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第四章 変わりゆく季節
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アンジェリーナの昇格を認めてもらった後、アルフィはレティシアに魔道通信機の使用許可を得た。魔道通信機はギルドマスター室の隣りにある通信室に置かれていた。
「これが魔道通信機? 大っきいのね」
通信室には半径五メッツェほどの魔方陣が描かれており、その中央に円柱状の魔道具が置かれていた。魔道具の高さは二メッツェほどあり、直系も五十セグメッツェはあった。その魔道具の表面に彫られている複雑な幾何学模様を見て、ティアはアルフィに訊ねた。
「これってもしかしたら古代文字じゃないの?」
ティアはその模様が、皇室教育で習った文字に似ていることに気づいたのだ。
「そうです。この魔道通信機の操作方法が書かれています」
ティアの問いに答えたのは、アンジェだった。
「アンジェ、読めるの?」
「はい。エルフの古代文字ですから。でも、アルフィさんの話と違うみたいです」
古代文字を読みながら、アンジェは首を捻った。
「どうしたの、アンジェリーナ? 何が書いてあるの?」
「アルフィさん、魔道通信機は皇都本部としか通話できないって言ってましたよね?」
「ええ。そう聞いているわ」
「でも、ここには魔道通信機同士であれば、どことでも通話可能って書かれています。もしかしたら、他の支部とも通話出来るんじゃないでしょうか?」
説明文が書かれている部分を指差しながら、アンジェが言った。それが本当であれば、画期的な発見だった。
「イーサンとの話が終わったら、レティシアさんに言って試してみようか。先に、イーサンを呼び出すわよ」
「はい」
アルフィは魔道通信機に魔力を注ぎ始めた。魔道通信機自体が淡い光を放ち始め、ウィーンという稼働音が響きだした。
『はい、こちら皇都本部です』
魔道通信機の上部から、女性の声が聞こえた。問題なく皇都本部に繋がったようだった。
「こちら、ユーストベルク支部です。あたしはランクSパーティ<漆黒の翼>のリーダーで、アルフィ=カサンドラです。グランド・ギルドマスターのイーサンさんをお願いします」
『少しお待ちください』
そう告げると、女性が席を離れる気配がした。
しばらくすると、聞き覚えのある低い声が魔道通信機から流れてきた。
『イーサンだ。アルフィ、ちょっと離れただけで俺が恋しくなったのか?』
「イーサン、凍らせますよ」
笑いながら告げたイーサンの言葉を、アルフィはバッサリと絶ち切った。
『冗談だ……。それより、魔道通信機を使うなんて、一体どうした?』
「ユーストベルクのギルマス、レティシアさんにお願いして、皇都本部所属のアンジェリーナという術士クラスBの女性をクラスSに昇格させました。本日中には各ギルドに通知がされると思いますが、一応はイーサンに報告しておこうと思って……」
アルフィが用件を伝えると、イーサンが乗り気で言ってきた。
『お前とレティシアが認めたのなら、間違いないだろう。承知した。ところで、二つ名はつけたのか? まだなら、いくつかいい候補があるんだ。千本針とか大黒天とか綺羅星なんてどうだ?』
イーサンが告げる二つ名を聞いて、アンジェは思わずティアを見つめながら小声で言った。その言葉には心がこもっていた。
「ティア、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「二つ名って、絶対にイーサンさんにつけさせたらダメよ」
「はい。よく分かりました」
「イーサン、アンジェリーナの二つ名は『銀の妖精』に決まりました。今の候補は、次に人に取っておいてください」
横で交わされたティアとアンジェの言葉に頷くと、アルフィがイーサンに言った。
『そうか。まあ仕方ないな。次はもっといい奴を考えておくとしよう』
イーサンの言葉を聞いて、ティアたちは次の昇格者に同情をした。
「報告は以上です。では、また皇都に戻ったら会いに行きますね。お疲れさまでした」
『そうか、ではまた今度……』
イーサンの返事を待たずに、アルフィは通信を切った。そして、疲れたように大きくため息をついた。
「いいんですか? 一方的に通信を切ってしまって? 一応、相手はグランド・ギルドマスターなんですよね?」
