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第三章 妖精の資質
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「おはよう、アンジェ。気分はどう?」
銀色の長い髪を梳くように撫でながら、ティアが隣りに横たわるアンジェに微笑みかけた。
「おはようございます。体が動きません……」
甘い感覚が全身に瘧のように残り、アンジェは起き上がることが出来なかった。
昨夜は官能の愉悦に何度押し上げられたか、数えられなかった。壮絶すぎる歓悦に耐えることが出来ず、アンジェは失神してしまったのだ。
「アンジェリーナ、これを飲んでおきなさい」
すでに身支度を調え終わったアルフィが、中級回復ポーションをアンジェに手渡した。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、アンジェはポーションが入った小瓶の栓を開け、一気に飲み干した。躰の芯がポカポカと温まり、急速に疲労が抜けていった。
「二人とも、そろそろ出発の時間よ。服を着なさい」
絡めていた指を名残惜しそうに離すと、ティアとアンジェはアルフィの言葉に従って身支度を始めた。
「ずっと、アンジェとこうしていたいのに……」
「あたしもです、ティア」
長椅子から降りて衣服を身につけ終わると、二人は見つめ合って唇を重ねた。舌を絡め合い、お互いの甘い唾液を心ゆくまで味わい合った。濃厚な口づけを終えると、細い唾液の糸が二人の唇を繋ぎ、朝日に煌めきながら垂れ落ちた。
「ホントに妬けるくらいに仲がいいわね。あたしは先頭の荷馬車に戻るけど、ヴィンセントさんたちの前で始めないでよ」
苦笑いを浮かべながらそう告げると、アルフィは荷物を手にして荷馬車を降りていった。残された二人は顔を見合わせて微笑み合うと、再び唇を重ねてお互いの体を抱きしめ合った。
(昨日会ったばかりだというのに、アンジェが愛おしくて堪らない。ずっとこうしていたい)
(ティア、大好きです。あたしの全てはあなたのもの……。あなたの全てはあたしのものです)
濃厚な口づけは、ヴィンセントとディルソンが戻ってくるまで続けられた。
二日目は魔獣の襲撃もなく、盗賊団も現れずに平和のうちに旅程を終えた。前日と同様に夕食を荷馬車の中で食べ終えると、ティアはアルフィに相談をした。
「アンジェを移籍させるには、どうすればいいの?」
アンジェは<夜想曲>のメンバーと一緒に食事をしているため、荷馬車にはティアとアルフィの二人きりだった。
「移籍の方法は二つあるのよ」
食後のお茶を飲みながら、アルフィは眉間に皺を寄せながら言った。その表情から、ティアはアンジェの移籍が難しいことを悟った。
「一つは、リーダー同士の話し合いによって決める方法。場合によっては、移籍料を要求されることもあるわ」
「移籍料? いくらくらい?」
まるで人身売買のように聞こえたティアは、顔を顰めた。
「相手によりけりね。テッドがアンジェリーナの本当の力を知っていたら、白金貨百枚じゃすまないでしょうね」
「そうよね。アルティメットヒールを一日三回も使えるほどの術士なら、百枚でも安いと思うわ」
だが、アンジェはテッドに能力を話していないはずだとティアは思った。もし知っていれば、テッドはアンジェに昇格試験を受けさせるはずだからだ。
「もう一つは、本人が移籍申請をギルドに出すの。ただしその場合は、移籍の理由が正当だとギルドが判断しない限り、承認されないわね」
「正当な理由って?」
「たとえば、依頼の報酬をきちんと分配されないとか、暴行を受けたり不利益な処遇をされたりしたとかね」
「さすがに、そんな扱いはされていないわよね」
そうなると、移籍申請が却下される可能性の方が高いと、ティアは思った。
「あと一つだけ方法があるわ。これは一般的でなく、アンジェリーナだから使える手だけど……」
ニヤリと笑みを浮かべながら、アルフィが告げた。
「アンジェだけに有効な手段ってこと?」
「そう。アンジェリーナの実力は、おそらく術士クラスSよ。だから、昇格させるのよ」
「でも……」
アンジェから、エルフであることがばれないように術士クラスBに留まっていると聞いていたティアは、アルフィの言葉に素直に頷けなかった。
