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第五章 四人の絆
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『銀猫亭』から出ると、男たちはダグラスを取り囲むように四方に立った。
「ギルドでは冒険者同士の私闘を禁じているんだが、それは知っているよな?」
そう言うと、ダグラスは四人の男たちを観察するように見渡した。それぞれの獲物から、剣士が二人と槍士が一人、そしてリーダーの男は盾士だと判断した。
「知ってるさ。そして、証言が食い違ったら冒険者ランクの高い方が優先されるってこともな」
「そうか。ならば仕方ない」
ダグラスはため息をついた。男たちは冒険者ランクBと言っていた。ダグラス自身は盾士クラスAだが、アルフィとティアのいる<漆黒の翼>は冒険者ランクSだ。
どちらの証言が優先されるかは言うまでもなかった。
「始める前に、あんたらのパーティ名を教えてくれないか」
ダグラスがリーダーらしき男に向かって訊ねた。男たちは酔って気が大きくなっているようだった。もし普段の素行が良ければ、あとでギルマスに取りなしてもらおうと思ったのだ。
「俺たちのパーティ名は、<草原の鷹>だ。聞いたことがあるなら、今のうちに詫びを入れるんだな」
男の一人が昂然と言い放った。しかし、ダグラスはそのパーティ名に聞き覚えがなかった。当然と言えば当然である。ランクSパーティならともかく、ランクBなど星の数ほどあるのだ。
店の入口で、エミリアが心配そうな顔でダグラスを見つめていた。その視線に気づき、ダグラスは笑顔で彼女に頷いた。
「悪いが、知らないパーティだ。一応、俺のパーティ名も言っておこうか?」
「クラスCのパーティ名なんて、聞いても覚えられないぜ。掃いて捨てるほどあるからな」
男たちはダグラスが与えた最後のチャンスを棒に振った。もし、男たちが<漆黒の翼>の名を聞いたのであれば、一目散に逃げ出しただろう。ランクSのパーティというのは、それほどの存在だった。
「そうか。それなら仕方ない。始めるか」
ダグラスがそう告げた瞬間、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
「何遊んでるの、ダグラス。あたしに会いにも来ないで」
驚いてダグラスが振り返ると、漆黒の髪を背中まで伸ばした美女が笑いながら立っていた。その横には、淡紫色の髪と金碧異色の瞳を持つ美少女が面白そうに笑いを堪えていた。
「アルフィ……何でここに?」
「何でって、あたしたちはユーストベルクのギルマスの紹介で、『銀猫亭』に泊まっているのよ。あんたこそ、ユーストベルクにいるのなら、ギルドに顔を出しなさいよ」
アルフィが口を尖らせながら、ダグラスを睨んだ。しかし、その黒瞳はこの騒動を見て、楽しげに輝いていた。
「いい女たちだな。お前の仲間か?」
男たちの卑猥な視線が、アルフィとティアに注がれた。
「おい、兄ちゃん、その女たちを少し貸してくれたら見逃してやるぜ」
<草原の鷹>のリーダーらしき大男がニヤけた笑みを浮かべながら、舐めるような視線でアルフィとティアの全身を上から下まで値踏みするように見つめた。
アルフィの眼がすっと細くなった。
(やばい、怒らせやがった)
ダグラスは一目でアルフィの機嫌が悪くなったことに気づいた。
「アルフィ、手を出さないでくれ。俺がやるから」