アンジェが慌てたようにアルフィに訊ねた。
「いいわよ。まったく、イーサンのセンスはどうなってるの? 千本針? 大黒天って何?」
苦笑いを浮かべながらアルフィが言うと、アンジェは大きく頷いて同意した。
「あたし、大黒天なんて二つ名つけられたら、冒険者辞めます」
「こうなると思って、護衛依頼の間ずっとアンジェの二つ名を考えておいたのよ」
「ありがとう、ティア。嬉しいです」
ティアの言葉を聞いて、アンジェは笑顔を浮かべると抱きついた。そして、溢れる愛情を伝えるように唇を重ねた。
「こら、こんなところで始めないでよね。先にレティシアさんを呼んで、ウェストヴォルドに連絡できるか試しましょう」
アルフィが呆れたように二人を見つめると、苦笑いを浮かべながら言った。
「はい。では、あたしが呼んできます。待っててください」
そう告げると、アンジェは軽い足どりで通信室から出て行った。
「アルフィ、アンジェが古代文字を読めた理由を、レティシアさんにどう説明するつもりなの? まさか、エルフだなんて言えないわよ」
アンジェの姿が見えなくなると、ティアが真面目な表情でアルフィに訊ねた。
「そうね。あたしが読んだことにしようかと思ったんだけど、細かいことを聞かれたら答えられないし……。アンジェリーナの親が学者ってことにしたらどうかしら? それで小さい頃から古代文字に触れていたっていうのはどう?」
「そうね。それがいいかも……。アンジェには私が話すわ」
アルフィの意見に頷くと、ティアはレティシアの前でアンジェにどう伝えるかを考え出した。
「アルフィ、アンジェリーナから聞いたわ。この魔道通信機が、皇都本部以外にも通話できるらしいって……」
ノックもせずに扉を開けて飛び込んでくると同時に、レティシアが言った。他支部と直接通話が出来るというのは、それほど画期的な発見だということだった。
「そうみたいです。アンジェリーナは古代文字が読めるそうで……」
「それも聞いたわ。アンジェリーナはこの年で、皇立大学の講師資格を持っているそうね。驚いたわ」
「え……?」
レティシアの言葉に、アルフィとティアは思わずアンジェの顔を見つめた。
「はい。古代史の資格だけですが、一応持っているんです」
考えてみれば、アンジェは百六十五歳だった。過去に皇立大学の講師資格を取っていたとしても不思議ではなかった。改めてティアは、アンジェがエルフであることを実感した。
「早速、他の支部に連絡してみましょう」
興奮冷めやらぬ状態で、レティシアが魔道通信機に魔力を流そうとした。
「待ってください、レティシアさん。どうせなら、ウェストヴォルド支部に連絡をお願いします。<漆黒の翼>のメンバー、ダグラスに連絡を取りたいんです」
今にも魔道通信機を動かそうとするレティシアに、アルフィが慌てて告げた。
「ウェストヴォルドね。分かったわ。アンジェリーナ、やり方を教えて」
「はい。単に魔力を流すだけだと、自動的に皇都本部に繋がる設定になっています。まず、連絡したい支部を思い浮かべてください。そして、その支部の名前を心話で伝えるつもりで魔力を流してみてください」
アンジェがレティシアに他支部への連絡方法を伝えた。
「分かったわ。やってみる」
レティシアは眼を閉じると、呪文を唱えるように一心にウェストヴォルドの名前を思い浮かべながら魔道通信機に魔力を流し始めた。
『はい。こちら、ウェストヴォルド支部です』
魔道通信機の上部から、女性の声が響き渡った。
「やったわ! ウェストヴォルドに繋がった!」
レティシアが思わず声を上げた。ティアとアンジェもお互いに手を取り合って喜んだ。
『はい? こちらウェストヴォルド支部ですが、皇都本部じゃないんでしょうか?』
「こちら、ユーストベルク支部ギルドマスターのレティシアです。ギルドマスターのカストールさんに繋いでください」
『は、はい? ユーストベルク支部からの直接連絡ですか? 皇都本部ではなく? こんなこと、初めてです……』
先方の戸惑いを浮かべて言った言葉を、ティアたちは微笑みながら聞いていた。
「そうです。その件も含めてお話ししますので、カストールさんに繋いでください」
『はい、ただいま……。お待ちください』
受付嬢らしき女性が席を離れる気配がした。
『ウェストヴォルド支部ギルドマスターのカストールです。そちらはユーストベルク支部で間違いありませんか?』
