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第三章 妖精の資質

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「この威圧は!」
 林の奥から凄まじい気配を感じて、ティアは走り出した。A級魔獣、それもS級に近い魔獣の発する威圧に間違いなかった。
(アンジェ! 無事でいて!)
 愛する金色の瞳の美少女の姿を思い浮かべながら、ティアは全力で暗い林の中を駆け抜けた。


「何て結界なの? あれだけの斬撃に傷一つ付かないなんて?」
 ケイティが驚愕に黒瞳を大きく見開いた。イザベラを大弓ごと斬り裂いたスケルトン・ジャックの凄まじい斬撃を、アンジェの光の結界は完璧に防御していた。その硬度に納得がいかないのか、スケルトン・ジャックが何度も力任せに結界を切りつけた。だが、キンッキンッと甲高い金属音を響かせるだけで、結界には傷一つ入らなかった。

「凄いわ、アンジェリーナ! こんな結界を張れるなんて! 早くスケルトン・ジャックをやっつけちゃって!」
 スケルトン・ジャックの斬撃から完全に護られていることを知ると、コレットがアンジェの背中から声をかけた。

「無理です。あたしは結界を張るだけで、攻撃手段を持っていません。助けが来るのを待つしかありません。でも、急がないとイザベラさんが……」
 スケルトン・ジャックの右後方で血まみれで倒れているイザベラを見つめて、焦ったようにアンジェが告げた。

「イザベラ、まだ生きているの?」
「体が痙攣をしているので、生きてます。しかし、すぐに回復魔法をかけないと危ない状態です」
 コレットの問いにアンジェは額に皺を寄せながら答えた。

「でも、あれだけの重傷だと上級回復ポーションじゃないと助からないよ。そう言えば、アルフィさんが持ってたっけ?」
「いえ、アルフィさんは昨日、上級回復ポーションを全て使い切ってると思います。それに、アルフィさんを呼びに行ってる時間もありません。スケルトン・ジャックさえ何とかできれば、あたしが治します」

「治すって、あんたは術士クラスBでしょ? あの怪我はハイヒールじゃ無理よ」
「アルティメットヒールを使います」
 アンジェの言葉に、ケイティが驚いて言った。
「あんた、アルティメットヒールを使えるの? あれは術士クラスAでも使える人が限られているって聞いたけど……」
「使えます。しかし、スケルトン・ジャックをどうにかしないと……」

 アンジェがそう告げた瞬間、大剣を大きく振りかざしたスケルトン・ジャックの右腕が両断された。

 ギャアアァア!

 激痛を感じたのか、スケルトン・ジャックが左手で右腕を押さえながら凄まじい咆哮を上げた。
 次の瞬間、スケルトン・ジャックの全身が白い炎に包まれて爆散した。

「アンジェっ!」
「ティアっ!」
 右後方で淡紫色の長い髪を靡かせながら両手に剣を持つティアの姿を確認すると、アンジェが歓喜の声を上げた。

「ティア! 助かりました。来てくれてありがとう!」
「アンジェ、無事で良かった……。でも、何で裸なの?」
 ケイティとコレットはきちんと衣服を着ているのに、唯一人全裸で立っているアンジェの姿を見てティアが訊ねた。
「ティア、説明は後でします。早くイザベラさんを助けないと……」
 そう告げると、アンジェは結界を解除して血まみれで倒れているイザベラの元へ走った。

 イザベラの横で膝をつくと、アンジェは眼を閉じて両手をかざした。アンジェの両手が光に包まれて輝きだした。その光がイザベラの全身を包み込んで直視できないほどの閃光を放った。
 閃光が薄れて消滅すると、斬り裂かれた左腕が元通りになり、腹部の傷も跡形もなく消えていた。
 上級回復魔法アルティメットヒールの効力だった。

「イザベラさん、しっかりしてください」
 アンジェがイザベラの体を揺さぶった。
「ん……、アンジェリーナ? あたしは……左腕が治ってる?」
「はい。アルティメットヒールを使いました。痛みはありませんか?」
 右手で左腕をさすりながら驚くイザベラに、アンジェは笑顔で尋ねた。

「ああ。何ともない。アルティメットヒールって、あんたが……?」
「はい。上級回復ポーションを持っていませんので……」
 アンジェの言葉に納得していない表情を浮かべながらも、イザベラは命を救ってもらったことだけは理解した。
「ありがとう、アンジェリーナ。それと、悪かったわ……」
「いえ……。そのことはまた後で話しましょう」
 そう告げると、アンジェはイザベラに手を貸して立ち上がらせた。

「アンジェ、取りあえずこれを羽織っていて」
 ティアは天龍の上着を脱ぐと、全裸のアンジェに羽織らせた。
「ありがとう、ティア。本当に助かりました。もう少し遅かったら、イザベラさんも助けられなかったかも知れません」
 両手で上着の前を合わせながら、アンジェがティアに向かって微笑んだ。

 だが、イザベラがアンジェに謝罪したことから、ティアは何があったのかを察した。
「イザベラさん、どういうことか説明してください。場合によっては、私はあなたを許しません」
 金碧異彩ヘテロクロミアの瞳に怒りを浮かべながら、ティアは真っ直ぐにイザベラの顔を見つめた。その右手は<イルシオン>の柄を握っていた。

「そ、それは……」
 剣士クラスSの威圧を正面から受けて、イザベラの顔は蒼白になった。スケルトン・ジャックを遥かに超える恐怖に、全身がガクガクと震えだした。

「ティア、待ってください。後で説明しますから、怒らないでください」
「でも、アンジェ。イザベラさんたちがあなたに何をしたのか、確認したいわ。私はあなたの剣になると言ったはずよ。あなたが受けた屈辱は、私が代わりに晴らして上げるわ」
 ティアはアンジェの方を振り向くと、その後ろにいるケイティとコレットに視線を移した。ティアの威圧を受けて、二人はビクンッと体を震わせると蒼白になって立ち尽くした。

「ティアのおかげで、あたしは無事です。だから、怒らないでください」
 そう告げると、アンジェはティアに抱きついて両手を首に廻した。
「アンジェ……」
「ティアが必ず来てくれるって信じてました。ティア、凄く嬉しかったです」
 アンジェがティアの唇を塞いだ。その熱い気持ちをぶつけるように、舌を激しく絡めた。

「アンジェ……」
「ティア、大好きです……」
 唇を離すと細い糸が二人を繋ぎ、月明かりを受けてキラリと煌めいた。アンジェは心から安心したようにティアに体を預け、幸せそうな表情を浮かべた。

 二人の様子を見つめていたイザベラたちは、驚きに眼を見開いていた。まさか、本当にアンジェとティアが特別な関係になっているとは思いもしなかったのだ。
「イザベラさん、ケイティさん、コレットさん」
「は、はい……」
「はい」
「はい……」
 ティアが名前を呼ぶと、三人はハッと我に返って緊張した。

「私はアンジェを愛しています。『紫音』はアンジェの剣になったと思ってください。アンジェに何かあれば、私は彼女の代わりに復讐します。そのことを忘れないでください」
 金碧異彩ヘテロクロミアの瞳に真剣さと厳しさを映しながら、ティアが三人に向かって告げた。それを聞くと、三人は震え上がって大きく頷いた。

「それから、私たち二人のことは他の人には絶対に話さないでくださいね」
 ニッコリと笑みを浮かべながらティアが依頼すると、三人は恐怖のあまりお互いの体を抱きしめながら、涙さえ浮かべて何度も頷いた。
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