「アンジェリーナが術士クラスSになれば、<夜想曲>も冒険者ランクSパーティとなるわ。しかし、今の<夜想曲>にはランクSの実力はない。ランクSになれば、年に一度はS級依頼を達成する義務を負うわ。それを断ると、報酬の倍額の違約金をギルドに払わなければならない。S級依頼の相場は白金貨百枚から二百枚だから、違約金は二百枚から四百枚ね。とても<夜想曲>に払える金額じゃないわ。かといって、今のままS級依頼を受けたら、全滅は必至ね。だから、必然的にアンジェリーナを手放さざるを得なくなる」
冒険者パーティのランクは、最もクラスが高いメンバーと同じになる。アルフィの言うことは正論だった。だが、アンジェ自身が昇格を拒んでいる以上、ティアには無理強いすることができなかった。
「アンジェと話してみるわ。でも、彼女の意志を私は尊重したいの」
「昇格したくない理由があるのは分かっているわ。でも、これが一番確実に移籍できる方法よ」
アンジェが伝説のハイエルフだとは思ってもいないだろうが、何かしらの理由で昇格を拒んでいることにアルフィは気づいているようだった。
「アンジェの所に行ってくるわね」
そう告げると、ティアは荷馬車から外に出た。だが、その足どりは重かった。
小さくため息をつくと、ティアは夜空を見上げた。空には満天の星々が輝いていた。
「テッドさん、アンジェはいますか?」
<夜想曲>のテント前で焚き火をしていたテッドに、ティアが声をかけた。焚き火の周囲にはテッドとバードの姿しか見当たらなかった。
「ティアさん、こんばんは。アンジェリーナならうちの女性陣と水浴びに行ってますよ」
「水浴び? 近くに川があったの?」
水の気配に気づかなかったティアが、テッドに訊ねた。
「いえ、川じゃなくて池があるみたいです。イザベラが見つけて、女性陣全員で水浴びするそうです。覗いたらイザベラに射殺されるので、俺たちは留守番ですよ」
バードと顔を見合わせると、笑いながらテッドが告げた。
「そう。池はどっちの方にあるんですか?」
「この林の奥らしいです」
テッドが右手の林を指差して言った。周囲はすでに闇に包まれているため、林の中は灯りがないと進めそうになかった。
「ありがとう。一本借りますね」
そう告げると、ティアは積んであった薪から一本抜いて、焚き火の火を移した。松明代わりにしたのである。
「気をつけて」
笑顔で告げてきたテッドに手を振ると、ティアは暗い林の中に足を踏み入れた。
銀色の長い髪を梳くように撫でながら、ティアが隣りに横たわるアンジェに微笑みかけた。
「おはようございます。体が動きません……」
甘い感覚が全身に瘧のように残り、アンジェは起き上がることが出来なかった。
昨夜は官能の愉悦に何度押し上げられたか、数えられなかった。壮絶すぎる歓悦に耐えることが出来ず、アンジェは失神してしまったのだ。
「アンジェリーナ、これを飲んでおきなさい」
すでに身支度を調え終わったアルフィが、中級回復ポーションをアンジェに手渡した。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、アンジェはポーションが入った小瓶の栓を開け、一気に飲み干した。躰の芯がポカポカと温まり、急速に疲労が抜けていった。
「二人とも、そろそろ出発の時間よ。服を着なさい」
絡めていた指を名残惜しそうに離すと、ティアとアンジェはアルフィの言葉に従って身支度を始めた。
「ずっと、アンジェとこうしていたいのに……」
「あたしもです、ティア」
長椅子から降りて衣服を身につけ終わると、二人は見つめ合って唇を重ねた。舌を絡め合い、お互いの甘い唾液を心ゆくまで味わい合った。濃厚な口づけを終えると、細い唾液の糸が二人の唇を繋ぎ、朝日に煌めきながら垂れ落ちた。
「ホントに妬けるくらいに仲がいいわね。あたしは先頭の荷馬車に戻るけど、ヴィンセントさんたちの前で始めないでよ」
苦笑いを浮かべながらそう告げると、アルフィは荷物を手にして荷馬車を降りていった。残された二人は顔を見合わせて微笑み合うと、再び唇を重ねてお互いの体を抱きしめ合った。
(昨日会ったばかりだというのに、アンジェが愛おしくて堪らない。ずっとこうしていたい)
(ティア、大好きです。あたしの全てはあなたのもの……。あなたの全てはあたしのものです)
濃厚な口づけは、ヴィンセントとディルソンが戻ってくるまで続けられた。
二日目は魔獣の襲撃もなく、盗賊団も現れずに平和のうちに旅程を終えた。前日と同様に夕食を荷馬車の中で食べ終えると、ティアはアルフィに相談をした。