男性にしては高めの声が魔道通信機の上部から聞こえてきた。
「はい。ユーストベルクのレティシアです。ご無沙汰しています」
『レティシアさん、こちらこそ。それよりも魔道通信機で支部同士の会話が可能だなんて、初めて知りました』
カストールの声も興奮してうわずっていた。
「ええ。あたしも今日初めて知ったんです。たまたまうちに来た術士が魔道通信機に書かれている古代文字を読んで、支部同士の通話が可能であることを教えてくれました。それで試験的にウェストヴォルド支部に連絡を取ってみたんです」
『そうだったんですか。驚きました。しかし、これは画期的な発見ですよ。いちいち皇都本部を経由しなくても支部同士が直接話せれば、かなり便利になります』
「そうですね。ウェストヴォルドを選んだ理由は、そちらに<漆黒の翼>のダグラスが行っているからです。<漆黒の翼>のリーダーであるアルフィから緊急で連絡を取りたいとの依頼があります。ダグラスはそっちにいますか?」
レティシアがアルフィの顔を見ながら、カストールに用件を伝えた。
『<漆黒の翼>のダグラスって、『堅盾』のことですね。まだうちに現れたという話は聞いていませんが……』
「そうですか。今、アルフィと替わります」
そう告げると、レティシアはアルフィを手招いた。
「<漆黒の翼>のアルフィ=カサンドラです。初めまして」
『ユーストベルク支部ギルドマスターのカストールです。『氷麗姫』と話せるのは光栄ですが、出来れば直接お目にかかってその美貌も拝見したかったです』
カストールが嬉しそうな声で告げた。
「ありがとうございます。ところで、ダグラスが現れたらすぐにユーストベルク支部に来るように伝えてもらえますか? 緊急依頼を受けることになったんですが、ダグラス抜きだと難しい依頼なので……」
『分かりました。必ず伝えます』
カストールが喜びに溢れた口調で告げた。どうやら、彼は『氷麗姫』に好意を抱いているようだとティアは思った。
「よろしくお願いします。では、レティシアさんに替わります」
『はい。こちらに来た時には、ぜひ私を訪ねてください』
カストールの声からは、まだアルフィと話していたい雰囲気がありありと伝わってきた。それを笑いながら聞くと、レティシアがアルフィと場所を替わった。
「カストールさん、レティシアです。アルフィはあたしの妹分ですから、よろしくお願いしますね」
『そうなんですか? はい、分かりました』
驚いたような声で、カストールが答えた。
「では、またマスター会議でお目にかかりましょう。ありがとうございました」
『はい。では、失礼します』
カストールの言葉を聞くと、レティシアは通信を切った。そして、アンジェを振り返って礼を言った。
「アンジェリーナ、本当にありがとう。あなたがいなければ、魔道通信機の新しい使用方法に気づきもしなかったわ。クラスS昇格とは別に、何かお礼をさせてくれない?」
「いえ、そんな……」
戸惑うアンジェの横から、アルフィが口を出した。
「レティシアさん、それならどこか三人で泊まれるいい宿を提供してください」
「宿ね。分かったわ。このユーストベルクにいる間は、宿泊費をギルドが持つわ。一番いい宿は『女神の揺り籠』っていう高級宿なんだけど、アルフィにはちょっと……」
レティシアがアルフィの顔を見ながら口ごもった。
「あたしに高級宿は似合わないとでも言いたいんですか?」
笑いながらアルフィが文句を言うと、レティシアは真面目な表情で首を振った。
「そんなんじゃないわ。その宿は<神々の黄昏>が常宿にしているのよ。たぶん、今も泊まっているはずだから、別の宿の方がいいかと思ってね」
「<神々の黄昏>……。ということは、あいつもいるんですね。別の宿でお願いします」
アルフィが顔を顰めると、レティシアに言った。
「『銀猫亭』というところはどうかしら? 中級宿だけど造りも綺麗だし、何よりも料理が絶品なのよ」
「それでお願いします。後で場所を教えてくれますか?」
料理が絶品と聞いて、アルフィは興味を持った。今回の護衛依頼ではそれなりの食事が提供されたが、やはり一流の宿屋や酒場の料理には到底敵わなかった。
「では、あたしの方で予約しておくわね。場所は受付嬢に伝えておくから、確認してちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
