金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第三部 銀の妖精】

椎名 将也

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第五章 四人の絆

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「お帰りなさい。あ、お客さんですか?」
 部屋の扉を開けて入ってきたアルフィとティアの後ろに大きな男が立っているのを見て、アンジェが訊ねた。
「うちの盾士クラスAのダグラスよ。アンジェリーナ、自己紹介しなさい」
 冷たい声でアルフィが告げるのを聞き、アンジェはビクッと体を震わせた。

「術士クラスSのアンジェリーナです。今度、<漆黒の翼>に入れてもらいました。よろしくお願いします」
 ダグラスに向かって頭を下げると、アンジェリーナはティアに近づいて小声で囁いた。
「アルフィさん、機嫌悪いんですか?」
「ちょっとね。アンジェに怒ってる訳じゃないから、大丈夫よ」
 苦笑いを浮かべながらそう告げると、ティアはアンジェの腰に手を廻して抱き寄せた。

「ダグラスだ。その歳で術士クラスSって、凄いな」
 一見すると十六、七歳にしか見えないアンジェの美貌を見つめて、ダグラスが笑顔で告げた。
「いえ。ついこの間まで術士クラスBだったんです。アルフィさんのおかげで昇格させてもらいました」
 アンジェが恐る恐るアルフィの横顔を見上げながら言った。

「ところで、ダグラス。さっきの女とはどういう関係かしら?」
 黒曜石の瞳を細めながら、アルフィがダグラスを真っ直ぐに見つめた。
「関係も何も、彼女はここの受付嬢だ。さっきの男たちに食堂で絡まれたのを助けただけだ」
 内心、冷や汗をかきながら、ダグラスがアルフィに告げた。言葉を間違えると、アルフィの怒りに油を注ぐことになるのは、長い付き合いで分かりきっていた。

「アンジェ、あっちで座っていよう」
「は、はい……」
 巻き込まれることを避けるように、ティアはアンジェを奥のソファに連れて行った。そして、金碧異彩ヘテロクロミアの瞳に同情の光を浮かべながらダグラスを見つめた。

「へえ。それにしてはあの娘、あんたに口づけしてたわね。あたしがいない間に、あの娘と何があったのかしら?」
「誤解だ、アルフィ。俺はついさっき、ユーストベルクに着いたばかりなんだ。この『銀猫亭』に部屋を取って、下の食堂で飯を食ってただけだ。そもそも、ウェストヴォルドからユーストベルクまでだって、馬を三度も変えて八日で来たんだ。それも、少しでも早くアルフィの顔を見たかったからだ」
 下手な言い訳は逆効果だと思い、ダグラスは正直に自分の気持ちをアルフィに告げた。

「そう、八日で……」
 本来なら馬で十日かかる距離を八日で踏破することの大変さは、アルフィにもよく分かった。その理由が自分と会いたかったためだと言われたアルフィは、さすがに少し照れたようにダグラスから顔を逸らせて横を向いた。
 その横顔に笑みが浮かんだことを見て、ダグラスはアルフィの機嫌がだいぶ治ったことを悟った。

「それで、ジャスティの足どりは掴めたの?」
 アルフィが機嫌を直したことを察したティアが、ダグラスに訊ねた。ダグラスとランディは、<デビメシア>の剣士クラスSであるジャスティを追ってウェストヴォルドに行っていたのだ。

「やはり、<デビメシア>とイレナスーン帝国は繋がっていそうだ。ユピテル皇国との国境沿いにあるイレナスーン帝国のベルートア砦にジャスティは逃げ込んだらしい。ベルートア砦にはすでにイレナスーン帝国軍が五万人以上も入っているようだ。今、ランディがウェストヴォルドに残って、ベルートア砦の情報を集めている」
 濃茶色の瞳に真剣な光を浮かべながら、ダグラスが答えた。

「スカーレット様の言っていた情報は正しかったという訳ね」
 アルフィも黒曜石の瞳に真剣さを宿して言った。
 スカーレットは、ケラヴノス大聖堂で見つけたイレナスーン帝国第三皇子シルヴェスターが鳳凰騎士団団長ヴォルフォート公爵に宛てた書簡に、イレナスーン帝国が二十万人をベルートア砦に集結させると書かれていたと告げたのだ。

「ティア、それって戦争になるってことですか?」
 初めて聞く重大な情報に驚いて、アンジェが金色の瞳を見開きながらティアの顔を見つめた。ランクBパーティの<夜想曲>では考えられない国家規模の情報を持っていることを知り、アンジェは<漆黒の翼>がランクSパーティであることを実感した。

「その可能性が大きいわね。でも安心して、アンジェ。私たちは戦争に介入するつもりはないわ。私たちの敵はイレナスーン帝国ではなく、魔道結社<デビメシア>なの。彼らの中に私の幼馴染みの仇がいるのよ」
「幼馴染みの仇?」
「そう。二年前、私の幼馴染みアルバートを殺し、私を凌辱して処女を奪った奴よ。その男に復讐するために、私は冒険者になったの」
 金碧異色ヘテロクロミアの瞳に強い意志を浮かべながら、ティアが告げた。

(ティアの幼馴染みを殺して、ティアの処女を奪ったなんて……。絶対に許せません)
 アンジェは金色の瞳に怒りを宿しながら、ティアに向かって言った。
「あたしにもティアの仇討ちを手伝わせてください!」
「ありがとう、アンジェ。凄く嬉しいわ」
 そう告げると、ティアはアンジェの背中に両手を廻して、その柔らかい体を抱きしめた。そして、唇を塞ぐと溢れる愛情を注ぐように舌を絡めた。

「おい、アルフィ。あの二人は……」
 濃厚な口づけを交わすティアとアンジェの姿を見て、ダグラスが驚いたようにアルフィの顔を見つめた。
「恋人同士よ。暇さえあればあんな感じなの。毎日のように当てられてるわ」
 諦めたような口調で告げると、アルフィは苦笑いを浮かべながらダグラスに答えた。

(ティアが女を好きになるなんて……。そんなところまでアルフィに似ることはないのに……)
 アルフィの言葉を聞いたダグラスは、小さくため息をついた。アルフィと同じ両性愛主義者バイセクシャルなのか、それとも同性愛主義者レズビアンなのかは不明だが、ダグラスはティアとアンジェの睦まじい様子を見ながら諦めの境地に陥った。

 ティアとアンジェはダグラスの諦念など気づかずに、お互いの愛情を確認するかのように口づけを交わしていた。
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