生命(いのち)を司る森の精霊よ、見えざる鎧となりて、我を包みたまえ! スピリット・シールド!」
アンジェの周囲に小さく淡い光が無数に現れ、四人の周りをゆっくりと廻り出した。その動きが徐々に速くなり、光の筋を描いていった。
その光の筋が幾重にも重なっていき、ティアたちを護るように球状に取り囲んだ。その表面にさらに光の筋が重なり、煌めきを放ちながら厚さを増していった。
十タルザンもしないうちに、ティアたちは光が作り出した球体の中に閉じ込められた。
「こんな魔法、初めてみた……」
アルフィが驚きに目を見開きながら呟いた。
「古代エルフの魔法ですから、人族の方はご存じないと思います」
アンジェが微笑しながら、アルフィに説明をした。
「今、私たちは、森の精霊たちが作り出した球体結界の中にいます。火属性や水属性といった四大属性魔法に対しての防御力は低いですが、魔族が使う闇属性魔法には強力な結界となります」
「じゃあ、悪魔侯爵の魔法にも有効ってこと?」
アンジェの言葉に、アルフィが真剣な眼差しを浮かべながら訊ねた。
「正直なところ、あたしにも分かりません。低位の魔族程度の魔法なら有効だと思いますが、悪魔侯爵の魔法をどこまで防げるかは、何とも言えません」
「それでも、防げる可能性はあるんでしょう?」
「はい。今は母の結界を抜けるだけなので、呼び出した精霊の数も少ないですが、もっと多くの精霊の力を借りれば、悪魔侯爵の闇属性魔法をある程度は防げるかも知れません。楽観はできませんが……」
「十分よ。戦略の幅が大きく広がったわ」
アンジェの説明に、アルフィはニッコリと笑いながら告げた。
正直なところ、アルフィは自分の魔法がどこまで悪魔侯爵に通じるのか不安だったのだ。
ティアが倒した悪魔伯爵の魔力量でさえ、アルフィの倍以上はあったのだ。それよりも格上の悪魔侯爵の魔力量がそれ以上であることは疑う余地もなかった。
「とりあえず、母の結界を通過します。話の続きは母の意見も聞きながらにしましょう」
そう告げると、アンジェは口の中で小さく詠唱を唱え始めた。球体結界が地面から浮かび始めた。当然のことながら、その中にいるティアたちも一緒に浮かび上がり、地面を踏みしめている感覚がなくなっていった。
「すごい……浮いてる」
金碧異色の瞳を大きく見開きながら、ティアが呟いた。
球体結界は、地上から一メッツェくらいの高さに浮上していた。それに合わせて、ティアたちの視点も高くなった。
「では、母の結界を通り抜けます。衝撃はないので、心配しないでください」
アンジェはティアたちを落ち着かせるように言うと、再び詠唱を唱え始めた。次の瞬間、四人を包んだ球体結界がゆっくりと前へ進み始めた。
二十メッツェほど移動すると球体結界がゆっくりと着地し、大地を踏みしめる感覚が戻ってきた。そして、球体結界が無数の光の渦に変わり、ティアたちの周囲を再び廻り始めた。
ティアとダグラスはアンジェの母アストレアの結界がどこにあったのかさえ気づくことができなかった。単に、球体結界に包まれて少し前進したとしか感じられなかった。
しかし、魔道士クラスSのアルフィだけは、球体結界がアストレアの結界と融合しながら通り抜けていったことを感じ取っていた。
(この娘、とんでもない術士だわ。ハイエルフというだけあって、魔力量もあたしよりずっと大きい)
黒曜石の瞳を驚愕で大きく見開きながら、アルフィはアンジェの横顔を見つめた。そして、アンジェを入れたことで<漆黒の翼>の実力が大きく上がったことを実感した。
「結界を解きます」
アンジェがそう告げると、周囲を回っていた無数の光が煌めきとともに消滅した。ティアたちは、眩しさのあまり思わず目を閉じた。
そして、再び目を開けた瞬間、驚愕のあまり言葉を失った。
草木もほとんど生えていない荒野にいたはずが、四人は初夏の緑溢れる森に佇んでいた。
「ここは……?」
「信じられない……」
「どういうことだ?」
呆然と立ち尽くすティアたちの様子を楽しそうに見つめながら、満面の笑みを浮かべてアンジェが告げた。
「ようこそ、エルフの里へ。皆さんの来訪を歓迎します」
その岩と土しかない場所で、アンジェが急に立ち止まったのだった。
「ありました。母の結界に間違いありません」
「その気になって探さないと、あたしでも気づかないくらい巧妙な結界ね。さすがエルフの女王ね。かなりの術士だわ」
アルフィが感心しながら、結界を見つめた。
ティアとダグラスには、そこに結界があることさえ分からなかった。ただ、何となく嫌な感じを受けているだけだった。
