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第四章 変わりゆく季節

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 皇都を出発してからちょうど十四日後に、ティアたちは目的地であるユーストベルクに到着した。途中で数回魔獣の襲撃を受けたが、いずれもティアとアルフィだけで対応して事なきを得た。
 ユーストベルクの東門を入った広場で、キーランから依頼達成のサインをもらうと、ティアたちは<夜想曲>のメンバーと一緒に冒険者ギルドへ向かった。

 冒険者ギルド・ユーストベルク支部は、皇都にある本部より二回りほど小さかった。建物も二階建てで、中に入ると一階正面に受付が三つとアイテム買取所が一つあった。右手は食堂となっおり、その脇に二階へ続く階段があった。たぶん、二階にギルドマスター室や応接室、ポーションなどの販売所があるのだろう。
 受付は依頼受注と達成報告の両方を兼ねているようで、三箇所とも数人の列が出来ていた。

「俺たちが並んでいますから、食堂でお茶でも飲んでいてください」
 テッドはそう言うと、一番空いている右手の受付に並び始めた。
「悪いわね。それじゃあ、あたしたちはギルマスに会ってくるわ。これ、あたしたちの達成依頼書も一緒に処理しておいてくれるかしら?」
「はい。お預かりします。では、待ち合わせはそこの食堂でいいですか?」
 アルフィからサイン入りの達成報告書を受け取ると、テッドは横の食堂に視線を移しながら言った。

「いいわ。ちょっと時間がかかるかも知れないから、先に食事でもしておいて。それと、アンジェリーナはあたしたちと一緒に来てちょうだい」
「はい、分かりました。テッドさん、ちょっと行ってきます」
「分かった。また後でな」
 笑顔で告げるテッドと別れると、アルフィはカウンターの横から奥で忙しそうに動いているギルド職員に声をかけた。

「悪いけど、急ぎの用事なの。ギルマスを呼び出してもらえるかしら?」
「きちんと順番を守れ。それにギルマスがいちいち若い冒険者に会うわけないだろ?」
 二十歳くらいの男性職員がアルフィの顔を一瞥すると、ぶっきら棒に告げた。
「これ、あたしのギルド証よ。早くギルマスを呼び出しなさい」
「だから、順番を守れって言って……」
 ギルド職員はアルフィのプラチナ製のギルド証を見た途端、言葉を失った。そして、アルフィの顔とギルド証を交互に見比べると、慌てて奥へ駆けだしていった。

 冒険者ギルドのギルド証は縦五セグメッツェ、横三セグメッツェの長方形のプレートで、厚さは羊皮紙五枚分くらいだ。そして、それは冒険者クラスによってギルド証の色や材質が異なっていた。その内容は次の通りであった。

 冒険者クラスSS ブルーダイヤモンド製(透明青色)
 冒険者クラスS  プラチナ製(白金色)
 冒険者クラスA  ミスリル製(青白金色)
 冒険者クラスB  金製(金色)
 冒険者クラスC  銀製(銀色)
 冒険者クラスD  アダマンタイト製(薄緑灰色)
 冒険者クラスE  鉄製(濃灰色)
 冒険者クラスF  青銅製(青銅色)

「まったく、何なのよ。つまらない用事だったら、あんた減俸するからね」
 先ほどのギルド職員が、一人の美しい女性を連れて奥の部屋から出て来た。
 三十代半ばくらいの赤茶色の髪を肩で切り揃えた女性だった。身長はアルフィと同じくらいで、細身だが女性らしい魅惑的な肢体を黒い事務服に包んでいた。髪の毛と同じ赤茶色の瞳がアルフィを見て、大きく見開かれた。

「アルフィ? アルフィじゃないの。久しぶりね!」
「え……? レティシアさん? ここのギルマスだったんですか? 久しぶりです!」
 黒曜石の瞳を驚きに大きく見開きながら、アルフィが満面に笑みを浮かべて言った。

「何年ぶりかしら? 元気だった?」
「はい、おかげさまで。レティシアさんもあの頃と全然変わっていませんね。若いままです」
「こいつ、お世辞が上手くなったわね。立ち話も何だから、あたしの部屋に来なさい。マーベル、彼女たちを案内して」
 レティシアの命令を受けて、マーベルと呼ばれたギルド職員がアルフィの前にやってきた。

「先ほどは失礼しました。二階のギルドマスター室にご案内します。こちらへどうぞ」
 そう告げると、マーベルはアルフィたちを促しながら階段を上っていった。
「知り合い?」
「うん。あたしが駆け出しの頃にお世話になった人よ。まさか、ギルマスになってるなんて思ってもいなかったわ」
 嬉しそうな表情でティアの質問に答えると、アルフィはマーベルの後に続いて階段を上がった。


「待たせたわね、アルフィ。ちょっと大事な書類の決裁があって……。あ、座ったままでいいわ。お友達を紹介してくれるかしら?」
 ギルドマスター室に入ってくると、レティシアはアルフィたちが座っているソファの対面に腰を下ろしながら言った。
「はい。こちらが剣士クラスSのティアです。二つ名は『紫音』です」
「ティアです。よろしくお願いします」
 アルフィの右隣で座ったまま、ティアが淡紫色の髪を揺らしながら頭を下げた。

「あなたがあの『紫音』なの? 思っていたよりも若くて可愛いのね。あたしはここのギルマスをしているレティシアよ。現役の術士クラスAでもあるわ。よろしくね」
 レティシアが差し出した右手を握りながら、ティアは彼女に好印象を受けた。人当たりも良く、さっぱりとした性格はいかにもアルフィ好みだった。

