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第四章 変わりゆく季節

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 ティアたち三人が一階の食堂に入ると、<夜想曲>のメンバーはすでに食事を終えて食後のお茶を飲んでいた。
「お待たせ、テッド。依頼達成報告は問題なかったかしら?」
「はい。問題ありませんでした。これが今回の報酬の白金貨二枚です」
 アルフィの言葉に頷くと、テッドが白金貨二枚を食卓の上に置いた。報酬の白金貨十枚のうち、ティアとアルフィの人数分である二枚というのは当初からの約束だった。

「ありがとう。ところで、アンジェリーナについて相談があるの」
「移籍の件ですか? イザベラからそれとなく聞きました」
 テッドが横に座っているイザベラの顔を見ながら告げた。アルフィがイザベラに視線を送ると、彼女は顔を青くして俯いた。アンジェリーナにした仕打ちを責められると思っているようだった。

「知っているのなら話は早いわ。あたしたちはアンジェリーナを<漆黒の翼>に移籍させたい。アンジェリーナ本人もそれに同意しているわ」
 イザベラには何も言わずに、アルフィはテッドに視線を戻して告げた。
「アンジェリーナは貴重な術士です。俺たちにも彼女が必要であることは分かって頂けると思います」
 やはり、テッドはアンジェの移籍に反対のようだった。

「テッドさん、ごめんなさい。あたし、<漆黒の翼>に移りたいんです。ご迷惑をおかけしてすみませんが、認めてもらえませんか?」
 金色の瞳に真剣な光を浮かべながら、アンジェがテッドの顔を見つめて言った。
「アンジェリーナ、確かに君は<夜想曲>に入って二ヶ月しか経っていない。でも、今ではうちの大事な戦力の一人だ。<夜想曲>のリーダーとして、簡単に移籍を承認する訳にはいかない」
 アンジェの視線を真っ向から受け止めると、テッドがそう言い切った。

「テッド、<夜想曲>にS級依頼を受ける実力があると思う?」
「はっ? S級依頼?」
 アンジェが術士クラスSに昇格したことを知らないテッドは、キョトンとした表情を浮かべて訊ねた。
「ここのギルマスであるレティシアさんが、アンジェリーナを術士クラスSに昇格させたわ。彼女が<夜想曲>に残るということは、<夜想曲>がランクSパーティになるということよ。当然、ギルドは年に一度、<夜想曲>にS級依頼を課してくるわ。今の<夜想曲>にそれだけの力があると思う?」

「それは……」
 アルフィの言う意味を理解して、テッドが言葉を濁した。
「確かにS級依頼の報酬はずば抜けて高額よ。しかし、その依頼を断った時の違約金は、報酬の倍額になることは知っているわね。おそらく、少なくても白金貨二百枚から四百枚くらいの違約金が発生するわ。それを毎年払い続けることが出来る?」
「無理です……。しかし……」
 テッドの言葉を遮るようにアルフィが続けた。

「最近、あたしたちが受けたS級依頼は、木龍の討伐だったわ。四体の木龍に囲まれて、あたしたちでさえ危なかったのよ。あなたたちだけで、木龍を倒せる自信はあるの?」
「木龍って、あの四大龍ですか?」
 テッドの隣りに座っていたバードが驚いた表情で訊ねた。
「そう。中にはランクSパーティの合同依頼で、天龍の討伐なんてものもあるわ。バード、あなたの盾で天龍の攻撃を防げるの? ケイティ、あなたの障壁はどう? 天龍のブレスを防げるかしら?」
 アルフィがバードとケイティの顔を見ながら訊ねた。

「とてもじゃないけど無理です」
「あたしの障壁では、スケルトン・ジャックの斬撃も防げませんでした。天龍のブレスなんて、絶対に無理です」
 蒼白になって、二人はアルフィの言葉を否定した。
「どうしてもアンジェリーナを<夜想曲>に残すというのであれば、全滅覚悟でS級依頼に挑戦するか、高額な違約金を払うかのどちらかしか選択肢はなくなるわ」

「アルフィさん、アンジェリーナは術士クラスBでした。それが一気にクラスSになったなんて、本当ですか?」
 アルフィの説明を理解したが素直に受け入れられないテッドは、確認するように訊ねた。
「本当よ。そろそろ昇格辞令が貼り出される頃だと思うわ。実力のある冒険者が飛び級で昇格することは珍しいことじゃないのよ。ここにいるティアなんて、剣士クラスFから一気にクラスSになったわ」
「クラスFからSに……?」
 テッドが驚愕に眼を見開きながら、ティアの顔を見つめた。

「テッド、厳しい言い方だけど、あなたは<夜想曲>のリーダーとしてどうするかを決める責任があるわ。どうしてもアンジェリーナを手放したくないのであれば、毎年白金貨数百枚を払えるだけのパーティ資金を貯蓄する必要がある。そのためには、月に何度もA級依頼を受け続けなければならない。先日、A級魔獣のスケルトン・ジャックにイザベラが殺されかかった話は聞いているでしょう? あのレベルの魔獣討伐依頼をずっと受け続けることが出来る?」

 テッドはアルフィの話を理解した上で、アンジェに向かって言った。
「アンジェリーナ、悪いが君には<夜想曲>を辞めてもらう」
「テッドさん……」
「アルフィさん、話はよく分かりました。俺にはメンバーを守る責任があります。今の俺たちの力で、S級依頼はおろか、A級依頼を受け続けることなど不可能です。アンジェリーナのことをよろしくお願いします」
 席を立ち上がると、テッドはアルフィに向かって深く頭を下げた。

「テッド、ありがとう。アンジェリーナはあたしたちが必ず護るわ。約束する」
 その男らしい決断に、アルフィも笑顔を見せながら告げた。実力的には一流とは言えないが、テッドは申し分のないリーダーの資質を持っていると認めたのだ。
「テッドさん、私も約束するわ。『紫音』の名にかけて、アンジェを必ず護るわ」
 ティアもテッドの態度に好印象を抱いて言った。

「テッドさん、今までありがとうございました。<夜想曲>のことは、絶対に忘れません」
 金色の瞳に涙を浮かべながら、アンジェがテッドに礼を言った。
「生涯の別れじゃないんだ。また合同依頼を受けることもあるかも知れない。それまでに、俺たちも強くなるようにがんばるさ。アンジェリーナもがんばれ」
 テッドは立ち上がったまま、アンジェに右手を差し出した。

「はい。ありがとうございます。お互いにがんばりましょう」
 アンジェも席を立つと、両手でテッドの手を握りしめた。金色の瞳から溢れた涙が、頬を伝って流れ落ちた。アンジェは<夜想曲>のメンバーで良かったと心から思った。
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