アルフィに魔法でも使われたら、この辺り一帯が大惨事になることがダグラスには手に取るように分かった。
「アルフィが手を出しちゃだめなら、代わりに私が手伝ってあげるわ」
ティアがニッコリと笑いながら告げた。
(もう一人、爆弾がいやがった……)
ティアの言葉を聞いて、ダグラスの背中を冷や汗が流れ落ちた。
「ティアも……」
手を出すなと言おうとした時、<草原の鷹>が地雷を踏み抜いた。
「おお、歓迎するぜ。俺たちとちょっと付き合えよ。一晩中、たっぷりと可愛がってやるからよ」
<草原の鷹>の一人がそう言った瞬間、その男の腰から剣が鞘ごと落ちた。
目にもとまらぬ速度で、ティアが<イルシオン>を抜き、その衝撃波で男の剣帯を切り裂いたのだ。
「え……?」
何が起こったのか、男にはまったく見えなかった。その様子を嘲笑うかのように、ティアは神速の居合抜きで男たちの剣帯を斬り裂いた。呆然と立ち尽くす男たちの腰から、次々と剣鞘ごと剣が地面に落ちた。
「な、なんだ?」
「なんで剣が……?」
戸惑いの言葉を口にする男たちに向かって、ティアが笑顔を向けた。だが、その金碧異色の瞳がまったく笑っていないことにダグラスは気づいていた。
「私を可愛がってくれるのに、剣なんて無粋な物は要らないわね」
次の瞬間、地面に落ちていた男たちの剣が、次々と細切れになった。眼にも留まらぬ速さで、ティアが蒼炎の神刃を放ったのだ。
「な、なにが……」
男たちの顔が蒼白になった。酔いなど、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「あ、あんたらいったい……」
<草原の鷹>のリーダーが声を震わせながらティアに訊ねた。
「私はティア、『紫音』とも呼ばれているわ」
「『氷麗姫』という名前を聞いたことがあるかしら? あたしの二つ名なんだけど」
ティアとアルフィが自己紹介をした途端、男たちの全身がガタガタと震撼した。
「<漆黒の翼>……」
「『紫音』って、剣士クラスSの……」
「それより、『氷麗姫』ってあの……」
男たちは冒険者である。冒険者とは自分の命を賭けて金を稼ぐ無頼漢だ。よって、危険には人一倍敏感だった。
その彼らだからこそ、理解できたのだ。今、自分たちが相手にしているのは、A級魔獣が可愛く思えるほどの存在だと……。
男たちの顔が蒼白どころか、死相を浮かべ始めた。
「だから、俺のパーティ名を聞いておくかって言ってやったんだが……」
男たちに同情しながら、ダグラスが言った。
「あ、あんたはもしかして……」
「この二人ほど有名じゃないが、一応『堅盾』って呼ばれている」
ダグラスがそう注げた瞬間、男たちは顔を見合わせると、涙目になって我先にと逃げ出し始めた。
ため息とともにそれを見送ると、ダグラスはアルフィたちの方を振り向いた。
「助かったよ。絡まれて困っていたんだ」
「まあ、あんたの獲物取っちゃったみたいで悪かったね。ティアは気が短いから」
笑顔でそう注げるアルフィに、ティアが文句を言った。
「何言ってるのよ。アルフィに任せたら、このあたり一帯が氷漬けになるじゃない」
「そりゃそうだ」
ダグラスが声を上げて笑った。
その時、ダグラスの背後から、エミリアが抱きついてきた。
「ダグラスさん、無事で良かったです!」
「おい、ちょっと……」
驚きながらエミリアを引き離すと、ダグラスは恐る恐るアルフィの顔を見た。
(……! やばい!)