「それから、ティアの隣が術士クラスBのアンジェリーナです。彼女は<夜想曲>というランクBパーティの一員なんですが、うちに移籍させようと考えてます」
「この娘、めちゃくちゃ美人じゃないの? アルフィ、あんた、可愛い娘ばっかりを自分のパーティに入れるつもりじゃないでしょうね?」
「まさか……。たまたまですよ」
 アルフィは笑いながらそう言ったが、ティアはレティシアの指摘はあながち間違いじゃないと思った。

「アンジェリーナです。よろしくお願いします」
「レティシアよ。よろしくね。術士クラスBと言ったわね。あなた、何で昇格試験を受けないの?」
 アンジェと握手を交わすと、一目で彼女の実力を見抜いてレティシアが訊ねた。
「今回、昇格させるつもりです。アンジェリーナはアルティメットヒールが使えますから、一気にクラスSにさせようと考えています」
 言葉に詰まったアンジェの代わりに、アルフィが微笑みながら答えた。

「アルティメットヒールが使えるなら、クラスAにすることには問題ないわ。でも、クラスSとなると一応はその力を確認する必要があるわよ」
 赤茶色の瞳でアンジェリーナを見つめると、レティシアが真剣な表情を浮かべながら告げた。
「アンジェリーナ、あなたの魔力量は驚異的ね。あたしも色々な冒険者を見てきたけど、今まであった中でも一、二を争うほどよ。あのラミアといい勝負じゃないかしら?」
「ラミア……、まだ生きてるんですか、あいつ?」
 その名を耳にした途端、アルフィの機嫌が悪くなった。

「ラミアって?」
 アルフィの様子を見て、ティアはあえて彼女には訊かずにレティシアに訊ねた。
「冒険者ランクSSパーティ<神々の黄昏>のリーダーよ。二つ名は『魔道女王』ね。本人もギルド唯一の魔道士クラスSSよ。アルフィとは犬猿の仲だけどね」
 そう告げると、レティシアは楽しそうに笑った。

「魔道士クラスSSって……。そんな凄い人がいたの?」
「あたしの姉貴だけどね」
「え……?」
 アルフィの告げた言葉に驚いて、ティアは金碧異彩ヘテロクロミアの瞳を大きく見開いた。アルフィに姉がいたことなど、初耳だったのだ。

「あいつのことはもういいわ。それより、アンジェリーナの昇格について話しましょう。あたしたちは魔道通信機を借りて、本部のイーサンにアンジェリーナを術士クラスSに認定してもらうつもりだったんです。でも、レティシアさんがここのギルマスなら話は別です。レティシアさん、アンジェリーナのクラスS昇格を認めてもらえませんか?」
 黒曜石の瞳を真っ直ぐにレティシアに向け、アルフィが真剣な口調で訊ねた。

「『氷麗姫』と呼ばれるあんたが認めるほどの術士なら、クラスSに昇格させても問題ないと思うけど、一応確認させてね。アンジェリーナ、アルティメットヒールが使えるって間違いないのね?」
「はい。一日に三回までしか使えませんが……」
 レティシアの真剣な眼差しを受けて、若干ビクつきながらアンジェが答えた。

「三回? それってポーションなしで?」
「はい。上級魔力回復ポーションを使えば、たぶん五、六回は大丈夫だと思います。実際には四回までしか使ったことはありませんが、まだ余裕がありましたから……」
「五、六回って……。あたしも術士クラスAだけど、アルティメットヒールを一回使うとほとんど魔力切れを起こすわよ。あんた、化け物?」
 アンジェの言葉に驚愕すると、レティシアは本当に化け物を見るような視線でアンジェを見つめた。

「化け物……」
 レティシアの言葉にショックを受けて、アンジェが俯きながら小さく呟いた。
「レティシアさん、化け物はちょっと酷いんじゃないですか?」
 アンジェを抱き寄せながら、ティアがレティシアに文句を言った。

「あ、ごめんね、アンジェリーナ。それくらいあなたの魔力量が特別って意味よ。アルティメットヒールは通常、術士クラスAでも使える人が数人いるけど、まともに使えるのは術士クラスSよ。それでも一日に一回使えば、ほとんどの魔力を失うほどの上級魔法よ。ポーションなしで一日に三回も使える術士なんて見たことも聞いたこともないわ」
 そう告げると、レティシアはアルフィの顔を見つめながら言った。

「アルフィ、あんたの言うとおり、アンジェリーナをあたしの権限で術士クラスSに昇格させるわ。アンジェリーナ、二つ名の希望はある?」
「いえ、特には……」
 二つ名など考えてもいなかったアンジェは、慌ててそう言った。しかし、出来れば気に入った名前をつけてもらいたいと思い、ティアの顔を見つめた。
「『銀の妖精』ってどう、アンジェ?」
 アンジェの気持ちを読んだかのように、ティアが微笑みながら告げた。

「『銀の妖精』ですか……?」
「うん。アンジェにぴったりだと思うんだけど、どうかな?」
「はい。素敵です。でも、ちょっと恥ずかしいです」
 自ら妖精と名乗ることに抵抗を感じて、アンジェは顔を赤く染めながら言った。
「いいわね。あたしもアンジェリーナに合ってると思うわ。『銀の妖精』……、あんたの二つ名はこれで決まりね」
 アルフィも笑顔を見せながら、アンジェに向かって告げた。

 その日、ユピテル皇国にある全ての冒険者ギルドで、昇格辞令が貼り出された。

 氏名  : アンジェリーナ
 二つ名 : 『銀の妖精』
 所属  : イシュタール皇都本部
 クラス : 術士クラスS

 その辞令に描かれた似顔絵は、紛れもなく神々に愛された妖精そのものだった。
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