アルフィたちはレティシアに頭を下げると通信室を後にして、テッドたちが待つ一階の食堂に向かった。
「これが魔道通信機? 大っきいのね」
通信室には半径五メッツェほどの魔方陣が描かれており、その中央に円柱状の魔道具が置かれていた。魔道具の高さは二メッツェほどあり、直系も五十セグメッツェはあった。その魔道具の表面に彫られている複雑な幾何学模様を見て、ティアはアルフィに訊ねた。
「これってもしかしたら古代文字じゃないの?」
ティアはその模様が、皇室教育で習った文字に似ていることに気づいたのだ。
「そうです。この魔道通信機の操作方法が書かれています」
ティアの問いに答えたのは、アンジェだった。
「アンジェ、読めるの?」
「はい。エルフの古代文字ですから。でも、アルフィさんの話と違うみたいです」
古代文字を読みながら、アンジェは首を捻った。
「どうしたの、アンジェリーナ? 何が書いてあるの?」
「アルフィさん、魔道通信機は皇都本部としか通話できないって言ってましたよね?」
「ええ。そう聞いているわ」
「でも、ここには魔道通信機同士であれば、どことでも通話可能って書かれています。もしかしたら、他の支部とも通話出来るんじゃないでしょうか?」
説明文が書かれている部分を指差しながら、アンジェが言った。それが本当であれば、画期的な発見だった。
「イーサンとの話が終わったら、レティシアさんに言って試してみようか。先に、イーサンを呼び出すわよ」
「はい」
アルフィは魔道通信機に魔力を注ぎ始めた。魔道通信機自体が淡い光を放ち始め、ウィーンという稼働音が響きだした。
『はい、こちら皇都本部です』
魔道通信機の上部から、女性の声が聞こえた。問題なく皇都本部に繋がったようだった。
「こちら、ユーストベルク支部です。あたしはランクSパーティ<漆黒の翼>のリーダーで、アルフィ=カサンドラです。グランド・ギルドマスターのイーサンさんをお願いします」
『少しお待ちください』
そう告げると、女性が席を離れる気配がした。
しばらくすると、聞き覚えのある低い声が魔道通信機から流れてきた。
『イーサンだ。アルフィ、ちょっと離れただけで俺が恋しくなったのか?』
「イーサン、凍らせますよ」
笑いながら告げたイーサンの言葉を、アルフィはバッサリと絶ち切った。
『冗談だ……。それより、魔道通信機を使うなんて、一体どうした?』
「ユーストベルクのギルマス、レティシアさんにお願いして、皇都本部所属のアンジェリーナという術士クラスBの女性をクラスSに昇格させました。本日中には各ギルドに通知がされると思いますが、一応はイーサンに報告しておこうと思って……」
アルフィが用件を伝えると、イーサンが乗り気で言ってきた。
『お前とレティシアが認めたのなら、間違いないだろう。承知した。ところで、二つ名はつけたのか? まだなら、いくつかいい候補があるんだ。千本針とか大黒天とか綺羅星なんてどうだ?』
イーサンが告げる二つ名を聞いて、アンジェは思わずティアを見つめながら小声で言った。その言葉には心がこもっていた。
「ティア、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「二つ名って、絶対にイーサンさんにつけさせたらダメよ」
「はい。よく分かりました」
「イーサン、アンジェリーナの二つ名は『銀の妖精』に決まりました。今の候補は、次に人に取っておいてください」
横で交わされたティアとアンジェの言葉に頷くと、アルフィがイーサンに言った。
『そうか。まあ仕方ないな。次はもっといい奴を考えておくとしよう』
イーサンの言葉を聞いて、ティアたちは次の昇格者に同情をした。
「報告は以上です。では、また皇都に戻ったら会いに行きますね。お疲れさまでした」
『そうか、ではまた今度……』
イーサンの返事を待たずに、アルフィは通信を切った。そして、疲れたように大きくため息をついた。
「いいんですか? 一方的に通信を切ってしまって? 一応、相手はグランド・ギルドマスターなんですよね?」
アンジェが慌てたようにアルフィに訊ねた。
「いいわよ。まったく、イーサンのセンスはどうなってるの? 千本針? 大黒天って何?」
苦笑いを浮かべながらアルフィが言うと、アンジェは大きく頷いて同意した。