アルフィの眼が、すっと細くなっていた。
「あ、アルフィ、この娘は……」
「凄くかっこよかったです! あたし、ダグラスさんのファンになっちゃいました!」
エミリアが興奮した瞳で、ダグラスを見つめた。そしてつま先立ちになると、その豊満な胸を押しつけながら、ダグラスの頬に口づけをしてきた。
「ダグラス……」
アルフィがダグラスの名を呼んだ。
その声を聞いた瞬間、ダグラスは逃げ出したくなった。
慌ててティアに助けを求めるべく視線を送ると、すでにティアはアルフィから五メッツェも離れて横を向いていた。
「ゆっくりと話を聞こうか、ダグラス」
剣呑さを秘めた瞳でダグラスを見つめながら、アルフィはニッコリと笑った。
約二十日ぶりのアルフィとの再会は、ダグラスが想像していた甘い夜とはかけ離れたものになりそうだった。
「ギルドでは冒険者同士の私闘を禁じているんだが、それは知っているよな?」
そう言うと、ダグラスは四人の男たちを観察するように見渡した。それぞれの獲物から、剣士が二人と槍士が一人、そしてリーダーの男は盾士だと判断した。
「知ってるさ。そして、証言が食い違ったら冒険者ランクの高い方が優先されるってこともな」
「そうか。ならば仕方ない」
ダグラスはため息をついた。男たちは冒険者ランクBと言っていた。ダグラス自身は盾士クラスAだが、アルフィとティアのいる<漆黒の翼>は冒険者ランクSだ。
どちらの証言が優先されるかは言うまでもなかった。
「始める前に、あんたらのパーティ名を教えてくれないか」
ダグラスがリーダーらしき男に向かって訊ねた。男たちは酔って気が大きくなっているようだった。もし普段の素行が良ければ、あとでギルマスに取りなしてもらおうと思ったのだ。
「俺たちのパーティ名は、<草原の鷹>だ。聞いたことがあるなら、今のうちに詫びを入れるんだな」
男の一人が昂然と言い放った。しかし、ダグラスはそのパーティ名に聞き覚えがなかった。当然と言えば当然である。ランクSパーティならともかく、ランクBなど星の数ほどあるのだ。
店の入口で、エミリアが心配そうな顔でダグラスを見つめていた。その視線に気づき、ダグラスは笑顔で彼女に頷いた。
「悪いが、知らないパーティだ。一応、俺のパーティ名も言っておこうか?」
「クラスCのパーティ名なんて、聞いても覚えられないぜ。掃いて捨てるほどあるからな」
男たちはダグラスが与えた最後のチャンスを棒に振った。もし、男たちが<漆黒の翼>の名を聞いたのであれば、一目散に逃げ出しただろう。ランクSのパーティというのは、それほどの存在だった。
「そうか。それなら仕方ない。始めるか」
ダグラスがそう告げた瞬間、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
「何遊んでるの、ダグラス。あたしに会いにも来ないで」
驚いてダグラスが振り返ると、漆黒の髪を背中まで伸ばした美女が笑いながら立っていた。その横には、淡紫色の髪と金碧異色の瞳を持つ美少女が面白そうに笑いを堪えていた。
「アルフィ……何でここに?」
「何でって、あたしたちはユーストベルクのギルマスの紹介で、『銀猫亭』に泊まっているのよ。あんたこそ、ユーストベルクにいるのなら、ギルドに顔を出しなさいよ」
アルフィが口を尖らせながら、ダグラスを睨んだ。しかし、その黒瞳はこの騒動を見て、楽しげに輝いていた。
「いい女たちだな。お前の仲間か?」
男たちの卑猥な視線が、アルフィとティアに注がれた。
「おい、兄ちゃん、その女たちを少し貸してくれたら見逃してやるぜ」
<草原の鷹>のリーダーらしき大男がニヤけた笑みを浮かべながら、舐めるような視線でアルフィとティアの全身を上から下まで値踏みするように見つめた。
アルフィの眼がすっと細くなった。
(やばい、怒らせやがった)
ダグラスは一目でアルフィの機嫌が悪くなったことに気づいた。
「アルフィ、手を出さないでくれ。俺がやるから」
アルフィに魔法でも使われたら、この辺り一帯が大惨事になることがダグラスには手に取るように分かった。
「アルフィが手を出しちゃだめなら、代わりに私が手伝ってあげるわ」