この嫌な感じこそが、結界に近づく人や動物を無意識に遠ざけているのだろうと、ティアは考えた。
「みなさん、私の近くに集まってください。みなさんを私の結界で包んで、母の結界を通り抜けます」
アンジェの言葉に、ティアたちは彼女のすぐ側まで近づいた。三人が自分を取り囲むように集まったことを確認すると、アンジェは詠唱を始めた。
「生命(いのち)を司る森の精霊よ、見えざる鎧となりて、我を包みたまえ! スピリット・シールド!」
アンジェの周囲に小さく淡い光が無数に現れ、四人の周りをゆっくりと廻り出した。その動きが徐々に速くなり、光の筋を描いていった。
その光の筋が幾重にも重なっていき、ティアたちを護るように球状に取り囲んだ。その表面にさらに光の筋が重なり、煌めきを放ちながら厚さを増していった。
十タルザンもしないうちに、ティアたちは光が作り出した球体の中に閉じ込められた。
「こんな魔法、初めてみた……」
アルフィが驚きに目を見開きながら呟いた。
「古代エルフの魔法ですから、人族の方はご存じないと思います」
アンジェが微笑しながら、アルフィに説明をした。
「今、私たちは、森の精霊たちが作り出した球体結界の中にいます。火属性や水属性といった四大属性魔法に対しての防御力は低いですが、魔族が使う闇属性魔法には強力な結界となります」
「じゃあ、悪魔侯爵の魔法にも有効ってこと?」
アンジェの言葉に、アルフィが真剣な眼差しを浮かべながら訊ねた。
「正直なところ、あたしにも分かりません。低位の魔族程度の魔法なら有効だと思いますが、悪魔侯爵の魔法をどこまで防げるかは、何とも言えません」
「それでも、防げる可能性はあるんでしょう?」
「はい。今は母の結界を抜けるだけなので、呼び出した精霊の数も少ないですが、もっと多くの精霊の力を借りれば、悪魔侯爵の闇属性魔法をある程度は防げるかも知れません。楽観はできませんが……」
「十分よ。戦略の幅が大きく広がったわ」
アンジェの説明に、アルフィはニッコリと笑いながら告げた。
正直なところ、アルフィは自分の魔法がどこまで悪魔侯爵に通じるのか不安だったのだ。
ティアが倒した悪魔伯爵の魔力量でさえ、アルフィの倍以上はあったのだ。それよりも格上の悪魔侯爵の魔力量がそれ以上であることは疑う余地もなかった。
「とりあえず、母の結界を通過します。話の続きは母の意見も聞きながらにしましょう」
そう告げると、アンジェは口の中で小さく詠唱を唱え始めた。球体結界が地面から浮かび始めた。当然のことながら、その中にいるティアたちも一緒に浮かび上がり、地面を踏みしめている感覚がなくなっていった。
「すごい……浮いてる」
金碧異色の瞳を大きく見開きながら、ティアが呟いた。
球体結界は、地上から一メッツェくらいの高さに浮上していた。それに合わせて、ティアたちの視点も高くなった。
「では、母の結界を通り抜けます。衝撃はないので、心配しないでください」
アンジェはティアたちを落ち着かせるように言うと、再び詠唱を唱え始めた。次の瞬間、四人を包んだ球体結界がゆっくりと前へ進み始めた。
二十メッツェほど移動すると球体結界がゆっくりと着地し、大地を踏みしめる感覚が戻ってきた。そして、球体結界が無数の光の渦に変わり、ティアたちの周囲を再び廻り始めた。
ティアとダグラスはアンジェの母アストレアの結界がどこにあったのかさえ気づくことができなかった。単に、球体結界に包まれて少し前進したとしか感じられなかった。
しかし、魔道士クラスSのアルフィだけは、球体結界がアストレアの結界と融合しながら通り抜けていったことを感じ取っていた。
(この娘、とんでもない術士だわ。ハイエルフというだけあって、魔力量もあたしよりずっと大きい)
黒曜石の瞳を驚愕で大きく見開きながら、アルフィはアンジェの横顔を見つめた。そして、アンジェを入れたことで<漆黒の翼>の実力が大きく上がったことを実感した。
「結界を解きます」
アンジェがそう告げると、周囲を回っていた無数の光が煌めきとともに消滅した。ティアたちは、眩しさのあまり思わず目を閉じた。
そして、再び目を開けた瞬間、驚愕のあまり言葉を失った。
草木もほとんど生えていない荒野にいたはずが、四人は初夏の緑溢れる森に佇んでいた。
「ここは……?」
「信じられない……」
「どういうことだ?」
呆然と立ち尽くすティアたちの様子を楽しそうに見つめながら、満面の笑みを浮かべてアンジェが告げた。
「ようこそ、エルフの里へ。皆さんの来訪を歓迎します」
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