「あたし、大黒天なんて二つ名つけられたら、冒険者辞めます」
「こうなると思って、護衛依頼の間ずっとアンジェの二つ名を考えておいたのよ」
「ありがとう、ティア。嬉しいです」
ティアの言葉を聞いて、アンジェは笑顔を浮かべると抱きついた。そして、溢れる愛情を伝えるように唇を重ねた。
「こら、こんなところで始めないでよね。先にレティシアさんを呼んで、ウェストヴォルドに連絡できるか試しましょう」
アルフィが呆れたように二人を見つめると、苦笑いを浮かべながら言った。
「はい。では、あたしが呼んできます。待っててください」
そう告げると、アンジェは軽い足どりで通信室から出て行った。
「アルフィ、アンジェが古代文字を読めた理由を、レティシアさんにどう説明するつもりなの? まさか、エルフだなんて言えないわよ」
アンジェの姿が見えなくなると、ティアが真面目な表情でアルフィに訊ねた。
「そうね。あたしが読んだことにしようかと思ったんだけど、細かいことを聞かれたら答えられないし……。アンジェリーナの親が学者ってことにしたらどうかしら? それで小さい頃から古代文字に触れていたっていうのはどう?」
「そうね。それがいいかも……。アンジェには私が話すわ」
アルフィの意見に頷くと、ティアはレティシアの前でアンジェにどう伝えるかを考え出した。
「アルフィ、アンジェリーナから聞いたわ。この魔道通信機が、皇都本部以外にも通話できるらしいって……」
ノックもせずに扉を開けて飛び込んでくると同時に、レティシアが言った。他支部と直接通話が出来るというのは、それほど画期的な発見だということだった。
「そうみたいです。アンジェリーナは古代文字が読めるそうで……」
「それも聞いたわ。アンジェリーナはこの年で、皇立大学の講師資格を持っているそうね。驚いたわ」
「え……?」
レティシアの言葉に、アルフィとティアは思わずアンジェの顔を見つめた。
「はい。古代史の資格だけですが、一応持っているんです」
考えてみれば、アンジェは百六十五歳だった。過去に皇立大学の講師資格を取っていたとしても不思議ではなかった。改めてティアは、アンジェがエルフであることを実感した。
「早速、他の支部に連絡してみましょう」
興奮冷めやらぬ状態で、レティシアが魔道通信機に魔力を流そうとした。
「待ってください、レティシアさん。どうせなら、ウェストヴォルド支部に連絡をお願いします。<漆黒の翼>のメンバー、ダグラスに連絡を取りたいんです」
今にも魔道通信機を動かそうとするレティシアに、アルフィが慌てて告げた。
「ウェストヴォルドね。分かったわ。アンジェリーナ、やり方を教えて」
「はい。単に魔力を流すだけだと、自動的に皇都本部に繋がる設定になっています。まず、連絡したい支部を思い浮かべてください。そして、その支部の名前を心話で伝えるつもりで魔力を流してみてください」
アンジェがレティシアに他支部への連絡方法を伝えた。
「分かったわ。やってみる」
レティシアは眼を閉じると、呪文を唱えるように一心にウェストヴォルドの名前を思い浮かべながら魔道通信機に魔力を流し始めた。
『はい。こちら、ウェストヴォルド支部です』
魔道通信機の上部から、女性の声が響き渡った。
「やったわ! ウェストヴォルドに繋がった!」
レティシアが思わず声を上げた。ティアとアンジェもお互いに手を取り合って喜んだ。
『はい? こちらウェストヴォルド支部ですが、皇都本部じゃないんでしょうか?』
「こちら、ユーストベルク支部ギルドマスターのレティシアです。ギルドマスターのカストールさんに繋いでください」
『は、はい? ユーストベルク支部からの直接連絡ですか? 皇都本部ではなく? こんなこと、初めてです……』
先方の戸惑いを浮かべて言った言葉を、ティアたちは微笑みながら聞いていた。
「そうです。その件も含めてお話ししますので、カストールさんに繋いでください」
『はい、ただいま……。お待ちください』
受付嬢らしき女性が席を離れる気配がした。
『ウェストヴォルド支部ギルドマスターのカストールです。そちらはユーストベルク支部で間違いありませんか?』
男性にしては高めの声が魔道通信機の上部から聞こえてきた。
「はい。ユーストベルクのレティシアです。ご無沙汰しています」
『レティシアさん、こちらこそ。それよりも魔道通信機で支部同士の会話が可能だなんて、初めて知りました』