ティアがニッコリと笑いながら告げた。
(もう一人、爆弾がいやがった……)
ティアの言葉を聞いて、ダグラスの背中を冷や汗が流れ落ちた。
「ティアも……」
手を出すなと言おうとした時、<草原の鷹>が地雷を踏み抜いた。
「おお、歓迎するぜ。俺たちとちょっと付き合えよ。一晩中、たっぷりと可愛がってやるからよ」
<草原の鷹>の一人がそう言った瞬間、その男の腰から剣が鞘ごと落ちた。
目にもとまらぬ速度で、ティアが<イルシオン>を抜き、その衝撃波で男の剣帯を切り裂いたのだ。
「え……?」
何が起こったのか、男にはまったく見えなかった。その様子を嘲笑うかのように、ティアは神速の居合抜きで男たちの剣帯を斬り裂いた。呆然と立ち尽くす男たちの腰から、次々と剣鞘ごと剣が地面に落ちた。
「な、なんだ?」
「なんで剣が……?」
戸惑いの言葉を口にする男たちに向かって、ティアが笑顔を向けた。だが、その金碧異色の瞳がまったく笑っていないことにダグラスは気づいていた。
「私を可愛がってくれるのに、剣なんて無粋な物は要らないわね」
次の瞬間、地面に落ちていた男たちの剣が、次々と細切れになった。眼にも留まらぬ速さで、ティアが蒼炎の神刃を放ったのだ。
「な、なにが……」
男たちの顔が蒼白になった。酔いなど、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「あ、あんたらいったい……」
<草原の鷹>のリーダーが声を震わせながらティアに訊ねた。
「私はティア、『紫音』とも呼ばれているわ」
「『氷麗姫』という名前を聞いたことがあるかしら? あたしの二つ名なんだけど」
ティアとアルフィが自己紹介をした途端、男たちの全身がガタガタと震撼した。
「<漆黒の翼>……」
「『紫音』って、剣士クラスSの……」
「それより、『氷麗姫』ってあの……」
男たちは冒険者である。冒険者とは自分の命を賭けて金を稼ぐ無頼漢だ。よって、危険には人一倍敏感だった。
その彼らだからこそ、理解できたのだ。今、自分たちが相手にしているのは、A級魔獣が可愛く思えるほどの存在だと……。
男たちの顔が蒼白どころか、死相を浮かべ始めた。
「だから、俺のパーティ名を聞いておくかって言ってやったんだが……」
男たちに同情しながら、ダグラスが言った。
「あ、あんたはもしかして……」
「この二人ほど有名じゃないが、一応『堅盾』って呼ばれている」
ダグラスがそう注げた瞬間、男たちは顔を見合わせると、涙目になって我先にと逃げ出し始めた。
ため息とともにそれを見送ると、ダグラスはアルフィたちの方を振り向いた。
「助かったよ。絡まれて困っていたんだ」
「まあ、あんたの獲物取っちゃったみたいで悪かったね。ティアは気が短いから」
笑顔でそう注げるアルフィに、ティアが文句を言った。
「何言ってるのよ。アルフィに任せたら、このあたり一帯が氷漬けになるじゃない」
「そりゃそうだ」
ダグラスが声を上げて笑った。
その時、ダグラスの背後から、エミリアが抱きついてきた。
「ダグラスさん、無事で良かったです!」
「おい、ちょっと……」
驚きながらエミリアを引き離すと、ダグラスは恐る恐るアルフィの顔を見た。
(……! やばい!)
アルフィの眼が、すっと細くなっていた。
「あ、アルフィ、この娘は……」
「凄くかっこよかったです! あたし、ダグラスさんのファンになっちゃいました!」
エミリアが興奮した瞳で、ダグラスを見つめた。そしてつま先立ちになると、その豊満な胸を押しつけながら、ダグラスの頬に口づけをしてきた。
「ダグラス……」
アルフィがダグラスの名を呼んだ。
その声を聞いた瞬間、ダグラスは逃げ出したくなった。
慌ててティアに助けを求めるべく視線を送ると、すでにティアはアルフィから五メッツェも離れて横を向いていた。
「ゆっくりと話を聞こうか、ダグラス」
剣呑さを秘めた瞳でダグラスを見つめながら、アルフィはニッコリと笑った。
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