「アンジェを移籍させるには、どうすればいいの?」
アンジェは<夜想曲>のメンバーと一緒に食事をしているため、荷馬車にはティアとアルフィの二人きりだった。
「移籍の方法は二つあるのよ」
食後のお茶を飲みながら、アルフィは眉間に皺を寄せながら言った。その表情から、ティアはアンジェの移籍が難しいことを悟った。
「一つは、リーダー同士の話し合いによって決める方法。場合によっては、移籍料を要求されることもあるわ」
「移籍料? いくらくらい?」
まるで人身売買のように聞こえたティアは、顔を顰めた。
「相手によりけりね。テッドがアンジェリーナの本当の力を知っていたら、白金貨百枚じゃすまないでしょうね」
「そうよね。アルティメットヒールを一日三回も使えるほどの術士なら、百枚でも安いと思うわ」
だが、アンジェはテッドに能力を話していないはずだとティアは思った。もし知っていれば、テッドはアンジェに昇格試験を受けさせるはずだからだ。
「もう一つは、本人が移籍申請をギルドに出すの。ただしその場合は、移籍の理由が正当だとギルドが判断しない限り、承認されないわね」
「正当な理由って?」
「たとえば、依頼の報酬をきちんと分配されないとか、暴行を受けたり不利益な処遇をされたりしたとかね」
「さすがに、そんな扱いはされていないわよね」
そうなると、移籍申請が却下される可能性の方が高いと、ティアは思った。
「あと一つだけ方法があるわ。これは一般的でなく、アンジェリーナだから使える手だけど……」
ニヤリと笑みを浮かべながら、アルフィが告げた。
「アンジェだけに有効な手段ってこと?」
「そう。アンジェリーナの実力は、おそらく術士クラスSよ。だから、昇格させるのよ」
「でも……」
アンジェから、エルフであることがばれないように術士クラスBに留まっていると聞いていたティアは、アルフィの言葉に素直に頷けなかった。
「アンジェリーナが術士クラスSになれば、<夜想曲>も冒険者ランクSパーティとなるわ。しかし、今の<夜想曲>にはランクSの実力はない。ランクSになれば、年に一度はS級依頼を達成する義務を負うわ。それを断ると、報酬の倍額の違約金をギルドに払わなければならない。S級依頼の相場は白金貨百枚から二百枚だから、違約金は二百枚から四百枚ね。とても<夜想曲>に払える金額じゃないわ。かといって、今のままS級依頼を受けたら、全滅は必至ね。だから、必然的にアンジェリーナを手放さざるを得なくなる」
冒険者パーティのランクは、最もクラスが高いメンバーと同じになる。アルフィの言うことは正論だった。だが、アンジェ自身が昇格を拒んでいる以上、ティアには無理強いすることができなかった。
「アンジェと話してみるわ。でも、彼女の意志を私は尊重したいの」
「昇格したくない理由があるのは分かっているわ。でも、これが一番確実に移籍できる方法よ」
アンジェが伝説のハイエルフだとは思ってもいないだろうが、何かしらの理由で昇格を拒んでいることにアルフィは気づいているようだった。
「アンジェの所に行ってくるわね」
そう告げると、ティアは荷馬車から外に出た。だが、その足どりは重かった。
小さくため息をつくと、ティアは夜空を見上げた。空には満天の星々が輝いていた。
「テッドさん、アンジェはいますか?」
<夜想曲>のテント前で焚き火をしていたテッドに、ティアが声をかけた。焚き火の周囲にはテッドとバードの姿しか見当たらなかった。
「ティアさん、こんばんは。アンジェリーナならうちの女性陣と水浴びに行ってますよ」
「水浴び? 近くに川があったの?」
水の気配に気づかなかったティアが、テッドに訊ねた。
「いえ、川じゃなくて池があるみたいです。イザベラが見つけて、女性陣全員で水浴びするそうです。覗いたらイザベラに射殺されるので、俺たちは留守番ですよ」
バードと顔を見合わせると、笑いながらテッドが告げた。
「そう。池はどっちの方にあるんですか?」
「この林の奥らしいです」
テッドが右手の林を指差して言った。周囲はすでに闇に包まれているため、林の中は灯りがないと進めそうになかった。
「ありがとう。一本借りますね」
そう告げると、ティアは積んであった薪から一本抜いて、焚き火の火を移した。松明代わりにしたのである。
「気をつけて」
笑顔で告げてきたテッドに手を振ると、ティアは暗い林の中に足を踏み入れた。
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