カストールの声も興奮してうわずっていた。
「ええ。あたしも今日初めて知ったんです。たまたまうちに来た術士が魔道通信機に書かれている古代文字を読んで、支部同士の通話が可能であることを教えてくれました。それで試験的にウェストヴォルド支部に連絡を取ってみたんです」
『そうだったんですか。驚きました。しかし、これは画期的な発見ですよ。いちいち皇都本部を経由しなくても支部同士が直接話せれば、かなり便利になります』
「そうですね。ウェストヴォルドを選んだ理由は、そちらに<漆黒の翼>のダグラスが行っているからです。<漆黒の翼>のリーダーであるアルフィから緊急で連絡を取りたいとの依頼があります。ダグラスはそっちにいますか?」
レティシアがアルフィの顔を見ながら、カストールに用件を伝えた。
『<漆黒の翼>のダグラスって、『堅盾』のことですね。まだうちに現れたという話は聞いていませんが……』
「そうですか。今、アルフィと替わります」
そう告げると、レティシアはアルフィを手招いた。
「<漆黒の翼>のアルフィ=カサンドラです。初めまして」
『ユーストベルク支部ギルドマスターのカストールです。『氷麗姫』と話せるのは光栄ですが、出来れば直接お目にかかってその美貌も拝見したかったです』
カストールが嬉しそうな声で告げた。
「ありがとうございます。ところで、ダグラスが現れたらすぐにユーストベルク支部に来るように伝えてもらえますか? 緊急依頼を受けることになったんですが、ダグラス抜きだと難しい依頼なので……」
『分かりました。必ず伝えます』
カストールが喜びに溢れた口調で告げた。どうやら、彼は『氷麗姫』に好意を抱いているようだとティアは思った。
「よろしくお願いします。では、レティシアさんに替わります」
『はい。こちらに来た時には、ぜひ私を訪ねてください』
カストールの声からは、まだアルフィと話していたい雰囲気がありありと伝わってきた。それを笑いながら聞くと、レティシアがアルフィと場所を替わった。
「カストールさん、レティシアです。アルフィはあたしの妹分ですから、よろしくお願いしますね」
『そうなんですか? はい、分かりました』
驚いたような声で、カストールが答えた。
「では、またマスター会議でお目にかかりましょう。ありがとうございました」
『はい。では、失礼します』
カストールの言葉を聞くと、レティシアは通信を切った。そして、アンジェを振り返って礼を言った。
「アンジェリーナ、本当にありがとう。あなたがいなければ、魔道通信機の新しい使用方法に気づきもしなかったわ。クラスS昇格とは別に、何かお礼をさせてくれない?」
「いえ、そんな……」
戸惑うアンジェの横から、アルフィが口を出した。
「レティシアさん、それならどこか三人で泊まれるいい宿を提供してください」
「宿ね。分かったわ。このユーストベルクにいる間は、宿泊費をギルドが持つわ。一番いい宿は『女神の揺り籠』っていう高級宿なんだけど、アルフィにはちょっと……」
レティシアがアルフィの顔を見ながら口ごもった。
「あたしに高級宿は似合わないとでも言いたいんですか?」
笑いながらアルフィが文句を言うと、レティシアは真面目な表情で首を振った。
「そんなんじゃないわ。その宿は<神々の黄昏>が常宿にしているのよ。たぶん、今も泊まっているはずだから、別の宿の方がいいかと思ってね」
「<神々の黄昏>……。ということは、あいつもいるんですね。別の宿でお願いします」
アルフィが顔を顰めると、レティシアに言った。
「『銀猫亭』というところはどうかしら? 中級宿だけど造りも綺麗だし、何よりも料理が絶品なのよ」
「それでお願いします。後で場所を教えてくれますか?」
料理が絶品と聞いて、アルフィは興味を持った。今回の護衛依頼ではそれなりの食事が提供されたが、やはり一流の宿屋や酒場の料理には到底敵わなかった。
「では、あたしの方で予約しておくわね。場所は受付嬢に伝えておくから、確認してちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
アルフィたちはレティシアに頭を下げると通信室を後にして、テッドたちが待つ一階の食堂に向かった。
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